最終章になります。この章で終わりです。
青い小物が増えた。
ふと、気づくことがある。
己が妻にした女というのは、黒、というか藍色の、暗い色をよく好んできていた。
まるで、闇に紛れるような、そんな色ばかりを着ていた。元々、忍であるし、一族の装束がそうなのだからそれも当たり前なのだが。
嫁いできてすぐ、女の持ち物の、色合いの地味さに驚いた。
それでも、まだ、小娘なんて言われてもおかしくない年で、なんとも地味なものだと。
着飾ること自体そこまで好まない姉の方がよほど、鮮やかな衣装を持っていた。
そうして、さすがに立場もあると、何かしら仕立てさせると、青や、白を好むようになった。
似合いはした。けれど、なんとなく、それはもっと暖かな色を選びそうだと思っていた。
鮮烈な、赤だとか。
何故と聞けば、それは不思議そうな顔をして、そうして、少しだけはにかむ。
「・・・扉間様の、色なので。」
胸の奥で、ぐるりと、何かが渦巻く。突き上げてくるものがある。
淡く頬を染めて、どこか、好かれたいと願う媚びめいたその目は、妙な色気がある。
どうしたのかと自分を見上げるそれの頭を乱雑にがしがしと撫でる。そうすると、きゃーと幼児のようにはしゃぎ始める。
目の前には、構って貰えるのが嬉しい駄犬が1匹。
そんな所は、うちはだと思う。
どこか、暗く、湿っていて、そのくせ、どこか、甘い匂いがする。
愛している。
言葉にしたことがある。まあ、そうだ、ほだされていて、目を離すとさっさと死にそうなそれが心配で溜まらない。
今は、薄氷の上を渡っているのだ。
それと、そうして、己の姉はその薄氷を支えている。それが死ねば、それが、千手の責で死ねば、その薄氷は容易く割れる。
それを死なせてはいけない。それを、愛しているほうが都合がいい。だから、愛を語る。愛を語り、それを受け取った女が微笑めば、薄氷はより強固になる。
愛している。
安いだろう。なんとも、安価な信頼と、覚悟だろうが。
けれど、真正面からそれを指摘されれば否定せずにはいられない。
愛妻家なんて評判があっても、そんなことを認めるなど、恥ずかしすぎるだろう。
恥ずかしいのだ、だから、自分は、その愛を否定するのだ。
きっと、そうなのだ。
ふと、己の小物に、朱い色や白い色のものが増えている。
兄も赤い色の小物が増えている。
姉は、以前よりもずっと針仕事が増えている。
一族は、何故か鹿の角で出来た仏像だとか根付だとかを持っている。
たわいも無いことだ。けれど、今までと違うこと。
おそらく、それが、共に生きていくということなのかと思うときが増えている。
「ともかく、さっさと終らせるぞ。」
千手扉間のそれに、その場にいた人間はなんとも言えない顔をした。
時間は夜。
もう、空には満天の星空だ。いやに晴れた夜空の下。
里から少し離れた開けた場所だ。
「わかったぞ!」
「イドラ、寒くないか?」
「大丈夫でーす!」
「もう、暴れないでよ!」
扉間の前には、それぞれ尾獣を抱えた、身内が四人。
千手柱間、うちはマダラ、千手イドラ、うちはイズナ。
そうして、それぞれの腕の中に収まった尾獣たち。
子どもの頃の、いいや、イドラに会う前の自分だったらぶっ倒れていそうな光景だ。
何をそんなに気軽に、愛玩動物がごとく扱えるのだ。
そんな扱いをしていいものではないのだが。
が、扉間はすっかり慣れた。何が起こってももう大丈夫だ。
六道仙人に会うなんてことがあってから、もう、色々お腹いっぱいだ。
扉間よ、それを抱いてる内、二人は戦闘能力的な意味合いならそこまで変わらんぞ。
脳裏に、己の息子を任せてきた姉の姿が浮んだ。そうだな、あんた、尾獣と自分の弟と夫と何が変わるんだと可愛がってたものな。
「ええい、貴様ら、もう少ししゃんとしろ!」
「ペン吉、五月蠅い。」
「ペン吉、どんなにえらそうにしても威厳は無いぞ。」
「や・た・が・ら・す!!」
自分の足下でぺーんと吠えているペンギンが飛べない翼を振り回す。
「振り回しても無駄な翼を振り回して空しくないのですか?」
「又旅よ、喧嘩を売っているのか?」
「あら、別に?」
「・・・・・・吐いたつばは飲み込めんぞ!?」
「うおおおおおおおお!?ワシの頭の上で決戦を起こすのは止めてくれ!!」
「・・・・それはさておき。」
「さておいていいのか?」
自分の肩でくつろぐ九喇嘛の言葉を流しながら扉間はイドラから預かったそれを取りだした。それは何かの術式が書かれている。
「それで、これに兄者とマダラ、そうして尾獣たちのチャクラを込めればいいのだが。」
「これがねえ。」
己の髪をついばまれて暴れる柱間と、それを止めるマダラを横目にイズナと扉間はそれをのぞき込む。
イドラはいいのだろうかとマダラと柱間のことを見つめる。
「ワシも調べはしたが、まったく知らん内容だ。ただ、これにすがらねばならんのも事実だ。」
「あんまり不確かなものに賭けたくは無いけど。」
イズナはちらりと自分よりも少しだけ小柄な姉を見た。姉は視界の端でペン吉と又旅に戦いの場にされた柱間を怯えたように見ている。
その頭を撫でた。
「姉さんのためだからね。」
「ああ、そうだ。兄者、マダラ、そろそろふざけてないで帰ってこい!」
「ふざけとるように見えておるのか!?ワシがハゲる一歩手前だったというのに。」
「顔に火遁を浴びて溶けた皮膚も再生する奴ってハゲるのか?」
尾獣を脇に抱えて半泣きの柱間の言葉に思わずマダラは疑問をぶつける。
柱間の髪はペン吉と又旅のせいかぼさぼさだ。明るければ、彼の肩に髪が数本落ちていることが分かっただろう。
それを無視して、扉間は地面に下りた尾獣たちに術式を差し出す。
「ほら、これにチャクラを注いでくれ。」
「ハゲるやもしれんだろう?というか、あれしたのマダラだったろうが。」
「正直、溶けた顔が再生すんのはキモかった。」
「本当にひどくないか!?」
「しかたがねえだろうが。俺も、あれが当たったとき、こいつ死んだなと思ったんだぞ?その後、起き上がってくる悪夢見てえな光景を見た俺の方が可哀想だろうが。」
「ど、どの口が案件ぞ。」
(・・・・・柱間様って、がんになったらどうなるんだろう。がん細胞がすごい勢いで増殖して即死とかになったりするのかな?)
視界の隅でそんな話をしている中、尾獣たちが順々にチャクラを込めていく。そうして、扉間が兄たちを呼ぶ。
「兄者、マダラ、そろそろ来い!」
「扉間、マダラがひどいんぞ・・・・」
「正直な感想だろう。」
「俺もあれ見たけど、正直キモい。」
「私もしばらく夢に見ました・・・・」
「え、待って、そんなに??」
「そんなことはいいから、さっさとしろ!」
扉間の辛辣な返答に柱間はめしょめしょしながらチャクラを込めた。それに続いてマダラもチャクラを込めた。
それに、紙に書かれた術式がかすかに光り始める。
「扉間よ、離せ!」
ペン吉のそれに扉間はそれを地面に放り投げた。そうして、距離を取る。
皆が固唾を飲み込み、それを見つめた。
そうすると、紙の上空に何かの輪郭が現れる。それが段々と濃くなっていき、そうして、最後には一つの何かが現れた。
「・・・・間にあったか。」
低いその声に、尾獣たちがそれに近寄る。扉間達はどんな反応をすればいいのかわからない。
くすんだ色の髪に、そうして、一番に目を引くのはその瞳だ。紫の、そうだ、未来から来たという少年がしていた、瞳。
そうして、額に輝く、赤い瞳。
それに少なくとも、うちはの面々は目の前のそれに繋がりを感じた。それは座禅を組んだ形で宙に浮いている。
忍術の祖であり、自分たちの祖先に関係する。尾獣たちはそのまま男に駆け寄っていく。
「久しいな、皆。」
「お久しぶりです!」
「あの、ひさし、ぶりです。」
「久しぶりだな!」
それぞれの尾獣たちからの挨拶に答える。六道仙人は静かに微笑んだ。
「ハゴロモ様。」
「ああ、八咫烏よ。ご苦労であった。」
「いいえ、これもこの身の役目とあれば。」
「お前からすれば、ある意味で、不本意であっただろう。」
「・・・・ハゴロモ様、彼らがインドラ様とアシュラ様の生まれ変わりの、うちはマダラ、そうして千手柱間になります。その後ろにいるのは、互いの弟。そうして、イドラです。」
紹介にあずかったことを理解して五人はそろそろと六道仙人に近寄った。
「・・・・お目にかかります、私は、千手柱間と申します。」
「同じく、お初にお目にかかります。うちはマダラと申します。」
柱間とマダラはひとまずそう言って丁寧に挨拶をした。それに習い、弟妹達も挨拶をした。
「千手柱間が弟、千手扉間と言います。」
「うちはマダラが弟、うちはイズナになります。」
「同じく、うちはマダラが妹、うちはイドラと申します。」
「・・・・ああ、イドラか。来なさい。」
それにイドラは怯えるように目の前の兄の衣服を掴む。それにペン吉は静かな声で、なんとも、その声音によくあった物言いで。
「イドラ、おいで。」
怯えるようにマダラの腰に抱きついていた女はそれにはじかれるように六道仙人に近づいた。
何か、ひどく落ち着かない。心臓がバクバクと鳴っている。
それは、まるで、悪夢を見たいつかのように。
夢の中では味わわなかった、ぞわぞわとする質感に六道仙人を見た。遠くで、女のすすり泣く声がする気がした。
「よし、首を見せなさい。ひとまずは、何よりもこれが先だ。」
それにイドラはくるりと振り返った。そうすると、眉間にこれでもかと皺を寄せた扉間が見えた。
イドラはそっと見ない振りをした。
「・・・ともかく、封印をせねば。」
そこまで言ったとき、六道仙人は八咫烏を見た。そうして、改めて、周りを見回した。
「八咫烏よ!もう一人はどこだ!?」
八咫烏はそれに何も答えなかった。
「わしはイワナガも連れてこいと言ったはずだ!?」
「・・・・いいえ、私は確かに命じられたとおりに行いました。」
「六道仙人殿、いったい、何を・・・」
柱間が言い終らないうちに、扉間はイドラの安全を確保しようとした。けれど、何かが男の体に巻き付いた。
それが、鎖の形をしたものであることを理解して、ぐるりと後ろを振り返った。
そこには、燃えるような赤い髪をたなびかせたそれがいた。
「イワナガよ、何の邪魔を!?」
「あ、姉上!?」
「アカリ、なんで、お前がここに!?」
それは無言で柱間たちに近寄る。皆が皆、うずまきの封印術なのか、がっちりと拘束されていた。
それはじっと、イドラのことだけを見ていた。イドラのことだけを見て、歩いた。
アカリの術自体、振りほどけるはずなのだ。けれど、何故か、ぎちぎちに締め上げた鎖は振りほどけない。
「イワナガ、これを離せ!」
六道仙人、そうして、尾獣たちでさえ、その鎖を振りほどけない。イドラは踏み潰されたカエルのように鎖に巻き付かれて転がっている。
イドラは鎖を振りほどこうとか、助けを呼ぶなんてこと頭になかった。
頭の中で、女の泣く声が反響する。
ぐるぐると気が遠くなりそうな意識の中で、アカリであるはずのそれが、イドラの頭を撫でた。
「イワナガ、何を考えておる?八咫烏、お前も!」
「・・・・ハゴロモよ。何を、考えているなんてこと、貴様にわかるはずが無い。」
それは壮絶な怒りを含んだ目で六道仙人を、いつかに、大筒木ハゴロモであったはずのそれを見た。
「・・・・妹を、任せたとき、幸せにすると貴様は言った。妹の子のことも、託した。そうだ、我が息子、アシュラのことも、お前に託した。その末路は何だ?我らは一抜けをさせて貰う。この子のことも、そうして、我らが息子のことも。全て、持っていく。」
女は、まるで怨嗟を叫ぶような、焔をたぎらせるような、そんな苛烈な声音で叫んだ。
「貴様のことなど、信じなければ良かったのだ!」
それと同時に、イドラの耳の奥で、姉様という言葉と同時にその意識はふっと消え失せた。