「はあ。」
「どうかしたのか、ミト?」
千手ミトは憂うようにため息を吐いた。それに、近くで繕い物をしていた千手アカリこと、うちはアカリが返事をした。
それにミトは悩ましいという顔をした。
「・・・・私は詳しい話は知らされておりませんが。今日で、尾獣様達とはお別れなんですよね?」
「まあ、そうだな。」
「・・・柱間様にお願いして、お一人ぐらいは残ってくださらないかと。せっかく、首に巻く組み紐まで用意したのに。」
そう言ったミトの手の中には、色とりどりの組み紐が握られている。それにアカリは、夫婦そろって剛毅だなあとちょっと渋い顔をした。
「え。尾獣様達、いなくなるんですか?」
「ああ、さすがに、里で抱えるのは過剰戦力だからな。」
ミトとアカリの会話に反応したのは、うちはイズナの息子の、うちはクズハだ。父が留守と言うことで、義理の叔母であるアカリの元に預けられている。
クズハも、従兄弟の広間に会えるとやってきた。そうして、今も広間の手を握ってご満悦であったのだが。
寝かされていた広間から離れて、クズハはずりずりと四つん這いにアカリの膝の上に手を置いた。
「何でですか?みんな、置いておいてもいいでしょう?」
「うーん、単純計算で、旦那様と柱間がもう八人ずつ増えると考えると、多方面で難しいものがあるからな。」
「なんで!?叔父様が増えたら、アカリ様も、父様も嬉しいでしょう!?」
「そうです!柱間様が増えたら、みなさん嬉しいはずです!」
「単純的に、あの二人が増えるのは軽い悪夢だろうな、周りからして。」
アカリはイズナ譲りの可愛い顔にぐらつきながらダメですと首を振る。それにミトとクズハは尾獣たちに残って貰うにはどうしたらいいか話をし始めた。
(・・・尾獣たちと、クズハを会わせたのは失敗だっただろうか。)
そんなことを考えて広間の様子をうかがおうとしたアカリは、ぴたりと、動きを止めた。そうして、ゆっくりと立ち上がる。
「アカリ様?」
アカリはそれに応えることも無く、部屋から出ていき、そうして、障子を閉じる。
「アカリ様?」
クズハはその様子に不安を覚えて、すぐに立ち上がり、障子を開けた。
「あれ、いない?」
そこには、人影は無く、しんと静まりかえった夜が広がるだけだった。
「きゃん!」
うちはイドラこと、千手イドラは尻に酷い痛みを感じて意識を取り戻した。そうして、辺りを見回した。
そこは、どこかの部屋だった。板張りのそこは、御簾だとかで区切られている。イドラは、前世と言える記憶の中で見た、平安貴族のような部屋だなあと思った。
「にーさま?イズナ?扉間様?柱間様?」
イドラはともかく敵がいるとか、そういうことではないようで、ほっとしながら甘ったれた声で泣いた。ともかく、ここから出ようと御簾を捲ろうとしたが、それは、まるで描かれた絵のように壁にぶつかる。
「????」
イドラは頭の上に盛大なはてなを浮かべる。
「無駄ですよ。」
誰もいなかったはずの背後から聞こえてきたそれに、イドラは構えを取って振り返った。そこにいたのは、これまた自分にそっくりの、女が一人。
「・・・・母様?」
「いいえ、私はあなたの母様ではありませんよ。私は、あなたの前世。」
真っ黒の目が自分を見ている。それにイドラはびびるように後ずさりをするが、背後は壁のようにどこにもいけない。
「・・・・サクヤ姫?」
「ええ、そうです。私は、サクヤ。ここは、私が死んだ場所。そうして、あなたの中、です。」
自分にそっくりな顔をしたそれは、自分よりもいささか賢そうで、そうして、その涙からはまるで雨粒みたいに涙が零れていた。
イドラはそれにとてとてと近寄り、そうして、袖でその涙を拭う。
「どこか、痛いですか?」
「私の涙を拭ってくれるのですか?私が敵かもわからないのに。」
イドラは改めて女を見た。
自分にそっくりなそれは、自分よりもいささか背が高く、簡素な十二単のような衣装を着ている。衣装から見える腕は、血の気がないほど白く、そうして、枯れ木のように細い。
病んでいる、死ぬ前の母のように、病んでいるにおいがした。
「・・・・私の中って、どういうことですか?」
イドラはなんと答えればいいのかわからずに、そう問うた。それにサクヤは上を見た。天井を見上げて、そうして、イドラのことを見下ろした。
「・・・アシュラとインドラが幾度も生まれ変わっているのは知っていますね?」
「はい。」
「それと同じように、私、サクヤと姉であるイワナガもまた、同じように転生を繰り返しているのですよ。ここは、あなたの精神の中。アカリの中にいるイワナガ姉様は、あなたの肉体に私を宿らせようとしています。」
「え?」
「このままでは、あなたは死ぬ、ということです。」
イドラはそれに固まり、そうして、叫んだ。
「えええええええええええええええええええ!!!???」
「こら、はしたないですよ。」
サクヤはがばりと開いたイドラの口をそっと閉じた。
「うえ、死にたくないよおおおおおお!」
みいいいいいいい!と泣くイドラのそれに、サクヤは頷く。
「そうですね、死にたくないですね。ただ、色々と厄介なのです。」
「厄介、ですか?」
「私はここから出て行けません。」
「どうしてですか?」
「ここから出て行くと言うことは、あなたの体を乗っ取ると言うことなので。乗っ取ってもいいのですか?」
サクヤは不思議そうに首を傾げる。それに、イドラはぶんぶんと首を振る。
「ええ、そうです。ただ、あなたの兄や弟、そうして、千手の子たちは姉様が精神世界に放り込んでおられるので、身動きも取れません。ハゴロモ様は、姉様と相性が悪いので、封印術で何も出来ないでしょうし。」
「うええええええ、どうしましょう?私、死んじゃうんですか?なら、今のうちに遺言書いておきましょうか?」
「もう少し、死に対してあらがいを持った方がいいと思いますよ?」
サクヤはため息を吐いた後、首を振る。
「・・・・白い助けが来るので、それまでの辛抱です。」
「サクヤ様は。」
「はい。」
「生き返りとかに、興味は無いんですか?ハゴロモ様とか、その、イワナガ様にも。」
「・・・・・もう、どうでもいいのです。泣いて、わめいても、何も変わりはしなかった。」
女の目からは、変わらず、ぽたぽたと雫が流れ落ちている。
「あなたは、何ですか?」
「・・・・そうですね。久方ぶりの客人。私の娘。そうですね。私たちは、なんなのか。」
全ては、空から一人の女がやってきたことから始まりました。
「・・・・扉間よ、聞いているのか?」
それに扉間はふっと意識を取り戻した。
目の前には、兄がいた。
「・・・・・え?」
思わず漏れ出た言葉に、兄である千手柱間は顔をしかめた。周りに視線を走らせると、そこが元千手の里にあった自分たちの住居の一室であることを理解する。
「扉間よ、本当に大丈夫か?」
そう言われて、扉間は、ああと力なく頷いた。
「いや、すまん、兄者。何でも無い。何か、すまん。」
長い、白昼夢を見ていた気分だった。
それから、全てが進んでいく。
イズナは死んだ、自分で殺した。
うちはの勢力はどんどん削れていく。
戦場で見るマダラの顔色はまるで死人のようになる。
(これでいい。)
これこそが正しい、こうであるはずなのだ。
この筋書きこそが、本来で。
(・・・ワシは、何を、本来とは?)
兄である柱間の嘆きに呆れる。友の手が取れない、何を言う。
この時代、そんなことはよくある話だ。
いっそのこと、うちはが滅ぶことも、それはそれでありだろう。
なのに、何故だろうか。
戦場で、うちはと相対するその時、扉間は誰かを探している。
誰か、誰かが、自分の元に走り寄ってくるのを。
マダラが、兄か自分に死ねという。
それに失笑が浮びそうだった。
ああ、滅び行く貴様らが、散々に兄の伸ばした手を振りほどいておきながら。
兄者。
正しくて、優しくて、馬鹿みたいに誰かのことを信じていて。
けれど、そんな男だから、扉間は己の在り方を賭けて、男の語る夢に賭けたのだ。
どれだけ荒唐無稽でも、どれだけ、困難な道であろうとも。
歩いて行く男に未来を賭けたかった。
そのためならば、どんなことでもしよう。
「兄者。」
もう、自分をそう呼ぶ二人はいないから。そんな二人を奪った世界を間違っていると思うから。
(ねえ、扉間義兄さん、ご飯をおごってよ!)
気の強そうで、生意気そうな、声がした。空耳だ。
兄は、結局自分が死ぬという。弟のことも、捨てられないから、だから、自分が死ぬという。
それにマダラはようやく、兄の手を取った。
はらわたが見えたという。けれど、扉間にはそのはらわたが見えない。マダラは、最後まで、そのはらわたを見せようとしなかった。
うちはを里の中心部から遠ざけた。
あまりにもリスクがありすぎる。彼らは優秀ではあるが、感情の起伏が激しい。
何よりもマダラの変貌ぶりに、扉間は恐れをいだいた。
愛しいものを亡くしたなんてよくある話だ。誰にだってある話だ。
それだけの話ではないのだ。何もかもをなくしたわけではないのだ。
何もかもを無くさないために、兄の夢であるこの里を守るために、扉間はなんだって。
うちはにも恩恵はある。その能力にあった扱いをしているはずだ。
だから。
扉間よ、この里をお前は蠱毒にでもする気か?
冷たく、厳しい声がした気がした。空耳だ。
そうして、マダラが里を抜けた。あの戦力が野放しになるのは痛いが、兄と自分がいる間はどうにもでなる。
そのまま、静かにどこかでくたばってくれるなら、それでいい。マダラがいなくなれば、うちはを掌握すること自体簡単だ。
すでに、千手に反抗できるほどの人間はとっくに戦死していた。
あれを頼んだ、可愛い妹だ。泣かしてくれるなよ。
無愛想で、けれど、優しい声がした。空耳だ。
そうして、マダラが九尾の狐を連れて帰り、そうして、里を襲ったとき、兄が出た。自分は万が一の時を考えて避難の準備を進めていた。
扉間よ!今日、マダラと飲みだがお前も来るか?
楽しそうで、陽気そうな声がした。空耳だ。
空耳、のはずだ。
声がする。声がして、その言葉の内容なんて聞いた瞬間霞のように消えていくのに。
なのに、がたがたと、頭の中でダメだと叫ぶ。
間違っているのだ。
どこが?
これではダメなのだ。
何が?
イズナが死んだのは、自分とてそうなっていたからだ。戦だからだ、そうするしかなかったからだ。
うちはを中核から遠ざけたのは、彼らが破綻に満ちていたからだ、マダラの狂気が透けて見えたからだ。彼らにだって、正しく、恩恵はあったはずだ。
これから、兄がマダラを殺すとして、それは間違っているのか?
里に仇なしたそれが死ぬとして、いったい、何を。
何も間違っていない。これこそが最善だ。
そう決めただろう。里を作ると、せめて子の死なない世界を作るのだ。
扉間様、ねえ、あのね、好きですよ。私ね、あなたのことが好きなんです。
甘ったれで、可憐で、そうして、どこまでも自分を信じる声がした。
それに、扉間は走り出した。
「・・・・扉間?」
柱間とマダラは何故か現れて特大の水遁をぶっかけられて思わず度肝を抜かれた。
まさしく、顔に水をぶっかけれて、思考が止まった。何よりも、現れるはずのない存在なのだ。
「・・・・ふっ、扉間よ、お前も。」
「二人とも、帰るぞ。」
マダラは、自分に、その言葉がかけられたことに驚いた顔をした。
「帰る、ふ、どこにだ?どこに、俺が帰ると言うんだ!?」
激高したマダラの言葉に、扉間は、鎧もつけていない無防備な姿のまま返した。
「里にだ。お前が名付けた、里にだ。お前の夢の果てに、だ。」
「あの場所に、俺の夢はない!」
「・・・・そうだ、お前の守りたかった弟はもういない。だが、託された氏族はあるはずだ。」
「貴様が、貴様が、それを言うのか!?」
扉間の頭がガンガンとなる。痛む、何かの声がずっと響く。
間違いだ、それこそが、間違いだ。それは死んだ方がいい。それは不要だ。
それは、その激情は、いつしか、何かを滅ぼすと、そんな声がするのに。
なのに、その声高に叫ぶ声の中で、冷たくて厳しい女の声がする。
お前は最善を尽くしたか?お前のまいたタネは、良き物ばかりか?
歩み寄ることを放棄した時点で、全てが繰り返される。
そうして、本当に、かすかな、声が。泣く、声がする。女が、みーみーと泣く声がする。
これこそが正しいのだ。そうだ、自分は最善の選択をしたはずなのだ。
けれど、本当に、と、誰かが言う。
「ああ、そうだ!いいか、里はうちはと、そうして、同時に千手だけのものではない。里に集った人間が、あの場所を守るために行動せねばならん!そうでなければ、あの里の、中にいる誰もが死ぬのだ。一人の選択で、あまたが滅ぶ。ならば、我らは間違えられない。」
だが、と扉間はマダラを見た。
狂気に、歪に、狂った目。
けれど、自分の服の裾を掴まれるような感触が。甘ったれた女が、よく見てと囁いている気がした。
その、狂気の奥に、泣き叫ぶ悲しみの色がある。
止めて、止めて、兄様を苦しめないで。兄様が、お願い、扉間様。お願い、ねえ、兄様のはらわたを知っているでしょう?
だから、おねがい。
扉間は、これで最後だと。これで、決着を付けるのだと。その、わんわんと泣くそれに言った。
「話をするぞ。」
扉間は、どこまでも無防備に、防具をつけていないそのままに、男に近づいた。そうして、その手を掴んだ。
「お前が、いつか、里を滅ぼすというなら殺さねばならん。だがな、そうでないのなら。お前が、本当に何を望んでいるのか。マダラよ。」
お前のはらわたを、ワシに見せろ。
ああ、そうだ、そうでなければ。
「あの女が泣くのだ。泣いて、泣いて、このままでは。」
扉間は無意識のうちに顔を青くして叫んだ。
「姉者に関節技をかけられて、体をめきゃめきゃにされる!!」
がちゃんと、何かが壊れる音がした。
それと同時に、聞き馴染んだ声がした。
「うるせえええええええええええ!!知るかああああああああああ!!??」
「は、イズナ!?」
扉間は元気いっぱいのそれに振り返れば、そこにはぜえぜえと息を荒くしたうちはイズナが立っていた。