「・・・・そう。来れる場所ではないんですが。」
あらあらと困ったように首を傾げる女に、うちはイズナは少しだけ黙り込んだ。
その様相は、よくよく考えれば、姉よりも、母に似ていた。
柔らかく、静かに、微笑む女。
イズナが幼い頃になくなったせいで、そう、はっきりと覚えているわけではないけれど。
なんだか、見たような気分になる。
美しい、高価そうな着物を着た女が静かに微笑んでいる様を。いつかに、見たような気がした。
けれど、そんなことなどすぐに忘れてしまう。
何故って?
その膝の上で、話題の姉がすぴすぴと寝ているのだ。
女は満足そうに、姉の髪をするすると梳っている。
イズナは思わず額に手を当てた。
寝てやがる。寝てやがるよ、この駄犬。
イズナは誰にするんだというフォローをしかけたが、頭を振った。彼自身、どんな反応をすれば良いのかわからなかったのだ。
「あの、あなたは・・・・」
そんなとき、どさどさと大量の何かが降ってくる音がした。
「どこだ、ここは?」
「おい、大丈夫か?」
「イズナ、無事だったのか!?」
「扉間、あんた、大丈夫?」
「おお!扉間に、うん?イドラか?」
「ま、ちょ、たすけてえええええええええ!!」
イズナは目の前の光景に思いっきり顔をしかめた。彼の視線の先には、人間の山が出来ていた。
それは、見失っていた千手扉間や、そうして、千手柱間。何よりも疑問だったのは、何故か、他にも数人、うちはや千手の人間まで紛れ込んでいることだった。
おそらく、突然落下したのだろうが、それはそれとして忍者としてどうなのだ?
「って、兄さんに、アカリ殿!」
イズナは落ちてきた面々の中で、一番上に鎮座した義姉と、そうして、兄の存在に駆け寄った。
「イズナ、大丈夫か!?」
人が折り重なった山の頂点に居座っていたうちはマダラは、気を失っているらしい千手アカリこと、うちはアカリを抱えてイズナに駆け寄る。
「俺は大丈夫だけど、兄さん達は!?というか、アカリ殿はどうしてここに!?」
「お前たちがいなくなった後、月兎の奴に連れられて違うとこに向かったんだ。」
「いいのお、優しい姉上というのは。姉上、起きとったとしてもあんなに優しくないだろうなあ。」
「今更、姉者に期待をしてどうする。」
「アカリ様は基本的に塩ですよ、柱間様。」
「アカリ様、そんなに怖いですか?」
「いいや、あの人は怖い。本当に怖い。古参連中もけっこう秘密を握られてるからなあ。」
「・・・うちはに甘いよなあ。」
「つって、当社比、みたいなもんだろ。」
「でも、マダラ様、アカリ様と仲良いな。アカリ様のこと見つけたとき、抱えようとした柱間様からひったくったし。」
「おい、さすがにこの人数が上にいるのはやばいんだけど!?」
「あなた方、そろそろ、どかれたらどうですか?」
どこからか現れた月兎に山の上に横たわったままの千手柱間や、その下敷きになりながら腕を組んでその様を眺めている千手扉間たちはそう言われてわらわらと山から退いた。
それに一番下にいた千手の男がぜえぜえと息を吐く。
「し、しぬかと思った。」
その真に迫った様子にうちはの一人がその背中を撫でる。
「待って!?兄さん達はいいけど、ほかの面々はどうしたの!?いなかったよね!?」
「いえ、我らも早めに寝ていた、はずなのですが。」
「千手の奴らもそんな感じですね。」
代表して、うちはと千手の人間がそれぞれ答えた。
「姉上については、ペン吉から逃げるためにと月兎が飛んだ先で、千手とうちはの人間たちがいたんだが。そこで事情を聞いているときに、月兎が連れてきたんだが。」
「・・・本来なら、扉間様達に会わせて柱間様たちも回収する予定でしたが。お二人に関しては念入りに隠されていたので時間がかかったのです。」
「俺たちは?」
「あなた方に関しては、多分、血縁ですので寝ているせいで意識が繋がってしまったせいでしょう。」
「にしても、信じられませんね。我らの祖が、イドラ様やアカリ様の体を乗っ取ろうなどと!」
そんなことを言っているのが聞こえているとき、マダラがイズナの後ろにいる存在に気づいた。
「母上?」
漏れ出たそれに、柱間と、そうして扉間もようやく部屋の奥、御簾とイズナに隠れて見えていなかった女の存在に気づいた。
「・・・・母、ええ、そうですね。あなたを産んだのは、ある意味で私ならば、私は母であるのですね。」
静かなそれは、豪奢な服を纏い、ちょこんと御簾の奥に座した女はまさしく姫君だった。
マダラは、その物悲しそうな顔にああ、違うなと思った。
マダラの記憶の中の母は、いつも床に伏していたけれど、それでもいつだって淡く笑ってくれる人だった。
その、涙のにおいが染みついた女にマダラは少しだけ首を振る。
「・・・おお、イドラにそっくりな方だのう。」
「・・・もしや、あなたがインドラの母であるサクヤ姫か?」
「ええ、私の名はサクヤ。いつかに、うちはの祖たるインドラの母であったものです。」
「それは、お初にお目にかかる。私の名は、千手柱間、アシュラの末に当たるものです。」
「挨拶などいりません。あなたのことも、あなたの弟のことも、後ろの、我が末たちや、姉様の末たちのこともよくよく知っておりますので。」
「そ、そうですか。」
柱間は、イドラとよく似た女に素っ気なくされてしゅんとした。その後ろで、千手とうちはの人間達がざわつく。
月兎に、自分たちの祖先の話などは聞いているが、実際にその存在を目の前にすると信じられない気持ちにはなる。
ただ、自分たちの上司というか、目上の存在の、山だとか、そこら辺を更地にする存在のことを思い出すとそんなこともあるのかなあとぼんやりと思うだけだった。
そんなとき、人混みの中から兎が女の前に踊り出た。
「サクヤ姫。」
「ああ、月兎。お前が来たのなら、そうですか。姉様は、そうされるのですね。」
「サクヤ姫、私を使わせたのはあなたです。なら、イワナガ姫が何を目的にしているのか、わかっておられるのですか?」
「・・・この子も、いなくなるのですか。」
そう言って、サクヤは膝の辺りを撫でた。それに、ようやく、その場にいた面々はサクヤのたっぷりとした衣服の中に埋まった存在に気づいた。
真っ黒な髪と、丸まった小柄な体躯。
そうして、かすかに聞こえる安らかそうな寝息。
それに、特に扉間の目が、くわっと見開かれた。
(こ、こいつ!)
なんてところで寝てるんだ、この駄犬!
おい、どうする!?
ど、どうするって、引き取るか!?
いや、あの方は、うちはの祖なのだろう!?無礼だろう!?
いや、見てみろ!頭を撫でて完全にご満悦だぞ、あのおひいさん!
ああ、完全に、姉上と同じ目をしとる・・・
その場にいた人間は、ざわついた。いいのか、これは?
いや、本人はご満悦だけど。
マダラと柱間はアイコンタクトで上記の会話を交わした。扉間は、もう、今にもぶっ倒れそうな顔をした。
なにしとるんだ、いや、何しとるんだお前は!?
くらっと、今にも気絶しそうな中で、それをうちはの人間が支える。
(扉間様、しっかり!)
(イドラ様ならありえます!)
(寝てるだけならまだましですって!)
それはフォローなのか?
そんな疑問が浮んだ千手の人間達は、ひとまず、ぶっ倒れそうな扉間を支える。
件のイドラは、体を丸めてくうくうと寝ている。
「ああ、そうですね。千手の、扉間。こちらに来なさい。」
サクヤのそれに、扉間はふらふらとそれに近づく。全員が、ごくりと生唾を飲み込んだ。扉間はもう、無礼やら、混乱やら、何よりも自分自身お体が乗っ取られかけているというのに、乗っ取っている存在の膝の上ですやすやと健やかに寝ている嫁に何を言えばいいのだろうか?
「あなたの妻なのでしょう、この子は?」
そう言ってごろりと転がしたうちはイドラこそ、千手イドラが扉間の方に向けられた。その頭には、何故か、ふわっふわの猫耳がついていた。
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扉間はもちろん、その場にいた全員の頭の上にはてなが浮んでいた。
扉間は、もう、素直に、無礼だとか、そんなことも忘れて疑問を口にした。
「申し訳ないが、イドラの頭の、耳はなんだろうか?」
イドラは口元をむにゅむにゅさせる。そうすると、それにつられて耳がぴこぴこと揺れる。
それにサクヤは一度、イドラを見た。そうして、不思議そうな顔をする。
「可愛いでしょう?」
いや、あんた、それは。
それはもちろん可愛いのは可愛いのだが。いや、聞きたいのはそっちではないのだ。
なんで、イドラの耳に猫耳が付いているかどうかで。
「いや、なんで耳がついてるのか知りたいんだけど!?」
とっさのイズナのそれに、サクヤはああと頷いた。
「だって、イドラが夫はこれが好きだからって言っていたので。迎えに来るのなら、嬉しいと思ったんですが。」
がっと、扉間に全員の視線が向けられる。それに扉間は全身に嫌な汗が伝うのがわかる。
「い、いや、違うぞ!違う!」
扉間は今までのトラウマでひとまず、違うと否定するがそれにサクヤが不思議そうな顔をしてイドラにはえたピコピコ揺れる耳を撫でた。よくよく見ると、黒い尻尾がぴこりと揺れた。
「でも、毎日のようにこれをふわふわといじって楽しんでいたのでしょう?」
「とびらまあ!!!」
イズナが叫び、扉間につかみかかる。
「お、お前、さすがに趣味が濃すぎるだろ!?」
「知らん!誤解だ!サクヤ姫、何の話だ!?」
それにサクヤはイドラにそっくりの顔で不思議そうな顔をする。
「違うのですか?だって、毎日ではないけれど、ずっといじっていると・・・・」
「とびらまあああああああ!お前、何、うちのご先祖にとんでもねえこと言わせようとしてるんだよ!」
「おいいいいいいいい!違うわ!違う、誤解だ!何か、大変な誤解がある!」
「姉さんに生やされてるの見て、何が誤解だよ!」
取っ組み合いになっている中、柱間は度肝を抜かれた。いや、何というか、どんな顔をすれば良いのだろうか?
弟が嫁さんに猫耳生やすのが趣味。
なんだろうか、マニアック極まりないのは事実だが、それはそれとして、ダメというのも何か違うような・・・・・
「猫耳・・・・」
「昔から、なんか、毛のものすきだよな。」
「襟巻きとか。」
「理解が出来ん。」
「俺はちょっとわかる・・・・」
「いいのか?」
「いや、でも、どうなんだ?」
「でも、嫌がってないのなら。」
「猫耳付きのイドラ様かわいいな。」
「だめだ、俺も目覚めそう・・・・」
柱間がまた扉間の扉間が開いていることに固まっていると、まだ気を失っているらしいアカリをマダラが渡してきた。
「え、あ、ま、マダラ!?」
マダラは無言でアカリを柱間に託した。そうして、イズナと取っ組み合いになっている扉間に近づいた。そうして、マダラは華麗に扉間に足払いをかけ、そうして、手足を絡ませ、関節技を決める。
「うおおおおおおおおおおおおお!?」
「てめえはあああああああああああ!人の妹になんつうことさせてんだ!?」
「あだだだだだだだだだあだだだだだだだだだ!?」
「うおおおおおおお姉上が怒ったときと同じ、あれは、伝説の姉上式の背骨折り!そうか、マダラよ、姉上とそこまで仲良く!」
「これって感動していいやつなんですか!?」
「アカリ様のあれっていつもなんですか!?」
「そうだな、アカリ様の身内になったなら言っておく。」
「あれは、千手のクソガキは一度は味わう、背骨折りだ。」
「その他に関節技の種類があるから気をつけろよ?」
千手の男達はなにか、爽やかさえある顔で親指を立てた。
サクヤはそれに不思議そうな顔をした。
(・・・変ですねえ。イドラの話では、扉間という男はふわふわとした物が好きで。それこそ、気に入りの襟巻きを毎晩いじっていると聞いたのに。)
イドラがどれほど夫のことが好きなのか、サクヤはよくよく聞いている。だからこそ、せっかく会いに来るというのなら喜ばせてやろうとイドラに耳を生やしたというのに。
ちらりと見た、暢気して寝る女をサクヤは不思議そうに見る。
こんなに可愛いのに、何故、自分の息子の生まれ変わりはこんなに怒っているのだろうか?
よくわからないが、怒っているのでとめるかと考える。
「マダラよ、止めなさい。」
「サクヤ姫!止めてくれるな!俺は、そんな、妹を畜生のように・・・・・!」
「誤解だ、何にもしとらん!」
「嘘をつけ!」
「そうだよ、やっぱり、こいつを信じるなんて、やっぱり・・・」
イズナが苦虫を噛みつぶしたかのような顔をする。そんなとき、サクヤの顔が歪んだ。
「・・・・また、あなたたちは喧嘩をするのですか?」
その言葉に、サクヤに視線を向けた。サクヤは悲しそうな顔でイドラの頭を撫でた。自分で生やしたふわふわの猫耳に撫でた。
サクヤとしては可愛い娘?孫?が可愛くなってご満悦な時にまた喧嘩を見て悲しそうな顔になる。
その顔は、ひどくイドラに似ているものだからマダラとイズナの罪悪感をちくちくと刺さる。
「・・・・マダラはどうして、そんなに怒るの?夫婦の仲が良いことは嬉しいでしょう?」
サクヤのそれにマダラは黙り込む。
(イドラの奴!あの馬鹿、また変なことを吹き込んだな!?)
ぎっちぎちに締め上げられている中、扉間はぜえぜえと息を吐きながら、仕返しをすることを固く誓う。具体的に言うと、猫耳を生やさせることを誓った。
悲しいかな、今回に関しては本当にイドラは何にも悪くなかったりするのだ。
そんな扉間は後日、本当に猫耳を生やす忍術を開発するのだが。
悲しいかな、今回はイドラはまったく悪くないし、その忍術に扉間の汚名が増えるのはまた別の話だろう。
「そうですよ!マダラ様!」
そこでさすがにぎちぎちに締め上げられている扉間を不憫に思った千手の一人が割って入る。
「そこまで自分の癖に素直になれてるなら、夫婦間の仲が良好って事でしょう?」
とんでも理論来たな、これ。
千手とうちはの人間はそれで行くのかと目を見開くが、先陣を切った男は是で行くぞと据わった眼をする。
それに千手とうちはの人間は、頷いた。
今は喧嘩をしているときではないが、それはそれとして、スケベ方面にそこまで素直な一人の男を庇わねば男が廃ると思ったのだ。
アカリの意識があればその場にいた全員が関節技を決められていたであろう。
だが、そうはならなかったために、話は進んでいく。
「そうっすね!マンネリ対策にもなりますし!」
「イドラ様可愛いし!」
「そこまでするって、相当仲が良いって事ですしね!?」
「マダラ様もちょっとはいいなと思ったでしょう!?」
「もう、これは男の中の男ですよ!?この探究心。」
もう、色々最悪だ。
なんだろうか、この会話。
そんな方面の話を求めてはいないのだ。
言っている本人達も、自分たちで何を言っているのだろうという気分になっている。
それはそれとして、そこまで閨のことにこだわる男に尊敬の念を持っているのも又事実だ。
この男を救わねばならん!
そんな感覚もある。
マダラは息を吐き、締め上げていた扉間を下ろした。それにイズナが不満そうな顔をする。
「兄さん!?」
「言うな、イズナ。イドラなら、本当に嫌ならアカリに相談でもしている。そうでもないってことは、了承してるって事だ。それに、夫婦仲がいいってことだろう?」
「それは・・・・・」
「何よりも、今はこんな会話をしている場合じゃねえしな。」
下ろされた扉間はぜえぜえと息を吐きながら、それはそうだと同意した。いや、本当に。そうしながら、扉間は黄昏れた。
自分は何で、こんな先祖の前で生き恥をさらさねばならんのだ?
そんな中、アカリを抱えた柱間が扉間の方を叩いた。
「兄者?」
それに柱間はこっそりと聞いた。
「俺にも、猫耳の術、教えてくれ。」
「二度と話しかけてくるな。」
ドスの利いた声の後、扉間はちらりとイドラを見た。
そこには、すよすよと寝ている駄犬が1匹。
やっぱり、駄犬は駄犬であったのだ。
イズナの上がっていた好感度が若干下がった件