千手扉間に責任を取って欲しいうちはイドラの話   作:藤猫

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感想、評価ありがとうございます。感想嬉しいです。

カグヤマッマについて。前にリクエストがあったのでこの場にて。切るとこ見失って一万越えになりました。

シリアス目一杯で、ギャグ方向は薄いというか、ないです。
感想でもあったのですが、孫世代の人たちの年齢はふわっとしてます。扉間の孫娘はガイ先生と同年代です。


番外編:カグヤという女について 2

 

 

どれだけの時間が過ぎたのかなんて、その女にはわからない。

ぽつんと、封印されてから、何かがあるわけではない。

ただ、ただ、そこにいた。

 

そこは真っ白な空間だ。

いいや、しようと思えば、いくらでも見たい景色だとか、いじくることは出来たのだろうが。

そんなことをするほどの遊び心なんてそれには、大筒木カグヤにはなかった。

 

(いいや、実際の所は、ただの夢か。)

 

自分が知覚しているのは、精神世界のようなもので、肉体は封印により眠っているのと同じだ。

そのせいか、時間の流れについてどこまでも鈍感だ。

鈍った思考の中で、ああ、まだかと孵化を夢見るさなぎのような感覚に陥る。

 

「うん?」

 

その時、何故だろうか。

真っ白な空間の中に、突然、色が混じった。

 

(・・・く、ろい?)

 

久方ぶりに認識した色というものに、カグヤはゆっくりと、一度だけ瞬きをした。

そうしても、それは別段、幻覚というわけではなく、底に確かに存在していた。

それに、カグヤは、ゆっくりと近づいた。

 

警戒心がないわけではない。

けれど、それは生まれながらの強者であって。

何かあっても、どうにでもなるという思考と、どこか、投げやりな何かがなかったわけではない。

そうして、近づいた先にいたのは、黒い何かだった。

 

(お、んなか?)

 

それは、真っ黒な髪をした女だった。

まるで猫のように丸まって、穏やかな顔で眠っている。

カグヤはゆっくりと、転がっていたそれをよく見るために膝を突いた。癖のように、その場に正座をしてそれの顔をのぞき込んだ。

 

それは、客観的な感想として、愛らしい顔をしていた。

真っ白な肌に、墨で書いたような黒い髪。

 

(・・・間抜けな顔。)

 

ただ、何というか、表情が間抜けすぎるのだ。

すぴーと聞こえてきそうな程安らかな顔で眠っている。これでもう少し、賢しげな顔をすれば、それ相応の待遇が得られそうなものを、とまじまじと見つめる。

なんとなく、起すことはしなかった。

久方ぶりに己の側に存在する人の姿に、不思議な気分になった。どれぐらい見つめていただろうか。

ふと、思い立つ。

 

それが何故、ここにいるのか。それは、何なのか。

カグヤはそれを知るために、口を開いた。

 

「おい、そこの。」

 

不遜、というのだろうか。何よりも、傲慢に聞こえる声音でそれが言えば、黒髪の女はもぞもぞと動く。

それにカグヤは起きるだろうかと見つめる。けれど、女はうごうごと動いた後、ぷるぷると腕立て伏せでもするように起き上がろうとした。

 

けれど。

 

ぺしゃ!

 

それは空しくその場に崩れ落ち、次には、ぐーと安らかな寝息が聞こえてきた。

 

寝た?

 

カグヤの脳内には、多くのはてなが浮んだ。

耳を澄ませれば、変わること無く、ぐーと安らかな寝息が聞こえる。

カグヤは、正直、どうすればいいのかわからなかった。

なんせ、彼女の目の前でのんきしながら爆睡決め込む奴なんていなかったのだ。

 

「起きないか!?」

 

叱りつけるようにそう言うと、それはまたもぞもぞと動きながら、手探りを始める。

カグヤはそれに、布団を探しているのだろうと何となしに察した。

 

(・・・・どうする?)

 

起せばいいのだが。何となしに、目の前のそれを乱雑に扱って起すのは、何か、違う気がした。相手にあまりにも、振り回されているというのだろうか。

いいや、正直混乱していた。

なんだこれはという以外の何ものでもなかった。

 

そんなことを考えていると、それはいつの間にか自分の近くにまでにじり寄ってきていた。

 

ぺしんと、自分の膝にそれの手が置かれた。何を、と。思考が止まったその瞬間、ぼすりと女の軽い頭が膝の上に乗った。

すぴーと、女の安らかな寝息が聞こえてきた。

 

(ね、寝た!?)

 

その大筒木カグヤ、人でなしとして、人からは離れた思考をしているが、正直言おう。

その女の思考がまったくと言っていいほどわからなかった。

 

(何かの術に嵌まっている?)

 

そんなことを考えて動けずにいたが、特別何も起こらない。というか、女の安らかな寝息が聞こえてくるだけだ。

カグヤはまじまじとそれを見た。

なんせ、膝枕なんて、子どもたちの父親にだってした覚えがない。自分の膝の上にある、体温は、ひどく、久方ぶりのものだった。

 

(・・・・ぬくい。)

 

眠っているせいだろうか、ほかほかとした女の体温にカグヤは、なんだか思考が止まってしまった。

膝のかすかな重み、体温、いいや、もっと言うのなら。

警戒心よりも遙かに不思議な気分であったのだ。

そんなにも、己のためらいだとか、そんなこともなく触れて、近寄ってくるものなんていなくて。

何年と、長い間を生きてなお、そんな生き物というか、己以外の何かにあったことに驚いていた。

何よりも、その女が、なんというか、警戒心を持つには強さというものを感じさせなかったというのもあるだろう。

そっと、女の髪に振れてみた。

なるほど、毛並みは文句なしにいいらしい。

髪を梳るように撫でれば、それは、ふにゃふにゃと笑った。

 

「う、えへへへへへへへへへへ・・・・」

 

よだれを垂らした、間抜けな笑み。あまりにも無防備で、安心しきった笑み。

それにカグヤは、小馬鹿にするように微笑んで、女の髪を撫でた。

 

「・・・・間抜けな顔だ。」

 

何か、全て馬鹿馬鹿しい気分になった。

 

 

 

 

「あれは、なんだったのか。」

 

カグヤは、どことも言えない虚空に呟いた。なんせ、カグヤの元にやってきた女はそのまま膝を枕にしてすやすやと眠っていると、突然消えて仕舞った。

カグヤは、まさしく夢を見ていたような気分だった。

ただ、あの、久方ぶりに感じたぬくもりだけのことを覚えていた。

 

何かの偶然?息子達の企て?いいや、同じ大筒木たちが何かを?

 

多くを考えたが、はっきりとした答えなど出るわけがない。考えても、全てが違う気がした。

いいや、同胞達は違うだろう。わざわざ自分に何かをするには、個人主義が過ぎる。

息子達も違う。全てが今更だと理解していた。

 

(・・・ならば、偶然。)

 

そこまで考えたとき、視界の隅に、何かが映った。カグヤは無意識のうちに立ち上がり、そうして、改めてそれに近づいた。

そこには、やはり、真っ黒な毛玉が丸まっていた。変わらず、ぐーすかと、安らかに眠っているそれは変わりは無い。

 

カグヤは、以前と同じように、それに声をかけた。その場に座り、それをのぞき込んだ。

 

「そなた、起きよ。」

 

声をかければ、それは、もぞもぞと前と同じようにうごめいた。ぷるぷると起き上がり、それは、以前とは違い、ゆっくりと顔を上げた。

 

「あれえ?」

 

寝起きだとわかるような、芯のない声だった。それは、カグヤのことを見て、ぱしぱしと、目を瞬かせた。

 

「なんでえ?大筒木の、カグヤ?うーん、でも、ご先祖様だから、失礼だから、カグヤさまあ?」

 

自分の名前を知っていること、そうして、自分を先祖という言葉。

 

(ハゴロモか、ハムラの子孫か?)

 

まじまじと見つめた先にいる顔は、お世辞にも二人の面影は感じない。

 

「へんなゆめえ。」

 

目をぐしぐしとこすりながら、それは変わること無く眠そうな声を出した。カグヤはじっと、それを物珍しい気分で眺めた。

眠っているときも警戒心というか、危機感を欠いていたが、起きても変わることは無いらしい。

今にも、眠いと言いながらその場に寝転がってしまいそうだった、

カグヤは、それに、何だろうか。

幼いときの子どもたちのことを思い出して、そのまま寝かせてやることを考えた。

けれど、すぐに、何をと自分に呆れた。

そんなことをしている暇などないのだ。

 

「貴様、妾の名前を知っていると言うことは。大筒木の者か?」

「えー?違いますよー。大筒木はあ、ご先祖様でえ、わたしは、うちはの・・・」

 

そんなことをふにゃふにゃと、幼子のような笑みで言ったそれは、段々と声がはっきりしていくことをカグヤは察した。

そこまで言ったとき、女の目が見開かれた。

 

「うええええええええええええええ!?」

 

今までめったりと、のんびりと、それこそ日向の中で腹一杯の心地で昼寝をする子犬のような風情であったのに。

それは、カグヤの顔をはっきりと捕らえた瞬間、絶叫を叫んだ。

 

「お、大筒木カグヤ!?」

 

カグヤは久方ぶりの、他人の大声に思わず顔をしかめた。それに、女は更に慌てた面持ちになる。

 

「静まれ、貴様は・・・」

「わーん!にいさまあ!はしらまさまあ!いずなあ!とびらまさまあ!どこ!?どこ!?どうしよおおおおおおお!?」

 

それをわかりやすくそう叫びながら、カグヤに背を向けて、走り出す。

 

「待たぬか!」

「わあああああああああん!こわいよおおおおおおおおお!?」

 

ひゃんひゃんと泣くそれをカグヤは追いかける。けれど、とある場所に着くと、まるで見えない壁があるように行き止まりに行き着いた。

それは、ぐんぐんと遠くに走って行く。

 

「待て!おい!待たぬか!!」

 

カグヤは威圧感を持たせて叫ぶ。叫びながら、カグヤは、ああとぼんやりと考える。変わらないと。

脳裏に浮んだのは、自分の膝にあった、重さとぬくもり。

どこか、その背が、遠い昔に己を拒絶した子どもたちと重なった。

 

その声に、女は肩をふるわせて、一瞬だけ振り返った。そうして、それは、何か戸惑いを持って立ち止まり自分のことを見つめていた。

それが何故かはわからないけれど、更に声をかける。

 

「こちらに来い!」

 

それに女はびくりと肩をふるわせて、夢から覚めたというようにそのまま駆けだしてしまった。

けれど、カグヤにはどうにも出来ない。封印され、術は使えず、壁に阻まれ、どこにもいけない。

カグヤは、またかと、じっとその背を見つめていた。

 

 

 

 

次に、その女が現れたとき、カグヤはその頭を握りつぶして仕舞おうかと思った。けれど、カグヤはそれに触れようとすると、まるでそこに何もないというようにすり抜けた。

 

(なるほど、こちらからは何も出来ぬと。)

 

失笑混じりであったが、それでも、少しでも情報をと女を又起す。それは前よりは覚醒していたのか、すぐに正気に戻る。自分を見た瞬間、瞳に宿った怯え。

それに、変わらないと。

何も、変わりはしないと少しだけ笑いながらカグヤは口を開こうとした。

けれど、それよりも先に、女が叫んだのだ。

 

「あ、あの!この前は、申し訳ありませんでした!!」

 

それは、深々と、その場に土下座をして見せた。

カグヤは、何故か逃げることもなくそんな態度を取ったそれに面を喰らった。

 

「・・・何を、謝る?」

 

女は恐る恐る、顔を上げた。

 

「あの、えっと、この前、初対面の人にとても失礼なことをしてしまって!ご先祖様に、名前も名乗らずに、逃げちゃって!」

 

それはジタバタと、手を振って申し訳なさを示していた。

 

「普通に無礼です!何も聞かずに、逃げちゃって!えっと、だから!」

 

そこで女ははっと気がつき、カグヤを見た。怯えが混ざった、けれど、はっきりとカグヤを見て、それは言った。

 

「私、イドラです!えっと、大筒木ハゴロモの長男の、インドラの末の、うちはイドラです!」

 

初めまして、カグヤのお祖母様!

 

それはとても場違いで、けれど、今までの怯えなんてなかったことのように。

女は、カグヤのことを見つめて言った。

 

 

 

 

「お祖母様!」

 

聞こえてきたそれに、カグヤはため息を吐いた。ちらりと、声の方を見ると、そこにはにこにこと、まるで番犬に向かない犬のように笑う己の末がいた。

 

「・・・また来たのか?」

「来たというか、来ちゃったというか・・・」

 

不思議そうな顔でカグヤのことを見上げて、にっこりとそれは笑った。

 

イドラという女がカグヤの精神世界に紛れ込んで何回目のことだろうか?

なんせ、考えるのも面倒だった。

何故って、それはカグヤにとって、欠片だって役に立たなかった。

 

お前は何だ?

カグヤのお祖母様の子孫です!

何故、ここにいる?

? そう言えば、何ででしょうか?

ハゴロモについては知っているのか?

知ってます!夫婦喧嘩に巻き込まれたので!

・・・今回のことは、ハゴロモが関わっているのか?

?いいえ、あ、でも、確かにペン吉たちが何か言ってたような?

ここがどこかわかるのか?

私の夢の中?

 

情報なんてまったく出てこない。聞き出しても、全体的にふわっとしている。カグヤはそれへの期待を止めた。

経験的に、こういった者は振っても何も出てこないタイプだ。

無理矢理聞き出すことも出来ない。どうやら、敵意や害意があると干渉はできないようだ。ならば、構うだけ無駄だろう。

カグヤはまあ、手がかりのことも考えて、それを観察はしても無視をしようと決めた。

けれど、どうやらそのカグヤの無関心さをそれは友好的な態度と勘違いしたのか、ちょっとずつではあるがカグヤへの距離感と言えるものが確実に縮まっていった。

 

大丈夫か、これは?

カグヤはそう思った。

 

「それでですねえ、今日はですねえ、榊君がキノコのお裾分けしてくれてえ。あ、マイタケなんですけどね!炊き込みご飯にするんですよ!」

 

カグヤは、今日のイドラ日記を話半分に聞いた。

へえ、ほお、そうか。

おお、なんだ、その生返事。

そんな感想が出てきそうな相づちにさえも、イドラはにこにこしながら話をする。

何をそんなに話題が出てくる。

 

いや、近所の野良猫の出産祝いに魚をあげたとか、何でも、女の住む場所の長に当たる男の盆栽の成長記録と、本当にどうでもいい。

けれど、その無駄な話の中にも何か情報は無いかと、聞き流す。

おかげで、ある程度の現状は把握できた。

 

なんでも、女はハゴロモの長男の子孫で、最近までとある一族と殺し合いをしていたらしい。それも、二男の子孫達と争っていたそうだ。

それに、カグヤは血かと、ひっそりと嘲笑した。

同じ血をわけど。

争う在り方に、それは誰の血によるものかと微笑んだ。

 

それは、己の血か。それとも。

 

(・・・あの日、己の子を孕んだ妾を殺そうとした、あの男の。)

「でもね!」

 

そんな思考の中に、嬉しそうな、弾んだ声が割り込んできた。それに、思わず声の方に視線を向けた。

そこでは、1匹の黒犬がねえねえと微笑んでいた。

 

「仲直り、したんですよ!」

 

これ以上、それ以上、嬉しいこともないようにそれは、カグヤに甘えるように笑った。

 

「たくさん、たくさん、遠回りして。たくさん、たくさん、なくして。たくさん、たくさん、間違えて。たくさん、たくさん、犠牲を積み上げたけど。それでも、カグヤ様、私たち、仲直りできたんです!」

苦い思いも、苦しい思いも、大っ嫌いって心も、たくさんあって。でも、それを飲み込んで、ここまで来たんですよ!

 

そう言って笑う女に、カグヤは不思議な心地で問うた。

 

「なぜ、そのように嬉しそうなのだ?多くの犠牲、多くの間違いをしたと自覚しながら、憎い敵と仲直りしたことをうれしがる?」

 

それは当然の言葉だった。それは、当たり前の疑問だ。

それに、イドラは少しだけ悲しそうな顔をした。

 

「・・・・でも、喧嘩をずっと続けるよりも、仲直りしたほうがずっとましじゃないですか?」

 

鼻を啜る音がして、カグヤは驚いて女のことを見れば、それは涙ぐんでいた。

カグヤはそれに驚いた。

なんとも言っても、それは、ずっと笑ってばかりだと思っていたのだ。

 

「・・・なぜ、泣く?」

「だってえ・・・・・・」

 

それはぐずぐずと泣きながら、鼻水を垂らして、泣いて、もう顔から出る水分ならば全部出す勢いで、ぐずぐずと泣いていた。

 

「むかしのごとお、おもいだしたらあ、かなしくなってぎてえええええ・・・・」

「ああ、情けない顔をするな!妾の末なのだろう!?」

 

思わずそんな言葉が出た。

写輪眼も証拠だと見せられて、確かに己の末だと理解した。けれど、カグヤは情けなくぐずぐずと泣くそれが本当に己の血を引いているのか疑わしくなる。

 

「ほら、泣くな。泣くな。」

 

それに理解だとか、同情だとか、そんなものはなくて。

ただ、本当に、泣くなと思って声をかけた。それに、ぼんやりと、カグヤは昔のことを思い出す。

子どもたちが幼かった頃、そんな風に泣いていたときはあっただろうかと。

 

(どう、だったのだろうかな。)

 

何故か、思い出したのは、幼子が二人、笑っている場面だった。

 

 

 

 

その女は、変わること無くやってくる。

変わること無くやってきて、女の平和ボケした日常の話を聞かせてくる。それにカグヤはなんとか、外の世界の移ろいを理解した。

女は、時折、カグヤに相談をした。

 

子どものこと、夫のこと、兄妹のこと。

それは、とてもたわいもない。

言い出せないことがあるだとか、やってることについてどうかと思うが口出しをしていいのか、だとか。

 

子どもに封印され、夫に殺されかけ、兄妹もいない自分によくそんなことを聞けると呆れた。

けれど、しょんもりとしたそれに、気まぐれに声をかけてやれば嬉しそうに微笑んだ。

何を、そんなに嬉しいのだろうか。

力も振えず、閉じ込められた、己を。

イドラはにこにこして、言うのだ。

 

「よく、わかりませんけど。でも、聞いていたというか、知っていたというか、それ以上にカグヤ様はお優しいので。だから、話していると楽しいです。」

 

にこにこと、にこにこと、それは自分のことがこの世で一番好いているのではないかと思うほどに笑ってカグヤに懐くのだ。

それに、カグヤは頭を撫でてやる。

それに、女はやっぱりえへへへと笑うのだ。

 

(愚かな奴だ。)

 

簡単に己を殺せる自分を、手段がないだけで放置しているだけの自分を、まるでひどく、尊い者のように見つめてくるものだから。

カグヤは哀れむように、笑った。

 

 

 

 

何故、忘れていたのだろうか。

そう思った。

それが、あまりにも無防備に、嬉しそうに、安寧の中で笑うから。

だから、カグヤは忘れていた。

宙から来る、同胞達のことを。

 

それを思い出したのは、イドラがあるとき、傷を作ってやってきた時があった。

 

「どうしたのだ!?どこの不届き者にやられた!?」

 

痛々しく腫れたそれに、イドラは困ったように笑った。

 

「えへへへへへ、ええっと、その、二男と組み手してたら、うっかり頬に入っちゃって。」

 

カグヤは、茫然とした。だって、イドラから聞いていた二男とはけして大人ともいえないし、強くもない。

そんな存在に殴られて、そんなにも、あっさりと損傷したその体。

ああ、忘れていた。

 

これは、この星に住む、人という生き物が、どれほど脆いのか。

 

「いろいろ鈍っちゃったかなあ?うーん、そう言えば、カグヤ様?」

 

目の前の、黒いわんこは真っ黒な、濡れたような瞳で自分を見つめる。

無垢で、哀れで、弱くて、カグヤに懐く、愛らしい娘。

己の血を引いた、娘。

 

それを、宙からやってくる同胞は、なんとする?

 

「・・・・イドラよ。」

「はーい?」

「お前は、ハゴロモと接触が出来るのか?」

「え?ああ、えっと、前に言って月兎が。あ、もしかして、仲直り・・・」

「妾の封印を解く方法を、聞き出してきなさい。」

 

イドラはそこで、ようやく、目の前のそれの空気が変わったことを理解した。

今までの、無関心が故の、大樹のような穏やかさは消えてしまった。

 

「えっと、それは、ハゴロモ様と、仲直りを・・・」

「お前は、妾の同胞が宙からやってくることを知らぬのか?」

 

それにイドラの顔が強ばった。全てを知っていることを理解して、カグヤはイドラを見た。

 

「わかっているのならば、はよう外に出ねば。全てが手遅れになるのだぞ?」

「ま、また、無限月詠をされるのですか?」

「それしか方法はない!」

 

断言するようなカグヤの声に、イドラの方が震えた。

 

「いくら、写輪眼を持っていたとして、大筒木の血はすっかり薄れているはず。あれらに対抗できるほどの力を持った存在はおらぬだろう!?そうなれば、どうなるか、わかっているはずだ。」

「に、兄様に、柱間様に、イズナも、扉間様だって!尾、尾獣の子達だって、みんな!」

「お前の兄たちが死ねばどうなる!」

 

怯えるように後ろに下がった女に、カグヤはにじり寄る。カグヤは己を恐れるようなその仕草に苛立ったが、そこでふと、思い至る。それが、何を恐れているのか。

 

「安心するがよい。お前の兄弟や、子らを組み込む気はない。犠牲になるのは有象無象だ。それならば、よいだろう?」

 

ハゴロモも、気に入りがいたが故に自分に反抗してきたのだ。これも一つの母だ。己の子が犠牲になるのは赦せぬのだろうと。

その人でなしは理解した。

理解した、気になった。

 

「違う。」

 

ぽつりと呟いたそれに、カグヤは女を見た。

それは、カグヤの娘は、悲しむように、いいや、哀れむように、自分を見ていた。

それは、遠い昔に見た、己の息子と重なって。

 

「そうでは、ないのです。カグヤ様。」

「何故だ!」

 

咄嗟に叫んだそれに、イドラは、その場から脱兎のごとく逃げていく。初めて、言葉を交わしたときと同じように。

 

「戻ってきなさい!!」

 

叫んだそれに、女は、振り返らない。

 

「行ってはならん!それでどうする!何が出来る!?」

 

何故、母の元から逃げるのだ。なぜ、己の下で、幼いときのように無邪気に戯れていられない?

 

「弱いお前に、何が、何をしようと!」

 

叫んだそれに、遠く、遠く、どこまでも。カグヤから背を向けて。

どうして、安寧の中で、己の元で生きてくれない?

どうして、死んでしまうような選択をするというのだ?

 

「戻ってきなさい!」

 

死体を、思い出す。己を殺そうとした、己が愛した男の、がらんどうの瞳。黒い、濡れたような、瞳から、光が消えて。

 

「何故だ・・・・」

 

茫然と、美しい女が呟いた。

 

「なぜ、お前達は、いつも。ただ、そこにいればよいという願いさえ。ただ、安寧の中で生きてくれればと言う願いさえ、聞き届けてはくれんのだ。」

 

 

 

それから、どれぐらいの時間が経ったのだろうか。イドラが現れないカグヤには、時間の経過などわからない。

ただ、二度と現れない気がしていた。

二度と、それは、ハゴロモとハムラのように、二度と。

 

なのに、だ。

その女は現れた。

とても、静かな瞳をして。

カグヤの元に、現れた。

 

「・・・・何ようだ?」

 

静かな声に、イドラは少しだけ戸惑うような顔をした。そうして、目を伏せながら、そろそろとカグヤに近づいた。

座っていたカグヤの隣で、膝を抱える。

 

「・・・・私の、写輪眼の、能力。夢渡り、なんです。」

 

何故か、そんなことを言った。

カグヤは、何か、それにする気力がわかなかった。どうせ、何をしようとしても、自分には干渉は出来ないのだ。

無駄なことをしても仕方が無い。

 

「夢を介して、違う世界の、どこかの人の夢に行く。そこで、記憶とか、意識とか、ふれあえる。幽冥、って言うんです。」

 

おずおずと、己を見上げたその瞳は、赤く、そうして、螺旋の模様が刻み込まれていた。

 

「写輪眼の能力、万華鏡になる前に、発現することがあって。私のも、そうで。だから、最初は、夢でカグヤ様に会ってるの、覚えて無くて。なんだか、楽しい夢を見てて、そんなこと、ばっかりで。」

 

疲れたように、かすかな、笑みで、それはえへへへへと笑って。

 

「でも、あなたが怖くて、逃げ出した日。全部、理解して、目が開いて。」

 

女はゆっくりと立ち上がった。

そうして、真っ赤な瞳で己を見る。

 

「お母様。」

 

呼ばれたそれに目を見開いた。そうして、イドラのことを見た。

それは、見開いた瞳に涙を溜めて、自分を見ていた。

 

「私たちを、愛してくださって。愛そうとしてくれて、ありがとうございます。でも、ごめんなさい。」

その愛を、私たちは、受け取れない。

 

それは、いつかに、掟を破った己の息子と重なった。

 

「それが、お前の愛か?ハゴロモのように、通じぬ愛を抱えて、滅びると!?お前達はいつもそうだ!それで!?封印は出来ても、お前達は結局、妾のことを殺せず!封じることしか出来ぬ!同胞達が、あやつらに勝てるとでも!?死ぬぞ!皆!そうやって!」

 

そうだ、知らぬからそう言える。

愛の力を信じろと?

それで、その力で自分は殺せたのか?

結局封じて、時間稼ぎをしているだけではないか。

結局滅びるだけなのだ。結局、無意味に、無価値に、蹂躙されるだけではないか。

あの日、自分に殺された男の姿、そうして、自分を庇って死んだ、侍女の、彼女の、崩れ落ちる瞬間を、ただ。

 

イドラは、ぼたぼたと、涙を流して。そうして、カグヤの首に腕を回した。

それは、ああ、あの日、間抜けな黒犬に膝を貸した時の、そのぬくもりを、思い出して。

あの日、己の愛した男が、自分を抱きしめたときのことを、思い出して。

 

裏切った愛が、何故か、自分を、抱きしめている気がして。

 

「ずっと、あなたは一人で背負われていたのですね。愛した誰かを、失ういつかを。滅ぶしかないいつかを。あなたは、私たちとは違う。でも、愛そうとしてくれた。」

 

肩が、濡れている。ぼたぼたと、暖かな何かが自分の、肩に降っていて。

 

「カグヤ様、お母様。もう、いいのです。」

私たち、大人になりました。だから、だから、もう、いいのです。

 

腕の力を緩めて、それは、静かに泣きながら。けれど、今までとは違う、大人びたそれで、カグヤに言うのだ。

 

「一人で、背負わなくてもいいんです。私たちも、ちゃんと、あなたのことを守れるぐらい強くなったのです!」

 

だから、だからと、それは幾度も言った。そうして、耐えられないというようにカグヤのことを抱きしめた。

女にとって精一杯で、けれど、カグヤには、あまりにも弱々しい、羽虫のような力で。

それに、カグヤは、固まった。

 

「何を言っている?」

「ごめんなさい。裏切られて、きっと、悲しくて、痛くて。でも、あなたは、歪でも守ろうとした。わかります!だって、私だって、お母さんだから!可愛いあの子達を、守りたいと思えば、きっと、なりふり構わなくなるって!でも、あなたの息子はそれを拒絶した。だから、悲しいですよね!苦しいですよね!裏切られた愛を信じろと、それはきっと苦しくて! でも、愛したくて、切り捨てられない!」

あなたは、ずっと、一人で勝てぬ相手と戦い続けていたのに。

 

(妾は、ただ・・・)

 

遠い昔、あの日、ハゴロモに愛を信じろと言われたとき、憎しみが、あの日、己の裏切った男と重なった。

どうして信じられるのだ?

 

人ではないから、己は拒絶された、殺されそうになった。

カグヤは、その在り方を変えられない。ならばどうすればいいのだろうか?

見捨てればよかったのだ。

裏切られたのだから、きっと、子どものことだけ抱えて、それで。

 

なのに。なのに。なのに!

 

見下ろした世界は、腹に抱えた子どもたちは、あの日、カグヤの失われた愛のよすがだった。

ふと、その青い空を、美しい夜空を見上げれば、それでも柔らかな幸福を、思い出す。

見捨てられなかった、蹂躙されるのが赦せなかった。

脆くて、狭い、カグヤの箱庭。青い、宝石。

 

だから、カグヤは守ろうとした。人でなしの愛で、化け物の理で、人には理解できぬ在り方で。

 

お前が言うのか?

ああ、ハゴロモよ。

憎い男に似た、愛しい息子よ!

お前が、言うのか。

その顔で、己に矢を下した、その、形で!

 

ああ、裏切られた。

また、自分は、愛に、裏切られた。

ならば、もう信じまい。

もう、二度と、愛など。

人のことなど。

カグヤは、所詮、人でなしだったから。

 

だから、ずっと、一人で。

弱者だけの世界で、女は、ただ、一人で戦い続けていた。

 

「今更、何を信じられる?」

 

女の黒い髪が、揺れているのを見た。自分を抱きしめるぬくもりが、あまりにも弱い力が。

 

ああ、これも死ぬのだと思うと、たまらなくなって。

 

イドラは又体を離した。ただ、静かに涙を流す女。自分には似ていない、己の血を引いた、哀れな娘。

 

「あなたを愛する、私の心を。」

 

そんな、世迷い言を、女は吐いた。

 

 

「愛?貴様が!?妾を恐れて、拒絶して、逃げ出したお前が、愛しているなど!」

「それでも、私は、ここに来ました。」

 

それにカグヤは黙り込む。

だって、それは確かにここにきた。恐れて、拒絶して、それでもこうやって帰ってきて、カグヤを抱きしめている。

 

「あなたのことが怖かった。だって、あなたは私のことを慮ってくれたけれど、私が愛した人たちのことを慮ってはくれなかったから。だから、怖かった。でも、思ったんです。それでも、あなたは、確かに、私のことを。愛した誰かのことを、守ろうとしてくれた。」

 

いつかに、紙の中で敵としてそこにいた女は、鬼だと言われた。

けれど、イドラは思うのだ。

もしも、自分は、大切な誰かに裏切られたと思って、大事なものがことごとく壊されるいつかを知っていて、それを一人で背負い続けた時、壊れずにいられるのだろうか。

 

鬼子母神の話を思い出した。

 

彼女は、少しだけ、その母は、似ている気がした。

結局、鬼が悟りへ至るために必要だった、子への愛さえもなくした、悲しくて、寂しい鬼。

だから、イドラは怖くて、恐ろしくて、けれどそれ以上に悲しくてたまらなかった。

その愛を、イドラは知っていた。

同じ母であるが故に、人でなしの女の中にあった、子への愛を。

そうして、いつかに、自分たちを滅ぼそうとしたかもしれない男への愛を抱えていたイドラには。

カグヤの、寂しい在り方が、その喪失が、痛いほどにわかってしまった。

 

愛おしい、けれど、恨めしい。

全てに同調できずとも、女の、その寂しさを、どうしようもなく理解した。

 

「あなたの在り方は我らにとっては、とても、とても怖いです。あなたにとって有象無象に見える存在は、繋がって、誰かにとっての愛する人であるかもしれない。だから、カグヤ様。その愛を、私たちは、受け取れない。でも。」

 

イドラはカグヤから体を離して、涙を流して、その真っ白な手を取った。

 

「どうか、私に、あなたを愛させて。」

 

愛、愛、愛。

うっとうしいはずだった。

憎んで、裏切られて、膿んだ傷が痛むはずなのに。

何故だろうか、女の、愛は、あの日、ハゴロモに向けられた言葉のような苛立ちも、そうして、憎しみも、浮んでこなかった。

 

「それで、お前は何をすると?弱く、脆い、お前に、何が?」

 

カグヤは、何か、凪いだような気持ちで女に問うた。

答えが聞きたかった。

何を持って、証明を、何を。

 

「見せてあげます。私たちが、どれだけ強くなったのか。ちゃんと、大丈夫だって、お母様のことを、安心させてあげます。そうしたら、今度はあなたを一緒に守りたいと思うのです。」

「・・・それがどれほど、困難な道かわかっているのか?」

「わかってます!でも、私たちが知らなくちゃいけないのは、楽な道の歩き方じゃなくて、困難な道の歩き方です。でも、安心してください!」

 

忍は、ド根性、ですから!

 

女が笑っていた。

弱くて、愚かで、自分のことを簡単に信じて、懐いて、けれど、自分を愛するのだというそれの顔を見ていると。

カグヤは、なんだか、あーあと、肩の力を抜いてしまった。

 

「・・・・もう、よい。」

 

カグヤは、女の頭を撫でた。

いつかに、そうしたように、その毛並みのいい黒髪を。ただ、撫でた。

 

いつかに、共に生きて欲しいと思った愛は、カグヤを殺そうとした。

カグヤのことを理解できぬと、裏切った。

大地の色をした髪は、真っ黒になって。警戒心なんてなくなって。カグヤの愛を拒絶するくせに、愛していると宣う程度に図々しくなって。

 

カグヤのことを、守りたいと、そう言うのだ。

 

ああと、カグヤは思う。

あの日、裏切られたはずの愛は、面影なんてことごとく消え失せて、それでも、カグヤの元に返ってきてくれた。

だから、それでいいのだと、女は掴んでいた子どもの手をそっと手放すことを決めたのだ

 

 

 

「・・・・・はあ、イドラの言うことを信じてみたのはよかった。思惑通り、無駄に強い子が生まれ、妾も安心と、そう思っていたというのに。」

 

びろーんと、くつろいだ猫のような孫娘にカグヤは怒鳴る。

 

「その体たらくは何だ!?」

 

それに己と同じ名前を冠した、娘が気だるそうに欠伸を吐いた。

 




ねえねえ、オビビ。
唐突にふざけた適当な呼び方すんのやめてくんね?
俺、オビビは生涯独身だと思ってたんだけど。なんで、カカちゃんと結婚しの?
……あいつってさ、俺のこと、ガキの頃から好きだったりした?
クソ鈍チンで笑う。志村のじい様だってもう少し鋭いぞ。
そっかあ!やっぱりかあ!
そりゃ、あの子の親父さんが里の人間から叩かれてたことあるだろ?あの時、お前の親父さんが匿ったじゃん。
ああ、うちは全体でそのやらかしを覆すって動き回ってたもんな。
ほんと、うちはって優秀なやつ好きだよな。
気に入ったやつがいると身内のこと紹介するのはやめた方がいいけどな。
すぐに身内に取り込みたがるの一種の妖怪みたいだよな。
言い方!
まあ、それは置いといて。なんで結婚したの?
…あの顔に迫られたら頷いちまって。
お前、確かにアカリの婆さまの孫だよ。

扉間は

  • 女の子が欲しいが、息子しか産まれない
  • 女の子がすぐに産まれる
  • 女の子が欲しくて、末っ子に産まれる
  • どっちでもいい
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