インフィニットストラトスー可能性に満ちた閃光ー 作:のらり くらり
朝の騒動を経て始まった一日はいつも通りに思えた、未だに眠気の残る静夢とヴァルト以外は……。
「ふぁ…」
マスクの下で欠伸をしながら、静夢は上の空で授業を受けていた。昨夜のヴァルトとの対話は、満足の代わりに睡眠不足を齎した。あまりの眠気にノートの字は歪み、教師の声はさながら子守歌だった。
「累、この問題を解いてみろ」
「……」
「聞いているのか?」
「え?ああ、すみません……」
怒気を含んだ声にようやく気が付いた静夢、素直に謝る姿に千冬は溜息を吐いた。
「体調が優れないのか?」
「ああ、いえ……大丈夫です」
「ならば良い。この問題は解け」
「えーっと…異常が発生した時は安全な場所に移動し、ISを解除することだと思います」
教科書の問題文を見ながら、静夢は解答する。
「……正解だ」
暫くの沈黙のあと、千冬が答える。クラスメイトの歓声と拍手が起こり、静夢は少し戸惑って首を傾げる。
その歓声を耳にして、ヴァルトはようやく目を開いた―――。
腕組みを解き、首を動かして何度かの瞬きをする。何事かと思い、キョロキョロと教室を見回した。歓声の中心にいた静夢を見つけると、変わらない日常に得心がいって再び目を閉じたのだった―――。
「ふぁ…んん」
午前の最後の授業。欠伸をしたヴァルトは、目尻に涙を浮かべた。昨夜の静夢との対話以降、宇宙世紀のことが頭から離れなかった。
遥か未来の話―――おとぎ話にしてはよく出来ていると思ったが、聞いているうちに興味を惹かれたことも事実である。
"こんな退屈な思いもしなかっただろうな……"
ISよりも優れたモビルスーツというもの、宇宙に住む数多の人類、実際にそんな世界が来るのだろうかと、ぼんやりと考えるのだった……。
「~~~ということになるのだが、聞いているのか?ヴァルト・パークス」
「え……?」
教壇にて咳払いをするケネス・スレッグの声に、ぼんやりとしたヴァルトの意識は現実に引き戻された。
再びキョロキョロと教室を見渡すが、ケネス以外にもクラスメイト達の視線が突き刺さっていた。
「……すいません」
「うん。素直なところは評価するがね、あまりに集中できていないとなると……注意せざるを得ないわけだ」
溜息を吐くケネスに、ヴァルトは謝罪する。眠い目をこすりながら、集中しようとするヴァルトを見たケネスは、若い頃の自分を思い出して、あまり叱ることができなかった。
「まぁ、今回は大目に見てやる。あんまり態度が悪いと、成績に響くからな。気を付けろよ?」
「はい、すいませんでした」
ケネスはそれ以上、問い詰めることをしなかった。静夢と同様に、ヴァルトを一目置いているということもある。見方を変えれば贔屓と捉えられても仕方がないが、この二人を見ていると、何か引っかかるものがある。
それが何なのか―――ケネス自身も分からなかった。どこかぼんやりとしていて、明確には言えなかった。
そんなことも露知らず、認めたはずの静夢はうつらうつらと船を漕いでいる。
問題児たちめ…心の中でそう呟いたケネスは、諦めたように溜息を吐いて授業を続けるのだった―――。
授業終了を告げる鐘が鳴ると、船を漕いでいた静夢はハッとする。反射的に体が動き、力が入る。間もなく織斑の号令が行われ、昼休みに入った。
「はぁ……んん、あぁ…」
体を伸ばした後に脱力し、静夢は椅子に座り込んだ。チラリとヴァルトの方を見ると、睡眠不足なのかヴァルトも大きな欠伸をしていた。
重い腰を上げて、静夢はヴァルトの席に歩み寄る。
「食堂、一緒に行こうよ」
「ああ……」
腕を延ばす静夢、ヴァルトも首を鳴らして答えた。
「「ふぁ……」」
ヴァルトが席を立つと、二人は欠伸をした。くすぐったくて、変な感じがして思わず笑みがこぼれる。
「二人とも、昨夜は遅かったのですか?大きな欠伸をして…」
そんな二人を見ながら、セシリアはクスクスと笑っていた。
「ヴァルト君が寝かせてくれなかったんだよ」
「おい、夢中になっていたのはお前の方だろ…!」
「それは君だって―――」
セシリアに問われ、静夢はどうということなく言葉を返す。異議があるのか、ヴァルトがそれに噛みつく。
しかし、セシリアを含めたクラスメイトたちの表情が凍り付く―――。
異様な空気を感じ取った静夢が振り返る。一歩引いたような距離で見つめるクラスメイトたち、ヴァルトも困惑して首を傾げていた。
「貴方たち、そういう関係で……」
「で、出来てる……!」
「ん…?あ、違うぞ?変な意味でなくてだな……」
段々と青ざめるセシリア、クラスメイトの『相川 清香』は上気した様子で二人を指さす。どういう意味なのか、ようやく気付いたヴァルトは必死なって弁解を試みる。
「しずむん、パーくんと何してたの?」
「うん?僕の仕事の事とか、ヴァルト君の住んでた場所の事とか……色々とお話はしていたよ?」
クラスの中でも、恐らく最も純粋であろう布仏 本音が尋ねる。うーん、と考え込むようにしながら、静夢は言葉を選びながら語る。言っている事に嘘はない、今までも似たような状況に見舞われた静夢は、淡々とした様子であった。
「え、何かおかしかった?普通のことだと思ったんだけど…」
「そ、そういう事でしたか…」
「私たちの勘違いでしたね…」
冷や汗をかいて、セシリアが肩を撫で下ろす。その後ろで『四十院 神楽』は腑に落ちたという様子だった。
それに倣って、他の生徒たちも落ち着いた様子を見せていた。
「それじゃ、行こうか」
「ああ…」
げんなりとしたヴァルトは、静夢に連れられて教室を出た。二人の去った教室は、暫くの沈黙を経て、少女たちは脱力した―――。
「ハァ、どうなることかと思ったぜ…」
「変に誤魔化そうとすると、逆に気づかれるよ?いつも通りにしていればいいんだよ」
がっくりと肩を落としながらヴァルトは溜息を吐いた。静夢はクスクスと笑いながら、ヴァルトに助言をする。
「周りの目があるとはいえ、僕たちの会話が気づかれることはないさ」
「……」
食えないやつ―――ヴァルトは静夢が見せる一面に、言葉にできない感覚が走る。自分とは違う意味合いで、修羅場をくぐった経験のある言動を見せる。
静夢とヴァルトは並んで廊下を歩いていると、すれ違う生徒や教師に愛想よく挨拶をしていた。そんな静夢の様子を、ヴァルトは怪訝な表情で見ていた。
「うまいもんだな…」
「仕事で得たスキルの一つだと思っているよ、大抵の人間なら言い負かす自信がある」
自慢げに胸を張る静夢に、ヴァルトは適当な返事をする。今日のランチのメニューについて語り合っていると、食堂に到着する。
「うん?」
「どうしたの?」
「あれ…」
「え?」
何かに気が付いたヴァルトに、静夢は尋ねた。ヴァルトの指差す方向に目を向けると、食堂の入り口に一人の少女が立っていた。
鳳 鈴音だった―――。
誰かを待っているのか、壁に背を着けて、退屈そうに腕を抱えるようにしていた。すると、彼女は静夢とヴァルトを視界に捉えた。
目が合うと、鈴音は手を挙げた。こちらに来いということだろうか、静夢とヴァルトは顔を見合わせると、諦めるようにして彼女に声をかけた。
「もしかして、待ってたの?」
「当たり前じゃない、いつまで待たせるのよ」
「よく言う、待ち合わせなんかしていないだろ……」
鈴音の勝手な言い分にヴァルトは溜息を吐き、静夢はマスクの下で苦笑いを浮かべた。活発な彼女に引かれながら、二人は食堂に足を踏み入れる。
初日の鈴音は食堂のシステムがわからない。思い出したかのように静夢が声を上げると、食券の購入方法を教える。
出身地に倣い、鈴音はラーメンを注文する。完成までの間、暫し待っていた。
隣に立つ静夢が気になり、チラリと横の彼を覗き見る。
「……?」
「……ッ」
鈴音の視線を感じ取ったのか、静夢は顔を向ける。視線が合い、思わず視線を逸らす鈴音。視線に気づかれたせいかどうか分からない、心臓の鼓動がいつもより騒がしく思えた。
「はい、お待ちどうさま」
「え、ああ、謝謝」
ラーメンの到着を告げる声にハッとし、思わず母国の言葉が出る。急いで受け取り、空いている席を探してキョロキョロと辺りを見まわす。
「向こう、空いてるね」
「早く行くぞ」
後から来る静夢とヴァルトが空席を見つけ、速足で歩いていく。それを追って、鈴音も付いていく。五人ほどが座れる丸形の席に座り、各々が昼食を摂り始める。
「あー、しずむん見つけたー」
時を同じくして、本音と簪が訪れる。二人は既に昼食を持っており、席を探しているようだった。
「ここ、空いてる?」
「ああ、いいぞ」
控え目に、恐る恐ると尋ねる簪。ヴァルトは二つ返事で了承し、二人が座れるように奥へと詰める。二人が着席を確認し、改めて一同は昼食にありつく。
「かんちゃん、こちらは転校生のりんりんでーす」
「ちょっと!それだと、私がパンダみたいじゃない!」
「中国なんだろ?あながち間違いじゃないだろ」
「なんですって―――!?」
「よ、よろしく……りんりん?」
「ッ、だから―――!」
本音のペースに乗せられ、鈴音は肩で息をしていた。壁を作らずに済み、すぐに打ち解けた様子が見える。
"昔と変わらないな、こういうところ……"
まだ自分がただの少年だった頃の事を思い出し、静夢はどこか安心した表情を浮かべる。
まだ自分が居場所を作れなかった頃、転校してきた彼女は今と同じだった―――。
天真爛漫な性格で、誰とでもコミュニケーションを取れる彼女に声をかけられたことは、今でも覚えている。
「ヴァルト、ちょっと相談があるんだけど……」
「帰ったら見てやるよ。偶には休め、顔色が良くない」
専用機の完成を急ぐ簪だが、ヴァルトは簪の不調を見抜いて諫める。言い当てられた簪は言葉に詰まり、シュンとする。
そんな彼女を見たヴァルトは、溜息を吐いて簪の頭に手を置く。
「お前に何かあったら本末転倒ってやつだろ。一流の人間ほど、体調管理をしっかりやる。今日は少し進めたら終わりだ、いいな?」
「……うん」
ヴァルトに諭されると、素直に頷いた簪であった。
「仲いいね~」
「そうだね」
そんな二人を微笑ましく見つめる友、一人だけ置いてけぼりとなっている鈴音は、黙々とラーメンをすする。
偶にチラリと静夢を見つめている―――。
マスクを外し、素顔が晒されている静夢の顔は、過去に関わった少年の顔だったのだ。
「さっきから何?そんなに見られると、穴が開いちゃうよ」
「え、ああ、えと……」
声をかける前に静夢が冗談を交えて口を開いた。不意打ちを突かれたように、鈴音は言葉を詰まらせた。
「どうしても、アンタに聞きたいことがあるの……」
「いいよ。屋上でいい?」
静夢の提案に頷くと、それから会話は途絶えた。普段から穏やかな雰囲気を放つ本音も、二人の間にある何かを感じ取って沈黙する。
ヴァルトはまた静夢が面倒なことに関わっていると感じ取り、関わらないようにしていた。
「それじゃあ、先に行くわ」
「うん、すぐに行くよ」
いつの間にかラーメンを平らげていた鈴音が立ち上がり、席を後にする。その背中を見つめ、静夢は紅茶を飲み干して息を吐く。
「お前、あいつに何かしたのか?」
「初対面なのに?ま、この後のお話次第だね」
「面倒事は御免だぞ」
「そんなことにはならないさ……」
マスクを着け、静夢も席を後にする。簪と本音は顔を見合わせ、戸惑った様子を見せる。ヴァルトは溜息を吐いて昼食を終えるのだった―――。