インフィニットストラトスー可能性に満ちた閃光ー 作:のらり くらり
昼食を終え、鈴音を追って足早に廊下を歩く静夢。屋上へ向かう途中で、自販機でジュースを購入する。少しだけ息を切らして屋上にたどり着くと、扉を開けた先に彼女はいた。
手すりに寄りかかり、退屈そうにしている鈴音に静夢は声をかける。
「ごめん、お待たせ」
「いいわ、私が誘ったんだもの」
どこかしおらしく、遠慮したような態度を感じる。静夢は購入したジュースを鈴音に差し出す。無碍にするわけにもいかず、鈴音はそれを受け取る。
沈黙が支配する空間で、二人はお互いに切り出すタイミングを見計らっていた。
「あ、ジュースはそれでよかった?急いでいたから…」
「え!?あ、ああ…大丈夫よ、ありがとう…」
いざ話そうと思うと、言葉に詰まって鈴音は言い淀む。久しく再会した彼にどう声をかければいいのか分からず、落ち着かなかったのだ。
「ねぇ―――」
「なに?」
思い切って、鈴音は静夢に尋ねる。静夢はいつも通りに、鷹揚な様子で彼女の言葉に耳を傾ける。
「アンタは一夏なの…?」
「……」
意を決して尋ねた鈴音に、静夢は何も言わなかった。ここで自身の正体を明かす事は自滅にもつながる。これはヴァルトの時に経験しているが、今は鈴音をしっかりと信頼できる確信がない。
ましてや、彼女は中国の代表候補―――どこから情報が洩れるか分からないのだ。
そこで静夢が取った選択は―――。
「またそれ?そんなに似ているかな…」
言いくるめて、誤魔化すことを選んだ。どのみち気付かれることは目に見えているが、先延ばしにするくらいは出来る。
わざとらしく、自分の顔をぺたぺたと触る。鈴音の方を向くことはしない。凡そ、彼女がどんな気でいるかは分かるし、今の自分にはそんな資格はないからだ。
「な、何言ってるのよ…アンタ、バカにするのもいい加減にしなさいよ!」
呆気に取られた後、声を荒げる鈴音。瞳には怒りの色が見え、悔しいのか歯ぎしりをする。
静夢は激高する鈴音に向き直り、口元を覆うマスクを外す。
「一夏じゃない!私がアンタの顔を忘れるわけがないでしょ!?」
静夢を織斑 一夏と言い張る鈴音に、静夢は大きな溜息を吐く―――。
「僕は累 静夢だよ。それ以上でもなければ、以下でもない。ましてや、これまで僕の全てを、君が否定できるのかい?それとも、昔の恋人と重ねてしまったのかな?」
嘲るようにクスクスと笑い、ポケットから飴を取り出して口に放り込む。舌の上でコロコロと遊ばせ、やがて隠すようにマスクを着ける。
「ふざけんな!私が、どれだけアンタを―――!」
「……」
「ッ、アアァァ〜〜〜!」
ついに限界を迎えて心の内を吐露する鈴音を遮り、静夢は突き放すように冷たい眼差しを向ける。言いたいことも言えず、納得のいかない彼女は顔を伏せて声を上げる。
しばらく声を上げ、息を切らした鈴音が顔を上げた。目元には涙が浮かんでおり、思いの丈が見てとれる。
「いいわ、アンタが私の知ってるアイツじゃないってことは認める」
「本当に?そんな顔には見えないけど……」
「頭で理解させて飲み込んだのよ。それくらい、理解しなさいよ…」
「そうですか……」
「ただし…!」
鈴音が声を張り上げ、静夢は手すりに寄りかかったまま、彼女を見つめる。
「放課後に武道場に来なさい!これは、私の気持ちにケリをつけるためよ。この言葉に噓は無いわ」
静夢を指差して宣言する鈴音に、静夢は溜息を吐いた。千冬や織斑ほどでは無いにしろ、彼女も過去の自分に執着しているきらいがある。
一つのことにこだわるあまりに、視野の狭窄に陥ってしまっているのだ。
しつこく付きまとわれるというのは、あまりいい気分ではない。ましてや、過去の自分を知っている人間なら尚更である。
「条件がある。どんな結果になろうと、過度な干渉はナシ。いいね?」
「いいわ、それでいきましょう」
鈴音はそう言って、屋上を後にする。口の中で小さくなった飴を噛み砕き、一人取り残された静夢は蒸れるマスクを外す。
「参ったな……」
一人を良い事に心の内を声に出す。口元を撫でる風が涼しくなる半面、頭の中は苛立ちが募るばかりだった。
「今更、変わらないのに…」
口元を拭い、ため息を吐く。夜の仕事の経験を思い出し、気持ちを落ち着かせる。
はぁ、と小さな溜息を吐いて、静夢は首に下げたマスクを口元に着ける。
「ま、なるようになるか……」
頭と心を切り替えて、静夢は屋上を後にした。ドアをくぐり、階段へ足を向けた瞬間だった―――。
「ッ……」
視線を感じ、静夢の足が止まる。自分の立場や纏わりつくものを考えれば、不思議ではない。ここに来てからは何度もあった、面と向かっての接触だってあった。
夜の仕事の要領で言いくるめると、そのままベッドで骨抜きにして差し上げたのだ。
自分から誘うのは静夢のポリシーに反するが、相手は自分の命を狙っているのかもしれない。そう考えれば、ポリシーを気にしている場合ではない。相手にするついでに、持っている情報を頂いて関係各所へ流しもしたのだ。
「……」
しかし、今回のお相手は、どうやら様子見のようだ。本気で命を狙う相手なら、周到な用意と完璧なタイミングを狙うはずだ。
隠れていると思われる方向は敢えて見なかった。不用意な隙を見せることにも繋がる。
膠着状態から数分が経った―――しかし、相手は仕掛けては来ない。
「帰ろうか、時間が勿体ない」
わざと声に出して言うと、静夢は今度こそ階段を下りて教室へ向かった―――。
「気づかれた…?どのみち、厄介な子ね。噂も当てにならないわ……」
その日の授業が終わると、静夢は重苦しい雰囲気で武道場へ向かった。鈴音との約束だ。有耶無耶にして、その場をやり過ごすこともできたが、厄介なことに過去の因縁もある。その隣にいるヴァルトは、着替えを脇に抱える静夢を横目で見ていた。
「お得意の口は通じなかったのか?」
「言わないでよ、頭が痛くなる……」
ヴァルトは、げんなりとした様子の静夢を笑い飛ばした。普段からは考えられない慌てぶりを見て、新鮮な気持ちになると共に、かつて垣間見た静夢の過去を思い出す。
身内の影に隠れた自分に対し、静夢は身内に苦しめられて来た。自分がまだマシな立場にいたということを思い知った。
「苦労している、なんて……言葉一つで片づけられないか」
「僕にとっては過去のことだよ。今更、そんな事は気にしない。僕が見ているのは、いつだって明日や未来だから」
「……強いんだな」
「僕なんてまだまださ。追いつかなきゃいけない人たちが、沢山いるからね」
この前向きな姿勢が静夢の強さとも考えるヴァルトは、それが偶に羨ましいと感じる。自分はまだ目先のことに囚われていたり、現実を否定するという漠然としたものしか見えていない。
"俺も、お前に追いつけるだろうか……"
自分らしくもなく、センチメンタルな感情が浮かび上がっていた―――。
すると、遠くから掛け声や激しく打ち合う音が聞こえてくる―――。
「あ、ここかな?」
それを聞いた静夢は駆けだした。当事者ではないヴァルトは、ゆっくりと静夢の後を追う。静夢が扉を覗くようにしていると、追いついたヴァルトも同じように後ろから覗き込む。
「めーーん!!」
「一本!」
「1!2!1!2!」
覗き込んだ武道場では、剣道部の部員たちが汗を輝かせながら邁進していた。ある場所では試合さながらの練習をしており、また別の場所では列になって竹刀を振っていた。
「あら、噂の二人じゃない。どうしたの?」
すぐ近くで練習を見ていた顧問の教師に声をかけられ、二人は一礼をする。
「ちょっと用があって来たんですが……」
「うちの誰かに?」
「ああ、いえ。そういうわけじゃなくて…」
目的の人物を探し、武道場を見まわすが、鈴音はいなかった。
「ごめん、お待たせ!」
後ろから声をかけられ、静夢とヴァルトが振り返る。鈴音だ。急いでやって来て、息を切らしていた。
「大丈夫、僕らも今来たところだよ」
「そう?それじゃあ、始めましょうか」
「なぁ…」
何事もないように話が進んでいるが、ヴァルトが何かに気が付いて声をかける。
「『使用許可』はとってあるのか?」
ヴァルトの言葉に鈴音と静夢は顔を見合わせた―――。
「使用許可って?」
「取ってあるんじゃないの?」
「お前ら……」
既に準備が済んでいるものだと思っていた二人は首を傾げ、そんな二人を見たヴァルトは溜息を吐いて頭を抱える。近くにいた教師も、思わず苦笑いを浮かべる。
静夢とヴァルトが鈴音に一通りのことを教えると、事態はゆっくりと収束に向かっていく。
「ごめん……」
「いいよ、僕も気が回らなかった」
「じゃあ、今回はナシだな。明日にでも申請して、許可が下りたら―――」
「別にいいわよ?」
場所が取れてない状態のため、引き上げようとする一行だったが、それを教師が引き留める。
思わず足が止まり、三人は驚いて首を傾げた。
「い、いいんですか?」
「構わないわ、そろそろ休憩に入るしね」
「許可は?取ってないけど…」
「今、私がした。ということでは、不服かしら?」
いたずらっ子のように微笑む大人に、静夢とヴァルトは顔を見合わせ頷く。
「「ありがとうございます」」
静夢とヴァルトが感謝を告げる。静夢が頭を下げると、鈴音が遅れて一礼した―――。
剣道部の休憩に合わせ、武道場から人が遠ざかる。顧問の教師からの指示であったが、剣道部員の面々は不思議に思いながら武道場を見つめる。
その先には、トレーニングウェアに着替えた静夢と鈴音が、中央で向かいあっていた―――。
「条件はあの時と同じ、どんな結果でも文句ナシで」
「もちろん、始めましょう」
確認の後、二人は準備を始める。あまり気が乗らない静夢だが、簡単なストレッチをする。
対する鈴音は同じようにストレッチを行い、目を閉じて瞑想をしている。
「……フゥ」
「いい?」
「ええ、大丈夫よ」
目を閉じて集中している鈴音に、申し訳なさそうに声をかける静夢。パッと目を開いた鈴音は頷いた。
両者はしっかりと向かい合い、ついに勝負が始まる―――。
自然体でリラックスした状態の静夢は、いつものように構える。
鈴音は両手を体の前で合わせると、腰を落としながら右手を前にして構えた。
「ッ、その構え……!」
「さぁ、行くわよ!!」
その構えを見てハッとする静夢だが、鈴音は容赦なく牙を剝く。勢いよく飛び出し、か細い右足からは想像もできないほどの蹴りが飛び出す。静夢は半身になって避けるが、鈴音の追撃は終わらない。
鈴音の右手が鋭く突き出され、咄嗟に出した右手でそれを防ぐ。
"あの構え、この動き……間違いない、これは……!"
静夢は鈴音のこの動きに覚えがあった。かつて、自然調査のために中国を訪れた際に、出会った『とある武人』と同じ動きだったのだ。
「甘い!」
右手で防いだ一撃だが、鈴音はそれを素早く返して静夢のバランスを崩した。ノーガードとなった静夢は、左手で追撃に備える。
その反応に、鈴音は笑みを浮かべた―――。
「ハッ!!」
「ッ!?」
鈴音は静夢の反応をあざ笑うかのように、がら空きとなった脇腹を狙った。意識の外からの攻撃に、静夢は反応できなかった。
脇腹への一撃を受け、静夢はたじろいで体勢を崩した。
"仕掛ける…!"
追撃に出る鈴音の肉薄、静夢との体格差があるため、鈴音はその差を埋めるべく間髪いれずに攻撃に打って出た。
「クッ…!?」
「チッ!」
飛びかかった鈴音の振り下ろす右手を避けた静夢は、前転して距離を取る。体勢を立て直し、彼女の動きを注視する。
「どう?舐めてると痛い目を見るわよ?」
してやったりと、無邪気に笑う鈴音。静夢は、かの武人との組手を思い出す。
隙のない鋭い一手に苦戦し、回避することが精一杯だった。それからは強くなっているという自負はあるものの、静夢は無意識にプレッシャーを感じていた。
思わぬ強敵との遭遇、静夢は自身の判断の甘さを痛感する。適度に加減をして、彼女に勝ちを譲れば丸く収まると思っていた。ヴァルト戦のように、勝ちを譲れない気分ではないが……。
"本気でやらないと、後悔するかもしれないな……"
静夢は覚悟を決め、一呼吸の後に目を閉じたのだった―――。