インフィニットストラトスー可能性に満ちた閃光ー 作:のらり くらり
「はぁ、疲れたな…」
食堂を出て、静夢は自室へ向かって歩いた。同年代の少女たちに囲まれた経験があまりない彼は、とてつもなく神経をすり減らしていた。ヴァルトや織斑が問題を起こさないようにする立ち回り、クラスの面々を騙すこと、静夢はすぐにでも休息を摂りたかった。
部屋が近づき、マスクをずらして口元を露わにする。熱を含むマスクが取られ、口元の涼しさを感じると、口元を手で拭った。部屋の前にたどり着くと、ポケットの中のしまった鍵を取り出した。
重い瞼のせいで、鍵が入らずに苦戦しながらも、どうにか鍵穴に差し込んで開錠する。ガチャリという重い音が鳴り、開錠を確認した静夢は部屋へと入った―――。
「お帰りなさーい!ご飯にする?お風呂にする?それとも、ワ・タ・シ?」
扉の先に一人の少女がいた。エプロンをしていて腕や足が見え、艶めかしい雰囲気を纏った彼女はニコニコと笑みを浮かべていた。
キッチンから取り出したであろうレードルを、静夢へと向けていた。
「……」
「―――え、ちょっと……?」
既に疲労が限界に達していた静夢に彼女は映らなかった。無言で歩きだし、彼女の隣を通っていく。
年頃の反応を期待していたのか、その少女はベッドへ向かう静夢に戸惑った。
ジャケットを脱ぎ捨て、首元を緩めた静夢。ベルトを緩めて、そのままベッドへと倒れ込んだ―――。
「あのー、もしもーし?」
不満げな顔をした少女は遠くから問いかけるが、静夢の返事はない。ベッドまで歩み寄り、少女は静夢の顔を覗き込む。不穏な噂を耳にして彼を探っていたが、このあどけない寝顔からは想像できない。
「ふぅ、収穫なしか…」
部屋へ侵入し、荷物や周りのもの物色したが、怪しいものは見られなかった。彼が所属する組織に関する資料は見つかったものの、深くまで知ることは叶わなかった。これは彼を疑うべきか、噂を疑うべきか…。
少女は仕方なく立ち上がり、着替えるためにシャワールームへと入っていった―――。
―――明くる日、静夢はふと目を覚ました。
「ハッ……!」
勢いよく顔を上げ、時刻を確認する。針はまだ日の出よりも前の時刻を差していた。脱力して再びベッドへ身を沈めると、寝返りを打って仰向けになる。
天井を見つめ、昨夜のことを思い返した―――。
"皆でご飯を食べて、それから部屋に戻って来て……"
眠気が襲ってきて、睡眠欲に身を任せたことを思い出す。ただ、何かが引っかかる……。
"誰かに会ったか?会話の記憶がない……"
朧気な意識のまま、欠伸をかいて体を伸ばす。まだ時間に余裕があるが、まだ体も頭も起床を望んではいなかった。アラームをいつもの起床時間にセットし、静夢は再び意識を手放した―――。
そして、アラームが鳴る前に目が覚めると、今度はベッドを出て支度を始める。
パソコンを起動し、メールの確認をする。ロンド・ベルと植物観察局からのメッセージを見て、それの返事をしていく。
ロンド・ベルからは、パイロット部門とメカニック部門からの要望などであった。先の試合での感想やアドバイス、試作で開発した装備のプランに目を通していく。
「高火力で高機動、理に適ってるな」
一通り目を通すと、メカニック部門の優秀さに驚く。そのプランを採用した際の有用性、投入する際の注意点などの質問を書き記し、返事を返した。
観察局からのメールでは、ハサウェイの師である『アマダ・マンサン』からであった。
内容は静夢を心配するようなもので、思わず苦笑いを浮かべた。初めて会ったのはハサウェイと共に観察局へ訪れた時、車椅子に乗ったアマダは柔和な笑みを浮かべていた。
植物観察官の仕事や在り方、仕事に関わるうえで必要なマナーなど、基礎から教わった。後に、マフティーという組織を創り上げた人間と接触する事となる―――。
『クワック・サルヴァ―』―――ヤブ医者という意味のコードネームを騙るその男は、かつてハサウェイをマフティーに誘った張本人だ。連邦軍の要職に就き、様々な暗躍をしていたとハサウェイから聞いた。
静夢にハサウェイと同じものを感じたサルヴァーは、同じように事の始まりを語った。腐敗する連邦政府、汚染される地球、変わらぬ人類―――ハサウェイたちから聞いたことよりも深く踏み込んだ話を聞き、静夢は耳を傾ける。
静夢は自身の願いを示すと、サルヴァーは無邪気に笑った―――。
「あれから九人、それでも人間は変わらないか……」
マフティーは今日も活動を続けている。女尊男卑思想を掲げる人間を中心にした危険人物の排除、それに関わる物の抹消……世間の反応は疎らだ。
それを悪だという女性、不遇な自分たちの希望になりうると謳う男性、危害を受けない自分には関係ないと歯牙にもかけない者たち―――。
「人々の意識が変わらない限り、この世界は変わらない……難しいな」
メールを閉じてパソコンをシャットダウンすると、マスクを装着して部屋を後にしたのだった―――。
「あ……」
「…おはよ」
廊下を歩くと、鈴音と遭遇した。
「眠れた?」
「ええ、ベッドの心地が良くて寝過ごすところだったわ」
苦笑いを浮かべる鈴音に、静夢はマスク越しに笑って見せた。
「同じ部屋の子とはうまくやっていけそう?」
「ええ、大丈夫よ。ティナは気難しい相手じゃないし」
鈴音の返事に、静夢はアメリカの出来事を思い出す。鈴音と同室の『ティナ・ハミルトン』とは、アメリカを訪れていた時に出会った。海外の植物分布を調べるために現地へ赴き、作業現場の近くを散歩していた彼女と出会った。
ティナは日本人に会った経験があまりなく、新鮮な気持ちだったらしい。偶然にも同じ年ということもあり、それが交流に拍車をかけた。ちぐはぐで拙い英語で話しながら、ティナはそれを大らかな気持ちで受け止めた。
しばらくして、まさかこんな所で再会するとはお互いに思っていなかった。
「そう言えば、簪の機体は間に合いそうなの?」
「うん、順調に進めばね」
思い出したように鈴音が問うと、静夢は頷いて答える。ヴァルトを始めとした周囲の協力のおかげで、打鉄弐式は着々と完成が近づいている。
あとはOSのみとなっているが、そこにヴァルトはアドバイスができなかった。静夢はかじった程度なので、微力ながらの助力であった。
簪の専攻でもあるので、そこは彼女の技術に任せるしかなかった。静夢やヴァルトを通じて、セシリアのブルーティアーズの技術も提供された。そこまでの義理もなく、申し訳ないと思った簪だったが、ひたむきな姿勢に心打たれたセシリアに押し切られたらしい。
「恵まれているのね、いいじゃない」
「君だって師範に教えられたんだ、同じだろう?」
「まぁね」
朝食を乗せたトレーを持ちながら、二人は空席を探して歩く。適当な空席を見つけると、二人は腰を下ろした。手を合わせて、食事を始める。
『次のニュースです。IS製造会社である『アクシズ』が、新たなISの製造を発表しました。これには、ジオニック社や篠ノ之 束氏の技術提供が関わっているとのことです』
テレビで流れるニュースから、聞いた事のあるワードが出てきた。静夢は手を止め、画面に目を向けた。
対面に座る鈴音は、つられてテレビに目を向ける。
『会見を開いた代表の『ハマーン・カーン』氏は、試作段階の機体を用意し、実際の性能を披露しました』
画面には会見の実際の映像が切り抜かれており、席の中央にいる女性がデータを見せながら説明をしていた。
鋭い目が特徴の女性は自信に満ちており、放たれる言葉には全て力が籠っていた。
『本機体のコンセプトは、汎用性である。パイロットや戦況を選ばず、適した状態で使用が出来る事だ。様々なオプションを用意し、期待以上の成果が得られるだろう!』
宣言にも思える力の籠った説明に、記者たちは圧倒されて声を上げる。実際に機体に乗っている少女は、自身の手足のようにその機体を操っている。
『順次、この機体をロールアウトし、パッケージも発表していく。心して待つがよい、俗物ども!!』
踵を返し、代表のハマーンは会場を後にする。そのニュースはそれで終わり、新たな情報が流れてくる。画面から目を離して、静夢は食事を続ける。鈴音も向き直り、食事を再開する。
「今のもアンタの知り合い?」
「代表同士がね。僕も何度か会ったことがあるけど、強い人だった」
「戦ったの?」
鈴音の問いに、静夢は首を振った。
「会った時の雰囲気だよ、戦わなくてもわかった」
そう言うと鈴音は納得したように、ああ、と声を上げた。静夢はニュータイプの直感で言ったが、武術に精通する鈴音もそれが理解できた。
本当に強い人間は、手や声を出さずとも実力が立ち振る舞いに見えるものだ。静夢はハマーンに会った時、鳥肌が立ったことを思い出す。
アムロやシャアと同じニュータイプであることを聞いていたが、二人よりも強い意志を感じた。悪寒を感じ、静夢は初対面でハマーンに萎縮していた。
そんな静夢に対し、ハマーンは優しく接していた。おそらく、眼中になかったからだろうと静夢は思った。
話てみると、広い目で俯瞰できる人だとわかった。それでいて自分の目的を果たすべく動くタイプで、唯我独尊とも捉えられる。
「そんな人間がゴロゴロいるのね」
「うん、世界は広いのさ……」
自分たちが強くなったという自負はある。しかし、それでも遠く及ばない人間がいる。頭では理解していても、目の当りにすると改めて自分の現在地を思い知らされる。
若干の暗い気持ちを漂わせながら、二人は朝食を済ませて教室へと向かっていった―――。
平和な日常が過ぎていき、クラス代表対抗戦が明日に迫った頃である―――。
「そろそろ対抗戦だけど、調子はどう?」
「良い感じよ、負ける気なんて微塵もないわ」
自信に満ちた鈴音の返事に、静夢はニコリと笑った。
「初戦は勝ちが決まっているし、決勝で簪と戦うのが楽しみよ!」
対戦相手は放課後に決められ、各クラスに通達されていた。簪の機体もどうにか完成し、これからお披露目を兼ねた試運転をやるらしい。ヴァルトから伝えられ、見に行く道中で鈴音と合流したのだった。
「楽しみにしているよ」
「釘付けにしてあげるから、期待していなさい!」
やる気は充分のようだ、明日は完璧なパフォーマンスが予想される。
そう思った時だった―――。
「やぁ、鈴」
廊下を歩いていると、件の対戦相手が声をかけてきた。仮面のような笑みを浮かべた少年に、鈴音は眉間に皺を寄せる。
「なに?急いでいるんだけど……」
「つれないな、明日はよろしく頼むよ」
明日の対抗戦―――鈴音の初戦の相手である織斑は、手を差し出して握手を求める。
「―――申し訳ないけど、僕たちは急いでいるんだ」
鈴音が機嫌を損ねる前に静夢が動いた。鈴音の肩を抱き、織斑の隣を速足で過ぎていく。
「な、おい…!」
「そういうことだから、再見(ツァイチェン)」
淡泊な態度でやり過ごす鈴音は、静夢に連れられて廊下を歩いていく。遠くで織斑の声が聞こえたが、静夢は鈴音の肩に置いた手を耳に添えた。廊下の突き当りを曲がり、織斑が見えなくなったところで、ようやく肩の荷が下りる。
「相変わらずだね、あんな奴に付きまとわれると大変でしょ?」
「…え?あ、ああ!そ、そうね!ホントにいい迷惑よね!」
なぜか顔を赤くして、鈴音はまくしたてるように早口になった。急に態度が変わり、不思議に思った静夢だったが……。
「……あ」
自分たちの状況を冷静になって考えると、鈴音の様子の変化が腑に落ちた。
「ごめん。やり過ごすためとはいえ、デリカシーが無かったね」
鈴音の肩を抱いたままの手を離し、そのまま鈴音から距離を取る。いきなり肩を抱かれて、気持ちのいい人間はいないだろう。年頃の少女であるなら尚更だろう。いくら織斑を嫌悪しているとはいえ、鈴音に不快な思いをさせてしまい、静夢は彼女にかける言葉を考えた。
「……」
「…ちょっと?」
しかし、静夢は鈴音から離れることができなかった。鈴音が静夢の袖を掴んでいたのだ―――。
「…言ってない」
「…なに?」
「別に、嫌とは言ってない……」
頬を紅潮させ、照れくさそうに顔を伏せる鈴音に、静夢は微笑ましい気持ちになる。良い判断とは言えなかったが、少なくとも彼女との関係は悪化させずに済みそうだ。
「……もう一回、やっておく?」
「~~~~ッ、バカ!」
苦笑いを浮かべながら提案する静夢だったが、鈴音は勢いよく手を振り払った―――。
次こそは戦闘に入ります。
次こそはやりますので……。