インフィニットストラトスー可能性に満ちた閃光ー 作:のらり くらり
翌日、静夢はいつも通りの時刻に目を覚ました。謹慎中であっても、生活習慣を崩すことは無かった。顔を洗い、丁寧に髭を剃って身なりを整えていく。
そういえば―――ふと、昨日のメールを思い出した。
ジオニックからテストパイロットをIS学園に派遣するという話だ。静夢とは因縁浅からぬ仲の少女だ。
父親が愛人に産ませ、実母の死後に父親に引き取られた。その後、閉鎖された空間で育てられ、本妻である女からの虐待が彼女を苦しめた。
そして二人は出会った、戦場の中で―――。
マフティーの人間として、まだ織斑 一夏だった頃の事である。彼の意向でハサウェイは一夏を戦場へと送った。まだユニコーンを持たない一夏は、レイモンドのチームに入り、歩兵として戦場を駆けた。
そこで初めて、自身が持つ力を自覚する―――。
目的である人物を射殺し、引き上げるときに声を聞いた。助けを求めるか細い声だった。今にも消えそうな声を、一夏は確かに聞いたのだ。部屋を隈なく探し、息を切らしながら警戒も忘れずに探索した。
そして、シャルロットを見つけた。恐怖に怯え、震える彼女に差し出した手が握られたことを思い出す。
紆余曲折があり、彼女はジオニックに身を置くこととなった。実力主義でもある環境で、彼女はため込んだストレスと隠された才能を爆発させた。シャア・アズナブル、ハマーン・カーンといった強者たちに可愛がられ、テストパイロットとして活動している。
「アフターケアに苦労しそうだな……」
人当たりが良く、優等生の気質があるシャルロットだが、静夢には人一倍の執着を見せている。故に、静夢は扱いを心得ているが、ご機嫌取りには苦労している。
朝から溜息を吐き、静夢はマスクを着けて口元を隠すと、朝食のために部屋を出た。
久しく歩く廊下はどこか新鮮で、少しだけ光って見えた。同じ目的で廊下を歩く生徒たちには笑みを浮かべ、時に手を振って挨拶をして見せた。食券を購入すると、厨房の職員に渡して端で待つ。
やがて、静夢の食事を持って来た職員と目が合う。静夢は会釈をして、食事を受け取る。
「久々じゃないか、休んでたのかい?」
「まぁ、そんなところです。ありがとうございます、いただきます」
「ああ、今日も頑張るんだよ」
恰幅の良い婦人が、元気な笑みを浮かべる。静夢は再び会釈をして、席に向かった。空席を見つけ、腰を下ろしてマスクを外す。手を合わせて食事を始め、喧騒がBGMのように流れていく。日常に戻った安心感と、年頃の異性が放つボルテージに圧倒される感覚を得る。
そんな静夢に声をかける人間がいた―――。
「ようッ!久しぶりだな」
「おはようございます、ケネス先生」
いつものような軽快な雰囲気で、ケネスは静夢の隣に座った。
「すまなかったな、お前に迷惑をかけちまった」
「構いませんよ、先生にも立場がありますし。そうでもしなければ、先生が悪者になってたかもしれませんから」
自身のことを優先せず、ケネスを気遣う様子を見せる静夢。大人顔負けのフォローを受けて、ケネスは嬉しさと歯痒さを感じる。
累 静夢と初めて会った時からそうだった―――。
自分の立場に胡坐をかくような事をせず、謙虚な振る舞いで相手を立てる。世渡り上手な一面は、子供ながらに流石と言えた。
有事の際の冷静な対応は、数多の命を救った。先日の事件がその証拠だ。
「お前には敵わんな……」
「……何に対してかわかりませんが、僕だってあなたには敵いませんよ」
「ん?例えば?」
「うーん…女性の扱い方、とか?」
「こいつ、人のこと言えないじゃねぇか」
変わらない様子の静夢に、ケネスは彼の頭を乱雑に撫でまわす。これが静夢の人心掌握かもしれないと感じながら、ケネスは静夢との再会を喜んだ。
「ところで、彼も昨日で謹慎が解けたんですか?」
「ん?ああ、織斑も今日から登校の予定だ。千冬が何かするかと思ってたが、意外だったな」
「身内贔屓は示しがつきませんしね。まぁ、やっても問題にはならないかもしれませんが…」
「そう卑屈になるなって…まぁ、あながち間違いでもないんだがな」
静夢の言わんとすることは正しい。ISによって歪んだ世界、その頂点にいると言っても過言ではない織斑 千冬、学園内という閉鎖空間での情報操作、覗けば覗くほどに闇は深くなっていく。
千冬を盲信する人間は存在する、それによる贔屓も発生するだろう。どの道、静夢にとっては全く関係のない話だった。
「そういう空気があるという事も事実だ。勿論、お前の事を評価するやつだっている」
「複雑で面倒なことです」
「ああ、本当にな……」
歪んだ人間ばかりではない。しかし、故に衝突と軋轢が生まれるのだ。
「それで、何かわかりました?」
「いや、全くの手詰まりだ。これでもかっていうくらいに、調べてはいるんだがな……何も手がかりが出てこない」
分かり切っていたことだが、静夢はケネスに問いかけた。ケネスは首を横に振り、両手を上げた、言葉通りのお手上げということだ。
恐らくこれはジャブだ、束がその気になれば世界を崩壊させる事も可能だろう。
今の束がそんな事をしないと分かっていても、彼女の過ちがそう思わせる―――。
その後、二人は食事を始める。朝食をたくさん食べるタイプのケネスは、多く盛られた肉と野菜を頬張る。その姿に圧倒される静夢は、黙々とパンをちぎりながら口に放り込んでいく。
「僕にできることはありません、お役に立てず申し訳ありません」
「いいや、お前が気にすることじゃない。こっちこそ悪かったな」
静夢の方が先に食事を終え、マスクを着けて席を立つ。トレーを持って席を離れようとするが、少し進んで足を止める。
「どうした?」
「いや…この世界は、これからどうなっていくんだろうかと思って」
「……そうだな、良くなっていくといいんだが」
「……今のままでは、無理でしょうね」
そんな言葉のやり取りをして、静夢はトレーを返して食堂を後にするのだった―――。
「おはよう…」
「あ!おはよう!」
「おはようございます」
「おはよ~」
謹慎明けの初日は緊張する、静夢は恐る恐る教室に入った。どうなるものかと思っていたが、クラスメイトたちの温かい反応に静夢は肩の力が抜けた。
彼女たちに色々と聞かれたが、いつもの飄々とした態度でのらりくらりと躱していく。
「あ…」
「よ…」
先に教室に来ていたヴァルトと視線が合った。ヴァルトは自分の席に座っていて、その場で手を挙げて挨拶をする。静夢は同じように手を挙げ、自分の席に座った。
可もなく不可もなくといった様子で、教室は前と変わらない雰囲気だった。
―――不意に教室の扉が開いた。
織斑が顔を覗かせ、教室に入ってきた。
クラスメイトの数人が駆け寄り、声をかけた。しかし、集まったのは片手で収まるくらいの人数だった。クラス代表対抗戦から、彼のメッキは剝がれて来た。実態を目の当たりにしてから、彼女たちの中で織斑の評価は変わって来た。
座学や知識などは申し分ないといったところだ。しかし、ISを使った実技は拙いものと言わざるを得ない。静夢や鈴音との戦いでは、初心者と変わらない様子に期待外れなものとなった。
後になってから、彼女たちは織斑に期待を寄せすぎていたと感じた。刺激のない世界で、静夢やヴァルトといった力を持つ異性が近くにいれば、自ずと期待が高まって来るものだ。
「織斑くん、風邪でも引いてたの?」
「ちょっと休んでいたから心配したんだよ~?」
「あ、ああ…そうなんだ。体調が悪くって」
単純に疑問をぶつけたクラスメイトの質問に、織斑は頬を引き攣らせながら答える。事件の真相は緘口令が敷かれている、彼自身の口から情報が洩れれば千冬に何を言われるか分かったものではない。
挙動不審な対応にクラスメイトたちは困惑する。顔色から察したのか、本能的に何かを感じたのか、それ以上の追求はしなかった。
「……」
「……」
その織斑は静夢と目が合うと、すぐに視線を逸らして席に座った。無論、静夢から織斑に噛みつく必要は無い。静夢にとって織斑は眼中に無い存在だからだ。糾弾された時は驚いたが、ボロを出した覚えも無く偶然だろうと考えた。
結果として、教師たちによって判決が下り、彼が真相を掴んでいたかは不明のままだ。
次に同じことがあればその時に対応するということで、静夢の中で落ち着いた。
その後、千冬が教室を訪れる。教室の空気が張りつめ、全員が席に着く。
「諸君、おはよう」
「「「「「おはようございます!!」」」」」
千冬の挨拶に彼女たちは元気な返事をする。変わらない声の大きさに、千冬は未だ慣れずに困惑する。
小さく息を吐くと、彼女は気持ちを落ち着けて生徒たちに向き合う―――。
「今日はホームルームの前に、転入生の紹介をする」
千冬の報せに教室はざわざわとする。新学期が始まり一ヶ月は経つ、どんな人物が来るのかと期待が高まっていく。
しばらくの喧騒を千冬が諫める。ピタリと静かになった教室、千冬は頷いて扉を見やる。
「―――入れ」
千冬の声に従い、一人の生徒が教室に入って来る。スカートから覗く華奢な足で教壇に上り、長い金の髪を後ろで束ねた少女が微笑を浮かべている。
「皆さん、初めまして。『シャルロット・ルロワ』です、よろしくお願いします」
柔和な笑みを浮かべたシャルロット・ルロワは、同性であるクラスの少女たちはその姿に目を奪われていた。
「あ、えーっと、ジオニックでテストパイロットをやっています。不慣れなこともありますが、頑張りましゅ!」
軽く自己紹介をして締めくくろうとしたシャルロット。最後の最後で噛むと、ハッとして口元を両手で隠す。悟られまいとした彼女なりの照れ隠しなのだろう、その可愛らしい一面に少女たちは翻弄される。
「静かにしろ!」
再び喧騒が訪れる、混沌と化す教室に千冬の一喝が響き渡る。千冬が咳払いをすると、仕切り直して口を開く。
「席は窓際の後ろの席だ」
「はい、ありがとうございます」
着席を促すと、シャルロットは席に向かって歩いていく。シャルロットをが通り過ぎた後を目で追う少女たちもいる中、ヴァルトは大して興味を抱くことは無かった。自分には損も得もないと思っていた。
彼女とすれ違うその瞬間までは―――。
「……ッ!?」
おぞましい何かを感じ取ったヴァルト。静夢との経験から普通では無いと直感するが、何かがおかしい。鳥肌が立ち、高揚感ではなく恐怖や畏怖といったものを感じ取る。
思わず振り返ると、その視線に気付いたのかシャルロットも足を止めて振り返る。微笑みを浮かべ、すぐに席へと向かった。
「パーくん、どしたの~?」
「ああ、いや、何でもない…」
後ろの席である本音の声に気づいてヴァルトはハッとする。気のせいとは思えない、そんなプレッシャーをシャルロットから感じ取った。
しかし、それを感じ取ったのは静夢も同じだった―――。
「自分以外の同類」を見つけ、興味を持ったシャルロットの戯れだった。事前に報告をしなかった自分の落ち度、静夢は後でヴァルトのフォローをしようと決めた。
その後、ホームルームが恙なく行われ、チャイムが鳴った。
「二時限は二組との合同授業だ、遅れないように行動すること。以上!」
念のため、再び連絡をして千冬は教室を出て行く。緊張の糸が解けた教室はシャルロットの話題で持ち切りとなる。
「あの、ルロワさん―――」
「し――ず――む――!!」
生徒の一人が声をかけるが、それよりも速くシャルロットは駆け出していた。全速力の足で静夢に向かい、静夢はやれやれと溜息を吐いて立ち上がる。
胸に飛び込んでくるシャルロットを受け止め、反動が付いてその場でクルリと回る。シャルロットが足を着けると、静夢の胸に顔をうずめる。
「はぁ~、会いたかった」
「久しぶり。元気そうだね、『シャーリー』」
名前を呼ばれ、顔を上げたシャルロットは満面の笑みを浮かべる。ヴァルトへの戯れを咎めようとした静夢だが、その笑みを見てしまうとどうにも怒れなかった。
静夢はこれはいけないと思いつつも溜息を吐き、シャルロットの頭を撫でていた―――。
強引ではありますが、原作二巻に入ります。
人物紹介や機体設定も後々に追加していきます。