インフィニットストラトスー可能性に満ちた閃光ー   作:のらり くらり

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第24話

翌日、一年一組の教室は重苦しい空気に包まれていた。シャルロットが転入してきた翌日、新たな来訪者が現れたのだ。

しかし、その少女は鋭い目を向けていた。小柄ながらも、炎のような赤い瞳に銀の髪の少女はシャルロットとは真反対の人間だった―――。

 

「ボーデヴィッヒ、挨拶をしろ」

 

「了解しました、教官!」

 

千冬が痺れを切らして口を開き、その少女は千冬に敬礼すると再び向き直る。

 

「『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ!」

 

転入生であるラウラ・ボーデヴィッヒは、宣言するかのように声を張る。同年代の子供にしては少し低い声、左目の眼帯がより威圧感を際立たせる。ヴァルトと同じタイプの人間だが、彼のような不器用な優しさは見当たらない。

 

 

「お、終わりですか?」

 

「以上だ、特に話すことはない」

 

その後の言葉を期待していた真耶は肩透かしを食らい、戸惑いを隠せなかった。必要最低限のことをやり遂げたラウラは、淡々とした態度で澄ました顔をしていた。そんなラウラに溜息を吐いた千冬は、やれやれと溜息を吐いた。

 

「空いている席に座れ」

 

「ハッ!」

 

千冬の指示に敬礼し、ラウラは用意された席に向かう。しかし、一歩踏みだしたところでピタリと立ち止まる。目前にいる織斑をジッと見据え、動かなくなる。

 

そして―――。

 

 

 

 

 

パァン!!

 

 

 

 

 

乾いた音が教室に響く。音に気を取られ、ラウラが織斑の頬を叩いたということに後から気づく。

 

「随分な挨拶だな…」

 

「私は認めない、教官の汚点である貴様を…!」

 

叩かれた頬を摩りながらラウラを見る織斑、ラウラはそんな織斑を睨み付ける。その瞳からは溢れんばかりの怒りや憎しみが見えた。

ラウラはそれで自分の席に向かった。今のやり取りで大体のことを察した静夢だが、特に気にした様子はない。

 

自分が当事者とはいえ、千冬への関心はないので大きな問題はない。一瞥するだけに留め、静夢は平静を保っていた。

嵐のような出来事に騒然とする教室、子供たちは沈黙を保つことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

午前の授業が終了し、食堂に人が集まる。静夢とヴァルトは肩を並べて食堂に到着し、食券を出して列に並ぶ。シャルロットも二人の動きを見ながら、食券を出して後ろに並んだ。

 

「あ…」

 

「ん…?」

 

「やぁ」

 

鈴音が顔を出し、三人と目が合う。同じように食券を出し、その後ろに並び立つ。

 

「聞いたわよ、また転入生が来たって」

 

「ああ、また厄介ごとだろうな…」

 

「まぁ、下手に刺激しなければ大丈夫じゃないかな?織斑先生のファンみたいだし」

 

静夢の分析にヴァルトと鈴音は納得する。軍人気質なラウラの千冬に対する態度は一目瞭然、余程の執着があるのだろう。

 

「『推し』ってやつか?」

 

「……そうだね、そんなものでしょ」

 

ヴァルトから出た例えにクスリと笑む静夢は、出された食事を受け取って空席を探す。しかし、どこにも空席は見当たらない。

どうしたものかと思案していると、空きのあるテーブルがあった―――。

 

「お前、まさか…」

 

「空きが無いなら仕方がないさ、立って食べるわけにもいかないし」

 

静夢の視線の先には、一人で食事をしているラウラの姿があった。彼女の放つ雰囲気からか、彼女はテーブルを独占するかのようにして昼食を摂っている。

静夢の選択に渋るヴァルトだが、背に腹は代えられない状況だ。鈴音も諦めてそれを受け入れ、シャルロットは静夢の行動を否定することはしなかった。

 

「失礼、相席でも良いかな?」

 

「……」

 

静夢は積極的に踏み込んで声をかける。静夢の声を聞いたラウラは顔を上げ、静夢を一瞥して食事を再開する。歓迎はされてはいないが、拒絶されているわけでもない。静夢はそれを承諾と判断した。

 

「大丈夫みたい、お邪魔しよう」

 

「アンタ、図太い神経してるのね…」

 

「まぁ、静夢ならワケないのかもな…」

 

「ふふん、当然だよ。知らなかった?」

 

後ろで待機していた一同は静夢の行動に呆気に取られ、深く考えないようにした。静夢ならと、シャルロットはニコニコして静夢の隣に座った。

 

「「いただきます」」

 

席に着いた静夢と鈴音は、行儀よく手を合わせて食事に手を着ける。ヴァルトとシャルロットもそれに合わせてスプーンを持った。

 

「静夢、放課後は暇?」

 

「特に用事は無いけど、何かあるの?」

 

「ストームを見てほしくて、向こうでの整備が不満ってわけじゃないんだけど…」

 

「分かった。見てみるけど、本職に比べたら下手だから許してよ?」

 

ユニコーンを受領するに際し、静夢はアムロを中心としたメカニックたちに整備を教わった。四苦八苦しながらもどうにか身に着け、今は情報漏洩を避ける意味でも自身で整備を行っている。

 

同意を得たシャルロットの表情はパァッと明るくなり、嬉しくなって食事のスピードが速くなっていく。二人の空間を見せられたヴァルトと鈴音は、何も言わずに食事を続ける。

 

「そういえば…」

 

何かを思い出し静夢が尚も食事を続けるラウラを見る。

 

「君、軍人さん…?」

 

「……それがどうした?」

 

食事の手を止め、ラウラは冷たい眼差しで静夢を見据える。殺気にも似た感情を察知したテーブルの空気がピリピリと変わっていく。静夢に向けられた殺気に反応したシャルロットは、ラウラを敵として認識する。

 

ヴァルトと鈴音は直感的にそれを感じ取り、臨戦態勢に切り替わる。

静夢は隣で一触即発となっているシャルロットを宥める。今は戦う意思を持たないということだ。静夢にその気がないというのなら、シャルロットはグッと気持ちを堪えた。

 

「もしかしたら、知っているかな……『アメリカ海軍のオールドエース』のこと」

 

「知っているのか…!?あの人を…!」

 

静夢の言葉に反応したラウラが立ち上がった。先程まで放たれていた殺気が一瞬で消え去り、彼女の表情からは憧れや羨望といった幼い感情が浮かんでいた。

 

いきなり大声を上げ、立ち上がったラウラに注目が集まる。一瞬の沈黙にハッと気づき、ラウラは冷静に着席する。

 

「ごめんなさい、大丈夫です」

 

周囲に謝罪し、静夢は両手をヒラヒラと振った。すると、食堂は何事もなかったかのように再び喧騒に包まれた。

 

「どうしてあの人を知っているんだ…」

 

「仕事でアメリカに行くことがあってね、道に迷っていたところを助けてくれたんだ」

 

「人脈が広すぎるだろ…」

 

そして静夢は、かつての出会いを打ち明ける―――。

 

アメリカの森林公園で植物や自然の調査をしていた。一通りの仕事を終え、暇ができた静夢はアメリカの街を観光しようと考えた。買い物の予定があったハサウェイに付いて行き、街並みを見物していた。

 

しかし、人混みに巻き込まれ、静夢はハサウェイとはぐれてしまったのだ―――。

 

どうしたものかと、彷徨っているうちに海岸へたどり着いた。呆然として、座り込む静夢に声をかけたのがアメリカ海軍に所属する壮年の男だった。

植物監察官の日本人だと拙い英語で必死に訴えると、男性は何かを察したのか頷いてみせた。

 

不安そうにする自分に、ホットドッグを買ってくれたあの時の感覚をしみじみと思い出す―――。

 

ホットドッグを食べながらお互いのことを話していくうちに、親交を深めて行った二人。静夢は森林公園のことを伝えると、男性のバイクで送り届けてもらった。

初めてバイクに乗った時の風を切る感覚、ヘルメットをせずに乗ったそれは風をより近くに感じた。

 

森林公園にたどり着くと、教授を始めとしたスタッフたちがバタバタと慌てふためいていた。車椅子に乗った教授が静夢を目にすると、ホッとした様子を見せた。ハサウェイに連絡すると、遅れて合流した彼に小一時間ほどの説教を受けた。

 

男性が割って入ったことで、静夢は解放される。改めてハサウェイが礼を言うと、男性は気にするなとハサウェイの肩に手を置いた。

去り際の男性に声をかけると、そこで初めて男性の名前と素性を知った―――。

 

「まさかお前が、あの『ピーター・ミシェル大佐』を知っているとは…」

 

「有名人なの?」

 

「有名どころか、もはや伝説と言っても過言ではないな。単機で敵国の施設を破壊、撃墜されるも敵側の機体で生還したのだからな」

 

ラウラの早口な解説に静夢は感心した。自分を送り届けてくれた優しい一面しか知らず、彼のことをあまり知らなかったのだ。

話を聞いていくと、思ったよりも破天荒な人間らしい―――。

 

命令違反に無許可発進など、若いころは尖っていたらしいのだが……。

 

「なぁ、盛り上がっているところ悪いんだが…」

 

「「……?」」

 

ヴァルトが二人の間に割って入り、横槍をいれるような形となる。何事かと二人は首を傾げる。

 

「あんまり話していると時間が無くなるぞ?続きは放課後でもいいだろ」

 

「「……ハッ」」

 

本当に時間を忘れていたらしい二人は、ヴァルトの言葉に我に返る。食事の手を速め、残りの時間を有効に使うために急ぐ。

二人が会話に花を咲かせている間に、三人は食事を終える寸前だ。

 

「もう、仕方がないんだから…」

 

「…まったく」

 

迫る時間に焦る二人を尻目に、鈴音とヴァルトが溜息を吐く。結局、静夢とラウラが食事を済ませるまで待ち、一行が食堂を出たのは午後の授業が始まる十分前だった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、これで本日は終了だ。明日もしっかり頑張るように」

 

『ありがとうございました!』

 

ホームルームを終え、千冬が教室を後にする。大きな声で挨拶をする少女たちは、緊張が解けて教室の空気も集中が途切れる。放課後になり、部活動に勤しむ者は早足で教室を出る。予定の無い者は、友人たちと共にこの後の予定を話している。

 

「累 静夢!先ほどの続きだ!」

 

興奮冷めやらぬラウラは鼻息を荒くして静夢に声をかける。朝の様子からは想像できない姿にクスリとすると、静夢は立ち上がって彼女を連れて教室を出る。シャルロットの視線を感じ取り、謝罪の意味を込めて彼女に向かって手を合わせた。

 

そんな静夢を見て、シャルロットは頬を膨らませてそっぽを向く。あの状態になっては話を聞いてくれはしないだろう、今夜は彼女のアフターケアで精一杯になるだろう。

 

自販機のある場所までラウラを連れて移動すると、彼女の分の飲みものを買って渡した。渡された飲み物に戸惑う表情を見せるラウラだが、静夢は気にした様子を見せなかった。

備え付けられたベンチに座って飲み物に口を付けると、ラウラもオドオドとしながら隣に座る。

 

「むこうでは織斑先生とは一緒だったの?」

 

「……」

 

核心を突く静夢の言葉にラウラは押し黙る。考えるように俯き、彼女は自身に起こったことを語りだす。

 

「私は、ドイツ軍で部隊長をやっていた。自分でも優秀な部類だと思っている」

 

「立派な事でしょ?自信を持つべきだよ」

 

俯いたまま、ラウラは首を横に振る。

 

「ISの登場によって、立場は大きく変わってしまった。適合性を向上させるためにナノマシンを使用した……結果は不適合。力の制御もままならず、成績は転落する一方。『できそこない』の烙印を押された」

 

ラウラは左目に手を当てる、そのナノマシンの影響が出ているのだろう。

 

「その時に会ったんだ、あの人に」

 

静夢の言葉にラウラは頷いた。ISの教官としてドイツ軍へ赴任した千冬と出会い、ラウラの転機が訪れる。

千冬の訓練により、メキメキと力を付けた彼女は再び部隊長へ着任した。

 

「なるほどね~…好きだったんだ、あの人のこと」

 

「……ッ、ああ、そうなのだろうな。憧れや羨望といったものもあるが、尊敬している」

 

彼女の悲愴の中に見えたその笑みは、間違いなく本物なのだろう。同時に静夢の中では興醒めするような感覚があった。

実の弟である自分には見向きもしなかった千冬が、なんの繋がりもない少女に手を差し伸べたのだ。

 

(色々と思うところがあったんだろうな、あの人も)

 

今更、自分からそれを蒸し返すことはしない。今の自分にあるものへの絶対的な信頼があるからだ。

静夢は立ち上がり、ラウラの前で膝を着く。

 

「君はどうしたいの?」

 

「私は……」

 

口ごもり、迷いが見え隠れする彼女は再び俯く。そして静夢は、ほんの少しの言葉とポケットの飴玉を置いて、その場を後にした―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

本日の授業が終わったが、教師たちには仕事が山積みだ。書類は数が多く、目を通すだけでも気が滅入る。次の授業に使う資料や教材の準備をしたり、部活動の顧問を勤める者もせわしなくしている。

 

それは織斑 千冬も例外ではない―――。

 

有名なせいか、仕事に終わりが見えない。最近になって転入してきたシャルロットとラウラの入寮の手続きを筆頭に、様々な仕事が舞い込んでくる。

茶道部の顧問を勤める彼女だが、仕事が手一杯で時間が取れない。今日は活動日なのだが、どうやら顔を出せそうにない。

 

溜息を吐いて途方に暮れていると、机にコーヒーが置かれる。

 

「今日はクラブの日だろ?偶には顔をだしてやれよ、お前の息抜きも兼ねてな」

 

「ケネス……」

 

コーヒーを飲みながら、ケネスは千冬の机に置かれている書類を手に取る。目を通しながら、複雑な内容に顔を顰める。

 

「『タッグマッチ』か、あいつらが組んだら誰も相手にならないだろうから、制限は設けるべきだな」

 

「ああ、近いうちに知らせておこう。それにしても、どうかしたのか…?」

 

ケネスの萎んでいく顔を見た千冬は、コーヒーを啜りながら尋ねた。ケネスは手にしていた書類を千冬に差し出す。書類を手に取った彼女は、内容を確認していく。

 

「各国からの来賓か…」

 

「ああ…無いとは思うが、顔見知りと遭遇するかもな」

 

最悪の結果を想像し、うんざりとしながらケネスは項垂れる。一月ほど先に開催される「学年別トーナメント」―――毎年恒例となる「個人戦」の行事だ。しかし、前回はアクシデントが発生したらしい。今回はその反省を踏まえて、二人一組のチーム戦となった。

 

もしも静夢とヴァルトが組んでしまえば、誰も相手にならないことは明確だった。パワーバランスも考えて、ケネスは制限やルールの設定を提案したのだ。

 

「少しやっておこう、俺の気が変わらないうちに行けよ」

 

「…すまない」

 

机の書類とファイルを掴んで、ケネスは千冬へ催促する。千冬はコーヒーに手を着けて脱力する。このケネス・スレッグという男の第一印象は、軽薄な優男というものだった。

 

年齢は千冬の方が下だが、それを感じさせないフランクな空気があった。知らぬ間に同僚のようなやり取りをしていたが、ケネスはそれを気にしなかった。

 

「すまないな、埋め合わせはしよう」

 

「期待しているぜ、ブリュンヒルデさん」

 

まだ熱いコーヒーを飲み干し、千冬は立ち上がった。ケネスは二ッと笑って、ウインクをして自分のデスクに戻る。軽く机の上を整理し、千冬は職員室を後にする。

廊下に出て、茶道部の部室へと向かう―――。

 

「千冬姉!!」

 

その背後から千冬に声をかける少年。千冬は声に気づいて振り返る。

 

「織斑か、どうした?」

 

「あいつ、一体なんなんだ!間違われたうえにいきなり殴られて…とんだとばっちりじゃねぇか!」

 

織斑は当たり散らすように、千冬へ鬱憤を晴らす。ラウラに頬を叩かれたことを引きずって、やりようのない怒りを露わにした。

 

「ドイツにいた頃の教え子だ、後で言っておく。事故に巻き込まれたと思って忘れろ」

 

「事故だと…あんなやつに間違われた結果がこれかよ!割に合わないじゃねぇか!あんな「落ちこぼれ」のせいで…!」

 

織斑の言葉に、千冬は拳を握る。千冬のドイツへの赴任は、第二回のモンド・グロッソに遡る―――。

 

第二回のモンド・グロッソが開催され、参加する千冬に加えて二人の弟も現地を訪れていた。しかし、そこで事件が起こる……。

 

末弟の一夏が何者かによって誘拐されたのだ―――。

目的は千冬を棄権させることだった―――。

 

千冬はそれを聞き、決勝戦を投げうって一夏の救出に向かった。ドイツ軍の助けを借り、千冬は一夏が囚われている場所を突き止めたが、そこに一夏の姿はなかった。

そして、ドイツ軍への恩を返すために一年間の教官として赴いたのだ―――。

 

―――ラウラへの師事は、一夏への罪滅ぼしでもあった。

 

もしも一夏と向き合っていたら、一夏の言葉を聞いていたら……遮二無二で努力をするラウラの姿を一夏と重ね、千冬は自分の出来ることに心血を注いだ。

 

「千冬姉だってそう思っていただろ!?あいつさえいなければ……」

 

「黙れ……」

 

「え…?」

 

「黙れと言っている!」

 

千冬の声が廊下に響く。あまりの大声に織斑は肩を揺らして沈黙する。織斑に歩み寄り、彼の胸倉につかみかかる。

 

「ど、どうしたんだよ。事実じゃないか」

 

「なぜそうまでして一夏を虐げる!?あいつがそれほどの罪を犯したのか!あいつは、あいつはただ…!」

 

突飛な千冬の行動に狼狽する織斑だが、千冬は激昂してついに拳まで振り上げた。

 

「その辺にしておけ!」

 

千冬の背後から、振り上げた腕を掴んだのはケネスだった。カッコよく送り出したと思えば、千冬の声が聞こえて首を傾げた。廊下に顔を出すと、実の弟に掴みかかっているではないか。

千冬が本気になっては手を着けられない、ケネスは駆け出して千冬を止めた。

 

「離せ!離してくれ!」

 

「弟に殴りかかるやつがあるか!落ち着けって!」

 

ケネスの腕を振り払おうと暴れる千冬、そんな千冬に離されまいとケネスは全身全霊で彼女の腕を掴んだ。

 

「いい加減にしろ!」

 

「……ッ!?」

 

癇癪を起したかのように暴れる千冬を抑えることが精一杯で、事態は膠着する。ケネスは一度、千冬の手を離した。

そして、大きく振りかぶった手で千冬の頬を叩く。

 

頬の痛みに我に返った千冬は、叩かれた頬を押さえて呆然とする。肩を上下に揺らし、息を切らしたケネスは腰を抜かしたかのように座り込む織斑を見る。

 

「お前はもう帰れ」

 

「え、あ…」

 

「速く行け!」

 

「あ、あぁ…!」

 

ケネスが一喝すると、織斑も我に返る。まるで恐怖に怯えるように、立ち上がって走り出した。

 

すると、千冬が膝を着く。嗚咽交じりで、頬を伝う涙を目にするケネス。

 

「すまなかったな、止めるためとは云え…」

 

「わたしは、わたしは…」

 

ケネスは初めて千冬の涙を見た。ブリュンヒルデと称えられ、男勝りな一面の印象しか無い女傑からは想像もできなかった。千冬の隣に座り、彼女の肩に手を置く。

 

「お前はやるべきことをやったんだろ?きっと一夏くんだって、どこかで生きているはずだ。なによりも、お前を恨んでなんているものか」

 

今はこんな薄っぺらな言葉しか出せない、これで千冬の苦しみが軽くなるわけが無い。しかし、ケネスは何もしないではいられなかった。それが大人としてか、男としてかは分からなかった。

 

 

 

 

 

「教官…」

 

 

 

 

 

千冬の弱さを見たのは、ケネスだけではなかった。廊下の影から顔を覗かせたラウラは、千冬の涙に思考がかき乱された。自身にとっての救世主でもある彼女が初めて見せる表情、ラウラは静夢と別れて千冬と話をしなかった。

 

しかし、職員室の前で泣き崩れるところに遭遇してしまう。彼女もまた、一人の人間であると実感する。

 

ラウラの右手には、静夢からもらった飴玉が握られていた。それを見つめ、彼女はその場を後にしたのだった―――。

 

 

 

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