インフィニットストラトスー可能性に満ちた閃光ー 作:のらり くらり
「ハァ、ハァ……」
静夢は自室で息を切らしていた。全身に汗が滲み、体温の上昇は長距離のマラソンランナーを想像させる。
「どうしたの?まだまだ満足できないよ…!」
シャルロットも同じように汗をかいていた。しかし、静夢に比べてまだ余裕があるように見える。その言葉どおりにシャルロットはまだ物足りない。放課後の予定を後回しにされ、他の女の相手をする静夢を許せなかったのだ。
静夢に構わず、シャルロットはペースを上げていく。
「お願い、もう勘弁して…」
静夢も最初は負けじと必死だったが、今はシャルロットに命を取られまいと必死だった。こうなるかもしれないことを薄々と予感していた静夢だったが、実際に体感すると息も絶え絶えであった。
弱々しく呻く静夢に、シャルロットの気分は高揚する。シャルロットにとって、今の静夢はまな板の鯉だった。どうやって料理をしようものか―――シャルロットは、静夢に対して強くいられるこの瞬間が大好物だった。
まだまだギアの上がるシャルロットを見て、静夢はベッドの上で諦めたような表情を浮かべる。
そして、全てを手放してシャルロットに委ねたのだった―――。
「それで…?」
「……なに?」
「あの娘のこと、どうしたの?」
行為を終え、肩を並べて横たわるシャルロットが静夢に尋ねた。自分よりも優先するほどだ、さぞ価値のある存在だったのだろう。シャルロットの期待に満ちた眼差しは静夢を悩ませた。静夢はラウラとのやり取りを隠さずにシャルロットへ明かした。互いの共通の知人である軍人のこと、彼女の抱える悩み、簡単に解決できない問題を目の当たりにして、静夢はどうしようかと考える。
ぼんやりとラウラとの会話を思い出す―――。
『君はどうしたいの?』
『私は…』
『一度、話してみたら?』
『……』
静夢の提案にラウラは考え込む。ラウラはもう一度、千冬に帰ってほしかった。たった一日だが、この国のISに対しての意識はあまりにも低いと感じた。優秀でカリスマ性のある千冬がこんなところで埋もれてはいけないのだ。
ラウラの知っている「強い姿」は、決して色褪せることのない絶対的なものだった。
『言わないと伝わらないことってあるでしょ?』
『…ッ、そうだな』
『どんな結果になったとしても、後悔するくらいならやれることをやった方がいいと思う。僕の意見だけどね』
達観したかのような口ぶりから一変して、濁すように苦笑いを浮かべる静夢。マスクで隠れた表情を読み取り、ラウラは腑に落ちたかのような顔をする。
『何事も、考えてからの行動さ。為せば成る、ってね』
そう言って静夢は立ち上がり、ポケットにある飴玉を置いてその場を後にした―――。
その後の彼女がどうなったかは分からない。よく考えてみれば、偉そうなことを言ってしまったと少し考える。
行為の後の疲れからか、重くなってくる瞼が静夢を夢へと誘う。それはシャルロットも同じようで、ぼんやりとした意識で静夢の話はあまり頭に入ってはいない。
シャルロットにとってはどうでもいいことだった。愛機の整備と行為の余韻と倦怠感に満足し、小さな欠伸が静夢に移る。
静夢の胸に顔を埋め、シャルロットはそこで眠るつもりで寝息を立てる。静夢はシャルロットの頭を撫でると、自分も寝ようと目を閉じた。今の自分ではラウラの苦悩は解決できないだろう、後は彼女の頑張り次第だ。
半ば投げやりな判断をして、静夢はシャルロットの温もりと共に意識を手放したのだった―――。
今日も退屈な授業を終え、ラウラは学園を彷徨う。教師から出てくる言葉は既に軍で習得し、基本的なことばかりでつまらない。しかし、最も彼女を悩ませることがある。
千冬との対話である―――。
静夢の言葉と千冬の弱さが彼女の意思を揺らした、確固たる自信は崩れ始めている。どうすればいいのか…考えても答えは出せずにいた。
「ハァ…」
思わずこぼれるため息は、誰にも気づかれずに消えていく。気力を無くして歩いていくうちに、ラウラは職員室の近くまで来ていたことに気づく。立ち止まり、本当はどうするべきなのかと考える。
『一度、話してみたら?』
静夢の言葉が頭をよぎる。ここで足踏みをしたままでいいのか、時間を置いて機会を窺った方がいいのか、考えるほどにラウラの迷いは深くなっていく。
その時、彼女に手を差し伸べるようにこの男が現れる―――。
「どうした?こんなところで」
「あ、あなたは…」
「お前、ドイツの候補生だろ?千冬の教え子の…」
特徴的な眼帯に、軍服のように改造された制服でラウラを思い出したケネス。千冬の関係で噂になっていたことを思い出し、声をかけたのだ。
「千冬に用があるのか?中にいるだろ…」
「あ、いえ、その……」
扉から部屋の中を覗くケネスにラウラは狼狽する。まだ決心が付かない状態で千冬と会うわけにはいかなかったからだ。そんなラウラの様子を見て、ケネスは思わず首を傾げる。
日本で見かけるようになった千冬のファンと同じだと思っていたが、千冬に会うことを躊躇っているように見えた。千冬からは、良くも悪くも手のかかる存在だと聞いている。ラウラの表情から不安を感じ取り、何か事情があるかもしれないと考えた。
「千冬と何かあったのか?」
「いえ、教官は、ッ…」
ケネスは膝を着き、彼女と同じ目線になって尋ねた。口ごもる姿から、千冬のことだと理解できる。
「まぁ、誰にだって言い辛いことはある。俺の経験から言わせてもらうと、話せる時には話をしておいた方がいい。後悔する前にな…」
「後悔……?」
「そうだ。二度と会うことも、話すことも出来なくなる前にな…」
そう言ったケネスから見える哀愁。過去を思い出し、躊躇っている姿のラウラにケネスは言葉を紡ぐ。
「俺は戦友を失った。今でもあいつのことを思い出すよ」
「あなたも、軍人で…?」
「アメリカ陸軍にな、こんなところに来るとは思いもしなかった」
ケネスは立ち上がり、廊下の窓から見える空を見つめる。水平線に沈む太陽が空を鮮やかなオレンジに染め上げる。母国で見る空と、日本での夕暮れはどこか違うものがある。
「お前がどんな経験をしてきたかは理解しかねるが、後悔だけはするなよ?まだ未来がある立場だ、やりたいことを存分にやれ」
その言葉を聞いて、ラウラは静夢の言葉を思い出す。
後悔するくらいなら―――いい加減に、踏み出さなければいけないのかもしれない。
「同じような言葉を、言われたことがあります…」
「そうか…」
相槌を打ったケネスは、ポケットから飴玉を取り出すラウラを見た。意を決して飴玉を口に放り込む思い切りの良さから、覚悟の具合が見てとれる。
「呼んでくるか?」
「いえ、自分で行きます」
彼女はもう一人でも大丈夫だろう。言葉の端から感じる意思は、ケネスを納得させる。飴玉が小さくなるまで待ち、やがて小さくなった飴玉を嚙み砕く。深呼吸を繰り返し、ラウラは大きな一歩を踏み出す―――。
職員室の扉を開き、千冬を探してキョロキョロと周囲を見渡す。すると、自分の机で作業をする千冬を発見した。
集中して凜とする横顔に思わず目を奪われるが、今回の目的はそれではない。
千冬を目にし、再び深呼吸をして気持ちを落ち着ける。そして、力強く踏み出した。
「教官、いえ…織斑先生」
「……どうした?」
千冬は誰が来たかをすぐに理解し、作業の手を止めた。声の主を見ると、昨日までの尖った雰囲気は感じられなかった。呆気に取られるも、ドイツのいた頃と変わらない引き締まった顔を見て、自身も身が引き締まる。
「―――少しだけ、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
その頃、ヴァルトは簪に頼まれてアリーナの整備室を訪れた。おそらく、簪の目的は打鉄弐式の試運転だろう。
かつての失敗を経験し、クラス代表対抗戦に合わせたものの披露する機会には恵まれなかった。今回こそはと、鼻息を荒くする簪を思い出したヴァルトはクスリと笑みを浮かべる。
「来たぞ」
「ありがとう、少し待ってて」
整備室では簪が打鉄弐式を展開し、最終チェックをしていた。鬼気迫る顔で、素早くコンソールのキーをタッチしている。
クラス代表対抗戦の直前や、その後もチェックを怠ることはなかった。
簪の緊張から来るプレッシャーを感じたヴァルトは、思わず溜息を吐いた。彼女はどこか気負いすぎているようだった。
「もう出られるのか?」
「もう少し……よし、お待たせ」
「その前に落ち着け、なんでビビッてる?」
ヴァルトに指摘され、簪は押し黙る。彼女の気持ちが分からないわけではない。しかし、今の状態の簪を出すわけにはいかなかった。
「失敗を恐れる気持ちが分からないわけじゃない。けど、これまでの努力が今のお前にはあるだろ?」
「うん…」
「説教くさくなっちまうな。信じろ、自分と手伝ってくれた奴らのことを」
恥ずかしそうに頭を掻くヴァルト。諭される簪は、冷静になるために深呼吸を始める。目を閉じて、規則的なリズムで呼吸をする。そして―――。
パチン!!
両手で頬を叩き、簪は自分に喝を入れる。どこかで見た光景と感じたヴァルトも呆気に取られ、すぐに言葉が出てこなかった。
「そうだ、私は一人じゃない。ヴァルトと静夢がいて、本音や整備課の先輩たちがいてくれる」
「…行けるな?」
「うん、もう大丈夫」
改めて問いかけるヴァルトに、簪は決意の瞳を向ける。晴れやかな表情に納得し、ヴァルトは頷いた。
「ピットに行くぞ」
「うん…!」
ヴァルトは踵を返して部屋を後にする。簪は打鉄弐式を解除し、ヴァルトに付いていく。
ピットに上がると、アリーナの使用の申請を確認して準備めを始める。簪が事前に使用許可の申請をしていたことから、確認はすぐに済んだ。この申請や手続きなどを疎かにすると、他のアリーナ使用者との衝突を招くほかにもペナルティが課されることがあるのだ。
再び打鉄弐式を展開し、簪は発進の準備を始める。
「よし、軽くウォームアップをしてからターゲットを出す。いいな?」
「うん、わかった」
ヴァルトはオペレーター席にいる教師に頼み、実技で使用する練習用のプログラムを起動する。カタパルトに脚部をロックした簪はハイパーセンサーを再び確認すると、現時点で機体の異常は見当たらなかった。
「更識さん、準備はいい?」
「はい、お願いします!」
ピットでオペレーターを務める教師が声をかける、返事をした簪の気合いは十分だった。カタパルトの近くで見守るヴァルトは、野暮と思いながらも声を投げる。
「何かあったらすぐに言え、迎えに行く」
「う、うん…」
「…どうした?」
ヴァルトはなぜか戸惑った返事をする簪に首を傾げた。ヴァルトに問われた簪は頬を紅潮させていく。
「だって、彼氏みたいなこと言うから……」
「……待て、違うぞ。フォローするって意味でだな…」
簪に言われてようやく理解したヴァルトもハッとして、誤解を解こうと狼狽する。
「ちょっとー?始めてもいいですかー?」
それを眺めていたオペレーターの教師だが、放課後の時間も有限ということもあり声をかけるしかなかった。その声に気づき、ヴァルトは邪魔にならないようにカタパルトから離れる。
「さっきも言ったが、機体が暖まってきたら始めるからな。その時にまた通信を入れてくれ」
「わ、わかった……行ってくるね」
「浮かれてると怪我するわよ?ちゃんと集中するように」
「は、はい!」
「君も、不用意に女の子を口説かないの」
指を差され、教師に諫められたヴァルトは頭を下げる。その注意も強ち間違いでもない。集中力を切らし、それが切っ掛けで大きな事故にもつながりかねないのだ。
三度となる自分への喝を入れ、簪の頬には紅葉がぼんやりと描かれている。
「準備はいい?」
「は、はい!もう本当に大丈夫です!」
呼吸を整える簪は、最後にもう一度だけ機体のチェックをする。センサーの感度良好、スラスターなどのエンジン部分も正常に作動している。
「カタパルト、オンライン。いつでもどうぞ」
センサー越しに聞こえる声に簪は頷く。それを合図として、カタパルトから発進するためのカウントダウンが始まる。
その時が迫り、やがてカウントはゼロを示す―――。
「更識 簪―――打鉄弐式、出ます!」
カタパルトが勢いよく射出された。押し出される力に圧迫されながら、簪は空中でのPICの作動をチェックする。カタパルトから離れ、スピードを得た打鉄弐式は浮遊からの飛行を開始する。
今、簪のリベンジが始まる―――。