インフィニットストラトスー可能性に満ちた閃光ー 作:のらり くらり
覚悟の決まったラウラは千冬との対面を果たした。しかし、目的はそれだけではない。千冬が場所を変えるため、彼女を連れて中庭へと足を運んだ。
「それで、どうした?」
「申し訳ありません、貴重な時間を割いて頂き…」
始めにラウラは謝った。自分のために、千冬の時間と自由を奪ったことに対する罪悪感がそうさせた。他の生徒たちへの態度のギャップに戸惑うも、千冬はそれに頷いて見せた。
「私は、あなたを説得するためにここへ来ました」
ラウラの独白に、千冬は彼女の思惑を察していた。ドイツ軍で見た彼女は、意気消沈していて今にも消えてしまいそうな印象だった。瘴気を含む溜息を吐く彼女には影が差していて、かつての弟を重ねていた。
一夏がバイトを始めてから顔を合わせることが一気に減り、たまに見せる憂いの表情が今のラウラと同じだった。
これまでは優秀な人物だったと聞いていたが、ナノマシンの試験運用から転落するかのごとく埋もれていったらしい。
そんな彼女に千冬は問うーーー。
「ーーー強くなりたいか」
ラウラは、気高くある千冬が輝いて見えたのだ。掌を返したように後ろ指を差し、白い目に晒されていた者たちに囲まれ、暗闇の中にいる彼女を照らした。
千冬が来てからの日々は、普段の訓練をさらに過酷なものへと変えていった。千冬は差別をせず、平等に指導と待遇を施した。少しずつ変化を遂げるラウラを妬む者がいても千冬は手を出さなかった。
それは、ラウラが自分で解決できるだけの力を付けていったからだ。
やがて、部隊長に返り咲いたラウラは、ISが配備された特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」のリーダーとなる。部隊に所属する者は全てナノマシンの適合手術を受けており、全員が眼帯をしている。
ーーーほんの少しの感傷に浸る千冬だったが、ラウラの目的を果たすことはできない。
「貴方のような方が、ここで埋もれていいはずがない。もう一度、ドイツに帰ってきてほしかったのです…」
「……」
「しかし、今はそうは思っていません」
「どういうことだ?」
「その、失礼ですが、あなたと織斑 春十のやり取りを見てしまって…」
千冬は言葉に詰まり、溜息を吐いた。教え子に情けない姿を見られてしまったこと、まだ自分が未熟であると痛感したからだ。
「かつて、あなたが教えてくれた家族のことを思い出しました」
ラウラの言葉に、千冬は再び物思いにふける。ラウラに明かした二人の弟の話、自分の罪でもあり、愛する家族の話ーーー。
「私はあの時、優しい顔をする貴方を見た。そんな貴方を見たくなかった…力が全てだと思っていたから」
「……」
「でも違った。私は、貴方の強さしか見ていなかったと気づきました。完璧な人間などいないーーー都合のいい負け惜しみだと思っていました」
千冬は、目の前のいる教え子が自分の知っている彼女とは思えなかった。良くも悪くも、年相応なメンタルでもあったラウラから出る言葉ではなかった。
「貴方がここにいるのは、貴方が望むものがあるからだと思いたいんですーーー失礼します」
「…ラウラ!」
腑に落ちたラウラは、深く頭を下げて踵を返す。彼女の背を見つめた千冬が呼び止めると、ラウラは立ち止まって振り返る。
「この場所で、何かを見つけられたか?」
「ーーーはい。少しだけ、分かった気がします」
そうか、と千冬が頷いた。あの時に見せた優しい表情であった。その優しさの意味を知っている今、ラウラはそれに笑みを浮かべることで返事をする。
再び一礼し、ラウラは帰路につく。中庭で一人になった千冬は、何とも言えない安心を感じた。
置かれた環境もあり、新天地でやっていけるかどうか。入学当時のセシリアと同じで、孤立する心配があったが、今の状況なら問題なくやっていけるかもしれないーーー。
不確かな希望を抱いた千冬であったーーー。
「許してやれ、あいつも「お前」も何も事情を知らなかったのだから。」
千冬は視界にいない者へ向かって語り掛け、その場を後にした。誰もいなくなったであろう中庭に、静寂が訪れるーーーーー。
「なんだよ、「話が違う」じゃねぇか……」
影から出てきたその者は、苦虫を噛み潰したような表情で立ち去ったのだったーーーーー。
数日後、一年一組は実践授業でアリーナに集まっていた。学園で貸し出している打鉄を使い、専用機を持っている者たちが中心となって乗降の練習をしていた。
専用機を持たない少女たちの間では、静夢を始めとする少年たちの指導を求めてグループ分けは熾烈を極めているらしい。
「どうしよう、ボーデヴィッヒさんのグループになっちゃった…」
「あまり文句を言っても仕方がありませんよ」
ラウラのグループに分けられた少女がこぼすと、神楽がそれを諫める。実際のところ、ラウラは指示をしない。軍人である彼女は、ISに対しての意識が低いこの場所では、モチベーションがあまり上がらなかった。
兵器を扱っているという自覚の少ない者に指導をしても、大した意味を成さないという現場の感覚やプロの経験がそうさせた。
前回の授業でラウラのグループになった生徒からは、何の指示もなく、気まずい時間だったらしい。
「でもさ、実際にあたると辛くない?」
「そうなんだよね~、明らかに見下してるって分かるし」
ラウラへの嫌悪を示したのは「鏡 ナギ」だった。長い黒髪に赤いヘアピンが特徴の彼女は、ストレッチをしてどんよりとした気分を紛らわせる。
「すまない、遅くなった」
グレーのISスーツを着用したラウラが到着すると、ナギは神楽を盾にするように後ろに隠れた。さっきまでの愚痴を聞かれたかもしれないという危機感が彼女を脅かした。
「ほら、始まりますよ」
「うぅ…」
神楽が後ろのナギに言うと、ナギは観念して出てきた。生徒たちが一列に並ぶと、準備ができた様子を見たラウラが頷いた。
「ーーーよし、では始めよう」
ラウラの第一声に、生徒たちは呆気に取られた。前回は指導するつもりの無かった彼女が、今日は担当する彼女たちに声をかけたのだ。
「まずは簡単な乗降から、番号の早い順でやろう」
「は、はい…」
このグループで番号が最も小さいのはナギだった。恐る恐る打鉄に近寄り、搭乗の準備をする。
「うむ、基本はできているな。準備が整ったら歩行に移る」
ナギの状態を見て、ラウラは及第点を付ける。そして、自身のISを展開する。
そこに現れた「黒」は、これまでに彼女たちが見て来た専用機の中で、最も異質に感じるものだった。ラウラが軍人と知れば納得のできるものであったが、争いとは無縁の少女たちからすればその機体には違和感があった。
「シュヴァルツェア・レーゲン」ーーードイツ製の最新鋭機であるラウラの専用機は、これから歩行を行うナギの打鉄を支えるようにして寄り添う。
「「「「………」」」」
「……?」
ナギを含めて、少女たちの視線を感じたラウラは、何事かとキョロキョロと見渡す。そして、シュヴァルツェア・レーゲンの特徴に気づく。肩に装備されているレール砲だ。
「…今は不要だな」
レール砲をバスロットに収納し、彼女たちに不安を与えないようにと気を遣う。そう言えばーーー来日前にとある情報を目にしたことがあった。なんでも日本では軍の演習を一般人が見学できるイベントがあるらしい。
軍のことを紹介し、自分たちのことを知ってもらおうという意味合いがあったのだろう。普通なら軍人と接する機会はなく、物珍しさに集まっている程度だと思っていた。
一見して下らないと目を逸らしたが、よくよく考えれば自分がやっているのはそういうことなのかもしれないと思った。
「さて、大丈夫か?」
「う、うん…」
「よし…」
ナギに問いかけ、搭乗が完了している彼女に頷くラウラ。スタスタと歩き、ナギの打鉄から少し離れたところでたち止まる。
「ここまで歩いてこい」
「は、はい…」
ラウラの指示に頷くナギだが、緊張の面持ちであった。それが表に出てきたのか、最初の一歩が重い。踏む出す切っ掛けも無く、ナギはその場に立ち尽くす。
「心配するな。肩の力を抜いて、ゆっくりと始めればいい」
ラウラの声色は優しかった。それはまるで、母親が子供の背中を押すような安心感があった。
その瞬間、ナギの身体から力が抜けたーーー。
体が軽くなり、何を迷っていたのかと自問する。意を決した今の彼女から、緊張の色は見えなかった。ナギは、はじめの一歩を力強く踏み出した。
バランスを取りながら、ぎこちない足取りでラウラの元へ向かっていく。さながら、掴まり立ちを覚えた子供が、自力で歩き始めたようなものだった。
「そうだ、その調子だ」
ラウラはまだ手を貸さなかった。そうすれば簡単に事は済むが、それではナギのためにはならないのだ。ここにいるほとんどの人間が、自分のような経験を持たない者たちだ。
自分が率先し、彼女たちの手本にならなければならない。千冬との対話を終えたラウラは心を入れ替え、他人との接し方を再び学び直そうとした。軍という規律と上下関係の厳しい空間とは違い、この学園にはとげとげしい雰囲気はない。
郷に入っては郷に従えーーー博識な副官の言葉を思い出し、ラウラは彼女たちと向き合おうと決めた。
「もう少しだ、最後まで気を抜くなよ」
優しくも真面目さを覗かせる言葉でナギの背中を押し、ゴールを示すかのように手を差し出した。ナギもそれを目指し、一歩を踏み出す。
「頑張れ!!」
「もう少しですよ!」
同じグループの少女と神楽が声をかける。まだ見ている側の自分たちも、ナギの雄姿を見て心を震わせていた。その思いが通じたのか、ナギの一歩に揺らぎはなかった。あと一歩、ラウラに向かって手を伸ばすーーー。
「あっ…!?」
最後の一歩でナギのバランスが崩れた。誰もがそこで転倒を予測する。
ーーーガシッ!
しかし、彼女は転倒することはなかった。直前にラウラが手を伸ばし、ナギを支えていたからだ。思わぬ救助にナギは驚き、ラウラは笑みを浮かべてナギを立たせる。
「あと一歩のところだったが、悪くない。PICのないISはやり辛いだろう?この感覚を忘れないでほしい」
経験を活かし、それを知らない者たちの視線に合わせて、ラウラは丁寧に説明をしていく。ナギが打鉄から降りると、別の者の番となる。それぞれの長所と課題を見抜き、それぞれのアドバイスをしていく。
これを機に、ラウラは信頼を得ることとなるが、彼女はまだそれを知らない。遠くから見ていた千冬はようやく肩の荷が下りたと感じたーーーーー。
さらに数日が過ぎた日のことだった。鈴音は日課のトレーニングでアリーナを訪れていた。ISスーツに身を包み、ストレッチを入念に行う。
すると、そこに鈴音と同じようにトレーニングのためにアリーナを訪れる少女がいた。
「あら、奇遇ですわね」
「アンタも自主練?」
鈴音に続いてアリーナに現れたのはセシリアだった。少女ながらにグラマラスな体形が、青いISスーツによって一層の際立ちを見せる。対して、おとなしいスタイルの鈴音は目の敵のようにして睨みつける。
「先日の戦い、拝見させていただきました。見事な勝利でした」
「え、ああ…」
あまり会話をしたことがない鈴音は、セシリアの称賛に戸惑った。その時は緊急事態につき、周囲のことを考える余裕はあまりなかった。結果として事態は収束し、こうして感謝を告げられるということは、自分の行動には意味があったのだと感じる。
「鈴音さん、私と模擬戦をしていただけませんか?」
感謝の後の申し出に、鈴音はセシリアに向き直る。彼女の目はまっすぐに鈴音を見つめ、鈴音は静かな闘志を感じた。打算も計略もない、セシリアは純粋に鈴音と戦いたかったのだ。
専用機の所持者の中で、セシリアは遅れを取っていると感じた。ヴァルトや鈴音のような武装に頼らない接近戦も出来ず、静夢のような冷静な観察眼や戦闘の思考も持ち合わせてはいない。織斑のような一撃必殺の切り札がない自分に、何が必要なのかーーー。
セシリアはまず経験を積むことを考えた。そこから得られるものを応用し、どんな相手でも自分の戦いが出来るようなメイキングを目指す。
鈴音のように武術と武装をうまく混ぜ合わせた戦いをする者との戦いで、セシリアは新たなステージに踏み込もうと考えた。
「いいわ、やりましょ。オールレンジ武装の相手ともやりたいしね、それで…」
セシリアの提案を承諾した鈴音、彼女もまた経験を積みたいがために利害の一致があった。セシリアから視線を外し、鈴音は遠くからこちらを見る人間を捉えた。
「あんたは遠くから高みの見物?」
「ああ、すまなかったな」
アリーナの中央にいる鈴音とセシリアを見ていたのはラウラだった。特に干渉するわけでもなく、ピットから出てすぐのところに腰を下ろしていた。
ずっとその視線を感じ取っていた鈴音は、何もしないラウラが逆に不気味だった。初日から噂のある彼女は有名人で、最近では人が変わったと話題になっていた。
「邪魔をするつもりはない。戦うに限らず、見学は大事なことだろう?」
ラウラの言葉も一理ある。鈴音はぐうの音も出ずに口ごもると、精一杯の抵抗として咳払いをする。
「なら、こうしましょう。三人によるバトルロワイアル、混戦の方が良い刺激になるでしょ?」
セシリアを見ながら、鈴音は新たに提案する。マンツーマンでの指導では内容が偏る恐れもあり、最善策とは言い切れない。バトルロワイアル形式の実戦を想像した練習が最も経験を積める見込みがある。
「わかりましたわ、お願いします」
「あんたも、それでいいわね?」
「うむ、折角のお誘いだ。無碍にはできないな」
セシリアは鈴音の提案に頷き、ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンを展開して二人の輪に入って来る。
やがて鈴音とセシリアも専用機を展開し、三人は戦闘態勢を取るーーー。
今ここに、強者たちによる激闘が開始されるーーーーー。