インフィニットストラトスー可能性に満ちた閃光ー 作:のらり くらり
「ん…」
夜が明けた。簪は目が覚めてベッドの上で身体を起こす。朧気な意識のまま瞬きをして、窓の向こう側に昇り始める太陽を見つめる。
今日は試合、それも相手はヴァルトだ。徐々に意識がハッキリとしてくると、彼女はベッドを出た。
まだ隣で眠るヴァルトのあどけない寝顔を見て、簪は微笑んだ。暫く見ていたいとも思ったが、ハッとして我に返る。今はそんな余裕が無かった。
顔を洗い、最低限の身嗜みを整えて部屋を出る。向かった先は整備室だ。
完璧な状態で臨みたい、簪の思いはそれだけだった。静夢への宣言か、相手がヴァルトだからか―――簪の中には、負けたくないという感情と勝利への渇望、熱量があった。自分でも不思議だと思った。
少し前の自分からは想像できなかっただろう。自分の力だけで事を成そうとしていたあの頃は、そんなことを思いすらしなかった。打鉄弐式の完成を第一に考えていたからだろう。
しかし、その後に勝利を求めることをしただろうか―――。
完成して、そこで燃え尽きていたかもしれない。そう思うと、彼らと巡り会えたことは幸運にして奇跡だったと感じた。
整備室に到着し、広い空間で打鉄弐式を展開させる。OSを立ち上げ、マルチロックオンのシステムに異常が無いかプログラムを確認する。
「おはよう、来ると思ってたわ。随分と早いのね」
「あ、おはようございます。どうしたんですか?」
簪は声をかけられて振り返る。そこには以前、修理を手伝ってくれた黛 薫子の姿があった。
「なんとなく、貴女が来る気がしてたの。まぁ、先客が他にいるわけだけど」
黛は親指を立てながら後ろを差す。奥を覗き込むようにする簪の視線の先には、シャルロットの姿があった。
「ほんの少しだけ触らせてもらったけど、後はいいからってフられちゃったの。手が空いたところに貴女が来たってわけ」
「なるほど…」
「で、何か手伝う?一人でもできそうなら、本当にお役御免になるのだけど」
「いや、お願いします。プログラムのチェックをして、各部の点検をしたくて」
簪が要点を伝えると、黛は工具箱を取って来て打鉄弐式の整備に取り掛かる。装甲を外して、中の精密部分を目とデータでチェックしていく。微妙な違いを発見した際は、簪に逐一報告する。
「やっぱ姉妹だよね」
「え?」
チェックを終えた箇所の装甲を元に戻した黛が呟く。
「たっちゃんとそっくりなんだもん」
本音と同じような渾名で呼ぶ黛、彼女が楯無の知り合いだと思い出した簪は、あぁと相槌を打った。
「彼女は実力や才能を評価されてるけど、その裏には見えない努力がある。貴女もそう、大きな壁があっても諦めないで足掻いている。たっちゃんの妹ってことは知ってた、最初はそれが理由で手伝ったの」
「そう、ですか…」
黛は武装のチェックに入り、簪に報告する。彼女を搭乗させ、実際に展開させて異常が無いかを確認させた。
「たっちゃんもさ、最初は一人でどうにかしようとしてたみたい。でもそれには限界がある、だから彼女は助力を乞う」
「限界…」
「そう、貴女も知ってるでしょ?」
黛の言葉に簪は頷いた。知り合いから伝えられる姉の姿、自分が追っていた理想はほんの一部でしかなかったのだろう。羨望や嫉妬はある。だが、否定や憎悪は絶対に無かった。
楯無も自分と同じだと気付く。そして、自分の行動が間違いではないと理解する。
「私は応援してるよ、頑張りなさい」
「はい…!」
力強く返事をした簪、黛も頷いて整備は続いた。
「………」
そんな二人を見つめるシャルロット、自分と同等かそれ以上の強さを持つ人間にしか興味を示さない彼女が、簪の打鉄弐式をジッと見つめた。
整備を終えたザク・ストームを収納し、待機状態であるペンダントにして首にかけた。ペンダントはジオニックのエンブレムとなっている。
ふぅ、と一息吐いてゲートまで歩いていく。打鉄弐式の前を通る際、シャルロットは立ち止まる。そして、簪を一瞥する―――。
一瞬の視線の交錯だが、ジッと観察するかのような目に簪は思わず身を退く。
何を言うわけでもなく、シャルロットは持ち前の直感で簪の力を見極めたのだ。決して自分を超える存在ではない、それなシャルロットの見解だった。
実力を自覚する彼女は、相手の力量を推し測る目を持っている。ジオニックでの経験が、彼女に力と自信を齎した。ニュータイプ能力の発現は、彼女のそれを加速させる。
今にして思えば、実の父親は自分にそういった類の力があると見極めていたのだろうかとも感じてしまう―――今更、感謝も謝罪もするつもりはないのだが、思う存分に生きていられる今の環境が好きなのだ。
「今日、試合なんだ?」
「え、あ、そう、だけど…」
「そっか、楽しませてね」
「え?」
ふと、話しかけてきたかと思ったら、シャルロットは立ち去って行く。戸惑っている間に会話が終わり、簪は驚きを隠せなかった。
「なんだったの?」
「なんだったんでしょう…」
黛も簪も、シャルロットの意思は分からなかった。顔を見合わせ、首を傾げるしかなかった―――。
朝食を済ませ、教室でのホームルームを済ませた簪。クラスメイトたちからの声援を受け、アリーナへ向かった。控室には試合を行う選手が何人かいる。
ぶつからないように避けて、奥のロッカーまでたどり着いて準備を始める。
「あら、おはようございます」
「…おはよう」
簪に声をかけたのはセシリアだった。あまり会話をしたことのないセシリアに、簪はぎこちない表情で挨拶をした。
「相手はヴァルトさんと聞いています」
「…うん」
「勝機はありまして?」
首を傾げて考える簪だが、あまり具体的な策は用意していなかった。そんな簪を見て、セシリアはクスリとする。
「いえ、私も同じでしたから」
「あ…」
セシリアも同じ気持ちだったのだ。常識が通用しないヴァルトの戦い方に圧倒され、切り札であるビットでさえ彼は物ともしなかった。
「多分、ヴァルトは自分の戦いを貫くと思う」
簪の言葉はセシリアも感じていたことであった。静夢とのエキシビションを見て感じた、ヴァルトの全力は並大抵の実力では歯が立たない。転醒という切り札を使い、静夢もユニコーンのリミッターを解除していた。
自分たちよりも先の次元にいる存在―――敬意と同時に存在する憧れ、追いつけるのかという不安は二人の足を遅くさせる。
「わたしも、自分のやり方で戦ってみる。勝てるかどうかなんてわからない…でも、後悔はしたくないから」
「強い方ですわね、あなたは」
後から恥ずかしいことを言ってしまったと思う簪だったが、セシリアはそんな彼女の意思が輝いて見えた。貴族としての自分の矜持よりも、一人の少女が掲げる無垢な願いは、純粋に敬意を払う価値のあるものであった。
「お互い、頑張りましょう」
「うん…」
いずれは対戦し得るかもしれない、そんな相手に激励をするとは―――セシリアは自分の行動に気がついてハッとするものの、嫌な気持ちにはならなかった。
簪は素早く着替え、ピットの方へ向かう。その途中で鈴音と会い、足を止めた。
「お互い、厄介な相手ね」
「うん、それでも逃げない。正面からぶつかってみる」
「そうね、それしか出来ないもの。なら、勝ちなさい。決勝で会える事を願うわ」
鈴音は勝つつもりでいるらしい、その気持ちの強さが簪は羨ましくも思えた。おそらく鈴音も静夢に対しての策は無いのだろう。きっと誰しもが同じ気持ちなのだと、簪は気付く。
鈴音はそう言って左手を上げた。簪は歩き出し、左手を上げて鈴音の手を叩く。気合十分の彼女たちは、戦場へ突き進む。全身全霊で未来と答えを掴むために―――。
「更識 簪―――打鉄弐式、出ます!」
「ティナ・ハミルトン―――行きまーす!」
ピットへ入った簪はすぐに打鉄弐式を纏い、カタパルトへ移動するとアリーナへ飛翔する。簪に続いて、合流したティナが発進した。
まだヴァルトと本音の姿は無い、先に入場した簪たちに観客席からは歓声が送られる。
「さて、どうしようか?」
「本音の方をお願い、ヴァルトは私が」
「ホントに好きなんだね、彼のこと」
ティナの言葉に簪は固まる。専用機の完成からテストまで共に歩んで来たヴァルトには、厚い信頼を寄せている。それは間違いない。
しかし、その裏で大きくなる別の感情も、段々と無視できるものではなくなってきている。
だが、今はその感情を抑えるしかない。簪は頬を叩き、気合いを入れ直す。
「…よし!」
「もしかして…地雷、踏んだ?」
その裏で、ティナは簪の様子を見ていた。自分の何気ない一言が彼女の調子を狂わせるのかもしれない。そう思うと、あまりにも軽卒だったかもしれない。
―――すると、また歓声が上がる。
「お待たせ〜」
「随分と早いな」
反対のピットから出てきたヴァルトと本音のタッグ、ついに役者は揃った。アリーナの喧騒は影を潜め、沈黙が支配する。
「本音、前と同じだ。先行するから、フォローしてくれ」
「おっけ〜、任せて」
相手に聞かれないよう、プライベートチャンネルを開いて作戦を手早く伝えるヴァルト。簪同様、彼もこの戦いには気合いを入れている。
目の前で打鉄弐式の性能を見ているヴァルトは、簪のポテンシャルも視野に入れて戦うことも意識している。
さらにタッグは本音のように緩い雰囲気ながら、本音よりも食えない相手と聞いている。
楽に勝てる相手ではないだろう、ヴァルトは口角を上げた。
強い相手との戦い、それはヴァルトのモチベーションを高めるには十分な要素であるからだ。
カウントダウンが始まる。戦士たちは武器を手にし、拳を握った。
「簪、本気で来いよ。下手に手加減はできないからな」
「うん、全力で行く…!」
強く拳を握るヴァルトに、簪は春雷を起動させる。初撃が肝心だ、二人は少なくともそれを狙っている。
「おぉ〜、二人ともやる気だ〜。わたしも頑張るぞ〜」
「なんか蚊帳の外だけど…まぁ、仕事は果たしますかね」
本音は二人の熱に当てられてやる気を見せるが、やはり間延びした声からは緊張感が感じられなかった。
明らかに実力が自分よりも上である二人に、ティナは追いつける気はしなかった。少なくとも、自分のやるべき事に専念するしかないと割り切る。
ブ―――!!
試合開始のブザーが響く、同時に飛び出すヴァルト。簪は起動した春雷をヴァルトにロックした。
「フッ!」
それを見越してか、ヴァルトは拳をかざす。腕の砲を簪に向け、牽制をしたのだ。
簪はヴァルトをロックしたまま右に回避し、砲撃を躱した。
「まだまだぁぁぁ!!」
回避によって生まれた一瞬の隙を狙うヴァルトは急加速する。
瞬時加速―――イグニッション・ブーストと呼ばれるそれは、スラスターから放出されたエネルギーを取り込み、再び加速するという技術だ。
しかし、これにも弱点がある。相手との間合いを一気に詰められる分、加速は直線に限定される。つまり、相手に読まれやすいということだ。
しかし、ヴァルトはそれをデメリットとは思わなかった。
近接戦に特化したエクスプロードの弱点である、間合いを補えることが出来るからだ。
「しまった…!」
ヴァルトの接近を許した簪は焦る。夢現を展開しようにも、受け流せるだけの時間が無い。残る手立ては―――。
「もらった!!」
間合いを詰めたヴァルトが拳を振るう、簪は防御するような素振りを見せなかった。
エクスプロードの拳が打鉄弐式を捉えるその瞬間、ヴァルト二つの煌めきを目にした。
「ッ…!?」
「…ここ!」
ヴァルトの中に響く鈴の音と簪の行動は同時だった。簪はPICを切り、一時的に重力に身を任せた。結果、天を仰ぐ形となりエクスプロードの下に潜り込んだ。
瞬時加速により。ヴァルトは回避できない。簪は春雷でエクスプロードを真下から撃ち抜く。
「やら、せる、かぁぁぁ!!」
一瞬の判断で、ヴァルトはあろう事か身を捻った。下から発射された荷電粒子砲は、エクスプロードの装甲を掠めて天へと向かって行った。
「そんな…」
咄嗟の判断とはいえ、確実に出し抜いたと思った。簪は呆然とし、打鉄弐式のアラート音で我に返った。体勢を立て直し、アリーナへ着地する。
「うぉぉぉ!?」
ヴァルトは瞬時加速の最中に体勢を変えた事により、錐揉みしながら減速をかけたていた。軋む身体を無理矢理に立て直し、アリーナのバリアの手前で停止した。
「はぁ、はぁ…慣れないことは、無理にやるものじゃないな」
不可がかかって、体にダメージがあるのか、ヴァルトは左の脇腹を押さえていた。
高度なやり取りに歓声が上がるが、当の本人たちは浮かれている余裕が無かった。
これは想像以上に手を焼くだろう―――ヴァルトも簪もそう感じるほどに、この初撃は濃密なものであった。
「えいっ!」
そんな二人の虚を突くかのような出来事が起こった―――。
打鉄弐式は後方から攻撃を受けて、シールドエネルギーが減少した。
アラートと衝撃によって簪の意識は現実に引き戻された。
「ふふふ…油断したね、かんちゃん」
振り返ると、サブマシンガンを構えた本音がいた。思わぬ初撃を受け、悔しさを覚えながらもタッグマッチだということを思い出す。
まだまだ始まったばかりの試合に、子供たちは改めて集中する。激化していく予感を覚えながら、負けられない闘志を燃やして―――。
本来は30話で区切るつもりでした。
今回は、残りの試合を最後までやり切ろうと思います。
長くなりますが、お付き合いいただければと思います。