インフィニットストラトスー可能性に満ちた閃光ー 作:のらり くらり
今回は少し長めです。
「もうすぐか……」
『ああ、中尉サマはうまくやってるかな?』
ヴァリアントから発進したハサウェイは現在位置と現場のデータを確認する、随伴するメッサーにはゴルフが搭乗していて、レーンに対して軽口を叩く。他にも随伴するメッサーが二機、「ドラブ・リッド」と「ビランテス・スエッケン」が搭乗している。
かつて二人は若く経験の浅いパイロットだった。宇宙世紀ではマフティーの最後の戦いである「アデレード襲撃作戦」に補充要員として参加していた。この世界でも彼らはパイロットだった。何度かの作戦を経て、彼らはパイロットとしての自信を覚え始めた。
しかし、まだ作戦前からの緊張は続いている。彼らが熟練とは言えない理由がそれだろう、落ち着きの無い行動が不安を煽った。あまり会話も無く、ハサウェイは二人の心情を肌で感じていた。
「二人とも、メッサーには慣れたか?MSとは勝手が違うけど、数を熟せば体が覚えるはずだ」
『あぁ、はい……少しは』
『マフティーほど上手くはないですが、前よりは…』
回線を通しても伝わる不安や焦り、ハサウェイはそれを二人の口調から察した。
『あんまり煽るなよ、ハサウェイ。こっちに来てから、少しはメッサーに乗ってるんだ。ま、これからだろ?』
無意識に二人を追い詰めていたのか、ゴルフがハサウェイを諌める。ドラブとビランテスに振ると、やはり自信は無さそうだが、ゴルフの問いに頷いた。そこには間に入ってくれた事への感謝も含まれている。
―――軽率だったか……。
ハサウェイは心の中で呟く。どうも自分は後先を考えずに口走る質らしい、自分の無茶な要求にも応えようと彼らも必死にやってくれているのだ。ここは二人を労うべきだったのだと思った。
"リーダーとして失格か…"
再び自嘲したハサウェイは前を向いて、視線の先に小さく見えるフランスの市街地を見据える。
「すまない、先に行くぞ…」
「え、おい!ハサウェイ!」
クスィーをフライトモードへ変形させ、メッサーを置き去りにしたハサウェイ。瞬く間に市街地を通り、デュノア社を確認すると、建物周辺を飛び交うISに目を凝らす。最も目を引く金色の機体、スコールだ。ゴールデン・ドーンは軽やかな機動で弾幕をすり抜け、両肩にある鞭をしならせる。
炎を纏う二振りの鞭がラファールを打ち付けて絡みつくと、それを振り回して別のラファールへとぶつける。その隙を突いて別のラファールが背後を狙う、ハサウェイは援護のためにビームライフルを展開した。
しかし、背後を取ったはずのラファールは拘束されていて身動きが取れずにいた。ゴールデン・ ドーンの背中にある尾がラファールをしっかりと掴んでおり、スコールはそれを前に持って来てラファールとそのパイロットを凝視した。
「イケないわ…私の後ろを取るなんて、マナー違反よ?」
怒りを露わにするスコール、比例するように機体の周囲に火の粉が舞い始める。次第にそれが一つに凝縮され、大きな火球となる。
「ソリッド・ フレア」と呼ばれる火球はラファールのシールドエネルギーをジワジワと蝕んでいく。怯えた表情で涙を浮かべるラファールのパイロットだが、スコールは歯牙にもかけない。目前の愚者を滅するのみ―――スコールはソリッド・フレアを放ち、ラファールを燃やし尽くした。
気を失ったラファールのパイロットが落ちて行く、ソリッド・フレアの威力を物語るように体中に傷ができている。わざわざ助ける理由の無いスコールは堕ちて行くパイロットを見送り、周囲に敵が残っていないか確認する。
すると、それよりも先にゴールデン・ドーンがISの反応を感知してスコールに告げる。それは友軍の反応だった。
視線の先にいたクスィーガンダムを見て、スコールは敵で無かった事に安堵する。
「あら、遅かったわね。思った以上に事が進んでいるわ、あなたの獲物はいないんじゃないかしら?」
「それなら早く終わらせられる。社内に進入して敵を討つ、ここの指示を任せたいが?」
スコールが頷き、ハサウェイはデュノア社に向かって行く。ビームライフルの連射で前を阻む敵を牽制し、怯んだ隙に社内へと突入した。部屋は割れたガラスが散乱していて、その中には微動だにせず横たわる人間が混じっている。それを目の当たりにして、ハサウェイが口を横一文字にする。
―――自分の任務をこなそうと、ハサウェイは気持ちを切り替える。
ハイパーセンサーで今のフロアの状況を調べる。下に向かって移動するのはデュノア社の人間だろう、対して上に向かう反応は仲間のものだろう。よく見ると敵に前後を挟まれている。ハサウェイは瞬間的に動き出す。
無傷の成功は考えない、最悪の場合を想定しながら最善を尽くす…妥協点を見つけたハサウェイはがむしゃらに戦う。ハイパーセンサーのおかげで、鮮明に聞こえる銃声に向かつハサウェイ。突き当たりを曲がった先にいるラファールにビームライフルを直撃させ、とどめのファンネル・ミサイルで沈黙させる。
ラファールのパイロットにとどめを刺すレイモンドを見つめ、呆然とする一夏は尻もちを着いている。
「大丈夫かい?一夏くん」
「ハサウェイさん…」
ハサウェイの姿に安堵する一夏を見て、ハサウェイも同じく安堵する。束との約束を破らずに済んだという事、かつての自分と重ねた一夏の生存がハサウェイを安心させた。その後、レイモンドのチームと合流して前進する。その途中で同じように進入したガウマンと鉢合わせる。
「生きてるか?坊やちゃん」
ガウマンの声に一夏は静かに頷く。神妙な面持ちで、緊張している様子ではなかった。一つ修羅場を越えた、ガウマンは一夏の変化に驚きはしたものの、顔には出さなかった。自分が軍人になった時、初めての戦場でどうだったか―――今さら、思い出せないがこうも冷静でいられただろうか……。
ガウマンも同行して進むと、動力室を狙っていたシベットのチームが合流する。シベットによると動力室は沈黙、制圧に成功したようだ。降伏した社員たちは外へ誘導し、抵抗した者は力で黙らせたようだ。
大所帯になっての行動となり、雑談を交えながらの行進が始まる。修羅場をくぐったからこそなし得る事だろう、自分にはまだそれだけの力が無い。一夏は改めて自身の力量を理解する、
すると、前を行くハサウェイが通信を受け取る。
「どうしたんです?」
「スコールからの通信だ。外はクリア、レーンが来るらしい」
「ほぅ、あの大尉さんが」
「珍しいじゃねぇか、アイツがこっちに来るなんてよ」
ハサウェイからの連絡に、シベットのチームにいる「リドリック」とガウマンが意外そうな表情をする。
「何かおかしな事でも?」
「レーンは基本的に先陣を切る役だ、そこから本陣に来るなんて無いんだ」
「お前さんの事が心配なのかもな」
事の真意が分からず一夏が尋ねると、レイモンドが普段の調子から想像できないレーンの行動を説明する。それはヘンドリックスも同じで、もしかしたらと誂うように一夏をちらりと見る。
まさか、と返答すると、一夏の頭にまた声が響く―――。
『どうしてこんな事になるのよ!』
『いいから早く行くんだ!ここにいたら殺されるんだぞ!』
言い争う二つ声だ、一夏は声を荒げた。
「上!目標が近くにいます!」
「は!?」
「お前、何を言って…」
突拍子も無い事を口にする一夏にシベットとリドリックが声を上げる。戦場でついに精神が乱れたのかと思い、ついに一行は足を止める。レイモンドとヘンドリックスは顔を見合わせる、さっきの戦闘で一夏の直感で切り抜ける事が出来たのだ。これが偶然か必然か、確かめる価値はあると踏んだ。
ハサウェイはハイパーセンサーで社内の索敵を始めると、自分たちのいるフロアより上に移動する反応がある。一夏の言っていることは間違いでは無いかもしれない。
「一夏くん、詳しく教えてくれないか」
「二人が言い争っている声が聞こえました。恐らく男女です、正直……社長と夫人かどうかまでは」
「いいんじゃねぇか?やってみても」
「俺も一夏を信じるぞ」
一夏に同意を示すレイモンドとヘンドリックス。正気の沙汰とは思えない、シベットとリドリックは顔を顰めて見合わせる。ハサウェイもどうやら一夏を信頼しているらしい、二人はため息を吐いた。
「分かったよ、従おう」
「これで酷い目に遭ったら恨むからな?」
シベットとリドリックは根負けして一夏を支持した、一夏は感謝の意を込めて礼をする。
「こっちです…!」
「ハサウェイ、いいのか?」
ガウマンが尋ね、ハサウェイがハイパーセンサーで移動する反応を見る。
「大丈夫だ、問題はない」
「あの坊やちゃん、これで化けるかもしれないぜ?ちゃんと手綱を握っておけよ…」
ガウマン・ノビルは歴戦の軍人だ、組織の中で最も経験のある人物である。ルーキーが戻らなかった事も、戦友が目の前で木っ端微塵になった事もあった。無論、ルーキーが戦場を経験して心を病んだ事もだ。ただ、先程の一夏の目は、恐れや怯え、悦びといった感情を持っていなかった。
―――レーンの言ったとおり、「もう一人のマフティー・ナビーユ・エリン」が生まれるかもしれない。
ガウマンはため息を吐き、一行の後を追った―――。
階段を駆け上がる二人の人間、汗を流し息を切らし、焦燥に塗れていた。先を行くのは女性、濃い化粧が汗で剥がれ、お世辞にも美しいとは言えない顔だった。
「どうして、どうしてこんな事になるのよ!」
「いいから早く行くんだ!ここにいたら殺されるぞ!」
自分の境遇に声を荒げ、後を追う男性が急かす。このデュノア社は世界シェア三位を誇る企業だ、ラファール・リヴァイブは十二の国で制式採用されている。
しかし、第三世代の登場により経営の危機に陥っていたのだ。社長夫人であるこの女性が実権のほとんどを握っており、どうにか打開策は無いかと追い詰められている。
途中、デュノア社の社長である男性が何かに気づいた―――。
「待て、シャルロットを置いては…」
「あんなのどうだっていいでしょ!私が逃げ切る事が最優先なのよ!」
足を止める社長に対し、夫人は我先にと進む。社長はそれに気づいてから、足が進められないでいた。それは彼の娘だ、夫人との間に出来た子供ではない。社長と愛人の間に出来た子供であり、愛人の訃報によって社長が引き取ったのだ。
しかし、夫人がそれを許さなかった…。初対面の娘の頬をはたき、泥棒猫の娘と罵ったのだ。夫人が血の繋がらない子供を受け入れる事はなかった、ISの適性があると分かったものの、夫人は娘を会社の道具としか思っていなかったのだ。
そして、二人を引き留めるかのように銃声が鳴り響く―――。
「いたぞ!」
「マジかよ…やるなぁ、坊や」
先陣を切るレイモンドとシベット、一夏の勘が当たって感嘆としている。
「鬼ごっこは終わりだ、「アルベール・デュノア」。下手な抵抗はするな、ビームで焼くことになるぞ」
フェイスパーツを展開して、素顔を隠したハサウェイがデュノア社の長であるアルベール・デュノアを脅迫する。その後ろから飛び出すガウマンも同じでモノアイを通して社長と夫人の様子を観察する。
「チッ、一歩遅れたか…!」
轟音と衝撃を伴って、ペーネロペーが到着した。アルベールと夫人を挟む形で包囲し、ペーネロペーの背からゴールデン・ ドーンが顔を覗かせている。ハイパーセンサーで照会をかけると、目前の二人が今回のターゲットであると確信する。
「デュノア社の社長、その夫人で間違い無いわね。さて、どうするのかしら?」
スコールはこの決着を見極めるべく退いて傍観者となる。マフティーという組織がこの世界に現れて以降、亡国企業はそれに乗じて行動範囲を広げてきた。助力を求めていた篠ノ之束がマフティーに付いたこともあり、その成果は大きくなった。
篠ノ之束を取り込んだマフティーのリーダーには興味があった、それが若い青年であったと分かった時は言葉を失ったものだ。ごく普通の外見をしているが、テロという強行を難なくやってのける胆力。マトモとは言えないその精神が、自分たちと同じだということも理解できた。
今度も同じようにやってのけるのか、スコールは密かに期待をしていた。
「第三世代のISが登場して、経営が傾いているようだな…焦っているのかな?」
束の情報提供もあり、ハサウェイの手札は多い。相手の真意を知った上で粛清をする、かつてから捨てる事ができないハサウェイの拘りだった。
ハサウェイの言葉にアルベールたちは苦虫を噛み潰したように顔を歪める。ハサウェイの一手は正しい、第三世代の開発にも遅れを取り、ラファールやラファール・リヴァイブでどうにか繋がっているというのが実情である。
「企業成績や労働時間などの誤魔化し、表沙汰にはなっていない疚しいことがあるようだな」
「お前たちに、テロリスト風情に何がわかるのよ!」
痛いところを突かれ、夫人が声を荒げた。ハサウェイは尚も淡々として、デュノア社が抱えている闇を言葉にする。男性の権利を軽視した勤務体制、資金の着服や権利の乱用など、ありとあらゆる不正が暴かれる。返す言葉も無く、社長たちは顔を伏せている。
「何か間違っていることがあれば聞くが…?」
クスィーガンダムのフェイス越しに見つめるハサウェイ、社長の方はそれを受け入れているような表情をしていた。一方で夫人は拳を震わせていた、事実にも関わらずそれを受け入れられない様子だった。
「私が、私がこの企業をここまで大きくしたのよ!誰のおかげで、ここまで世界が発展したと思って!?」
自分を正当化する夫人の言葉に、誰もが呆れた様子で聞き流している。耳障りな声を聞き続けることが億劫になり、レーンはペーネロペーのビームキャノンを起動させる。
ハサウェイも同じで、ビームライフルを構えた。
しかし、二機のガンダムよりも先に、乾いた銃声が辺りに響いた―――。
―――誰のおかげで。
一夏は夫人の言葉に苛立ちを覚えていた。世界が歪んでいるという事は知っていたが、それはほんの一部に過ぎなかったのだ。目の前で戯言を吐き散らすこの女は、自分の知る歪みの集合体のように見えて仕方がない。
ISを創ったのは束であり、この女ではない。自分の功績、自分の行いが世界を動かして来たように宣うこの女が、道化に見えて薄ら笑いを浮かべてしまう。
気づいたら左手でアサルトライフルを持ち、右手は腰のホルスターに触れていた。一瞬の躊躇いはあったものの、どうでもよくなってホルスターからハンドガンを引き抜いた。
「私たちの貢献が無ければ、こんな世界なんてとっくに―――」
「…よく喋る」
ハンドガンを構えて狙いを定める。不思議と冷静でレーンの教えが蘇る、利き腕を伸ばして、もう一方の手で支えて固定する。夫人の肩を狙い、一夏は躊躇わずに引き金を引いた―――。
乾いた音が響き、シンと空気が静まり返る。残ったのは銃口の硝煙、驚きを隠せないメンバーたち、夫人の足元に滴る血であった。
「一夏くん…」
引き止めるように絞り出したハサウェイの声を聞き捨て、一夏は夫人に歩み寄る。社長にも銃口を向け、抵抗させないようにと釘を刺す。近づいてくる一夏から逃げようと、一歩ずつ退く夫人はみるみる青ざめていく。
「ヒッ、イヤアァァァ!?」
恐怖が頂点に達し、夫人は背を向けて走り出した。一夏は再び引き金を引く、それが命中せずともよかった。今の一夏には仕留められる自信があった。
放たれた弾丸は夫人の足元に当たり、それに驚いた夫人が足並みを乱す。撃たれた右肩を押さえていたせいか、受け身を取れないまま転倒した。
銃口を向け冷徹に近づく一夏を恐れ、地を這いずるかのように後退る。
「いいこと!?私に手を出したら、どんな目に遭うか―――」
「悲鳴を上げるな、神経が苛立つだろ……」
一夏は夫人の言葉を最後まで聞かなかった。遮るかのように引き金を引き、確実に夫人の命を奪った。胸と腹に弾丸を受け、夫人は事切れたように倒れた。クリアする目標はまだ存在している、一夏は顔を上げてアルベールを見据える。
弾丸にはまだ残りがあるはずだ、一夏は銃口を向ける。アルベールは事切れた夫人を見つめて目を伏せる、一夏は全てを終わらせようと引き金に指をかけた。
しかし、突如として何かに持ち上げられて撃てなかった―――。
「もういいわ、坊や。私たちの勝ちよ、もう誰も傷つけなくていいのよ…」
スコールが一夏を諭すようにしてゴールデン・ ドーンの尻尾で一夏を持ち上げていた。持ち上げられた一夏は死体となった夫人を見下ろし、銃を持っていた腕を下ろした。ハサウェイやレーンも武器を下ろし、戦闘は終わりを告げた。
社長であるアルベールは投降し、レイモンドたちによって連れて行かれた。その後に着いて行こうと歩き出した一夏だが、通路とは別の方向をジッと見つめた。
「坊や?どうしたの?」
「おい、まさかと思うけど…」
突然足を止めた一夏に声をかけるスコール、ヘンドリックスは同じ光景を知っていて嫌な予感が走った。
『―――て、助け……て』
弱々しいが、確かに声が聞こえた。確信を持った一夏はその方向へと走り出した。
「ちょっと!?」
「またかよ……」
放っておくわけにも行かず、ヘンドリックスは一夏の後を追った。スコールは訳が分からず、しばらく硬直したままだったが、しばらくしてヘンドリックスのように一夏を追ったのだった―――。
その後、一夏が走り出した先で辿り着いた一室。生活空間にしてはあまりにも空虚な部屋で、一夏は一人の生存者を発見したのだ。怯えた目をしていたが、恐る恐る一夏の差し出した手を取った。彼女をスコールたちに預け、ここからは別々に撤退となる。
来た時と同じように車両へ乗り込み、混乱に乗じてその場を逃れる事が出来た。負傷者は出たものの仲間を失う事はなかった、奇跡といえる成果を持って一夏は戦場から生きて帰ってきたのだった。
今度はヘリコプターでヴァリアントへ帰還し、残った物資を降ろして後片付けを手伝う。疲労しているはずだが、なぜか体は動く。周囲の人間から仕事を貰い、出来ることをやった。ヘリコプターから甲板に降りた時の生温い風は鬱陶しい、首元を開けて体に空気を入れる。
「やったな、坊や!」
「よく帰ってきたぞ、上出来だ」
ゴルフとシベットから肩や頭を叩かれて返答に戸惑っていると、周りから温かい視線が注がれる。一夏は頭を下げると、近くにいたガウマンから拳が差し出された。それに拳で応えると、一夏を囲むように人が集まった。
「……いや、そうとも言えないぜ?」
一夏よりも先に降りてきたレイモンドが楽な格好で輪に入る。自身の行動を思い出し、一夏は顔を伏せる。
「一夏、なんであのとき前に出たんだ?」
「それは……やらなきゃやられると思ったからです、僕ではなくレイモンドやヘンドリックスが危ないと思ったからです」
一夏の言う事は尤もだ。しかし、自分を蔑ろにする防御は危うい。いずれ自分の負傷や仲間を失う可能性が含まれている。レイモンドは一夏の意見に納得しなかった。
「お前が死んだらどうなる?」
「ど、どうって…」
「束の嬢ちゃんがどう思う?ハサウェイが責められるのはいいとして、嬢ちゃんがどんな思いをするか考えたか?」
レイモンドの意見に一夏は何も言えなかった、束を押し切ってマフティーに入ったのだ。しかもハサウェイは危険な事をさせないというルールを課している。
口約束に過ぎず、既に無用となってしまっては言い訳が出来ない。
既に多大な迷惑をかけている一夏は、また余計な心配をかけるということを想定していなかった。
「それに、まだ幼いお前が死ぬなんて…考えたくないんだよ」
「……すいません」
「でも、まぁ…よくやったな」
「僕が束に責められることはいいのか?」
叱るような形になり、レイモンドは肩を落とす一夏の頭を撫でる。遠くから雑に扱われていることに気づいたハサウェイがジッと輪を睨む。そんな様子が可笑しくなってメンバーが笑い出す。
「よっしゃあ!胴上げしようぜ!」
「これで立派な仲間入りだしな、そっち持てよ」
「え、ちょ、わ、わぁ……!」
屈強な男衆に囲まれ、為す術もなく放り上げられる一夏。遠くからそれを見つめるハサウェイ、レーンも同じようにペーネロペーに背中を預けながら見つめている。
こうして織斑一夏は戦場を生き抜き、マフティーの一員として認められたのだった―――。
その夜、一夏は目が冴えて寝られずにいた。どうにも身体が落ち着かず、部屋を出た。夜でも生温い風が吹き付け、心地よさは昼よりもマシだった。あの後、祝杯と称してメンバー間で盛り上がった。酒が飲めない一夏はノンアルコールのドリンクで盛り上がる輪の中心にいた。
会場にはジュリアもいて、少ない口数だか帰還を喜んでいた。宴が終わりを告げ、酔い潰れた者は会場で雑魚寝となり、そうでないものは割り当てられた部屋に戻った。
一夏はまだ会場で寝ている仲間たちを起こさないように厨房へ入り、軽い夜食を作ってブリッジに向かった。そこには上裸の男性が目線の高い席に座っていた。一夏の姿を見て手を挙げて挨拶する男性は「ブリンクス・ウェッジ」、このヴァリアントの艦長を務めている。
一夏はウェッジに夜食を渡すと、その声に釣られて他のメンバーが集まってくる。奥のカーテンから出てきた「チャチャイ・コールマン」はヴァリアントで通信を担当しており、無線の傍受など情報収集に努めている。チャチャイは一人分の夜食を持ってカーテンをくぐる、そこにはもう一人の通信オペレーターである「ヨーゼフ・セディ」がいた。
常にヘッドセットをしていて寡黙なイメージがある彼は、カーテンの向こう側にいる一夏と目が合う。夜食を一瞥してそれが一夏からの差し入れと気付くと、感謝の意を込めて手を挙げた。
操舵士の女性から礼として棒付きの飴をもらい、一夏は一礼してブリッジを後にした。
艦橋を暫く歩いても眠気は訪れない。無意識に彷徨うまま、彼はドックへ足を運んでいた。やはりというか、そこには作業を終えたばかりのジュリア・スガ。一夏は労う意味で貰った飴を差し出した。
「アンタが貰ったんじゃないの?」
「ん、いいよ。君の方が頑張ってるし…」
少し腑に落ちない様子だったが、ジュリアは飴を受け取った。作業を終えたジュリアは体が固まっていて、グッと体を伸ばす。ドックを出て外に出ると、封を切って飴を口に含んだ。
「……」
「なに?」
隣に立つ一夏を見るジュリア。軽薄なイメージを持っていたが、戦場から帰って来た一夏の雰囲気は違っていた。引き締まったというか、どこか鋭くなったように見えた。
「何か、あったの?」
「え、まぁ…その」
言い淀んだ一夏は遠くを見つめて独白をする。初めての戦場、死に行く者と生き残る者、一夏は零れた涙を堪えられなかった。
「止められるまで気付かなかった、僕は人殺しになったんだ。でもこれが現実だし、僕は生きてる仲間は死ななかった……良いことなのに、なんで泣いてるんだろう」
この涙の理由が分からず、一夏は声を押し殺す。枯れるまで涙を流せば大丈夫、ジュリアに見られたという羞恥心は無く、今だけの現象なのだと―――。
「―――バカ」
ジュリアは声を殺して涙を流す一夏の手を取った。本人には言わないがジュリアも一夏のことを心配している、戦場で歪み、壊れて遠くに行ってしまうかもしれないと感じた。
ハサウェイとは違った危うさを感じたのだろう。ハサウェイは恋人であるケリアを蔑ろにしたり、綱渡りのような作戦を立てていた。対して一夏は自分を蔑ろにしている節がある、こうして手を引いていなければ気づいた時には届かないところにいるような不安があった。
尚も涙を流す一夏は幼くて年相応だった。よく耳にする母性本能とは、男の弱さを見て感じるものなのだろうか……未だよく分からない感情を覚えながら、一夏が落ち着くまでジュリアはその手を握っていた―――。
とりあえず過去回はこれで区切ります、強引ですが締めさせてもらいます。
次は臨海学校くらいを書ければなーって