インフィニットストラトスー可能性に満ちた閃光ー 作:のらり くらり
ふと目を覚ます―――。
夢にしては長く、懐かしい夢だった。累 静夢は体を起こし、朧げな意識で頭を回す。確か今日は休日ではない、大事な日であったはず―――。
「……はぁ」
一つため息を吐きをすると、静夢はベッドを出た。キッチンに向かってコップに水を注ぎ、口に含んでうがいをした。口内を潤すと意識も段々と目覚めてくる、先にシャワーを浴びてさっぱりとさせ、髭を剃って身だしなみを整える。
ケトルが仕事を終えると電子音で静夢に伝える、タオルで髪を拭きながら出てきた静夢はコーヒーを淹れる準備を始める。
サーバーの蓋を取り、その上にドリッパーを置いてフィルターを折って中に敷く。適量の粉を入れ、均等にしたらケトルを持って上から注ぎ始める。円を描くように注ぐと、粉を通った湯が色に染まってサーバーを満たし始める。
間隔を置き、粉を蒸らす。この工程がコーヒーの味を左右する重要な工程となる、静夢はその数十秒の間に下着やインナー、ワイシャツを探して再びキッチンに戻る。鼻腔をくすぐるコーヒーの香り、静夢は頷いて笑みを浮かべて湯を注ぐ。円を描くように注がれた湯がサーバーを満たし、一杯分の量まで達した。ドリッパーを外し、準備していたカップにコーヒーを注ぐ。
カップに注がれたコーヒーの湯気が踊る、静夢は香りと温もりを堪能しながら啜る。舌に残る酸味と苦味、特有の味わいに静夢の心が満たされる。充足感を得た静夢は歩きながらコーヒーを飲み、机に置いてパソコンを起動させる。その間に用意した服を身に着け、腰を下ろしてメールを開いた。事前に通達された学会の詳細が記されていて、予定されているプログラムに目を通した。
まずはアマダ・ マンサン教授の挨拶が予定されている。その後は各エリアの成果や研究テーマについての発表が待っている。
これを務めるのはハサウェイで、静夢はその手伝いだ。スピーチをハサウェイに託し、プロジェクターの操作などを担当する。初めての舞台、というわけでもなく、いつもの通り裏方でハサウェイや先輩たちを支えることが静夢のミッションである。
懐かしいメンバーとの再会に心を躍らせ、静夢は熱の落ち着いたコーヒーを飲み干した。
ネクタイを締め、その上にベストを身につける。最後にジャケットへ袖を通し、内ポケットに入れてあるメガネを取り出した。最後にいつものマスクを着けて、傍らに置いてあるバッグを手にして部屋を後にする。
今朝の食堂はいつもより賑わっていて、どこか浮き足立っていた。そう、一年生は今日から二泊三日の臨海学校だからだ。いつもの喧騒がやけに耳障りで、ヴァルト・パークスは眉間に皺を寄せる。その喧騒の要因が自分であるとも知らずに……。その証として彼の後を追う更識 簪が落ち着きなくソワソワとしている。
「かんちゃ〜ん、パーく〜ん」
空席を探すヴァルトと簪に声がかけられる、ヴァルトのクラスメートで簪の幼馴染である布仏 本音だ。あいも変わらず間の抜けたような雰囲気の彼女にヴァルトは安堵する。彼女の他にも相川 清香、四条院 神楽、鏡 ナギといった面々が座っている。
手招きをされて空席に腰を下ろし、ようやく落ち着いてため息を吐くヴァルトだった。
「ようやく座れたぜ、ありがとな」
「いいえ〜」
「それよりパークスくん、イケてる私服じゃない?」
食事にありつくヴァルトの格好を見たナギが感嘆する。それを肯定するように頷く簪はどこか興奮気味だった?。
「そうか?」
静夢と出かけた時、ついでに服を見てきたヴァルト。普段の生活のせいか、流行に疎い彼はどれも同じように見えた。埋もれる原石であるヴァルトを輝かせたのは静夢だった、彼の流行に敏感な感覚が今のヴァルトの服装だ。
黒のスラックスに七分袖の白いシャツ、薄手の赤いセーターベストを着ている。エクスプロードの待機状態である指輪がワンポイントになっており、少女たちの注目の的となっている。
「確かに、髪やお顔も相まって目を惹きますね」
「……変か?」
「全然!むしろ見ちゃう!」
「そうか…」
まじまじとヴァルトを見つめる神楽、極端な言葉の受け取り方をしたヴァルトが困惑する。清香がヴァルトを肯定するとその勢いに気圧される。静夢のチョイスに間違いがなかったという安堵も含まれていた。
すると、新たに輪の中へ声をかける人物が現れる。鳳 鈴音だ。相も変わらぬ様子で、ラーメンが乗ったトレーを抱えていた。
「おはよ」
「おう」
「おはよう」
少しずつズレてスペースを作り、鈴音が腰を下ろす。
「りんりんの服カワイイね〜」
「そ、そう?まぁ、これくらいはね?」
本音の称賛に、鈴音は照れくさそうにはにかむ。トレードマークのツインテールが揺れて隣のヴァルトに触れる。
「そういえば、静夢は?」
「いや、見てないけど…」
「本日はお仕事だそうで」
「そう……」
神楽の言葉に鈴音の表情が曇る、隠しきれない乙女心は周囲にも伝わった。無人機の一件以来、静夢に対しての鈴音の態度は明らかに変化した。ただ、それに対して静夢のアクションは変わらない。友人として、静夢は鈴音と接しているのだ。
鈴音もそれにはどこか納得している様子で、周囲には二人の関係が不思議でならなかった。
「おはよう、みんな」
一行にかけられた声、彼らには聞き馴染みのある静夢の声だった。そういえば、とヴァルトは朝食を食べてから静夢が別行動をすると思い出した。
「おはよう!静夢、くん…」
顔を上げたナギの返事が不自然だった、ナギの隣に座る神楽や清香も同じで目を見張る。静夢を一目見ようと振り返った鈴音もそれは同じだった。制服でも私服でもない、植物監察官としての正装だ。少女たちは見慣れないスーツ姿の静夢に目を奪われていた、マスクを着けているがその内側はいつもと同じにこやかな笑みを浮かべているに違いない。
「よう、気合いが入っているな」
「仮にも学会だ、僕のせいで教授や先輩たちに恥をかかせるわけにはいかないさ。じゃあ、また」
ヴァルトたちのテーブルは満席で座れない、静夢は空席があるセシリアと目が合って向かって行った。セシリアの席に向かった静夢を目で追う鈴音たち、和気あいあいとしているセシリアの席ではやはり少女たちが興奮気味だ。
マスクを外して食事をしながら、静夢はセシリアたちとの会話を弾ませる。
「スゴいやつだな…」
「そうだね…」
気づけば輪の中心にいる静夢を見つめながら、ヴァルトたちは朝食を済ませた。彼らはこれから教室に集まり、手配されたバスに乗り込む予定だ。
騒がしい空気の中、ヴァルトは空担ったトレーを持って席を後にした―――。
ホームルームを終えた各クラスでは、外に手配されたバスに向かう。荷物を載せ、軽やかな足取りでバスに乗り込む少女たち。鈴音のようなボストンバッグだけの人間も多く、セシリアのようにスーツケースを転がす者も少なくない。
「急ぐんだぞ、あんまり時間もないからな」
まばらな返事を受けながら、ケネスはため息を吐いて準備を促す。彼の視界の端に静夢が映った、時計を見てバスから少し離れた場所で待機している。
「よう、学会だって?」
「おはようございます、ケネス先生」
「新しいスーツか?似合ってるぜ」
「先生ほどじゃありませんよ、もっと胸を張れるようになりたかった」
静夢は目を細めてケネスと挨拶を交わす、以前のスーツとは違うことに気づいたケネスは目敏かった。また違った印象の静夢は子供とは思えない雰囲気で、大人のそれと同等だ。
「時間がお前を大人にする、焦ることはない」
「そういうものですか?」
「ああ、様々な経験がお前の糧になる。それをどう扱うか、お前次第さ」
どこか誤魔化したような、うまく言い包められた気がした静夢。だが、そんな大人との話術が今の静夢を形成する要因だ。本音を隠した建前の応酬、欲望や策略が見え隠れする言葉には慣れてきた。そんな大人たちのおかげで世界の見え方が変わってきた、マフティーへの参加がいい例だった。
そんな事を考えていると一台の車が停まる、後部座席から出てきた青年が静夢に声をかけた。
「待たせたね、静夢」
「お疲れ様です、ノアさん。わざわざすいません」
車から出てきたハサウェイ・ノアは柔らかい笑みを浮かべている、トランクを開けて静夢の荷物を載せた。新たに爽やかな好青年が現れたことにより、現場は更に騒がしくなる。それを千冬の一喝が制し、出発の準備に気が引き締まる。
「ケネス先生、こちらはハサウェイ・ ノアさんです。僕の先輩で、教官も務めてもらっています」
「どうも、ハサウェイ・ノアです。静夢が世話になっています」
「え、あぁ、ケネス・スレッグです……」
ケネスにハサウェイを紹介し、ハサウェイもケネスへ挨拶をする。一方のケネスはどこかぎこちない様子だった、ハサウェイと会って目を見張り、強張った表情をしている。
言葉は無く、しばらく目を合わせたままで沈黙がつづく―――。
「ケネス先生?」
「!あ、あぁ、すまない……」
「………」
静夢に呼ばれ、ケネスはハッと我に返る。彼の様子を見たハサウェイも表情が曇る、言葉に出来ないこの感情が燻るように心の中でざわめく。ハサウェイは言い淀んで、喉まで出た言葉をグッと堪えて飲み込んだ。
ケネスに背を向けて、ハサウェイは車に向かった。静夢もそれに続いて車に乗り込もうとする。
「キミ……!」
車に向かうハサウェイを呼び止めたケネス、その声にハサウェイは振り返った。
「……昔、会ったことがないか?キミのような親しい友人が、いたと思うんだ……」
返答の次第では正体が知られる、静夢からケネスの存在を聞き、かつてのように警戒していた。しかし、マフティーのニュースを見ても反応は一般的だった。静夢の情報が正しければ、ケネスは宇宙世紀の記憶を持たずにこの世界に生まれ落ちたのだ。そうでなければ、教師などではなく軍でマフティー討伐に勤しんでいるはずだからだ。
静夢はハサウェイを見遣る、彼らの問題であり口を出すつもりは無かった。ハサウェイは目を伏せながらため息を吐いた。
「―――いえ、初めて会ったと思うけど?」
ハサウェイは切り捨てるように素っ気ない言葉を返す、彼の立場を考えればそうせざるを得ないのだ。苦い思いを振り切り、ハサウェイは再び背を向ける。
―――それでこそマフティーだ。
ひとまず何とかやり過ごし、静夢は安堵する。目が合ったハサウェイは未だ苦い表情を浮かべたままだ。扉を開け、静夢が後部座席に入る。ハサウェイのことも考え、運転席の後方に詰めた。
"―――ただ"
開いているドアに触れながら、ハサウェイはピタリと止まる。
「キミの友人は……幸せ者だと思う」
そう言ってハサウェイはようやく後ろのシートに入って扉を閉めた。運転手に目配せをすると、二人が乗った車は走り出してIS学園を後にする。
車が見えなくなるまで見つめていたケネスは、深く息を吐いて天を仰ぐとバスに向かう。バスの扉の前で再び目を向けると、やはりそこに二人の姿は無い。未練がましい自分に悪態をつきながら、彼はバスに乗り込んだ―――。
静夢を乗せ、幹線道路を走る車。久々の再会ではあるものの、静夢とハサウェイの間に会話が無い。ケネスとの予期せぬ再会があったからだ。
運転手を務める「円花 健吾」は重苦しい雰囲気に耐えかねて、話題を振る決心をした。
「学園生活の方はどう?」
「異性に囲まれて肩身が狭いんですよ、一人だったらどうなっていたか…」
静夢のうんざりした表情には健吾も苦笑いを浮かべるしかなかった、まだ子供でありながら植物観察官、そしてロンド・ベルのテストパイロットとして籍を置く静夢の苦労はあまりにも大きいだろう。
同期であるハサウェイの紹介で仲間として迎えられた静夢の第一印象は柔和だった、優しく気遣いのできる彼は大人の自分でも尊敬できる面があり、誰とでも分け隔てなく接する静夢に感服した。
そんな彼が抱えているものはきっと自分には計り知れないものがある、そう考えたら自ずと健吾も口数が減って車内に沈黙が訪れる。
「……とうでした?久々の再会は」
「よせよ……」
「え、あの人と知り合いだったの?ハサウェイ」
静夢の言葉にそっぽを向きながらハサウェイはピシャリと遮るが、ハサウェイの心情を知らない健吾が食い付いた。ハサウェイにとって、純粋で好奇心に溢れる健吾は構ってほしい子犬のようであった。ハサウェイのことを知りたがる健吾は様々な事を尋ねるが、今のハサウェイには煩わしい。
深いため息を吐いたハサウェイは適当な相槌を打って、寝たふりをしてやり過ごした―――。
ケネスとハサウェイの邂逅、どうなるのか…。
運転手の方はスマイルの人です