インフィニットストラトスー可能性に満ちた閃光ー 作:のらり くらり
「ふぅ……」
夕食を終え、温泉から上がったヴァルトは牛乳瓶を片手に縁側を歩いていた。今日は天気が良く、空には明るい月があった。夏が近い旅館は窓が開いていて、火照った体を冷ますにはちょうどいい。暫く歩いていると、旅館の玄関までたどり着いた。
すると、玄関が開く―――。
「よいしょ、っと……こんばんわ、夜分に失礼します」
玄関を開けた静夢がスーツケースを引っさげて合流したのだ、窓口にいたスタッフがそれに対応する。
「IS学園所属の累 静夢です。お世話になります」
「ようこそおいでくださいました、お待ちしておりましたよ」
「仕事が長引いてしまって、こんな時間になっちゃいました」
「まぁ、お疲れ様でした」
スタッフが愛想よく笑いながら静夢を迎え入れる、静夢が旅館の中を物色するように観察していると廊下にいるヴァルトと目が合った。
「終わったのか?」
「うん、どうにかね」
「成功したか?」
「言ったでしょ?僕は裏方だって、先輩たちの発表は勉強になるよ」
スタッフが用意したスリッパに履き替え、静夢は旅館に上がる。同じ部屋であるヴァルトがスタッフに代わり、静夢を部屋へと案内する。部屋の戸を開けると、三人の教師が酒盛りを始めるところだった。それぞれの手には缶ビールが握られていた。
織斑も同じ部屋だと聞いていたが、彼の姿は無かった。
「こんばんわ、お疲れ様です」
「おお、静夢!お疲れさん、飯は?」
「食べて来ました、懇親会とか挨拶の諸々を含めて」
ケネスが缶ビールを掲げて歓迎する。静夢は部屋に入って荷物を置くと、眼鏡とネクタイを外して気持ちを緩める。よほど気を遣ったのか、表情には疲れが見える。
―――すると、部屋の戸が開かれ、女将が挨拶に来る。
「ようこそいらっしゃいました、どうぞお寛ぎください」
「こんばんわ、お世話になります」
正座で挨拶をする女将に対し、静夢も同じように膝を着いて礼をする。
「お食事はどうされますか?ご用意はできますが…」
「実は、済ませて来たんですけど…いただきます、せっかく用意をしてもらったので―――」
グゥ〜〜………。
静夢が受け答えをしていると、部屋の中で腹の虫が鳴いた。それが誰のものか……部屋を見渡すと、ヴァルトが腹を押さえながら居た堪れないような表情をしていた。
「すいません、二人分でお願いします」
「ふふ、わかりました」
クスリとしながら女将は部屋を後にした。
「すまん……」
「いいって、行こうよ」
ヴァルトを連れ立って静夢は部屋を出て行った。二人を見送ったケネスは待ち侘びたビールを開け、千冬と真耶の準備を待つ。ケネスに急かされたように、二人は手にした缶ビールのプルタブを起こした。小気味よい音がケネスのワクワクする心を掻き立て、笑みを浮かべた。
「じゃあ、乾杯だ」
「「乾杯」」
三人が缶ビールを合わせ、ゴクリと煽る。炭酸の刺激が喉から胃に流れ、口に残る苦味から息を吐く。大人は酒が入ると普段からは口に出来ないものをこぼすもの、日常の愚痴から仕事の助言など様々だ。
「アイツと初めて会った時は、こんな風になるとは思いもしなかったな…」
「ケネス先生は静夢くんと会っていたんですよね?」
「そうだな、ヤワなやつだと思ってたが、とんでもない男だったよ」
かつての出会いとなる事件を思い出したケネス、まさかIS学園での再会は想像もしなかった。
「静夢だけならまだしも、ヴァルトもいるとなると大変だろ?」
「「……」」
顔を見合わせた二人は何とも言えない感想で、真耶は苦笑いを浮かべた。実際に二人はクラスの中で存在感を示している。静夢は模範的な生徒の典型であり、ヴァルトは粗暴な雰囲気でありながら吸収する姿勢を見せる。
どちらかというと、二人よりも質の悪い存在がいるのだ……。
「まぁ、深くは聞かないがな……」
千冬と真耶が思い浮かべた生徒に合点がついたケネスは敢えて口にすると、この話題はもう広がることは無かった。それからも酒と話が進んだ。泣き上戸となった千冬を宥め、先に意識を手放した真耶を布団に運んだりと、ケネスはドッとのしかかる疲労に肩を落とす。
ふと窓際の椅子に腰をかけ、大きく息を吐くケネスは、窓の向こうに浮かぶ月を見つめる。明るい月が夜を照らし、今夜は星を隠している。視線を下げると浜辺の道を誰かが歩いていた、ケネスは反射的に体が動いた。窓際に張り付き、その人物を目で追う。
ストールを肩に羽織り、長いブロンドが月光に照らされて妖艶な雰囲気を醸し出す。ケネスはその人物に心当たりがあり、部屋を飛び出したのだった―――。
夕食を終えて満腹になった体を整えるため、静夢は外に出て浜を歩いていた。波が月明かりに照らされ、道標のようになっている。昼とは違い、どこまでも広がる暗い海は果てしなかった。
ふと、ハサウェイの言葉が脳裏に蘇る―――。
『あれから二十人以上の要人を暗殺してきた……』
それは学会が終わっての帰り道だった。運転手のミツダ・ケンジとミヘッシャが会場を訪れ、静夢を目的地まで送り届ける任を得ていたようだ。ハサウェイもそれに参加し、現状報告をするように呟いたのだ。
何を伝えるのか、ミツダとミヘッシャはチラチラとミラーを気にしている。
『世界は相変わらず、変な風潮で染まっている』
『滅ぼしますか?いっその事……』
『……ッ』
『『………』』
現実を憂えるハサウェイ、静夢の極端だが清々しいとさえ感じる言葉に口を噤む。ミヘッシャたちは気が気でない様子で表情が固まる。
『学園で過ごして分かったことがあります、学園の中では現実で起こった事なんて対岸の火事…自分がそれに遭遇しない限り、自覚する事はありません』
学園の食堂で流れるニュースに目を通す静夢だが、他の生徒たちはモニターすら見ていない。彼女たちにとってニュースはBGMに過ぎないのだ。関心すら持たないその様子が真理だと理解していた。
マフティーに入ってから、ハサウェイは静夢の事を気にかけていて、しっかりと面倒を見てきたつもりだ。自分の中で正義を掲げ、直面した現実に膝を着き、それでも前に進む強さが彼にはあると確信していた。
今の静夢の答えには、かつての自分と同じものを感じ取った。純粋だと思っていた静夢が、現実という名の影に染まっているようで危うさを見せている。
『やりますか?IS学園の陥落』
『それは…!』
『分かってますよ、それは極論だ。でも、あそこがこの世界の歪みといっても過言では無いでしょう』
あまりにも突飛な静夢の言葉にミヘッシャが声を荒げる。冗談と諭すように柔らかい声で制すると、静夢は窓の向こうで夕焼けに染まる建物を見つめた―――。
「分かってるさ、そんな事…言葉で解決できないから、こうなっているんじゃないか」
心の内を吐露するように静夢が呟いた。マフティーとして活動を始めて数年、戦場で生死のやり取りを幾度も重ねてきた。その戦果で手に入れたものと失ったもの、ニュースに取り上げられても世界は変化を見せない。自分たちの行いに意味はあるのか、自分が殺めた命に価値があったのか……考え出したら止まらない、自問自答で思考は闇に落ちて行く。
ふと、足を止めた静夢は海へ向き直る。この向こう側に、この闇の中に答えがあるのだろうか……彼の足は果てしない海へと向かって行く。
"じゃあ教えてよ、この世界の歪みを正す方法を……!"
"でなければ…これまでの行いも、これまで散っていった命も報われない!"
答えの出ない闇の中を歩く苦悩、まだ幼い静夢が歩くには残酷なのだ。ISという文化の発達、その結果が女尊男卑という排泄物による世の歪み。それに危機感を抱いた者は多くない、有利な権利を求める女性たちが集団となって揉み消しているのだ。
ISという力を盾にして、傍若無人な振る舞いをする女性が急激に増加した事も事実だ。今や男性は女性が生きていく上での奴隷だ、この世から男が消えれば人類は死に絶える。そうなっては、最早取り返しがつかないだろう。
ある研究者の話では、核物質がこの星から完全に消えるまでに千年という月日が必要らしい。人の意識が変化するには、同じくらいの時間が必要だという確信もある。人類は既に袋小路に入っている、辿る結末は終焉、静夢の思考は延々と深く沈んでいく。
"ここで死ねば、楽になるのかな…"
「ダメよ、そっちに行っては―――」
狭視的になる静夢に声がかけられた、波の前でピタリと止まる。静夢が振り返った先には一人の女性、道へと続く階段に腰をかけ、長いブロンドが月光に照らされて妖艶なオーラを放つ。
「夜の海は危ないわ、魂を取られてしまうそうよ?」
「そうですか……」
女性は人から聞いた話をそのまま伝えるような言い方で、静夢はなんだか力が抜けて苦笑いを浮かべた。
「いい月ね、今日はいい日よ」
「ええ、明るい夜ですね」
二人が空を見上げる、月は変わらずその光で照らしている。言葉も無く二人の視線がぶつかり、女性は静夢を隣に促す。階段を上がって最上段に腰を下ろした静夢、靴を脱いでひっくり返すと中に入った砂を出した。
その女性は何も語らない、言葉を求めたわけでは無いが沈黙に違和感を感じた静夢は隣の女性を見る。綺麗な女性だ―――静夢の率直な感想であった。整った顔立ちだがどこか幼さが残る、ブロンドは海風に揺れて絵画かとさえ思えてしまう。
「ごめんなさいね、何か悩んでいるように見えて…」
「え、あ、うーん…大した事では無いんですか」
静夢は見ず知らずの女性に思いを吐露する、何故かこの女性に警戒心を抱くことは無かった。そう思わせるのは、やはりこの美貌に魅入られているからだろうか―――。
「そうね、生き辛い世界には違いないわ」
「はい…」
「でも、全ての女性がそういう思想に染まっているわけではないわ」
「勿論、理解しているつもりです。全ての女性がそうなれば―――」
「それは無理な話ね、ISがあっても無くても…」
「それも、理解しているつもりです…だから!」
―――マフティーのような存在が必要なのよ。
静夢は目を見開き、女性を見た。海を見つめていた彼女が静夢を見遣る、両耳にある三角のイヤリングが揺れてカチカチと音を鳴らす。詳らかに自分の正体を晒したわけではないが、彼女の核心を突く言葉は静夢の動揺を誘う。
「なんで……」
女性は戸惑う静夢に微笑んだ。
「正直ね…そういうの好きよ」
「……」
「必要以上には喋らないわ、危険になるのはイヤですもの」
「はい……」
女性の言葉は尤もであったし、静夢も踏み込まれなくて助かった。
「憶測でも、本当のことを言われると辛いですね……」
「……」
それ以降、静夢は押し黙った。再びの沈黙が二人を包む中、慌ただしい足音が迫ってきた。
「―――『ギギ』!」
ケネスであった。よほど急いでいたのか、息を荒くして肩が上下している。
「あら、ケネス。そういえば、お仕事でしたか?」
「あぁ……連絡しようと思ってたんだが、忙しくてな。お前の姿が見えたから」
「ふぅん、大変なんだ…」
興味があるのかどうか、相槌を打つ女性はケネスから静夢に視線を移した。ケネスの登場で戸惑っている静夢に説明するためだ。
「パトロンよ、私の」
「おい、冗談キツいぜ…俺は保護者だよ」
肩を竦めるて言い直すケネス、女性はクスクスと面白そうに笑った。
「……で?静夢はこんなところでもモテるのかい?」
「あら、お知り合いだったのね?」
「えぇ、先生なんです」
言ってくれればいいのに、と彼女は頬を膨らませた。自分よりは年が上なのだろうが、時より見せる幼い言動が静夢の調子を狂わせる。
「本当に、保護者なんですか?」
「お前、ギギの言葉を真に受けるなよ?本当に保護者だよ…」
どうやら女性は戦争孤児らしく、アメリカで被災してケネスが世話を見ているらしい。本当に正しいのかどうか、静夢は女性を見た。彼女はいたずらっぽく微笑んだ、ケネスの言葉は正しいらしい。
「あまり遅くならないうちに帰れよ?」
「そうします…あなたは―――」
「私、『ギギ・ アンダルシア』―――そういう言い方はちょっと」
ギギ・アンダルシアは、子供なのに大人のような振る舞いをする静夢に対して、躾けるように言い放った。
「失礼、ギギさん…ありがとうございました」
「どういたしまして。あなたに運があれば、また会いましょう?」
静夢は立ち上がってギギに頭を下げた。ケネスにも一礼をして、来た道を戻って行った。静夢の背中を見つめるケネスとギギ、二人は目を見合わせた。
「面白いヤツだろう?オレは気に入っているんだ」
「そうでしょうね…」
まだ幼さを残した少年だ、自分の色に染めたいと思うのは指導者や上に立つ人間ならではの思考だろう。ただ、ギギには記憶の中にいる「のっぺらぼう」と重なっていた……。
「難しい生き方をしてるんだ…」
「ン?なんだって?」
「いいえ、なんでも…そろそろ行くわ、体が冷えてしまって」
ギギはそう言って立ち上がる。肩のストールを巻き直し、ケネスが隣に立って歩き出した。波は間隔を乱す事なく浜を生き来し、月明かりは流れる雲に身を隠す。それは幕引きを連想させ、舞台は静寂というエンドロールを迎える―――。
翌朝、自由時間の初日を終え、二日目を迎えた。今日からは実践的な内容でISを使った授業を行う。生徒たちは広いグラウンドに集合し、専用機を持っている集団が少し離れて整列している。各国企業から送られたパッケージの試運転を行い、その結果をフィードバックさせるのが彼らの仕事である。
「うーん…」
「夜更かしでもしてたの?」
体を伸ばす静夢の横からシャルロットが顔を覗かせる。昨日は静夢と会えずに、表情だけで不機嫌だと分かる。
「まぁ、そんなところ…」
まだ身が入っていないのか、ぼんやりとした返答をする静夢。昨夜のギギ・アンダルシアとの出会いがあまりにも鮮烈だったのだ。再会は無いという理性で抑え込み、集団の前に立つ教師たちの話に耳を傾ける。
「本日より本格的に授業を行う。気を抜くと怪我をするぞ、集中するように!」
『よろしくお願いします―――!!』
千冬の挨拶を終え、授業が始まった。クラスに分かれ、教師たちが付いて輪を作る。専用機を持った集団はグラウンドを離れ、海辺の岩場に集まる。これは企業の情報漏洩を防ぐ意味があり、人目を避ける必要があった。
「ヴァルトー!!」
「…ライムか?」
そこには既に人がいて、一人の少女が手を振ってヴァルトを呼んだ。その隣には恰幅の良い少年もいて、控えめに手を振った。
「久しぶりだな、モルガンも元気か?」
「ええ、久しぶりです」
再会を喜ぶヴァルト、学園では見せない柔らかな笑みに簪は釘付けとなる。
「お友達?それと、彼女さん?」
「「いやいやいや……」」
ヴァルトに続いてやってきた静夢が、親しげに話す姿を見て尋ねる。同時に首を横に振る二人に簪は安堵の息を吐く。
「良かったわね」
「もう…」
そっと耳打ちをする鈴音に対して頬を膨らませ、簪は目の前にいる彼が出会う前のヴァルトなのだと知る。喧嘩ばかりの人間という噂をよく耳にするが、きっとそれだけでは無いのだと実感できた。
「来るなら連絡しろよ」
「いや、連絡はしようと…」
「ただ来るだけじゃ面白くないでしょ?」
そういう人間だった、ヴァルトはライムの性格を思い出してため息を吐く。モルガンは連絡を考えていたようで苦笑いを浮かべた。
「それに関しては、同意だな」
「え―――?」
聞いたことがある声に静夢は呆気に取られる。彼がここに居ることはあり得ないのだ、続いてぞろぞろと現れたのは体格の良い男たちだった。ケネスと比較すると、風紀の乱れを感じる集団だった。
「レイモンド?シベットにヘンドリックスまて……イラム、どうしたんです?」
「タクヤから強化パッケージの話があっただろ?こっちも準備がてきたんだ」
「完成したんですか?『ケッサリア』が…!」
メガネの位置を直しながら、イラム・マサムはつなぎ姿のタクヤ・イレイの肩に手を置いた。話に聞いていた兵器の目処が付いたのか、静夢の語気が変わる。
「お前が帰ってきてからって話だったけど、校外実習があるって聞いたからよ…」
「そうなんだ、タイミングが良かったんだね」
「そういうことだ、責めてやるなよ」
タクヤは嘘をついたわけではないが、静夢に話を通していなかったことに後ろめたさを感じて目を逸らす。シベット・アンハーンは間に入って静夢を宥めた。静夢はタクヤに対して怒りを感じてはいない、驚きはしたがそれが彼らにはそういう風に映ったのだろう。
「ハロー、失礼しま〜す」
しかし、そんな思考を吹き飛ばすほどの嵐が巻き起こる…。再び聞き慣れた声を耳にした静夢に緊張が走る。それは静夢だけではない、その場に集まった教師と生徒たちにも衝撃が走ったのだ。
「束、なのか…?」
千冬は振り絞るように、その人物に尋ねた。その女性は千冬を目にすると、小さな笑みを浮かべて見せた。
「久しぶり、ちーちゃん。あんまり変わらないね」
久しく会ったにも関わらず、女性は抑揚の無い声だった。千冬をジッと見て、かつてから変化を見せていない姿に言葉を漏らす。すると、女性は場の雰囲気を感じ取る。
視線を一身に受け、自分がこの状況を生み出したと理解してハッとする。
「皆さん、初めまして……篠ノ之 束で〜す」
間延びした声で自己紹介をする篠ノ之 束に言葉を失う一同、来訪を事前に打ち合わせていたイラムたちは笑いを堪えきれなかった。
静かだった海は、嵐に見舞われようとしていた―――。
ギギの登場、女神か魔女か……。
彼女もケネスのように宇宙世紀の記憶はありません、ただ引っかかりみたいなものはあるみたい。
次回からは福音を出せたらなーって…。