きくりさんに幼馴染を生やしてみただけの話 作:きくりスキー
ある日。高校生活もほんのりと終わりに向かっていく最中、幼馴染でいつも一緒にいたきくりからある宣言を受けた。これはその日の回想である。
「あのね、康ちゃん」
「どうしたきくり。そんな改まって」
きくりから話があるから家に来て欲しいと言われ、適当な飲み物と食べ物を買ってきくりの家におじゃましてすぐのこと。
何故か粛々としたきくりに連れられ、きくりの部屋へ通される。また学校やそれ以外で何かあったのかと勘ぐってしまう。
きくりとは同じ学校で同じクラスではあるものの、学校の人の前で康ちゃんと話すのは恥ずかしいとかそんなことを言われてしまったため、学校内ではあまり関われていない。話す時は人のいない場所だ。空き教室や階段裏とかの。
学校で見かけた範囲では特に何も無かったように見えたのだが、もしかしたら何かあったのかもしれない。話しかけられて少し挙動不審になってしまってもうダメかもとか。そこまで酷くもないが。
だがそういった事だとしたら、あまり暗い雰囲気を出していないのが引っかかる。何か思うことがあれば暗くなるのが通例なのだが。
「私、ベース始めようと思うの」
「なるほど…………は?」
きくりのその発言を聞いて、思わず手に持っていた飲み物を落としそうになってしまった俺は正常な反応だったと思う。
あのきくりが自分から何かをやりたいって言うこと自体それなりに珍しいが、その内容がベースを始めたい、だ。下手したら心臓が止まる。
「それで、上手くなったらバンドを組もうと思うの」
「……は、え、ベース……バンド?」
思わずきくりの言葉を復唱してしまう。呆然としてしまうのも仕方がない、ちゃんとした理由があるのだ。
きくりは幼馴染である俺から見ても、少し引っ込み思案というか、暗めの子なのだ。学校では他の人と話すところを殆ど見かけないし、いつも暗めの雰囲気を醸し出している。
俺や家族と話す時はそこまで酷くないが、それでもたまに変な方向へ話が飛ぶことがある。ついでに行動も。常識的な範疇だとは思うが、普段は大丈夫なのかと不安になったことは1度や2度ではない。
そんなきくりがベースという楽器を、ましてやバンドなんていうきらきらしたものをやると言うのだ、驚くなんてものじゃないのは自明の理だろう。
「うん。それでね、着いてきて欲しいの」
「……どこに?」
「楽器屋に!」
ふんすと意気込みながら言ってきた。つまり、1人で行くのが怖いから一緒に行こうという話だろう。それはまあ、いつも通りだ。
でも、最近よく悩んでは落ち込んで、今まで見た事ないぐらい沈んでいた。勿論、色々な話をして相談も乗ってはいた。それでも中々どうも出来なかったから、見つけられたみたいで何よりだ。助けになれていたらいいのだが。
◆◇◆
「それで、その楽器屋の前まで来たが……そんな怖いか?」
「当たり前じゃん!? だってこんな……こんな……」
「って言われても、普通に綺麗な店……いや、まあオシャレ過ぎるか」
行きたい楽器屋の場所を聞き、家を出る時からやっぱ辞めようとか言い出したきくりを引っ張ってようやく辿り着いた楽器屋。
色合いや雰囲気がなんとなく普通の店とは違う。きくり風に言えばなんかキラキラしてる、だろうか。楽器屋とはこんなものなのかと納得すればいいのだが、きくりは違う。
そもそもこういった何かの専門店だったり、個人店、隠れた名店などには行かないし行けないのだ。コンビニやスーパーぐらいなら行ける。そんなきくりにこの店は早過ぎた。
「やっぱり帰らない?」
ぷるぷると震えながらこちらを見あげる様は、まさに小動物だ。こんなきくりが見られるのもそう長くないのかと思うと感慨深いものがある。
ベースを始めて、バンドもやるとなれば度胸は必要だし、今まで見た事ないような人とも関わることになるだろう。そうなれば、どう変わるかは分からないが暗い雰囲気も減っていくはずだ。
落ち着かせるために頭を撫でる。小学校に入る前に1度やってからの慣習だ。こうすると少しずつ落ち着くらしい。猫を思い出さなくもない。
「……ふぅ。なあきくり。ベース、やるんだろ?」
「……うん」
「ならここで立ち止まらないで進むべきだろ?」
「う、ん」
「よし、ほら入るぞ」
「うぇぇぇ?! ちょっ、待ってよ康ちゃん、まだ心の準備が」
喚くきくりを引っ張って楽器屋に入る。中に入ると幾つあるかわからないぐらい楽器が並んでいた。大体はギターとベースだろう。標識にもそう書いてある。
メンテナンスなどに使う細々とした物も少なくない数置いてあり、そこそこ大きな店だ。
「ベースはあっちみたいだな。きくり、向こうに……」
ベースのある方を見つけてそちらに連れて行こうとすると、きくりが静かなことに気付いた。きくりの方を見ると、楽器の方を見て固まっていた。
「おーい、きく、り……」
きくりの顔を覗き込むと、思わず見とれてしまった。あのきくりが目を輝かせて見ているのだ。今まで見た事ないような表情を浮かべて。
「……あ、ごめんね康ちゃん。ちょっと想像以上で意識が飛んじゃってたかも。って、康ちゃん?」
「っ、あ、ああ。向こうにベースあったぞ」
「わかった。じゃあ行こう!」
店に入る前までの怯えはどこかへいったようで、随分と張り切っている。おそらく好奇心などが振り切ったんだろう。
その後、ベース選びで一悶着あったものの、無事に買うことが出来た。買ったベースを受け取った時のきくりは、誰にも見せたくないくらいに良い表情だった。
その意気のまま家に帰った後、ベース教えてと泣きつかれたのはまた別の話。
◆◇◆
「あれ〜? 康ちゃんどしたの? そんな穏やかな顔しちゃってさぁ」
酔っ払ったきくりに突っつかれて意識を戻す。周りを見ると一緒に飲んでいた人達は全員酔い潰れていた。そこそこの時間耽っていたらしい。
「ん? ああ、ちょっと昔を思い出してただけだ」
「なーにを思い出してたの」
そう聞かれ、素直に話すかどうか迷う。あの頃のきくりの話はあまり人前でしたくない。まあ、皆寝てるしいいか。
「んー……きくりがベースを始めて買った時のこと」
「うぇ!? ここでそんなこと言わないでよー」
思いっきり体を揺さぶられる。酔いやすさに関わらず気持ち悪くなりそうなぐらい揺らされる。いつも通り相当酔ってるな、これは。
きくりの顔を見れば真っ赤になっている。恥ずかしさと酔いが半々ぐらいな感じだ。写真に撮ってシラフになった時に見せてやろうか。きっと良い反応が見れるだろう。
「そっちが聞いたんだろ……ま、俺もここで話すのは嫌だしな。ほら、そろそろ酒も終わりにしろよ?」
「えー、もっと飲もうよ〜」
「はあ……」
そのまま散乱したテーブルの上にあった酒をがぶ飲みし始めるきくり。あの時止めておけばもう少しマシだったかなと思ってしまう。今更言っても遅いが。
それでも倒れたりしては困るどころか俺の心臓が止まるので、肝臓を含めた身体に良い物を作って食べさせたり、独自に研究したアルコールの影響を抑制させる方法を行ったりしている。
医者はきくりが逃げるから中々連れていくことが出来ない。やはり改めて大学に入り直して医師免許取りに行くべきだろうか。だが拘束期間が長すぎる。知り合いに医師免許を取らせた方が早い。信頼出来る医者を山田さんにでも紹介して貰おうか。伊地知さんにもどうにかしろって散々言われてるし。
どうしたものかと悩んでいる内に、1度お開きということになった。酔いつぶれている人達が唸りながら起き上がるのはさながらゾンビのようだった。
この店で飲み終わった後、何軒もハシゴしてとあるギターを弾く少女と出会うことになるが、まだこの時は知る由もない。
続かない。気が向いたら更新するかも。