ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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106話 ただ独り乗り遅れて……

 

 とある一室。

 1人の少女が上半身を起こしてベッドに乗っている。

 

 彼女の名は――白上フブキ。

 

 ミオとおかゆがその部屋を訪れると、フブキは困った様子で出迎えた。

 

「おはよ、フブキ」

「フブキちゃん、おはよ」

 

 軽い朝の挨拶だが、返答まで間が空く。

 

「……お、はよ……ございます」

 

 小さく会釈して、仰々しく返す。

 ミオとおかゆの浮かない表情が怖くなって、フブキは毛布を強く握った。

 

「……調子はどう? 気分とか、悪くない?」

「……はい……それは、もう……全然平気です」

 

 力無い答え。

 全く平気ではない。

 だが正直、ミオもおかゆも素直に心配できるほど心に余裕がない。

 10秒ほど無言で俯いていた。

 

「あ、あの……」

 

 その沈黙を破って、フブキが控えめに声を上げた。

 2人はフブキの目を見つめる。

 

「聞いても、いい、ですか……? 私の事、いろいろ……」

「「――――」」

 

 ぐっと心が締め付けられた。

 既に昨日、状態を聞いた上で一度顔を合わせているが、やはり受け入れ難い。

 

「……っ」

 

 ミオが涙ぐんで顔を背けた。

 おかゆがその肩に手を伸ばしたが、掴む間もなく部屋を飛び出してしまった。

 

「ぁ……」

「ミオちゃん……」

 

 おかゆは追い掛けたい衝動に駆られる。

 しかし今飛び出せばフブキを一層不安にさせてしまう。

 ミオならそこまで理解が及ぶだろうから、優先すべきはフブキの方。

 だが……今のフブキと2人きりで狭い部屋に同席し続けるのは……。

 

 こんこん。

 

「入るぞ」

 

 そこへトワとノエルが訪問して来た。

 許可する前に扉を開いてゆっくり中へと踏み込む。

 

「あ、ご、ごめん2人とも」

 

 2人の入室をいい事に、おかゆも部屋を飛び出した。

 逃げるその背を、フブキは儚げに見つめて――逸らした。

 

「仕方ねぇよな」

「そうじゃね……」

 

 付き合いの短い2人でも、対面するだけで心苦しくなる。

 ミオとおかゆの心持ちなど……想像もできない。

 

「…………」

「あんま気にすんなよ。2人も、フブちゃんも、悪くねぇんだから」

「……はい」

 

 トワが一つの椅子をベッドの隣に移動させて座った。

 ノエルは立ったまま。

 

「何話とったん?」

 

 ミオとおかゆの飛び出す現場を見ている為、聞かずにはいられない。

 ノエルが尋ねるとフブキは小さく口を開いた。

 

「私の事を……聞こうと……」

「そうか」

 

 誰からも切り出せない様な事を、自ら聞くとは。

 これもある意味、大した勇気。胸が苦しくなるわけだ。

 

「トワからでよければ、話そうか?」

「お願い、します」

 

 トワはこれまでの旅路の思い出と、知り得る限りの周囲との関係を語った。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 部屋を飛び出したミオは見覚えの無い城の廊下を掛けた。

 だが、飛び込む部屋が無く、とある階段に蹲るしかなかった。

 その背中を見つけたおかゆは隣に腰を下ろす。

 一度周囲を見回すが、今のところ人気はない。

 

「ごめんね、おかゆ」

「んーん。気持ち、分かるよ」

 

 涙ぐんで謝罪するミオの背に手を乗せて、優しく撫でた。

 おかゆだって悲しい。フブキの記憶が盗まれ、ころねも連れ去られた。

 しかしミオとおかゆの精神的負荷の差は大きい。

 おかゆは洗脳解放から一月ほどが経過したが、ミオは記憶が戻って1日半。

 心の整理なんてつくはずもない。

 

「ミオちゃん」

「んぅ……な、なに……?」

 

 鼻水を啜って目頭に涙を溜める。

 まだ汚い顔のままおかゆの顔を見た。

 

「洗脳されちゃった日の事、覚えてる?」

「うん、っず……覚えてるよ」

 

 おかゆは苦笑いを一度浮かべて、それを大きな微笑みに変える。

 

「あの時、助けてくれてありがとう」

 

 ずっとお礼を言いたかった。

 2人にも。

 

「……うん」

「取り敢えず、ミオちゃんに言えてよかった」

 

 これであくあとミオにはお礼が言えた。

 あとはころねだ。

 

「おかゆも――」

「んーん」

「ぅ、え――?」

「今回僕は、何もしてない――いや、何もできてない」

「…………」

 

 俯くおかゆの語気が強まって、ミオが言葉を止めた。

 ハッとしてミオに向き直るとおかゆは苦笑した。

 

「ごめんね。僕が慰めに来たのに……」

「いいよ……気にしないで」

 

 思い返せば、この2人で会話する機会は過去にもそう無かった。

 大抵フブキところねがムードメーカーを務めていたから。

 何に関しても、ミオとおかゆは臆病であったし。

 だから少し――気まずい。

 

「……おかゆ」

「――ん?」

 

 ミオが小さく呟いた。

 

「うち、フブキに海賊誘われた時、表では反対してたけど……本当は一緒に行きたいって思ってたんだ」

「――そうなんだ」

 

 やっぱり、と言いかけた口を閉じて別の相槌を捻り出した。

 

「でもね、うちがそう思う理由……ちょっと複雑で……」

「へ、複雑……?」

「うん……」

 

 照れ臭そうに頬を染めて、ミオは苦笑した。

 その告白は予想外だったので、おかゆもつい変な声を漏らしてしまう。

 

「海賊とか、冒険とか……あんまり興味無いんだけど、うちはフブキが遠くに行って欲しくなかった……。フブキとお別れしたくなかった……」

「……うん」

「だから、表向きは反対して、フブキが考え直してくれたらな〜って思いつつ、裏ではフブキが海に出ることになった時、うちも同行するために少しずつ鍛えたりとか……」

「そう……だったんだ」

 

 おかゆは上手く相槌を返せなかった。

 だがミオはそんな些細な事、気付かない。

 

「能力だって、フブキがあんなこと言う前だったら食べてなかったと思う」

 

 幾つかはおかゆの想像通りだったが、肝心の部分が的外れでおかゆは後ろめたい気持ちになる。

 心が泥の様に溶けゆく……そう錯覚した。

 

「でも結局、フブキは1人で道を選んで、おかゆもそれに続いて……こんな事にはなったけど、夢に生きてる」

「――――」

 

 その一言でおかゆの心は溶けてしまった。

 ミオの無意識的な口撃が、無情にもおかゆを弱らせる。

 

「お別れは悲しいけど、どんなに仲のいい友達でも、いつかはお別れしないといけないよね。それこそ、2人一緒に死ぬ、なんてできないし」

「そう……だね」

「――だからうち、決めたよ」

「――なにを、きめたの?」

 

 ミオは腰を上げて階段の中央で立ち上がる。

 揺るがない瞳でおかゆの目を見つめ。

 

「うちはフブキところねを助ける為に、みんなに同行させてもらう。そして2人の記憶を戻したら、きちんとフブキとおかゆの船出を見届けたい」

 

 ミオの瞳が眩しい。

 真横にいるのに、遠くを眺めている様な気持ちだ。

 

 また――同じ事をしている。

 フブキに謝ったはずなのに、今度はミオを勝手に同属扱いして、自滅して。

 

 

(僕は――なんにも成長していない)

 

 

「もしころねも行きたいって言ったら、それも応援するよ。でも……あはは、ころねも居なくなっちゃったら、流石に悲しいかも……」

 

 ミオは如何なる場合でも、海賊にならない事を決めたらしい。

 4人とももう大人だ。

 自分の道を選択するのが、遅過ぎるほどには。

 

 フブキは怒るかもしれないが、ミオに海賊は似合わない。

 あの写真だって……こうなる事を見越してフィルムに収めたのだから。

 

 

「……じゃあ、頑張って2人を助けよう」

「うん――‼︎」

 

 

 おかゆはまたしても、ぎこちない笑みを浮かべて友達を演じたのだった。

 

 

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