とある一室。
1人の少女が上半身を起こしてベッドに乗っている。
彼女の名は――白上フブキ。
ミオとおかゆがその部屋を訪れると、フブキは困った様子で出迎えた。
「おはよ、フブキ」
「フブキちゃん、おはよ」
軽い朝の挨拶だが、返答まで間が空く。
「……お、はよ……ございます」
小さく会釈して、仰々しく返す。
ミオとおかゆの浮かない表情が怖くなって、フブキは毛布を強く握った。
「……調子はどう? 気分とか、悪くない?」
「……はい……それは、もう……全然平気です」
力無い答え。
全く平気ではない。
だが正直、ミオもおかゆも素直に心配できるほど心に余裕がない。
10秒ほど無言で俯いていた。
「あ、あの……」
その沈黙を破って、フブキが控えめに声を上げた。
2人はフブキの目を見つめる。
「聞いても、いい、ですか……? 私の事、いろいろ……」
「「――――」」
ぐっと心が締め付けられた。
既に昨日、状態を聞いた上で一度顔を合わせているが、やはり受け入れ難い。
「……っ」
ミオが涙ぐんで顔を背けた。
おかゆがその肩に手を伸ばしたが、掴む間もなく部屋を飛び出してしまった。
「ぁ……」
「ミオちゃん……」
おかゆは追い掛けたい衝動に駆られる。
しかし今飛び出せばフブキを一層不安にさせてしまう。
ミオならそこまで理解が及ぶだろうから、優先すべきはフブキの方。
だが……今のフブキと2人きりで狭い部屋に同席し続けるのは……。
こんこん。
「入るぞ」
そこへトワとノエルが訪問して来た。
許可する前に扉を開いてゆっくり中へと踏み込む。
「あ、ご、ごめん2人とも」
2人の入室をいい事に、おかゆも部屋を飛び出した。
逃げるその背を、フブキは儚げに見つめて――逸らした。
「仕方ねぇよな」
「そうじゃね……」
付き合いの短い2人でも、対面するだけで心苦しくなる。
ミオとおかゆの心持ちなど……想像もできない。
「…………」
「あんま気にすんなよ。2人も、フブちゃんも、悪くねぇんだから」
「……はい」
トワが一つの椅子をベッドの隣に移動させて座った。
ノエルは立ったまま。
「何話とったん?」
ミオとおかゆの飛び出す現場を見ている為、聞かずにはいられない。
ノエルが尋ねるとフブキは小さく口を開いた。
「私の事を……聞こうと……」
「そうか」
誰からも切り出せない様な事を、自ら聞くとは。
これもある意味、大した勇気。胸が苦しくなるわけだ。
「トワからでよければ、話そうか?」
「お願い、します」
トワはこれまでの旅路の思い出と、知り得る限りの周囲との関係を語った。
――――――――
部屋を飛び出したミオは見覚えの無い城の廊下を掛けた。
だが、飛び込む部屋が無く、とある階段に蹲るしかなかった。
その背中を見つけたおかゆは隣に腰を下ろす。
一度周囲を見回すが、今のところ人気はない。
「ごめんね、おかゆ」
「んーん。気持ち、分かるよ」
涙ぐんで謝罪するミオの背に手を乗せて、優しく撫でた。
おかゆだって悲しい。フブキの記憶が盗まれ、ころねも連れ去られた。
しかしミオとおかゆの精神的負荷の差は大きい。
おかゆは洗脳解放から一月ほどが経過したが、ミオは記憶が戻って1日半。
心の整理なんてつくはずもない。
「ミオちゃん」
「んぅ……な、なに……?」
鼻水を啜って目頭に涙を溜める。
まだ汚い顔のままおかゆの顔を見た。
「洗脳されちゃった日の事、覚えてる?」
「うん、っず……覚えてるよ」
おかゆは苦笑いを一度浮かべて、それを大きな微笑みに変える。
「あの時、助けてくれてありがとう」
ずっとお礼を言いたかった。
2人にも。
「……うん」
「取り敢えず、ミオちゃんに言えてよかった」
これであくあとミオにはお礼が言えた。
あとはころねだ。
「おかゆも――」
「んーん」
「ぅ、え――?」
「今回僕は、何もしてない――いや、何もできてない」
「…………」
俯くおかゆの語気が強まって、ミオが言葉を止めた。
ハッとしてミオに向き直るとおかゆは苦笑した。
「ごめんね。僕が慰めに来たのに……」
「いいよ……気にしないで」
思い返せば、この2人で会話する機会は過去にもそう無かった。
大抵フブキところねがムードメーカーを務めていたから。
何に関しても、ミオとおかゆは臆病であったし。
だから少し――気まずい。
「……おかゆ」
「――ん?」
ミオが小さく呟いた。
「うち、フブキに海賊誘われた時、表では反対してたけど……本当は一緒に行きたいって思ってたんだ」
「――そうなんだ」
やっぱり、と言いかけた口を閉じて別の相槌を捻り出した。
「でもね、うちがそう思う理由……ちょっと複雑で……」
「へ、複雑……?」
「うん……」
照れ臭そうに頬を染めて、ミオは苦笑した。
その告白は予想外だったので、おかゆもつい変な声を漏らしてしまう。
「海賊とか、冒険とか……あんまり興味無いんだけど、うちはフブキが遠くに行って欲しくなかった……。フブキとお別れしたくなかった……」
「……うん」
「だから、表向きは反対して、フブキが考え直してくれたらな〜って思いつつ、裏ではフブキが海に出ることになった時、うちも同行するために少しずつ鍛えたりとか……」
「そう……だったんだ」
おかゆは上手く相槌を返せなかった。
だがミオはそんな些細な事、気付かない。
「能力だって、フブキがあんなこと言う前だったら食べてなかったと思う」
幾つかはおかゆの想像通りだったが、肝心の部分が的外れでおかゆは後ろめたい気持ちになる。
心が泥の様に溶けゆく……そう錯覚した。
「でも結局、フブキは1人で道を選んで、おかゆもそれに続いて……こんな事にはなったけど、夢に生きてる」
「――――」
その一言でおかゆの心は溶けてしまった。
ミオの無意識的な口撃が、無情にもおかゆを弱らせる。
「お別れは悲しいけど、どんなに仲のいい友達でも、いつかはお別れしないといけないよね。それこそ、2人一緒に死ぬ、なんてできないし」
「そう……だね」
「――だからうち、決めたよ」
「――なにを、きめたの?」
ミオは腰を上げて階段の中央で立ち上がる。
揺るがない瞳でおかゆの目を見つめ。
「うちはフブキところねを助ける為に、みんなに同行させてもらう。そして2人の記憶を戻したら、きちんとフブキとおかゆの船出を見届けたい」
ミオの瞳が眩しい。
真横にいるのに、遠くを眺めている様な気持ちだ。
また――同じ事をしている。
フブキに謝ったはずなのに、今度はミオを勝手に同属扱いして、自滅して。
(僕は――なんにも成長していない)
「もしころねも行きたいって言ったら、それも応援するよ。でも……あはは、ころねも居なくなっちゃったら、流石に悲しいかも……」
ミオは如何なる場合でも、海賊にならない事を決めたらしい。
4人とももう大人だ。
自分の道を選択するのが、遅過ぎるほどには。
フブキは怒るかもしれないが、ミオに海賊は似合わない。
あの写真だって……こうなる事を見越してフィルムに収めたのだから。
「……じゃあ、頑張って2人を助けよう」
「うん――‼︎」
おかゆはまたしても、ぎこちない笑みを浮かべて友達を演じたのだった。