ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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110話 ――船長――

 

 

 マリンを看病していた部屋の2つ隣の部屋にフブキを除く一味全員が集められた。

 

 詳しい説明も無く集められたポルカとみこ以外の者は酷く困惑していた。

 部屋に入り、隅の方で泣いているみこを目にすると、余計に困惑する。

 

 ポルカはやけに思い詰めた顔をしているし、おかゆの顔も赤く腫れていた。

 しかも、おかゆがあくあにしがみ付いて離れないのだ。

 

「……なんか、暗いな」

「どしたん?」

 

 最後に入室したノエルとトワが一同を見回してそう口にした。

 ポルカがここまで憔悴した様子を見せるのは、本当に珍しい事。

 トワの知る中では一度もないが、乗船後でも1人こっそり泣いた事はある。

 

「……来たことだし、話す」

 

 小さく座り込んでいたポルカが立ち上がると、みこ以外が首肯した。

 みこだけは知っているようだ。

 

「……船長が泣いてる」

「…………ホントか?」

「本当」

 

 想像がつかなかった。

 勝手ながら、マリンはいつも元気なものだと……。

 

「何で泣いとんの? お腹痛いとか、足の小指ぶつけたとかじゃ無いん?」

「はは……それなら良かったんだけど」

 

 ノエルの冗談混じりの問いにも重たいため息を吐いて返す。

 酷く自分に落胆している様に見える。

 

「……理由を話してくれないんだよ」

「――は?」

「――」

 

 トワが低い声音で疑問符を浮かべた。

 ポルカは唖然とする。

 

「ちょっと強引に聞こうとしたら、柄にも無く怒鳴られて……みこちもずっと泣いてんだよ……」

「……今は、どうなってるの?」

 

 おかゆがあくあの服の袖をぎゅっと握りながら尋ねる。

 

「ぺこらさんと、まつりさんが話聞いてる……ぽい、かな」

「おかしいだろっ‼︎」

 

 ガンッ、とトワが壁を蹴った。

 質が良いので穴は開かなかったが、靴の汚れが写った。

 

「何で――何でトワたちに話さねぇんだよ‼︎」

「…………」

 

 トワの怒りも分かるが……想像以上に憤慨していた。

 ポルカに詰め寄るが、攻める相手が違う。

 いや…………攻める相手なんて本来存在しないんだ。

 

「多分……異世界の、事なんだろうよ……」

「んな事は関係ねぇ‼︎」

「――――」

 

 トワが怒鳴り散らす隣で、ノエルだけが首を傾げていた。

 

「話の中身がどれだけデカくて、どれだけ意味不明でも! 船長がその思いを真っ先に話すのが、何でトワたちじゃないんだ‼︎」

「「「「…………」」」」

「トワたちは――‼︎ トワたちは……仲間なんだろ……⁉︎」

 

 トワの悲痛な叫びが皆の心に染み渡り、漸く事の重大さに気付く。

 

 全員が俯いて思い詰めた表情を隠した。

 

「……きっと、あたしらのせいだ」

「…………」

「船長だって1人の女性で、あたしらと同じくらい悩むし、抱え込む。なのに、いつも元気に笑ってて、一味の事考えて、寄り添って……親切だったから、ついついそれに甘えちまって……」

「――――」

「『船長! 船長!』って神様みたいに祀りあげて……『船長なら大丈夫』とか『船長に任せよう』とか、どんどん重荷背負わせて……」

 

 ポルカは頭を抱えてまた座り込み、蹲った。

 

「何やってんだ……くっそ……」

 

 組織の頭のダメージは間接的に組織全体へと伝播する。

 

「……確かにポルカの言う通り、マリンが困った時に頼ろうと思えなかった、ってのはノエちゃんたちに問題があるね」

「……ノエルちゃんはまだ、日が浅いし」

「関係無いよ。付き合いが短くても、仲間は仲間。頼りにならなかった事実に変わりはないし」

 

 あくあがすかさずフォローするが、ノエルは自分の非を肯定した。

 

「……今のままじゃ、ダメだ、あたしたち」

 

 涙ぐんだ瞳を上げて、ポルカは立ち上がった。

 副船長として、彼女は人一倍思いが強い。

 

「今まで船長を頼ってきた様に、いざって時は船長があたしらを頼れる様な一味にしなくちゃいけない」

「でも、どうやって……」

「それは……」

 

 

 その時――ガチャっと扉が音を立てた。

 

 

「「「「「「――――」」」」」

 

 

 静かに動く扉からよく目立つ海賊帽を被った女性が入室してきた。

 顔が全体的に少し赤く、よく泣いたのだと一目で分かった。

 

「や、やあ皆さん。お集まりで……」

 

 遠慮がちに普段のノリを試してみるが、瞠目した一味の視線に当てられて言葉が詰まる。

 パタンと後ろ手に扉を閉めて、下手に苦笑してみるがやはり表情が変わらない。

 静寂が心苦しい。

 

 一先ずポルカとみこに視線を向けた。

 

「ポルカ、みこち、ごめん。さっきは怒鳴っちゃって……」

「……ぁ、ぃゃ」

「まりんたん……」

 

 想像を絶する復帰の速さに小さな安堵が生まれてしまう。

 大した事なかったのか、と内心少しでも考えた自分が馬鹿らしい。

 

「いい……けど……」

 

 空いた口が塞がらず、テキトーな言葉がポルカの口から溢れる。

 みこもマリンの無事を前にして弱々しくだがはにかんだ。

 2人の親切な対応にマリンはホッと胸を撫で下ろす。

 

「船長」

「――はい」

 

 トワがマリンを呼びながら距離を詰めた。

 若干身構えつつ其方を向くと、嘗てないトワの様相を目にした。

 その姿に身が竦む。

 

 間近まで迫られ、何と言われるか怯えていると――

 

 パチンっ…………

 

「――――、――――、…………」

 

 視線がブレた。

 ぱさっ、と帽子が床にひっくり返って落下する。

 意識が定まるとトワが視界の端に移動していた。

 何故か左頬がヒリヒリと痛み、空いた口が塞がらず、ぷるぷると唇を震わせていた。

 

 トワの方へ向き直りながら、左手を頰に添える。

 

「……ぁ、ぇ」

「トワちゃん――⁉︎」

 

 トワが一度も見せた事のない仲間への怒りと形相。

 なんせマリンにビンタを浴びせるほどなのだから。

 周囲だって困惑する。

 

「船長、トワに言ったよなぁ! 『トワが思ってる以上に仲間を信頼してる』って‼︎ なぁ⁉︎」

「ぅぇ…………」

「『船長のこと信じろ』って、言ってたよなぁ⁉︎」

「ぁ……ぅ……」

 

 マリンの目と口が痙攣を始めた。

 強烈な叱責に、無意識に涙と鼻水と唾液が流れる。

 

「悩みを真っ先に打ち明けてくれるくらいには信頼されてると思ってた‼︎ なのに何でポルカに話さねぇんだ‼︎ みこちに話せねぇんだ⁉︎ なぁオイ‼︎」

「そ、れは…………」

「どんな悩みでも話してくれると信じてたんだ‼︎ 船長が言うなら、って信じてたんだよ‼︎ あの日あの時、信じる事にしたんだよ、トワは‼︎」

「ぅ…………」

「なのに、アレは――ッ――嘘だったのかよ……‼︎」

「ち、ちがっ……そんな、嘘じゃ……」

 

「もう散々なんだ‼︎ 仲間を裏切るのも‼︎仲間に裏切られるのも‼︎」

 

 感情に身を任せて怒鳴りつける。

 怒り狂うトワの瞳から大粒の涙が溢れた。

 

 大好きだった騎士団を追放され、嘘塗れで一味に加わって、一味が大好きになって、大好きな一味に裏切り者がいると疑って、結局裏切り者なんていなくて……。

 

 もう懲り懲りだ、こんな人生。

 大切なものを一生大切にしたい。

 嘘偽りのない仲間に囲まれたい。

 トワの願いはもはや、それだけだと言っても過言ではない。

 

 辛い時に支え合って、本音をぶつけ合える仲間でいたい。

 それだけなんだ。

 

「約束しろよ船長‼︎ 悩みは全部一味に話すって‼︎ トワたち何でも聞く! どんなに信憑性の薄い話でも、どんなに重たい話でも、親身なって一緒に抱えるから! 約束するから‼︎ だから約束してくれ、船長‼︎‼︎」

 

 がしっと両肩を掴まれた。

 衝撃でまたまた涙が垂れる。

 何故涙が枯れないのか不思議なほどに、溢れ出る。

 

「……マリンたん! みこもね、頼りないかもしれないけど、何でも聞く! マリンたんが辛い時、側で話を聞いてあげたい! 好きだからってゆうのもあるけど、やっぱり仲間として、聞いてあげたい。んーん、聞かせてほしい!」

 

 みこがマリンに涙を散らして駆け寄って、ぎゅっと抱きしめた。

 

「船長。ポルカといる時が1番気が楽だって言ってくれてたよな。あれ、結構嬉しかったんだ。副船長としても、尾丸ポルカとしても、そうありたいなって思った。だから、困ったらいつでもあたしのとこに来てくれよ……」

 

 両手で全身の震えを握りしめて、ポルカは必死に訴えた。

 

「僕はこの船に乗って色々な事を知れたよ。それもこれも、船長さんのお陰。恩返し、って言うと安く聞こえちゃうけど、船長さんが困った時、僕にも相談してほしい。僕も歴とした一員として迎え入れてほしい――ワガママだけど」

 

 おかゆがあくあから手を離し、熱い眼差しで語りかけた。

 

「……あたし、結構船長に冷たく当たってたかも知れないけど……。アレでも一応それなりに、感謝とか、信頼とかしてるから……うん」

 

 ツンデレ風に視線を逸らして、口先を尖らせるあくあ。

 

「ノエちゃんは加入したてでイマイチ分かっちょらんけど……マリン、って呼ばせたの、意味があるんよね。ちょっと嬉しかった。距離縮めてくれて」

「――――」

 

 母性を感じさせる微笑をマリンに向けた。

 

 トワに始まり、それぞれの思いを受け取ったマリンの顔は、もう涙やら鼻水やらでぐちょぐちょだった。

 子供の様にわんわんと声を上げて泣いた。

 

 

 泣き終えて来たはずなのに、幾らでも涙が溢れてもう大洪水。

 ここでも10分くらい泣き喚いて、一味に慰めてもらって、漸く言葉を詰まらせながらも話せる程度に落ち着いた。

 

 

「落ち着いた?」

「……ん、っ……」

「トワ様も」

「……うん」

 

 冷静になると想いを吐露した事が恥ずかしくなり、羞恥心で真っ赤に染まった。

 

「今さっき、ぺこらさんたちに話したんだろうけどさ。あたしらにも、改めて話してくれよ。何を抱えてたのか」

「……ぅん゛っ」

 

 マリンは抱えていた想いの全て打ち明けた。

 この世界に来て1人寂しかった事。知り合いが敵で怖かった事。初めは打ち明けようと思っていた事。打ち明けられなかった理由。船長として見栄を張っていた事。

 大切な事は当然、些細な事も何もかも、包み隠さず全てを曝け出した。

 

 一通り話し終えると、一度静寂が広がって、マリンの鼻を啜る音が大音量で響いた。

 

「……まあ、大変だったんだろうな、うん」

「はは……大変でしたよ、もう……」

 

 スケールが一般人と違いすぎて、他人事のような感想しか出てこなかった。

 マリンは乾いた笑いで場を繋ぐ。

 

「今回の件、船長もあたしらもダメだった。全員が各々の在り方を見直す必要がある」

 

 ポルカが不意に切り出した。

 唐突すぎて皆呆然としている。

 だがポルカは続けた。

 部屋の中央に立って視線を一身に集める。

 

「その第一歩として、思いついたんだ」

「「――?」」

「つーか、ノエルの話から閃いたんだけど」

「ノエちゃん?」

 

 ポルカは「ああ」と明るく笑った。

 

「船長呼び、やめよう」

「…………」

「へへ。いいね、それ」

「ああ、いいんじゃね?」

 

 上下関係は大切だが、この一味の距離感としてそれは誤りだ。

 船長船長と持ち上げる事で上下関係は確立されるが、それだけ上下間で距離が出来てしまう。

 そうなると、マリンは仲間を頼り辛い。自分が船長だからしっかりしなくては、と無駄に気張って抱え込む。

 その結果再び今回のようになっては意味がない。

 だからマリンとの小さな壁を取っ払う。

 これがポルカの思いついた案。

 

 おかゆとトワが真っ先に賛同した。

 ノエルとみこは既にその域に達しているので、あとはあくあとここに居ないフブキだけ。

 

「だからこれからよろしく頼むよ、マリン」

「――――ね、ねぇポルカ、マリン船長にしない?」

「いいや、マリンって呼ぶ。その方がいい、なあ?」

「ああ。『マリン』。しっくりくる」

 

 ポルカとトワに名前呼びされて赤面する姿が物凄く乙女だった。

 稀に見る可愛さにみこが発情したように飛びついた。

 

「マリンたーん! みこはずぅーっとマリンたんって呼ぶよぉ〜‼︎」

「ノエちゃんは、このままマリン、って呼ぶけんね」

 

 みこの柔らかいほっぺたがマリンのほっぺたとくっつく。

 ノエルは相変わらず一歩引いた位置で、母のように笑っていた。

 

「僕はマリンちゃん、って呼ぶね」

「お、おかゆ先輩……」

「――ん?」

「ぅっ……ぉ、ぅお、おかゆ!――さん」

「…………」

「おこゆ!――おかゆ!」

「――うん」

 

 素でおかゆ呼びをしたのは初めてかも知れない。

 マリンは一層赤らんだ。

 体温が上昇し、頬擦りしていたみこが心配し始める始末。

 大丈夫だと伝えて引き剥がした。

 

「あくあ」

「ほらあくたんも」

「……そんな、態々今言う必要もないでしょっ!」

 

 船長呼びを禁止されて、あくあは焦っていた。

 またしてもツンデレのように視線を逸らして反抗する。

 

「ダメだよあくあ」

「娘の反抗期……」

「あーあ、あくたんがマリン泣かせた〜」

「嘘泣きじゃん絶対!」

「うぅっ、うぅっ、お母さん悲しい」

「誰がお母さんよ!」

「ほらあくたん、ちゃんと親孝行しな」

「だから親じゃない‼︎」

 

 一味の視線とマリンの嘘泣きがあくあを襲う。

 次第に紅潮していき、ぷんぷんと怒りながらも……

 

「……ま、マリン、ちゃん」

 

 と、小さく呟いた。

 

「「「「おお〜」」」」

 

 一味の拍手喝采。

 

「ああ愛娘よ〜‼︎」

「うぎゃっ! やめて! せ〜ん〜ちょ〜‼︎ やーめーろぉー!」

 

 あくあの胸に飛び込んだマリン。

 必死に抵抗するが、力負けしてあくあには引き剥がせなかった。

 誰も止めないのでしばらく捕まっていた。

 

「やっぱり船長って呼ぶ‼︎」

 

 温かい視線の中で慣れ親しんだ掛け合いを披露して、マリンはご満悦。

 羞恥心と緊張を隠している事は誰の目にも明らかだったので、マリンの脈が落ち着くまで皆、優しく見守っていたのであった。

 

 

 こうして、宝鐘海賊団は真の絆を手に入れる事ができた。

 但し、この場に居ない、ただ1人を除いて、だが……。

 

 

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