ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

124 / 144
123話 鮮麗なる半月の冷笑

 

「ん……っ……」

 

 AZKiは悪夢に魘されていた。

 航海の中で友が死に、大怪我を負い、AZKiだけが無事と言える状況で生還する……リアリティの高い夢。

 夢の中でアルマに帰還したAZKiは何処かも分からない大きな家に入る。

 室内はがらんとしていて家具一つもない。

 そんな家の中央に倒れ込んで高い天井を見上げると、死んだ仲間が幽体として化けて現れるのである。

 この超常現象を難なく受け入れ、AZKiは恐怖した。

 

『あずきちのせいだ……』

『あずちゃんのせいだよ……』

『あずきちが悪い』

 

「……っ」

 

『何で生きてるの?』

『何で逃げ出したの?』

 

「……やめて」

 

『弱いから守って貰えるんだ』

『強いと死んじゃうんだ』

 

「……やめて……」

 

『仲間を見捨てるんだ』

『仲間だと思ってたのに』

 

「…………」

 

 

『『『仲間だと、思ってたのに』』』

 

 

 ――――――――

 

 

「――っぁ‼︎」

 

 無意識に上半身が飛び上がり、視界に真っ暗闇が広がる。

 数瞬前まで目前にいた朧げな幽体は姿を消し、月明かりがほんのり差し込む一室が映る。

 順応は意識の定着よりも早く、視覚情報が完全な覚醒前に脳に押し寄せて混乱した。

 

「……だいじょぶか?」

「…………」

 

 チラチラと視界の端に見えていた友――星街すいせいが喉を労るように声をかけてきた。

 AZKiは全身が濡れている事に気が付き右腕を上げて、額の汗を拭った。

 その時、漸く左手に掴んでいた何かを目にした。

 

「…………」

 

 すいせいの手を握っている。

 ……いや、すいせいが手を握っているのか?

 左手に視線を向けるとすいせいもそこを焦点にしてじっと見つめる。

 

「魘されてたから……何となく」

「……ありがと」

 

 照れ臭そうな声音がAZKiの心に立ち込める暗雲を晴らしてくれた。

 汗塗れの全身は火照りすぎて、自分の感情もよく分からない。

 でも、すいせいの手を強く握り返した自分が、何かに怯えていた事は薄々勘付いた。

 

 何に恐怖しているのか……AZKiは悪夢を想起しようとした。

 だが……靄がかっていた夢の光景など、現実に帰れば一層靄がかかり、既に暗幕が降ろされてしまっている。

 誰かに何かを言われて、何かを思った事は確かだが、肝心の誰、何、の部分が思い出せない。

 

 次にAZKiは現実の事を思い出そうとした。

 途端――残った眠気なども覚めて昼間の出来事を思い出す。

 すいせいの手を握り締めると、弱い握力にすいせいが顔を顰めた。

 

「どう!なったの‼︎」

「…………落ち着け」

「…………」

 

 深夜、寝室に響く声。

 すいせいは自分に言い聞かせながら、AZKiを宥めた。

 繋いだ手の震えがどちらの物か、誰にも分からないまま時が流れる。

 

 AZKiの乱れた呼吸がすいせいを急かす。

 

「……お前、まだ体調良くなってねぇんだから、今は寝てろよ」

「なんで! そらちゃんはどうなったの⁉︎」

 

 はぐらかす答えに胸騒ぎが広がり眠気も疲労も霧散した。

 汗に紛れて頰を涙が伝う。

 

 無音の中でAZKiの呼吸とすいせいの歯軋りが響き――

 

「ァァっ………………! ァァ! ……ァァッ……!」

 

 微かな雄叫びが窓を突き抜けて室内に侵入した。

 耳を澄ませて聞こえるか否かの声。

 AZKiは窓から月明かりに照らされる畑を見たが、荒れた畑が映るだけ。

 

「なに…………今の、は……」

「さ、さぁ……分かんねぇ……」

「すいちゃん‼︎」

「いいから……! 寝てろって……」

「――っ‼︎」

「っま、おい!」

 

 ベッドを抜け出すAZKiを、すいせいは止めきれなかった。

 繋いでいた手を容易く振り解かれ、肩を押さえつけたが簡単に弾かれた。

 

 冷たい木製の床を裸足で足早に歩き、扉を開けるとリビングが広がる。

 何やら物が散らかっているがAZKiは気に留めず玄関から外へ出た。

 靴の踵を踏んで懸命に声のする方へ走った。

 何度も転びそうになった。

 何度か転んだ。

 足が雑草に傷つけられ、膝が地面に痛めつけられても走って……声の主が視界に入ると速度を落とした。

 

 すいせいは追って来なかったようだ。

 

「うぁああああっ……ぅっぐっ……あああああああっ‼︎」

 

 波打ち際で海に向かって泣き叫ぶいろはがいた。

 泣いて、泣き喚いて、泣き叫んで……背後のAZKiにすら気付かない。

 ゴミが漂着した砂浜に両膝を埋めて、刀も持たず、肌寒い月夜に薄着で潮風を浴びていた。

 

「…………」

「ぁぁぁぁっ‼︎ うっ、ぐっ……」

 

 10秒以上は黙りこくっていろはの背中を眺めた。

 何故泣いているのか分からず、声を掛けても良いのか不安だった。

 それでも声を掛けた。

 傷口に触れるように、そぅっと。

 

「ぁ……ぃ……いろはちゃ、ん……?」

「――ぅっ、ぐ⁉︎」

「ぁ……ご…………ごめ……」

 

 AZKiの弱々しい声にも、弾かれた勢いで振り返る。

 涙を砂浜に飛散させた。

 

「――――ぅぐっ……」

 

 咄嗟に嗚咽を抑制しようと感情を堰き止めるが、易々と抑えれる感情では無い。

 閊えた想いが肩を跳ねさせて、喉と唇を痙攣させる。

 

「あずっ……ぎぢっ!」

 

 ごしごしと強引に涙の跡を消して、今の光景を闇に葬る。

 

「いろはちゃん……だい、じょうぶ?」

「うん゛……! へいぎ……っ」

 

 見え透いた嘘をAZKiは時間をかけて飲み込んだ。

 いろはが立ち上がると膝からパラパラと砂が舞った。

 ポタポタと血が垂れた。

 浜のゴミが足に刺さっている。

 

「な、にが――」

「あずちゃん‼︎ あずちゃん‼︎‼︎」

「「――――!」」

 

 何があったのか。

 そんな無情な疑問を投げる前にAZKiを呼び止める声がした。

 後にそれが最適だったと知る。

 

 丘を下ってロボ子とすいせいが2人の下へ。

 ロボ子の髪は所々跳ねている。

 

「……ロボち」

 

 激しい焦燥感を前にAZKiは困惑した。

 状況に似つかわしく無い表情だった。

 

 いろはは連なる仲間の登場に、目元を拭い直し涙を隠す。

 しかし鼻水がだらだらで隠しきれなかった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………あずちゃん、待って――!」

「え……?」

 

 月光が4人を照らす。

 

「ボクがっ、話すからっ……」

「「「――――」」」

 

 全てを察したいろは。

 何も知らないAZKi。

 終始表情が曇っているすいせい。

 終始気丈に振る舞うロボ子。

 

 唯一この場に居ない船長。

 

「――、――」

 

 何度も口を開いては閉じ――徐々に感情が漏れ出す。

 ずっ、と鼻水を啜ってロボ子はまた胸を張る。

 正面にAZKiを捉えて、現実を、ただ真っ直ぐに――

 

「……そらちゃんが、記憶喪失なの」

「…………」

「「――――――」」

 

 言葉が震えていた。

 よく、ハッキリと言い切れたと思う。

 

 いろはとすいせいが揃って視線を地面へと落として顔を背ける。

 

「…………」

 

 AZKiの頭は真っ白になっていた。

 きーーーーーーん……と耳鳴りが延々に脳内を駆け巡る。

 頭が痛む。

 

「え……と…………」

「何も覚えてない。ゼロ海賊団の事も、ボクたちの事も、これまでの事も――自分の事すらも……覚えてない」

「…………」

 

 夜風が口の中に飛び込んで口内が乾く。

 硬直した身体が肌寒さを思い出した様に震え出した。

 

 真っ白な脳内に鮮明に蘇る昼間の光景。

 ぱちん、と脳内が弾けて明滅する。

 衝動的に溢れてきたのは涙だった。

 

「そ……ぇ……」

「あの本だ」

「――」

「本を見せるだけで、相手の記憶を奪うなら……幽体のそらちゃんにも効いたっておかしくない」

「あっ……ぁ、あっ……!」

 

 すいせいの冷静に見える分析など、AZKiの頭に入って来なかった。

 頭を抱えて凍える身体を震わす。

 涙と唾液がぽたぽたと浜に滴る。

 

「私の、せいだ……!」

「違う。あたしのせい。あんなんで油断したから」

「違う! 私が……私が――弱いからぁぁ‼︎」

「弱いのはあたしも同じだよ! あたしだって負けたんだ。あずきちだけのせいじゃない」

「違う違う違う‼︎ 私がずっと弱いから――‼︎」

「――! 何でも自分のせいにすんなよ! ちっとは周りのこと考えろ‼︎」

「っぅ……‼︎」

 

 自暴自棄になり激しくかぶりを振るAZKiの胸ぐらを、すいせいが掴み上げて怒鳴った。

 この船に責任転嫁する人はいない。

 寧ろ自分のせいだと自責の念に駆られる者ばかり。

 AZKiが自虐すればそれだけ周囲も自虐する。

 AZKiがもっと強ければと思うなら、すいせいもそう思う。

 その場に居たのがいろはやロボ子ならと思えば、2人だってそう思う。

 

 自責だろうと他責だろうとそれを言葉にするだけ無意味だ。

 

「2人とも落ち着いて……」

「「…………」」

 

 すいせいの右腕とAZKiの右肩に手を乗せて、勢いを抑制した。

 ロボ子は2人に数歩分距離を置かせる。

 

「そらちゃんは今、家で寝かせてる。記憶は取られたけど、幸いにも怪我は一つもない」

「「「…………」」」

 

 現状を伝え、そらが生きている事が不幸中の幸いだと言う。

 今回の襲撃が懸賞金狙いなら、間違いなくそらの命は無かった。

 

「……たすけなきゃ」

「「…………」」「――」

 

 AZKiがポツリと先陣を切って呟いた。

 彼女にとっては当然の発言だった。

 だが――何故か周囲の反応が悪い。

 気の所為だと思った。

 仲間の窮地に出陣するのは、どの世界でも当たり前の人情だと思っていた。

 

「たすけに……行く……よね……?」

「「「…………」」」

 

 返答が無く、視線が散り散りになる。

 

「みんな…………っ?」

 

 喉が閊えた。

 息苦しい。

 

「あずちゃん」

「う、そ……でしょ……」

「記憶の無いそらちゃんを、航海には連れて行けないよ」

「な、んで……⁉︎ 私たちが守ってあげれば――」

 

 口にした途端頭が真っ黒になって、吐き気を催した。

 

「そらちゃんを……この島の外に出すのは危険すぎる」

「じ……じゃあ、誰か1人残って、それ以外で……!」

「あずきち。記憶取った奴らの名前、聞いたか?」

「え…………」

「あたしは聞いてねぇ」

 

 すいせいの指摘で現実を知る。

 敵側の情報が「秘密結社」である事しか無い。

 だが、それは大した障害では無いはず。

 

「そんなの、調べていけばいつか――」

「いつだよ」

「っ――」

「1から情報探して、いつになったら奴らを見つけられるんだよ」

「――じゃあ何もしないの⁉︎ そらちゃんの記憶が取られたのに、泣き寝入りして、新しく記憶を育むって言うの⁉︎」

「……そうとは言ってねぇだろ」

「言ってるよ! そうとしか聞こえない‼︎」

「だから! せめてまともな情報を手に入れてから動かねぇと!」

「島に閉じこもってどうやって情報を集めるの‼︎」

 

 すいせいとAZKiの口論がヒートアップして、深夜の浜辺に響き渡る。

 ロボ子が宥めようとするが、AZKiの思想に反対な彼女の声にAZKiは耳を貸さない。

 結果、AZKiは味方を求めて禁断に踏み込んだ。

 

「いろはちゃんは――行くよね⁉︎」

「ぁえ…………」

「行く……よ、ねぇ……? ねえ⁉︎」

「風真は…………」

「――ッッ‼︎‼︎」

 

 AZKiは激昂した。

 

「仲間だと思ってたのに‼︎‼︎」

 

 感情のまま叫び散らして浜を駆け出した。

 仲間を諦めない為に、AZKiは仲間を捨てて飛び出して行く。

 

「っ――⁉︎」

 

 AZKiの向かう先にある物を見てすいせいは咄嗟に跡を追いかけた。

 ブロックに乗ってAZKiの背に飛び掛かり、砂浜に突き倒すと四肢を押さえ込んだ。

 

「テメェ‼︎ 独りで出ても死ぬだけだろうがァ‼︎」

「仲間を見捨てる人にとやかく言われたくない‼︎」

「いい加減黙れよテメェ‼︎ こんな時側に居てやりたい事が仲間を想ってねぇとでも言うのかァ‼︎」

 

 汚い砂浜に全身を押さえつけられる。

 再び口論となると、すいせいはAZKiの口を塞ぐ為に頭を地面に押さえ付けた。

 左腕からの圧力にAZKiは抗えない。

 頰に石が刺さる。

 涙が乾いた砂を湿らせる。

 

「いろはの想いをちゃんと考えたのかよ‼︎ ロボちの思いを考えたのかよ‼︎ テメェだけ好き勝手言ってんじゃねェッ‼︎」

 

 すいせいの頰にも雫が伝った。

 月光を浴びて煌めきながらAZKiの頰に垂れる。

 AZKiは鋭い眼光ですいせいを睨み上げた。

 

「ッ――!」

「っぐ‼︎」

 

 突如として出現したブロックにすいせいの身体が吹き飛ばされる。

 何とか受け身を取って衝撃を抑えた。

 

「ッ――‼︎ いい加減にしやがれ‼︎」

 

 怒り心頭ですいせいが地に手を翳す。

 地が美しい亀裂を生んで割れ、パズルと成る。

 

「――っ!」

 

 誰一人目にした事のないすいせいの覚醒。

 昼間の戦闘による疲労はまだ残っているが、そこまで冷静でいられない。

 

 AZKiは咄嗟に全身を浮かせて空へ逃げる。

 

「だめ……やめて……」

 

 遠方でいろはが小さく溢した。

 

「たまには他人の言う事聞けやァッ‼︎」

「だったら力づくで止めて見ろ‼︎」

 

 2人の勢いは止まらない。

 

「2人ともっ‼︎」

「ケンカはやめてェ‼︎‼︎」

 

 ロボ子といろはの悲泣も悲嘆の声も、衝突の抑止力になれなかった。

 

 

「じゃァ‼︎ 負けても泣くんじゃァねェぞ‼︎」

 

 

 雲一つない空に半月が浮かぶ雅な深夜――未曾有の大喧嘩が勃発。

 

 

 持てる力の限りを尽くして、2人はぶつかり合う。

 日常の中にあった光景が、姿を変えていろはの心に刻まれて行く。

 いろはの慟哭さえも、2人の闘いの轟音に掻き消され――。

 

「すいちゃん‼︎ あずちゃん‼︎ やめてよ‼︎‼︎」

 

 ロボ子の悲痛な叫びもまた同じ。

 

 半月の輝きに劣らぬ眼光が、戦の火花が、閃光が、熾烈に交錯し、苛烈さを極めて行けば、もはや決着まで止まらない。

 

 闘いの余波や流れ弾がいろはとロボ子に降り掛かる。

 いろはの頰をAZKiの飛ばした斬撃が掠め、流血した。

 

「ッッ――――‼︎‼︎‼︎」

 

 ロボ子は断腸の思いでいろはを連れ、その場を退散してゆく。

 家までの道に大量の水跡を残して、2人の喧嘩の決着を待つ事しか出来なかった。

 

 

 

         *****

 

 

 

 明け方――半月は海の底へと向かい、丘から朝日の頭が顔を覗かせる頃、2人の大喧嘩が決着した。

 

「――ッ‼︎ グッソがァッ――‼︎」

 

 荒れた砂浜に仰向けで倒れ込み、咆哮するすいせい。

 全身傷だらけで衣類も身体もボロボロ。能力なんて数秒使えるか否かの域まで消耗した。

 

「――――」

 

 両眼を片腕で覆って感情を必死に隠すすいせい。

 そのザマを見下ろすAZKiも身体中傷だらけだ。

 髪が不規則に切断され、至る所に打撲痕が残っている。

 

 すいせいに背を向けてAZKiは前髪を握り込む。

 ぐっと奥歯を噛み締めてわなわなと身体を震わせ……

 

「なんで……! 勝っちゃうの……‼︎」

 

 と、抱え切れない澱んだ激情を独り言として溢した。

 

 ざく……ざく……とAZKiは歩き出した。

 

「――じゃあね」

 

 許されない事と知っていても、AZKiはもう自分で自分を止められない。

 もう引っ込みが付かない。

 

 慣れ親しんだゼロ海賊団の船へと向かって――。

 

「待てよあずきち!」

「…………」

 

 すいせいの荒々しい声が届いて2秒後、AZKiの足が止まる。

 

「……私に負けたでしょ。私は記憶を取り戻しに行く」

「……何度言わせんだよ! 独りでできるわけねぇっつってんだ、バカが!」

「それでも行く。私のせい、だから……」

 

 すいせいは重たい身体を持ち上げてAZKiの背を睨んだ。

 振り向きもせず伝えると、AZKiはもっと遠ざかって行く。

 

「待て‼︎」

「……もう! しつこ――」

 

 強引にでも黙らせようとAZKiは苛立ち紛れに振り向いた。

 その目先――すいせいが覚悟を決めた薄汚い顔でAZKiを凝視していた。

 思わず言葉を引っ込める。

 

「連帯責任だ。あたしも連れてけ」

 

 AZKiの涙腺が決壊して、隠す間もなく涙が滝のように流れた。

 下唇を切れるほど強く噛んで思いと言葉を堪える。

 

「言っとくがあたしは、お前にもいろはにも賛成だ」

「――、――」

「お前が独りでもやるってんなら――あたしが付いてってやる」

「――――」

「諸々のケジメだ」

 

 すいせいは覚束ない足取りでAZKiを追い抜く。

 その一歩一歩の動きをぼやける視界で捉えて、AZKiは何度も――何度も何度も頷いた。

 

「さっさと記憶取り戻して、で、2人一緒に怒られる。いいな」

「――ん――――んっ…………」

「行くぞ――」

 

 

 この日、記憶を取り戻す旅が幕を開けた。

 

 

 

        *****

 

 

 

 目が覚めると既に朝日が昇っていた。

 涙と悲しみに溺れて、無意識の内に眠りについていたようだ。

 ロボ子は寝室のそらの様子を一目見に行く。

 

 ベッドに横たわり純粋無垢に寝息を立てるそらがいた。

 更に、その傍ではそらの手を握ってベッドに寄りかかったまま眠るいろはもいる。

 ふとシーツを見ると湿っていた。

 ロボ子はそっと部屋を後にして、深夜の大喧嘩の地へ駆け足で向かう。

 

 が、既にそこに人影はなく、停泊していたゼロ海賊団の船も消えていた。

 荒れた砂浜に残されていたのは、血痕と指書きのメッセージ。

 

『早めに戻る AZKi・すいせい』

 

「……」

 

 水平線には船の一隻も見えない。

 

「…………」

 

 ロボ子はそのメッセージを足でぐちゃぐちゃにして消すと家へと戻った。

 

「――ぁ」

 

 玄関を開けると否が応でもリビングが視界に入る。

 そこにそらといろはがいた。

 

「おはよー」

「……お、おはよ」

「……おはよう」

 

 無邪気なそらの挨拶に釣られて、2人もぎこちなく会釈を交えて挨拶した。

 他人行儀な言動にそらは首を傾げた。

 

「……いろは」

「……うん?」

「2人は……船持って、出てったみたい」

「…………そっか」

 

 2人の会話を耳にしてもそらには何が何だか分からない。

 だけど表情からその2人が如何なる存在か読み取れた。

 

「追いかけないの?」

 

 純粋な疑問だった。

 誰かを傷つける意図など微塵もない。

 それ故に心が痛む。

 

 

「……うん」

 

 

 いろはは悩み抜いた末に首肯した。

 そらの対面に座って、両手を握ると愁色を混ぜ込んだ微笑みでこう伝える。

 

 

「ずぅーっと一緒にいるでござるよ」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。