ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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 今回の謎は次回で殆ど補足説明されます。
 なので今は考察しながら、は?って思って読んでください。


127話 こんな世界線

 

「みこちー!」

 

 一つの小箱を手に神社を訪れた幼き頃のはあと。

 

 ここは約10年前のサクラカゼ。

 今も昔も変わらないエリートチェリーに囲まれた大神社。

 

 巫女の修行がある為、みこは毎日この神社に来ている。

 だからはあとは時間の空いた日はいつもここへ来る。

 みことはあとは幼馴染なのだ。

 

「…………」

 

 神社へ向かって幼く高い声を上げたが返事は無かった。

 はあとは賽銭箱を乗り越える罰当たりな行動に出るが、それを咎める大人が居ない。

 周囲に誰1人いないのだ。

 

 はあとは中身の少ない賽銭箱を踏み付けて4段ほどの階段を登り、神社の中へ入る。

 目欲しい物は何一つなく、がらんとした部屋があるだけ。

 当然みこも、人ひとりもいない。

 

「みこちー!」

「…………ーーー‼︎」

「――? みこちー! どこー!」

 

 微かな叫び声が神社まで届いた。

 はあとは繰り返しみこを呼ぶ。

 

「――――‼︎」

 

 神社の裏の方から高い声が響いた――気がする。

 はあとは小箱を手に賽銭箱を乗り越え、神社の裏へ回る。

 

「みこちー‼︎」

「……ゃん――!」

 

 みこの声が近付いた。

 はあとは足を早めて声のする方へ急ぐ。

 

「みこち?」

「はあとちゃん! 助けて〜!」

 

 神社裏手にある大きな物置きの中でみこがガラクタの下敷きになっていた。

 ガラクタに埋もれたみこは身動きが取れず困り果てていたらしい。

 

「みこち!」

 

 はあとは大慌てで倉庫に飛び込みわたわたと薄暗い倉庫を見渡す。

 ぐちゃぐちゃで何をどう解けばいいのか一眼見てもわからなかった。

 ので、取り敢えずみこを力技で引き出す事に。

 足元に小箱を置いてみこの腕を引っ張る。

 

「うーっ――」

「うー……っいだだだだだだだっ‼︎」

 

 みこの肩が外れそうで諦めた。

 

「ちょっと待って……物、どけてみるから……」

 

 はあとはガラクタの山の縺れを解こうと頭を悩まし、手を動かす。

 

「ありがとにぇ……」

 

 みこの弱々しいお礼が足元から聞こえる。

 

「こんな所で何してたの?」

「ちょっと、探し物を……」

「ふーん」

 

 はあとは10分以上もかけてガラクタを撤去した。

 漸くみこが解放された。

 

「んや〜死ぬかと思た! ありがと!」

「うん」

 

 はあとは小箱を手に取る。

 みこも別の小箱を手に取った。

 

 ………………。

 ………………。

 

「よっ……しょ」

 

 みこはガラクタの山に登って小箱を棚の上の奥まで隠す。

 背伸びしている姿が可愛らしい。

 無事に小箱を隠し終えると2人は物置を出て鍵を閉めた。

 

「ふう!」

「――ねえみこち! 私今日いいもの見つけたんだよ!」

「いいもの?」

「これ!」

 

 はあとは手にしていた小箱を突き出して自慢げに鼻を鳴らす。

 かなり古びて埃を被った小箱だ。

 

「何が入ってるの?」

「さあ。知らない」

「しらにぇえのかよ」

 

 へへへと笑ってはあとは小箱の蓋に手をかけた。

 力一杯開けようとするも、力不足で開かない。

 みこにお願いしたがやはり開かない。

 変形して開き難くなっているようだ。

 

「開かないね」

「んー……そうだ!」

 

 みこが頭上で豆電球を光らせた。

 物置の鍵を再び開けて中からトンカチを持ち出す。

 

「これで壊そう」

 

 バットを構える様にトンカチを構える。

 はあとは激しく頷いた。

 

「よぉ〜し! どりゃあ‼︎」

 

 ぶん!

 と頭上に掲げたトンカチを小箱に向かって振り下ろす。

 見事に――空ぶって地面にトンカチが衝突し、反動でみこの腕が痙攣した。

 

「うっ……いで……」

 

 反作用に腕をやられポロリとトンカチを地面に落とした。

 地面に横たわるトンカチをはあとが掴んだ。

 みこは右手首を掴んで眉間に皺を寄せている。

 

「えいっ――」

 

 バキッ、とはあとの軽い一振りで小箱に穴が開く。

 丁度ネイルハンマーなので、反対側の釘抜きの様な部位を穴に突っ込みビキビキと亀裂を広げていく。

 ある程度まで開くと綺麗にバキッ、と箱が割れて中身が顔を出した。

 

「おー……これって……」

「んにゃぁ?」

 

 みこが疼く右腕を押さえ付けながら、片目を開く。

 粉砕された箱から剥き出しになるその果実の姿……。

 神々しい白と黄色の輝きを放つ、この世の物とは思えない代物。

 

「――⁉︎ 能力の実‼︎」

 

 痛みも忘れてみこは目玉を飛び出させた。

 その神々しい姿を見た瞬間、みこはある可能性を考えたのだ。

 そう――物置きに隠した例の小箱。

 はあとの持ち物と入れ替わったのではないかと。

 箱が似ていたし、薄暗かった。十分に考えられる。

 決してアクニンに渡っては行けないと言われる能力だ。

 果実を手に取るはあとへ鬼気迫る勢いで掴み掛かった。

 

「待ってはあとちゃん‼︎」

「へ⁉︎ 何みこち⁉︎」

「それまだ食べないで!」

「え……?」

 

 呆然として立ち尽くすはあとを放ってみこは物置きに入り、ガタガタとガラクタの山をよじ登る。

 再び小箱を持ち出して――

 

「うぎゃっ‼︎」

 

 ガラガラっ……ガシャっ……。

 と土埃を巻き上げてガラクタの山が倒壊した。

 はあとの足元に例の小箱が飛んできた。

 壊れた小箱と見比べても見分けが付かないほど酷似している。

 

 幸いガラクタの下敷きになる事を免れたみこが、擦りむいた膝を押さえながら物置きから出てきた。

 

「みこち、これ何?」

「…………」

 

 一瞬言葉を躊躇うが、説明も無しに能力を没収できない。

 しかももう、一眼見てしまった。

 みこは周囲を確認すると口元をはあとの耳に寄せ、声を潜める。

 

「誰にも言わないでよ」

「うん!」

「しーっ!」

 

 散々騒音を立てておきながら、みこははあとの元気溌剌とした返事を咎める様な仕草を見せる。

 

「うちの神社にはにぇ、アクニンの手に渡っちゃいけないって言われる能力があるの」

「へえ〜……これがそうなの?」

「――多分」

 

 みこは神々しい果実を見つめて首肯すると、はあとが拾い上げた小箱を手に取る。

 その箱の蓋をぱかっと開けると――

 

「え…………にゃんで……?」

 

 紫色の禍々しい、この世の物とは思えない果実が姿を現した。

 能力の果実が2つ並び、みこは果てしない無理解に苛まれる。

 

「……はあとちゃん。どっちがはあとちゃんの?」

「知らないよ。私中身見てないから」

「むむむ……!」

 

 みこは眼力を強くして2つの果実を見比べた。

 比較すればするほど分からない。

 聖を感じる白の果実と闇を感じる紫の果実。

 どちらかがアクニンの手に渡ると危険な能力。

 

 そんな災いを呼ぶ果実と言われるのなら……。

 

「うん! 絶対こっちだにぇ!」

 

 みこは紫色の果実を掴んで丁寧に小箱に返した。

 倒壊したガラクタの山を登って小箱を再三棚の上部奥へと隠す。

 巫女服の汚れを払って今度こそ倉庫に鍵をかけて封印。

 鍵をポケットにしまうとはあとに向き直る。

 

「それで! それはなんて能力なの⁉︎」

「――分かんない」

「そっかぁ。食べるの?」

「……みこちいる?」

「はあとちゃんがゲッツしたんだから、みこは食べないよ」

 

 神々しい果実を掴んではあとはそれを見つめる。

 こんな果実、到底人間の体では消化しきれない。

 きっと金箔を食べた時の様に消化されずに排出される。

 

「これ食べたら次の日、輝くう○こ出てきそうだね」

「おい!」

 

 下品なトークにみこは声を低くした。

 はあとは「ぎゃはは」と悪ガキの様な笑い声を上げていた。

 

「でもじゃあ……折角だし食べてみようかな」

「うんうん」

「明日のトイレの感想聞かせてあげる」

「食べた感想だけで十分です……」

 

 はあとは白く発光する果実に思い切り齧り付いた。

 ぐしゃっと柔らかい音を立てて口の中一杯に果実の味が広がる。

 

 ぐしゃぐしゃぐしゃ……ごくっ。

 

「…………」

「どう? おいしー?」

 

 無表情で咀嚼、嚥下を終え無言で棒立ち。

 一切の感情が見えずみこは不安げに顔を覗き込んだ。

 

「んーん。ちょー不味い」

「そ、そうは見えなかったけど……」

「めっちゃ不味いよ」

「そうなんだ……」

 

 平然と食べてその評価は何とも言い難い。

 まあ、味はさておき。

 本命は味ではなくその資質――性能だ。

 輝かしい果実だからきっと輝かしい能力が得られるに違いない。

 

「それで、何か変わった?」

「うーん…………」

 

 食べた瞬間、体に妙な変化を感じた。

 能力名も分かった。

 いや……色々分かりすぎた。

 可能な事は主に2つ。

 

「ナウナウの実」

「――? なうにゃう?」

「うん。果実の名前」

「にゃにそれ」

 

 想像力と言語力に乏しいみこは、名前からその性質を連想できなかった。

 

「ナウは今って意味のnow」

「今?」

「…………うん。あらゆる物質の瞬間の状況を観測できる能力」

 

 はあとは悩んだ末にその一つだけをみこに教える。

 もう一つ、極めて強大な力を秘めているがそれは言えない。

 この能力を手にした瞬間、はあとは何かに縛られた様にその才を隠匿する事を決意した。

 

 たった今みこに聞いた、アクニンの手に渡ってはいけない能力。それがこれだ。

 こんな……入れ違い程度で口にしていい物じゃない。

 みこもはあともアホだった。

 幼いながらにはあとは、自分の愚かさを呪う。

 だが口にした以上、もうその運命からは逃れられない。

 

 態々自殺を図ろうとも思えないし。

 

「よくわかんにぇや」

「簡単に言えば私はいつどこにいてもみこちの状況が分かるって事」

「――プライバスゥィー、の侵害だよ」

「そんな事私に言われても困るよ。食べちゃったもん」

「ま、はあとちゃんならいいけどにぇ」

 

 見ず知らずの変態オヤジにでも監視されていれば悪寒が走る、では済まないがはあとならオールオッケー。

 

「あ、あと私の瞬間の状況を送ることも出来るみたい」

「――?」

「はい」

「――! んお〜」

 

 みこの脳内にはあとが目にしたビジョンが投影された。

 はあとが「今」目にしているみこの容姿とその背景が。

 

「明日のトイレの状況、これで強制的に送ってあげる」

「だから要らないって‼︎」

 

 トイレが大好きらしい。

 いや、輝く「それ」が物珍しくて興味が湧くのだろうか。

 確かに、レア度で言えばツチノコやドラゴンに匹敵するレベル。

 価値はそれなりに高そうだ……。

 ロマンや美しさは皆無だが。

 

「それよりみこち、今から遊ぼうよ」

「――お、いいにぇ。じゃあ公園行こう」

「うん」

 

 そのまま2人は何事も無かったかのように公園へと向かった。

 その間ふと、はあとは考えた。

 はあとが口にした果実がみこの言う代物なら、口にしなかった紫の果実は一体、どんな能力なのだろうか、と……。

 

 

 

         *****

 

 

 

 ――記憶に在りし日のサクラカゼ――

 

 それは今から2年前の出来事。

 

 みことはあとはいつも通り2人で遊んでいた。

 小さな公園のブランコに座り言葉を交わす。

 

「今日は巫女さんの勉強終わったの?」

「まだだよ。だってつまんないもん」

 

 きこきことブランコを揺らして口先を尖らせつつ答えた。

 

 以前は巫女になることを望んでいた。

 だが成長を重ねるだけその想いに変化が見られる。

 

 神社の子だから巫女になる。

 決まったルートに準えて生きるなんてつまらない。そう思い始めた。

 巫女は嫌いでは無いが、ずっとその勉強は退屈だし、強制力が働くと一層面倒くさい。

 心理的リアクタンスというやつだ。

 

「巫女さん、ならないの?」

「うーん……」

 

 はあとの疑問に、らしからぬ難しい顔をした。

 脚を地面に着けて、揺れていたブランコを止める。

 

「やりたい事がまだ無いけど、みこも何か面白い事したいんだよにぇー」

「例えば?」

「ええ……えっとにぇぇ……」

 

 腕を組み、眼を閉じ、必死に考える。

 自分は、何がしたいだろう。

 将来、何になりたいだろう。

 

「海に出てもっと世界を見てみたい!」

「へえ……すっごいね」

「そ、そうかなぁ」

 

 例えですら明確な物を出せず大雑把に言ったが、褒められて嬉しそう。

 

「私みこちの夢なら何でも応援するから、決まったら教えてね」

 

 はあとは、にへっと笑った。

 そして正面を向き、キコキコとブランコを漕ぎ始める。

 風が気持ちいい。

 近くの海から吹き付ける、春の風。

 

「はあとちゃんは夢あるの?」

「わたし?」

「うん」

 

 はあとは、みこと違って普通の家系。

 決められた道や目標もなく、手の届く範囲でより自由な未来を選択できる。

 

「私もまだ無いなぁ……」

「じゃあ、決まったら教えてにぇ!」

「うん、いいよ! 一番に教える」

 

 ブランコを止めて笑い合う。

 まだまだ子どもな2人。

 

 そこへ、ガサガサと茂みが音を立てて邪魔してきた。

 仰天した2人は、物凄い速度で正面に頭を向けた。

 そして、揺れる茂みを凝視する。

 

 カサカサ、ガサガサ、ざざざざざっ。

 

「うあったったっ……」

 

 茂みから勢いよく女性が飛び出して来た。

 大きく体勢を崩して転倒し膝を擦りむく。

 全身には今つけたであろう木の葉が沢山くっ付いており、頬など所々に切り傷まである。

 

「だ、大丈夫⁉︎」

 

 みこが真っ先に駆けつけた。

 まずは傷の具合を確認する。

 傷は全て軽いものばかりだ。

 

「どうしたんだ、おめぇ……」

 

 手当を急ぐ必要は無いと判断し、相手の焦燥感と動悸を宥めることに移行する。

 的確に見極め、判断し、対処できていてはあとは感心した。

 

 息を切らした女性の背に手を乗せて優しく摩りながら、みこは心の平穏を与える。

 少しずつ気を晴らしてゆく。

 

「た、助けて……!」

「どうしたの?」

「知らない人が追いかけてくる!」

 

 開口一番はそんな懇願だった。

 随分な怯えよう。命でも狙われているのだろうか。

 

 しかし深く追求する暇はないと見てみことはあとは女性の手を引き、神社への近道を案内した。

 神社の物置きに少女を匿って2人は普段通り神社の石段に座って雑談を始める。

 すると1人の女性が神社に現れた。

 

「はぁ、はぁ……どこ行った」

 

 何かを探している様子。

 匿った女性の追っ手と見える。

 衣装も実にそれらしい。

 何てったって――「海賊のような服」だから。

 

「お」

 

 海賊女性が2人の存在に気付き駆け寄ってきた。

 2人は毅然とした態度で接した。

 

「ここに女性が来ませんでした?」

「来たよ、あなたが」

「いえ船長ではなく、もっとこう、気が強そうで2人より背が高い女性です」

「……? 分かんない」

「みこたちは見てにぇや」

「そうですか。もし見つけたら教えてください。報酬出すんで」

「「はーい」」

 

 海賊船長は石段を降りてまた商店街の方へと戻って行った。

 その背が完全に見えなくなると2人は急いで物置きの鍵を開けて中に入る。

 

「大丈夫?」

「うん……ありがど……」

 

 女性はまるで幼女のように泣きじゃくっていた。

 容姿は海賊船長の言うように凛々しく大人びているが、覇気はまるで正反対。

 外見年齢はみこやはあとより年上に見えるが、精神年齢は2人よりも年下に思えた。

 薄暗い倉庫の中で身を潜め、声も潜めてみこは女性の背に手を乗せる。

 

「どうして追われてたの?」

「うっ……うぐ……わがんない……」

「「――?」」

 

 みことはあとで顔を見合わせた。

 

「何もわがんない……。気付いたらっ、変な船に乗ってて……怖くで、逃げ出したら……追いかけて来て……」

「人身売買って奴?」

「でも気付いたらって変じゃない? 攫われた時の記憶とかもないの?」

「わがんない…………何も、覚えてないのっ……」

 

 みことはあと困り果てた。

 とは言え明らかにこの女性に非はない。

 一時的に匿ってあげてもいいだろう。

 

 はあとは先程の海賊女性を頭の現在の様子を確認する。

 

「……今あの人船に戻ったみたい」

「船か。やっぱここの人じゃないんだにぇ」

「そう見たい。仲間も居る」

「じゃあ居なくなるまで一応ここに居ようか」

「そうだね」

 

 みことはあとは海賊が島を出るまでその女性と倉庫に身を潜めたのだった。

 

 

 

 1時間ほど窮屈な倉庫で泣きじゃくる女性を慰めていると、やがて謎の一味は女性を諦めて出航して行った。

 はあとがそれを観測すると3人は物置から這い出る。

 

「ふう。何とかなったにぇ」

「うっ……ありがど……」

 

 物置の中での1時間。

 記憶がないと言えど自分の名前程度は覚えていたので、自己紹介はしておいた。

 女性の名前は、星街すいせいと言うらしい。

 

「それで……どうしよう」

 

 日は傾き、夕焼けが神社を赤く照らしている。

 間も無く夜だが、当然すいせいの家はこの地にない。手ぶらな所を見るに宿も取れない。

 しかも、みこの服の袖を幼児の様に掴んで離さない。

 

 突如見知らぬ土地に放られ、海賊に襲われたのだから1人は怖いに決まっている。

 

「……じゃあ今日はみこの家に泊まる?」

「…………」

 

 すいせいは微動だにしない。

 はあとが笑って答えた。

 

「いいね! 私泊まりたい!」

「え、はあとちゃんも?」

「いいじゃん。折角だし3人でお泊まり!」

「んー……ま、その方がいっか」

 

 と、2人がノリノリでお泊まり会を決めてしまう。

 すいせいはまだ少し震えながらみこの袖を握りしめた。

 

「それでいい?」

「…………うん」

 

 こくっ……と頷いた。

 

「じゃあ決まりにぇ。うちへ行こ!」

「……ねえ」

「ん?」

「にぇってなに……?」

「――――」「ふっ――」

 

 突然自ら口を開いたかと思えば、痛いところを突かれる。

 痛いと言うか……コンプレックスと言うか……。

 はあとがクスッと鼻で笑った。

 

「個性だよ。気にしないで」

「――?」

「いいんだよそんな事は! 早く行くよ!」

 

 みこがカッとして声を荒げ、足早に石段を降りて行った。

 すいせいが慌ててその背を追い、みこの右横につくとまた袖を掴んだ。

 はあとは微笑を浮かべて2人の背後を眺めながら階段を降りる。

 

 

 

 そしてその日以来、すいせいはみこの家に居候する様になった。

 

 

 

        *****

 

 

 

 それから1ヶ月が経過した。

 

 すいせいもすっかり2人との生活に馴染んでいた。

 

「今日ははあとちゃん家のお手伝いだって。遅れてくるみたい」

「そうなんだ」

 

 商店街を2人で歩きながら日常的な会話に花を咲かせる。

 

「あ、みこちみこち、新しいたい焼き屋!」

「おお〜、これは試食せねば!」

 

 新設されたたい焼き店を発見し、そこへ足を運ぶ。

 2人は当然の如く手を繋いでいた。

 

 あんこ入りのたい焼きを2つ、クリーム入りを1つ買うとあんこ1つは袋に入れて持ち帰る。

 商店街を進み公園へと道を逸らすと潮風が吹きつけてきた。

 風が髪を攫う。

 

「すいちゃんは故郷に帰ろうって思わないの?」

「――どしたの急に」

「いや〜……1ヶ月もうちに住んでるでしょ? 前言ってた……アルマゲドン?に里帰りとかしたくないのかなって」

「アルメンドラね」

「そうそうそれ」

 

 たい焼きを手に握りつつ一口も食べないまま会話を始める。

 

「みこちが一緒に来てくれるなら帰ってもいいよ」

「え〜みこも?」

 

 2人はいつもの公園に到着した。

 ブランコに腰をかけて漸くたい焼きを一口ずつ食べる。

 

「……もしかして私がいると迷惑?」

「そんなわけにぇじゃん!」

「よかった!」

 

 あざとく姿勢を低くして尋ねるとみこが慌てて弁明するのですいせいはへへっと笑った。

 ブランコを降りてみこにクリーム入りのたい焼きを差し出す。

 

「あむ……ん。おいし」

「はーむ……」

 

 お互いのたい焼きを一口ずつ分け合う。

 たい焼きの頭は無くなった。

 

「そう言えばみこち、最近巫女の修行?してないけどいいの?」

「ん? いいのいいのあんなの! あんなのよりすいちゃんとはあとちゃんと居た方が楽しいからにぇ」

「……」

 

 包み隠さない想いにすいせいは赤面した。

 照れ隠しにたい焼きを齧る。

 クリームが口に付いたので慌てて指で拭って吸った。

 

 ガサガサ……。

 

「「――?」」

 

 茂みが2人の甘酸っぱいひと時に水を差す。

 

 ガサガサ、かさかさ……がさっ……。

 

「っと……」

「「――?」」

 

 みこはその光景にデジャブを感じて面白くなった。

 苦笑するみこをすいせいが横目で見て嬉しそうに口角を上げた。

 

 茂みから姿を現した女性。

 以前とは異なり、その女性は転ばないし焦ってもいないし、当然逃げてもいない。

 ただブランコで青春を過ごすカップルを見つめ――

 

「いたぞ船長」

 

 と通信機に語りかけたのだった。

 

 

 

        *****

 

 

 

 夕刻、やるべき事を終えたはあとは2人に会う為家を出た。

 

「はぁ……疲れた」

 

 両肩を大きく回して荷を下ろすと一気に開放的になる。

 夕陽に照らされながら大きな伸びを一つ。

 

「よっ、し……みこちの家行こ」

 

 今日もみことすいせいは平穏な昼を過ごした事だろう。

 最近二人の距離が近過ぎて、正直はあとは側に居辛い。

 二人の空間を遠目に眺める方が楽しい。

 だから近頃は3人で遊ぶ時も一歩離れた位置から二人を見守っている。

 今日だってそうするつもりだ。

 

 恐らく二人は今頃みこの家でいちゃついている。

 

 暗くならない内にとはあとは足早にみこの家と向かう――その途中。

 通過点となる商店街がやけに騒々しくて足を止めた。

 普段の賑わいの喧騒ではなく、動乱。

 はあとは近場の人間に尋ねてみた。

 

 その人曰く「人が死んでいたらしいの」と。

 

 物騒な世の中だとはあとは他人事の様に感じた。

 足の向きは変えずはあとはみこの家への歩みを再開。

 2人に限ってそんな事は無い、と思いつつ犯人が捕まっているのか分からない状況だ。万が一も考えて連絡した方がいいと思い、はあとは能力で2人の状況を一度確認する。

 まずはみこ――

 

「――」

 

 瞬間、全身が凍りついた。

 観測ミス。

 そう信じてやり直す、が結果は変わらない。

 

「――そんな!」

 

 はあとは大きく道を逸れ、騒ぎの中心――海の近くの公園へ駆け出した。

 公演が近づくにつれて人集りは増えて行く。

 心拍数を上げ、息を切らせ、一心不乱に。

 

 人混みを掻き分け辿り着いた見慣れた公園、その中央で1人の見知った顔が倒れており、救急隊と警察と思われる人が容体を確認していた。

 

「みこち!」

 

 そう。

 公園の中央で頭から血を流し倒れていたのは、はあとの親友さくらみこ。

 食べかけのたい焼きがふたつ地面に転がっており、公園の遊具がパズルの様に分解されていた。

 他にも環境は中々に荒れている。

 

「みこち‼︎」

「ああ! ちょっとキミ‼︎」

 

 キープアウトのテープを乗り越え、警備員の妨害を潜ってみこの元へ向かうが、救急隊と警察に阻まれた。

 

「キミは……知り合い?」

「友達!」

「そうですか…………」

 

 はあとの前に立ちはだかる2人の表情から……否、能力でその結末は目に見えていた。

 既にみこは――死んでいる。

 

 はあとの頭の中は混沌とした。

 何故突然みこは殺されたのか。

 何が、誰が、何で……。

 

「――! すいちゃん⁉︎」

 

 みこの死と1分ほど対面して今更、すいせいの不在を訝しむ。

 これをまさか、すいせいがやったとは思っていない。

 でも何故――あれ程仲のいい2人が行動を共にしていないのか……。

 

「――――」

 

 涙を堪えてすいせいの今を見た。

 

 閉じた瞼の先にすいせいの目にする景色が見える。

 ぼやけた視界の先、海賊帽を被ったあの女性と、一冊の本を手にした謎の女性。

 その隣にいるマスクをした女性は返り血を浴びている。

 

 視界がぐわんと回って視界から人が消え――一つの島が映る。

 夕焼けに照らされた桜が美しい島――サクラカゼ。

 

 

 はあとは全てを理解した。

 

 

 あの時すいせいを取り逃した海賊が連れ戻しに来たのだと。

 そしてこの場で偶然鉢合わせ――巻き込まれ――みこが死んだ。

 

 出航した船を追っても間に合わない。

 だがこんな現実は許容できない。

 断固として拒絶する。

 

 

――――

 

 赤井はあと。

 能力・ナウナウの実。

 それは決して悪人の手に渡ってならない能力である。

 その真価は――現実の改竄。

 自身の望む「今」を強制的に作り出す能力。それがナウナウの実。

 

――――

 

 

 過去に一度もこの力は使っていない。

 使用を迫られる窮地に陥ったことがないから。

 現実に満足していたから。

 そして何より、これが禁断の力であると自覚していたから。

 

 でもこんな現実は受け入れられない。

 こんな現実が許されていいはずがない。

 

(使ってやる。お前らなんかに2人の関係を壊させてたまるか)

 

 人混みの中、はあとはそっと瞼を閉じ妄想に耽る。

 言葉を探す。

 言語化が難しい。

 

(いや、やり直しは効く。失敗しても次がある)

 

 はあとは小さく息を吸って、周囲の喧騒に紛れて声を発した。

 

 

 

   ――――――

[みこちは死ななかった]

   ――――――

 

 

 

「…………」

 

 聴覚が衰えたように喧騒が遠ざかり、閉ざした視界が真っ白に染まり、全身が虚無感――浮遊感に襲われ……。

 やがて音も色も、全ての感覚が帰還し、はあとは目を開けた――

 

「――っ!」

 

 視界に飛び込む光景に絶句した。

 

 密集の中に佇むはあと。

 その視線の先には――救急隊――警察――荒れた公園――そして頭から血を流して倒れるすいせい。

 

 吐き気を催した。

 口の中まで嘔吐物が競り上がり、それを飲み込むともっと吐きそうな気分になった。

 

(な、なんで……何ですいちゃんが……)

 

 みこの死を拒んだ今、その代償の様にすいせいが死んでいる。

 ゲロ味に溺れながらみこの今を調べると、あの海賊船に拘束されていた。

 意味が分からない。

 

(い、いや……だいじょぶ……作り直せばいい……)

 

 はあとは祈る様に跪いて両手を握り、目を閉ざす。

 ここですいせいの死を取り消しても、みこの死が復活するだけ。

 ならば――――

 

 

     ――――――

[みこちもすいちゃんも死ななかった]

     ――――――

 

 

 2度目の現実改変。

 先ほどの虚無感が押し寄せ――霧散し――目を開き――

 

「…………うっ……っぶ……」

 

 視界に映る光景に嘔吐した。

 みこが倒れている。

 2人の死を取り消したのに、みこが倒れて、すいせいがいない。

 

「オッ……おぇ…………っ、げほっ……」

 

 大衆の面前で無様に嘔吐した。

 周囲の人が一斉に身を引き、蔑視されるが気にも留めない。

 救急隊が1人、はあとに寄り添ってきた。

 

「キミ、大丈夫かい……? ここにはいない方が――」

「み、ごぢ……は?」

「――え?」

「みこ、ぢ……は、生きてまずが……?」

 

 絶望感で顔面蒼白となるはあとの下から目線な問いかけに救急隊は戸惑い、逡巡し……結局小さな声で口を割った。

 

「生きてはいる、けど……この先どうなるかは……」

 

 と濁しつつ答える。

 

 両目から涙が溢れ、口元の嘔吐物に紛れる。

 そしてゲロの味で意識が飛びそうな中、すいせいの今を確認したがやはり船上で、目の前にはあの海賊。

 

(ま、まだ…………)

 

 はあとは救急隊の前で目を閉じて両手を握りしめる。

 

 

 

    ――――――

[あの海賊はこの島に来なかった]

    ――――――

 

 

 

 世界への干渉は瞬間的には些細な変化でも後世に絶大な影響を及ぼす。

 バタフライ効果と言われる現象だ。

 瞬間的な変化が絶大であれば、後世への影響はそれこそ計り知れない。

 

 だからはあとは極力他人への干渉を減らしていた。

 しかしこれでは2人が助からない。

 2人の幸せが訪れない。

 

 だから干渉する範囲を広げる。

 これならどうだ――!

 

 

「………………」

 

 

 恐る恐る瞼を上げると夕焼けが目に刺さった。

 

 

「…………あ、れ?」

 

 目の前には見慣れた公園が何の変哲もなく存在していた。

 そしてはあとやみこを取り巻いていた大衆は消滅し、救急隊や警察も、人っ子1人もいない。

 

 長閑な海辺の公園があるだけだった。

 

 能力の影響か虚無感が心を支配している。

 

「……」

 

 唖然として立ち尽くすはあとの背後にずざっ、と何者かが佇む。

 

「はあとちゃん、やっほー」

「――!」

 

 聞き慣れた赤子を連想する声音にはあとは嬉々として振り向く。

 

「みこち!」

 

 はあとに笑って手を振るさくらみこがいた。

 生きているみこに出会えて感無量だった。

 100年ぶりに出会ったかの様に泣きついた。

 

「んにゃっ⁉︎ ど、どちたのはあとちゃん⁉︎」

「んー……んーん! なんでも゛! なんでも゛ないの゛‼︎」

「にぇ〜?」

 

 みこの態度も至って標準。

 何の変哲も違和感もない。

 だからきっとすいせいも無事だ。

 でも……一緒に居ないのは何故だろう?

 

「ごめんね゛……ん。それで……すいちゃんはどこ?」

「――?」

「――――」

 

 目元の涙をちょいと拭ったはあとの目先で、みこが困惑に眉を寄せる。

 その意図を汲み損ねたはあとは、続くみこの言葉の衝撃に耐え切れなかった。

 

「すいちゃん?って誰?」

「――――」

 

 その瞬間――全ての事象が確定してしまった。

 

 

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