ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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133話 心のキズと頭のネジ

 

 木々の隙間から青い空が見える……。

 天を仰いで地べたに転がっているようだ……。

 

「見境無しね……」

 

 大波に攫われて森の中へ流れ着いたちょこ。

 胸中に捕まえた少女が咳き込み口や鼻に侵入した水を吐き出そうと必死になるので、ちょこは優しく解放する。

 

「けほっ、げほっ……っず! ぷっ!」

「無事そうね」

 

 波に揉まれる中でちょこが身を挺して守った少女――紫咲シオン。

 反射的にシオンを守った事はちょこ自身予想外だった。

 

「ありがとちょこ先生」

 

 土を踏むと靴の中の水がぐじゅっと音を立てて気色悪い。

 不快感を顔に残したままシオンは立ち上がってちょこに手を差し出した。

 躊躇いがちに手を取り、華奢な腕に引かれて身体を起こす。

 

「ありがとう」

「ん」

 

 泥汚れを落とそうとお尻を払ったが、汚れは染み込んでいて叩いただけでは落ちなかった。

 全身に張り付く水分がいつも以上に体力と活力を奪って行く。

 

「さて。ここからどうしようかしらね」

「シオンはラプラスに勝たないと」

「好きねぇ〜」

「別に好きとかじゃなくて――! ただ……シオンがラプラスに負けたってのが認められないだけ」

「――――――――」

「――マジだかんね‼︎」

 

 シオンの言い訳がましい物言いをちょこが生温かい目で聞いていると、シオンは紅潮して頬を膨らませ、激しく抗議した。

 ちょこの表情は終始変わらない。

 シオンはわざとらしい口ぶりで独り言を呟く。

 

「洗脳下にあるシオンを負かして勝ち逃げとか――絶対許さん。しかも2対2‼︎」

「――――――――」

「必ずサシでコテンパンにしてやる――」

 

 シオンが不敵に笑って弱い拳を打ち合わせた。

 ロギアの能力を有するラプラスをシオンがどう攻略するのか――過去に数度手合わせしたちょこも難しい議題であると考える。

 だがそこはシオンの発想力を信じ、ちょこは野暮な疑問は口にしなかった。

 

「良い心掛けね」

 

 揶揄われたと感じたシオンがまた頬を膨らませてちょこを見上げる。

 するとちょこはぽんとシオンの頭に手を乗せた。

 首を回してちょこの顔を見上げると、その瞳は数メートル先の木を見ていた。

 

「それじゃあまずは、ここを片付けないとね」

「――?」

 

 見上げたまま首を傾け、その動作の延長として視線をちょこの見つめる木へと流した。

 

「何?」

「気になるなら技でも飛ばしてみれば?」

「……」

 

 物は試しとシオンは弱い裂傷波を木へと放ち木にひびを入れた。

 

 ぴっ……。

 

 幹の破片や木の葉に紛れて微かに飛散する白い物質。

 丁度液体と個体の中間あたり。

 一度聞けば決して忘れる事の無い能力。

 

「マヨラー……」

 

 ぽつりと呟くと観念したこよりが堂々と木の影より現れる。

 

「うまく隠れてたはずなのにな〜」

「これでもちょこ騎士団やってるのよ?」

「やっぱりマヨネーズの匂いがするのかなぁ……」

 

 ちょこが自慢げに鼻を鳴らすがこよりは目もくれず自身の身体をすんすんと嗅ぐ。

 潮の匂いがして気分を害したのでマヨネーズを飲み、鼻と口を直した。

 

 マヨネーズの直飲みを目の当たりにしたちょことシオンは、空気を飲んで胃もたれしていた。

 同じ挙動でお腹を摩る。

 

「すぅ…………はぁ、やっぱりマヨネーズだよ、っね!」

「もうタバコじゃん」

「いや、タバコ超えてヤクね」

「ニコ中ならぬヤク中ならぬ、マヨ中」

「ちゅぅ……ちゅぅ…………」

 

 手中に生み出したマヨネーズを命の水が如く啜るこより。

 見ていると胃もたれに加えて頭も痛くなってきた。

 

「でもま、マヨラーの倒し方は心得てるから――」

「それってあの変な弓の事〜? あんなの初見殺しじゃん」

 

 攻撃を受け流す相手への対策もバッチリと息巻くシオンだったが、どうやらその手段もきっちり漏れているらしい。

 こよりは手中からマヨネーズを消して両手を広げ肩を竦めながら鼻を鳴らす。

 

「どーせ矢の刺さった相手を『傷心』させるとか、そんな言葉遊びみたいな能力でしょ」

「くっ……」

 

 シオンは安直に表情で答えてしまう。

 

「追尾式でも無いんだし、当たらなきゃ良いだけの話じゃんねぇ」

「……!」

 

 シオンがムッとして能力を放ちかけたが、ちょこがまたシオンの頭に手を乗せて感情を抑圧する。

 

「だったら簡単よ。当てれば良いんだから」

「……」

「さーてそう簡単に行くかな〜? 銃も弓も鍛錬積まなきゃ静止物さえ貫けない武器。それで動き回るこよを捕らえられんの〜?」

 

 対抗するちょこの根性論を理論的に詰めて煽る。

 ぷぷぷと口元を押さえて挑発的に笑う姿が妙に可愛らしくてイラッとした。

 

「なるほどそうね。でもそれはあなたが動かなければ良いだけの話よ」

「ふ〜ん……じゃあやってみれば〜?」

「ええ、覚悟しなさい」

 

 ちょこが拳を構えた。

 シオンと頭を並べるまで腰を落としそっと呟く。

 

「ちょこはあの人倒せない。隙見て撃ち込んで」

「――ん」

 

 近接戦闘に持ち込むべくちょこはこよりへ急接近。

 シオンはこよりの油断を誘う為、早々に弓矢を構えた。

 

「Xeウェーブ」

 

 大量のマヨネーズがちょこの足元を侵食する。

 

虚心弓(リーラアロー)

 

 回避される事を承知で矢を放った。

 予測通り回避されるが、お陰でマヨネーズの波が一時的に止む。

 

「こよなく愛するマヨネーズ大瀑布」

 

 意味不明なセリフ……否、技名を口にしヒーローのように片腕を天に突き上げるこより。

 足や背中などから大量のマヨネーズを噴射してなんと空中へと全身を持ち上げた。

 空中に出てもマヨネーズの噴射は止めないので、当然森にはマヨネーズの大雨――否、大滝が降り注ぐ。

 

「きッたなぁーっっ‼︎」

「避けきれない!」

 

 雨を躱せないように、このマヨネーズの大滝だって回避不可能。

 見た目ばかりが派手で下品な技に驚愕の暇もなく、ちょこもシオンも全身が真っ白のマヨネーズに包まれた。

 

 鼻を突くマヨネーズのにおい……。

 鼻への侵入を防ぐと代わりに口からマヨネーズが侵入する。

 味自体はいいがマヨネーズ単体はやはり腹に来る。

 

「ゔぇ……特殊性壁のハードなイジメじゃん、こんなん……」

「ほんとよ……ただ気分悪くなるだけだわ……」

 

 物理的なダメージではなく精神的なダメージが残る特殊な技に、2人は口を揃えて愚痴る。

 それを適当な木の上からこよりが見下ろしていた。

 

「わー2人とも美味しそうだねぇ……」

「どこがだマヨラー‼︎ やり方が陰湿だぞ! 降りて来ーい‼︎」

「そうよ! ダブルミーニングで汚い戦い方しないでちょうだい‼︎」

 

 木の下から野次が飛ぶ。

 精神攻撃で対抗するつもりなのか……何にせよ、こよりの心は微塵も傷付いていない。

 

 ムキになったシオンが弓を構えた。

 こよりはその動作を余裕綽々と微笑んで睥睨する。

 矢の先端がこよりのハートを捕捉した。

 

「2人はさ、こよの能力聞いてないの?」

「――?」

 

 牽制気味に構えていた弓を引く力が弱まる。

 2人並んで眉を寄せると眉間を伝ってマヨネーズが鼻先へ。

 

「こよのマヨネーズにも種類があるんだよ。例えばそう――」

 

 ――――

 

「――爆発する成分の含有率が高い、とか」

「「――⁉︎」」

 

 見た目のインパクトで完全に頭から抜け出ていた――!

 そうだ――こよりは少量のマヨネーズを爆発させていたと情報を貰っていた‼︎

 不覚だった――‼︎

 

「LIVボム」

 

 着火したマッチがくるくると舞い落ちマヨネーズに埋もれた直後――

 

 ババババッ――‼︎

 

 と幾つもの花火が連鎖爆発する様にマヨネーズ達が弾けた。

 

「「ッ――‼︎」」

 

 呻吟が爆発に埋もれる。

 

 

 ………………。

 

 

 マヨネーズの香りを含んだ爆煙が漂い、一帯に奇妙なニオイが充満した。

 

 カンカンカンカン――――

 

 と灰色の煙幕に突っ込む鉄人。

 爆発自体は比較的小規模で完全にノックアウトは出来ない。

 そこへトドメを打つ為に送り込まれる刺客――それこそ、鉄の装甲で固めたロボ子だ。

 

 煙幕の中、鉄拳を振るってちょこに殴り掛かる――!

 

 ガンッ――と鉱物が衝突した様な硬く甲高い音が響いた。

 

「こんな陳腐な爆発じゃ、ちょこは靡かない」

 

 文字通りロボ子の鉄拳を受け止め、迎撃に出る。

 シオンは爆発のダメージ自体は負ってしまうので回復までの隙が生まれてしまう。それをカバーするための迎撃だ。

 

 一撃で意識を刈り取らない限り、シオンは体力の限り回復を続ける事はロボ子も重々承知。

 だからこそ特殊な一手で攻めてくる。

 

「ポンコツイリュージョン」

 

 霧散を始める煙の中、ロボ子は素早くシオンの頭に触れて離脱した。

 ちょことの正面からの殴り合いを避ける辺り、純粋なパワー勝負は分が悪いと見ているのだろう。

 

「やっぱり簡単には仕留めきれないか〜」

「だね。でも今ので結構削げたはずだよ」

 

 晴れる煙幕を眺めてこよりが木から飛び降りた。

 ロボ子の横に着地しほくそ笑む。

 

「削げた? 浅いどころかダメージゼロよ」

 

 晴れた爆煙。

 ちょことシオンの服が熱気で若干渇いていた……が、マヨネーズは未だに付着している。

 全身の微かな煤……特に顔に付着した汚れを擦ってちょこは勇んだ。

 

 シオンだってダメージは入ったが直ぐに回復する。

 現に傷はもう無い。

 だがこよりとロボ子の態度は変わらなかった。

 

「ぷふっ――!」

 

 不意にシオンが口から空気を溢した。

 音だけなら、笑ったと錯覚する様な空気の掠れ。

 

「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ‼︎」

「――っ? シオン……?」

 

 堰を切ったように溢れ出す大笑い。

 立ち上がりもせず腹を抱えて笑い転げている。

 敵前とは思えない精神状態にちょこは一瞬の絶句を挟み、声をかける。

 

「あっひひひひっ! マヨネーズがっ、爆発したっ!――んふっ――んっ、くっふひひひひひっ! あーっはっはっはっ! なんかクっっっソウケるっ、くふっ――」

 

 シオンの笑いが絶えない。

 確かにバカみたいな能力活用だが、決して笑い転げる様なシチュエーションでは無いはず。

 ちょこは原因が敵にあると早々に脳内で繋ぎ合わせ、ギロリと似合わない眼光を向けた。

 

「何をしたの」

「うっひひひっ! 何ひはっ――て、敵が教えてくれるわけないじゃん! あっひゃひゃひゃひゃっ! ちょこ先生天然じゃ〜ん!」

「――――」

 

 背後に庇う無防備なシオンが無意識に茶々を入れるので調子が狂う。

 それでも然として敵を睨んでいるとロボ子がシオンを嘲るように口角を上げて口を開いた。

 

「頭のネジを外した」

「は?」

「ちょっとおバカになったってこと」

「えぇ〜! それも言葉遊びじゃ〜ん‼︎ うぇっへひひひひひっ! ネジ外すって――んっはははははは、しょ〜もな〜‼︎」

 

 ロボ子の自白にすら息を詰まらせて笑い、声が掠れ始めていた。

 この様子でまともに戦闘に参加できるとは到底思えない。

 

「……元に戻しなさいよ」

「ぷっははははっ! 戻してくれる訳――」

「黙ってシオンちゃん」

「――――」

 

 言葉を強めてシオンを嗜めると案外素直に応じた。

 

(黙った……?――! ネジは飛んでるけど、多少の理性は残ってる‼︎)

 

 数十秒前ロボ子は「削げた」と発言した。

 つまりまだシオンを戦力としてカウントしている。

 現状は不利だが、ちょこに有効な攻撃は少ない。

 シオンの生きている理性を上手く扱えば――戦える。

 

(それに……)

 

 ちょこはロボ子の右手と左手をそれとなく見比べ確信した。

 まだまだ追い込まれていない。

 

(……諦めるには早い。そうよねスバル)

 

「ふぅー……」

 

 深く息を吐いた。

 

「シオンちゃん、戦えるわね」

「えぇ〜う〜ん……頑張る〜」

 

 ちょこはスバルと違い考えて戦う事は苦手だ。

 でも時には苦手な科目を頑張る必要がある。

 人を巧みに操ってこの状況を乗り切る事が、今のちょこに課せられた責務。

 

「ここ乗り切れないようじゃ、ラプラスには勝てないわよ」

「――――ん」

 

 微かな理性に届く一言でシオンの心に弱い火を灯す。

 恐らく容易く潰える火種だが、立ち上がらせる事に成功した時点で上出来だ。

 

「じゃあロボ子さん――」

「そうだねこより」

 

 こよりが全身からマヨネーズを分泌する。

 

 ロボ子が右の拳を強く握り、左手はプラスドライバーへと変化させる。

 

「「サクッと勝っちゃおう」」

 

 

 こより&ロボ子vsちょこ&シオン――こちらでもまた小競り合いが始まる。

 

 

 

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