「おいちよこ。お前なんでスバルに『合わせ』てんだよ」
「え――? だって、ある程度加減しないと稽古にならないでしょ?」
「違ぇよ。稽古の話じゃねぇ」
「――?」
「お前の実力ならもう騎士団入れてもらえるだろ。何でわざわざあたしに『合わせ』てんだよ」
「……スバルが好きだからよ」
「――っ! はっ⁉︎ ばっか! そんっなんっで誤魔化されねぇからな!」
「動揺しすぎよ……」
「……本当に大した理由なんてないの。ただスバルの近くにいたいだけだから」
「……そうか。じゃあまた気が向いたら話してくれ」
*****
「え⁉︎ 辞退したの⁉︎」
騎士団の入隊式の日、試験に合格したメルは式の時間にも関わらず浜辺でちょこと他愛もない話をしていた。
「うん。やっぱりメルに騎士団は向いてないと思って」
「でもメル様は団長のわため様にも太鼓判押されてたって言ってたじゃない」
「確かに闘う事に関しては筋が良いって言われたけどね……能力も役に立つし」
「だったらどうして⁉︎」
「メルは……ちょこちゃんに騎士団に入って欲しくて始めただけだから」
「ぇ……?」
思いもよらない告白にちょこは神妙な面持ちでメルの横顔を見つめた。
メルはバツが悪そうに表情を翳らせている。
「昔から騎士団の仕事に憧れてるのに、どうせなれないからって試しもしないで諦めちゃってたでしょ?」
「ぅ…………それは……」
「メルも最初はそう思ったけど……強い能力を得て、もしかしたらって思ったの」
1年ほど前にちょこがガチガチの実を口にして、岩石の様な身体を手にした時、メルは可能性もゼロでは無いと思った。
「だからちょこちゃんに頑張って欲しくて、一緒に騎士団員養成用の学校に通おうって誘ったの」
「…………」
「でもまさか自分が一目置かれるなんて思わなかったや……あはは……」
乾いた笑いが潮風に乗って飛んでいく。
「ねえちょこちゃん」
「……なぁに」
「――メルは国を出ようと思う」
「ぇっ――――」
唐突な心境の変化にちょこは驚愕を隠せない。
絶句して呼吸が一瞬止まった。
「メルにも叶えたい夢ができたから、それを叶える為に国を出るよ」
「ま、待ってよ……急にそんな……」
「夢を叶えたら、また会いに来るから――だからちょこちゃんにも夢を叶えてほしい」
「でも…………」
「なれるよ。ちょこちゃんなら――立派なナイトに」
――――――――。
*****
メルの出発から数日後、CT騎士団の団長が変わり、ちょこも再び養成学校に通い始めた。
今期最初の簡単な稽古戦。
今年新たに入学した教習生が多く、初回のちょこの対戦相手もその1人だった。
「癒月ちょこ」
「はい」
「大空スバル」
「はい‼︎」
武器の使用、能力の使用は全面禁止。
どちらかの投了または場外、若しくは審判を行う団長の判断により試合は終了となる。
「双方、構え」
リングで見合うちょことスバル。
ちょこは慣れた足取りで位置に立ちリラックスして構える。
対してスバルは初試合と言うこともあり緊張感が漂っていた。
しかし、やる気だけはちょこの数倍だ。
「「――――」」
「はじめ!」
「――はっ!」
「――ぇ」
直線的な動きでちょこに殴り掛かるスバル。
余りの隙の多さにちょこは面食らって迎撃の手を止めた。
スバルの拳を右腕で後方へいなす。
簡単にバランスを崩して危うく転倒しかけるが、踏ん張って振り返る。
ちょこの目を見上げて、スバルはもう一発拳を振るった。
顔面をぶち抜く勢いで振りかぶった一撃を全く同じ容量でいなし、今度は勢い余ったスバルの足を掬って前方に倒す。
「うがっ!」
受け身も下手くそで床に顎を強打していた。
うつ伏せに倒れたスバルの背に跨って両腕を足で押さえつけ、制圧完了。
(よっわ…………)
未習熟な戦闘技術に華奢な体格からも容易に想像がつく非力さ。
想像を絶する才能の無さにちょこは言葉を失って蔑む様にスバルの後頭部を見つめた。
「くっそ……! この……!」
「――そこまで‼︎」
必死にもがいて抵抗するも素でパワー負けしているちょこに跨られて押し返せる道理などない。
無情にも団長の審判が下る。
ちょこは無気力そうな面でスバルの拘束を解――
「待てよ‼︎ スバルはまだ降参してねぇだろ‼︎」
「――は?」
「殊勝な意気込みだがこの場に於いてはあたしの審判が絶対だ。双方引け――次の組、入れ」
「――! くそが‼︎」
だんっ、と力一杯に握った拳で床を殴り、スバルは怒り収めぬままリングを出た。
ちょこも半歩遅れてその場から身を引く。
(変な人)
ちょこがスバルに抱いた第一印象は、それだけだった。
――――――。
しかし次の日、教習学校へ足を運ぶといきなりスバルが声をかけてきた。
「おいお前!」
(……最下位の子)
「何?」
内心を隠してスバルと向き合うとスバルはぐいっと顔を寄せてきた。
「強ぇんだろ⁉︎ 戦い方、教えてくれ‼︎」
(……)
「いいわよ」
「――⁉︎ マジで⁉︎ マジのマジで⁉︎」
「ええ」
「助かる‼︎ じゃあ今日から毎日教えてくれ‼︎」
「……ええ」
(どうせすぐ飽きるでしょ……)
この日より、スバルの猛特訓の日々が始まった。
*****
(また落第……)
それから半年が経過し、新たに騎士団員が選出されたが、ちょこはまたしても入団を許可されなかった。
結果発表後、落第者たちの面接が始まる。
団長と面接を行い、今後の意思確認などが行われる。
「次、癒月ちょこ」
「はい」
ちょこは作法に則って面接室に入り、ぼたんの指示の後着席した。
「……お前は2年前から通ってるらしいな」
「はい……」
ぼたんがちょこの資料を広げ、目を通しながら確認する。
「戦闘技術の評価は申し分無い――と言うか、歴代で見てもトップクラスに高い。その観点だけならあたしよりも上らしいな」
「……嬉しいです」
「そんなお前が何故2度も落第したか。原因に心当たりは――?」
「…………」
「ある様だな」
ちょこの表情から察したぼたんは大きくため息をついて姿勢を崩した。
「お前――本気で騎士団に入りてぇのか?」
「…………」
ちょこは俯いた。
瞬間空気が凍りつく――
「そうか、じゃあお前もう辞めろ」
「――」
「今のを即答できない時点でお前に素質はねぇよ」
ちょこはぼたんの目を直視できなかった。
「面接は以上だ。帰っていいぞ」
「…………失礼します」
ちょこは一つの口答えも無く面接室を後にした。
とぼとぼと重たい足取りで帰路に着こうとした時――
「ちょこさん」
「――! はい」
姫であるルーナに呼び止められた。
沈んだ表情に目一杯の作り顔を貼り付けて声と顔を上げた。
「こっち来て」
「……はい」
ルーナに手招きされちょこは素直に従い後を追う。
面接室とは別の個室に連れ込まれ、1対1で向かい合って座らされ緊張が走った。
「ぼたんちゃんに何か言われた?」
「……はい。素質がないから辞めろ……って」
ぼたんに告げられたままを答えるとルーナは徐に頷いた。
「よくしゅばと練習してる所を見るってぼたんちゃんが言ってたけど、仲良いのら?」
「……仲が良いと言いますか……強いから教えてくれと頼まれましたので……何となく、教えてあげようかなと……」
「しゅばの事、どう思う?」
「ぇ、どうって……あいや、その……。――正直、実力が伴っていないと思います。あの実力では能力者である事が寧ろデメリットになると思いますし……騎士団には向いてないと思います」
「そっか」
「……」
悟った微笑みでちょこの言葉に首肯を繰り返しそっと瞼を閉ざす。
姫の人間性が前面に出た瞬間だった……。
「あの……」
「ん〜?」
「どうしてスバルの話を……」
「ちょこさんがこの教習学校で学べる事はもうないのら」
「――――」
まるで見限り突き放すように冷徹な言葉。
でも物腰柔らかで全く角が立たない声色。
改めて姫森ルーナと言う捉え所の無い人間性を認識した。
「自覚してるでしょ? このまま同じ講習を受けても、これまで通りの結果をなぞるだけ。在籍し続ける事に意味は無い」
「…………」
「だからね、少し新しい試みを考えてるのらよ」
「……? 新しい……試み?」
ふふっと上品に苦笑して細めた視線をちょこに流す。
「まだ2人には話してないけど、ぼたんちゃんにしゅばとちょこさんの面倒を見てもらおうと思うのら」
「――――」
「他の子とは全く別で活動して、他の子とは別の試験を受けてもらう。それに合格すれば入団許可するのら」
「……」
「ちょこさんの才能を見逃すのは勿体無いと思って」
「…………」
「どうする? やってみる?」
「…………はい」
ルーナの差し金によってちょことスバルの特殊な訓練の日々が始まったのである。
*****
それから半年後、ちょことスバルは騎士団入りを果たし、それから様々な事件が起きた。
――――
「ねぇスバル」
「あ? どした」
「前にした話覚えてる?」
「いっぱいありすぎてなんのことか分かんねぇよ」
「ちょこなら騎士団に入れてもらえるのにどうしてスバルに合わせてるのか、って聞いたじゃない」
「……ああ聞いたな」
「ちょこはずっと落第続きだったのよ」
「……ちよこが落第? その実力で落第とか有り得ねぇだろ」
「いいえ……当然の話なのよ」
ちょこが神妙な面持ちで自嘲気味に呟き、首をゆったり横に振った。
スバルが訝しげに眉を寄せ口を小さく開ける。
「スバルとちょこは正反対の素質を持ってるの。スバルにはちょこがどれだけ努力しても手に入れることの出来ない素質がある」
「――――」
「だから姫はちょこたちを組ませたの。互いの欠点を補い合って成長させる為に」
「……お前がそう思うなら否定はしねぇがよ……スバルにそんな素質はねぇと思うぞ」
「そうよね……あなたにとってはそれが普通だもの。だからこそ、羨ましいのよ……」
ちょこはスバルと面と向かって本心を伝える。
いつも大人びている姿が少し幼くなっていた。
「ちょこがあなたの立場なら、きっと騎士団に入る夢なんて諦めてた。ちょこは目の前に壁があるとすぐに引き返してしまう。壁を乗り越える事をすぐに諦めてしまうの」
「はあ?」
「この能力を得て、その上友人に背中を押されてやっと入校を決意するような人間だから……。ずっと自分に疑問を持っていたの。このまま騎士団に入ってもいいのかって」
「へぇ」
「でもちょこは何も変わらないままここまで来てしまって……」
「そうか」
「……もうちょっと真面目取り合ってくれてもいいんじゃない」
「今までのが謙遜じゃなくただの卑屈だったなんてがっかりだよ」
「……」
「つか何でお前がそんな卑屈になんのかスバルにはさっぱり分かんねぇし」
「そりゃあなたには分からないでしょうけど……」
「お前がスバルの立場なら諦めてたって話は100歩譲って納得できるけど、お前はそんだけの実力があんだからそんな性格になるのが理解できねぇよ」
「むっ……なによ! 気が向いたら話せって言うから態々自分から切り出したのに!」
「知るかよ。こっちはずっと前から恥を偲んでお前に練習付き合ってもらってたってのに今更なんだよ」
「――――」
スバルのトゲのある態度にちょこは僅かに抗議したが、あえなく撃沈する。
最後の一言を聞いてぐうの音も出なくなった。
「……お前卑屈になりすぎなんだよ」
「…………」
「スバルをどう思ってたのかしらねぇけど、まさか今のトレーニングも意味ねぇとか思ってんのか?」
「ぇ……」
「何でもすぐに諦める癖があるってんなら、お前が教官やってるのは明らかに矛盾してるだろ。生徒の可能性を信じてないって事なんだぞ」
「――それは……そんな事は……!」
「だったらお前‼︎ 二度とそんな事口にすんじゃねぇ‼︎」
「ッ――‼︎」
熱湯のように頭から蒸気を昇らせながらスバルがちょこの胸ぐらを掴み上げて怒鳴り散らした。
唾が散る至近距離。耳が痛い。
スバルらしからぬ言動にちょこは初めて彼女への恐怖を覚えた。
後にも先にもこの一瞬だけだ。
「お前があたしを教えたんだろ‼︎ 自分の教え子に責任持てよ‼︎」
「う……」
ずるっ、と服を手放すとスバルの頭は急速に冷えていく。
感情の変化を隠すように背を向け、ちょこから少し距離を取った。
「もしこの先、自分に自信を持てなくなったり、何かに躓いたりした時はあたしのこと思い出しとけ」
「――へ?」
「あたしはお前の自信だ。お前の成果だ。お前の実力だ。お前があたしを最後まで諦めなかった事、よく覚えとけ! お前に諦め癖なんかあるはずがねぇ。自分に自信が持ててないだけだ。だからあたしがその自信の源になってやる」
「ぅ……っ……」
「分かったらお前……もうそんな情けねえ顔すんじゃねぇ」
「っ……ぐ……ぅ……」
「あたしの目指す先がぶれちまうだろうが」
「……っ!」
スバルの揺らぐ後ろ姿を見つめた。
その背中は思ったほど大きくないようだ。
「シオンとねねの件はお前のせいじゃねぇし、連れ去られた事は覆らねぇ。その代わり――今度はちゃんと助けるぞ」
「……。――ん――ええ!」
「だったらしゃんとしろ。で、ちゃんと隣に居ろ――。」
「――ええ! 分かったわ!」
スバルとちょこは顔を見合わせもせず、ただ横に並んでその部屋を後にした。
その後2人は、ルーナとラプラスと共にハングリー島へと仲間たちの救出へと船を進めたのだった…………。
――――――――――
「うっ……あったたた……」
ラプラスの土砂に飲まれて流されたちょこが後頭部を押さえながら立ち上がる。
口では痛いと言いながら外傷は一つもない。
目立つ被害と言えば多少の目眩程度。
それも直立して数秒で元通りだ。
いや……目立つ被害がもう一つだけあった。
周囲を見渡したちょこはその被害に気が付く。
「1人か……参ったわね」
周囲に敵も味方もいない事。
ちょこ1人が何もできず彷徨うと言う事は、折角の総戦力有利を不意にすると言う事。
今この島に強者達が蔓延っている訳だが、その数は一味側が一人分だけ手数が多い状況。
まあそれも、敵や味方がやられる事で一転二転するのだが。
「……早く誰かを探さないと」
最低1人の打倒をもって漸く成果一つと言える。
さしずめ、目指すべくは今尚災害を撒き散らす台風の目。
騒音を頼りに敵のいる方角へと突き進むのみ。
ちょこのように相手を探す者が少なからず引かれてくるから。
「よし!」
ちょこは土砂を踏み締めて力強く一歩を踏み出した。
がさ……
「――ぁ……」
「え…………?」
ちょこの前に突如として現れたのは――癒月ちょこ。
目の前に鏡があるのかと錯覚するほど酷似している。
――と言うか、全く同じ姿。
驚きのあまり両者共に情け無い声を溢した。
「……! メル様‼︎」
「ぇ〜……よりによって本人に当たる……?」
数秒硬直してちょこは正体に当たりをつけ、メルは思わぬ対面に天へと愚痴を吐く。
変身が意味を成さなくなり、メルは早々に能力を解いてちょこと向かい合った。
「あなたとの対面、メル的には勘弁して欲しかったんだけど……」
右腕を上げて指を畝らせパキパキと骨を鳴らす。
「遭遇しちゃった以上仕方ないね〜」
「私としても――メル様との戦闘は避けたかったわね」
「気が合うね」
「ええ、そうみたい」
ちょこが目を吊り上げて全身を力ませた。
力強く地を踏み鳴らすとガッチリと能力で身を硬め、戦闘態勢に入る。
「一体何の成分を吸ったのかしら?」
「さぁ〜て、何でしょう」
メルの能力は一部の物質から成分を吸い取り、自身の肉体に性質を移す事ができる。
早い話、鉄からその性質を吸い上げて自らを鉄の硬度に変化させる事が可能なのだ。
「ダイヤモンドでも食べてない限り、ちょこの硬度には敵わないわよ」
「そうだね。でも生憎ダイヤモンドは食べてないかな」
「あらそう? なら遠慮なく――勝たせてもらうわよ‼︎」
ちょこは全力で踏み込み地面に深い足跡を形成しながらメルに直進する。
最大限に硬めた拳を握り込み一切の驕りなく顔面を狙う。
メルも小手調と言わんばかりに拳を握りちょこの攻撃先を見計らっていた。
「
凄まじい風圧を巻き起こす鉄拳がメルの顔面を狙って放たれる。
眼前に押し寄せる圧倒的なパワーを前にメルは一歩も引かず両腕をクロスさせてガードしつつ、衝撃を全身に流して威力軽減を試みた。
ガッ――――‼︎
「っ――――――‼︎」
ちょこの硬度を相手に手加減などするはずがない。
鉄の成分を腕に纏めてメルの最大の硬さで応戦した。
それでも――抗いきれない破壊力。
攻撃を受け、その威力に危機感を覚えた時、両足は既に地を離れ、身体は勢いのまま空を切り背後の巨木に激突していた。
ダンッ――!
「うッく――」
背中に鉄の成分を回し衝突の負担を和らげると、背骨が折れる代わりに巨木の幹に亀裂が入った。
数秒間みしみしと不穏な音を立てたかと思えば、亀裂を根本にして巨木が豪快に倒伏する。
ガードに回した両腕を目前に上げると真っ赤に染まっており、ぴくぴくと小刻みに痙攣していた。
軟弱な自身の腕を蔑視して下ろし、ちょこの瞳を正面から睨む。
「これでも鉄の硬さだったんだけど」
「言ったでしょう? ダイヤモンドでも持ち出さなきゃムリよ」
ちょこは拳を構えたまま姿勢も崩さず淡々と告げた。
純粋な殴り合いでちょこの右に出るものはまずいない。
ちょこもメルも今の接触だけでちょこの優位性は大いに実感できた。だからこそちょこは現状維持を、メルは新たなアプローチを思考している。
「やっぱり、搦手でいくしかないね」
「――妙な事はさせない!」
堂々と次なる作の主旨を明かすメルにちょこは真っ向から突っ込む。
折角の有利な土俵から下りたくはない。
だがちょこの単調な動きはメルに見透かされ易々と回避を許してしまう。
木々を上手く使い得意の小周りを利かせてちょこから距離を置く。
パワーで敵わない以上近接線を拒む事は理に適っているが、メルの能力も結局接近が必須。
体力切れを狙うならあまりにも相手が悪くちょこはメルの対応を訝しみながら追撃を重ねた。
「へへっ――行っくよ〜‼︎」
メルがぐるんぐるんと右腕を振り回して愉快な声を上げた。
やや開いた距離。
ちょこの知らぬ成長を遂げた可能性も踏まえ、追撃の手を止めて対処を見極める方向へ。
「ゴムゴムのォ〜――」
「――ゴム?」
「――
「ぃっ⁉︎」
到底届かない距離から放たれたメルの右手拳がゴムの様に真っ直ぐ伸びてちょこまで飛んできた。
驚愕のあまり態々下手な回避行動を取ると、メルはその隙を逃さない。
「と見せかけて〜、ぐるぐる〜!」
伸びた腕がちょこの両腕も巻き込んで腹部をぐるぐる巻きに。
「うっ――しまった!」
「ロケット〜」
伸ばした腕を収縮させる勢いに乗ってメルが飛来してくる。
メルとちょこが衝突してちょこを地に押し倒すとメルは牙を剥いた。
「かーぷっ――」
「ぐっ!」
腕を縛ったまま首元――頸動脈付近に噛み付いて、早速ちゅーちゅーと何かを吸い上げてゆく。
血ではない何かが吸われている事しか分からないが、何かを吸われるたびに全身に脱力感と倦怠感がのし掛かる。
早急な脱却を要する。
ちょこは脚をじたばたさせ、小刻みに体を振るってメルの体勢を崩させると強引に体を回して脚で地を蹴った。
軽く浮いた身体。全身を硬め首に喰らいつくメルを下敷きに地へ衝突――
「おっと――」
ガンっ‼︎
拘束を解き牙も抜いてメルは華麗に離脱。
ちょこが無傷で地面に減り込んだ。
自分型に陥没した地中から這い上がり、ちょこは牙の差し込まれた首元手を添える。
出血は無く牙の跡も残っていない。
メルの触れた痕跡は多少の唾液の付着のみ。
だが――全身を蝕むこの倦怠感……。
「体力でも吸われたのかしら」
「おっ、飲み込みが早いね〜」
首を摩りながら当てをつけるとメルが感心した風に八重歯を光らせた。
「どう? そろそろ諦めたくなった?」
「――――あら。今のメル様もそのこと知ってるのね」
「当たり前だよ。弱点は共有されてるからね」
非常に気味の悪い話だ。
ちょことメルの関係は記憶に無いが、ちょこの情報はある程度残されている。
だが――今の発言から確信した。
ルイは全ての記憶に着手したわけではないという事。
それも当然。約10人の10数年にわたる記憶をたった数日で網羅出来るはずもない。
フブキとそらの記憶以外は然程目を通していない可能性さえも浮上した。
だからメルは何も知らずこんな事を言う。
スバルの記憶をよくよく精査していれば、既に数週間前にその弱点を克服した事は明白だ。
「そのようね。でもそれは――いったいいつの情報かしら?」
豊満な胸を張ってキリッと目を吊り上げるちょこの態度を前に、ハッタリや虚勢でない事は察した。
「ちょこはあれから変わったの。見違えるほど強くなったのよ。(……そうよね――スバル?)」
「へぇ〜それは凄いね〜」
イキった小学生を揶揄う様にあしらわれる。
メルが相手だからと言って、手を抜こうとは思わない。
そういった情は戦場に持ち込む必要が無いことも、しっかりと胸刻んだ。
「悪いけどメル様。ちょこと当たった事、本気で後悔するわよ」
鼓動の高鳴りを感じる。
全身の昂りを感じる。
巨大ロボとの戦闘時、ルーナの能力により一瞬だけ解放された力。
あの一瞬の解放を自ずと引き出せる。そんな直感に見舞われた。
ガンガンガンガンッと力強く駆ける。
全身を硬めて突進する。
「
「よっ、と」
ガシンッ、とメルの残像を撃ち抜いて背後の木を穿つ。
バキバキと音を立てて木がへし折れた。
ちょこの服がはためく。
「ゴムゴムの――」
メルが片腕を引いて予備動作に入った。
きらりと後ろ目にその姿を睨み、へし折れた木から長い枝を引き千切ると渾身の力で振り回す。
「
「ッ⁉︎」
真横からの襲撃は回避不能。
数センチ伸びた腕を縮めて速攻で防御体勢に入る。
「はッ‼︎」
「ゥッ‼︎‼︎」
顔を庇って腕でバリケードを張ったが、ちょこの狙いは脇腹。
ガードも無く少し腹に力を溜めていた程度の防御力。
鉄の硬度を越える棒が延伸力でパワーを増してメルを撃ち砕く。
衝撃で意識を一瞬だけ手放した。
吹き飛んで地に転倒すると鉄に打ち付けられた様な衝撃が立て続けに全身を襲う。
「ゲホッ……ケッホ……」
微量の血を吐き出して脇腹にそっと触れた。
「ぃッ……」
激痛が迸り反射的に涙が垂れる。
メルの意識がある内はちょこは一切驕らない。
悶絶するメルへぐっと距離を詰める。
(なんで――! 能力の付与は極めて小さい物質に限るって――‼︎)
涙滲む視界の先から迫り来るちょこ。
切羽詰まって頭を回すが脇腹が破壊されて立つ事さえままならない。
奥歯を噛み締めて口先から血を滲ませた。
(数日で能力が成長したの⁉︎)
「うっぐッ――‼︎」
ほんの少し身を捩るとまた激痛に襲われ片手を地に着き、片手を脇腹に添える。
「はぁ、はぁ……はぁ……ぇ……⁉︎」
平手で触れた土が鋼のように硬く弾力がまるで無い。
土も付着しない。
大地の硬質化を認識し全てが理解できた。
(まさか覚醒‼︎⁉︎)
ちょこが至近距離にまで接近していた。
拳が土手っ腹に放たれ――メルは目を閉ざす。
ドッ…………
「――なに⁉︎」
鋼鉄の拳がメルの腹に減り込むが奇妙な弾力によりダメージを感じない。
腕にメルの肉体が纏わり付くような感覚。
(まさかゴム化を――)
攻撃先さえ分かればゴムの養分が保つ限りダメージを極限まで軽減できる。
メルはちょこの身体に噛み付いた。その位置に選別は無い。
偶々口元にあったちょこの腰付近。
「はっぐ――ちゅー、ちゅー、ちゅー」
また血液ではない何かを吸われる。
吸われ続ければ体力を枯らされてしまう!
「スチールロック」
ちょこは焦燥感ひとつ見せず冷静にメルに触れ、カチャッと全身を固めてロックをかけた。
「ん――‼︎ ん! んー‼︎」
(身体が動かない‼︎)
折角ちょこから生命力を吸って脇腹を再生させたが、メルの身体は指一本動かせない。
ちょこの横腹に噛み付いたまま出来る事といえば、生命力、血、体力をギリギリまで吸い上げる事。
ちょこは大地と全身を鋼鉄以上に硬めると、腰にメルを添えたまま真上に跳ね上がる。
「んー‼︎ んー‼︎‼︎」
「歯を食い縛りなさい」
メルを地面へ向けて体重をかけ勢いよく降下――
「
「ふ――ぐ――――ッ‼︎」
鋼の身体と鋼の大地でメルをクラッシュ。
全身に響く衝撃は体の一部をゴム化しても凌ぎ切れない他に類を見ない破壊力。
一度のクラッシュでメルの意識を刈り取った。
メルの気絶を確認し、ちょこは能力を切りメルの上から離れる。
「……ごめんなさい。記憶が戻ったら、またちゃんと話しましょう」
メルの身体を抱き上げて怪我に配慮しながら倒木に優しくもたれかけると、髪を撫でて微笑んだ。
「あなたと話したい事が沢山あるのよ。本当に、沢山」
メルの口元の血を指先でなぞって拭う。
「だからもう少しだけ、待っててちょうだいね」
ちょこはメルの頭をひと撫でして静かにその場を立ち去った――。
ちょこの隣に居るべき人がまだいないから。