ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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141話 海賊になれ

 

「はぁ……」

 

 大の字に天を仰いで倒れていたアキロゼがため息をつきながらゆったりと立ち上がる。

 

「で? 私に一発入れて満足できたわけ?」

「…………、…………」

 

 肩を小さく上下に動かすおかゆを睨み付けて切れた唇に親指を乗せた。

 指紋に沿って微かな血が滲む。

 

「キミは乾燥したまま。まだ攻撃は通るんだよ」

「…………、…………」

 

 肩で息をするだけのおかゆの瞳はまだまだ光を宿しているが、アキロゼの声が聞こえているか定かではない。

 佇まいがどこか力無く指一本で突き倒せそう。

 無理をしていることは一目瞭然だった。

 

「……そんな事、一々考えてないのか」

「…………、…………」

「まあいいや。私、キミには興味ないから」

 

 アキロゼが両腕を上げて拳を作った。

 

「ヘドロ……バクダン」

 

 掠れた喉から大きなヘドロをアキロゼへ吐出。

 軽々と身を翻し長い瞬きの間におかゆの眼前へと迫る。

 

「500Nパンチ」

「ッ――――」

 

 防御すらできず、鳩尾にパンチを喰らい視界が暗転した。

 べちゃっ、という慣れた感触が背に纏わりつく。

 薄らと瞼を上げると木々の頭が点々と見えた。

 

(あぁ……)

 

 …………。

 

 

 ――――

 

 

 あの頃はそれなりに満たされていたんだ。

 能力の恩恵でフブキちゃんに勝っていたあの頃は。小心者同士の狭い仲間内でミオちゃんに勝っていたあの頃は。

 罪悪感を抱えながらも一定の幸福感があった。

 

 でも今の僕の中にあるのは劣等感……いや、寂寥感?……違うな……。

 もっと滑稽で……救いようのないものだ。

 

 フブキちゃんの胸を借りても。あくあに勇気を借りても。仲間に背中を押されても。強力な能力を手にしても。僕は強くなれなかった。

 

 もうこれ以上、どうしようもなくない?

 

 これだけ沢山借りておきながら、何一つ変わらない。

 もう――どうしようもないじゃん。

 

 これ以上、どうしたら――

 

『海賊やろうよ!』

 

 海賊……。

 海賊……。

 

 海賊……?

 

 海賊って――なんだ?

 

 どうすれば、僕は海賊になれるんだろう。

 

 僕のイメージする海賊は見境なく人々を傷付けて金品を略奪する悪党だった。

 でもフブキちゃんはいつも海賊は強くてかっこいいものだって言っていた。

 実際に海に出て目にした宝鐘海賊団とゼロ海賊団は、僕の想像していた海賊とは全く異なる気のいいお人好し集団。

 フブキちゃんの言っていた通り、強くてそれぞれ芯があるかっこいい人たち。

 

 僕はあんな風にかっこよくなれない。

 僕はあんな風に強くなれない。

 僕はあんな海賊にはなれない。

 

 みんなみたいな力が僕にはないから。

 僕には僕だけの宝がないから。

 

 宝が…………ないから…………。

 ……宝?

 

 

 あぁ……そうか……。

 

 もう鍵は持っていたんだ。

 

 ずっと前からそうだった。

 

 フブキちゃんの胸を借りて、あくあの勇気を借りて、仲間の力を借りて、能力も盗む様に食べて。

 僕の本質はずっとそこにあったんだ……。

 僕は少しずつ……海賊への道を進んでいたんだ……。

 

 …………。

 

 いつまでも半端な借り物で取り繕っていたんだ。

 そんなモノで強くなれるはずがない。そんなモノで変われるはずがない。

 本当に変化を望むならば、僕は――――。

 

 でも、そんな僕をみんなは――

 

『――分けてあげる、あたしの勇気』

 

 …………。

 

『あたしはどんなおかゆも愛していくから――』

 

 …………。

 

 ――――!

 

 

 ――――

 

 

 暗転した視界に光が舞い戻る。

 視界がぐわんと90度曲がって、再びアキロゼを捉えた。

 

「しつこいね、キミ」

 

 アキロゼが苛立ち気味に眉をぴくりと跳ねさせる。

 

「ありがと」

「別に褒めてないんだけど」

 

 口元を押さえて立ち上がり、小さな感謝の声を溢すおかゆ。

 アキロゼが的外れに返すがおかゆの脳内は新たな思考で埋め尽くされており、まるで聞こえていなかった。

 

 その様子にアキロゼは小さく鼻を鳴らして再度拳を構えた。

 僅かにぬかるんだ地面を踏み締めて。

 

「…………」

 

 もうやめだ。

 借り物でみっともなく戦うのはやめだ。

 

(海賊になれ――猫又おかゆ)

 

 これからは海賊らしく奪っていけ。

 敵からも、味方からも。

 

「――?」

 

 おかゆの瞳に灯る小さな光をアキロゼは見逃さない。

 奇策ありと見て一定の警戒心を持ったまま、勢いよく突っ込んだ。

 

「500Nパンチ‼︎」

「ゔ――」

 

 反射的に小さく後方へ飛び退いたおかゆの脇腹に拳がヒット。

 威力を弱めることには成功したが、それでもパワーに押されて数メートル飛ばされた。

 再び緑の屋根を見上げる。

 

「ドローイング」

「――?」

 

 おかゆが何かを呟いた。

 

「ばっくドロウ」

「――⁉︎ ィ゛ッ゛」

 

 刹那――アキロゼの足場が大口を開けて腹部に噛み付いた。

 泥で出来ているためか見た目に反して威力は然程大きくない。

 しかし、意識外から下半身を喰われたアキロゼは苦悶の表情を浮かべている。

 泥中に引き摺り込もうとする泥に拳をぶつけて吹き飛ばすと、アキロゼは空を蹴って後方へ引く。

 

「――今の……クロヱちゃんの……」

 

 嫌でもクロヱの攻撃が脳裏に過り、リンクさせてしまう。

 それだけ酷似した技だった。

 

 アキロゼが思考を纏め着地しようとしたその時、

 

「ドローイング・泥舟」

「ッ――⁉︎」

 

 アキロゼの眼前に泥で構築された船が地響きを立てて押し寄せていた。

 

「Pa砲」

 

 咄嗟に拳を突き出して風圧で対抗。

 大量の泥が飛散して船が原型を無くして溶ける様に崩れていき――泥舟の中からおかゆが飛び込んできた。

 

「ッ‼︎」

「ドローイング・泥絵の具」

「500Nパンチ――っ‼︎」

「っん゛――」

 

 不意の特攻に反応が遅れた隙に、おかゆはアキロゼの両目に泥を撒き散らした。

 迎撃に伸びたアキロゼの拳がおかゆの鳩尾に直撃すると同時に、アキロゼの視界が泥で覆われる。

 

「ゔ……ぐ……」

 

 再三背中を泥濘に突っ込んで天を見上げるおかゆ。

 この好機を逃したくない。のに、思う様に身体が持ち上がらない。

 

 アキロゼは片手で目元の泥を拭いつつ、もう片方の腕を振り回している。

 

 狙っていた技を捨て、おかゆはヘドロを吹き出した。

 

「ヘドロ……バクダン」

 

 アキロゼの足元に落下して爆発すると周囲に薄汚い煙が立ち込める。

 

「……!」

 

 目の泥を払い落としたアキロゼが血走った瞳でおかゆの姿を探す。

 鳩尾を抱えて背を曲げたおかゆを見つけると力一杯に拳を握った。

 

 おかゆは虚ながらもその煌めく瞳で一瞬一瞬を鮮明に捕らえ、決してアキロゼから目を離さない。

 途絶しそうな意識を保ち、アキロゼの次の行動に全神経を注ぐ。

 

(ドローイング……)

 

 間違いなく突撃して――

 

「500Nパンチ‼︎」

「――‼︎ばっくドラッ゛――‼︎」

 

 反射神経に任せ、アキロゼの動き出しに合わせて叫ぶ。

 呂律が回らず技名を言いきれない。

 格好は付かなかったが技は詠唱に関係なく発動。

 

 能力で速度を上げ猛進するアキロゼ。微動だにせず目を凝らすおかゆ。

 それを割る様に再び泥濘が大口を開けて隆起し、おかゆの目前で空に喰らいつく。

 

 目で追えない敵の動きを先読みした行動。

 自身の没頭状態も相まって手応えを感じた。

 

 アキロゼを捕まえた――など、考えが甘すぎた。

 

「アップ・L・フォール‼︎」

「っ――‼︎⁉︎」

 

 声に反応し空を見上げた時、おかゆの視界は泥まみれの足で埋め尽くされていた――。

 

 アキロゼの踵落としが炸裂。

 隆起した泥濘も周囲の泥も激しく跳ね上がって、泥煙が立ち込め、泥の雨が降り注いだ。

 

「目を見れば考えなんて分かるんだよ」

 

 アキロゼは踏み付けた泥に向かって一言呟くと右脚を振り上げて一回転。泥の煙幕を吹き飛ばす。

 

「っ…………」

 

 足下を見て目を見張る。

 おかゆだと思って踏み付けていた泥が、本当にただの泥であった。

 

 足元の泥濘が前兆なくぐちょぐちょと音を立てて人体の形成を始める。

 

「――‼︎」

 

 危機感に駆られ高く遠く後方へ跳躍したが、人型を成す泥に足首を掴まれた。

 アキロゼの足から手が形成され、そこから広がる様にしておかゆが姿を取り戻す。

 

「マジかっ!」

 

 最悪のタイミングでロギアの力が復活してしまう。

 

「――‼︎」

「ぅぁっ――⁉︎」

 

 おかゆの再生と共にアキロゼは全身を回転させながら地面に向かう。

 

輪G(リング)輪G(リング)ベル‼︎」

 

 グジャッ‼︎

 と泥を粉砕する勢いで片足を地面に直撃させた。

 地面の泥もおかゆだった泥も大半が小さな粒となって天に跳ね上がる。

 

 アキロゼは泥雨が降り注ぐ前に逃げ出した。

 

(ロギアは無理だ。さっき花火が上がってたし、少なくとも近くにわためちゃんがいるはず!)

 

 攻撃の通らない相手に時間を割くほどバカじゃない。

 沙花叉かわため、2人が無理でもせめてスバル辺りに預けたいところ。

 

 飛び出して空を蹴るアキロゼの右足首にまた奇妙な負荷がかかり、ぐちゃぐちゃと音が立つ。

 

「――⁉︎ うそ⁉︎」

 

 右足首にはおかゆの手だけがくっ付いており、そこを起点としてまた再生を始めていた。

 アキロゼが対処に悩む間もなく復活すると、おかゆは口を窄めて照準を合わせる。

 

「ドローイング・マシンガンしんどろ〜む‼︎」

「ん‼︎」

 

 口から大量の泥を発射。

 至近距離で狙いは到底外さない。

 過去に一度フブキから聞いたアキロゼの弱点は壊れやすい物と物量。

 この近距離で全ての球を反射するのは至難の業だ。

 

「んくっ!」

 

 初弾から数発は顔面直撃寸前で防がれたが、後の数発は全てアキロゼの顔にヒット。

 再びアキロゼの視覚を潰した。

 

「うがっ!」

「わっ!」

 

 飛行中に視界が閉ざされ、アキロゼは忽ち制御を失う。

 そして背中から木の幹に激突し、2人纏めて地に落ちた。

 両者全身泥まみれ。

 

 アキロゼは片腕の泥を振り払って目を擦っている。

 今度こそチャンスだ。

 おかゆは迷わずアキロゼの腰に腕を回す。

 

「ノードロック」

 

 少量の泥と腕で固定し両膝を曲げた。

 アキロゼが片腕や脚でおかゆを殴るが泥が跳ねては再生を繰り返すのみ。

 

「ハイドロスプラッシュ‼︎」

「うわっ! 何⁉︎」

 

 地面から勢いよく泥を噴射し、拘束したアキロゼごと高く飛び上がった。

 突然の浮遊感にアキロゼが慌てふためく。

 

 瞬く間に緑の屋根まで辿り着き、一瞬動きが停滞。

 刹那後、2人は重力に従って自由落下を始める。

 

「うっ! くっ!」

 

 懸命に泥を拭うアキロゼの腕におかゆは微量の泥をかけて復帰を阻止。

 頭部を下向きに勢いのまま自分ごと地上へと帰還する。

 

 

「バックドロップ‼︎」

 

 

 ドカンッと爆発した様に泥が飛散し、再三泥の雨が降り注ぐ。

 おかゆは落下の衝撃で全身が泥となり地に溶けた。

 そしてアキロゼは……。

 

「――――」

 

 頭部への衝撃で脳震盪を起こし、気絶していた。

 

 

 泥の雨が降り注いだ地の上におかゆは仰向けに倒れた状態で身体を再生させ、茶色く汚れた木の屋根を見上げる。

 呼吸を乱すおかゆの鼻先に、一滴の泥が滴る。

 

「やった……」

 

 初めての勝利に胸がすいた。

 初めての勝利に酔いしれた。

 

「僕だって……やれるんだ……!」

 

 おかゆは自分の心に大きな変化を感じた。

 

 これで少しは自分を誇れるだろうか……。

 これでようやく海賊を名乗っていけるだろうか……。

 

 アキロゼの攻撃の負荷で全身はガクガクだ。

 それでもおかゆは自然と笑みが溢れた。

 

 鳩尾に手を添えて顔を顰めながら立ち上がろうとした。

 体重を支えきれず片膝をついたが、もう一度踏ん張ると何とか立ち上がれた。

 

「僕はまだ……やれる……!」

 

 おかゆは次なる敵を求め、泥濘の中を俯き加減に歩き出す。

 

「――ぁ」

 

 そして3歩。

 次なる敵と対面し言葉を失ってしまった……。

 

 

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