ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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142話 強さの根源

 

 大きな窪地の中央で両者一歩も引かない拳の応酬が繰り広げられていた。

 

「おっ――ラッ‼︎」「んグッ――‼︎」

 

 赤く薄汚れたころねの拳がノエルの右頬を撃ち抜く。

 唇が切れて口の中にジワリと血の味が広がる。

 

「ん――ふんッ‼︎」「がふッ――‼︎」

 

 反撃の一発。

 ころねの鼻から吹き出た血がノエルの拳に付着した。

 

「ん゛……ん……」

 

 ころねが半歩だけ右足を引いた。

 俯いて鼻血を大量に溢すと……

 

「お゛ッらよ‼︎」「ぶぐ――‼︎」

 

 右足を一歩踏み込んでアッパーを放つ。

 顎から全身に衝撃が走り前歯が欠けた。

 口内に滲む血の量が増す。

 

「ゔ……んぐ……ぷっ……」

 

 左足を半歩引いてノエルは小さく仰け反った。

 口内を転がる歯のカケラをスイカの種の様に吐き捨て、左足の位置を戻しながら右腕を振るう。

 左から右へ、思い切り――‼︎

 

「ふっ‼︎」「ぅがッ――‼︎」

 

 手の甲の骨がころねの右頬を撃ち抜いた。

 

 体幹がぶれ、左手へ2歩ずれる。

 更に片手片膝を地に突き、地面と向き合い呼吸を乱す。

 鼻と口からの出血が増した。

 頬がヒリヒリと痛む。

 

「こっ――の‼︎」「ゔがッ――……」

 

 ころねの仕返しがノエルの右頬に直撃。

 仰け反る頭と体を持ち上げて、復帰の勢いのままノエルも拳を返す。

 

「ん゛ッ‼︎」

 

 ころねも直様上体を起こして反撃。

 またノエルが反撃。

 

 一撃一撃を両者順番に繰り返す殴打合戦。

 決して回避せず。

 決して防御せず。

 決して能力を使わず。

 放たれた一撃を喰らって、一撃を返す。

 

 側から見れば、バカ同士の戦い。

 

 拳の応酬を繰り返し、お互い血を吹き、意識が朦朧としてきた。

 それでも、雌雄を決するまで何度も何度も殴り合う。

 顔が赤く青くボコボコに腫らし、顔面の至る所から出血させながら。

 

 僅か5分程の短いこの決闘はノエルの放った拳によって決着した。

 

「ん゛んん‼︎」「ッ――‼︎」

 

 口内もズタズタに切れてまともに喋れない中、喉を震わせてノエルが拳を振るう。

 拳はころねの顔面を正面から撃ち抜き、ころねの全身を吹き飛ばした。

 大の字に地に倒れて天を仰ぐころね。

 

「へぇ……へぇ……へぇ……ぅ……」

 

 乱れた呼吸音に合わせて胸が上下する。

 その有様を睥睨するノエルも肩で息をしており、足は今にも倒れそうな程震えていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 中々ころねが立ち上がらない。

 

「っ……。ほら……あんらの……番……」

 

 煽りの意図も込めてころねへと告げた。

 だがころねは立ち上がらず、荒い呼吸を何とか整えると――

 

「この、へっとう(決闘)……あんはの……はひ(勝ち)……は」

「――――」

「負へはよ……」

 

 切れた口を動かし喋りにくそうにしながら、しかし潔く敗北を宣言した。

 その言葉を受け、ノエルは「ふぅっ」と肩の力を抜く。

 そして苦笑を浮かべて顔の血を拭い、ころねへと一歩近付いた。

 

「ナイスパンチ、じゃった」

 

 中腰になって右手を差し出し、震える足で何とか体重を支える。

 ころねは一瞬目を見開いたが直ぐにノエルと同様の笑みを浮かべて差し出された手を握り返した。

 

「あいはほ(ありがと)」

 

 手を繋ぐとノエルは力一杯ころねの身体を引き起こし、ふらつく身体を支え合って向き合った。

 

 

 これこそが、拳を交わす事で芽生える奇妙で小さな友情。

 昨日の敵は今日の友。

 ――なんて物は無かった。

 

 

「なわけあっかぁ‼︎」「ごっ‼︎」

 

 

 刹那的に豹変したころねの右ストレートが弛緩状態のノエルの顔面に直撃。

 一撃で昏倒し、背後に受け身なく倒れた。

 そのノエルの上に跨って、ころねは容赦無く殴打を繰り返す。

 

「おっら! おっら! おっら! よぐもやっだなごの! このっ! こんやろっ! こんやろっ!」

 

 ころねは能力を解放していた。

 ノエルの脈拍を下げ、自身の脈拍は上げる。

 ノエルは何の抵抗もできず、瞬く間に気絶させられた。

 

「ほもいひっはは(思い知ったか)‼︎ ほのボゲッ‼︎」

 

 ころねの中に正々堂々の文字は無かった。

 いや――正確には勝負と戦を明確に区別している、と表現した方が正しい。

 

 能力をとっぱらった上でのノエルとの拳の応酬は、正々堂々と勝負して負けた。

 だが卑怯な手を使っても「戦い」には勝つ。

 

 ノエルの意識が完全に潰えた事を認識したころねは血塗れの拳を納め、ノエルの腹の上から身を引いた。

 

「へぇ、へぇ、へぇ……」

 

 犬のように呼吸を乱し、ころねは懸命に窪地から這い上がる。

 ノエルとのバカげた根性勝負で体力を消耗したせいで、能力を使っても窪地から這い上がる事にも一苦労。

 

 血で汚れた手足を更に泥まみれにして這い上がると振り返ってノエルを見下ろす。

 気絶を再確認すると窪地に背を向けて歩き出した。

 

「へぇ……へぇ…………ぁん?」

 

 徒歩10秒。

 正面に人影を見つけた。

 ころね同様に全身血と泥まみれだ。

 

 そいつは俯いたまま正面のころねに気付かず歩いてくる。

 ころねも黙って歩み寄る。

 

 そして両者がほぼ目と鼻の先に立った時、ようやく相手が顔を上げた。

 途端に相手の喜色満面の表情が崩壊した。

 

「ぁ…………」

 

 少女はころねを見つめて言葉を失う。

 ころねもまた相手を睨み顔を顰めた。

 

 ――――――。

 

 10秒。場は膠着していた。

 荒い吐息だけが響く静けさを破ったのは対面する少女――猫又おかゆであった。

 

「僕は…………」

 

 独り言のように呟いた。

 ころねはぴくりと眉を動かす。

 

「僕は……僕は……‼︎ 僕は何をやってんだ……‼︎」

「――?」

 

 おかゆが頭を掻き毟って錯乱した様に叫んだ。

 ころねは状況がさっぱり分からず更に眉を寄せた。

 

「ごめん、ころさん……」

「……?」

 

 突然の謝罪にもころねは心当たりがない。

 疑問符を浮かべ一層難色を示す。

 

「僕は……みんなを助けに来たのに…………」

「――」

「勝つ事ばっか考えて…………それで…………2人を助けなきゃ、って気持ちが……失くなってた…………」

「――?」

「僕はまた…………ころさんを…………見捨ててた…………」

 

 おかゆの心に灯った微かな希望の光は、ころねと顔を合わせた事によりみるみる潰えて行く。

 目の光が弱まり、暗く影を落としていく。

 もはや自分自身が分からない。

 何をしたいのか、何になりたいのか。

 

 しかし、おかゆの吐露する言葉にころねは同情も共感も出来ず、当然寄り添う事もない。

 寧ろ、精神も肉体も弱った絶好のチャンスと見る。

 先ほど目にした時よりも打撲や出血が増えており、まだ攻撃が通る可能性を感じたころねは、ぐっと拳を握った。

 

「ふッ――‼︎」

 

 至近距離から一気に肉薄するころね。

 おかゆは小さな瞬きの間にその光景を捉えた。

 その上で、両目を瞑り己の世界を闇に閉ざす。

 

「ッ――‼︎」

 

 直後、おかゆは鳩尾を穿つ様な衝撃を浴びた。

 腹の底から込み上げる嘔吐感で顔の血の気が引く。

 腹に力を込めて嘔吐感に抗う事が唯一の抵抗。

 おかゆの身体は簡単にひっくり返って仰向けに地に倒れると、蹲って嘔吐感に抵抗する事に必死になる。

 

「っ……‼︎ ッ……‼︎‼︎」

 

 激痛に対する反射なのか、数滴の涙が両目から右頬を伝い地に垂れた。

 

 

 ――――――

 

 

 初めての勝利に酔いしれてた……。

 嬉しかった。気持ちよかった。

 勝利の味を知った。

 とても胸がすいた気分になった。

 

 でも……僕はその快感を得る為にここに来たんじゃなかった。

 僕は……僕たちは、ころさんを、フブキちゃんを、みんなを助ける為にここに来た。

 

 確かに勝つ事はみんなを助ける為に必要かもしれない。

 でも、勝つ事は助ける事と同義じゃない‼︎

 

 僕は根幹から間違っていたんだ、何もかも。

 

 みんな強いから何でも出来てしまうんだと思ってた。

 けど違う。

 

 力の根源はこの想いだ。

 

 誰かを助けたいと強く想うからこそ、みんな全力で戦える。

 最高の自分を凌駕していける。

 自分の限界を突き破ることが出来る。

 

 僕は勝つ事ばかり考えて、本当に大切な物を見失っていた。

 そんなのいつまで経っても変われるはずがない。

 本当の強さなんて、手に入るわけがない!

 

 変わると決めたんだ!

 強くなると決めたんだ!

 今度こそ絶対に助けると誓ったんだ‼︎‼︎

 

 絶対に! 助けると‼︎

 

 

 ――――――

 

 

 おかゆの瞳から垂れる涙は、ほんの数秒で枯れ果てた。

 

 そこへころねが蹲るおかゆに迫り腕を掴む。

 が、掴んだ腕は泥化して弾けた。

 飛散した泥がころねの右腕付近に付着する。

 

「――??????」

 

 ころねは脳内が無理解に侵食され数秒間硬直した。

 能力が使えるのに何故一撃を受けたのか。

 おかゆの能力は自然種であり意図的に能力を解くか、能力が完全に使えない状態になければ攻撃は通らない。

 つまりおかゆは、ころねの攻撃を意図的に受けた事になる。

 こんな事態は過去にもあったが、ころねにその記憶はなく全くもって理解に苦しむ状況だった。

 

 何かの罠に嵌められたのではないか、とさえも感じてしまうほど。

 不可解な状況にころねが怯んでいると、おかゆが再び口を開いた。

 

「あぃがと……」

「――‼︎」

 

 唐突な感謝の一言。

 ころねは一歩たじろぎ拳を強く握った。

 

「お陰で……っ!……す、ぅっ!……きり、した……」

 

 おかゆは目の中に強い輝き取り戻す。

 両手を地につけて立ち上がろうと踏ん張った。

 

「……っ? ぁ……れ……――!――っー‼︎」

 

 しかし身体が持ち上がらない。

 心は晴れ渡っているのに、メンタルに身体がついていかない。

 

「な……っで……!」

 

 地に突き力ませた腕が激しく痙攣し、体勢が崩れてしまう。

 ばたんと地に倒れ、激しく呼吸を繰り返す。

 土が口内に舞い込んできた。

 

「……――!」

「ぁ――ま――‼︎」

 

 復帰できないおかゆを目の当たりにし、ころねは漸く呪縛から解放された。

 すると迷いなく道を変えて逃げ出した。

 攻略法を持たない者は自然種と対決しない。この考え方は敵の中で確立されている様だ。

 

 おかゆは去り行くころねの背に手を伸ばす。

 

(折角……! 見えて、来たのに……‼︎)

 

 ころねの姿が遠ざかる。

 

(お願い…………まだ……)

 

 ――――――。

 

 ざっざっざっ――

 

「――⁉︎」

「ふっ‼︎‼︎」

 

 急接近する足音にころねが視界を回せば、回避不能な位置に拳が迫っていた。

 瞬間的に世界の動きが遅くなる。

 だが対応の猶予は無く、ただ迫り来る拳が自身の顔面に衝突するその時を待ち続けた。

 

「ん゛ッ‼︎」

 

 拳の直撃に合わせてころねの身体がふわりと浮き上がった。

 勢いに乗って1本の幹に激突し――気絶した。

 

「ふぅ……」

 

 おかゆが鉄の様に重たい体を懸命に動かして割り込んできた人影に視線を合わせるとそこには……

 

「大丈夫?」

「…………」

 

 おかゆに手を差し伸べる癒月ちょこがいた。

 

 破れて血に染まった服を着ている。

 拳には今し方付けたとは思えない固まった血の形跡もある。

 

「ぁ…………」

「大丈夫じゃ無さそうね」

 

 おかゆの掠れた吐息で状況を察する。

 ちょこはおかゆの目前にしゃがみ込んだ。

 

「ころ、さん、は……」

「気絶してるわね」

「……」

「悪く思わないでちょうだい」

 

 記憶の無い相手に対して私情を挟んでいても仕方が無い。

 どんなバッシングを受けようと、ちょこは割り切って行動する。

 

 顔を伏せたおかゆの肩にちょこはとんと手を乗せると、

 

「じゃあちょこは行くから」

 

 と告げて腰を持ち上げた。

 そしておかゆから一歩遠ざかる。

 

「……!」

「ん……?」

 

 そのちょこの片足をおかゆは掴んだ。

 いつの間にかうつ伏せになって、頭をちょこの方へと向けている。

 顎を泥の中に埋めて頭を立て、高い位置にあるちょこの顔を力強い瞳で見つめている。

 

「ぼぐも゛……ッ、づれ゛でッで……‼︎」

「……無理よ。あなた動けないでしょう? 悪いけれど足手纏いよ」

「お゛ね゛がい゛……! かな゛ら゛ずやぐにだづ……‼︎」

「…………」

「み゛ん゛なを゛だずげだい゛っ」

 

 数センチ這いずり寄って、おかゆは懇願した。

 決して潰えない決意の光を目に宿して。

 

「…………はぁ」

 

 おかゆの押しに根負けした様なため息だった。

 

「分かった、連れてくわ。でも邪魔だと感じたら直ぐに置いて行くわよ」

「ゔん゛ッ……‼︎」

 

 ちょこは冷たい言葉を放ちながらもどこか嬉しげな色を表情に残していた。

 

「じゃあ……はい、行くわよ」

「ん゛っ!」

 

 ちょこは体の自由が殆ど効かないおかゆを背負い、更に奥地へと突き進んでいく……。

 

 

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