ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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143話 だましうち

 

 離れて行く地鳴りを聴きながら、ポルカはいろはから受け取った才能キャンディーを掴み、わためと対面していた。

 

「才能キャンディー。知ってるよな? これを食えば一時的に才能が限界突破する神アイテムだ」

 

 ポルカは指先で摘んだキャンディーを突き出して不敵な笑みを浮かべた。

 

「10分。お前を倒すには事足りる時間だ」

「――」

 

 ポルカは笑みを深める。

 わための目付きが一瞬鋭くなった。

 

 ポルカが徐に飴を口元へ運び始めた、刹那――

 

「――⁉︎」

 

 わための姿が視界から消え、ほぼ同時に飴を掴んでいた手に衝撃が走る。

 

「しまっ――」

 

 ポルカの手中から抜けて跳ね上がる才能キャンディー。

 宙を泳ぐ飴をわためはすかさずキャッチした。

 そのまま瞬間移動しポルカと距離を置いたわためは躊躇なく才能キャンディーを口にする。

 

「あむ」

「あっ‼︎」

 

 カリッ。

 

 口の中に放った飴を一噛み。

 飴の砕ける音が、それをジャリジャリと咀嚼する音が、ポルカの耳までしっかりと届く。

 

 途端、わための全身に力が漲る。

 わための才能が限界突破した。

 ポルカもその変化を肌で感じ取った。

 

 小馬鹿にする様な目付きでわためが笑う。

 ポルカの表情に絶望が浮かんでいた――のは、束の間だった。

 

「へへ」

 

 唐突に、まるで感情を壊した様にポルカが再び笑みを溢す。

 大胆不敵に白い歯を光らせる。

 

 わための表情が一瞬曇り、眉間に皺が寄る。

 

「食ったなぁ?」

 

 続くポルカの言葉にわためは目を細めた。

 

「10分」

 

 ポルカが両手を開いてわために突きつける。

 

「その飴の効能が続く時間。そして、お前が立っていられる時間だ」

 

 揚々と勝利宣言するポルカに不快感を覚えたわためがムスッと口先を尖らせる。

 そして懐に手を入れ徐に銃を取り出し構えた。

 わためは照準をポルカの眉間へと合わせて見せるが、ポルカは一切の動揺を見せない。

 

「――」

 

 わための口元が不満げに曲がった、かと思えばわための姿が消失――

 

 パァン!

 

 とポルカの左脹脛スレスレを銃弾が通過。

 

 頭だけ振り返るポルカとわための視線が絡む。

 

「まさかポルカの能力を知らんわけじゃないんだろ?」

「本当に未来が見えるんだねぇ」

「ああ。だからどれだけ瞬間移動しようともお前の攻撃はポルカには当たらない」

「それはどうかなぁ」

 

 売り言葉に買い言葉。

 わためがニマッと笑うとポルカは目を細めた。

 

「……」

 

 やはり簡単に言い包められるほどおバカじゃないようだ。

 わためが銃を1丁構える。

 銃口はポルカの心臓に向く。

 

 森の木々の合間を微風が通り抜ける。

 

 パァンと再び1発の銃声。

 瞬間、刹那の瞬きも許されない攻防が開幕。

 

 発砲と同時、ポルカは銃弾の進行方向と並行に身を逸らし最小限の動きで初撃を回避。そのコンマ数秒内でも止めどなくポルカの脳内に溢れる数値化された情報。脳を、身体を休める暇もなく追撃が来る。

 銃弾がポルカの胸元寸前を通過した直後、わためはポルカの背後に瞬間移動し左の踵でポルカの顳顬を狙った。

 先の危険を考慮し回避ではなく防御を選択、ポルカは冷静に右腕を上げて蹴りを受け止める。

 僅かな衝撃。

 わためは間髪容れず不均衡な体勢のまま至近距離で発砲。

 腹部を狙った一発。常人なら到底躱し切れないシチュエーションでも、ポルカは軽やかに身を捻って弾丸を掠らせもしない。

 

 だがわためはこの瞬間を狙っていたかの如くニッと白い歯を光らせ、素早く懐から2丁目の拳銃を抜き取り、これまた至近距離で発砲――

 

「っ⁉︎」

 

 ――しようと銃口を向けた途端、左手が蹴り上げられ手中の拳銃が弾かれる。

 わための身に漸く驚愕が走った。

 刹那の怯み。

 すかさずポルカはわための右手を捕まえ――られない。

 

「――‼︎」

「チッ」

 

 間一髪、瞬間移動したわためは宙を舞う拳銃をキャッチして1丁を懐に仕舞った。

 ポルカは舌打ちを誤魔化すように嘆息し、姿勢を正す。

 

「分かったろ。お前の攻撃は当たらん」

 

 などと見栄を張るが、わためは目を細めてじっとポルカを見つめる。

 その視線はまるで内心を透視しているようで嫌悪感が湧く。

 

(……洒落にならん。元団長の肩書きは伊達じゃないな)

 

 ポルカの未来視は決して万能ではない。

 捌ききれない物量や対応しきれないスピードで迫られればそれらは防ぎきれない。

 わためは十中八九それを理解して動いていた。

 何より驚異的なのは、未だ覚醒した力を見せていない事。

 

(覚醒がない……なんて事は、ねぇよな……)

 

 最も嬉しい誤算を考慮してみたが、瞬く間に計算から弾かれた。

 

「――⁉︎」

 

 わためが消えた。

 だが今回の消滅は今までと異なる。

 瞬間移動ではなく、地中へ溶け込む様に沈んで消えたのだ。

 

「透過――!」

 

 物質をすり抜ける能力。

 ラミィやノエル、かなたからの事前情報では、わための生成したネットに限り任意の物を透過すると報告を受けていたが、これは既存の物質をすり抜ける能力。

 覚醒による性能であるとの推察は容易。

 

(地中へのすり抜け。対象選択は任意の無生物か⁉︎)

 

 更に細かく予測を立てつつ未来演算でわための動きを読む。

 ポルカの真下数メートル先で駆け回る気配。

 直後、ポルカが天を見上げると同時、頭上から影が落ちる。

 

「――‼︎」

 

 遥か上空からわためが自由落下を始めた、かと思えば再び消滅。

 

「……あ?」

 

 今度はわための気配ごと消える。

 逃げた、とは考え難い。

 

(おいまさか――‼︎)

 

 ポルカの演算範囲内にわためがいない。

 能力には当然効果範囲があり、ポルカの覚醒能力の効果範囲は他の能力と比較しても極めて狭い。

 範囲外からの横槍はポルカの演算の範疇にない為、遠距離からの奇襲は対応ができないのだ。

 

(フブちゃんさえ知らねぇはずだぞ。素で見切りやがったのかアイツ)

 

 わための思考の速さは後発的な能力の副産物である。

 

「っ‼︎」

 

 再び頭上から影が落ち、ポルカは咄嗟に見上げた。

 瞬間、脳内で再度演算を開始しわための攻撃に備える。

 

 パァン!と銃声。

 ポルカの背後からだ。

 間一髪、倒れ込む様に右斜め前方へ飛び退き回避。

 体勢が大きく崩れたが木の裏側へ回り込む事に成功。わための追撃の動きをせめてポルカが左右する事で時間を稼ぐ。

 

(――ッ⁉︎ コイツ! 生物も――‼︎)

 

 想定と異なる演算結果が弾き出され、ポルカは絶句した。

 迫る攻撃への対処が間に合わない。

 

 背中を預けた一本の木。

 それを透過してわためがポルカの背中を蹴り飛ばす。

 

「ぁがッ」

 

 ポルカの体が数センチ浮き上がり、前のめりにすっ転がる。

 痛覚で刹那だけ脳が麻痺するが演算は止められない。

 破茶滅茶な体勢からポルカは慌てて右手へと飛び退く。

 

 パァン!と銃声。

 

 受け身なく地を転げ、再び木の影へ身を隠すポルカ。

 何が何でも銃撃だけは回避しなくてはならない。

 1発でも受ければパフォーマンスは劇的に低下し――敗北だ。

 

 木の向こう側から迫る足音。

 背中に力を込めて、崩れた姿勢のまま受け切る体勢を取る。

 

「ん゛ッ――‼︎」

 

 背中への衝撃。

 ポルカは地に着けた尻や手を力ませて踏ん張った。

 

 直後の瞬間移動、そして来る――

 パァン‼︎と銃撃。

 今度は左側から脇腹付近を狙った一撃。

 ポルカは前方に飛び込んで回避を図った。

 しかしワンパターンな動き。愈々わためも対応を始め……

 

「――⁉︎」

 

 ポルカの進行方向に瞬間移動を試みたわための思考が一瞬停止する。

 右斜め前へと回避したポルカ。

 左斜め前へと回避したポルカ。

 

「――」

 

 ポルカが2人いた。

 この戦場において一瞬のラグは致命的。

 2人のポルカが素早く身を起こし、体勢を整える。

 

「思考でアタシの上を行けると思うなよ」

 

 ポルカは依然優勢であるかの様に振る舞ってみせるが、やはりわためはその点への関心が無さそうだ。

 心の底から挑発に無関心そうで、相も変わらず呆けたような面をしている。

 わためは腹の底が探れない表情で顎に手を当て数秒思案する。

 

「メェクネット」

 

 わためは特製の網を作り出した。

 ポルカは警戒心を高めて神経を研ぎ澄まし、未来演算――

 

「は?」

 

 今度はポルカが思考停止する番だった。

 

 わためは時間制限付きの戦闘中であるにも関わらず、生成した網を呑気に右腕に括り付ける。

 ポルカが似合わないアホ面を晒している隙にわためは更に左腕にも括り付ける。

 両腕を網で繋ぎ、背後に網を回すと腕を大きく広げた。

 

「ジャン! 名状(めぇじょう)し難い投網のようなもの!」

 

 技名と信じたくない程センスの無い命名。

 わためはふんっと強い鼻息を吐き、ポルカはぽかんとした表情でわためを見つめた。

 

「――!」

(近接戦⁉︎)

 

 刹那――わための瞬間移動と共に戦闘再開。

 ポルカの背後に回ったわためは速攻で殴りかかる。

 

 右拳を左腕でガード。

 助走や踏ん張りがない為然程重くはない。

 続く左足の蹴り上げに右足を合わせて相殺。

 頰を狙う右拳を身を屈める事で透かし、遅れてやってくる左拳は右腕でガード。

 迎撃は一切考えない。

 

 わためが動く度に彼女の背後でチラチラと揺れる網が気掛かりだ。

 

 常に頭の片隅で奇襲を警戒しつつポルカは防戦一本の姿勢を貫く。

 それを続ける事10数秒――

 

(――!)

 

 先までとまるで変哲無く飛んでくるわための拳。

 ポルカは決して狼狽えず対応の片鱗だけを見せ諸に食らう。

 否――その拳はポルカの身体を貫通。

 わためは勢いのままポルカの身体を突き抜け、背後で靡く網に引っ掛けようと画策していた。

 ポルカは自らわための方へ駆けてスッと滑り込み、網の下を潜り抜ける。

 

 華麗な回避。

 だがそれすらも見越したわためは素早く銃を抜き、スライディング中のポルカに発――

 

「んっ――!」

 

 割り込む人影がわための構えた拳銃を蹴り飛ばした。

 

「こっちを忘れんじゃねぇよ‼︎」

 

 複製か本体か分からないもう1人のポルカが高らかに叫んでわための眼前を通過していく。

 

「忘れてない、よ‼︎」

「んく」

 

 若干の感情を垣間見せつつ、わためは両腕を振るって背後の網を回しポルカを捕縛。そのまま身を回して捕らえたポルカを振り回し――付近の木に激突させた。

 

「がはッ」

 

 木の幹に頭部が直撃。

 軽く脳震盪が起きる威力。

 本体であれば決定打になっていたが……

 

「だと思った」

 

 網の中で血を吹いた直後、そのポルカは消滅した。

 

 カチャ……

 

 と銃を構える音が鳴る。

 わためが徐に音の方を見れば、ポルカがわための拳銃を構えていた。

 

「使えるの、銃」

「エイムは悪いが撃ち方は知ってる。からこそ、どこに当たるか分からんぞ」

 

 下手したら殺すかも、と脅しを掛ける。

 わためは無論、ポルカ自身銃が無意味なことは理解している。

 どうせ発砲した所で、覚醒したわためは弾丸さえ透過してしまうから。

 

「なら撃ってみたら?」

「後悔すんなよ?」

 

 ポルカは大きく息を吐き集中力を高める、フリをした。

 わためはポルカの発砲を合図に動き出そうとしている。

 だからこそ狙いを定める様子を見せつけて、無駄に時間を掛ける。

 

「…………あー、そうそう」

「――?」

「今思い出したんだがよ、お前が食った才能キャンディー――」

「――ん――ぉろ……?」

 

 不意に語り出すポルカの言葉に呼応する様にわための全身から力が抜けた。

 

「効果時間。10分じゃなくて5分だったわ」

「……!」

 

 才能の閉塞にわためは完全に脱力し、受け身なく地面に倒れ込んだ。

 

「はぁ……はぁ……ふっ――?…………。くっ――!」

 

 地べたに這いつくばり両手を力ませるが、わためは立ち上がれない様子。

 

「ふぅ……」

 

 わための脱力を確認しポルカも肩の力を抜いた。

 するとドッと疲れが押し寄せてきた。

 

「う…………ぐ…………」

 

 地に顎を埋めて呻くわための目前に佇み、ポルカは無様な姿を見下ろす。

 わためは柄にも無く憎たらしげな表情でポルカを見上げ、そのうちに……眠りに落ちた。

 

「…………っ、はぁ、はぁ、はぁ……っく……」

 

 わための沈黙を目の当たりにして漸くポルカは全身の緊張を解く。

 抑制していた疲労感が全身を貪り、呼吸が乱れ、微かな耳鳴りがする。

 

「相性がっ……よかったのか、わるかったのか……」

 

 どちらとも取れない能力相性にポルカは思わずそう溢した。

 正直な話、もう少し余力を持って勝てると思っていた。

 しかしいざ交戦してみれば辛勝もいい所。

 

 自分の能力覚醒のキャパシティとクオリティの低さ、リミットの短さを再認識させられる戦いだった。

 

 顔に纏わりつく汗と泥汚れを拭う。

 その後わための目前に屈み込んで懐を漁り、拳銃など武器の類一式を押収した。

 

「ふぅ…………」

 

 わためを丸腰にすると重たい腰を上げてもう一度深く息を吐き、島の騒音に耳を澄ませる。

 まだまだ戦いが続いている所がある様だ。

 

 マリンとルーナをマーキングしている為、船の現在地は押さえている。

 仲間を信じて一足先にマリンの下へ戻るか、仲間を信じずに救援へ向かうかで悩む。

 

(…………)

 

 数秒の思案。

 そして――ポルカはほんの少しの罪悪感を覚えながらも、救援に向かう事を決意した。

 

 こちらが意図的に無理矢理覚醒させたとは言え、ポルカの未来視でここまで苦戦したのだから、敗北を刻まれるメンバーは味方側にも少なからずいる。

 クロヱといろはの戦いだって結末が見えないし、2人の戦いに介入するラプラスの扱いにも困っている。

 窮地に陥った場合を考慮するなら、島で戦うメンバーよりも船にいるマリンとルーナの方が自力で何とかし易いと判断した。

 そもそもの話、あの状況からマリンとルーナが揃って窮地に陥る可能性は極めて低い。

 

「あっちくさいな」

 

 ポルカは騒音を頼りに道なき道を進み始める。

 

 歩いて……数十メートル。

 かさっ、と正面から物音がした。

 

「――」

 

 ポルカは咄嗟に構え目を凝らしたが人影は無い。

 

(……気のせいか)

 

 疲労による幻聴、若しくは過度な警戒心の反応。

 と、正常時のポルカであれば決して下さない即決で完結させてしまった。

 

 ざっざっざっざざざ――

 

 土を蹴る音。

 正面に人影は無い。

 だがポルカは漸く危機感を募らせ未来視を展開した

 

「な゛ん゛ッ――⁉︎」

 

 正面から突如押し寄せる拳ひとつ分の衝撃。

 その衝撃は驚愕の声を押し潰してポルカの顔面を真正面から破壊する。

 

「ぐっ、ゔっ!」

 

 防御もできず軽々と殴り飛ばされ、ポルカは受け身なく地面に転がる。

 

(やべ‼︎‼︎)

 

 直後、追撃を検知しポルカは強引にその場から跳ね退けた。

 ドン、と地面を踏み抜く何か。

 何とか第一の追撃を回避したポルカだったが、体勢悪く地面を転がり愈々後がない。

 

(後――‼︎)

 

 感知した瞬間移動。

 正に予測可能、回避不可能な状況。

 

「ごッ‼︎」

 

 血を撒き転がるポルカの鳩尾を抉る不可視の蹴り込み。

 三半規管の乱れと鳩尾への衝撃。嘔吐感が捲し立ててくる。

 右手で腹を押さえ、左手で口元を覆った。

 口からは何も溢れなかったが、殴られた時に噴出した鼻血がだばだばと流れて左手を赤く染めていく。

 

「メェクネット」

「ぐ……ぞ……‼︎」

 

 敵の動きが予測できても、回避できなければ意味は無い。

 立ち上がろうと全身を鼓舞するも痛覚が邪魔をする。

 

 ポルカは突如出現した大網に成す術なく囚われた。

 ポルカの身動きを封じたこの状況下でも、敵は姿を見せる事なくポルカの目前に立つ。

 

(クッソ……気絶はブラフ……! クッソ……! そんくらい気付けよ……アホ……‼︎)

 

 もっと用心出来たはずだ。

 もっと慎重になれたはずだ。

 容易く看破出来たはずだ。

 

 未来視の使用過多によるコンディション大幅低下が招いたミス。

 

 ……否。

 考え直せばスタートからミスっている。

 飴を使えば制限時間と共に戦闘不能になる、と言う先入観がそもそもの間違い。

 飴を使ったマリンが1時間ほど動けなくなった事だけをソースに講じた策だが、それが全てに適用されるとは限らなかった。

 マリンは能力練度も身体能力も相当に低い部類。

 対してわためは能力練度も身体能力も平均以上。

 キャンディーの効能が切れてから数分動けたって、何ら不思議はない。

 

(クッソダッセェな……)

 

 ポルカは観念した様相で見えないわためを見た。

 

「そんな事も出来るんだな」

「出来なかった。けど、飴のおかげで出来る様になった」

「は……上手くやったと思ったが……むざむざと、敵を強化しちまった、ってわけか」

 

 ほぼ出来上がった肉体と精神。

 そこへ投与された才能キャンディー。

 一度の成功体験から真の覚醒へと、わためは至ったのだ。

 

 この不可視は覚醒による光の全身透過。

 

「うん。ありがとう。わため今、何でも出来る気がする」

「そりゃ、どういたしまして」

 

 ポルカはごそごそとネットの中で踠きながら言葉を返す。

 

「よっ、しょと」

「っ」

 

 わためが網を掴んだ。

 未来視を使うまでもなく思惑は割れている。

 

 ポルカはネットに片手を押し付けて叫んだ。

 

「複製‼︎」

 

 ネット越しに生成されたのは――宝鐘マリン。

 複製されたマリンは速攻で2人から距離を置こうとする。

 

 マリンに気を散らしても、ポルカに集中しても、どっちでもいい。

 どちらにせよ隙になる。

 ポルカは力を振り絞って未来を演算した。

 

 わためは真っ先にポルカの腹に渾身の蹴りをぶち込む。

 

「ゔっ」

 

 再度押し寄せる嘔吐感。

 腹の中身をぶち撒ける覚悟でポルカは複製マリンに叫ぶ。

 

「撃でェ‼︎」

「はい――」「――⁉︎」

 

 2人から距離を置いたマリンが少しの木片と共に大砲を生み出した。

 その砲口はわためとポルカをまとめて捕捉している。

 

「ドンッ‼︎」

 

 マリンはポルカへの被害も厭わず即発射。

 反射的に瞬間移動で逃げるわため。

 砲弾はほぼ一直線にポルカへと向い――

 

 ドォン。

 

 と爆発した。

 

「……おばかかな?」

 

 透過を切り、立ち上る煙と炎を唖然と見つめ、ちょこんと首を傾げた。

 小規模の炎上は周囲に広がる事なく自然に鎮火していく。

 

 ――その中で立ち上がる人影。

 

「さっきも言ったろ」

「――?」

「思考でアタシの上をいけると思うなよ」

 

 網の焼け屑を払い退け、全身の煤や土汚れを叩き落としながら、ポルカは悠々と煙幕から登場した。

 爆発による炎上で服の所々まで焼け落ちているが、幸い肌に大きな火傷は無い。

 自傷しながらではあるが、何とか網からの脱出に成功した。

 

「頭使うのが好きなんだね。でももう未来視する余裕、ないでしょ?」

「ああ。未来視どころか人1人複製する余裕もねぇよ」

 

 複製マリンの消滅から体力の限界を見抜くわための指摘に、ポルカは潔く返した。

 

「だがお前もそろそろ限界のはずだ」

「それはどうかな」

「強がったって分かる。いくらお前が優秀でも、強引な覚醒したその後で長時間動き回れるはずがねえ」

 

 わためがほんのりと笑みを深めた。

 ポルカの背後ではまだ微かに炎が揺れている。

 

 かちゃ、かちゃ……とポルカは徐にわための銃を取り出した。

 

「今度は何を――」

 

 パンパンパンパンパンパンパンパンパンカチッカチッカチッカチッ――。

 

「アタシが負けた後、またこの銃を手にされちゃあ困るんでな」

 

 適当な方向へランダムに発砲しまくり、2丁の銃が弾を吐かなくなるとポルカはもう1丁取り出してそれも同様に撃ち尽くす。

 

 カチッカチッカチッ――。

 

「これで全弾撃ち切ったな」

「弾の調達って大変なんだよ」

「だろうな。でなきゃ困る」

 

 どれだけわためが優秀だろうと、ポルカより能力取得からの日数が浅い事は事実。

 時期限界が訪れる。

 能力にも頼れず丸腰となれば、わためと言えどこの戦いを生き抜けまい。

 

 保険も完璧。

 細工は流々。

 

「ま、あとは力尽きるまで精々頑張れや」

 

 最後に嘲笑を向け、ポルカは肩の力を抜いた。

 

「――――」

 

 わための姿が消える。

 恐らく、瞬間移動ではなく光の透過。

 

 未来視も無しに今のわための攻撃を躱すなど不可能だ。

 ポルカは瞼を閉じる。

 

 背後では今にも消えそうな炎が弱々しく弾けている。

 

「ふぐッ‼︎」

 

 ポルカの顔面に不意に減り込む拳。

 再噴出する鼻血。

 

「お゛ッごッ――」

 

 ほぼ同時、ポルカの鳩尾に膝と思われる何かが減り込む。

 再度訪れる嘔吐感。

 激痛で飛びそうな意識を右手を握りしめる事で保ち――

 

 パァン‼︎

 

 と起死回生の1発を放った。

 

「っ…………」

 

 ポルカは呻きながら数歩下がって両膝を折り、地に倒れ込んだ。

 燃え残っていた炎がポルカの体重に潰されて完全に鎮火する。

 

「は、ぁ……っ……は、ぁっ……」

「ぅく……ぁぇ……」

 

 わためもまた自身の腹に震える手を添え、震える足で後ずさる。

 バグったホログラムのような明滅を起こしながらわなわなと全身を震わせ……どさっ、と仰向けに倒れた。

 

「はぁはぁ、はぁはぁっ、く……」

 

 荒くなるわための呼吸。

 腹に添えた右掌が真っ赤に染まり、じわじわと色が広がって行く。

 やがてその色は地面をも侵食し始めた。

 

 わための口からほんのりと赤い唾液が垂れた。

 

 何が起きたのか未だに理解が追いつかない。

 わためはただ「ポルカに撃たれた」と言う事実だけしか飲み込めずにいた。

 

「はっ……てめぇの銃で撃たれた気分はどうだ……」

 

 痛覚と共に分かり切った事実だけをダメ押し気味に突きつけられ、わための中に怒りが生まれた。

 

 確実に使い切った銃弾が何故装填されていたのか。

 それはポルカの複製による物である。

 未来視もできないし人1人複製する力も残っていない。その言葉に嘘偽りはなかった。

 それを愚直に信じたからこそ、わためは撃たれたのだ。

 

 任意の物質透過であれば、打撃の瞬間は光以外のあらゆる物質への接触が解放される、とポルカは推測し実際にその通りであった。

 視覚・意識外からの攻撃は当たる。

 

「は……はは……あっはは、えっへへ……」

「……?」

 

 わためが不意に笑い声を上げ、ポルカは不気味そうに眉を寄せた。

 わためは天を仰いだまま腹に添えた血塗れの手に力を込める。

 

「ダメェジ、ちゅぅ……すつ……」

 

 ダンッ、と1発の轟音。

 

 ポルカの視線からは状況が見えなかったが、その技名らしき一言で概ね理解した。

 

「は、へへ……」

 

 わためが寝返りを打ち、ぷるぷると震える両肘を地に着き……膝を立て……風穴の消えた腹を見せつけるように立ち上がる。

 

「ご……の゛っ…………‼︎ っざげんな――‼︎ ん、だよそれ゛ッ――‼︎」

 

 致命傷の完治。

 絶望的な程自由度の高い能力、その性能を前にポルカは愈々余裕を無くし強く奥歯を噛み締めた。

 

 だが恨み節を口にしたって状況は好転しない。

 ポルカはもうカス程しかない力を絞りに絞って這い上がる。

 右頬へと流れていた鼻血が一気に口元へと流れ落ち、口周りが血だらけになった。ちょっと、鼻血を飲んでしまった。

 

 ポルカもわためも大きく腰を曲げ、全身を小さく上下させながら――一歩。

 また一歩。

 

「おぁぇ?」

 

 わためが膝を折った。

 

「――」

「はぁ……くっ…………くっー!」

 

 今の衝撃で擦りむいた片膝を立て、もう一度立て直そうと踏ん張るが、それ以上体が上がらない。

 

「はは……体力だけは……削れる一方か」

 

 ダメェジ抽出。

 それは傷を他の物質に移して癒す技だが、失った体力自体は戻らない。

 加えて能力使用による体力の低下も、その脅威に見合って大きな物である。

 

「さすがに……もう、避けれんだろ……」

 

 のっそのっそと牛歩で迫るポルカ。

 それを睨み上げながら仔鹿のように懸命に両足を震わすわため。

 

 わための手が届かない絶妙な位置でポルカは一度足を止めた。

 全身に力を込めて背筋を伸ばすと右腕で口と鼻元の血を拭う。

 わためがぎりぎりと歯を鳴らす。

 ポルカは赤く染まった右腕を振りかぶった。

 

「っ――」

 

 顔面を捉え、振り下ろされる拳を前にわためは反射的に片腕で顔を覆った。

 が、衝撃は訪れない。

 

「ぇ?――ぁっぐ‼︎」

 

 漏れた疑問の声を押し潰す衝撃。

 無防備な鳩尾に爪先が捩じ込まれ、わためは唾液を散らして呻いた。

 刹那の呼吸停止。

 揺らぐ視界と意識。

 

 どさっ。どさっ。

 

 わためは膝をついた体勢で意識を手放し前屈みに崩れた。

 と同じくして、脚を振り抜いたポルカもまた均衡と体力を失い背後へと倒れた。

 

「あぁ……はぁ……はっ、ぁっ……ぅっ……」

 

 全てを出し切っており、もう指一本動かせなかった。

 ぼやけた視界に木々の頭と微かな青空が見える。

 

「はぁ……はぁ…………」

 

 乱れた呼吸に合わせて胸が上下する。

 まだまだ止まらない鼻血が両頬を伝っていく。

 

(すまん…………ちょっと……寝るわ……)

 

 そっ、と瞼を閉じ、ポルカは静かに眠りについた。

 

 

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