目が覚めたのに視界が真っ暗だ。
冷たい床に頬が触れていた。
覚醒しきっていない視界を動かすと、微かに月明かりが見えた。
しかし、それもほんの僅か。
小さな格子戸から差し込んでいる光だけだった。
ガンガンガン、と金属に八つ当たりするような騒音が聞こえた。
「うああ、何⁉︎」
マリンはようやく意識が起きる。
「出せやオラァ!」
「もう、トワ様うるさいんですけど……」
「状況見んかアホ船長!」
「状況……?」
トワに叱られ、気力を無くしつつも目を凝らす。
暗い視界の中でも、やがて目が慣れ、物の概形が捉えられるようになる。
トワが騒々しく殴っていたのは……鉄柵?
「何これ……?」
「だーかーらー! ここ牢屋!」
「何でぇ⁉︎」
「状況把握力ゼロか! ハメられて捕まったんだよ、トワたちは!」
「誰に⁉︎」
「アイツしかおらんだろうがっ! 大神ミオ‼︎」
重なるマリンの質問に発狂しそうな程怒りを募らせるトワ。
最後には何度も地団駄を踏んでいた。
マリンの瞳孔が大きく開く。
「えっと、みんなでミオ先輩の家に集まって、ご飯食べて……あれ?」
「多分そこ。飲み物に睡眠薬でも仕込まれたんじゃない?」
「そんな……」
何も不自然を感じないミオだった。
そのミオが裏切った?
いや、そもそも敵だった。
「……! そう言えばポルカとフブちゃんは?」
会話がずっと2人で回っている不自然さ。
ミオと親しいフブキ、疑り深いポルカがここで会話に不参加とは珍しい。
「ポルカはまだ寝とる」
人差し指の指す先に、冷たい地面に寝転がるポルカがいた。
「フブキちゃんは……」
牢屋の隅の方へ控えめに視線を寄せる。
そこには意気消沈した生力の感じられないフブキが蹲るように座り込んでいた。
「……どうしましょうか」
「この檻ぶっ壊せん?」
「無理ですね、大砲の威力ではどうにも」
場所が広くないため、石壁を壊すと自分達への被害も大きくなり危険だ。
月明かりが届くことから、地下ではないと思われるが……。
「鍵も外側にしかないし、ピッキングも無理っぽいな」
「ピッキングできんの?」
「単純なものなら」
単純な鍵と複雑な鍵、とはどう違うのか、マリンは区別つかない。
「そうですか……」
まあ、どちらにせよここは解錠できない。
ならもう追求は不要だ。
「……」
マリンはチラチラとフブキを見る。
「……フブちゃん?」
「……だいじょぶ、です」
「大丈夫じゃないやろ」
ミオと敵対している事実が、追い詰めているのだろう。
「トワたちは楽観しすぎだった。洗脳されたフブちゃんに乖離した自我があったなら、他も同じ」
「……そうですよ、恐らくこれは、洗脳によるものです」
何一つ根拠ないが、マリンとトワはそう結論付けた。
「少し辛いかもしれませんが、何か思う事ありませんでしたか?」
「……思う、こと?」
「ミオさんの行動とかに違和感がなかったかって事」
「違和感……」
暗闇でよく見えないが、フブキは酷く憔悴している様子。
あまり行動や思考を強いることは得策ではない。
ある程度の情報を得て、休んでもらうとしよう。
「……昔の事を、忘れてるんじゃないかって」
「昔の事?」
「昔……約束したのに……っ」
涙ぐんで口を閉ざしてしまった。
昔の約束とやらは言及しない方がいいか。
「証言通りなら、やっぱり洗脳前後で記憶は切り離されてるとみて間違いないですね」
「ああ、しかも、大神ミオは洗脳されている可能性が極めて高い」
…………。
「でもさ、それならフブちゃん――」
「トワ様、そっとしときましょう」
「…………」
トワの言う通り。
間違いなく、フブキは僅かに不信感を覚え、ミオの洗脳の可能性を頭の端には置いていたはずだ。
だが、旧友であり親友であるミオに、その疑心を向ける事に罪悪感も持っていた。
だから、気のせいだと心に嘘をつき、気付かないふりをしていた。
分かる。
マリンだって、ホロメン誰1人疑いたくない。
AZKiやすいせいのような、明らかな敵意を持つ相手に対しても、未だに本気で向き合えていない。
その点を刺されると、きっとマリンは苦しむ。
それが分かるからこそ、今のフブキに説くべきではない。
せめて、事態が片付き、フブキが冷静になってから。
「ここを出ることが先決として、その後ミオ先輩の問題解決を考えましょう」
「なあ、先輩って何なん?」
「ん? ああ、呼び方に関しては気にせんといてください」
「様とか先輩とか、おかしくない?」
「まあ、船長の事は気にしないで、それよりもポルカ起こしましょう」
説明できない関係性をはぐらかし、マリンは未だ目覚めないポルカに歩み寄る。
ポルカの肩に触れゆさゆさと揺さぶり覚醒を促す。
「――――――――」
反応がない。
と言うか、寝息すら聞こえない。
「……変じゃない?」
「はい……」
暗がりで遠目から見たトワにも伝わる奇妙な状態。
考えてみれば、ポルカが最後まで寝ているなんて、低気圧でもないのに不自然だ。
「「まさか――‼︎」」
策士ポルカは、前回とは逆に唯一敵からの拘束を免れたようだ。
*****
夕食の時、ご飯やおかずを配膳する手伝いをしたが、何故か飲み物だけ合掌直前に配置された。
そんな家庭もあるだろうが、ポルカはミオを激しく疑っていた。
だからこそ、完食まで飲み物に手をつけず、一度トイレと偽って席を立ち、複製した自分と入れ替わった。
その後は宅内に潜み経過を観察していたが、案の定間も無くして仲間は全員眠った。
それから更に数分後、外で車の音がした。
2人の女性が宅内に入り、ミオと3人で仲間を連れ去った。
場所は予想通り、あの大型船。
日中ミオを追跡すると、あの船に出入りしていたのだ。
一旦尾行は止め、ミオの宅内で頭を回転させる。
同時にポルペラも回りそうだ。
「……一旦、殆どの身体機能は止めとこう」
複製の自分に意識を割かないために、不要な活動を停止。
微かな呼吸と脈を維持する程度。
今複製体は動かさない方がいい。
ただ、消滅させるとバレるので、誤っても能力解除はできない。
「相手は少なくとも3人として、能力者かどうかもキー」
ミオと接したところ、能力は片鱗も見せなかったが、断定はできない。
他2人は顔すら見ていない。
しかも、あの船のサイズだ、敵はもっと多く見積もるべき。
噂を根拠として、敵の数を10と仮定しよう。
「あたし1人じゃ戦力不足。正面からの戦闘は論外」
フブキが洗脳に掛かっていた事を踏まえるなら、ミオたちも洗脳による敵対と予測。
これより、敵は殆どが能力者と推察可能。
「隠密行動を絶対として、まず必要なのは地図と鍵と戦力」
船内マップと戦力は最悪無しで捜索できるが、鍵は必須だ。
拘束するなら間違いなく牢屋へ閉じ込めるだろう。
「ミオさんは自分が警察とは一言も言わなかったから、恐らく言ってる言葉自体は本当。ならあの船には拘束した人を収容する空間が少なからずある」
ポルカは確信めいた表情で言う。
「そして、昼に読んだ新聞……賊の拘束」
あの船には、他にも賊が捕まっている、と思われる。
情報によれば、そいつはたった1人で複数人に負傷を与える強さ。
「あたしが今複製できる能力者は、自分と船長だけか……」
しかも、その時は、牢屋の自分を消すことになる。
「牢屋の場所は分かるけど……そこまでの道がなぁ」
下手すれば、彷徨い続ける。
「……よし」
ポルカは脳内でビジョンを浮かべ、仲間解放に動き始める。
そして、場所は港。
ポルカは船への通路の影へ隠れる。
「見張りがないのか……」
夜中とは言え、仮定囚人がいる船の警備がいない。
船への通路を閉ざすこともない。
人手不足もあるだろうが、何か他に理由が?
「まあいいや、まずは潜入」
船への通路を上がり、牢屋のありそうな場所を探る。
同時に鍵も。
赤く染まった仮面のある部屋、ハートマークの仮面のある部屋。
至って普通の部屋、酒蔵、酷く傷ついた部屋、不自然な形をした部屋。
水入りボトルが沢山ある部屋、斧が飾られた部屋、鍵が保管された部屋。
様々な部屋と遭遇し、やがて牢屋への入り口を発見した。
牢屋の入り口は他と違うと想像していたが、偽装工作なのか全く違いがなかった。
だが、鍵の部屋で全ての鍵をパクった。
これで牢屋の施錠は外せる。
そしてマリンの位置も、かなり近づいている。
「…………」
声と足音をより一層潜め、ポルカは牢屋内を捜索。
とある檻の奥に、人影が見えた。
どうやら当たりだ。
だが、マリンではない。
マリンはまだ僅かに距離がある。
牢屋の奥を凝視する。
女性、だろうか?
1人が片足を立てて静かに座って眠っている。
仲間ではない。
「例の賊か」
ボソッと、誰にも聞こえぬ声で呟く。
こいつを解放して、暴れさせるか、協力関係を得たい。
軽く柵をノックして起こそうとした瞬間――
ガタン、と重たい扉が開いた。
偽装のため二重扉っとなっている、その重たい方。
誰かが来る。
たん、たん、たん。
靴音が響く。
たんたんたんたん。
靴音が近づく。
たったったったっ。
走っている。
明らかにポルカに気付き、襲いに来る動き。
ハッとし防御した。
「ぉっら!」
「かッ――がっ!」
暗幕のかかったこの部屋で、その人は迷わずポルカに向かい、的確に拳をぶつけた。
威力もかなり高く、事前に構えて防御したが軽く後方へ弾かれ、転倒する。
「ってぇ……」
「牢屋の1人と同じ……」
「ああ、悪いな、あっちはニセモンだ」
「ふんっ、ぉらよ‼︎」
「い″っ――てぇ!」
防御を貫通するような高威力の打撃が、骨に響く。
顔の識別も難しいほどの暗闇で、見事な命中率。
感知系統の能力を持っていると思われる。
もしくは、圧倒的な空間把握能力。
「ガード貫通のパンチも普通じゃねえ!」
痺れる両腕で剣を構える。
剣先を敵の頭に向け、意識を集中。
パワーがあれど拳は剣に敵わない。
「乱れた心で、こぉねには勝てんよ」
「――たぁ!」
右上から左下への切り裂き。
直後の突き。
どちらも致命傷は避けるように放った。
「はぁっ! たぁっ!」
右から左、左から右。
次に左手を剣から離し、一回転。
虚空を掴む左手に剣を複製して勢いのまま投函。
せめて、掠ってほしかった。
絶望が焦燥を呼ぶばかり。
「
ポルカの剣技をスラスラと読み切ったように掻い潜り、腹に拳を打ち込む。
「ぐぉっ……‼︎」
呆気なく体が宙に浮き、後方へ吹き飛ばされた。
滅茶苦茶痛い!
「ぐっ、ゲホッ、ごほっ! ゴホッ」
吐気までは催さないが、抉れるような痛み。
悶絶する暇もなく咳が続く。
「ほら、大人しくしてな」
ポルカの片腕をパシッと掴む。
すると、みるみるポルカの体から力が抜けていく。
妙に気持ちが落ち着き、心拍数が少ない。
勝手に体が冷静になり、思考が上手くまとまらない。
体を制御されているようだ。
「なんて、能力……」
敵わない。
ポルカでは、どうにもならない。
この状況では、ポルカの体はまともに動かせまい。
「へへっ、勝った気でいんなよ」
ポルカは鼻で笑って、ここから打開策を――
カチャ――キィィーー……。
「「え?」」
今、何の音がした……?
「あーー……クッソ、牢屋になんか閉じ込めやがって、ふざけんじゃねぇよ」
「――‼︎」
首を鳴らして、少し背の高い女性が檻を潜った。
真っ先に危機感知し、ころねは影と気配を元に拳を振るう。
「あぁ?」
「うぐっ……」
闇の中でも表情が見えるようなトーンで声を発すると、牢屋から出てきた女性は一瞬でころねを拘束した。
その手段が糸のようなものだということはわかる。
紐状の何かがころねの首を絞め、両腕を縛り、両足を縛り、空中で大の字にして動きを完全に封じた。
「ぁ……ぐぁ……が……」
漏れる声は明らかに空気を欲している。
喉を押さえて意識昏倒まで持っていくつもりか、はたまた……。
「テメェなんかにあたしが負けっかよ」
暗黒で深い笑みを浮かべた女性。
恐ろしい気配……否、恐ろしさではない、強さから漏れ出る迫力だ。
「しっかりお返しして――」
「はっ!」
「「――⁉︎」」
「かはぁ、はぁ、はぁ……」
更に、新たなる乱入者により、紐状の拘束が切断された。
乱入者は過呼吸になるころねを抱えて2人から距離を取る。
「ハッ」
女性は乱入者すら敵と見做さずポルカと向き合った。
「お前、サンキュな、助かったわ」
「……あんた、何?」
戸惑って、少し尋ね方を間違えた。
「あたし? あたしは――」
呼吸を置く間隔なんてなかったが、制御から解放された脳が名前を遅れて処理した。
だから、ポルカにはこの間がまるで存在したように錯覚した。
「――獅白ぼたん」
皆様どうも作者です。
さて、ゲーマーズに加えてししろんの登場。流石ゲームの国。
所で、国名を見た時点でゲマズを浮かべた方、います?
どうでもいい小ネタなんですが、イリスは虹、ディアスケーダシィは娯楽と言う意味なんですよ。
何気に島名や国名考えるの大変です……。
あ、それと、誤字報告めちゃくちゃ助かります!
今後もあれば気軽に報告お願いします。
それではまた次回。