ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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22話 おかゆがいれば……

 

 背後から接近する足音がある。

 1年以上会っていないはずなのに、誰だか分かる。

 この駆けてくる足音。

 好奇心のままに進む、とても軽い足。

 そんな足取りで、僕を追いかけないで……。

 病みの中にいる僕にとって、フブキちゃん、君は……。

 

 あの人の言う通り。

 知ってたんだよ。

 だっていつでも僕は……要らない子だったから。

 

「おかゆん! 待って!」

 

 ラッシュを控え、人の増え始めた港から少し離れた市街地。

 スーパーなどに紛れて、やはり娯楽場が点在する通り。

 まだ朝早い方なので、開店しているのは24時間営業の麻雀店など。

 ゲームセンターも開店前でまだまだ閑散としている。

 こんなに静かなこの市街地は、初めて見る。

 

 そんな静かな市街地を、フブキの声が海からの潮風と共に通過する。

 

「……」

 

 一度足を止める。

 別に、励ましてもらう為に落ち込んでない。

 ただ少し、後ろめたい気持ちがある。

 だから振り返らずに、葛藤していた。

 

「……」

 

 そして、何も言わず、また歩き出す。

 

「おかゆん!」

 

 フブキが更に駆け寄り、右腕を掴む。

 生温かい、フブキの手。

 

「……せめて、あっちで」

 

 懈さを隠さず、右腕を無理矢理上げて、ある方向を指差した。

 こんな人目につく場所で、する会話じゃ、ないでしょ、どうせ。

 

 フブキはコクリと頷き、手を離した。

 そして、鈍いおかゆの歩幅に合わせて、望む場所へ。

 体感時間は長かった。

 ただ無言で、隣に並ぶこともなく、ゆっくりと歩いたから。

 

「…………」

 

 進路の半分ほどで、目的地を察したフブキは悲哀に満ちたおかゆの背を黙視し、数秒後に逸らした。

 そんなフブキの内心も露知らず、おかゆは負の感情を蓄積していた。

 

 何をしても長いこの時間を耐え抜き、漸くおかゆの目指した場所へと辿り着く。

 フブキの目に焼きついて、剥がれることのない地形。

 過去とは異なる景色が、フブキには区別できなかった。

 

 あの砂浜。

 景色はそこそこにキレイだが、釣りができるでも、遊泳ができるでもないこの浜に人はまず立ち寄らない。

 何をするにしても、他により適した海がある。

 だからここは、いつだって4人だけの思い出だ。

 

 ここはみんなの思い出の場所。

 写真に残したあの砂浜だ。

 そこに佇み水平線を眺めるおかゆに、フブキは苦い顔をした。

 

「それで……何?」

「ぇ……?」

「僕に何か用事?」

「え……あ、ああ……うん……」

 

 おかゆに呼び寄せられたが、引き留めていたのはフブキ。

 用があるのはフブキだ。

 色々が混沌として、気分が逆転していた。

 

 そう、今はおかゆを船に乗せること。

 その為に彼女を励ますこと。

 今のフブキの目的はそれだけ。

 だからそれ以外は心の奥底へ収納する。

 

「おかゆんも一味に入ろ、ね?」

「さっき言われたでしょ、僕は邪魔だって」

 

 再勧誘は予想された内。

 おかゆも淡々と自嘲気味に答える。

 何度も潮が寄せては返す。

 その音に呼応するような呼吸音。

 

「そんな事ないよ。あの人は一味じゃないし、ちょっと強いから上から目線なんだよ。ムカつくよね」

 

 ハハっと笑って、勝手にぼたんの言葉を撤回する。

 乾いた笑いにもフブキの言葉の撤回にも反応せず、遥か彼方を見つめる。

 

「…………」

 

 気不味くなり、フブキはキョロキョロと視線を泳がせた。

 おかゆの表情が見たい。

 でも、急に立ち位置を変えられない。

 まだ2人には距離がある。

 親友のはずなのに、今は距離がある。

 

「1年ほど前、フブキちゃんが変な人を連れてきたの」

「え……」

 

 ボソッと、独り言のように呟いた。

 咄嗟に記憶を巡らせるが、覚えがない。

 洗脳後の話をしている。

 

「強かった。抗いようがなかった。でも僕は、逃げ延びた。何でか分かる?」

「それは……」

「ん……? それは、何でだと思う?」

 

 言葉につまり俯くフブキとは対極的に、おかゆは空を見上げている。

 

「そ、れは……」

「言ってみて、気にしないから」

 

 冷めた声音に、怯えながらフブキは口を震わせる。

 答えない選択肢がない。

 それを、おかゆ本人に、言わせたくない。

 妙なプライドが、フブキの中で立ち上がった。

 

「ミオところねに……守られたから?」

「正解」

 

 フブキは力強く奥歯を噛み締める。

 

「ただ、それもほんの少しだけ。結局僕はすぐに押さえられて、そこからは記憶がない」

「…………」

「でもね、直前の会話は鮮明に憶えてる」

「会話……って?」

「――」

「っ!」

 

 フブキの疑問に、初めて振り向く。

 光の無い、まるで個性を消失した無生物のような瞳で直視された。

 今までで、一番恐ろしいおかゆの姿に、絶句した。

 

「『この子、どうする?』『見られてるし、一応』って」

「――――‼︎‼︎」

 

 絶句が重なり、一瞬呼吸が停止した。

 一瞬の機能停止で酸素が不足する。

 急いで呼吸を再開し、空気を欲するが、生暖かい潮風が口内に入り込み、気持ち悪い感触を味わった。

 

「僕は要らないんだよ」

「そんな事ない」

「……」

「おかゆんは要らない子じゃないよ」

 

 怯えるように訴えかける。

 おかゆを励ます為に叫ぶ。

 でもまるで、詭弁を弄するようで、真っ向からぶつかれない。

 本心だけど、全く響かない。

 

「フブキちゃんは優しいね」

「いや……別に嘘じゃ……」

「ヒドイよ」

「――っっ‼︎」

 

 絡み合った視線が、見限るように逸らされる絶望感。

 逸れた視線を追うと、大粒の涙が滴る瞬間を目の当たりにしてしまう。

 反射光を反射して、砂浜にポタポタと滴下して、砂を穿つ。

 

「慰められたら……どうしようもないじゃん…………!」

 

 フブキの激励が、おかゆを零落させてゆく。

 装飾できず、上手に吐露できないから、ただ必要だと叫んでいた。

 空回り?

 ちがう。

 これはフブキが口撃した結果だ。

 追い詰めたのは、紛れもなくフブキ。

 

 親友をやって10数年。

 初めて見た。

 悲愴に塗れて涕泣する、おかゆなんて……。

 

 悲泣の声は波音を掻き消してフブキに押し寄せる。

 泣きじゃくり、立つことも儘ならない。

 悲痛な声がフブキの心を激しくノックする。

 

 おかゆが涙を垂らす度に。

 おかゆが声を漏らす度に。

 フブキも涙が込み上げてくる。

 

 逼り来る感情に涙を堪えて5分は経過した。

 この慟哭を聞いて5分だ。

 その果てに、フブキは――ずっと伝えたかった本心を得た。

 そして、涙した。

 

「おかゆん! おかゆんは、要らない子じゃないよ!」

「ぅぐっ……」

 

 言霊とは不思議だ。

 同じ言葉が形も意味も、何もかもを変えておかゆに届くのだから。

 

「確かにおかゆんは、弱い!」

「うぅ……ぐっ……」

 

 いいんだ、断言して。

 おかゆが弱いことなんて、みんな知ってる。

 事実を肯定する。

 そして、おかゆが気付いていない事実を、彼女の盲点をフブキが見せてあげるんだ。

 

「でも、強さと必要性は関係ないから」

「……うずっ……」

 

「私はずっと、4人で海に出たかった。私と、ミオと、ころねと、おかゆんの4人で」

 

「確かに、過酷な世界だろうから大変かもしれないけど、4人なら乗り越えられると思った。4人なら、何でもできる気がした。だからみんなを誘ったの」

 

「強くなくたっていいの、私はみんなが側に居るだけ凄く楽しいし勇気が湧くの。だから私はいつまでも4人で海に出ることを夢見てる」

 

「その夢のために、ミオところねを助けに行きたい。だからお願い、力を貸して」

「…………ぅ……」

 

「強くなくたって、私ならミオを、おかゆんならころねを助けられる気がするの。ううん……何が何でも、私たちが助けないといけないの!」

「ぅぅ……、……」

 

「きっと私たちじゃなきゃ、どうにもできない」

「……うぅ……」

 

「おかゆん。私の夢のために、そして2人を助けるために、これからの過酷な航路に、ついて来て欲しい」

「…………」

 

 目と目が合う。

 

「……でも僕は……」

 

 視線が逃げる。

 

「おかゆんが居ないと、私が嫌なの。例え弱くても、おかゆんじゃないとダメなの!」

 

 逃がさない。

 視線の先に回り込む。

 

「……いつか絶対、邪魔になる」

「ならない!」

「――!」

 

 逃げるな!

 逃すな!

 

「弱い僕には……」

「人の価値は――強さで決まらない‼︎」

 

 逃がさない。

 視線の先に回り込み、フブキは叫んだ。

 

 おかゆの瞳が潤んだ。

 濡れている瞳が潤んだ。

 

 すかさずフブキは、抱擁した。

 

「僕は……ぼくは……」

「おかゆんは、私の大切な親友だから」

「ぼ、くは……ぼ、くは……」

「お願い、これ以上は言わないで」

「ぼくはぁ……ああぁぁ……‼︎」

 

 

 枯れ果てたと思った涙が、溢れ返してきた。

 お互いに顔が見えない状態で、涙を流した。

 その雫は、やはり輝く。

 

 今日一番の声で、目一杯泣いた。

 

 親友の存在は大切だ。

 長所と短所を認め合う事ができる。

 だけど、普段はそれを口にしない。

 故にこんな時、すれ違いは起きるのだろう。

 その山場を乗り越えてこそ、真の親友だ。

 すれ違いも、喧嘩も、嫉妬もしない友達関係なんて、存在できない。

 もし存在して見えたなら、それはマヤカシ。

 

 親友とは、取り繕わずにいられる関係である。

 

 2人は、親友に、なれただろうか。

 

 この後お互い、心の底から笑えたのなら、きっとそうなのだろう。

 

 

 

          *****

 

 

 

 船上にマリンとポルカ、トワ、ぼたんがいる。

 

「いつまで待つんすか?」

「そりゃあ戻って来るまで」

「ゆうてもあれから1時間経ってんぞ」

「まだ1時間でしょ。急ぐ用は……無いんだし」

「今あったよね? 絶対急ぐ用事が頭に浮かんだよね?」

 

 フブキとおかゆの帰還を待つマリンだが、トワとポルカはその選択には否定的。

 強さと弱さを理解し、2人は船を降りるのではないか、海に出るとしても別の航路や仲間を選ぶのではないか。

 この船へ拘る必要など皆無だ。

 

「そもそも。フブちゃんが船に乗るのは故郷までって話だったじゃんか」

「それは話の発端でしょ。結局仲間になったんですから」

「言質取りましたか?」

「…………」

「あたしとトワ様はちゃんと明言してる」

「でも船長もフブちゃんも仲間意識はあったし、2人だって――」

「仲間宣言は乗船の基本じゃないの?」

「…………」

 

 トワとポルカの詰問にやがて返答できなくなる。

 マリンのホロメンに対する身勝手な仲間意識が存在するせいで、人を冷静に分析できていない。

 その邪魔な概念を一度、どこかで排除したい。

 でも、その概念を放棄するとしたら……マリンは一体何をしているのだろう?

 マリンが海賊である事から既に固定観念に納まっている。

 

 立場が逆転して見える光景に傍観者のぼたんは口元を曲げた。

 

「いっつもこんな?」

「え……」

「いっつも船長さんはこんな風?」

「おん、コレが普通」

 

 質問で割って入るぼたん。

 返答に逡巡したマリンに代わってトワが包み隠さず、断言する。

 

「ふーん」

「……」

 

 おかゆ同様に、ぼたんに貶されるのか?

 それは――アリ、と言いたい所だが、立ち直れない未来も見えるので……ナシかな。

 

「な、何か……?」

「んや別に」

 

 さっと流され身震いした。

 え、まさか、幻滅された?

 いや、そもそも理想がないとしたら、見限られたの方が正しいか。

 

「船長‼︎」

「――⁉︎」

 

 船の外から突如大声で呼ばれた。

 稲妻に撃たれたような速度で反応し、船の淵まで駆け寄る。

 マリン以外は、ふらっと立ち寄るような軽い感覚でその周りへ。

 

 3人が見下ろす先。

 波止場にはフブキとおかゆのコンビがいた。

 遠目からでも一目瞭然なオーラの違い。

 

 マリンは板と階段を掛け、道を作る。

 その通路を2人が足早に駆けてきた。

 

「船長」

「えっと……どうも……」

 

 おかゆが畏まって姿勢を正す。

 フブキは緩和剤になる想定なのか、ニコニコとしていて、空気を温めようとしている。

 

「ぁ――」

「一応聞きますけど、おかゆさんは、自分の意思でここへ来たの?」

 

 マリンが声をかける寸前にポルカが割った。

 マリンにはできない質問は副船長としてポルカが請け負う。

 フブキの眉がピクリと動いた。

 隠れているぼたんも、きっと耳を澄ませて聞いている。

 

「そう、です!」

 

 両腕を強く握り、おかゆは前を見て答えた。

 前に居るのは、ポルカではなくマリン。

 

「マリン船長さん!」

「せ、船長でお願いします……」

 

 先輩であるおかゆの敬語は擽ったい。

 

「船長さん!」

「えあ〜……はい……」

 

 さんを消してほしい!

 

「僕も仲間に入れてください!」

「はい勿論そのつもりで」

「はぁ〜……」

 

 マリンの即答にトワが重たい溜息をついた。

 おかゆもフブキも唖然とし、ポルカは呆れていた。

 ぼたんは分からない。

 

「ただ……今の小1時間ほどですけど、何話してたんですか?」

「え……」

「ザックリでいいです」

 

 この質問が面接と言っても過言ではない。

 これで他が勝手に印象を決めればいい。

 マリンからおかゆへの印象は、既に確立している。

 他のメンバーも。

 

「夢の話とか……僕の……ダメな所」

「そうですか」

「…………」

 

 マリンはおかゆの奥に立つフブキに視線を向けた。

 正直、ずっとフブキが気掛かりだ。

 ミオところねの事で悩んでいて、今度はおかゆの仲間関連のゴタゴタで悩んで……と。

 

「フブちゃん、初めは故郷まで送るって話だったけど、このまま仲間に加入でいいですか?」

「うん!」

 

 屈託のない笑みと返事。

 一切の嘘と偽りを感じない。

 

「……船長は言いそうにないから最後に確認するけど」

 

 と、話を収めようとしたマリンを押し除けてポルカが口を挟む。

 マリンは視線を逸らし、おかゆとフブキはキリッと姿勢を直す。

 

「我々は海賊なんて名乗ってますけど、正直相当弱いです。2人がどう感じるかは知りませんが、現状この中には、ぼたんさんに敵う人間すらいません」

「……」

「命の保障はできないし、このセリフを言うこともできない人間が船長をやってます」

「……はい」

「それでも――この船がいいですか?」

「「はい――!」」

 

 おかゆもフブキもそこに相違はない。

 緊張感を漂わせるポルカの圧力も、マリンの不満げな視線もお構いなしに、2人は口を揃えて答えていた。

 

「……副船長の最終面接突破ってとこかな?」

 

 トワが茶化すように割り込み、空気を弛緩させた。

 おかゆとフブキが、笑顔を見合わせる。

 

 日も随分高くなった。

 さあ、決まったのなら、モタモタしていられない。

 気持ちを切り替えて、新たな仲間を迎え入れて、出航の時だ。

 

 

「よし、ではでは――」

 

 マリンは船と港を繋ぐ道を外して、出航の準備をする。

 

「出航します、みなさん準備はいいですか?」

 

 何事もなかったように。

 数分かけて準備して、甲板の上で飲み物片手に集う。

 全部で6人。

 ……?

 

「新たな2人の仲間の加入に――」

「あたし、仲間にはなってないから」

「……」

「新たな2人の仲間の加入に、かんぱーい!」

 

 無かったことにした。

 もういいよ、とドリンクを高く掲げぶつけ合う。

 

「で、なぁーーんで! コイツがおるんじゃぁー、パート2!」

 

 フブキの怒号が響き渡る。

 敵意を剥き出しで威嚇するように指差した。

 

「あたしの船長見つけるまで同行するだけ」

「賑やかになりますね!」

「ま、まあまあフブキちゃん」

 

 一味はより一層騒々しさを増して、航海する。

 

 

 

 猫又おかゆ、加入。

 獅白ぼたん、ちょっと同行。

 

 





 罪作りな子ですねぇ〜……。
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