ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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24話 情報過多

 

 フブキの部屋へやってきたマリン。

 丁寧にノックし、返事を貰って入室。

 

「やあやあフブちゃん、元気かね」

「何ですか。あまり機嫌良くないんで、変な事しないでくださいよ」

「だからメンタルケアに来たんですよ」

「それも余計なお世話です」

 

 ぷんぷんと膨れてそっぽ向いているが、部屋が荒れている様子はない。

 ストレスを発散する場所が無いと見受けられる。

 

「そうは言っても船長なんで。このまま2人の仲が悪いと監督不行届でヘラっちゃうんです」

「……やっぱり変な事言う」

「変じゃないって」

 

 マリンはベッドに腰を下ろした。

 

「フブちゃんはぼたんさん嫌いですか?」

「嫌い」

 

 即答。

 一切の躊躇がない。

 

「どうしてですか?」

「だって……」

 

 その先は渋る。

 毎度ここだけは頑なに話そうとしない。

 

「フブちゃん。船長に言えないなら、おかゆ先輩でもいいです。誰か1人にでも悩みは話すべきですよ」

「うん……」

 

 何かしら、フブキはコンプレックスを持っていると思われる。

 そしてそれを、ぼたんに見透かされている、と思っている。

 ぼたん自身は、何に苛立っているのか自覚していなかった。

 

「何を目標にしても、先は長いです。この先の付き合いを考えたら、誰かしらには話しといた方がいいと思います」

「…………」

「――! すみません、烏滸がましいですね」

「……うん」

「えぇ――」

 

 そんな事ないよって言って。

 多分空返事。

 半分上の空で聞いている。

 

「とにかく、何かあったら言ってくださいよ」

「うん……」

「絶対ですからね!」

「……ん」

 

 マリンは念押しして退室した。

 このままフブキが船内で孤立し始めては困る。

 少し鬱陶しいだろうと自覚しつつも、初めてフブキに覚えたこの母性を隠しきれない。

 

 要注意人物として、フブキをマークしよう。

 ここで言う要注意とは、メンタルの危険性の話。

 

「……心配ですね」

 

 仲間を心配する当然の行為。

 これが非常に疲労の蓄積する行為。

 

 ポルカには概要だけ説明したが、元いた世界の話をできる相手はいない。

 だからマリンも、ずっと抱えている事はある。

 マリンも人並みに悩み苦しむ中、仲間の悩みや苦しみを並行して共に抱えなければならない。

 しかも、敵の存在や救うべき存在もあり、精神の摩耗は果てしない。

 

 マリンは特段メンタルの強い人間ではない。

 どこかで吐くもの吐いておかなければ、いつかぶっ壊れる自信がある。

 

「まあ、まだ元気ですけど」

 

 空元気でも出せる内はまだ安全圏。

 それすら出せず、取り繕えなくなった時が超危険信号。

 

「いざって時は……ポルカに聞いてもらおうか」

 

 と、不満の吐口として副船長を使うことを決めた。

 ポルカなら上手く捌いてくれるはず。

 

 武器庫を通りおかゆの個室前へ到着した。

 

 ガチャ、と突然扉が開いた。

 

「あれ、船長さん?」

「おやおかゆ先輩。どうしました?」

 

 丁度次のカウンセリグ相手としておかゆの部屋に向かっていた。

 部屋の前へ辿り着き、いざ開こうとした所、おかゆが出てきた。

 トイレかな?

 

「あ、いや、外からぶつぶつ聞こえたから、何かと思って」

「ああ、すみません、ちょっと独り言を言ってました」

 

 独り言がおかゆを怖がらせてしまったようだ。

 独り言ののような籠った声は確かに識別が難しいし、不気味に聞こえるかも知れない。

 

「あ、ちょっとお話ししたいんですけど、いいですか?」

「え、僕と? いいですけど……」

「では失礼しまーす」

 

 遠慮なくおかゆの部屋へ。

 そして、やはりベッドの上に座る。

 おかゆはどこに座るか戸惑っていた。

 イスもあるが、座高がマリンより高くなってしまうため、床に直接座ろうかと、腰を下ろしかけ……

 

「ほらおかゆ先輩、こっち」

「え、い、いや、隣はちょっと……」

「そんな――!」

「ぁ……えっと……」

 

 マリンのショックな表情を真に受け、動揺して、周囲を見回していた。

 通常運転のマリンと会話するのは初めてか。

 それが1対1は確かに混乱する。

 

「まあぶっちゃけ自由にしてくれていいんですけどね」

「じ、自由……自由……」

「寝ててもいいですし、立っててもいいですし、空気椅子でも倒立しててもいいですよ」

「へえ? へ⁉︎」

 

 おかゆの目がグルグルになる。

 船長という大きな存在を前に対応しきれないジョークが飛び交い、頭がパンクしてしまった。

 

「おかゆ先輩⁉︎」

 

 情報処理に失敗して、頭から湯気を放出するおかゆの肩を支えて、ベッドに座らせた。

 まるでおかゆじゃない。

 

「もう……どうしてそうなりますかね……」

 

 おかゆに母性なんて生まれた事がない。

 なんせおかゆだ。

 普段から配信上では妙なやり取りをして、配信外でもそこそこに妙なやり取りをする仲。

 エロという面で繋がりのある2人が、突然こんなシチュはマリンも混乱する。

 

「ごめんなさい……」

「はぁ……カウンセリングじゃなく介護ですよ、これ」

「カウンセリング?」

「メンタルケアしてるんです、みんなんとこ回って」

「お疲れ様です」

 

 やはり仰々しい。

 ダメだ。

 2人の距離はこんなに離れていない。

 

「話す前におかゆ先輩」

「はい」

「船長の事、マリン船長か船長って呼んでください。あ、マリン、も可」

 

 最後の『マリン』だけは声がねっとりしていた。

 イケボを意識したのだろうか。

 

「どれにしますか?」

 

 実質2択。

 大抵は船長と呼ぶので、そっちの方が統一感はある。

 そもそも普通、船長然り、他も社長や店長、市長、村長、番長など、○長の前に名前はつけない。

 これは自分の所属するチームの話に限ってはいるが。

 他社の社長や、ニュースで取り上げられる市長などに名前はつく。

 

 おかゆは戸惑っている。

 他人との距離を詰めるのが苦手なのか――。

 いや、この様子は別の事だな。

 

「船長って、呼ぶのはいいですけど……」

「あ、敬語も禁止で」

「あ、はい……じゃなくて、その、僕のことも、『先輩』は、やめてほしい、かな……」

「あーー……」

 

 強く共感できる。

 この世界のおかゆ視点では、現在マリンが上司に当たる。

 上司から先輩という敬称を付けられては、態度や接し方で混乱するのも必至と言える。

 

 だが、先輩を付けないとなると、どう呼ぼうか。

 

「おかゆ」

 

 再び発されるねっとりボイス。

 呼び捨ては基本、攻守反転した時に誘惑の声として使う。

 素直に名前を呼ばないマリンに当惑するおかゆ。

 相手に特定の呼称を強制しながら、自分は逃げるなんて、確かにずるい。

 

「すみません、えっと、おかゆさん、でいいですか?」

「うん、じゃ、じゃあそれでいいけど……敬語、なの?」

「あ、これはタメ口と解釈していい敬語ですね」

「……?」

「そう言う性格というか、キャラと言うか……」

「……???」

 

 観念したマリンがきちんと落着させる。

 そして敬語についても言及されるが、そちらは回避。

 敬語は相手に関係なく偶に出てしまう。

 口癖のようなものだ。

 

「まあまあ、本題は別にあるんで、いいですか?」

「なぁに?」

「能力についてです」

「あー……」

 

 はぐらかすように視線を泳がせた。

 やはり、無能力。

 

「船長の見立てでは、おかゆさん、メッチャいい人だと思うんですよ」

「どうかな……昔はよくイタズラしてたけど」

「イタズラは善し悪しとは別。良い悪いじゃなくて、善と悪の話ですよ」

「善と悪……?」

 

 善いと良いは異なる。

 善と対義になる悪と、良と対義になる悪も微々たるものながら違いがある。

 人に危害を与えない悪と、人に危害を加える悪。

 イタズラは善良な心を持って行う。

 その心無くしてイタズラはできない。

 ラインを理解しているからこそ「イタズラ」で片付く。

 

 おかゆは善と悪の分別が人並み以上にあるとマリンは考えた。

 更に、おかゆは今弱い自覚がある。

 善と悪に加えて、強と弱にも深い理解がある。

 

 どうせ持っていても、他に使い道なんてないなら……。

 

「その善悪を区別して、的確に見極めれると信じて、一つ提案があります」

「提案……?」

「これです」

 

 武器庫から持ち出した一つの箱。

 両手で丁度持てるサイズの箱をおかゆに手渡す。

 重量はほぼ箱由来。

 中身は実に軽いアレ。

 

「これは?」

「開ければ分かります」

 

 煌めく瞳でマリンを見つめ、そっと箱を開けた。

 中から姿を見せたのは、両手サイズの紫色の果実。

 他に一つとして見た事がない果実だ。

 刻まれた紋様だけは、過去に2度、目にしたが。

 

「これ……」

「悪魔の実です」

「あくまの……実……?」

「どんな能力かは分かりませんけどね」

 

 マリンの目を見つめ直す。

 対してマリンは肩を竦めへらっとした様相で答えた。

 

 ここまでの筋道を立てれば、流石に察しもつくだろう。

 

「食べませんか、それ」

「能力を、僕が……」

 

 目の前に突如転がり込んだ、憧れの力。

 昔は一切の興味を唆られない物だった。

 だが、ころねに続いてフブキ、ミオと能力を得て、自分だけ疎外感や劣等感を覚えるようになった。

 望んでない、と言えば嘘になる。

 しかし、望まぬ形で手に入れてしまったとなると……。

 

「……」

「泳げなくなるのが嫌ですか?」

「んーん、元々ほとんど泳げないから……」

「あ……」

 

 仲間だ。

 

「いいのかなぁ、僕、これ貰っちゃって……」

「いいですよ。どうせこの船に食べる人は――」

「違うの。そうじゃないの」

「――?」

 

 手に取った果実を箱に納め、蓋を閉じる。

 箱から視線を逸らして、俯き加減に続ける。

 

「僕は確かに弱いけど、なんか……こうやってレールを敷いてもらって強くなっても……」

「自分が納得できない、って事ですか?」

「……たぶん」

 

 おかゆ自身、この感情をうまく形容できない。

 

 この先の戦いを見据えるなら、貰う以外の選択はない。

 しかし、おかゆの自尊心?は、他人からの授かり物で強くなる事を認めない。

 せめて、自力で能力を世界から発掘したい。

 それに何より……フブキの言葉が、おかゆには強く刺さったから。

 

 意固地になって強さを追求する必要性を、感じなくなった。

 今強さを手にしたら、まるで、フブキの言い分を否定するようで……。

 何故か、怖いし、考えると心が痛む。

 

「フブキちゃんに、相談してからでもいい?」

「ええ構いませんよ」

 

 と、決定の保留を所望されたので、快諾した。

 

「悪魔の実は船長が持っといた方がいい?」

「うん、ありがとう」

「それじゃあ必要になったら声かけてくださいね」

 

 小箱を手渡しで返却し、マリンを見送った。

 次は最後のメンバー、トワのところへ赴くらしい。

 おかゆはその後すぐ、とある相談へと向かった。

 

 

 おかゆの部屋からトワの部屋へ、移動完了。

 右手を上げ、扉前に運ぶ。

 ノックするべきか、無断で入るか。

 

「船長?」

 

 扉越しにトワが尋ねた。

 ビクッと体を跳ねさせて、うっかり帽子を落としてしまう。

 マリンは急いで被り直し深呼吸、そして一度咳払いすると、

 

「そうです、入っていいですか?」

 

 と平常を装い許可をもらう。

 許可が出たので済ました顔で扉を開いたが、心臓はバックバクで、シャチの咀嚼音のようだった。

 

「ん? 船長帽子逆じゃない?」

「――⁉︎」

 

 入室直後、トワの指摘で取り乱す。

 帽子を掴むと、感触がいつもと違った。

 前後が逆だった。

 

「と、トワ様も洞察力が付いてきましたね!」

「……いや」

「――? トワ様、体調悪い?」

 

 トワが一瞬顔を顰めた。

 それをマリンは見逃さない。

 眉間に皺を寄せて、少しばかり頭を意識している。

 頭痛の時に痛みを抑えようとする無意識的なアレ。

 

「いや、まあ……痛いけど、大丈夫」

「大丈夫には見えませんけど……」

「――!」

「……?」

 

 マリンの言葉を抑止するように右手を突き出す。

 隠すことをやめたトワは、左手を顳顬に当て、頭痛を抑えようとする。

 そのポーズが、厨二病にしか見えない。

 

「どうし――」

「ちょっと黙ってみて……」

 

 黙れではなく、黙ってみて。

 実験か?

 マリンは指示通り口を閉ざした。

 頭を抱えるトワの微かな呻きだけが室内で聞こえる。

 

「すまん、色々話があったんかもしれんけど……あとでいい?」

「え、まあ、構いませんけど……」

「落ち着いたら全部話すわ……」

 

 マリンにそう告げると、退室する前にベッドへ倒れ込んだ。

 不安げに眉を寄せて、扉を開く。

 そして退室前に、

 

「何かあったら呼んでくださいよ」

 

 と忠告して部屋を後にした。

 

「…………早く、慣れんと」

 

 

 

 ――――――――。

 

 マリンの訪問する10分ほど前。

 トワの部屋……。

 

 手元に置いたのは、キャンディータウンでルーナに貰った、あの果実。

 紫色に奇妙な模様のついた果実。

 

「おかゆも入ったし、船長の能力で海への落下はカバーできる」

 

 この2つが能力獲得の決断に至った主な理由。

 誰にも言っていないが、船員が全員能力者である危険性を鑑みて能力獲得を見送っていた。

 だが、おかゆが入った事で、無能力者枠が一つできた。

 しかも、マリンがいれば案外海に落ちる心配は無いと、今回の件で証明された。

 仲間には、外れた時が怖いと嘘の理由を伝えている。

 

「……っし」

 

 唾を飲んだ。

 事前情報から、究極にまずい事は知っている。

 王が食べた時の話も、何度か聞いたから。

 

「はむっ――」

 

 呼吸を止め、咀嚼もそこそこに嚥下。

 弾ける果汁が舌を転がるようにして喉奥へ。

 無呼吸でも何となく不味い。

 全てを飲み込み、準備していた水を流し込む。

 

「っ――はぁ、はぁ……」

 

 呼吸の再開と同時に、蓄積した不味さが味覚から押し寄せる。

 それを堪え切り、やがて口内の味も果汁も、果肉片も消え去る。

 

「……? ん?」

 

 直後から、視界に映るもの一つ一つに、違和感を覚え始める。

 違和感の正体は全く不明。

 だが、何となく、目に映る物質から得られる情報が、普段より多い気がする。

 

「……っ」

 

 脳に集約される数多の情報。

 オーバーヒートするのは早い。

 早速、頭痛が押し寄せた。

 

 苦痛に座り込み、両手で頭の至る所を押さえたり、叩いたりした。

 

『……なぁ、……て、ら……し』

「誰……?」

 

 キャパシティオーバーする脳に響く、聞き覚えある声。

 よく聞こえない。

 電波障害を起こした通信機のように雑音まみれ。

 

『移動完了。トワ様は何してますかね』

「……?」

 

 声が聞こえる?

 

『ノック、しないで入ったら怒るかなぁ。うーん、まあいっか――』

「船長?」

 

 扉越しに声を掛けた。

 

『え⁉︎ トワ様⁉︎ なんで気付いたの⁉︎』

 

 五月蝿すぎる。気付けない方がおかしい。

 何を慌てているのか。

 

『あっ、帽子が……よ、よし、落ち着いて、冷静に……』

「……?」

 

 頭痛の中でマリンの声が反響を続ける。

 

「そうです、入っていいですか?」

 

 ……と、先の場面へ繋がるのであった。

 

 

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