フブキの部屋へやってきたマリン。
丁寧にノックし、返事を貰って入室。
「やあやあフブちゃん、元気かね」
「何ですか。あまり機嫌良くないんで、変な事しないでくださいよ」
「だからメンタルケアに来たんですよ」
「それも余計なお世話です」
ぷんぷんと膨れてそっぽ向いているが、部屋が荒れている様子はない。
ストレスを発散する場所が無いと見受けられる。
「そうは言っても船長なんで。このまま2人の仲が悪いと監督不行届でヘラっちゃうんです」
「……やっぱり変な事言う」
「変じゃないって」
マリンはベッドに腰を下ろした。
「フブちゃんはぼたんさん嫌いですか?」
「嫌い」
即答。
一切の躊躇がない。
「どうしてですか?」
「だって……」
その先は渋る。
毎度ここだけは頑なに話そうとしない。
「フブちゃん。船長に言えないなら、おかゆ先輩でもいいです。誰か1人にでも悩みは話すべきですよ」
「うん……」
何かしら、フブキはコンプレックスを持っていると思われる。
そしてそれを、ぼたんに見透かされている、と思っている。
ぼたん自身は、何に苛立っているのか自覚していなかった。
「何を目標にしても、先は長いです。この先の付き合いを考えたら、誰かしらには話しといた方がいいと思います」
「…………」
「――! すみません、烏滸がましいですね」
「……うん」
「えぇ――」
そんな事ないよって言って。
多分空返事。
半分上の空で聞いている。
「とにかく、何かあったら言ってくださいよ」
「うん……」
「絶対ですからね!」
「……ん」
マリンは念押しして退室した。
このままフブキが船内で孤立し始めては困る。
少し鬱陶しいだろうと自覚しつつも、初めてフブキに覚えたこの母性を隠しきれない。
要注意人物として、フブキをマークしよう。
ここで言う要注意とは、メンタルの危険性の話。
「……心配ですね」
仲間を心配する当然の行為。
これが非常に疲労の蓄積する行為。
ポルカには概要だけ説明したが、元いた世界の話をできる相手はいない。
だからマリンも、ずっと抱えている事はある。
マリンも人並みに悩み苦しむ中、仲間の悩みや苦しみを並行して共に抱えなければならない。
しかも、敵の存在や救うべき存在もあり、精神の摩耗は果てしない。
マリンは特段メンタルの強い人間ではない。
どこかで吐くもの吐いておかなければ、いつかぶっ壊れる自信がある。
「まあ、まだ元気ですけど」
空元気でも出せる内はまだ安全圏。
それすら出せず、取り繕えなくなった時が超危険信号。
「いざって時は……ポルカに聞いてもらおうか」
と、不満の吐口として副船長を使うことを決めた。
ポルカなら上手く捌いてくれるはず。
武器庫を通りおかゆの個室前へ到着した。
ガチャ、と突然扉が開いた。
「あれ、船長さん?」
「おやおかゆ先輩。どうしました?」
丁度次のカウンセリグ相手としておかゆの部屋に向かっていた。
部屋の前へ辿り着き、いざ開こうとした所、おかゆが出てきた。
トイレかな?
「あ、いや、外からぶつぶつ聞こえたから、何かと思って」
「ああ、すみません、ちょっと独り言を言ってました」
独り言がおかゆを怖がらせてしまったようだ。
独り言ののような籠った声は確かに識別が難しいし、不気味に聞こえるかも知れない。
「あ、ちょっとお話ししたいんですけど、いいですか?」
「え、僕と? いいですけど……」
「では失礼しまーす」
遠慮なくおかゆの部屋へ。
そして、やはりベッドの上に座る。
おかゆはどこに座るか戸惑っていた。
イスもあるが、座高がマリンより高くなってしまうため、床に直接座ろうかと、腰を下ろしかけ……
「ほらおかゆ先輩、こっち」
「え、い、いや、隣はちょっと……」
「そんな――!」
「ぁ……えっと……」
マリンのショックな表情を真に受け、動揺して、周囲を見回していた。
通常運転のマリンと会話するのは初めてか。
それが1対1は確かに混乱する。
「まあぶっちゃけ自由にしてくれていいんですけどね」
「じ、自由……自由……」
「寝ててもいいですし、立っててもいいですし、空気椅子でも倒立しててもいいですよ」
「へえ? へ⁉︎」
おかゆの目がグルグルになる。
船長という大きな存在を前に対応しきれないジョークが飛び交い、頭がパンクしてしまった。
「おかゆ先輩⁉︎」
情報処理に失敗して、頭から湯気を放出するおかゆの肩を支えて、ベッドに座らせた。
まるでおかゆじゃない。
「もう……どうしてそうなりますかね……」
おかゆに母性なんて生まれた事がない。
なんせおかゆだ。
普段から配信上では妙なやり取りをして、配信外でもそこそこに妙なやり取りをする仲。
エロという面で繋がりのある2人が、突然こんなシチュはマリンも混乱する。
「ごめんなさい……」
「はぁ……カウンセリングじゃなく介護ですよ、これ」
「カウンセリング?」
「メンタルケアしてるんです、みんなんとこ回って」
「お疲れ様です」
やはり仰々しい。
ダメだ。
2人の距離はこんなに離れていない。
「話す前におかゆ先輩」
「はい」
「船長の事、マリン船長か船長って呼んでください。あ、マリン、も可」
最後の『マリン』だけは声がねっとりしていた。
イケボを意識したのだろうか。
「どれにしますか?」
実質2択。
大抵は船長と呼ぶので、そっちの方が統一感はある。
そもそも普通、船長然り、他も社長や店長、市長、村長、番長など、○長の前に名前はつけない。
これは自分の所属するチームの話に限ってはいるが。
他社の社長や、ニュースで取り上げられる市長などに名前はつく。
おかゆは戸惑っている。
他人との距離を詰めるのが苦手なのか――。
いや、この様子は別の事だな。
「船長って、呼ぶのはいいですけど……」
「あ、敬語も禁止で」
「あ、はい……じゃなくて、その、僕のことも、『先輩』は、やめてほしい、かな……」
「あーー……」
強く共感できる。
この世界のおかゆ視点では、現在マリンが上司に当たる。
上司から先輩という敬称を付けられては、態度や接し方で混乱するのも必至と言える。
だが、先輩を付けないとなると、どう呼ぼうか。
「おかゆ」
再び発されるねっとりボイス。
呼び捨ては基本、攻守反転した時に誘惑の声として使う。
素直に名前を呼ばないマリンに当惑するおかゆ。
相手に特定の呼称を強制しながら、自分は逃げるなんて、確かにずるい。
「すみません、えっと、おかゆさん、でいいですか?」
「うん、じゃ、じゃあそれでいいけど……敬語、なの?」
「あ、これはタメ口と解釈していい敬語ですね」
「……?」
「そう言う性格というか、キャラと言うか……」
「……???」
観念したマリンがきちんと落着させる。
そして敬語についても言及されるが、そちらは回避。
敬語は相手に関係なく偶に出てしまう。
口癖のようなものだ。
「まあまあ、本題は別にあるんで、いいですか?」
「なぁに?」
「能力についてです」
「あー……」
はぐらかすように視線を泳がせた。
やはり、無能力。
「船長の見立てでは、おかゆさん、メッチャいい人だと思うんですよ」
「どうかな……昔はよくイタズラしてたけど」
「イタズラは善し悪しとは別。良い悪いじゃなくて、善と悪の話ですよ」
「善と悪……?」
善いと良いは異なる。
善と対義になる悪と、良と対義になる悪も微々たるものながら違いがある。
人に危害を与えない悪と、人に危害を加える悪。
イタズラは善良な心を持って行う。
その心無くしてイタズラはできない。
ラインを理解しているからこそ「イタズラ」で片付く。
おかゆは善と悪の分別が人並み以上にあるとマリンは考えた。
更に、おかゆは今弱い自覚がある。
善と悪に加えて、強と弱にも深い理解がある。
どうせ持っていても、他に使い道なんてないなら……。
「その善悪を区別して、的確に見極めれると信じて、一つ提案があります」
「提案……?」
「これです」
武器庫から持ち出した一つの箱。
両手で丁度持てるサイズの箱をおかゆに手渡す。
重量はほぼ箱由来。
中身は実に軽いアレ。
「これは?」
「開ければ分かります」
煌めく瞳でマリンを見つめ、そっと箱を開けた。
中から姿を見せたのは、両手サイズの紫色の果実。
他に一つとして見た事がない果実だ。
刻まれた紋様だけは、過去に2度、目にしたが。
「これ……」
「悪魔の実です」
「あくまの……実……?」
「どんな能力かは分かりませんけどね」
マリンの目を見つめ直す。
対してマリンは肩を竦めへらっとした様相で答えた。
ここまでの筋道を立てれば、流石に察しもつくだろう。
「食べませんか、それ」
「能力を、僕が……」
目の前に突如転がり込んだ、憧れの力。
昔は一切の興味を唆られない物だった。
だが、ころねに続いてフブキ、ミオと能力を得て、自分だけ疎外感や劣等感を覚えるようになった。
望んでない、と言えば嘘になる。
しかし、望まぬ形で手に入れてしまったとなると……。
「……」
「泳げなくなるのが嫌ですか?」
「んーん、元々ほとんど泳げないから……」
「あ……」
仲間だ。
「いいのかなぁ、僕、これ貰っちゃって……」
「いいですよ。どうせこの船に食べる人は――」
「違うの。そうじゃないの」
「――?」
手に取った果実を箱に納め、蓋を閉じる。
箱から視線を逸らして、俯き加減に続ける。
「僕は確かに弱いけど、なんか……こうやってレールを敷いてもらって強くなっても……」
「自分が納得できない、って事ですか?」
「……たぶん」
おかゆ自身、この感情をうまく形容できない。
この先の戦いを見据えるなら、貰う以外の選択はない。
しかし、おかゆの自尊心?は、他人からの授かり物で強くなる事を認めない。
せめて、自力で能力を世界から発掘したい。
それに何より……フブキの言葉が、おかゆには強く刺さったから。
意固地になって強さを追求する必要性を、感じなくなった。
今強さを手にしたら、まるで、フブキの言い分を否定するようで……。
何故か、怖いし、考えると心が痛む。
「フブキちゃんに、相談してからでもいい?」
「ええ構いませんよ」
と、決定の保留を所望されたので、快諾した。
「悪魔の実は船長が持っといた方がいい?」
「うん、ありがとう」
「それじゃあ必要になったら声かけてくださいね」
小箱を手渡しで返却し、マリンを見送った。
次は最後のメンバー、トワのところへ赴くらしい。
おかゆはその後すぐ、とある相談へと向かった。
おかゆの部屋からトワの部屋へ、移動完了。
右手を上げ、扉前に運ぶ。
ノックするべきか、無断で入るか。
「船長?」
扉越しにトワが尋ねた。
ビクッと体を跳ねさせて、うっかり帽子を落としてしまう。
マリンは急いで被り直し深呼吸、そして一度咳払いすると、
「そうです、入っていいですか?」
と平常を装い許可をもらう。
許可が出たので済ました顔で扉を開いたが、心臓はバックバクで、シャチの咀嚼音のようだった。
「ん? 船長帽子逆じゃない?」
「――⁉︎」
入室直後、トワの指摘で取り乱す。
帽子を掴むと、感触がいつもと違った。
前後が逆だった。
「と、トワ様も洞察力が付いてきましたね!」
「……いや」
「――? トワ様、体調悪い?」
トワが一瞬顔を顰めた。
それをマリンは見逃さない。
眉間に皺を寄せて、少しばかり頭を意識している。
頭痛の時に痛みを抑えようとする無意識的なアレ。
「いや、まあ……痛いけど、大丈夫」
「大丈夫には見えませんけど……」
「――!」
「……?」
マリンの言葉を抑止するように右手を突き出す。
隠すことをやめたトワは、左手を顳顬に当て、頭痛を抑えようとする。
そのポーズが、厨二病にしか見えない。
「どうし――」
「ちょっと黙ってみて……」
黙れではなく、黙ってみて。
実験か?
マリンは指示通り口を閉ざした。
頭を抱えるトワの微かな呻きだけが室内で聞こえる。
「すまん、色々話があったんかもしれんけど……あとでいい?」
「え、まあ、構いませんけど……」
「落ち着いたら全部話すわ……」
マリンにそう告げると、退室する前にベッドへ倒れ込んだ。
不安げに眉を寄せて、扉を開く。
そして退室前に、
「何かあったら呼んでくださいよ」
と忠告して部屋を後にした。
「…………早く、慣れんと」
――――――――。
マリンの訪問する10分ほど前。
トワの部屋……。
手元に置いたのは、キャンディータウンでルーナに貰った、あの果実。
紫色に奇妙な模様のついた果実。
「おかゆも入ったし、船長の能力で海への落下はカバーできる」
この2つが能力獲得の決断に至った主な理由。
誰にも言っていないが、船員が全員能力者である危険性を鑑みて能力獲得を見送っていた。
だが、おかゆが入った事で、無能力者枠が一つできた。
しかも、マリンがいれば案外海に落ちる心配は無いと、今回の件で証明された。
仲間には、外れた時が怖いと嘘の理由を伝えている。
「……っし」
唾を飲んだ。
事前情報から、究極にまずい事は知っている。
王が食べた時の話も、何度か聞いたから。
「はむっ――」
呼吸を止め、咀嚼もそこそこに嚥下。
弾ける果汁が舌を転がるようにして喉奥へ。
無呼吸でも何となく不味い。
全てを飲み込み、準備していた水を流し込む。
「っ――はぁ、はぁ……」
呼吸の再開と同時に、蓄積した不味さが味覚から押し寄せる。
それを堪え切り、やがて口内の味も果汁も、果肉片も消え去る。
「……? ん?」
直後から、視界に映るもの一つ一つに、違和感を覚え始める。
違和感の正体は全く不明。
だが、何となく、目に映る物質から得られる情報が、普段より多い気がする。
「……っ」
脳に集約される数多の情報。
オーバーヒートするのは早い。
早速、頭痛が押し寄せた。
苦痛に座り込み、両手で頭の至る所を押さえたり、叩いたりした。
『……なぁ、……て、ら……し』
「誰……?」
キャパシティオーバーする脳に響く、聞き覚えある声。
よく聞こえない。
電波障害を起こした通信機のように雑音まみれ。
『移動完了。トワ様は何してますかね』
「……?」
声が聞こえる?
『ノック、しないで入ったら怒るかなぁ。うーん、まあいっか――』
「船長?」
扉越しに声を掛けた。
『え⁉︎ トワ様⁉︎ なんで気付いたの⁉︎』
五月蝿すぎる。気付けない方がおかしい。
何を慌てているのか。
『あっ、帽子が……よ、よし、落ち着いて、冷静に……』
「……?」
頭痛の中でマリンの声が反響を続ける。
「そうです、入っていいですか?」
……と、先の場面へ繋がるのであった。