1日半の航海を終え、宝鐘海賊団+αは次なる島、記憶の跡地に辿り着いた。
波音だけが響く砂浜に船を着け、下船する。
「名前のボリュームすごい割に、何も無い島だな」
「まあ……無人島だし」
浜の先に広がるのは森で、人の生活の影は微塵も無い。
砂をサクサクと踏んで森に近寄るフブキ。
「おっ、と……」
そんな彼女の傍を通り、一本の紐――ではなく麺が足元の何かを拾い上げた。
麺はシュルシュルとぼたんの下へ。
「聞いた通り、一応廃研究所があるみたいだから、気をつけた方がいいよ」
麺が掬い上げたのは割れた試験管。
付着した液体はおそらく海水だが、危険な物質も含めて投棄されているかもしれない。
よくよく見れば、到底潮で漂着するとは思えない部品たちもちらほら。
研究所の面影すらない砂浜にも散乱するゴミ。
廃研究所が近づけば、より危険な物質、部品、機械などが山程転がっているに違いない。
「ふん! 分かってます!」
ぼたんの忠告に、ぷいっとそっぽ向く。
マリンやトワはやれやれと肩を竦め、おかゆは苦笑いを浮かべていた。
拗ねるフブキは可愛いが、あまり空気は悪くしないでいただきたい。
いや、もはや恒例と化して、逆に和むまであるか。
「んで、これからどうすんの?」
「船長はここにいようと思います」
「なして」
「いや〜、最近疲労がねぇ〜」
腰をトントンと叩き、年配者をアピール。
まだ若いだろ。
「自称17歳のくせに……」
「まあ、そう言うわけなんで、皆さんは迷子にならない程度でご自由にしてきてくださいな」
マリンはハシゴで船に戻り、自室へと篭った。
「――ねえおかゆん! 探検しよ!」
「……⁉︎ あ、相変わらずだね」
フブキの衝動的な好奇心におかゆはたじろぐ。
だが、懐かしいこの感傷に今は何となく浸りたい。
「いいよ」
「やった、じゃあ行こ」
「あ、3人は来ない?」
先行するフブキを必死に引き留めながら、尋ねる。
ぼたんは手を上げて明後日の方を向いた。パスのようだ。
「ポルカもここに残る。船長だけは残しとけんし、普通にゆっくりしたい」
「ごめん、トワもパス。ちょっと試したい事とかあるから」
「そうですか……うん、じゃあ行ってきます」
「レッツゴー!」
「気をつけてよ」
礼儀よく場を後にするおかゆを置いて、フブキは揚々と森林へ。
保護者のようにおかゆはその後に続いて消えていった。
その2人を見送り、トワとポルカは顔を合わせた。
ただ1人ぼたんは我関せずの態度で浜を歩き、遠ざかり始める。
「どこ行くん?」
「偵察」
トワの問いにも同様の態度で返し、やがて森の陰に隠れて見えなくなる。
ここは島。
当然円形で、浜は僅かにだが湾曲している。
「なんの偵察?」
「ここは無人島だけど、あたしらみたいな人は居るかもってことじゃない?」
「あー……おるんか、そんな奴」
「居るでしょ。ポルカと船長も無人島で出会った訳だし」
「そうなん?」
「そうだよ」
思い返せば、この海賊団の結成秘話は2人以外知らない。
どれほどショーもない始まりをしたのかなんて。
こんな説明だときっと、マリンが1人で海賊をやっていた時代があったと勘違いするだろう。
始まりはその無人島出航でマリンとポルカの2人。
でもまあ、話す意味ないし。
聞かれたらでいい。
「ほいじゃ、ポルカは船に戻るわ」
「ああ、うん、トワは……多分その辺にいるから」
「りょーかい」
こうして自由行動が始まった。
*****
自由行動の中でも最も自由な2人、フブキとおかゆ視点。
未開の地をサクサクと進むフブキ。
昔と相違ない勇ましい背中におかゆは少しだけ嬉しくなった。
嬉しくなると、この小さな探検にも不思議と心が躍る。
「ねえフブキちゃん」
「んー?」
「ちょっと相談なんだけどさ」
「相談?」
おかゆの自然な切り出しに、フブキは立ち止まり、振り返った。
キョトンとしておかゆを見つめる。
「あ、歩きながらでいいよ」
「分かった」
前進を促しておかゆは続ける。
「もし、能力が手に入るなら、僕は、あの果実、食べたほうがいいと思う?」
「え? 能力って、皆みたいな?」
「うん、船長が悪魔の実?を余分に持ってて、それを食べてもいいって言われたんだ」
「へ、へぇ……」
活力が低下したようにトーンを下げるフブキ。
おかゆは変化に気付かないのか、無頓着。
「どうかな、食べた方がみんなの為になるかな?」
フブキの背中に聞いてみる。
質問の後から、歩幅が小さくなり、やがてフブキは立ち止まる。
おかゆも歩速を合わせていた。
「うーん……」
首を傾げ、小さく唸り、悩む素振りを見せる。
「悩む?」
「うん……そうだね」
「……どうして?」
詰問するような気分でおかゆは問い直す。
フブキは戸惑うように眉を寄せる。
そんな表情をおかゆに見せぬよう、取り繕う為に数秒――そして振り向く。
「えっとね、食べた方がいい理由は、純粋に強くなって戦力になるし、物によっては私生活でも便利だからだね」
まずは能力取得による恩恵の共通認識の確認。
おかゆもうんうんと頷く。
問題は次。
起こり得る不利益について。
「それで……食べない方がいい理由は、今いる船、かな」
「船? 一味のことだよね?」
「うん」
森で木々に囲まれ光の薄い中、2人は顔を合わせて会話する。
フブキは身振り手振りを加えて、少し過剰に見せている。
「能力者比率が高いから、いざって時に困ると思うの」
「あー……海に落ちた時?」
「そうそう、能力者は泳げないから……おかゆんって泳げる?」
「25メートルをクロールで、とかは無理だけど、溺れたりはしないかなぁ。犬掻きみたいな感じでゆっくり進む事はできるよ」
じゃあどうにか1人くらい助けられるね、とフブキは笑う。
フブキの知る限り、今、宝鐘海賊団に能力者は3人、非能力者は2人。
序でにぼたんがいるので能力者はプラス1。
「トワ様も実は能力どうしようかなって、迷ってる状態なんだよね」
「へえ、そうなんだ」
「うん、だからもしトワ様が得たとなると、トワ様も海に入れなくなる」
「だから、僕1人でも入水できる人が欲しい……か」
「まあ、そうなるかな」
半々と言う癖して、やけに否定意見の根拠を強く述べる。
鈍感なのか、おかゆはいつもの調子で会話を終える。
「そっかぁ……」
「だからまあ、食べるなって訳じゃなくて、もう少し様子見てからでもいいんじゃないかなって、私は思うよ」
「……うん! じゃあ、いろいろ様子見てから決めるね」
「うん」
「「…………」」
しばし顔を見合わせた。
フブキはそのおかゆの様子に違和感を覚えると同時に、心苦しさを感じていた。
「さ、探検続けよ?」
「あ、うん、そうだね」
おかゆに催促され我に帰る。
互いに笑い、また同様に進行した。
「フブキちゃん」
「ん?」
「ミオちゃんところさん、絶対に助けようね」
「うん!」
探検は続く。
――――――。
そして――
「ねえおかゆん」
「ん?」
「あれ何かな」
「んん?」
先導者のフブキが正面に何かを発見。
少し横にずれて死角から外れると、おかゆにも見えた。
小さな建築物がある。
森の中にポツンとあるが、稼働しているとは思えないほど物静かで寂れている。
しかも、周囲の植物や土に若干侵食されている。
相当古い建造物だ。
「なんだろうね……」
「行ってみよ」
「う、うん」
好奇心の赴くまま、フブキは緑に呑まれた白い建造物へ駆け寄る。
恐る恐るおかゆも後を追う。
カサカサと草木を掻き分けて、土を払って、建物を調べるが、これと言った情報は手に入らない。
「何もないね」
おかゆは少しホッとして胸を撫で下ろす。
「ねえ、あっちにもあるよ」
「えぇ⁉︎」
追い討ちに素っ頓狂な声が出た。
フブキが怖いもの知らずなだけで、おかゆは決して弱虫ではない。
むしろ無人島の不気味な建造物と聞けば、恐怖心を煽られるのが普通。
「フブキちゃーん、待ってよぉ……」
小走りに興味の向く方へ駆けるフブキの後を、震えながら追従する。
悪と対峙する心構えはあるが、幽霊と対峙する覚悟はない。
出会ったら気絶する。
「こっちは比較的新しいね」
すぐに辿り着いたもう一つの建物。
同じく白の塗装がされている。
外見は同様にボロボロだが、蔦が絡まるほど自然に侵されていない。
コンコンと外壁を叩いてみると、ポロッと欠け落ちた。
しかも、ここの建物は入り口がある。
「入ってみる?」
「――――」
無言で必死に首を横に振った。
それはもう全力で、涙目で。
カツカツカツカツ――。
「ねえ……」
「聞こえない! 何も聞こえない!」
「聞こえてるじゃん」
「――――」
返答と現実逃避の速さが尋常でない。
先よりも高速で首を振る。
涙も遂に溢れてきた。
「……っ。何かな」
フブキは固唾を飲んで、暗闇の通路に目を凝らす。
その背後にしがみついて、恐々と震えながらおかゆは泣いている。
森の音など掻き消えて、ただ靴音だけが響き渡る。
一歩一歩近づき、音も姿も、より鮮明に。
やがて現れるのは女のお化け――なんかではなく。
「んっ、まぶしっ……」
白衣に身を包んだ少女。
眩い日差しに目を細め、目元を手で覆う。
数秒で目を慣らすと、2人の存在に気が付いた。
驚いたように目を見開いて、2人を見つめる。
「あれ、なんでおかゆちゃんとフブキちゃんがいるの?」
「へ?」
「ふぇ……」
唖然として口を開けるフブキと、恐怖のあまり空いた口が塞がらないおかゆ。
2人の余所余所しい……依然に初対面のような反応に相手の少女も眉を顰める。
「こよは呼んでないけど……うーん、勝手に呼んだのかなぁ……」
と独り言を呟く。
呼ぶ、って何?
「あ、あの!」
「ん、何?」
フブキは勇気を出して声を発した。
平然と相槌を打たれる。
「どなた……ですか?」
「ええ? こよはこよだけど……?」
「こよ、さん?」
「こよりだよ! 博衣こより!」
「こよりさん、か」
接し方、名前の呼び方、2人を見る時の目。
全てから読み取れる。
この人は、2人を知っている。
そして、その記憶が2人にはない。
つまり、2人とこよりは――洗脳中に出会っている。
「あ、もしかして2人とも……」
「はい――!」
同様の違和感を感知したか。
バレるとマズい可能性が高い。
おかゆはもう、声を出せない域まで来ている。
「洗脳解けてる?」
図星の質問。
マズい、何と答える、何と答える。
否定しないと、誤魔化さないと、なんて、何て言えばいい……。
「せ、せんのう……な、なんの、ことですかぁ〜?」
ぎこちない微笑みで雑な嘘。
こんな演技では誤魔化せない……!
「なぁんだ、切れてないならいいや」
「え――!」
誤魔化せた。
案外……おバカ?
で、でも難を逃れたならいい。
それではここは一時退散という事で……。
「じゃあ2人ともついてきて」
「え、や――でも私たち……」
「来て」
「「はいぃぃ……」」
フブキとおかゆは、望まぬ敵に動きを拘束されてしまった。