こよりとはあとが場を離れ、小さな空間に残ったのは、まつり、みこ、フブキ、おかゆ。
少し気まずい空気が流れる。
その静寂を、まつりが破ることによって、話は弾む。
「はあちゃま、行かせちゃってよかったの?」
「……ん、まあ、人の行動を縛る権利が、みこにはないから」
「で、でも……さっきの人に見つかったら……」
「それは心配いらないから大丈夫だよ」
といいつつ、みこの視線ははあとの消えて行った森の先へ釘付けだ。
先刻までの勇ましさはまるで鳴りを顰めている。
「……それより、おめぇ何なんだよ、はあちゃまって」
「ん? あ、ああ、ごめんごめん、えーっと……まあ、あんまり気にせんといて」
「はぁ……?」
「なんか……船長みたい」
どこかで見たようなやり取りに、フブキは苦笑した。
おかゆも既視感を覚えて同様にクスッと笑う。
でも、おかゆはまだフブキの影に隠れている。
「船長?」
「あ、はい、私たちの船の船長です」
「…………」
まつりの過敏な反応に、フブキは淡々と答えた。
その後みことまつりは黙り込んだ。
顎に手を当てて、何かを考えて……
「ねえ、今どこにいる? 案内して」
「みこも」
「え……っと……」
唐突な申し出に面食らって、おかゆに確認した。
だが、おかゆも絶賛困惑中。
ここまで来て、2人が敵とは思わないが……素直に案内していいのか、甚だ疑問だ。
……いや、でも、後付けられたらどうせ逃げれないし、と口実付きでフブキは首を縦に振る。
「帰り道はあまり自信ないから、時間かかるかもだけど」
「全然気にしないって、話しながら行こっ」
と、まつりはノリノリでフブキに密着する。
その2人を先頭にして、おかゆ、みこと続いて歩き始めた。
「ねえねえ、フブキは人の弱点が見えるって言ってたけど、何て能力なの?」
「え、あ、はい……えっと、スコスコの実です」
「ほほう、すこんな能力ってわけだね」
「すこん? えっとまあ、好き嫌いって意味、ですけど……」
距離の詰めかたがある意味恐ろしい。
勢いに呑まれ、フブキは情報を簡単に開示してしまう。
「いいねいいね、いい能力だねぇ」
「……へへ」
まつりの陽気な賞賛に頬を赤らめて鼻を擦る。
ちょろいし、分かりやすい。
フブキを背後から見守るおかゆも、微かに微笑んだ。
しかし、更にその後ろのみこからの視線に怯えて、おかゆの笑みは一瞬で消失した。
チラッと振り返ると目が合う。
「――!」
目にも止まらぬ速さで向き直る。
全く怖くない瞳に、こうも怯えるか。
「ねえ! みこちは何て能力なの?」
「……」
先頭からまつりが気さくに質問した。
初対面であの渾名を呼ばれ、奇妙な感情が湧き上がる。
しばし沈黙したが、まつりはずっと返答を待つ。
その辛抱に負け、みこは軽くため息を吐くと――
「みこはニエニエの実だにぇ」
「おおー、『にぇにぇにぇーー』って事かぁ!」
「バカにしてんのか」
「してないって! 寧ろ褒めてる!」
どう考えても、褒めてはない。
まつりに悪気もない。
「ニエニエって……煮えるって意味?」
「んーん、ニエは生け贄のニエ」
「え! こわっ」
みこからの告白に驚愕する3名。
しかし、名前と能力の効果がイマイチ繋がらない。
「でも、なんかあんまし関係ない事してなかった?」
「そんな事ないよ」
「そうなの?」
「話してもいいけど、長いよ?」
「どーせ道のりも長いしいいよ」
確認をとり、承諾されたのでみこは咳払いして喉を整える。
「生け贄とは、神を恐れた人々がその怒りを鎮めるために捧げる生きた贄のこと」
「昔から人々がそうやって恐れた神ってのは、神様なんてのじゃ無くて、もっと分かりやすい自然災害」
「台風、落雷、火山の噴火に隕石の衝突。自然の未知なる脅威を神として恐れ、それを鎮めるために生贄を捧げる」
「みこの能力は、人や物など特定の「何か」を一時的に定め贄とする。そして贄を前にした時、みこはそれを捧げられた神となる」
「神となる、それ即ち、自然を操るって事だにぇ」
と、一通りの説明を終える。
そのみこの表情は満足げだ。
「凄く難しいこと言ってる」
「うーん……?」
まつりもフブキも首を傾げて難色を示していた。
あまりピンと来ていない。
「ま、簡単に言えば、自然を操る能力だにぇ。火とか、風とか、雷とか」
「つっよ!」
「水は?」
「おめぇ鋭いにぇ。水だけは無理だ」
目を剥くフブキとまつりに対し、おかゆは疑問を口にする。
見事的を射た疑問にみこは感服したような顔で答えた。
能力である以上、海水などは操れまい。
そうなった時、水はどうなるのかが疑問となるのは当然だ。
「みんなすごい能力持ってるんだねぇ……」
うひゃぁ……と空いた口が塞がらない。
口を開けっぱなしにすると虫が入るので、無理やり塞いだ。
「おかゆんは能力あるの?」
「ぁ……」
フブキが小さく音を漏らした。
地雷を踏んでしまったような反応だが、果たして――
「んーん、僕は無能力」
「そっかぁ、おかゆんだったらそうだなぁ……モグモグとか? あ、でもあれはモグラだったか……」
「……?」
「いや、ここはぶっ飛んでエロエロとか……」
「おいコラ!」
誰も理解できないネタを引いてきて、まつりは自己完結する。
そして今度は、変な事を呟いてぐへへと笑う。
フブキのチョップが炸裂。
「いてて……もう、バカになったらどうしてくれんのさ」
「もうバカなんじゃないんですか?」
「ピンポーン」
「正解かい」
まつりの発言が一々意味不明で困る。
行動も一々ウザみがある。
「そう言えば、まつりさん人探してるって言ってましたよね?」
「ん? まつり……?」
「ま、まつりちゃん……」
「よろし!」
フブキの問いかけのどうでもいい部分に喰いついて訂正させると、うんうんと頷く。
「ま、言ってしまえばみんな探してるけど」
「みんな?」
「一番探してるのはししろんかな」
「――え、ししろん?」
フブキとおかゆの歩みが止まる。
「いだっ……何だよ急に……」
みこがおかゆにぶつかった。
「あれ、もしかして知ってる?」
おバカなまつりでも、流石に察しがつく。
「本名は獅白ぼたん?」
「そうそう、めちゃくちゃカッコいくてカワイイホワイトライオン」
「可愛げないよ?」
「ええ、めっちゃ可愛いじゃん!」
まつりとフブキの間に生じる大きな見解の相違。
「甘えてくるの可愛いし、時々見せる女の子らしい仕草もキュンとくるし、めっちゃ胸あるし、まつりより男前に見えて女の子なの最高じゃん」
「ごめん、ほとんど共感できない」
「何で何で? それ人生の半分損してるよ」
「してないよ」
「あーあ、今頃ししろん泣いてるよ?」
「あの人泣かないでしょ……」
「泣くよ!」
まつりが滅茶苦茶にぼたんを推す。
そこまで布教されても、フブキの中のぼたんの認識は変わらない。
この対立はなんだろう。
みこは呆れ、おかゆは苦笑。
「はあ……まあ、感性は人それぞれなんで、いいですけどね……」
「ししろんを可愛いと思わないのはヤバいよ」
「そう言うあなたは女の子全員に可愛いって言ってそう」
「よく分かったね」
「…………」
「可愛いよ、フブキ」
図星を突かれるも動じず、求愛に似た何か奇妙な行動をする。
フブキの目は死んでいた。
緊張感のなさが、心地よい。
こんな楽しい冒険が、ずっと続いてほしい。
「あ、勿論みこちもおかゆんも可愛いよ。大好き」
「そう? ありがとう」
「安い愛だにぇ。5円の賽銭の方がまだ価値がありそう」
「うぅ……優しいのはおかゆんだけだよー」
対応の寒暖差で、まつりは泣きついた。
おかゆにぎゅっとハグをする。
初めてかも。
いい匂い……。
もにもに……。
「これがおかゆんの……」
「やめろ変質者!」
「おやおやぁ、嫉妬かなぁ?」
どさくさに紛れて……ではなく、ガッツリと、それはもう堂々と、胸を揉む。
清々しいほど潔く揉むまつりと、抵抗しないおかゆ。
フブキが急いで引っ叩きに行くが避けられた。
外した平手を握り、拳を作る。
おかゆの後ろからニマニマとフブキの胸を見つめるまつり。
「この拳……顔面にぶち込みたい……!」
「あはははは」
2人のやりとりに挟まれるおかゆは何故か愉快に笑った。
「嫉妬って、おめぇが一番貧乳じゃにぇか」
「――」
みこの直球にまつりが固まった。
機械のような動きをする頭が、みこに向く。怖い。
「このっ!」
「ひゃんっ!」
爆速で駆けてきたまつりに胸を叩かれた。
乙女チックな声が漏れる。
おお、萌える萌える。
「赤ちゃんの癖に良い乳しやがってこのこのこのこの!」
「や、やめろ!」
乳を殴る奇行に赤面して激昂するみこ。
力強く肩を突っぱねた。
その衝撃で冷静になったまつりは、冷たい視線でみこの胸を見る。
みこは隠すように体を捻った。
「Cカップ以上は滅びてしまえ……」
「女性の半数が滅びるぞ」
「はあ……応援しても胸は大きくならないしなぁ……」
「いや、逆に応援しておっきくなるものって何?」
「その言い方……卑猥だね」
「どこが⁉︎」
だめだ。
この人と話していたら、永遠に卑猥な話題が展開される。
本当に、まるでマリンを相手にしている気分だ。
今から「これ」をマリンと対面させるわけだが……懸念しかない。
「下ネタしか話題の引き出しにぇのか……おめぇはよ」
「えぇー、だってまつりっぽいじゃん……」
「いや、知らないし」
「そんなに文句言うんなら話題ちょうだい」
「無茶振り……でもないか」
うーん、と一同唸って話題提供を試みる。
このまま下ネタを連発されては品がないので。
「そう言えば、まつりちゃんはどうしてこの島に来たの?」
「へ?」
「だってここ無人島だよ? 僕たちや巫女さんは兎も角、まつりちゃんはどうしてここに来たの?」
「確かに――」
おかゆが首を傾げた。
誰よりも早く、「まつりちゃん」と言う呼称に慣れている事には誰も触れない。
それよりも質問内容に、みこが強く食い付いた。
なんせ、はあとの守護者を自称しているので。
「ほへ? ここ無人島なの?」
「あー……ね」
前情報ゼロで来たのか。
「ぼたんちゃん探してるって言ってたよね? 当て無しだったの?」
「――⁉︎」
「うん、あてなし果てなし笑い話ってね」
「――?????」
フブキの小さな驚きには誰も気付かず、まつりの意味不明なネタにのみ、皆は気を惹かれていた。
「そう言えばフブキ」
「え、なに?」
「さっき貰ってた地図ってどんなの?」
「あ、うん、ちょっと待って!」
雑にポケットにしまった地図を取り出すと、しわくちゃだった。
「……もう少し大切にしなよ」
「だって……」
仕舞うところもないし、咄嗟にポケットに詰めたから……。
破れないように広げて、地図を確認する。
一つの島に丸がついている。
「アルメンドラ、だって」
丸のついた島には、そんな名前も記されていた。
声に出してみたが、一切記憶にない、全く聞き覚えのない名前だ。
「おかゆん知ってる?」
「んーん、イリス島の外に出たことないし……あまり興味も無かったから」
まあ当然だ。
おかゆは知らない。
フブキも知らない。
が、フブキは少し口角を上げた。
「まつりも知らないかな。というか、島名とか言われても全然」
まつりも知らない。
あと1人……
「……悪いけど、みこも知らにぇ」
みこも知らない。
「全滅かー」
誰も知らない。
「みんなに聞いたら、1人くらいは知ってるかなぁ」
「ししろんなら知ってるかも」
「じゃあ戻って聞こ?」
「え! いるの⁉︎」
「あれ、さっき……言ってないか」
ぼたんの話題は可愛いか可愛くないか論争に逸れ、マリン号に乗船している事を話していなかった。
ので、今伝えた。
心底嬉しそうに笑うまつりだったが、すぐさま落ち込んだふりをする。
「まつりの船は不満だったのかな……ぐすんぐすん」
「…………」
「フブキー慰めてー」
「うぅー……鬱陶しいです……」
テキトーに理由をつけてフブキに絡む。
フブキへの愛情が尋常でない。
早速漫才コンビとなった2人を見て、おかゆはまた微笑む。
そして少しして、まつりに尋ねる。
「でもまつりちゃん、ぼたんちゃんとどう言う関係? みこちゃんや、さっきのこよりって人とか、はあとちゃんのことも知ってたよね?」
「ぇあー……ししろんは同じ船に乗ってるから、まあ仲間みたいなモン」
「へぇー……海賊、じゃ、ないよね?」
「最初は海賊もありかなーって思ったけど、それはまつりの職じゃないからね。変わりに冒険者って事になってる」
「――? よく分かんないけど、それって建前って事?」
「うん、まあ……半分建前みたいな感じかな」
「よく分かんにぇな……」
あらゆる質問に対して、まつりは必死に言葉を探している。
失言を避けたいと言うより、言うに言えない、といった雰囲気。
隠さざるを得ない事情がある、と困惑する表情が語る。
「ごめんね、ちょっと言えないんだ。あ、でも悪い事とか、疚しい事とかは何もないから」
少し笑顔が下手になっていた。
普段が明るい人間は、心情が表に出やすい。
なんせ、明るさが陰るのだから。
「んーん、そんな義理もないしね、いいよ」
「いや……うん……そうだね」
「――?」
みな不思議そうに俯くまつりの背中を見つめていた。
だが、正面から差し込む光と、波風の音に全ての考え事は吹き飛んだ。
浜に出たようだ。
しかも幸運なことに、視野の中にマリン号が映る。
マリン号の甲板から、複数人の声もする。
先頭をフブキに変え、砂を蹴ってマリン号へ。
「船長!」
フブキの呼びかけで、一同が邂逅する。
「あ――」
「あ――」
まつりとマリンは、誰よりも早く強く、視線が絡み合った。
潮の音が、心地よい。
マリンとまつりの視線が交錯して数秒――
「船長!」
「ぁ――ししろん、やっほー」
ぼたんがまつりに軽く手を上げて合図した。
まつりも手を振って返す。
…………。
「え?」
「ん?」
「いや……え⁉︎」
宝鐘の一味は近くの仲間と顔を見合わせた。
何度も。
そして、最後はまつりが焦点となり、
「「船長⁉︎⁉︎⁉︎」」
と、絶叫が木霊した。