まつりがキャンディータウンへ来て、一夜が明けた。
牢屋を出た後は、豪華な客室へ通され、食事と風呂も用意してもらった。
予期せぬ贅沢に潤い、ほんの少し寂寥感を忘れられた。
眠るとき、どうしても考えてしまったが、安心して眠れるのが久々で案外すぐに眠りにつけた。
翌朝起きたら、自分の家にいればいいのに……なんて考えたが、豪華な天井しか見えない。
起床時から精神に負荷がかかる。
弾力のあるどでかいベッドから体を下ろし、大きく伸びをした。
「…………」
チラッと扉を見る。
今日も食事は出してもらえるだろう。
でも、いいのか、これで。
ルーナの所にでも行こうか?
でも、本物の姫様らしいから、忙しいかも。
扉から窓へと視線を移し、歩み寄る。
衛兵が数人、見回りや見張りをしていたが、誰も知らない、がたいのいい男性ばかり。
こう見ると、ぼたんはその中で団長を務めているのだから、浮いている。
コンコン、とノック音がした。
「あ、はい! どぞ!」
返事すると、丁寧な音を立ててルーナが入ってきた。
「よく眠れたみたいなのらね」
「あ、うん、まあ……こんないいベッドは初めてだし」
まつりはベッドに腰を下ろした。
やはりよく沈む。
「ルーナは今日街に出るから、まつりちゃはぼたんちゃんに付いてくといいのらよ」
「え、でも、ししろん嫌そうだったし……」
「ま、それはそれ、これはこれ」
「どれはどれ?」
ぼたんが何と言おうと、ルーナの指示は絶対という意味。
この言い方だと、ルーナが強制力を働かせているように聞こえるが、問題はぼたん側にある。
ぼたんは、何があってもルーナに逆らわない。
それは上下関係を通り越した何か。
「10時に玄関で待機するように指示してるから」
「ん、分かった……」
伝達だけして、退室していった。
ガチャリと丁寧に扉が閉まる。
ルーナは街へ、何しに行くのだろうか。
そもそも、ぼたんに付き添って、何をすればいいのか。
「……」
まつりは支度を済ませて食事を摂ると、時間より10分早く玄関に向かった。
玄関口に着くと、既にぼたんは待機していた。
「やっほ、ししろん」
「……」
ある程度近付いて声を掛けると、無言で視線を合わされる。
サッと視線を外し、ポケットから手帳を取り出して開くと本日のスケジュールを確認する。
「あたしはいつも通りのスケジュールで動く。あたしについて来て勝手に仲間探ししな」
無愛想な面でまつりを見直す。
手帳をしまうと、早速歩き始めた。
無言で歩き始めたので、少し出遅れたまつりは小走りに寄って距離を詰めると、歩幅を合わせた。
ぼたんの方が一歩が大きく、合わせ辛い。
「ししろん、ありがと」
「……別に、姫に言われたからやってるだけだし」
ツンデレじみたセリフだが、一切のデレを感じない。
あまり会話が弾むことはなく、足早に地下へと辿り着いた。
まず最初の仕事は騎士団の朝のトレーニング。
一部を除いた衛兵が集合し、そこへぼたんが登場。
教官のように前に立ち、号令をかけた。
耳が裂けるような発声。
まつりは少し離れた位置に座って見ていた。
やはり、どこを見ても男ばかり。
別に、男性が無理なわけではないが、もし冒険に出るなら、女性がいい。
特にホロメン。
このままぼたんの仕事に着いて回っても、その人材はまず見つからないだろう。
今の所、まつりの仲間候補はぼたんとルーナの2人だけ。
だが2人にその意思はなく、特にぼたんは難攻不落の巨城のようだ。
ぼたんが指導したりする様を見ながら、一時間ほど過ごした。
退屈すぎて、10曲くらい鼻歌を歌っていた。
一時間ほど経つと、ぼたんがまつりの側に寄って来た。
他の兵士はまだ訓練に励んでいる。
「次行くぞ」
「え、みんなまだやってるよ?」
「まだここにいたいのか?」
「いや、そうじゃなくて――」
「他の用があるからあたしはいっつもここで抜ける」
「そうなんだ……」
ぼたんがサッと振り返って部屋を出たので、まつりもそれに続く。
そのままぼたんは、すぐ側のシャワー室へ。
「ちょっと待ってろ」
女性用の部屋に入り、更にぼたんはシャワー室へ入る。
服を全て脱ぎ捨てて、シャワーを浴びる。
まつりは下心が表に出かけたが、相手は警戒心の強いぼたん。
いつものぼたんなら、ワンチャンあったが、今は無理。
シャワー音に耳を傾けて勝手な想像しながら待つこと5分――
「もういいの? 早いね」
ぼたんは上下の下着を着てまつりの前に現れた
全身を簡単に洗うと5分ほど。
丁寧に洗う時間も、温まるためにシャワーを浴び続ける時間も無かった。
「次があるからな」
乾ききっていない髪と、シャツからほんのり透けて見える肌がいい。
「見ても何もないぞ」
まつりの視線にぼたんは乾いた返事をする。
そんなはず無い。
いい体型だ。
「兵士仲間に聞いてみたら?」
「は?」
「1人くらい好意を持ってる人いるでしょ」
もっと自分のことを高く評価していい。
男だらけの騎士団を束ねる女性団長。
尊敬できる。
「いねえだろ」
「なんで? まつりは、かっこいいし可愛いと思うけど」
「そんな事ねぇって……」
「そうかなぁ……?」
「姫の贔屓で女性が団長やってたら、普通にムカつくだろ」
まつりが加えて反論しかけたが、ぼたんが部屋を出て次の仕事場へ向かい始めたため、自然と話は切れた。
次はどこへ行くのだろうかと、周囲を気にしつつ歩いていると、ぼたんは玄関口をでて、門を通り越し、街へと向かい始めた。
「今度はどこ行くの?」
「学校だ」
「学校?」
「行けばわかる」
何するの?
と顔で尋ねていたら、顔も見ずに答えた。
それなら、とまつりも黙って従うことにした。
そして、歩く事20分。
ごく普通の学校に到着した。
だが、向かうは本校舎ではなく体育館横にある道場。
扉をガチャっと開けると――
パァッン、と竹刀がぼたん目掛けて振るわれた。
が、予見していたように回避し、犯人の背後に回り込むと、首根っこを掴んで押さえ込む。
「スバル⁉︎」
誰よりも早く、まつりは声を荒げた。
「くっそ! またかよ!」
「だから言ったじゃない」
「ちょこ先‼︎」
更にその奥に、もう1人の見知った顔が。
道場にいるのはこの2人だけ。
「あら? 誰ですかその子」
「見学だ」
「へぇ〜」
極めて簡単に説明されて終わる。
すると、もう興味を無くしたのか、ちょこはスバルに声をかけた。
「不意打ちはもう無理だって」
「うるせぇ!」
もう、と言うことは、この行為を何度も繰り返しているようだ。
ぼたんの力で押さえ込まれ尚、じたばたともがく。
「毎度不意打ちされれば誰だって警戒する」
やはり、多岐に渡り行っているようだ。
「初回も失敗したけどね」
ちょこが水を差した。
「まだ抵抗するか?」
「ああ……今日は一味違うんだよ!」
拘束されていない左腕から何かを投げた。
小さな丸い何か。
それはぼたんに近づくと普通サイズの竹刀に形を変えた。
一瞬驚くが、対応は実に冷静で、数本麺を伸ばし、空中でキャッチした。
一味違うスバルのやり方は、結局虚しく挫折する。
「せめて動けよ!」
「拘束とく利点がない」
自由を与えて、わざわざ盤面を元に戻す必要などない。
拘束したままで済むのなら、そのままでいい。
「けどまあ……分かったよ、このまま一騎打ちだな」
「ああ」
鋭い眼光を向けるスバルを見下ろして確認を取る。
異論はない。
ちょことまつりに距離を取るようモーションで伝え、ある程度のスペースが出来上がると、ぼたんはスバルの上から飛び退いた。
道場の中央にできた戦闘スペースに立ち、スバルを待つ。
スバルも曲げられていた右腕の感触を確かめながら位置につく。
「竹刀はいいのか?」
「いらねぇし!」
ぼたんに対して刺々しい態度を貫く。
ぼたんは気にせず受け止めている。
「じゃ、よーい……はじめ!」
「ふぅっ!」
「っ――⁉︎」
ちょこの合図で決闘開始。
その開幕早々、スバルが丸を作った手を通して息を吹く。
すると何かがぼたんの周りを囲った。
何も見えないが、何かされた。
ぼたんは警戒しつつ右腕から麺を伸ばした。
柔らかい麺は何かに接触する。
そのまま形に沿って伸ばし続けると、麺が一つの円を描く。
「っしゃぁ!」
「おおー」
ガッツポーズを決めるスバルに、まつりは拍手を送る。
あのぼたんの動きを止めた。
理論はさっぱりだが。
「空気を丸めて固定したのか。また小細工に力を入れやがって……」
壁自体に危険はないと判断し、素手でコンコンと空気の層を叩く。
石より硬く、鉄より硬くない。
そんな微妙な硬さ。
でも、並の人間の腕力ではまず破れない。
ぼたんにも破れない。
これなら確かに、自力で脱出はできないわけだ。
「それで?」
「あ?」
動きを制限される中でも、ぼたんは余裕の表情でスバルを見つめる。
「これで降参はしないぞ、あたしは」
「は、だったら降参するまで解かねぇ」
「……」
スバルの宣言にぼたんはやれやれと肩を竦めた。
ぼたんは相当余裕そうだが、まつりにはスバルが優位に見える。
「あたしは手を出せないけど、お前も手ぇ出せないだろ。能力切れるまでの耐久戦ってなら、実用的じゃない」
「なんだよ、負け惜しみか」
「じゃあ仮に、あたしが犯罪者だとしよう。拘束されました、はい、じゃあ降参します、って白旗上げたらどうする?」
「降参なら素直に言えよな」
婉曲的な疑問にスバルはイラッとして煽り返した。
言っても通じないと悟ると、ぼたんはため息をついて両手を上げた。
「降参」
ぼたんは諦念したように宣言する。
「っし!」
再度ガッツポーズを決めると、スバルは大層喜んで能力を解いた。
その瞬間――
「はぁ⁉︎」
スバルはぼたんに拘束された。
「卑怯だろうが!」
「言ったろ。考えが甘すぎるんだよ」
「決闘形式って言ったじゃんか!」
「実戦を想定した決闘形式だ。実際に入隊して、こんなやり方してたら、お前本当に死ぬぞ」
「っ……!」
一気に形勢は逆転した。
ぼたんのやり方が、決闘として卑怯に近いのは確かだ。
しかし、ぼたんの言葉の重みは違う。
現場に出て実体験した人間の言葉は、スバルに刺さるはずだ。
「くっそ! このっ!」
片腕の自由も効かず、立ち上がることもできない。
スバルに腕力はない。
ここからの復帰はまず不可能だ。
なんかよく分からないけど……
「スバルー、がんばれー」
まつりはスバルを応援してみた。
応援一つでどうにもならないとは分かっているが、あの必死さに心打たれて、何かしたくなった。
「ばかおまっ――」
「こっのっ――‼︎」
応援に過剰反応したのはぼたん。
水を差すなと言いたげな声と目をする。
途端、スバルの抵抗力が格段に増していく。
グググ、と片手を地面について、背中に跨るぼたんごと体を持ち上げる。
突如異常なパワーを発揮してきた。
流石のぼたんも面食らい、対処し切れず、一旦距離を取った。
「ちょっと待て、一旦ストップ!」
「問答無用」
公平性を無くした決闘に待ったをかけるが、そんな制止も聞かずスバルは猪突猛進。
普段ならパワー負けして返り討ちに合うのだが、まず素早さからして普段通りではない。
速さと力が別格。
生身の人間には、到底捌けない。
「チッ」
まつりには自覚がない。
まともに制御できていないため、解除を促しても効くかどうか。
一度場を収めないことにはどうにもならない。
俊敏すぎるスバルの動きに翻弄されつつも、回避だけに専念することで何とか攻撃は躱す。
しかし、避ける一方で、反撃に転換できない。
一度動きを止めなくては。
「網」
周囲に麺を張り巡らせる。
走り回るスバルは、一瞬で引っ掛かる。
パワーの上昇したスバルでも、この麺は引き千切れない。
「ぐっ――」
これで一旦落ち着く。
「ふぅ……」
汗を拭う仕草をして、ぼたんはまつりにズカズカと歩み寄る。
まつりは萎縮して後退り……。
どんどん壁へ追いやられ。
「付き添うのはいいけど、勝手に介入されるのは困るんだけど」
「ご…………ごめん……」
結構本気で怒っていて、冗談を言う隙も無い。
本物のライオンを前にしたように、まつりは小さくなって謝った。
「能力は解いたか?」
「え……多分……」
もう応援する気力も無い。
無意識的にでも切れている。
これで、不本意ながら能力の扱い方もなんと無く掴めた。
代償はぼたんからの叱責。
「なんだよ……やっぱ入れる気ねぇじゃんか!」
麺に絡まって、緊張感のない状態のスバルが叫ぶと、場の空気は重くなる。
ぼたんは麺を全て縮めてスバルを解放した。
ガクンと膝から床に落ち、スバルはそのままへたり込んでいる。
「スバル……ちょこたちは無理を言って条件をもらったのよ」
「お前とは違うんだよ……」
まつりが初めて見学に来た道場が早速修羅場で困惑する。
「ちよこ程、筋良くねぇし……。スバルの素質じゃ、こんな条件達成できねえんだよ……」
「じゃあ辞めるか。あたしも暇じゃないし」
スバルの悪態にぼたんは辛辣な提案をした。
ちょこは答えない。
スバルを見つめて黙り込んでいる。
「あぁ……そうする」
「――⁉︎」
「頼る相手間違えたよ」
スバルは立ち上がり、退室していく。
その背中をちょこは見つめた。
「姫に直談判するのはやめろよ」
ぼたんは最後にそう忠告した。
他には何も言わない。
そして、残った3人。
「ちょこさんは、どうする?」
「ちょこは……」
「――?」
首の角度を下げ、やや左下を見つめる。
そこには何もない。
「ちょこは、続けます」
「そうか、なら――」
「あの……もしスバルが戻ってきたら、もう一度、稽古つけてくれますか?」
「……向こうが本気で頼むなら」
「――! じゃあ、スバル連れ戻してきます」
ちょこは一度深くお辞儀をして、道場を飛び出して行った。
「あっ――」
まつりは不意に駆け出した。
ちょことスバルに聞きたい事がある。
「おい!」
「――!」
ぼたんに止められた。
「あたしは仕事があるから、今日は帰ると伝えといてくれ」
「……ん!」
まつりも勢いのまま飛び出して、2人を追いかけた。
登場キャラプロフィール2
「大空スバル」
所属と役職……CT騎士団、団長
能力……マルマルの実
能力名の由来……あじまる
出身……キャンディータウン(CT)
好きな物……散歩、巡回警備、平和
嫌いな物……ラーメン、うどんなどの麺類、殴り合い
「癒月ちょこ」
所属と役職……CT騎士団、教官
能力……ガチガチの実
能力名の由来……ガチィ?
出身……CT
好きな物……ラーメン、うどんなどの麺類、人に教える事
嫌いな物……武器を使う事、諦めの早い人