道場を飛び出し、学校を飛び出し、明るい道を駆け抜けて、辿り着いた先は無人の砂浜。
街から外れた砂浜に人はおらず、ただ波が押し寄せる音と、歩いた時に砂がキュッとなる音が響く。
砂浜に座り込むスバルに、ちょこがゆったりと歩み寄る。
更に背後を追ってきたまつりは、その様子をしばし見守っていた。
「悪い、急に飛び出して」
ちょこが横に並び、座り込むとスバルは律儀にも謝罪から入った。
「いいわよ別に。それより、本当にこのチャンス逃しちゃうの?」
「ちよこと違って、スバルは戦えないから……」
「惜しいとこまで行ったじゃない」
「分かってるくせにさ……」
今のスバルがどんな手でぼたんに勝ったとしても、恐らくぼたんに認められることは無い。
ちょこも同感だ。
「ごめんごめん」
「……いいけど」
不貞腐れて、スバルは視線を逸らした。
ちょこはふふっと微笑を浮かべている。
2人の様子から、その関係性の良さが伺える。
「それより、ちよこはいいのかよ」
「そうねぇ……」
良いとも悪いとも言わずに水平線を眺めた。
2人はそのまま黙って時を過ごす。
話の見えないまま経過する時間がもどかしい。
まつりは森の影から一歩踏み出した、が、人影を見てすぐに隠れ直した。
1人の女性が砂浜に踏み込んできたのだ。
薄明るい桃色のドレスを着ていて、さらに誰もが惹かれる容姿とオーラ。
この国で、その名も姿も、知らぬものなどいない。
「姫!」
「あらら……」
肩で息するルーナ姫がキュッキュと砂を踏み鳴らして現れた。
「ぼたんちゃんに話を聞いて来たのら」
「……すみません」
スバルとちょこは平然と言葉を受け入れてるが、まつりは度肝を抜かしていた。
今、ぼたんから聞いて駆けつけたと言った。
場所不明で街の中心からそこそこ距離もある。
この速さでの到着は、まず不可能。
「やっぱルーナも……」
能力者。
なんて能力だろう?
「困ったもんなのらね」
「…………」
「まつりちゃんも出て来て」
「「「――⁉︎」」」
森の方を向いて、ルーナが声を掛けた。
見事にまつりのいる位置を当てている。
「……何で分かったの?」
「ぼたんちゃんに聞いたから」
「あ、そっか……」
「お前……」
事前に知っていれば、到着時に周囲を確認しても不思議はない。
スバルとちょこはまつりをよく知らない為、怪訝そうな顔をした。
……いや、不信感を抱いているのはスバルだけか。
まつりは潔く3人のもとへ。
「ずっと気になってたんですけど、この人、誰なんですか?」
スバルはあくまでもルーナに尋ねる。
ちょこもルーナに視線を向けた。
躊躇いなく話そうとしたルーナよりも早く、まつり自身で話す。
「まつりは色々冒険してるの」
と、嘘の供述を。
「冒険?」
「そう」
胡乱な瞳でガン飛ばすスバル。
まつりは至って普通の笑みで一度首肯する。
「本当なのら」
ルーナは同調して、まつりを援護した。
アドリブ力も半端じゃない。
ルーナの一言で鎮静化する2人の疑心。
「ねえ、2人はししろんと何してんの?」
今度はまつりからの疑問。
スバルはバツが悪そうに視線を外して流そうとする。
「2人は騎士団に入りたいんだって」
「…………」
「ふふっ……」
ルーナが包み隠さず暴露するので、スバルは驚いた……が、口は挟まない。
権力に屈する、と言うより、ルーナの選択に間違いが無いと信じて疑っていない様子だ。
そんなスバルの些細な動きを見て、ちょこは微笑む。
「うん、それで……?」
「団長はぼたんちゃんだから、ぼたんちゃんが許可したらねって話になって――」
「それで、ぼたん様を一度でもノックアウトしたら認めるって」
スバルの頭にポンと手を置き、ちょこがにこやかに割り込んできた。
上機嫌なちょこの介入に、まつりは少し面食らう。
「それ……実現可能?」
「2人とぼたんちゃん次第ではね」
複雑だ……。
それはストレートに戦っては勝てないと断言しているもの。
今日のように、スバルの勢いだけの姿勢ではどうにもならない。
「アイツが悪いんだよ」
「……?」
「スバルが弱いこと知ってるから、無理難題を押し付けてきてんだ」
「つまり、入れる気は無いんじゃないかって?」
「絶対ねぇよ」
今日の一戦で痛感したのだろうか。
スバルは口元を曲げて不貞腐れている。
「じゃあ、もう騎士団に入るの、諦める?」
「…………」
ちょこの真剣な問いかけに、スバルは暫し沈黙した。
道場では堂々と辞退を宣言していたが、今は返答に渋っている。
「……諦めねぇし」
「そうよねぇー! やっぱそうじゃないとね!」
スバルが答えた途端、ちょこの剣幕な表情がガラッと変貌する。
豹変速度が、まるで答えを予期していたよう。
「ちょこ先、嬉しそうだね」
「――?」
「ちょこセン?」
「ちょこせんべいかな?」
「あまり美味しくなさそうなのらね……」
異文化交流は難しい。
まつりの呼称を理解できる人が1人もいなかった。
まあ確かに、現在のちょこは教師ではなく生徒側にいる。
難色を示すのも無理はない。
「ちょこ先生の略だよ」
「――? なんで先生?」
「気にしないで」
「そう?」
なら、とすぐに頭を切り替えた。
「少し脱線したけど、なんで嬉しそうなの?」
「えー、だって、スバルが諦めないって言うから」
改めてまつりは尋ねた。
ちょこは頬を緩めて答える。
「気になったから来てみたけど、問題なさそうなのらね」
スバルの決断とちょこの表情から、今後2人が辞める可能性はほぼ無いと見込んだようだ。
それはまつりも同感。
「まあ……大丈夫そうならよかったけど、ルーナはなんで2人に肩入れしてるの?」
「――?」
「だって、一応一般人でしょ、2人とも。なんで優遇してるのかなって」
「2人が入りたいって言うから、ね?」
「ああ、単に騎士団に入って姫の役に立ちたい、それだけだ」
「ちょこはオマケね」
3人が同じ見解を立てているが、おかしい。
入りたいって動機は何も不思議ではない。
腑に落ちないのは、そんなありきたりな動機をもつ一般人をルーナが特別扱いしている所。
きっと他にも、入団を所望する人間はいるはずだ。なのに何故……。
「んなたん、結構才能を見る目があるのらよ?」
「……???」
何も知らないまつりは、言葉の真意を読み取れない。
混乱しているまつりに笑いかけて、ルーナは歩き出した。
「じゃあ、んなたんはお仕事あるから」
歩き出したルーナはもう振り返らない。
そのまま、来た道ではなく、何も無いはずの森へ姿を消していった。
ルーナが見えなくなり、声も届かないだろうといった所で、スバルが鋭い眼光をまつりに向けた。
「お前、姫に馴れ馴れしくしすぎ」
「え……」
「冒険者かなんか知らねぇけど、一国の姫だぞ」
「ご、ごめん……」
嘘だろ……。
スバル、そんなにご執心なのか……。
すばるーなの思いの方向性が逆転している。
フェスティバルーナもまつりからの一方通行。
ちょこがその恋?の行く末を応援、傍観する位置である事は、同じだ。
「それより、まつり様はどうしてぼたん様と一緒にいたの?」
「ん? んーっとねぇ……」
2人の微妙な亀裂を深めない為に、ちょこが間に割って入った。
「一緒に冒険する仲間を探してて」
「仲間?」
「そうなの。ソーナンス!」
「は?」
「ごめん」
このギャグも拾われる事はない。
「でまあ、ししろんの仕事についてって、一緒に海に出られる仲間を探してる感じ」
「じゃあアイツ連れてけよ」
「ししろんの事?」
「そうだよ」
「スバル、それは言っちゃいけない事よ」
直球な追放案を提示したスバルをちょこが嗜める。
すると、またバツが悪そうに視線を逸らした。
善悪の区別がつかない程愚かではないが、偶に、ついつい口を突いて出てしまうようだ。
まるで水と油。
スバルは過度に嫌っているが、ぼたんも接し方が正直下手だった。
どっちもどっちと言った所か。これに関してはどちらが悪いと決められない。
「スバルはなんで騎士団に入りたいの?」
「いいだろなんだって」
「そりゃあいいけど……」
断固拒否的な態度で返され、まつりも深くは追及しなかった。
ちょこが入りたい理由は、オマケって言ってたから、スバルのハッピーセットみたいな感覚だろう。
スバルがぼたんを嫌う理由も一応聞きたかったが、まあ何となくは察せる。
でも、例えどれかを聞くにしても、スバルに聞いていては、好ましい解答をもらえそうにない。
「――帰る!」
「おじゃまたくし!」
「ぶっ飛ばすぞ」
やっぱり拾われない。
寧ろ、冗談がスバルの逆鱗に触れる。
「まつり様も、もう少しタイミングを考えよう?」
「はい、ごめんなさいでした」
ちょこの注意喚起にぺこりと頭を下げる。
その隙にスバルはキュッキュッと力強く砂を踏み鳴らして街へ。
ちょこも駆け足気味に追う。
「それじゃあね」
「うん、ありがとう」
ちょこが手を振ったので、にっこり笑って振り返した。
ちょこだけは、ちょこだ。
まつりの知るちょこはもう少し変だった気もするが、ここに来て出会ったホロメンの中では、最も想像と近しい。と思った。
「…………」
手を振って見送った後、まつりは一考する。
だが、すぐに顔を上げると――
「戻ろ」
と、呟いて、1人寂しく王城へ向かった。
*****
それから数日、まつりは同じような日々を繰り返した。
ぼたんの動きに合わせて城を回り、学校に行き……と。
そしてある日、一仕事終えたぼたんが、タオルで汗を拭きながら歩み寄って来た。
特に何を話すでもなく、一度輪から離れて休憩する為だけに。
ここ数日、まつりは人選に迷っていた。
選択肢は一応4つ。
ルーナ、ぼたん、ちょこ、スバルの誰か。
でも、今のままでは決断できない。と言うのも、今の関係を壊してまでまつりの船に引き込むのは、申し訳ない。
能力の使い方もある程度馴染んで、自分自身を応援して強化する事も可能だと分かった。
1人で海に出る可能性が最も高いと考えている。
だが、どうしても気になる事がある。
これだけは、納得しないと出ていけない。
「ねえししろん」
「ん、何?」
少しだけ打ち解けて、一つ一つの相槌などにも柔らかさが見え始めたぼたん。
ぼたんは座り込んでいるため、まつりが見下ろす形を取る。
汗がきらりと輝いた。
「ししろんはさ、なんで団長やってるの?」
「――なんでって、そりゃ任命されたから」
「ふーん……」
納得できていないような相槌を打つと、ぼたんは不満気に口元を曲げた。
「でもさ、向いてなくない?」
「――――!」
ぼたんの肩がピクッと跳ねた。
汗が頬や腕などを伝って地に落ちた。
婉曲的な表現は反感を買うと思い、まつりは直球で勝負に出た。
「強いし、頭もいいけど、見てた感じだと、教えるのとか、人に指示するの、あんま得意じゃないんじゃない?」
「…………」
意外と効いている。
ぼたんは黙り込んでしまった。
実際のぼたんは、人に物を教えたり、司令塔になったりもできるタイプだ。
勿論苦手なこともあるけど、かなりハイスペックな存在で、何とかしてくれると言われている。
だが、こっちのぼたんは違う。
他人との接し方、物事の考え方、自他への認識。
これらが少しばかり下手だ。
いつも仕事以外は1人行動だったり、姫を絶対的なものとしたり、スバルへの指導方針が極端だったり。
「なのに、何で団長やってるの?」
「……お前、意外と見る目あるのな」
感心を通り越して呆れられた。
まつりはじっと目を見つめた。
「姫はな、才能を見る事ができるんだ」
「……才能?」
突如飛び出したワードに、まつりはきょとんとする。
「あたしやスバル、ちょこさんに目を掛けてるのは才能があるから、らしい」
「本人が言ってたの?」
「ああ」
信憑性については限り無く本当に近い。
「でもたまに思う事があるんだ」
「……?」
「姫が見てる才能ってのは、偏りがあって、戦いの才能とかしか、見えてないんじゃないかって……」
その考察は実に的を射ている。
が、そう考えると言う事は――
「自覚あったんだね」
まつりの指摘を、ぼたん自身も理解していたと言う事。
だが、もし本当にルーナに才を見る力があったとするなら、確かに偏っている気はする。
ぼたんが言うこと然り、目に掛けている人が全員ホロメンであること然り。
「あたしに何ができて、何ができないかなんて、そんな事は分かってる。でもね、才能を姫に買われて団長に任命されたあたしが、『指導も指揮もできません』なんて、言えるわけないだろ」
「……?」
「姫の期待を裏切るわけにはいかない」
ぼたんも姫様にご執心のようで。
ルーナの魅力はまつりも理解しているが、スバルとぼたんは特別に心酔している。
「そんなんで期待裏切るとか、ならないと思うけど」
「何の実績もない奴が突然飛び級で団長だ。姫が良くても、周りが許さない」
「まさか嫌われてると思ってるの?」
「いい思いはされてないな。スバルにも随分嫌われてるし」
いつも1人なのは、自分の意志か。
自ら距離を置いている。
「うーん……でも、ルーナだって団長はできないよ?」
「――」
「人には出来る事と出来ない事があるから」
「んな事は知ってるって……」
「不得意を克服するのはいい事だけど、苦しんでまでやる事?」
「別に苦しくはない」
「いや、ししろん辛そう。自覚してなくても、今の仕事内容と量は、相当なストレスになってる」
「何でお前がわかるんだよ」
「なんとなく」
まつりはぼたんを見て来た。
多少の違いはあれど、結局はぼたん。
大変な時の表情は見れば分かる。
今もぼたんは疲れているが、運動直後の疲労に紛れた仕事疲れ。
「お節介だけどさ、自分の事見つめ直したら……スバルの事とか、もう少し分かるんじゃない?」
「…………??」
「もっと人を頼った方がいいよ」
「……うるせぇよ、お節介」
可愛らしい悪態に、まつりは苦笑した。
「今日はまつり、部屋にいるね」
「…………」
まつりが手を振って場を離れる時も、ぼたんは俯いて必死に何かと葛藤していた。
登場キャラプロフィール3
獅白ぼたん
所属と役職……まつり探検隊、副隊長
能力……メンメンの実
能力名の由来……麺屋ぼたん
出身……キャンディータウン
好きな物……1人の時間、人を守る事
嫌いな物……過大評価、過小評価、群れる事
夏色まつり
所属と役職……まつり探検隊、隊長
能力……チアチアの実
能力名の由来……チアガール
出身……異世界
好きな物……ホロメン、人と話す事、ダンス、生物
嫌いな物……静かにする事、柑橘類