翌日……。
ぼたんは、まつりの言葉を反芻して周囲と自分、期待などについて、ひたすらに考えていた。
別に特別な人間でもないのに、まつりの言葉は強く心に響いた。
周囲からぼたんに向けられる感情は大抵似た物。
姫に才能を買われた存在、「何でも出来る存在」として周知されていた。
それが、虚実であろうとも。
だから、嘘を嘘でなくすために、ぼたんは1人、黙々と期待に応えるため毎日勤しんでいた。
それを周囲はまた評価し、たまに妬む。
姫も、よく褒めてくれた。
ぼたんの行いは、表面的には立派な物で、非の打ち所がない。
誰1人、ぼたんの非を見ないから、出来るようにと頑張っていて、辛かった。
『向いてなくない?』
『苦しんでまでやる事?』
『もっと人を頼った方がいいよ』
初めて言ってもらえた。
思っていても、怖くて言えないと思っている人もいたはず。
それを誰よりも早く、出会ってばっかの奴に……。
自分の事は、分かっていたつもりだ。
でも、周囲に合わせて、自分を誤魔化して、出来ない事をやろうとして。
見つめ直せば、自分の嫌いな事ばかりをやっていた。
だから「他人のできない」に文句をつけて、それすらも誤魔化していた。
姫の期待、周囲の目、指導者としての立場。
結局何一つ、貢献できずに、重苦しい日々を過ごしていた……。
(何やってんだ、あたし……)
でも、自分を知って、まだ団長の座に着けるほど、メンタルは強くない。
きっと、潮時だったんだ。
ぼたんは自室を抜け出して、姫の部屋へ辞表片手に向かったのだった。
*****
王室の玉座に座して、ルーナがぼたんと相対している。
視線を手元に落として、ぼたんから提出されたそれを儚げに見つめていた。
「急に来たと思ったら……まつりちゃに何を吹き込まれたのら?」
原因がまつりにあると、即断するルーナ。
さすがは姫様、と内心感服する。
だが、妙なプライドがぼたんの中に湧き上がった。
「いえ、前々から考えてはいたんです。姫様があたしを任命してくださって、嬉しかった反面向いてない、と」
「随分と自己評価が低いのらね」
「周囲が過大評価しているんです」
「……どうやら、本気みたいなのらね」
「はい」
ルーナは辞表を持ち上げた。
丁寧な字をじっと見つめ、重いため息をついた。
「ルーナも、まだまだ甘いようなのら……」
「いえ、そんな事はありません。これはあたしの問題で――」
「また別の話だから」
「――――」
正していた背筋を、更に伸ばした。
ルーナの相貌がゆるゆると揺らぐ。ほんの一瞬だけ。
「このタイミングでの辞職――どれほど大事か理解してるのらよね?」
瞳がぼたんを捉え直す。
「はい、戦力増強中の今、あたしが辞めるのは戦力低下に繋がる自覚があります」
「そこは驕らなくて結構な事なのらね」
自分の戦力には自信を見せる様子に安堵を見せた。
「チアチアの実を逃して、その上ぼたんちゃんまで居なくなると、流石にこの先厳しいものがあるのらよ」
「いざという時は、是非ご協力させてください」
「それは当たり前」
それを飲まない限り辞表を認めるつもりはない。
ただ、そんな些細な内輪の問題よりも大問題な事がある。
「空いた団長席、後任を考えないと……」
ルーナが真剣に頭を抱えていた。
珍しい光景を見た気がする。
こうして対面し、こんな会話をしていると気付く。
ルーナがぼたんに寄せていた、信頼の大きさを。
その信頼、今もあるなら……。
「次期団長、あたしから推薦してもいいでしょうか」
「……言ってみて」
「あたしからは、『大空スバル』を団長として推薦したいです」
「なんで?」
「彼女は知能に長けています。その知性で策を講じ、迅速な事態収集を図れる逸材です。戦闘能力こそ高くはありませんが、人を使い、指揮を取り、策を練る、この点に関してはあたしをも凌ぐでしょう。団長に求められるのは、戦いのセンスではなく、戦いを操るセンスだとあたしは考えます」
ぼたんからの進言が想像以上に的確な人選と理由で、ルーナは余計に頭を悩ませる。
「その通りだとは思うのら。でも、それだと指導者として部下を育成する事ができない」
「そこでもう一つの提案です」
「――?」
「部下の教育を団長の仕事から外し、新たに教官という職を建てませんか?」
「教官ね……」
新システムの導入にルーナは唸る。
もし導入するにしても、突然教官が現れて、衛兵が従うだろうか。
ぼたんが入るならまだしも、他のメンバーでそんな逸材は……。
「もし検討いただけるなら、『癒月ちょこ』を教官として推薦します」
「なるほど、そう言う狙いね」
ぼたんの思考をようやく把握し、小さくため息をついた。
「根拠は?」
「彼女は面倒見が良く、他人への配慮も十分な上に、近接戦闘術においては他の追随を許さない程の実績を持っています。教える、と言う立場で働けるかは、不明ですが、能力としては申し分ないと考えます」
「急に雄弁になって……」
ぼたんが饒舌になるに連れ、ルーナも語尾が取れてゆく。
「同じ境遇に立たせる、という事を理解してる?」
「承知の上です」
団にすら所属しない女性2人が、また前団長と姫の優遇でその座を得る。
その大変さと、それによる理不尽な視線は、重々承知だ。
それでも尚、2人を推薦するのなら、もう何も言わない。
「……あの、ちびっ子達の方は?」
「ん? ああ……随分打ち解けて、最近は毎日3人で遊んでる」
「…………」
「はぁ……年齢的にはしゅば達と変わりないけど、やっぱりまだ、衛兵向きとは思えない」
敢えて一度はぐらかしたのは、彼女達に別の感情を抱き始めたからだろう。
才能はあった。特に1人は随一の身体能力の才覚持ち。
でも、会話を重ね、何度も接するうちに、そんな目で見れなくなった。
「そうですか……」
「――それで、ぼたんちゃんは騎士団を抜けた後は、どうするつもり?」
「っ――それは……」
ルーナからの質問に、ぼたんは目を直視できなくなる。
解答に悩んでいると、やがてルーナが小さくため息をついた。
「はぁ……大体分かってるのらよ。気にしないから、ちゃんと言って欲しいのら」
先程は言及せずに流したが、ぼたんは間違いなくまつりに口説かれた。
「――まだ、話してませんけど、まつりさんの船に乗りたいと……考えてます」
「だと思ったのら」
自分の口から吐き出してくれた事に、ルーナは胸を撫で下ろした。
その様相を見て、ぼたんの心も少し落ち着く。
「参考までに、思い至った経緯を聞いてもいい?」
「え……いや、その……」
「嫌ならいいのらよ」
優しく微笑むルーナに気圧され、ぼたんは屈した。
それに、我儘を聞いてもらう立場上、その経緯を隠すのは無礼だ。
「姫に才能を買われて、団長になったけど、あたし、戦い以外はてんでダメな自覚があったんです。でも、周囲の目を気にして、嫌いな自分で居続けて、その上自分を正当化するために、周りに当たってたんです」
「――? イマイチ、ピンとこないのら」
「その筈です。もはや嫌いな自分を演じていましたから」
「演技の才能があるとは思わなかったのら」
「ははは……」
団長になった時から、ぼたんは「何でも出来る自分」を演じた。
嘘を本当にするために。
結果として「嫌いな自分」を演じたに過ぎないが、それが堪らなく嫌だった。
だから自分を正しくしたくて、更に「最低な自分」を演じた。
化けて、化けて、化けて、たくさん皮を被って、気持ち悪かった。
「そんな重苦しい自分を解放してくれたのが、あの人の言葉なんです」
「そうなのらね……」
「たった数日でつけ込んできて、変な奴だと思ってます。でも……まつりさんの下で、自分を更生させたいんです」
「…………」
まつりの船に乗る意味を語ったぼたん。
ルーナは俯き、視線を合わせない。
「ぐすっ……」
「――⁉︎」
鼻を啜る音がした。
「――分かりました。辞表と2人の推薦、受理します」
「ありがとうございます!」
「今からぼたんちゃんは一般人。好きにしていいのらよ」
「はい」
「あ、でも守秘義務は守る事。それと、2人の任命については本人達の承諾も得てからにするのらよ?」
何も無かったように、ルーナが元気よく、体裁を守るように受理し、申告を確定させた。
「あ、その事なんですけど……あたしが推薦したことは、秘密にしてもらえると……」
「そうくると思ったのら」
「じゃあ……」
「ん、黙っとく」
深々と、ぼたんは頭を下げた。
「ありがとうございます。今まで、お世話になりました」
「この恩は、いつか返してもらうのらよ」
「はい必ず! もっと頼れる人間になって、姫に会いに来ます」
「ん……なら、もう行くのら」
「それでは――」
もう一度、深くお辞儀をしてぼたんは王室を後にした。
「ルーナも、見る目がないのらね……」
重たいため息をついた後、ルーナはスバルとちょこを呼び出すように、手配した。
*****
諸々の話がとんとん拍子に進み、やがてまつりが島を出る日が訪れた。
船や物資は、ぼたんが残された最後の権力を駆使してかき集めた。
そこそこいい船、そこそこいい設備、そこそこいい服などの物資。
荷造りは全て自身の手で行い、積荷作業も大変だった。
朝早くから、ぼたんとまつりは港に足を運んでいた。
「別れの挨拶はした?」
「ちゃんと話した、また会いにくるって」
「ルーナじゃなくて、2人の方だよ?」
「……アイツらには、嫌われてるからいいよ」
「そう? ならいいけど」
あまり強要はせず、まつりは船に乗った。
操縦法などはある程度聴いたが、あまり理解していない。
余程のことがない限り、自動操縦で問題ないらしいが、そこはぼたんが管理してくれるそうだ。
まつりに続きぼたんも乗船する。
その直前に一度振り返り、遠方に見える城を眺めた。
柔らかく微笑んで、今度こそ船に乗る。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
「色々な島を巡るって言ったっけ?」
「うん、オススメあったら教えて」
船を進めると、ぼたんは早速舵を握る。
横にいるまつりと話しながら。
「まずは近場の島でいいでしょ」
「どこが近い?」
「ディアスケーダシティかな」
「じゃあそこに行こう」
既に向かっている。
その方角に舵を固定し、ぼたんは一度舵から手を離す。
「……ね、ししろん」
「なに?」
「あれ」
「どれ……っ」
ふとまつりが港の何もない場所を指差した。
示すものを数秒かけて探し、ぱっと目に入った。
早朝の競り準備や荷積み、出航の作業に追われたりする人の中で、たった1人だけ、動かない者がいた。
どんどん遠くなるその姿。
丁寧に、深く深く腰を折り、決して頭を上げることがない。
「……言わないって言ったのに」
ぼたんは額に手を当てて苦笑いした。
「声、かけないの?」
「声かけてこないって事は、そう言う事」
「変なの」
ぼたんはお辞儀をやめない見送り人に背を向けた。
これが、お互いのケジメの付け方。
案外2人は似ているのかもしれない。
「――いってくる。上手くやれよ」
ぼたんはまつりにも聞こえない程小さな声で呟いた。
朝日を浴びて髪が煌めく中、一瞬妙な光が垂れた気がした。
もう少し早く、気付けていれば、いい仲になれたのかと想像すると、少しだけ後悔の念が湧く。
帰って来た時に、そんな事もあったなと笑いながら酒を交わせる、そんな人間に成長したいと、心から思ったのであった。
そのまま船は、仲間を求めて水平線の遥か彼方へ漕ぎ出していった。
これが、夏色まつりと獅白ぼたんの冒険プロローグだ。
*****
一方、その頃――王宮にて……。
「今日から仕事……なのらよ?」
「はい」
ルーナと向き合うちょこ。
呆れたような怒ったような、どちらとも取れない様子の姫の言葉。
対してちょこは満面の笑みで返事する。
「だったら、どうしてしゅばがいないのら?」
「急用だそうです」
「急用ねぇ……」
大方察しは付く。
「後でしっかり怒られると言ってました」
「知ってたんなら、ちょこ先生も同罪なのらよ?」
「はい!」
「怒られてる人の態度じゃないのらね」
やれやれと肩を竦めて、ルーナは窓の外を見た。
ずぅーと先に、小さく港が見える。そこから出ていく船も。
「誰から聞いたのら?」
「まつり様から」
「……まったく、本当に悪い人なのらよ」
ルーナは見えるはずもない距離から、港の中に1人の存在を探した。
懸命に。
勿論、人と物の区別もつかない。
物陰に隠れて、視界に映っていない可能性もある。
「…………」
コツンと窓ガラスに額を当てて、水平線の先に目線を移した。
「しゅば……」
ルーナの独り言は、誰にも聞こえていない。
ルーナ自身、口にしたのか曖昧なほどに。
それでも、確かに言葉にしていた。
「しゅばは、いなくならないでね……」
登場キャラプロフィール4
白上フブキ
所属と役職……宝鐘海賊団、狙撃手。
能力……スコスコの実
能力名の由来……すこんぶ他
出身……ディアスケーダシティ
好きな物……冒険、ミオ
嫌いな物……ゲーム、高さを体感する場所
姫森ルーナ
所属と役職……CT姫
能力……ヒメヒメの実
能力名の由来……姫
出身……CT
好きな物……わたがしを除く甘い物全般、人と話す事
嫌いな物……わたがし、お金、財宝