まつりの冒険序章を一通り聴き終えると、マリンは「なるほどね」と言いながら何度も頷いていた。
これでぼたんの言葉に漸く合点がいった。
あの時、フブキとおかゆに容赦ない言葉を浴びせたのは、以前の自分と重ねていたからだ。
丁度今聞いた「嫌いな自分」によく当てはまる。
つまり、あの時の言葉は辛辣に聞こえるが、仲間や周囲を頼れ、という彼女なりのヘタクソな助言だったのかもしれない。
「そう考えると……ホントに人付き合い苦手なんだなぁと思いますね」
「でしょ? なんか新鮮なししろんも可愛くない?」
「めっっっっちゃ分かる」
しかし、納得行くのはそこまでだ。
それだけでは、今もフブキと亀裂がある事が説明できない。
こちらに関してはぼたんとも話したが、やはりフブキ側の何かを深掘りして追求する他無いだろう。
「ね、ね、船長はどんな冒険してきたの?」
「船長ですか? こっちもかなり過酷でしたよ」
「聴きたい!」
「いいでしょう。宝鐘マリンの勇士とくとご覧あれ!」
「聞くんだよ?」
「まあまあいいから、雰囲気大事」
ノリノリなマリンはそう言って、咳払いすると、この短期間で起きた極めて濃厚な体験をまつりに聞かせた。
それはもう、大層自分の勇敢さを誇張して。
話は2人で随分と盛り上がった。
そして、全ては目前の問題に帰着する。
「洗脳かぁ……」
まつりが小さく呟く。
マリンも相槌を打って難しい顔を並べた。
「すでにホロメンが結構歯牙にかかってるから、助けに行こうと思うんだけどさ――行く?」
「行く」
「おっけ、決まり」
マリンの試すような問いに二つ返事で承諾した。
味方の増員は心強い。
だが、単に仲間にするだけでは正直心許ない。
別に、2人が弱いと言っている訳ではない。
いくつかの保険をかけておきたいのだ。
「ただ、そこでさ、まちゅり」
「うん」
マリンが人差し指を立てた。
「目的地と集合地を教えるから、航路を別々にして行かん?」
「……アリだね」
「でしょ?」
危険の分散と、仲間集めの範囲拡大。
これがマリンの欲しい保険だ。
「集合場所はハングリー島ってとこで、日にちは……5月の11日」
「ほいほい!」
「島の場所は分かる?」
「分からん」
「どうしようか……地図一つしかないんだけど」
「それは何とかするよ」
根性論でぶち破れ。
まつりは拳を突き出して勢いだけは見せてくる。
「ホロメンはみんな助けたいしね」
「マジでな」
「じゃあ、11日にハングリー島に集合。仲間を連れてくる、でいい?」
「完璧」
「よぉぅし!」
「あ、気軽に人に話しちゃダメだかんね。洗脳に気をつけて」
「りょーかい」
最後、何故か小声になったマリンに合わせて、まつりも声を顰めた。
いいぞいいぞ。
いい感じに方針が固まって来た。
「でもそう言えばフブキがこよりから地図貰ってたけど」
「地図? どこ行き?」
「えっと……ある……あるま……? アルデバラン?」
「宇宙行き?」
島名を忘れたまつりからは、星の名前が飛び出した。
まあ、実際の名称は地図を見て確認しよう。
「まあそれはそれとして、何でこよりから?」
「なんか、お友達が返して欲しければここに来いって……」
「お友達、か……ミオ先輩と『ころね』だね」
「まつり、行かなくて大丈夫?」
向こうからのご指名で呼び出しを喰らった状況だ。
待ち伏せは当然されている。
十分高い勝算を持っているからこその挑発。
確かに今のメンツでは戦力が乏しい。
でも、見据えるのは最終的な勝利。
目先の利ではない。
恥などと言って据え膳を食えば、毒を盛られる可能性だってある。
「いや、まだ洗脳の能力者すら見つけてない。2人は気にせずに行って」
「分かった、けど、そこで船長たちがやられたら、元も子もないよ?」
「分かってる、全滅だけはしない」
自分で口にして、正直安心できない言い回しだ。
全滅しない、とはつまり、数名はやられる覚悟がある、と言う事。
まさか殺されはしないだろうが、それこそ話題に上がる、洗脳に侵される可能性は非常に高い。
まだまだ積もる話はあった。
だがそこでお迎えが来る。
コンコンとノック音。
「船長、もう夜になりますよ。いつまで待たすんですか?」
「「え! もう夜⁉︎」」
ポルカの言葉への返事ではなく、驚嘆。
シンクロして声を荒げた。
勢いよく扉を開くと、ポルカがジト目で立っていた。
「随分仲良しですね、会ったばかりなのに」
「疑ってんなら、コイツだけは心配ないですよ」
「その心は?」
「バカだから」
「なにをう!」
「ほら、バカっぽいでしょ」
「夏島を楽しむのもいいけど、食事もあるし、そろそろ戻って来てください。場が持たん」
「――? 夏? まあ、そんな気候と風景だけどさ……」
「ほら、行きますよ、バカンず」
バカ2人を催促する。
後ろに2人を率いてポルカは甲板に戻った。
いつの間にか日は傾き、間も無く夜が訪れる、そんな空色。
海の中に沈んでいくような夕陽に照らされて、一同が介していた。
あまり、空気は良くない。
悪くもない。
「やっと戻ってきた」
「遅かったじゃん、随分と」
マリンとまつりを連れて来たポルカに注目が集まった。
その焦点をマリンに預け、ポルカは傍に避けた。
「すみません」
「ごめんごめん」
2人して軽く謝罪する。
「ま、諸々は食事しながら」
「そうだね」
全員で食卓へ移動した。
食卓には大量の料理が並んでおり、非常に香ばしい匂いが混ざり合って押し寄せてくる。
「「「めっちゃ豪華」」」
ポルカ、ぼたん、みこ以外が驚嘆の声を上げた。
一流コック程ではないが、一般主婦のレベルは遥かに超えていた。
「誰⁉︎ 作ったの!」
「あたし」
ぼたんが自ら名乗り出る。
特に自慢などの意図はない。
「料理スキル強すぎる!」
マリンが涎を垂らしながら目を輝かせた。
他も同様だった。
「よくこんなに作れたね」
「それはあたしの能力」
「ほへぇ〜」
まつりは日頃から食べている為、質より量に驚いていた。
そちらは逆に、宝鐘の一味は眼中になかった。
「食べよ食べよ」
「じゃあ――」
「「いただきまーす」」
合掌し、各々が料理に手をつけていく。
「もぐもぐ……」
「うまうま……」
「おかゆんの配信が始まる!」
「――?」
黙々と食べる擬音などを口にすると、まつりが反応した。
マリンだけが笑い、他は無視、または首を傾げる。
「で、はべなはらへいいんでふけど(食べながらでいいんですけど)」
「んー?」
「んぐっ……ぷへぇ……ぇっと、何でみこち、ずっといんの?」
「――?」
マリンがながらで会話を始め、まずはみこに振る。
水を流し込んだ後、口を拭う。
服の袖が少し湿った。
みこはきょとんとして食の手を止めた。
咀嚼中の物を嚥下し、マリンを見つめながら――
「え、だってみこ、仲間に入れてくれるんでしょ?」
「「え⁉︎」」
事情を知らぬメンバーから驚きの声がシンクロして聞こえた。
中には驚きのあまり喉に引っかけたり、舌を噛んだりする者もいた。
まつりとフブキだ。
「確かに次会ったらとは言ったけどね? みこちもやる事は終わったん?」
「あー……まぁ、終わったと言えば終わった、かも?」
「歯切れと滑舌が悪いなぁ」
「今のはそんにゃこと無かったよにぇ⁉︎」
少し揶揄うとボロを出すように噛んでいた。
「やる事って『はあちゃま』と何か?」
「うん……2年くらい前から、様子がおかしくって……」
「様子がおかしい?」
「どんな風に?」
「んーとね……」
みこの語調の変化から、事態の大きさを察知すると忽ち皆の手が止まる。
集まる視線と質問に小さく唸って首を捻った。
「なんか突然雰囲気が暗くなって……それからは毎日思い詰めたような顔してて……」
「突然って、本当に突然? キッカケも見当たらずに、1日でコロっと豹変した感じ?」
「うん。もっと言えば、昼までは元気だったのに、夕方になったら急に」
「そんな突然……」
何とも信じ難い証言だ。
みこの主張とはあとの変化が事実なら、昼から夕方の間に何かが起きたのだろう。
はあとの人格を変えてしまうほど重大な何かが。
「それからは『はあとちゃん』、島を出て、何かしてるみたい」
「えっと……色々不可解なんだけど、はあとちゃんがしてる事は知らないし、今までどこにいたかも知らないんだよね?」
「うん」
「でも、みこちゃんがここに居るって事は、連絡取ったんでしょ? どうやったの?」
みこから『はあと』へ連絡を送る手段が無い。
はあと側から交信するにしても、ポルカが持つような通信機が必要だが、ポルカ曰く世界に出回ってはいない。
なら残る可能性は『能力』だ。
「能力としても、ニエニエじゃそんなことできんくね? としたらその、はあとさんの能力かなんか?」
ポルカとぼたんが逸早くその見解に到達する。
みこは少し戸惑いつつも頷いた。
「はあとちゃんはナウにゃ……にゃう…………な、う、な、う、の実の能力者で記憶にある人の『今』を知ったり――」
「た、タイム! ちょ、お、面白くて……ぷふっ、頭に入んない」
「むぅ…………!」
噛みまくって、根絶丁寧に言い直すみこに笑いを堪えるまつり。
堪えきれていない。
いや、そこまで笑う?と周囲は呆れていた。
膨れるみこそっちのけで席を外して笑いこけ、落ち着くまで1分ほど。
「はぁ……ごめんごめん、ナ行に弱いんだよね、ごめんごめん、知ってたはずなんだけど」
笑い過ぎで目元に涙が浮かぶが、本当に笑いすぎただけか?
まつりの内心が、マリンだけは理解できる気がした。
「えっと、にゃんだっけ……」
「おいオメェ」
「あ、そうだ、にゃうにゃうの実のはにゃしね」
「マジでぶっとばっぞ!」
ダンっ、と食卓を叩き身を乗り出す。
「まちゅり〜、『き』が『ち』になる子どもと同じだって、一々気にしてたら大変でしょ」
「ま、マリンたんまで……」
みこが悲しそうに瞳を潤ませてマリンを見つめた。
純粋な可愛さにドキッとする。
「もういいから、早く話して」
ぼたんが痺れを切らして催促した。
みこがムスッとしたまま座り直す。
「はい、ナウナウの話」
「……ナウナウの実は――」
「あ、言えた」
「――記憶に残る人の『今』を知ったり、自分の『今』見たりしている事を共有したりできる能力だよ」
「効果範囲とかねぇの?」
「さあ、多分無いと思う」
実質効果範囲無限大の能力。
戦い向きではなく戦略構築向き。
しかも、これで「はあと」と出会ったフブキ、おかゆ、まつりの位置情報を常に確認される可能性ができた。
「時と場合によっては相当重宝されますね」
「ま、能力なんて所詮ときとばだし」
到底使い道のないと思っていたマリンの能力だって、あったおかげで延命したし、フブキの能力でポルカは一度やられている。
使い難い能力も、相手によっては想像を絶する効果を発揮する。
「クロコさんも能力は相性みたいな事言ってたしね」
「誰だよクロコさん」
「あの日、星街が来るって分かったのも「はあと」ちゃんが教えてくれた……から、で…………」
歯切れが悪くなる。
何かに気付いたようだ。
今頃になって漸くある可能性が頭を過り、みこは戦慄した。
「どした?」
「……はあとちゃん、いつ星街のこと……」
「知ってたら変なの?」
「船長。星街すいせいは明らかに敵だったでしょ? みこちにも敵意を向けてた。なのにその人とはあとさんが知り合いだったら、どう思う?」
「あー……でもさ、どっかで偶然見かけて、覚えてたとか」
「すれ違う人全員を覚える? 普通無理でしょ」
「ですよね……」
はあとが敵の可能性を潰したいまつりとマリン。
だが、考えれば考えるほどその可能性が低くなる。
「あとは、旅先で偶然怪しい動きしてるのを見かけて、知ってたとかだけど」
「それより敵説の方があるよな」
みこやマリン、まつりが暗い影を落とす。
それに乗せられて、皆も似た表情をする。
だが、誰よりも早くマリンが復活した。
「とりま、一応はあちゃま要注意で、みこちは仲間になるって事で、いい?」
「おん、いんじゃね」
「えー、みこちウチに来なよ」
「や」
談笑が再開され、和が戻ってくる。
「よーし、みこちの仲間入りにかんぱーい」
「え、あ、かんぱい」
マリンの一声にみこだけがグラスを掲げて応えた。
あらかわいい。
「本当にいいのかねぇ、ポンポン仲間を増やしても……」
「ぼーるーかー、捻くれ出てますよ」
「船長こそ、さっきまでの話聞いてた? はあとさんの正体とかも分からない中で、みこちを船に乗せて安全だと思う?」
「みこち強いし、寧ろ戦力アップだって」
「確かに強かった!」
強さはまつり、フブキとおかゆの太鼓判付き。
懸念がないわけではないが、みこが仲間になれば心強い事は確かだ。
「そこは否定しないけどさ」
ポルカもそこだけは過去に目の当たりにしている為、評価している。
「そいえば船長、いつここ出る?」
「んー……今から出ても問題はないけど、夜から出航したくはないし」
「『出航』は夜中にするものでしょ?」
「それはまた別の『出航』ね」
「『出航』?」
「意味はわからんけど、卑猥な隠語だってことはわかるのが悲しいよ」
フブキの疑問に答えるように、ポルカが嘆息した。
そんな他愛もない話を食事中にも関わらず繰り広げていたら、いつの間にか食卓の皿は平らげられていた。
「まちゅりとぼたんさんがいなくなるのは寂しいけど、明日の朝くらいには出たいですね」
「あ、別々になるんだ?」
「そりゃあまつりは冒険家だしね。まだまだ海を回るよ!」
と嘘でも意気込んだ。
演技力はかなり高く、一見すれば嘘とは思えない。
「あ、そうそう、それでさ、ししろん」
「なんすか?」
「フブキ、地図貸して」
「は、はい」
フブキからまつりへ、そしてまつりがぼたんに見せるように地図を広げた。
おかゆは少しおかしくて、苦笑が漏れた。
「ここ、アルメンドラって島、知ってる?」
「アルメンドラねぇ……」
「何かしら知ってそうな口ぶりじゃん」
「知ってるけど、一応守秘義務ってのがあるんだよ」
「守秘義務? なんで?」
「あたし、元団長」
王国の騎士団元団長として、決して漏らしてはならない情報がある。
「それなら船長たち、ルーナたんたちと協定みたいなの組んでるんで、安心してください」
「悪いけど、それが100事実だとしても、守秘義務を破っていい理由にはならん。姫から直接指示があれば別だけど、それ以外はノーとしか言えん」
マリンたちが敵など、微塵も思っちゃいない。
だが、敵味方、親友、戦友関係なく、守秘義務は絶対に守る。
契約を破る事が、如何に重たい罪か、語るまでもない。
「ふん、固い奴」
「アンタみたいのが、こんな事の当て付けに漏らすかもしれないからな」
「ッ――! バーカっ!」
「はいはい、喧嘩しない」
「ふんっ、私もう寝る!」
頑固なぼたんに悪態をつくと反発され、拗ねた。
そして不貞寝。
この世界のフブキは、精神が幼い。
「歯磨けよ〜」
「あ、僕も――」
トワのジョークに隠れておかゆが立ち上がりかけた、だがマリンが静止した。
その短時間でフブキは退室していく。
それから数秒後――
「ポルカ、追ってもらえる?」
「はい? 何でポルカ?」
「勘ですね」
「何のだよ……ってか、追って何しろってんの?」
「まあまあいいから」
「はぁ……拗れても知りませんよ」
続いてポルカも退室した。
この船の中で、最も信頼できる存在がポルカだとマリンは考えている。
そして、その考えは、間違いなく全員に伝播している。
だからフブキも、ポルカになら心を打ち明けて話せるかもしれない、と淡い期待を寄せたのだ。
ポルカでダメなら、もう誰もフブキの抱える悩みを共に抱えられる者はいない。
ポルカが出ていくと、おかゆはバツが悪そうな表情で、浮かせた腰を下ろした。
「ねえ、折角だし、トワも話しときたい事あんだけど」
「話しときたいこと?」
「トワ、能力のやつ食った」
おかゆだけが小さく声を漏らし、他のメンバーはただ黙って聞いていた。
そして、トワの能力について、一同は耳を傾けた。
皆様どうも、お久しぶりの作者でございます。
いや〜、今回でみこちも仲間になりまして、いよいよ賑やかになりますね。
ところで、今何話?