ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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39話 可能性の話

 

 風真いろはの家――。

 

 一人暮らしのようだが、家はそこそこ広い。

 家具や調理器具、物資の保存室など、その質も申し分なく、島の様子の割には快適な暮らしをしているように見える。

 

「ごめんね。お料理、2人分しか作ってないんでござるよ」

「気にしないで下さい、押しかけたのは我々ですし、風真の料理は今後いつでも食べられる予定なので」

「あはは、面白い人でござるね」

 

 社交辞令的に交わされる言葉。

 マリンは幾つか余計な内容が含まれるが、それも全て冗談として流すいろはのスルースキルがすごい。

 もはやポルカやトワのツッコミも不要。

 

「何作ってんの?」

「カレーですよ」

「いいねぇ昼カレー」

 

 朝カレーはキツイが昼カレーはいける。

 食べたことは無いが、いろはの手作りなら3杯くらいいける、気がする。

 

「船長!」

 

 フブキがマリンに顔を寄せた。

 可愛い威圧感で抗議してくる。

 

「わ、分かってるって……」

 

 理由も無しに嫌われるフブキとしては、早々にあくあと離れたい。

 そしてまたくっ付いている「あくあ」と「おかゆ」を引き剥がしたい。

 

「上がり込んでるわけですし、あくおかの馴れ初めは置いておいて、風真いろはとあくたんが一緒に住んでる理由から聞いても?」

「そうだよ、あくあ、家出したの?」

 

 おかゆもさぞ不思議そうに尋ねる。

 様子から、あくあはディアスケーダシティ出身と見ていい。そして恐らく育ちも。

 

「同棲してるわけじゃないでござるよ? ただ、帰る船がないからここにいるだけで」

「――? 帰る船がない?」

 

 カレーの具材を煮込みながら、いろはが訂正させた。

 あくあは何度も首肯した。

 

「よく分かんないけど、あくあちゃん、間違えて船に乗って、ここに来ちゃったんだって」

「間違えて船に乗った⁉︎ あくあそもそも、船乗らないでしょ⁉︎ なんで間違えるの」

 

 おかゆの言葉は図星のようで、バツが悪そうに視線を逸らす。

 マリン視点でも、あくあは船に乗らないどころか、海にすら行かなさそうだ。いや、もっと言えば家からも出なさそうだ。

 と言うか娯楽の島だ。絶対家でずっとゲームしてるに決まってる。そうだ、そうに決まってる。

 

(あ、でもストーカーって……)

 

 ふと、おかゆの発言を思い返して考えを改めた。

 

「どんな船に乗ったん?」

「…………」

「話してくれないんでござるよ、その事はずっと」

 

 当然の疑問が出るも、あくあは無言で視線を背ける。

 代わりにいろはがあくあの頑固さを語った。

 

 

「…………」

「ん? 何?」

 

 暫く沈黙を続け、話が切れたと見ると、あくあはおかゆの裾をくいくいと引いた。

 

「……あの人、だれ?」

「え? あっと……」

「みこはみこだよ! さくらみこだにぇ!」

「んーん……」

「――??????」

 

 あくあは首を振った。

 いや、違わないが……なんだ?

 皆の頭に疑問符が浮かぶ。

 野菜の煮詰まる音が響くと、いろはが火を弱めた。

 

「仲間?」

「そうだよ」

「……そう」

 

 あくあの目つきが鋭くなった。

 串刺しにされるような鋭利な眼差しに、悪寒が走る。

 親指を口に咥え、カリカリと音を鳴らす。

 

「また……余計な虫が……おかゆの周りに……!」

 

 憎悪渦巻く瞳。

 なんたるおかゆへの執念。

 思い込みの狂気などではない――純粋な狂気。

 

「……正直聞きたくなかった、と言うより、疑いたくなかったんですけど――」

「……船長?」

 

 突然妙な前置きを口にしたマリン。

 

「おかゆさん、あくたんって能力者?」

「ぁ――」

「うん、そうだよ」

「消える?」

「――‼︎」

「消えるよ」

「「「「「「「――――――⁉︎⁉︎⁉︎」」」」」」」

 

 珍しく同調して驚いていた。

 

「あの時の……やっぱりあくたんの仕業なんですね」

 

 ストーカーのスペシャリストというおかゆの発言、あの時のニオイ、あくあが能力者である事、そしてあくあがおかゆに好意を寄せている事。

 状況証拠がいくつも存在している。

 マリン的には、匂いだけでほぼ確信を得ている。

 

「あの時?」

 

 小さく首を傾げる者たち。

 マリンが事の詳細を話そうと、口を開きかけたその時――

 

「うわっ!」

 

 あくあがマリンに体当たりした。

 勢いでマリンは転倒し、一瞬寄りかかった椅子が倒れる。

 あくあの衝撃の行動に騒然となる室内。

 一味は全員マリンの容態を案じ、視線がマリンに移った。

 その隙にあくあが姿を消す。

 

「――! やばっ、マジでいないんだけど」

 

 不可視の脅威に警鐘を鳴らすトワ――

 

「……って思ったらなんとも無かったわ」

「へ?」

「おら、一旦落ち着けこの」

「うぅっ……なんでぇ……」

 

 早々に看破し、不可視のあくあを捕縛してしまう。

 トワの付近から確かにあくあの声がするが、誰にも見えていない。

 

「電波の発信源とかが分かんの?」

「ぽいわ、今知った」

 

 いつも、相手がそこにいると分かった状態で交信を行なっていたため、気に掛けた事がなかった。

 

「マリンたん大丈夫?」

「は、はい、一応は」

 

 もう少し歳が行ってたら、ぎっくり腰になったかも。若いって素敵。

 

「全く、急に暴れるとは」

「娘の反抗期って大変」

「船長はややこしいこと言わないでください」

 

 呆れ果て、嘆息するポルカ。

 冗談で場を和ますマリン。

 そのマリンを嗜めるフブキ。

 

「こらっ!」

「「――‼︎‼︎」」

 

 落ち着いた所に、突如雷が落ちたような声が響いた。

 誰1人例に漏れることなく、ビクッと肩を跳ねさせた。

 威厳は感じないが、何故か強く響く一声。

 

「喧嘩は、めっ、でござるよ」

「…………」

「めっ、て……みこちじゃないんだから――」

「んー?」

「……ごめんなさい」

 

 また冗談で空気を弛緩させようとしたが、いろはの妙な威圧感に根負けし、素直に謝罪した。

 

「みな殿も」

「「ご、ごめんなさい」」

「はい、よろしい」

 

 いろはは台所へと再び赴き、いつの間にかルーを足していたカレーを煮込み直していた。

 

「…………」

 

 ここの家主はいろは。家主の指示は絶対である。

 でも……なんだか妙な気分。

 妙な気持ちのまま、マリンは立ち上がり、倒れたイスを起こした。

 ――――?

 

「……それで、話の腰が折られたけど」

「船長の腰も折れました」

「折れてないから黙ってて」

 

 一々水を差すマリンに、ポルカが語気を強めた。

 マリンはヘソを曲げて黙り込む。

 

「船長じゃなく、あくあさんが話して。船長はなんの話をしてて、あくあさんは何で今、逃げようとした」

 

 まさか、ポルカでも気付けないとは……。

 マリン以外では紐づける事も難しいのか。

 そう言えば、あの時もマリンの話はまともに取り合ってくれなかった。忘れていても不思議はない。

 

「…………」

「ちゃんと話してよ!」

「……!」

「あくあ、話して」

「……、……」

 

 黙秘を続け、やがてフブキに怒鳴られる。

 いろはが振り向いたが構わない。

 フブキに鋭い憎悪に似た何かを宿す眼光を浴びせるが、怯まない。

 そして決め手はおかゆからの懇願。

 想い人に迫られては、もう逃げられまい。

 おかゆに向かって小さく頷いた。

 全員に、と言うより、おかゆに、話すようだ。

 周りに聞こえる声で、おかゆに話すだけ。

 

「……怒んないでね」

「それは聞いてから」

 

 容赦なくおかゆは言い切った。内容によっては怒る、と。

 

「鍵を開けたの……あたしなの……」

「――鍵って?」

 

 事実の告白から始まるが、おかゆは解釈に難航する。

 しかし、その一言でフブキは激昂した。

 

「――まさか! あの時2人を逃したのはッ――!」

「あたしだよ。あの時牢屋の鍵を開けたのも、2人の手錠を解いたのも」

「なんでッ――!」

「フブキ、すぐ掛かるな。今は聴く時間だ」

 

 あくあに飛び掛かろうとするフブキをトワが力技で押さえる。

 その怒りは痛いほど分かるが、まだ話は終わっていない。

 制裁や審判は、全てを聞いてからでも遅くはない。

 

「ねえちょっと待ってよ。僕には何の話をしてるのか……」

「みこもわかんにぇんだけど」

 

 当時仲間でなかったみこ、そして洗脳の真っ只中だったおかゆには付いていけない話。

 

「おかゆんが助けられた日の話だよ。おかゆんには話して無かったけど、あの日、ころねさんとミオさんも捕まえてたんだ」

「捕まえてた?」

「そう。ぼたんさんのおかげで、3人を捕まえて、とにかく船降りようって話になった所、突然ミオさんところねさんの手錠が外れたんだ」

 

 ぼたんだって突然牢屋から出てきたし、一味の牢屋も突然開いた。

 仲間が救われて、正体不明が敵でないと思い込んだその時、ミオところねまでも解放した。

 

「それが…………あくあ?」

「うん」

 

 もはや躊躇いもない。

 あくあは堂々と首肯した。

 

「なんで――ッ!」

「あんたが、おかゆを変にしたから」

「っ――」

「1年ほど前、おかゆが突然変わった。あたしの事も分からなくなって、変な事して、変な奴らとつるんで、変な船に乗り降りしてた」

「ぅ……ぐ……」

 

 フブキの大きな過ち。それを指摘して、あくあは話を続ける。

 自身のミスが原因で、フブキも強く反発できなくなった。

 

「おかゆを助けたかった。でも何もできず、分からずで一年が過ぎた」

「そこに、船長たちが都合よく来た、ってわけか」

「そう。あんた達を利用して、助けるチャンスだと思った。あんた達が捕まって、それを付けてって、鍵をこっそり盗んだ」

 

 あの時、ポルカよりも早くその能力を駆使して独り身で乗り込んでいたのか。

 通りで鍵が無いわけだ。

 

「あそこであんた達が暴れたら、どさくさに紛れておかゆを連れ出せる。そう思ったけど、おかゆ、ナイフ持ってたし、戦い始めちゃったから……」

 

 じっと黙って様子を伺っていた……のか。

 

「ひとつ聞くが、洗脳の能力の話、知ってるか?」

「洗脳? 何それ、知らない」

「そうか」

 

 知った上での行動とは思えない。

 十中八九知らないとは思ったが案の定。

 

「ならいい、続けて」

 

 遮って悪かったと、ポルカは再び口を閉ざした。

 

「そのまま黙って様子を見てたら、結局みんな捕まえちゃった。でも、あたしが助けたいのはおかゆだけ。特にアイツは――」

「ころさんだね」

「――――」

 

 恋敵を救いたく無かった、と言うわけか。

 昔から仲のいいと言うフブキ、ミオ、ころねに敵対心のような物を抱いていた事になる。

 嫉妬深く、強欲な狂人だ。

 

「そんな……そんな理由で何で――!」

「そんな理由? そもそも悪いのはあんたでしょ。責任転嫁しないで」

「それは……でも……。だからってミオところねを――!」

「フブちゃん、落ち着いて」

「船長――! でもこの人は――この人のせいでミオところねを……」

 

 フブキの言い分はとても理にかなっている。

 多方面から見ても、あくあが悪いだろう。

 だが、もっと冷静に考えてみれば、マリン達はあくあに多大な恩がある。

 しかも、場合によってはおかゆを助けた救世主とも言える。

 それは、トワもポルカも、全ての可能性を考慮し、思ったはずだ。

 

「あくたんがいなければ、私たちは牢屋から出られなかったし、ぼたんさんだって出られなかった。そうなれば、あそこで全滅していました」

「でもこの人がいなければ、鍵だってポルちゃんが見つけてたはずだよ!」

「重点はそこじゃない。よく考えてみろよ、おかゆんの洗脳はどうやって解いた?」

「それは…………相手の方が、勝手に……」

「そう、あたし達は何もしてない。あのままおかゆんや、他2名を連れ帰ったとしても、洗脳を解けるかは別問題。いや、それ以前に、他の2人も連れ出そうとしたら、流石に敵も見逃さない。交戦になってたはずだ」

 

 分かる範囲で敵はAZKiとすいせい。

 船の大きさからあと数名いても不思議はない。

 しかも船上だ。敵の情報も少ない中では、勝算も低い。

 

「あの時あくあさんがいなければ、ミオさんやころねさんは疎か、おかゆんすらも救えなかった可能性は十分にある」

「そ、そんな事言ったら、全員助けられた可能性だってあるじゃん!」

「そうだよ、どっちも可能性の話だ。でも、そんな事言ったら、今あくあさんを問い詰める事自体、何の意味もない」

「…………そんなの、おかしいじゃん」

 

 納得し難い話だ。事、フブキに関しては特に。

 おかゆだって、ころねを見捨てられたと言われたのだから、怒ったっていい。

 でも、自分が助けられたのだから、何も言えない。

 それに……おかゆはあくあの感情に強く共感してしまった。

 

「あくあさんのやり方は、手放しで誉めれたもんじゃない。でも、それを非難できるだけの実力も実績も、別の未来を見た時の可能性も、何ひとつ、あたし達には存在しない」

「あくたん、船長として、感謝します。ありがとう」

「…………」

 

 フブキもおかゆも、トワやポルカも、素直にお礼なんて言いたくはない。

 マリンも、名も知らぬ相手なら本気で怒っていた。

 だが、相手があくあだから、大好きな仲間だからこそ、代表して頭を下げられる。

 

「…………あくあは、その船で、ここまで来たの?」

「うん。下りようとしたら、もう船が出てたから」

 

 船に1人潜伏して、タイミングを見て出たのだろうか。

 …………。

 

 今の何気ない一言にポルカが過敏に反応した。

 鋭い視線を、料理中のいろはに向ける。

 その妙な視線を感知したのか、さっと振り向くとポルカと目が合う。

 

「……? どうかしたでござるか?」

「…………」

 

 平常を装っているのなら、飛んだ演技力。

 

「いや、何でもない」

「そう? あくあちゃん、もうすぐご飯できるから待っててね」

「ん」

 

 微笑むいろはに小さく、短く頷いた。

 

「――!」

 

 フブキが玄関へ向かって歩き始めた。

 

「どこへ行くつもりだよ」

「どこでもいいでしょ!」

 

 強引に扉を開けて、ずかずかと外出していった。

 

「あ、僕追いかけるね」

「――」

「――?」

 

 感情のまま駆け出すおかゆの腕を、あくあが捕まえた。

 2人の目が合う。

 

「何?」

「……んーん、何でもない」

 

 あくあはそっと腕を下ろして、俯いた。

 おかゆは一瞬眉間に皺を寄せたが全て振り払って駆け出して行った。

 その、玄関の扉が閉まる直前――。

 

「あ、おい!」

 

 消えたあくあがこっそりとその後を追跡した。

 

「……大丈夫か、あれ」

「ほんと、スニーキングのプロだな」

「いいの、マリンたん?」

 

 三者三様の感想が飛び交う。

 

「子どもじゃないですし、大事には至らないですよ」

 

 と、この先の事は3人に一任した。

 

「こっちはこっちで、話もありますしね」

「「「「…………????」」」」

 

 

 

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