子どもの頃から、湊あくあは猫又おかゆが好きだった。
理由なんて単純なもので、優しくてカッコ良かったから。
出会い方も普通で、ただ公園で出会った、だ。
取り上げて語る程大層な関係性ではない。
ほんの少し、あくあからの想いが一方的なありきたりの関係性。
その日も幼いあくあは、おかゆと遊びたくて、おかゆの家を訪ねた。
おかゆに会うその瞬間を待ち侘び、わくわくと胸を躍らせ、全身を跳ねさせて、玄関の前で待っていた。
ガチャリと扉が開き、幼きおかゆが顔を見せた。
「あくあ? どしたの?」
予想外の来訪にきょとんとする。
「あそぼ、おかゆ!」
子ども同士の一般的なコミュニケーション。
アポも無く、気まぐれで訪問し、集まって遊ぶ。
だからいつも発生するすれ違い。
「あー、ごめんね、今日はころさん達と遊ぶ約束があるから……」
申し訳なさそうに視線を落とす。
あくあも残念そうに俯くが開き直りが早い。
「んーん、あてぃしこそ、とつぜん来てごめんね」
「またこんどあそぼ?」
「うん、じゃあ……また次ね」
この日はこうしてアタックは失敗。
めげずに向かう翌日も――同様の成果。
そんな毎日。
だけどあくあは、決して約束を取り付ける事はない。
おかゆも自ら予定を立てはしない。
だからいつも、2人はすれ違う。
次第にあくあは、おかゆの家を訪ねなくなった。
代わりにいつもの様に尾行を繰り返した。
暇な日は毎朝おかゆの家へ通い、静かに外出を待つ。
出て来なければそれまで。
でも出て来れば、その後を追う。
追跡して、その行動を観察する。
これが日課になってしまった。
そんな事、おかゆは露知らず1年が経過した。
おかゆが普段から遊ぶ仲間は、白上フブキ、大神ミオ、そして戌神ころね。
この3人――特に戌神ころねが恋敵。
その3人が突如、森へ入り始める。
毎日のように森へ入っては探索を続ける。
その風景を嫉妬の目で見続ける。
幸か不幸か、尾行に適した能力のおかげで、誰にも見つからずに日々を過ごせた。
そして、探検が終わり、その成果の品まであくあはその目で見ている。
4人の親しげな姿にいつも嫉妬して、嫉妬心が燃える度に、おかゆの存在が自分から遠ざかっている気がしていた。
………………。
ピンポーン――。
「……?」
ある日、人生でも稀にしか鳴る事のないインターホンが鳴った。
セールスや勧誘、集金、宗教関連なら居留守を使う。
そう心に決めて覗き穴から覗いてみれば――
「おかゆ!」
次の瞬間、扉を勢いよく開いて飛び出した。
「うわっ、びっくりしたぁ……」
玄関の扉が閉まるほどおかゆとの距離を詰めた。
あくあの猛進っぷりに仰天する。
「ど、どどどど、ど、ど、どどっ――!」
激しく動揺し挙動不審になるあくあを、おかゆは面白い人と評して笑い流す。
無意識だろうと、こんな所も好きだ。
「はいこれ、上げる」
「…………?」
おかゆが両手で何かを握り、隠すように差し出す。
あくあも手を伸ばして、おかゆの手の下で右手を開く。
ぽん、と落とすように手渡された物は――
「これ……宝石……?」
「うん、えっとねぇ………………」
「な、なに?」
「ちょっと待ってね、名前、思い出そうとしてるんだけど……」
石を見たり、空を見たり、地を見たりして必死に頭を回転させ、記憶を探る。
宝石の名前、何だったか……。
鑑定に出して、名前を聞いたが……これは確か……。
「んぐぐぐ…………………そう! インペリアルトパーズ‼︎」
「インペリアル、トパーズ……」
宝石に興味は無かった。
でも、飛び上がるほど嬉しかった。
「い、いい、いいの、こ、これ! 探検で見つけてきたんじゃ……」
「うん、そうなんだけど……あれ、何で知ってるの?」
「へ⁉︎ あ、いやそれは‼︎」
「――――?」
有頂天になり、つい口を滑らせたあくあ。
純粋な眼差しが突き刺さり、噤んだ口がゆるゆると開いてしまった。
「そ、の……こっそり……尾けてたから……」
素直に白状するあたり、やはり根はいい子なのだと思える。
時間や周囲との関わりもあって、関係を拗らせてしまっただけで……。
「ぅぇぇ…………」
「ああぁ! お願い引かないでぇ!」
ざざざざっ、と距離を広げられ傷心するが自業自得。
因果応報だ。
「…………いや、うん……」
「なにその歯切れの悪さ! いいよもう、引いてるんでしょ! あてぃしが悪かったから!」
開き直り逆上。まったく、手に負えない。
「いや、その……プレゼントもそうなんだけどさ……。もう出会ってから1年以上経つのに、いっつもあくあの誘い断ってたから……」
「――もしかして、罪悪感でも感じてたの?」
「――うん。断るだけ断って、いつも遊ぶ約束とか立てずにいたから」
「いいんだよ! あてぃしそういうの苦手だし! それに、おかゆはあてぃしのやり方に合わせてくれてたんでしょ!」
「ぇ……なんで……」
「わかるよ! おかゆのやりそうな事だもん」
あくあから約束を取り付けて来ないから、おかゆも敢えて約束していなかった。
だからいつも、3人と遊び終わった後に決める次の集合日程が先に決まり、突然やって来るあくあと遊ぶ時間が設けられなかった。
相手があくあでなければ、フブキ達と交えて遊ぼう、なんて誘ったが、あくあの人見知りを知っているおかゆは、それすらもしなかった。
どうせ断る事を、知っていたから。
「ぅぇぇ……」
「ああん、だから引かないでぇぇー!」
また距離を取られた。
が、今度は冗談がほとんどだ。
「えっと……うん、今日は、それだけ……」
おかゆは開いた距離を詰め直し、後ろめたい気持ちを露わにした。
あくあはおかゆの顔が上がらないうちに、1人で落胆する。
そして、直ぐに己を奮い立たせ振り向いた。
「うん、ありがとうね」
玄関の扉に手をかけ、開く。
そして、今にも帰る様子を――その背中を、おかゆに見せつけた。
「――うん」
「これ、一生大事にするね」
「うん、じゃあ……また」
心残りがないわけじゃない。話したい事だって沢山ある。でも……
「…………」
居心地が悪くなり、あくあはおかゆが場を離れる前に扉を閉めた。
普段なら、直ぐに扉に張り付いて、覗き穴からその背中を眺める所。
だけど今日は、そのまま力無く崩れて、ひっそりと泣いた。
大切に大切に、貰った宝石を握り締め、涙を流した。
「やっぱり……あたしなんかじゃぁ…………」
振り向いて来れない。
振り向かせられない。
知っていた。おかゆの好きな人はころねで、あくあなんて眼中に無い。
それなのに、まるで慈悲を与えるように、こんな宝石なんかプレゼントに来て――。
もっと好きになってしまった。
10分ほど、悲しみに暮れていた。
でも、1日を泣いては過ごせない。
一生を泣いては過ごせない。
「ぐすっ……」
鼻を啜った。
腕を大きく使って涙を拭う。
洗面所へ駆け込んだ。
鏡には、赤く目を腫らした自分がいる。
パチンと頬を叩いて、喝を入れる。
「――変わらなきゃ」
顔を引き締め、心に誓った。
*****
そして月日は流れた。
変わると決めたあの日から、ストーカー行為も「減らし」、自分の在り方を見直して、良い人間になろうとした。
あれから、おかゆとは一度も話していない。
おかゆは、あくあと会ってすらいない。
あくあは1週間ほど前に尾行した日が最後。
さて、今日は観察と研究の日。
自分がどうあれば、おかゆを惹きつけられるのか。
それを尾行する事で研究するのだ。
現在のおかゆの好み、流行り、趣味。
随時変化する好みを逸早く察知し、どんな傾向にあるのか、自分が口説き落とすとするなら、どんな手法が有効かを考える。
今日もまた、手帳片手におかゆの家へ向かった。
「……?」
しかし、いる気配がない。
おかゆが側にいれば、恋愛センサーが働き感知できる。
感知できない、それはつまり、おかゆは家にいない。
もう、遊びに出たのだろうか。
4人がよく集まる場所を、虱潰しに巡ってみる。
公園、森の入り口、ゲームセンター、それぞれの家。
どこもハズレだった。
「だったら……」
後はあそこしかない。
あの無人の砂浜しかない。
少し森へ入り、直ぐに道を逸れると、誰も立ち寄らない砂浜に出る。
そこには、推測通りあの4人がいた。
「……?」
否、4人だけじゃない。まだ誰かいる。
「……また余計な虫が」
あくあは恨めしそうに爪を噛み、木陰から見つめた。
無論、能力で姿も消している。
……しかし、配置が妙だ。
おかゆ、ころね、ミオの3人が、フブキ+3名と対峙している。
今にも衝突しそうな、逼迫した空気。
「フブキ、何言ってるの?」
仲間割れか?
「みんなも一緒に来てよ。ほら、こっちに」
正気を感じられない笑みを浮かべるフブキ。
そんな奇怪なフブキにミオは腕を掴まれたが、少し強引に振り解く。
「ちょっと、冗談はやめてよ。急にどうしちゃったの⁉︎」
「そうだよ、フブキちゃん。それに、その人たちは誰なの?」
「この人たちは私のナカマだよ」
おかゆの指摘にも飄々と答え、はぐらかす。
「ふざけないでよ!」
「「「――っ!」」」
フブキの解答にミオが激昂した。
傍で見てきた3人には、その怒りが骨の髄まで伝わる。
こんな本気の怒り、初めて見る……。
「お前ら――フブキに何をした‼︎」
浜から幾つも石を拾い上げ、両手を構えた。
その指先がフブキを除く対峙者に向けられる。
ミオの逆鱗に触れたようだ。
傍観者を気取っていた3人も、仕方なく臨戦体制をとった。
「おがゆ、逃げて!」
「え、でも――」
「守れる自信が無い!」
「そんな――2人は――」
「いいから行く!」
「っ――――‼︎」
ころねとの押し問答に即刻挫かれ、おかゆは180度回転し、街へ走った。
本人は全く気付かないが、あくあの正面からおかゆが走って来る。
サッと道を開け、おかゆを通すとその後を追った。
背後では人間業とは思えない戦いの音が響く。
おかゆは振り返らないが、あくあは一度振り返った。
すると、1人だけ追跡してくる敵がいた。
おかゆより圧倒的に足が速い。このままでは追いつかれる。
どちらにもバレぬように、おかゆを守らねば。
「混乱の紫」
敵の身体にこっそり紫の絵の具を塗り付けた。
途端にその女性は立ち止まり、何かに頭を抱え始めた。
足止め完了。
あくあは早急におかゆの下へ走った。
間も無く森を抜け、街へ繋がる通路にある公園付近。
「うあっ!」
「――⁉︎」
おかゆの悲鳴が耳を劈く。
声を辿って、おかゆを探せば、なんと言う事だ。
先まで浜にいた女性が、ここへ先回りしている。
「う、ぐ……なんで……」
「私、2人いるから」
あくあの疑問を代弁したおかゆにニコッと笑って返した。
どちらかが偽物で、どちらかが本物。
ムキになったあくあが、こっそり殴りかかろうと、少しずつ距離を詰め始める。
「誰かいるね……君の知り合い?」
「――?」
「違うの?」
おかゆはまるで心当たりが無いと、惚けている、ように見えた。
9年近く会っていないと、存在を忘れてしまったのか。それとも、迫真の演技なのか。
「――!」
弾かれるように周囲を見回すその挙動から、答えは出た。
「まさか、あくあ……」
「見えなきゃ捕まえられないね」
と、据え膳を我慢するような表情で女性――AZKiはおかゆから手を離す。
途端――
「わ、わわわわわわっ!」
「――おかゆ!」
おかゆの身体が軽々と宙に浮く。
そして、風もない中で浜へ向かって真っ直ぐと移動を始めた。
このままではおかゆを取られてしまう。
「吸収の黒」
地面に大きな黒丸を描くと、周囲のありとあらゆる物が特殊な引力で引き寄せられる。
地形を破壊しかねないため、出力を上げられない。
しかし、引力が弱く、浮遊で離れる速度と引力で寄せる速度が一定で、おかゆが空中で彷徨い始めた。
更にそこへ、先ほどの女性も到着し、益々事態は悪化する。
「遅いよアキちゃん」
「ごめんごめん、森だと走れなくて……」
途中、目的を見失って混乱したことは秘密に。
そう内心隠し事をしながら現れたのは先程の追手――アキ・ローゼンタール。
「あれ、あの子は?」
「上」
「え、あー」
「ごめんアキちゃん、連れ帰ってくれる?」
「りょーかい」
引力ではどうにもならず拮抗状態にあったおかゆ争奪戦は、アキの登場した瞬間決着がつく。
「よっと」
跳躍したアキ。その高度、はるか15メートル。
空中でおかゆを抱え、そのまま空を蹴るように直角に曲がり、砂浜の方角へ飛んで行く。
「そんな――くっ!」
あくあは大至急浜へ戻る。
僅かに振り返り、この場の敵の残り人数を確認すると――。
「――へ?」
もう、誰も居なかった。
紫色以上に混乱する展開に脳を焼かれながら、あくあは浜へ戻ったが、その浜にももう、誰も居なかった。
「ぇ…………お、かゆ……は……?」
あくあ、恋の受難、第二章はここから始まった。
登場キャラ設定プロフィール6
「常闇トワ」
所属と役職……宝鐘海賊団、諜報員。
能力……ビビビビの実
能力名の由来……ビビ(帽子)
出身……シエロソニード
好きな物……忍者、歌、宝鐘海賊団
嫌いな物……お酒、騎士、満月
「さくらみこ」
所属と役職……宝鐘海賊団、戦闘員
能力……ニエニエの実
能力名の由来……にぇ
出身……サクラカゼ
好きな物……マリン、はあと、赤色
嫌いな物……巫女の仕事、退屈