ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

42 / 144
41話 湊あくあ

 

 いろは宅を飛び出したフブキは、勢いよく丘を下り、砂浜へ降りた。

 砂粒がキラキラと太陽光を反射する。

 位置的には、停泊した砂浜とは丁度正反対の位置にあたる。

 

 背後から別の足音が迫る。

 おかゆ以外に、考えられなかった。

 砂浜で拗ねたように足を抱えるフブキの隣に、同じ体勢で座った。

 柔らかく、心地よい感触がお尻に伝わる。

 寄せては返す波の音が、暖かい風を運んできた。

 

「もう少しだね」

「…………うん」

 

 水平線の先を見つめるおかゆ。

 フブキも顔を上げ、その先を見た。

 海が眩く煌めく。

 遠くで魚が跳ねた。

 

「次こそ、2人を取り返そう」

「うん」

 

 砂浜に転がる、少し大きな石を見つめた。

 

「ねえフブキちゃん。2人を助けたら、今の船は降りちゃうの?」

「え?」

「夢は海賊って言ってたから、一応今でも夢はひとつ叶ってるでしょ」

「そう、だね」

 

 フブキの子どもの頃の夢。

 ひとつは海賊として海に出る。

 これは今既に果たしている。

 ではもうひとつはどうだろう?

 

「でも、4人で海に出るって夢は叶ってないでしょ? だから、船長に頼んで2人を入れてもらうのか、それとも4人で新しく海賊を始めるのか」

「うーん…………でも、2人とも、あんまし乗り気じゃ無かったし……」

「そんな事ないよ」

「へ?」

「きっと、そんな事ない」

「…………」

「次の作戦が上手くいったら、みんなでもう一度話してみよ?」

「……そうだね」

 

 フブキもおかゆも、2人が、海賊に――フブキの夢に、どんな想いを抱いているのか、まだ知らない。

 でも、おかゆは知っている。

 あの時のミオの表情を。

 あくあと出会って思い出した、あの時の繊細な記憶。

 あの顔……きっとミオは、フブキの愛以上に、フブキが大好きだ。

 それに、ミオが能力を得たのだって……。

 

「――あくあ、隠れてないで出てきなよ」

 

 突如空気を破る。

 フブキが振り返るタイミングに合わせて、あくあが能力を解いた。

 初めて2人の目が合う。

 

「どうして分かったの?」

「居ると思ってカマかけたの」

「流石おかゆ」

 

 外出前のあくあの様子とタイミングを見て、カマをかければ案の定いた。

 悔しがる事もなく、あくあは苦笑した。

 

「ふん、おかゆんでも奪いに来たの」

「…………」

 

 明からさまに刺々しい態度。

 あくあは肯定も否定もせず、フブキの背中を見つめた。

 

「……ごめん、なさい」

 

 不意にあくあから、謝罪の一言が切り出された。

 おかゆは安堵気味にため息をひとつ。

 対してフブキは、全身をわなわなと震わせた。

 

「おかゆを助けたくて、2人を逃したって言ったけど……ホントは、ちょっと嫉妬してた」

「……!」

「だから……逃した理由の中に、ちょっとだけ、悪気があったの。いつもおかゆの側で楽しそうにしてる3人が羨ましくて、悪い事、しちゃった」

「……!」

「ごめんなさい、謝ります……」

 

 そう言って、2人を逃した事と、その理由を半分偽った事を謝罪した。

 そして、45度ほど腰を曲げた。

 

「何のつもり――!」

「素直に謝ってるの。あてぃしだって、あなたは好きじゃないし、あの2人も好きじゃない、けど――」

 

 珍しく背筋を伸ばし、真正面からフブキの目を見た。

 

「たとえ咄嗟の判断だったとしても、悪い事をした自覚はあるし、その被害はあなた達に及んでる。だからその分は、きちんと謝りに来たの」

「ぅ――く――――!」

 

 あくあの凛々しい眼差しに、フブキは歯軋りを繰り返す。

 

 本当に嫌いだ!

 大嫌いだ!

 何なんだよ!

 

 あくあからの素直な謝罪がフブキに怒りを募らせる。

 耐え難い怒りの感情が蓄積され、決壊間近まで迫る。

 

「もういいよ!」

 

 フブキは逃げるように沿岸を歩き始めた。

 

 なんで――!

 どうしてわざわざ謝りに来るの!

 素直に謝罪されたら、この怒りはどこに向けて発散すればいいの!

 結局、弱い自分を――弱かった自分を恨む事しか出来ないなら、謝ってほしくなかった!

 あくあの所為なんだと、責任転嫁したかった!

 最低な事だとしても、そっちの方が……ずっと楽だった……。

 

「フブキちゃん――」

「ごめん、ちょっと独りにさせて――」

 

 踏み込んだおかゆに怒気を抑えながら言い放った。

 伸ばしかけた手を震わせて、おかゆはその場に停止した。

 みるみるうちにフブキは遠ざかってゆく。

 そのままフブキは見えなくなった。

 

 

「……ごめんねおかゆ」

「んーん、あくあはちょっとしか悪くないよ」

「あり……がとう?」

 

 フブキが去った浜に座り込む2人。

 初めて横並びで時を過ごす。

 

「あくあは変わったね。昔と雰囲気が随分違うよ」

 

 言葉の節々に儚さと憂慮を交えておかゆは会話する。

 フブキが気がかりなおかゆ、が気掛かりなあくあ。

 

「うん、変わろうって、決めたから」

「そうなんだ」

 

 あくあは左隣に居るが、おかゆは定期的に右に視線を送る。

 

「おかゆもごめんね、その…………」

「2人の事?」

「うん……」

「いいよ、別に。僕はその考え、分かるから」

「…………」

 

 あくあの思想に理解を示す事は嬉しい。だが、残念な事に、その根拠が何であるのか、あくあは勘付いてしまった。

 

「ころさんと誰かが捕まって、それが嫌いな人や知らない人だったら、犠牲にしてでもころさんを助けたい、って思う」

 

 想いの対象がころねである事の究極の証明。

 あくあの中に小さな寂寥感が生まれた。

 

「ねぇ、あくあはどうして僕を好きなの?」

「ええ⁉︎ な、なんで、急に!」

 

 急なド直球の疑問に度肝を抜かれ、バクバクと心拍を上げる。

 

「僕はころさんが好きだなんて、ストーカーしてるなら知ってるでしょ」

「知ってる」

「ならなんで? 僕があくあを好きになる事は、天地がひっくり返るくらいの事だよ」

「それは関係無いよ。あてぃしがおかゆを好きなの。おかゆがあてぃしを嫌いにならない限り、好きだよ」

「じゃあ、嫌いになったら諦めてくれるの?」

「本心から嫌いになったら諦める」

「…………そっか、なら無理か」

「――――――⁉︎」

 

 最後まで意地悪を続けて、「じゃあきらーい」なんてふざけると想像した。

 が、それは不可能だと素直に認められた。

 赤裸々に語った時以上に顔面が紅潮する。

 

「話題変わるけど――あの時助けようとしてくれたの、あくあだよね」

「あの時――ぁ……んー? いつの話?」

「憶えてないならそれでもいいけどさ――ありがと」

 

 絶対に憶えている、と確信した顔だ。

 あくあが、あの事件を忘れるはずが無い。

 おかゆは俯き加減に謝礼を一言述べた。

 

「へへへ…………」

 

 紅潮を重ね、発熱したような顔色をしていた。

 あくあは鼻先を掻きながら、小さく笑いをこぼした。

 その手に嵌めた指輪の宝石が日差しを受けて煌めく。

 

「……それ、ずっとつけてたの?」

 

 視線を指輪に向ける。

 

「当たり前でしょ。おかゆに貰ったプレゼントなんだから」

 

 指輪を押し付けるように見せて胸を張る。

 人間性を成長させたあくあだが、おかゆに対する一途な思いは不変なようで、少し安心した。

 

 おかゆはゆっくりと腰を上げた。

 そして、お尻についた砂をぱんぱんと払う。

 

「あくあ、これからどうするの?」

「これから……」

「僕は船長たちと一緒に、2人を助けに行く」

「…………」

「もし、フブキちゃんに少しでも悪いと思ってるなら……来る? 一緒に」

「――――」

 

 この機を逃せば、あくあはまた数日ここに留まる事になる。

 家に帰れる訳ではないが、今なら、いい船に乗れる。しかも、おかゆ付き。

 勿論、その先は危険の伴う大海原の航海だが。

 

 少しでも、フブキに後ろめたい気持ちがあり、おかゆの助けになりたいと思うなら……。

 

「行く――」

「――じゃ、船長に聞かないとね」

「え、戻るの?」

「うん。フブキちゃんを追い掛けても、今は逆効果だろうから」

「――ん」

 

 2人で並んで丘を登り、いろは宅へ帰る。

 あくあはこっそりおかゆの手を掴む。

 

「それはダメ」

「むぅ……」

 

 物的距離と心的距離はある程度比例するらしいが、残念ながら今はまだおかゆとあくあの心的距離は遠いらしい。

 

 2人は話もそこそこに、いろはの家へと戻った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。