いろは宅を飛び出したフブキは、勢いよく丘を下り、砂浜へ降りた。
砂粒がキラキラと太陽光を反射する。
位置的には、停泊した砂浜とは丁度正反対の位置にあたる。
背後から別の足音が迫る。
おかゆ以外に、考えられなかった。
砂浜で拗ねたように足を抱えるフブキの隣に、同じ体勢で座った。
柔らかく、心地よい感触がお尻に伝わる。
寄せては返す波の音が、暖かい風を運んできた。
「もう少しだね」
「…………うん」
水平線の先を見つめるおかゆ。
フブキも顔を上げ、その先を見た。
海が眩く煌めく。
遠くで魚が跳ねた。
「次こそ、2人を取り返そう」
「うん」
砂浜に転がる、少し大きな石を見つめた。
「ねえフブキちゃん。2人を助けたら、今の船は降りちゃうの?」
「え?」
「夢は海賊って言ってたから、一応今でも夢はひとつ叶ってるでしょ」
「そう、だね」
フブキの子どもの頃の夢。
ひとつは海賊として海に出る。
これは今既に果たしている。
ではもうひとつはどうだろう?
「でも、4人で海に出るって夢は叶ってないでしょ? だから、船長に頼んで2人を入れてもらうのか、それとも4人で新しく海賊を始めるのか」
「うーん…………でも、2人とも、あんまし乗り気じゃ無かったし……」
「そんな事ないよ」
「へ?」
「きっと、そんな事ない」
「…………」
「次の作戦が上手くいったら、みんなでもう一度話してみよ?」
「……そうだね」
フブキもおかゆも、2人が、海賊に――フブキの夢に、どんな想いを抱いているのか、まだ知らない。
でも、おかゆは知っている。
あの時のミオの表情を。
あくあと出会って思い出した、あの時の繊細な記憶。
あの顔……きっとミオは、フブキの愛以上に、フブキが大好きだ。
それに、ミオが能力を得たのだって……。
「――あくあ、隠れてないで出てきなよ」
突如空気を破る。
フブキが振り返るタイミングに合わせて、あくあが能力を解いた。
初めて2人の目が合う。
「どうして分かったの?」
「居ると思ってカマかけたの」
「流石おかゆ」
外出前のあくあの様子とタイミングを見て、カマをかければ案の定いた。
悔しがる事もなく、あくあは苦笑した。
「ふん、おかゆんでも奪いに来たの」
「…………」
明からさまに刺々しい態度。
あくあは肯定も否定もせず、フブキの背中を見つめた。
「……ごめん、なさい」
不意にあくあから、謝罪の一言が切り出された。
おかゆは安堵気味にため息をひとつ。
対してフブキは、全身をわなわなと震わせた。
「おかゆを助けたくて、2人を逃したって言ったけど……ホントは、ちょっと嫉妬してた」
「……!」
「だから……逃した理由の中に、ちょっとだけ、悪気があったの。いつもおかゆの側で楽しそうにしてる3人が羨ましくて、悪い事、しちゃった」
「……!」
「ごめんなさい、謝ります……」
そう言って、2人を逃した事と、その理由を半分偽った事を謝罪した。
そして、45度ほど腰を曲げた。
「何のつもり――!」
「素直に謝ってるの。あてぃしだって、あなたは好きじゃないし、あの2人も好きじゃない、けど――」
珍しく背筋を伸ばし、真正面からフブキの目を見た。
「たとえ咄嗟の判断だったとしても、悪い事をした自覚はあるし、その被害はあなた達に及んでる。だからその分は、きちんと謝りに来たの」
「ぅ――く――――!」
あくあの凛々しい眼差しに、フブキは歯軋りを繰り返す。
本当に嫌いだ!
大嫌いだ!
何なんだよ!
あくあからの素直な謝罪がフブキに怒りを募らせる。
耐え難い怒りの感情が蓄積され、決壊間近まで迫る。
「もういいよ!」
フブキは逃げるように沿岸を歩き始めた。
なんで――!
どうしてわざわざ謝りに来るの!
素直に謝罪されたら、この怒りはどこに向けて発散すればいいの!
結局、弱い自分を――弱かった自分を恨む事しか出来ないなら、謝ってほしくなかった!
あくあの所為なんだと、責任転嫁したかった!
最低な事だとしても、そっちの方が……ずっと楽だった……。
「フブキちゃん――」
「ごめん、ちょっと独りにさせて――」
踏み込んだおかゆに怒気を抑えながら言い放った。
伸ばしかけた手を震わせて、おかゆはその場に停止した。
みるみるうちにフブキは遠ざかってゆく。
そのままフブキは見えなくなった。
「……ごめんねおかゆ」
「んーん、あくあはちょっとしか悪くないよ」
「あり……がとう?」
フブキが去った浜に座り込む2人。
初めて横並びで時を過ごす。
「あくあは変わったね。昔と雰囲気が随分違うよ」
言葉の節々に儚さと憂慮を交えておかゆは会話する。
フブキが気がかりなおかゆ、が気掛かりなあくあ。
「うん、変わろうって、決めたから」
「そうなんだ」
あくあは左隣に居るが、おかゆは定期的に右に視線を送る。
「おかゆもごめんね、その…………」
「2人の事?」
「うん……」
「いいよ、別に。僕はその考え、分かるから」
「…………」
あくあの思想に理解を示す事は嬉しい。だが、残念な事に、その根拠が何であるのか、あくあは勘付いてしまった。
「ころさんと誰かが捕まって、それが嫌いな人や知らない人だったら、犠牲にしてでもころさんを助けたい、って思う」
想いの対象がころねである事の究極の証明。
あくあの中に小さな寂寥感が生まれた。
「ねぇ、あくあはどうして僕を好きなの?」
「ええ⁉︎ な、なんで、急に!」
急なド直球の疑問に度肝を抜かれ、バクバクと心拍を上げる。
「僕はころさんが好きだなんて、ストーカーしてるなら知ってるでしょ」
「知ってる」
「ならなんで? 僕があくあを好きになる事は、天地がひっくり返るくらいの事だよ」
「それは関係無いよ。あてぃしがおかゆを好きなの。おかゆがあてぃしを嫌いにならない限り、好きだよ」
「じゃあ、嫌いになったら諦めてくれるの?」
「本心から嫌いになったら諦める」
「…………そっか、なら無理か」
「――――――⁉︎」
最後まで意地悪を続けて、「じゃあきらーい」なんてふざけると想像した。
が、それは不可能だと素直に認められた。
赤裸々に語った時以上に顔面が紅潮する。
「話題変わるけど――あの時助けようとしてくれたの、あくあだよね」
「あの時――ぁ……んー? いつの話?」
「憶えてないならそれでもいいけどさ――ありがと」
絶対に憶えている、と確信した顔だ。
あくあが、あの事件を忘れるはずが無い。
おかゆは俯き加減に謝礼を一言述べた。
「へへへ…………」
紅潮を重ね、発熱したような顔色をしていた。
あくあは鼻先を掻きながら、小さく笑いをこぼした。
その手に嵌めた指輪の宝石が日差しを受けて煌めく。
「……それ、ずっとつけてたの?」
視線を指輪に向ける。
「当たり前でしょ。おかゆに貰ったプレゼントなんだから」
指輪を押し付けるように見せて胸を張る。
人間性を成長させたあくあだが、おかゆに対する一途な思いは不変なようで、少し安心した。
おかゆはゆっくりと腰を上げた。
そして、お尻についた砂をぱんぱんと払う。
「あくあ、これからどうするの?」
「これから……」
「僕は船長たちと一緒に、2人を助けに行く」
「…………」
「もし、フブキちゃんに少しでも悪いと思ってるなら……来る? 一緒に」
「――――」
この機を逃せば、あくあはまた数日ここに留まる事になる。
家に帰れる訳ではないが、今なら、いい船に乗れる。しかも、おかゆ付き。
勿論、その先は危険の伴う大海原の航海だが。
少しでも、フブキに後ろめたい気持ちがあり、おかゆの助けになりたいと思うなら……。
「行く――」
「――じゃ、船長に聞かないとね」
「え、戻るの?」
「うん。フブキちゃんを追い掛けても、今は逆効果だろうから」
「――ん」
2人で並んで丘を登り、いろは宅へ帰る。
あくあはこっそりおかゆの手を掴む。
「それはダメ」
「むぅ……」
物的距離と心的距離はある程度比例するらしいが、残念ながら今はまだおかゆとあくあの心的距離は遠いらしい。
2人は話もそこそこに、いろはの家へと戻った。