あくあといろはの食事中は、重要な話題は控え、世間話を展開させた。
そして、食後になると再び剣幕な空気が漂い始める。
「いろはさんって、今無職?」
「まあ、そうでござるな」
「なら前職は何? わざわざ国を出るような仕事って、無くない?」
「それは秘密でござる」
「またか……」
秘密秘密と隠し事ばかり。
見知らぬ海賊相手に包み隠さず、とは行かないだろうが、色々不鮮明すぎる。
それこそ、今の一味の誰かと比較してもずば抜けて。
ポルカもトワも頭を抱えた。
しかしマリンはそれ以上に、ずっと前から気になる事がある。
この世界は、どう言うわけか、都合が良い。
悪魔の実は各メンバーに合わせてあるし、メンバーの組み合わせも、大抵が何らかのユニットを彷彿とさせる。
そして、一部の固有名詞もまた、意図があるように思えた。
それは、島の名前。
サクラカゼ、キャンディータウンと来て、次がイリス島?
何か意味があるはずだ。
「あのさ、船長ずぅーーっと気になってたんだけど、イリス島って、どう言う意味?」
「また突拍子もない……」
話題が大きくズラされ、ポルカは少し不満げに目を細めた。
「おかゆさん、知りません?」
「さあ……あくあ知ってる?」
「んーん、興味ないし」
「そっか」
「……フブキちゃんなら知ってるかも?」
「んー……知ってそう」
フブキは雑学などの知識を豊富に持ってる方だ。
自国の名前の由来なら、知っているやも?
「じゃあさ、『記憶の跡地』と『記しの島』って、何?」
「――!」
続いてこの2つ。
記しの島はポルカの日誌を見て知った。マリンが転移した時にいた島だ。
記憶の跡地は先日まで滞在していた島。
「この2箇所だけさ、命名が特殊じゃん? しかもどっちも無人島。まだ証拠は少ないけど、何かあるんじゃない?」
ホロメンと関連づけている分、マリンは不可解な点に他より早く気付ける。
「…………」
「記憶の跡地、記しの島、従属半島、魅惑の火山島」
「いろは?」
ポツリと呟いた。
何か、知っているようだ。
「有名な4つの無人島でござる」
「――?」
「あ、いや……従属半島は、ある意味無人じゃないでござるな」
「有名って、何かあんの?」
「各島は、どうやらそれぞれ『とある能力』と関わりがあるらしいです」
「とある能力……?」
「島が無人である意味や、関連する能力とか、各島に何が眠っているのかは、風真も知らないでござるが」
それだけを独り言のように呟くと、ケーキ作りに戻った。
マリンは顎に手を当て首を捻る。
真剣に物事を考えている表情。
「そう言えば、ポルカは何であの島知ってたん?」
「サクラカゼ過ごしてる時に、島の人に聞いたんだよ。自分がどの辺にいるかとか、知りたかったから」
「あーね……」
だから日誌に記せたわけだ。
そして、もう一つは、ぼたんか。
ぼたんは記憶の跡地の名前と所在地を知っていた。
アルメンドラの事もある。守秘義務を含め、何か知っていた事は間違いない。
……とすると、ルーナが態々探したと言う「チアチアの実」か?
もしくは、当時からルーナたちが詮索していた組織のトップの能力――
「洗脳の能力……」
島それぞれが能力と関係する、のなら、どちらも?
しかも、他に少なくとも2つは存在するのか。
「まずい……また不思議が増えちまった」
「ほんとだよ」
ここへ来て謎の数が爆増中。
ここからは謎を消化していきたいところ。
「んじゃトワ様」
「ん? トワ?」
「シエロソニードって、由来知ってる?」
「あー、知っとるよ。王に聞いてっから」
知っていた。
しかも、国王からの直々の伝聞。
信憑性は高い。
「シエロソニードは別言語らしくて、『国王の苗字』と『音楽の国』を象徴した名前」
「――――」
ドデカい情報が飛び出す予感に、固唾を飲んだのはマリンだけだった。
そもそも、トワの出身国が『音楽の国』だなんて、初耳だ。
いろはもケーキ作り片手間に耳を傾ける。
唯一あくあだけは、無関心だった。
「シエロは『天』、ソニードは『音』。シエロソニードで国王の苗字『天音』を表してんだ」
「あまね…………!」
名前だけだが、出てきた、ホロメンの気配。
ナイスだマリン。良い直感。
アルメンドラの次は、シエロソニードへ向かうと今決まった。
お前にも、会いに行くからな、かなた。
マリンはかなたの情報を得た事で、十分ご満悦。
この中にアルメンドラを知る者もいないため、名前の話はお終い。
パタン――
いろはがオーブンをかけ、ケーキ生地を熱し始めた。
「今火をかけたから、食べるまで1時間くらい掛かります」
「あ、おお、ありがと」
そう告げて、いろははつかつかと玄関口へ向かう。
側の棚から刀を一本取り出して、腰に携えると振り返る。
「ちょっと出てくるから、火元だけ注意しててもらえますか?」
「いいっすけど、どちらまで?」
カチャッと、軽く刃をちらつかせ、刀身の反射光を確認する。
「ちょっとお散歩へ」
つまり、内緒、と。
客人を残して、家主が家を離れていった。
「気になる……」
「なら追えば?」
「いやだって、刀持ってったし……なんかジャキンジャキンされそう」
「はぁ……」
「あくたんが追えばバレないんじゃない?」
名案だと胸を張ってみこが右手を挙げた。
「いやよ、興味無いもん」
「えー」
「それに、あの人凄いからあてぃしでもバレるよ」
「うせやん……」
まさか、覇気使い⁉︎
と、マリンの脳にあの単語が過るが、この世界に「覇気は無い」。
「いるもんだなぁ、世界には化け物たちが」
*****
家を出ると、いろはは真っ直ぐ丘を下る。
浜まで下ると、海辺を歩き「印」を探す。
「……?」
その途中で、人の気配を感知した。
浜辺で縮こまってひっそりと泣いている少女がいた。
気配を殺して通り過ぎたいが、奇しくもそこに印がある。
いろはは足音を立てて歩み寄った。
「っ――誰?」
数メートルまで距離を詰めると、フブキはようやくいろはの存在に気付き、涙を大急ぎで拭った。
その反応をしっかりと確認して、いろはは更に距離を詰め、声を掛ける。
「……フブキちゃんも、海賊なんでござるよな?」
「いろはさんか…………」
正体をその目で確認し、安堵した。
今の姿を、一味には見られたくなかったから。
でも、それと同時に、質問には嫌悪感を見せる。
「マリンさんも、仲間のみんなもそうだけど、どうして海賊なんてやってるでござるか?」
首は傾げず、視線も真っ直ぐ。
人に物を尋ねている様子には見えない。
「私たちが海賊やってたら……悪い?」
「……」
答えにならない返答に、いろはは嘆息した。
「自意識過剰でござるな」
「っ――」
「海賊をやってる理由を聞いただけなのに」
「そんな顔じゃなかったじゃん」
「本当にそう思ったなら、やっぱり自意識過剰でござるよ」
人当たり悪く、いろははフブキを印の傍から追いやる。
「もっと良い人かと思ってたよ」
「海賊でしょ? 邪険にされて当然だと思うけど」
「……」
「ま、どうでもいいでござるが」
「――」
「それより、早く戻って帰る準備でもしてほしいでござるよ」
「帰る準備?」
「風真をしつこく勧誘するから、ケーキ食べて諦めてって言ったの。で、今焼いてる途中」
「――」
「人の家に何時迄も滞在されると困るんでござるよ。だから、食べたら帰って」
捲し立てるようにフブキを押し返そうとする。
それどころか、一味全員までも邪魔だと言い始めた。
初対面の印象とはまるで違う。
今でも、その穏やかな姿勢からは信じ難いギャップ。
「……」
「泣いてた事、黙っててあげるから」
「…………分かった。けど――」
「――?」
「それ……右の掌」
偶然視界に入った、右手のひらに記された文字。
いろはは一瞬隠すようなモーションを見せたが、今更と考え直し、その手を見つめた。
「ただのメモでござる」
右手を突き出してその一文字を見せつける。
手のひらに、ただ一文字記された「N」という字を。
「……そう」
「ほら、早く戻って」
「ぇ……?」
「――! 早く戻って!」
「は、はい!」
先程まで辛辣な態度を貫いていたいろはの語気が突然和らぎ、フブキは面食らった。
その様子を見て先までの自分の態度を思い返し、取り繕うように下手に怒鳴った。
フブキはそそくさと退散する。
それまで思い悩んでいた事も一瞬忘れて、浜を周り、丘を駆け上っていった。
「……よっしょ、と」
いろははフブキを見送ると目印の付近に刀を通し、地面を切り開いた。
そこから通路が現れる。
中へ入ると、どういう訳か、地面は元通りに閉じて、その痕跡すら消してしまった――。
そして、ケーキが焼けるまで、いろはは戻って来なかった……。