時は少し遡り、奇襲作戦会議前の事。
「船長――」
「このタイミングでの呼び出し。要件は分かってますよ」
もう間も無く戦いが始まる。
その緊張の最中、おかゆからの呼び出し。
理由は一つだ。
マリンは一つの木箱をおかゆに手渡す。
「悪魔の実……食べるんですね」
「うん」
慎重に木箱を受け取り、徐ろに蓋を開けると、紫色の禍々しい果実が顔を覗かせた。
見た目から、美味しくはなさそう。
でも、この禍々しさ――強そう。
「美味しくないんで、一思いに食べて飲み込んじゃって下さいな」
長時間の咀嚼はお勧めしない。
能力者であるマリンからのアドバイス。
小さく頷くと、最後の決心なのか、一度息を呑む。
そして、一口で食べきれないそれを、何度も齧り、一気に口に押し込む。
グシャグシャと音が鳴り、おかゆがその不味さに悶絶する。
吐きたいけど、飲み込んだ。
「――――」
やはり、すぐさま変化は見られない。
だが間も無く、何かしらの違和感を得るはずだ。
「これで、一味は晴れて能力者集団かぁ」
海に生きる?女として、海に入れないことは口惜しい。
ホロライブサマーも、この世界では到底開催できないだろう。
「船長……」
「はい、なんです?」
「……僕がこれ食べた事、皆には――特にフブキちゃんには言わないで」
「――? いいですけど、すぐ分かる事ですよ?」
「……そうなんだけど……せめて僕から言いたいの」
「そうですか? じゃあ何も言いませんよ」
2人にもきっと、色々あるのだろう。
2人の関係は深掘りせず、マリンは快く承諾し、そのまま部屋を出た。
「――――あ」
おかゆは、自室で静かに笑った。
*****
そして、時は今へと戻る――
船を停めた浜へ帰り着いたフブキとおかゆ。
透明の船はすぐには目につかない。
代わりに、到底無関係とは思えない1人の人影を見る。
「……あの人は!」
「――おかゆん?」
両者、互いの存在に気付いた。
そしておかゆは、その容姿に見覚えがある。
あの日、こんな浜で、おかゆ達は捕まった。
その時、おかゆを追って来た人。名前は覚えてない。
「やっほー、1年ぶり? 待ってたよー」
相手は気さくに話しかけてくるが、おかゆとフブキには緊張感と焦燥感が同時に走り、まともに話せる余裕はない。
「1年ぶり……って、どう言う……」
「敵だよ。1年前に僕たちを襲った」
「――」
「凄いパワーだから、気を付けて」
「ん、分かった」
おかゆはその目で見た事がある。
目の前の人が――アキ・ローゼンタールが、爆発的な跳躍と、空中での切り返しを行う瞬間を。
あれは、人間の為せる技ではない。
増強型の能力。しかも超特化、と推察する。
少しの時間を経て、フブキはアキロゼの不自然な一言を問い返した。
「――? 待ってた……?」
「そうだよ。待ってたの。2人が戻ってくるのを」
「「――――」」
フブキが視線で強く警鐘を鳴らす。
おかゆとアイコンタクトである可能性を共有した。
「AZKiちゃんがね、どうしてもフブキちゃんの能力が欲しいんだって」
「私の……?」
奇しくも一度手放した能力。
この機に乗じて、フブキを再び自陣へと引き込む腹積りなのか。
……つまり、この島には今――AZKiがいる、のか?
「どうして私なんかを……」
「…………」
敵の弱点や好き嫌いを知る事ができる能力。
他人が欲するほどの強能力とは思えない。
現に、フブキはここまで何もできずに悔やみ続けている。
「理由は私も聞いてないけど、任意同行してくれたら嬉しいな」
「……断ったら?」
「仕方ないけど、ちょっと手荒に連れて行くよ」
最後通告ともなる答えにフブキとおかゆは身震いした。
サシでは確実に勝てない相手だろう。2対1でも、ほぼ戦闘未経験な2人では正直戦力は心許ない。
「フブキちゃん、逃げた方が……」
「ダメだよ。船だってあるし、逃げ切れる気がしない。それに、2対1なら、あるいは……」
逃げる選択を提案するおかゆを、フブキが突っぱねる。
勝つ見込みがあるならそれも戦うもアリだが……。
フブキが戦う理由は理性に頼った選択ではない。
プライドだ。
捕まれば、再び洗脳に掛けられるだろう。
その危険性を天秤にかけても、プライドが勝る。
少しずつ、少しずつ、フブキの心の黒い澱みが……。
「私だって……やれるんだから……!」
武器も持たない、能力だって弱点を見るだけ。
「じゃあ、3秒あげる。逃げるか、戦うか、選んでね」
距離にして30メートル。
大きな声を張り上げて、敵――アキロゼが指を3本立てた。
1秒後、薬指が曲げられる。
更に1秒後、中指が――
「倒す!」
フブキがおかゆの静止も無視して砂を強く蹴った。
姿勢を低くして距離を詰める。
5メートル進むと中指が見えなくなっていた。
11メートル進むと人差し指も消えた。
20メートル進むと――
「――⁉︎」
アキロゼが消えた。
アキロゼが居たはずの砂浜から砂が舞い、風がフブキを正面から襲う。
目に砂が入って痛い。
両目を塞ぎ、手で何度も強く擦った。
まさか目眩し?
そんな姑息な手を使うのか?
「…………」
「…………」
波の音が心地よい。
「――!」
目が開いた。
フブキは正面を確認するが、人はいない。
背後を確認すると、アキロゼの背中が見えた。
アキロゼで丁度隠れているが、奥にはおかゆもいる。
2人が無言で見詰め合っている……のか?
「ぁ……」
おかゆが小さく喉を鳴らした。
「おかゆん!」
おかゆは、人と戦う怖さを目の当たりにした。
強いとか、弱いとか……関係ない。
おかゆは、こんな状況が、もう怖いんだ。
殴られたら……痛いかな。
捕まったら……何されるかな。
やっぱり……怖いや。
「100Nパンチ」
アキロゼの右腕が、消滅するかの如く振り抜かれ、おかゆの腹を穿つ。
そう、穿つ。
おかゆの土手っ腹に大穴が空いた。
駆け寄っていたフブキにも、見えた。
ダメだ、あんな大穴――
「……ぇ?」
「へぇ……」
「ぁぁ…………」
おかゆは恐怖で震え続ける。
大きな穴は、暫くそのままだったが、突如グチュグチュと音を立てて再生を始めた。
怯えるおかゆ。
不敵に笑うアキロゼ。
……戦慄くフブキ。
フブキもアキロゼも、能力者は何人か見て来た、が――これは初めて。
こよりのマヨネーズとは違う。
そう、自然の力を持ち、無実体と化す、ロギア種。
ドロドロの実の泥人間。
おかゆが食べて、得た力は、覇気のないこの世界では重宝されて然るべき能力だった。
「これはダークホース」
アキロゼが高く飛んだ。
林の木々の数倍高く。
「アップ・L・フォール!」
天が爆発するように空を蹴り、アキロゼが真っ逆様におかゆへ。
「おか――!」
フブキの声は、アキロゼの攻撃音に上書きされる。
「ぅぐっ――!」
凄まじい嵐のような爆風が、砂を乗せて辺りに吹き荒ぶ。
そんな爆音に紛れて、びちゃびちゃびちゃ、と泥が飛散したような音も聞こえた。
5秒かけて収束する風。
フブキが再び目を開けば、おかゆの姿はない。
だが周囲には大量の泥はねが……。
「……!」
その泥が蠢き、フブキの足元へにじり寄って、大きく大きく成長して、やがて人としての形を再生させた。
フブキの耳元でグチャグチャとなる音が、泥のようだ。
「ふ……フブキちゃん……」
打撃は全て無効。
傷一つなく、服すらも綺麗に再生される能力。
怯える要素なんて無いのに、おかゆは戦いに消極的。
自分が再形成されると、フブキの後ろへ身を隠した。
「おかゆん……」
友達のはずなのに、行動が一切理解できない。
攻撃が効かないのだから、勝てずとも負けない。
戦えばいいのに。
「おかゆん、その能力……」
「う、うん……言おうと思ってたんだけど、あの果実食べたの」
「そう、なんだ……なんて能力?」
「ドロドロの実。見た通り泥泥、なんだけど……」
「――?」
「僕、どうしたらいい⁉︎」
能力は得たが自分の意思で動けない。
フブキからの指示さえあれば、その通り動く。
何か、命令が欲しい。
「…………っ」
フブキは背後のおかゆを一瞥し、アキロゼに向き直る。
目を細めた後、目を伏せ、そして唇を噛んだ。
少し、切れて、舌から血の味がする。
……。
弱点はもう見た。
今のおかゆなら、上手くやってくれるだろう。
…………。
――畜生!
何をしに、海に出たんだよ!
バカ!
「――! よく聞いて。理由は知らないけど、あの人の弱点は無形物や壊れやすい物での攻撃。できれば物量勝負がいい」
邪念を押し殺して、フブキはおかゆに耳打ちする。
それをアキロゼは笑って見逃している。
フブキの能力は当然知っているわけだが、知らないことが一つある。
それは、おかゆの能力などでも無く、自分の弱点。
フブキの能力で弱点がバレれば、それを突いてくる。
アキロゼは、自分が負けない為に、今この場で自分の弱点を知りたい。
実態こそあるが、アキロゼだって大抵の攻撃は無視できる。
弱点がバレれば負け、なんてルールは存在しないのだから。
「無形物で物量? 物量は何とかなるけど……どうかな」
「とにかくやってみよう」
アキロゼが体を大の字に開いて攻撃を望む。
「いつでもいいよ」
心境を明かさないアキロゼ。
フブキは舐められていると感じた。
その鼻っ柱をへし折ってやりたくなった。
それを行うのが、自分でない事が悔しい。
「すぅーー……」
おかゆが大きく息を吸う。
攻撃の、予備動作か?
胸を張り、少しお腹が膨らんだ。
「ドロドロ・マシンガンしんどろーむ」
口から大量の泥が放出された。
水分を極限まで減らして固めた泥団子が、弾丸のようにアキロゼを襲う。
無作為に放たれる泥の銃弾は、どれが命中するかおかゆにも分からない。
さて、どうなるか――
「……?」
「あれ、当たってる?」
アキロゼの正面付近で泥が破裂しているが、アキロゼへのダメージは見受けられない。
「――ああ、そういう事ね。確かに弱点だよ」
これだけで、アキロゼは弱点を自覚した。
数量、ランダム化、結合の弱さ。
泥であるからこそ、体が汚れる程度で済む。
これはいい情報が得られた。
「当たってない。全部弾かれてるみたい」
「増強型じゃないの?」
「違う……みたいだね」
パワフル且つワイルドな攻撃手法から予測した能力だが、的外れだったようだ。
今の現象は、腕力とは一切の関連がない。
「フブキちゃん、本当にいい能力だね。折角だから、弱点を教えてくれたお礼に私の能力も教えてあげるよ」
全身の所々に付着した泥は意に介さず、アキロゼは屈んで少し大きめの石を拾った。
それを握り、投石の構え。
「私はムキムキの実のベクトル自在人間」
「ベクトル……」
「自分と無機物に働くベクトルを自在に操作できる能力」
ビュン、とアキロゼが小石を投げると、猛スピードでおかゆの左腕を貫いた。
おかゆの左腕に穴が空け、石は海の上を10回ほど跳ねて沈んだ。
左腕は何事もないかのように再生する。
「こんな風に、無機物なら触ってなくても操作できるよ」
海に沈んだ石が、先ほどの軌道なぞってアキロゼの右手に戻って来た。
まるでサイコキネシスのような使い方。
「じゃあ、攻撃が当たらない理由は、簡単に言えば反射……」
「そうか……方向を変えてるんだ」
それなら、無形物に弱い理由も説明がつく。
形が無いと、ベクトルの操作が難しい。
そして物量も、操作限界に関係があるのだろう。
なら、脆い物が効く理由は?
おかゆの泥銃を見れば明確。
例えばガラスが正面から飛んできて、その方向を突然右向きに変更すれば、壁に衝突したような振動が物質に働き、割れる。
割れてしまえば、破片一つ一つに操作の意識を割かなければならない。
だがそれは物量的に無理。
様々な行動を起こし、その試行の上で相手の弱点を探る事が戦いの基本。
だが、フブキの能力はそれを省いて一撃目から敵の嫌がる攻撃を打てる。
確かにこの能力オンリーでは、使い難いが、誰かと共闘すれば、性能は格段に跳ね上がる。
「でも、能力を教えたって、もう遅いよね?」
「……?」
「フブキちゃん、貰っちゃうよ」
アキロゼが全身を屈ませて、飛び出す体勢を取った。
またあの速度で動かれたら、目で追えないし、逃げられない。
「ドロドロ・泥沼どーろ」
アキロゼの踏み込みに合わせて、おかゆは砂浜に手を付けた。
地に付けた右手を中心に、大地が泥へと飲まれるように侵食される、拡がってゆく。
アキロゼの足元まで泥が流れる。
が、お構いなしにアキロゼは真っ直ぐに飛び出す。
普通に踏み込めば泥の奥底へ全身が嵌り、抜け出せなくなるが、ベクトルを操るアキロゼには無意味。
泥を弾き飛ばしてアキロゼは空を進む。
そしてフブキを捕まえる。
「じゃあ、フブキちゃんは――」
おかゆとアキロゼと、あと1人しかいないから、アキロゼは掴んだ泥がフブキだと、錯覚していた。
「ドロドロ・ねんどろいど」
「これ――泥人形⁉︎」
アキロゼが捕まえた者は、フブキの形を似せて作られた土塊。
しかもその土塊はおかゆの制御下にある。
「ぶはっ! おかゆん! ばばばばばばば……」
泥沼の中へいつの間にかフブキが埋まっていた。
フブキをある程度泥に埋めて、泥人形と区別が付かないように立ち回った。
泥塗れになっても、許してね。
「わわわ、ごめん!」
息の続かないフブキが踠き始めたので、おかゆは急いで能力を解く。
あわやフブキを底なし沼に沈めるところだった。
泥沼から解放されたフブキは、泥塗れ。
マヨネーズに溺れたり、泥に溺れたり……なんて不憫な子。
「ううぅ…………」
フブキが涙を流すが、泥が目立って涙が見えない。
フブキには悪いが、今は構っていられない。我慢してね。
「ドロドロ・ノードロック」
視線を空へ移して意識を集中する。
動きが俊敏な事が何よりも厄介。
泥人形を破壊して泥をアキロゼに付着させる。
そして、その泥で四肢を覆う。
「私には意味ないね!」
右腕、左腕、右脚、左腕、と順に大きく振るって、纏った泥を勢いだけで吹き飛ばした。
もっと過激に顔を泥で埋めて仕舞えば、どうにかなったのか……。
でも、おかゆは、「そういう事」が苦手だ。
そもそも、戦う事が苦手だ。
今だって、フブキが居るからこそ、勇気を出して戦える。
誰かが側にいないと、きっと戦えない。
1人になった時、おかゆは……。
一丁前に技名まで考えて、自分の使い方を研究したが、やはり戦場に立った時の心境は変化しなかった。
でも……いや、だからこそ……フブキには自分の側から離れてほしくない。
ここは、おかゆの人生初の、頑張りどころ。
「フブキちゃんの序でに、おかゆちゃんも、連れてったら、喜ぶかな」
「フブキちゃんは、絶対に渡さない」
フブキ争奪戦は、もう少し続いた。
登場キャラ設定プロフィール8
「紫咲シオン」
能力……キズキズの実
能力名の由来……初代キッズ
出身……キャンディータウン
好きな物……勝ち、秘密基地、人助け
嫌いな物……負け、特訓、勉強
「桃鈴ねね」
能力……タオタオの実
能力名の由来……タオタオ星人
出身……キャンディータウン
好きな物……昆虫、勉強
嫌いな物……将来、夢、お化け