下らないダジャレを放ったかのように凍えた空気のまま、マリンとラミィは港へ到着した。
音楽の国なだけあって、道中には様々な楽器店、コンサート会場など、それらしい施設が散見された。
しかし、港となればさしもの音楽国であろうと、関連施設は無いに等しい。
30分置きに船着場に新たな船が到着しては、検問を受けている。
「……ここが1番人口の多いあくたん?」
「は?」
「もとい、港?」
「殴るよ、蹴るよ?」
本当に下らないダジャレで場を凍らせるマリンをストレートに脅す。
しかしマリンは靡かなかった。
「……港はここしか無い」
「え、そうなん?」
「入国制限ために検問を開いて、ここ以外から入国する存在はわためぇが即座に偵察、場合によってはその場で拘束になるの。あなた達みたいにね」
実例は自分自身だった。
非常に分かりやすい仕組みだが、強固な制度。
瞬間移動可能なわための存在あってこそな気もするが。
「なーるほど」
ぐるりと旋回。
さて、どう聞き込みをしようか。
「……それで、手掛かりは掴んでるんでしょ。早く証拠を引き出しに行けば」
思い悩むマリンを見透かして、ラミィからの力強い一言。
皮肉が効いている。
「え、ええ勿論!」
「……」
「ら、ラミィは……ほら、酒でも飲んでていいよ」
「――」
「ぎ、牛丼でも食べてたり……」
「……」
「マヨネーズでも吸ってたり……」
「――」
「ポテチでも食べてたり……」
「……」
記憶に新しいホロメンから適当に連想する。
「とにかく! 万事順調だから! ラミィはここで待ってて!」
どピューん、と風のように去っていった。
「――」
ラミィはいいお酒を探しに出かけた。
それから約3時間……。
聞き込みの成果はほぼ0と言っていいほど、有益な情報はなかった。
1つだけ分かった事と言えば、トワはかなたと仲が良かった事。
「到底あの事件が起こる関係ではなかった」と。
それは、マリンからすればトワの無罪の証明に強く貢献するのだが、証拠品としては一切価値がない。
そこから読み解ける事件の背景など、正直微塵もない。
手詰まり感が半端ない。
それでも、仲間のため、こよりのため、そしてかなた達のために、諦められない。
ラミィももう、どこにいるのやら分からないし……。
「ふぅ……よし! めげずに聞き込み続行!」
港で1人、気合を入れ直す。
適当に歩き始める。
「ぉぁ――――!」
突如呼吸器官に布を当てられ、全身を引っ張られた。
その力の前になす術なく、マリンは一瞬で路地裏へ引きずり込まれた。
路地裏で壁際に追いやられ、2人組の顔が目前に――!
声は出せない。
「――⁉︎」
声が出せない!
出させてくれない!
「強引で悪い、静かにな」
互いの顔を認識し合い、マリンが冷静になった事を確認すると、そっと布を口元から離した。
呼吸器官が平常に戻って酸素が普段通り供給される。
おかげで、2人の事を更に上手く脳内で処理できた。
マリンを誘い込んだ2人は――
「……スバル先輩、ちょこ先生」
指示された通り、マリンなりに声を抑えてその名を口にする。
嬉しさに紛れて、戸惑いもある。
だって……。
「おい、今この国はどうなってる」
「ぇ」
真っ先にスバルに質問を受けた。
頭が混乱しているのは、マリンだけでないらしい。
2人の眼差しに当てられ、益々混乱する……。
「スバル、落ち着いて……簡潔にでも順序立てて説明しないと」
理解力の高くないマリン。
それを見越してか、ちょこがスバルに冷静になるよう促した。
「ああ……そうだな」
スバルは大きく深呼吸する。
潮風が口内から体内を巡った。
「……早めに島を出たんだが、ルーナ姫が連れ去られた」
「――それ、実はこちらも確認しました」
「え⁉︎」
「AZKi先輩が我々の前に現れて、ルーナたんを見せつけてきたんですよ」
「クッソ、あいつら……挑発のつもりか」
静かに、と頼んだスバルが、ガンっと拳を壁に打ちつけた。
鈍い音が響き、スバルの右手が赤らむ。
「そ、それで、この国がどうってのは……」
「それなんだがよ。信じられん事に、かなたさんが敵船にいたんだよ」
「――⁉︎⁉︎⁉︎」
マリンの想定とは異なる方面からの証拠が飛び出す。
これはつまり、かなたが洗脳に掛かったことを意味する。
「海上で突然、一隻の船が接近してきて、甲板にかなたさんがいたんだ」
当時の事を想起して、スバルは眉を顰めた。
「船を寄せてかなたさんと会話してたら、突然ルーナ姫が攫われて、スバル達も攻撃を受けた」
「……そうだったんですか」
歯痒い思いが言葉の節々から滲み出る。
AZKiが言っていた通りだ。
ルーナの誘拐が目的だと。
かなたを支配下に置いた理由も、恐らくはルーナの気を引くためだ。
計画は、1年も前から、ずっと練られていたんだ……。
「攻撃のダメージで足止め喰らったけど、後を追おうとしたんだ。したら、今度はラプラスまでいなくなってて」
「え、ラプラス・ダークネスも連れてきてたの⁉︎」
「止めても聞かなかったのよ……」
……まあ、気持ちは分かる、か。
ねねとシオンが洗脳下にある事は、マリンが確認した。
ラプラスが出陣する理由は十分すぎる。
「……なるほど、大方は把握しました」
マリンは顎に手を当て、数秒唸ると、首肯した。
「それで、話を戻すが、この国はどうなってんだ? かなたさん、多分いないんだろ?」
「はい、1年ほど不在が続いてるそうで」
「1年⁉︎ 少なくとも半年前に、ルーナ姫宛に文書が届いてんのよ⁉︎」
ならばそれも、敵の策略だ。
相当根深いな。
「今は団長が仕切ってるって言ってました」
「団長……ノエルさんか?」
「はい」
「ノエルさん、なんか言ってたか?」
「それが……」
…………。
ノエルが洗脳の件を一切知らなかった事を説明して、その序でにマリン達の現状も報告した。
「マジかよ……それはまずいな……」
ルーナとマリンは洗脳討伐のため協力関係を結んだ。
そのルーナは敵に囚われ、マリン以外の一味は全員監獄送り。
更に、ルーナが予定していたシエロソニードの騎士団数名の助力も、今は望めない。
「ここへ来て検問受けた時はビックリしたけど……そのせいなのね……」
この取り締まり政策は、ノエル主導の下行われているのだろう。
王が不在の今、国内に不安因子を引き込めないから。
「……そ言えば、検問、どうやって突破したんです?」
「ああ、それは…………⁉︎」
「――――」
答えかけて、ピタリと手と口が止まる。
スバルとちょこは顔を見合わせて、以心伝心した。
「あるぞ、突破口!」
スバルが、ここに来て最も大きい声を上げた。
「え……え――⁉︎」
「これだよ! 覚えてねぇか? トワ様がやった事」
一つの紋章を象ったバッチ。
マリンはその紋様を見つめながら、いつの日かのトワの行動を振り返る。
…………。
そう言えば以前……マリンとポルカが捕まって……。
「あ!」
「思い出したか!」
「はい……職権濫用」
「そうだけど言い方!」
懐かしきあの頃。
まだ海賊駆け出しで、仲間もトワとポルカだけの頃。
確かにあの時、トワはシエロソニードのバッチで己の(偽りの)地位を証明して、2人を解放した。
「…………」
そう言えばあの時、できれば黙っときたかった、って言ってた。
それは、今変換すれば、極力を嘘をつきたくなかった、とも捉えられる。
「……まったく」
悪い悪魔だこと。
「マリン、騎士団の誰かと今すぐ話したい」
「分かりました。丁度この辺にラミィが居るはずなんで」
マリンは2人を連れて路地を出た。
正確な位置は把握していないが、この近辺にいる事は確かだ。
落ち合う予定だった場所へ戻りながら、ラミィの姿を探す。
しかし、予定地まで戻ってもいなかった。
「城へ直接行ったほうが早くない?」
「――いや、多分……」
マリンは近くの人に、この辺りでいい酒を売っている店はないか、と尋ねる。
心優しい一般人の案内のもと辿り着いたその店のお酒コーナーに、見慣れた後ろ姿の女性を発見。
「ラミィ!」
「――――」
遠方から呼び掛けると、敢えて焦らして振り向いた。
細められた目が、マリンの背後の存在を見て少し開いた。
「……誰?」
「あんたがラミィさんか?」
「そうだけど……」
2人に見覚えがない。
きっと、出会ったことがない。
「あたしは大空スバルっつって、キャンディータウンで騎士団の団長をやってるモンだ」
「――――‼︎」
「私は癒月ちょこ。同じく騎士団の教官をやってるの」
「火急の用があるんだ、ノエルさんのとこへ案内してくれ」
2人は迅速に身分証明を行い、要点だけを伝える。
ラミィの役職は知らないが、騎士団員なら対応は決まっている。
「……分かった。けど、案内する前に連絡させて」
「あ、ああ、早めに頼む」
ラミィは要求を飲むと、一度3人から距離を置き、通信機で連絡を取る。
そして3人の元に戻ると、城へと案内した。
マリンは、幸運にも仲間2人を連れて、再度城へと舞い戻る事に成功した。
*****
マリンが港で奮闘している頃、監獄でその他の一味とこよりは――。
「うっ……」
穴の空いた腹部を軽く押さえるポルカ。
触れると激しく痛む。それに悶えて、身体を捩れば更に痛む。
「大丈夫……?」
「っ……どうみても、だいじょばんだろ……」
一応定型として、フブキが聞くが、ポルカはグッタリと壁にもたれかかる。
そして、目覚めないもう2人の負傷者を一瞥した。
「っでぇ……」
何度も呻き声を上げて、ポルカは大きく息をついた。
みことあくあが起きない限り、治療できない。
意識が戻ったせいでクソ痛い。
早起きしただけ損した気分だ。
「複製で、どっちかをコピーできないの?」
「このダメージで、っ、体力持ってかれたから……人を複製する力は残っちゃいねぇな」
複製するためには体力そのものを回復する必要がある。
それには結局、どちらかの能力が必須だ。
「なあ、おい、看守……」
「――――」
「手当ぐらい、してくれよ」
「――――」
「せめて……包帯くらい」
檻の前に無言で佇む看守――あやめ。
頭だけ振り向いて、ギロリとポルカを睨む。
鬼の形相とはこの事か。
なんて冷徹な視線だ。
「放ってても死ぬ怪我じゃない。我慢して」
もう、振り向きもしなくなった。
「ったく……」
全身から汗が滲む。
確かに死にはしないが、少しずつ体力が奪われる。
座り続ける事すら、もうキツい。
「で……船長は?」
獄内に見当たらない我らの頭。
投獄に関しては、脳を整理すれば納得できるが、マリンの不在はどうにも不自然。
「私たちを解放するって言ってました」
「――?」
「交換条件を取り付けたんだって」
「――――また無謀な事してんだろうなぁ」
流石は副船長。
その交渉、マリンが圧倒的に不利だと、内容も聞かず察した。
条件その物に興味はない。どうでもいい。
それが実現可能か、が大切だな。
「期限とか、言ってた?」
「……翌日の17時までって」
獄内の見える範囲を見渡すが、時計はない。
「看守」
「15時27分」
「どぅも」
話は聞いているようだ。
下手な作戦会議は不可能か……。
ポルカは低い天井を見上げた。
ずるずると持たれた背中が、滑って、地面に転がった。
目を瞑る。
「トワ様」
「……ん?」
「ふぅ……話せよ、自分のこと」
隅で縮こまるトワに、語りかけた。
言葉の棘を最大限にまで削り取って。
「うん……ここまでされて、何も知らないのは……」
「僕たちも、さ……」
フブキとおかゆもきっと、気掛かりだったんだ。
でも、切り出せなかった。
こよりは無関心だし。
「わかるだろ。少なくとも船長は……トワ様の事、信じてんだから」
誰からの目にも明らかな事実。
マリンだけが今、檻の外で奮闘している。それが何よりの証拠。
他の仲間がトワを信頼しているか、なんて知らない。
でも、トワは、1人じゃない。
「……あたしは信じてる。って、言わないのかよ」
「それはポルカ自身じゃ……決められねぇし……」
自己評価を他人に押し付けられない。
行動で示すことができれば、早いのだが、生憎その機会が今はない。
それに、現在ポルカは、トワへの信頼度が定まっていない。
「いいから話せよ。冤罪ってのは、見てりゃ分かるから」
「…………」
トワはあやめを一瞥した。
常に背を向け、無関心を装っているが……。
ま、いっか……。
「……事件が起きるまでは、トワも、向こう側にいたんだ」
瞳の中であの日の満月が、あの日の炎が浮かび上がる。
あの悲劇の夜が……。
「今でも、分かってねぇことだらけで……」
残された謎も山ほどある。
それを今なら……。
こいつらも一緒に、悩んでくれるだろうか。
「うん、でも……そうだな」
「――?」
「確かあれは――」
トワは事件の夜の全てを話した。