ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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59話 大人たちの

 

 

 これは、今から2年ほど前――事件が起きる、約1年前のシエロソニード。

 

 

「かなたーん、準備できたよ」

「んー、もうちょっと待って、まだ仕事が……」

 

 王室で大量の書類に目を通し、サインをして、印鑑を押して……。

 かなたは忙しそうだ。

 

「入ってもいい?」

「うん、いいよ」

 

 王室の重たい扉を押し開き、ノエルが入室する。

 

「みんな待っとるよ?」

「分かってるけど! この仕事終わらせとかないと……」

 

 王であるかなたが「国を出る」ともなると、それ相応の負荷が掛かる。

 国を開ける日数分、仕事が溜まるのだから。

 

「船でやるとか」

「ダメ、失くしたら困るし」

 

 やる事はきっちりとやるタイプ。

 似合わないが、真面目に王様としての仕事はこなしているようだ。

 

「あと20……30分! あと30分で行くから」

「分かった。みんなにそう話しとく」

「ごめんね」

「んーん、じゃ、頑張って」

 

 ノエルが激励の言葉を残して退室した。

 かなたは「身を粉にして」仕事を進めた。

 

 30分後、結局仕事の全ては終わらなかった。

 だが、遠征期間中が締切のものは全て片付いた。

 帰国後は、再び忙しくなるが、心置きなく遠征へ出られる。

 

 かなたは王室を抜けて、階下ではなく屋上へ。今日は風向きが丁度いい。

 

「…………」

 

 かなたは風に乗って港まで身を運んだ。

 

 

 到着した港では、一隻の大きな船の前で、ノエルが立っていた。

 

「んっ……ふ……へっきしゅっ!」

 

 かなたの到着に合わせて、ノエルがくしゃみをした。

 じゅるる、と鼻を啜って、振り返る。

 

「もう、非常時以外はその移動しないって言っとったのに」

 

 完全に姿を形成せずとも、かなたであると分かる。

 ノエルは少しムズムズする鼻を擦って、かなたに近づき、軽く説教した。

 

「こ、これは非常事態なの!」

「他に人がいたら、大変な事になってたかもしれんよ」

「折角頑張って急いだのに――!」

「――ん、まあそれはお疲れさん」

 

 かなたが王で、ノエルは騎士団の団長。

 だが、この会話や身長などの体格差を見れば、親子のよう。

 因みにかなたが子で、ノエルが親。

 

「でもホント遅れてごめんよ……」

「誰も気にしちょらんけん」

「ん、ならよかった。じゃ、行こっか」

 

 かなたの到着により、予定時刻より35分遅れではあるが、シエロソニード騎士団数名と天音かなたの、遠征、出発!

 

 ――――――――――

 

 出港から間も無く、シエロソニードが肉眼で見えなくなると、ノエルとかなたはとある一室に入った。

 

「今回の遠征は、キャンディータウンまでだから、未開拓の島に行ったりはしないよ」

「そっか〜ちょっと残念」

 

 新たな冒険に期待していたノエルはほんの少し肩を落とした。

 シエロソニード騎士団は、偶に遠征と称して未開の地を探索して回っている。

 かなたが持つ能力は、その産物のひとつ。

 

「定期的に島には寄るけどね」

「うん……でも、本来の目的が違うけん、しょうがない」

 

 言い聞かせるように、ノエルは頷いた。

 

「そいえば、今回はルーナ姫にどんな要件なん?」

 

 ノエルが興味を覗かせた。

 

「ちょっと、色々とね」

「トップシークレット、ってことじゃね」

「ん、そんなとこ」

 

 ノエルが備え付けの給湯器を手に取り、水を入れた。

 

「お茶淹れるね」

「ありがと」

 

 かなたは席に着くと、真っ白の紙に、手書きで何かを記し始めた。

 多分、大事な事なので、ノエルは見ないように心がけた。

 

 5分ほどでお湯が沸く。

 

「緑茶? 紅茶?」

「紅茶で」

 

 紅茶のティーバッグをカップに落とし、それを湯で浸す。

 じわじわと、茶葉が香りを拡散させながら、湯に浸透する。

 立ち上る湯気が、紅茶の香りを運んできた。

 

「はい」

「てんきゅー」

 

 かなたに一杯、自分に一杯。

 同じ紅茶を淹れると、静かに船に揺られ、時を待つ。

 

 

「あ、そうそう」

「んー?」

 

 唐突にかなたが切り出した。

 一旦、ペンを置いて。

 

「見つけたまま手をつけてない能力が幾つかあるから、2人ほど、食べさせたい人を探しておいて」

「そっか、もうそんなに見つけたんじゃね」

「そうなんだよ」

 

 悪魔の実のストックについて。

 1人が複数は食べられないため、ノエルとかなた以外で誰に食べさせるか、この議論がいつまでも終わらない。

 ノエルは今後、食べることが決まっているので。

 

「売れば高いけど、換金するよりは、誰かが食べたほうがいいと思うし」

「そうじゃね」

 

 現在、この船には計5つの悪魔の実が積んである。

 乗船中の誰かが勝手に食べれば、それはそれでいいが、この中にそんな自分勝手な奴はいない。

 

「どれがなんて能力かはわかっちょる?」

「ぜーんぜん。情報もないし、見ても分かんないし」

 

 雫型、弾力のある物、三角形、四角形、電気っぽい形。

 それぞれ、見た目や感触の特徴は抜群だが、中身が何かは皆目見当もつかない。

 いや……。

 

「電気っぽい形のは、流石に電気系統の能力とは思うけど……」

 

 その他は全くだ。

 雫型は、一見すると水系統っぽいが、そんな形の果実は世にも珍しくない。

 

「僕は結構あたりだったからね」

 

 かなた自身の能力への感想はこの通り。

 

「日常生活に支障をきたしつつあるけどね」

 

 出発前の恨みだろうか、能力の被害を訴える。

 

「それはごめんだけどさぁ……でも、お陰で僕も戦えるし」

 

 と、筋力をアピールする。

 腕力は全く関係しない能力だが。

 

「だから後悔は無いよ」

 

 2人で笑い合った。

 普段から、こんな仲。

 主従関係としては珍しいが、かなたは仰々しい関係を嫌う節がある。

 だから、殆どの人と対等に接している。

 今後、新たな部下が増えようと、その関係は変わらない。

 

「……それじゃ、団長は他のみんなの様子見てくるね」

「うん、お願いするよ」

 

 ノエルは紅茶を飲み干すと、カップを流しにおいて、退室した。

 

「ふぅ……」

 

 かなたは紅茶を一口、含む。

 

「よし……!」

 

 紅茶の冷めぬうちに、ここでやるべき事を、済ませる。

 もう一度、かなたは文字と向き合った。

 

 

 

 数日かけて、航海を続け、一向はキャンディータウンに到着した。

 

「お待ちしておりました。かなた様」

 

 船着場で身を低くし、かなたにお辞儀して出迎えるは、当時のキャンディータウン団長――角巻わため。

 

「やめてよ、そんな硬い挨拶。かなたんでいいから」

「……?」

「それよりルーナは?」

「はい、現在はお城の方におられます」

「分かった」

 

 かなたの要望を呑まず、わためは硬いまま。

 仕方なくルーナの居場所を尋ねると、かなたは1人で城へ向かい始めた。

 

「あ、ちょっ――お待ちください」

「何回も来てるから案内は無くてもいいよ」

「ですが……」

 

 シエロソニードの王を城まで迎える事が、今わために与えられた任務。

 他国の王と自国の王(主人)、どちらの命を優先するべきか――。

 自国の王、ルーナだろう。

 

「いえ、姫の命なので、私が案内致します」

 

 今でこそ想像もできぬほど堅苦しい言葉遣い。

 結局わためは、かなたの前に立ち、先導した。

 

「ノエルちゃん」

「あいよ〜」

「ん、ん」

 

 斜め後方につくノエルを呼び寄せ、正面のわためを指差した。

 意図を察したノエルが、わための隣に並んだ。

 

「――?」

「ねぇ、あなた団長さん?」

 

 過去数回の来訪時、出迎えは必ず団長だった。

 だから、人が変わっていたとしたら、それは団長が変わった、って事。

 半年ほどの間に、団長が変わったようだ。

 

「あ、はい、名乗りそびれてました。キャンディータウン騎士団団長、角巻わためです」

 

 話し相手が対等になると、表情、態度、言葉遣いが幾分か解れた。

 振り返り、かなたに謝罪を述べようとしたが――

 

「ほんじゃぁ、わためちゃん。だんちょ――じゃなくて、ノエちゃんと美味しいお店探しに行こう」

「えぇ⁉︎ あ、あの! わため、まだ仕事の途中……」

「ほら、行くよ行くよ」

「えぇーー!!! あ、あぁーー!!」

 

 ノエルがわためを強引に引き摺って、美味しい料理店を探す旅に出た。

 

「楽しんできてね」

 

 ルーナに叱られる未来が見えたのか、わためは涙目でかなたに助けを求めた。

 でもこれは、かなたの差金である。

 ニコニコと手を振って見送った。

 

「さて」

 

 かなたは人差し指を立てて風向きを確認する。

 風に乗ると、来た道を逆戻りしそうだ。

 歩くしかない。

 

 半年経っても変わらぬ淡い色の街並みを眺めながら、かなたは城への道を1人ゆく。

 鼻歌を歌いながら。

 

 てってってってっ……。

 

 駆ける音が聞こえる。

 

「うわっ!」

「――!」

 

 かなたの前に突如、1人の少女が。

 衝突したわけではない。

 かなたの目の前で転び、かけて……見事な宙返りを披露した。

 

「おおー」

 

 拍手!

 

「――?」

 

 少女と目が合う。

 どうしたの?と、口を開きかけたが――

 

「偉い人?」

 

 と、つぶらな瞳で首を傾げられた。

 何故か一瞬、面食らってしまった。

 

「え……どうして?」

 

 つい、質問返ししてしまった。

 そしてついでに――かわいい。

 

「えー……なんとなく……」

「…………」

 

 答えに悩んだ。

 本当に、何故だろう……。

 

「あ、急がなきゃ……バイバイ」

 

 この場で浪費した時間は30秒から1分ほど。

 それでもこれからの予定を狂わせる遅延なのか、少女は駆け足で去って行った。

 

「……」

 

 口を曲げて、何かを思うかなた。

 

「あ、名前聞いとけばよかった……」

 

 少女が姿を消してから思い至る。

 手遅れなので、諦めて城へ向かう足を進め直した。

 

 

 

          *****

 

 

 

 王室で作業を進めるルーナ。

 今日は、かなたが来島する予定日だが、正確な時間までは把握しきれていない。

 だから、交代の見張りを立て、かなたが来たら、わために連れてくるよう指示した。

 

 わためがかなたを連れてくるまで、ルーナは黙々と作業を進める。

 

 朝から相当の時間、室内に篭って書類に目を通したりしていた。

 ここまで根が張ったのは久しぶり。

 

「ふー……んっ……んなぁ……」

 

 座り疲れたルーナは、一度席を立ち大きく伸びをした。

 折角のせくしーぼいすが、誰も耳にする事なく室内で完結してしまう。

 

 ちらりと港に目をやる。

 船に刻まれた紋章までは流石に見えないので、かなたの船が来ても分からないが、幾つか船が止まっていた。

 もうかなたは、この島にいるだろうか?

 ここへ、向かっているだろうか?

 

 がちゃり――

 

「――‼︎」

 

 唐突に開く扉。

 爆速の反射で入り口に目を向け、能力を発動させる。

 

「僕だよルーナ、そんな怖い顔しないで」

「…………」

 

 そっと能力を解いた。

 その間で、かなたは扉を閉める。

 

「わためちゃはどこだよぉ」

「団長同士で遊びに行った」

「また勝手な事して……」

 

 かなたはよく、ルーナの部下に妙なことを吹き込む。

 本来この王室への侵入は、何人も許可されない。

 それを無作法に、黙って出入りするのは、きっとかなただけ。

 このドッキリをするためだけに、わためを引き剥がしたのかも。

 

「まあまあ、そんな事言わずに、ほら座って座って」

 

 豪華なベッドに腰を下ろして、かなたは催促した。

 

「んなたんの部屋なのらけど――!」

 

 もぅっ、と怒ったフリをして、ルーナは椅子に座り込んだ。

 

「それで? ただ遊びに来たってわけじゃないでしょ?」

「いやいや、ルーナに会いたくて来たんだって」

「絶対うそ! 分かるんだから、そんなの」

 

 ルーナには見透かされている――と言うわけでもない。

 隠す気もなく、ジョークとしてだ。

 コレは挨拶がわりの茶番。

 

「ルーナは僕のこと好きだからね、会ってあげようと思って」

 

 かなたは立ち上がり、微笑みながらルーナの席に歩み寄る。

 

「あーまーねーちゃ。誤魔化して――ないで」

 

 一枚の手紙を渡された。

 ラブレターのような封がされている。

 

「実はルーナに頼み事があってさ」

 

 手紙を受け取ったが、それとは別の話題に入った。

 

「僕たちが今までの遠征で見つけたうち、2つの能力をこの国におきたくてさ」

「能力……? 何と何?」

「それは分かんないけど」

 

 今は手元にないので、許可が降りれば至急船から移送する。

 

「一つはルーナにあげる」

「ルーナはもう能力者だけど」

「だから、あげたい人にあげて」

「んー……じゃあもう一つは?」

「それは保険。本当に緊急時の備蓄としてね」

「――?」

 

 かなたの様子に違和感を覚える。

 何やら妙なことに、手をつけ始めたのか……。

 

「ねえ、色々城とか見て回ってい?」

「え、あ、うん」

「じゃあ、しばらくしたら戻ってくるね」

 

 かなたは早々に退室した。

 

「――――」

 

 嵐のように来て、去って行った。

 ルーナはキョロキョロと見回して、席に着くと「ラブレター」を開封した。

 そこには、今回とそれまでの遠征の意味の全てが綴られていた。

 

『ごめんだけど様々な可能性を考慮して、これは手紙として記すよ』

 

『僕は数度の遠征で、4大能力に関する情報を集めて回ってた。これは、団長を含めて、誰も知らない本当の目的』

 

『改竄、記録、洗脳、魅惑。コレらが4大能力と称され、それぞれ、記憶の跡地、記しの島、従属半島、魅惑の火山島と大きな関係がある事が分かった』

 

『これら4つの能力は悪人に渡れば世界のバランスが崩れ兼ねない。だからその収集と能力者の保護を検討してる』

 

『改竄と魅惑は、現在、所在不明となっているらしい。だけど記録と洗脳は、何者かが既にその能力を得ている。今回特筆するのは、この記録と洗脳について』

 

『洗脳の能力は恐らく名前通りの能力。記録は、どんな能力かわからない』

 

『洗脳も記録も、それぞれがある組織を作っているらしいから、まずはそこから探ってみようと思う。けど、その能力で僕がどうなるかは分からない。だからもし、突然連絡が途絶えた場合は察してほしい。危険だけど、早めに動かないと、洗脳が幅を利かせて掌握されてしまうかもしれないから』

 

『保険としてこの情報を渡して、気休め程度だけど、能力も預けさせてほしい。僕はこの情報をあと1人、誰か最も信頼できる存在にのみ、伝えようと思うから、そっちも信頼できる人間だけにこの情報を共有して、協力してほしい』

 

『そして記録についてだけど、これは本当に情報が少ない。調べる中で一つ分かったことは、過去に記録の能力者がとある一味と衝突している事。もしその名を聞く事があれば「ゼロ海賊団」は、何か大きな情報を握っている可能性が高いから、十分注意して接触を図ってほしい』

 

『どれも不鮮明な情報でごめん。でも不鮮明だからこそ、1人じゃどうにもならなくて、頼ることにしたの。危険のない程度で助力を頼みたい』

 

『それと、この手紙は必要なくなれば燃やして、痕跡を消すように。僕に万が一があった時、この手紙は飛び火の種になってしまうから』

 

『もし、聞きたい事があれば、このことは文章にして、他人を経由せずに直接渡してね――S→T』

 

 暗号化された宛先まで読み終えると、強く背凭れに体重を乗せた。

 高級な椅子が、軽く軋んだ。

 

「なんとも……」

 

 ぶっ飛んだ内容が長々と綴られていて、少々眩暈がした。

 普段の書類の方が、分量は多いが、慣れた内容を扱っているため、幾分か負荷が軽い。

 

 ただ、非常に飛躍したような文だが、一切の疑心を抱かない。

 かなたからの伝言は、確実にルーナの元へと届いた。

 

 わためとノエルを弾いたのも、一旦王室を後にしたのも、このためか。

 手の込んだイタズラなら、有難いのに、まったく……。

 

 互いの名前も明記せず、何処から何処宛であるかも、暗号化。

 随分と用心深い。

 用心深すぎるくらい。

 

「でも……」

 

 そうだな、これは要検討。

 かなたへの助力自体は検討の余地もなく決定事項とする。

 問題は、情報を共有する仲間だ。

 やはり、団長のわためか?

 それとも……別の誰か。

 

「…………」

 

 いや、そもそも、1人である必要はないし、逆に誰かに言う義務もない。

 これに関しては、もう少し悩む時間がある。

 今は何より、かなたへ聞くべきことを聞かねばならない。

 

 かなたがここへ戻るまでに、とルーナは早急に紙とペンを取り、綴るべき言葉を綴った。

 

 

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