これは、今から2年ほど前――事件が起きる、約1年前のシエロソニード。
「かなたーん、準備できたよ」
「んー、もうちょっと待って、まだ仕事が……」
王室で大量の書類に目を通し、サインをして、印鑑を押して……。
かなたは忙しそうだ。
「入ってもいい?」
「うん、いいよ」
王室の重たい扉を押し開き、ノエルが入室する。
「みんな待っとるよ?」
「分かってるけど! この仕事終わらせとかないと……」
王であるかなたが「国を出る」ともなると、それ相応の負荷が掛かる。
国を開ける日数分、仕事が溜まるのだから。
「船でやるとか」
「ダメ、失くしたら困るし」
やる事はきっちりとやるタイプ。
似合わないが、真面目に王様としての仕事はこなしているようだ。
「あと20……30分! あと30分で行くから」
「分かった。みんなにそう話しとく」
「ごめんね」
「んーん、じゃ、頑張って」
ノエルが激励の言葉を残して退室した。
かなたは「身を粉にして」仕事を進めた。
30分後、結局仕事の全ては終わらなかった。
だが、遠征期間中が締切のものは全て片付いた。
帰国後は、再び忙しくなるが、心置きなく遠征へ出られる。
かなたは王室を抜けて、階下ではなく屋上へ。今日は風向きが丁度いい。
「…………」
かなたは風に乗って港まで身を運んだ。
到着した港では、一隻の大きな船の前で、ノエルが立っていた。
「んっ……ふ……へっきしゅっ!」
かなたの到着に合わせて、ノエルがくしゃみをした。
じゅるる、と鼻を啜って、振り返る。
「もう、非常時以外はその移動しないって言っとったのに」
完全に姿を形成せずとも、かなたであると分かる。
ノエルは少しムズムズする鼻を擦って、かなたに近づき、軽く説教した。
「こ、これは非常事態なの!」
「他に人がいたら、大変な事になってたかもしれんよ」
「折角頑張って急いだのに――!」
「――ん、まあそれはお疲れさん」
かなたが王で、ノエルは騎士団の団長。
だが、この会話や身長などの体格差を見れば、親子のよう。
因みにかなたが子で、ノエルが親。
「でもホント遅れてごめんよ……」
「誰も気にしちょらんけん」
「ん、ならよかった。じゃ、行こっか」
かなたの到着により、予定時刻より35分遅れではあるが、シエロソニード騎士団数名と天音かなたの、遠征、出発!
――――――――――
出港から間も無く、シエロソニードが肉眼で見えなくなると、ノエルとかなたはとある一室に入った。
「今回の遠征は、キャンディータウンまでだから、未開拓の島に行ったりはしないよ」
「そっか〜ちょっと残念」
新たな冒険に期待していたノエルはほんの少し肩を落とした。
シエロソニード騎士団は、偶に遠征と称して未開の地を探索して回っている。
かなたが持つ能力は、その産物のひとつ。
「定期的に島には寄るけどね」
「うん……でも、本来の目的が違うけん、しょうがない」
言い聞かせるように、ノエルは頷いた。
「そいえば、今回はルーナ姫にどんな要件なん?」
ノエルが興味を覗かせた。
「ちょっと、色々とね」
「トップシークレット、ってことじゃね」
「ん、そんなとこ」
ノエルが備え付けの給湯器を手に取り、水を入れた。
「お茶淹れるね」
「ありがと」
かなたは席に着くと、真っ白の紙に、手書きで何かを記し始めた。
多分、大事な事なので、ノエルは見ないように心がけた。
5分ほどでお湯が沸く。
「緑茶? 紅茶?」
「紅茶で」
紅茶のティーバッグをカップに落とし、それを湯で浸す。
じわじわと、茶葉が香りを拡散させながら、湯に浸透する。
立ち上る湯気が、紅茶の香りを運んできた。
「はい」
「てんきゅー」
かなたに一杯、自分に一杯。
同じ紅茶を淹れると、静かに船に揺られ、時を待つ。
「あ、そうそう」
「んー?」
唐突にかなたが切り出した。
一旦、ペンを置いて。
「見つけたまま手をつけてない能力が幾つかあるから、2人ほど、食べさせたい人を探しておいて」
「そっか、もうそんなに見つけたんじゃね」
「そうなんだよ」
悪魔の実のストックについて。
1人が複数は食べられないため、ノエルとかなた以外で誰に食べさせるか、この議論がいつまでも終わらない。
ノエルは今後、食べることが決まっているので。
「売れば高いけど、換金するよりは、誰かが食べたほうがいいと思うし」
「そうじゃね」
現在、この船には計5つの悪魔の実が積んである。
乗船中の誰かが勝手に食べれば、それはそれでいいが、この中にそんな自分勝手な奴はいない。
「どれがなんて能力かはわかっちょる?」
「ぜーんぜん。情報もないし、見ても分かんないし」
雫型、弾力のある物、三角形、四角形、電気っぽい形。
それぞれ、見た目や感触の特徴は抜群だが、中身が何かは皆目見当もつかない。
いや……。
「電気っぽい形のは、流石に電気系統の能力とは思うけど……」
その他は全くだ。
雫型は、一見すると水系統っぽいが、そんな形の果実は世にも珍しくない。
「僕は結構あたりだったからね」
かなた自身の能力への感想はこの通り。
「日常生活に支障をきたしつつあるけどね」
出発前の恨みだろうか、能力の被害を訴える。
「それはごめんだけどさぁ……でも、お陰で僕も戦えるし」
と、筋力をアピールする。
腕力は全く関係しない能力だが。
「だから後悔は無いよ」
2人で笑い合った。
普段から、こんな仲。
主従関係としては珍しいが、かなたは仰々しい関係を嫌う節がある。
だから、殆どの人と対等に接している。
今後、新たな部下が増えようと、その関係は変わらない。
「……それじゃ、団長は他のみんなの様子見てくるね」
「うん、お願いするよ」
ノエルは紅茶を飲み干すと、カップを流しにおいて、退室した。
「ふぅ……」
かなたは紅茶を一口、含む。
「よし……!」
紅茶の冷めぬうちに、ここでやるべき事を、済ませる。
もう一度、かなたは文字と向き合った。
数日かけて、航海を続け、一向はキャンディータウンに到着した。
「お待ちしておりました。かなた様」
船着場で身を低くし、かなたにお辞儀して出迎えるは、当時のキャンディータウン団長――角巻わため。
「やめてよ、そんな硬い挨拶。かなたんでいいから」
「……?」
「それよりルーナは?」
「はい、現在はお城の方におられます」
「分かった」
かなたの要望を呑まず、わためは硬いまま。
仕方なくルーナの居場所を尋ねると、かなたは1人で城へ向かい始めた。
「あ、ちょっ――お待ちください」
「何回も来てるから案内は無くてもいいよ」
「ですが……」
シエロソニードの王を城まで迎える事が、今わために与えられた任務。
他国の王と自国の王(主人)、どちらの命を優先するべきか――。
自国の王、ルーナだろう。
「いえ、姫の命なので、私が案内致します」
今でこそ想像もできぬほど堅苦しい言葉遣い。
結局わためは、かなたの前に立ち、先導した。
「ノエルちゃん」
「あいよ〜」
「ん、ん」
斜め後方につくノエルを呼び寄せ、正面のわためを指差した。
意図を察したノエルが、わための隣に並んだ。
「――?」
「ねぇ、あなた団長さん?」
過去数回の来訪時、出迎えは必ず団長だった。
だから、人が変わっていたとしたら、それは団長が変わった、って事。
半年ほどの間に、団長が変わったようだ。
「あ、はい、名乗りそびれてました。キャンディータウン騎士団団長、角巻わためです」
話し相手が対等になると、表情、態度、言葉遣いが幾分か解れた。
振り返り、かなたに謝罪を述べようとしたが――
「ほんじゃぁ、わためちゃん。だんちょ――じゃなくて、ノエちゃんと美味しいお店探しに行こう」
「えぇ⁉︎ あ、あの! わため、まだ仕事の途中……」
「ほら、行くよ行くよ」
「えぇーー!!! あ、あぁーー!!」
ノエルがわためを強引に引き摺って、美味しい料理店を探す旅に出た。
「楽しんできてね」
ルーナに叱られる未来が見えたのか、わためは涙目でかなたに助けを求めた。
でもこれは、かなたの差金である。
ニコニコと手を振って見送った。
「さて」
かなたは人差し指を立てて風向きを確認する。
風に乗ると、来た道を逆戻りしそうだ。
歩くしかない。
半年経っても変わらぬ淡い色の街並みを眺めながら、かなたは城への道を1人ゆく。
鼻歌を歌いながら。
てってってってっ……。
駆ける音が聞こえる。
「うわっ!」
「――!」
かなたの前に突如、1人の少女が。
衝突したわけではない。
かなたの目の前で転び、かけて……見事な宙返りを披露した。
「おおー」
拍手!
「――?」
少女と目が合う。
どうしたの?と、口を開きかけたが――
「偉い人?」
と、つぶらな瞳で首を傾げられた。
何故か一瞬、面食らってしまった。
「え……どうして?」
つい、質問返ししてしまった。
そしてついでに――かわいい。
「えー……なんとなく……」
「…………」
答えに悩んだ。
本当に、何故だろう……。
「あ、急がなきゃ……バイバイ」
この場で浪費した時間は30秒から1分ほど。
それでもこれからの予定を狂わせる遅延なのか、少女は駆け足で去って行った。
「……」
口を曲げて、何かを思うかなた。
「あ、名前聞いとけばよかった……」
少女が姿を消してから思い至る。
手遅れなので、諦めて城へ向かう足を進め直した。
*****
王室で作業を進めるルーナ。
今日は、かなたが来島する予定日だが、正確な時間までは把握しきれていない。
だから、交代の見張りを立て、かなたが来たら、わために連れてくるよう指示した。
わためがかなたを連れてくるまで、ルーナは黙々と作業を進める。
朝から相当の時間、室内に篭って書類に目を通したりしていた。
ここまで根が張ったのは久しぶり。
「ふー……んっ……んなぁ……」
座り疲れたルーナは、一度席を立ち大きく伸びをした。
折角のせくしーぼいすが、誰も耳にする事なく室内で完結してしまう。
ちらりと港に目をやる。
船に刻まれた紋章までは流石に見えないので、かなたの船が来ても分からないが、幾つか船が止まっていた。
もうかなたは、この島にいるだろうか?
ここへ、向かっているだろうか?
がちゃり――
「――‼︎」
唐突に開く扉。
爆速の反射で入り口に目を向け、能力を発動させる。
「僕だよルーナ、そんな怖い顔しないで」
「…………」
そっと能力を解いた。
その間で、かなたは扉を閉める。
「わためちゃはどこだよぉ」
「団長同士で遊びに行った」
「また勝手な事して……」
かなたはよく、ルーナの部下に妙なことを吹き込む。
本来この王室への侵入は、何人も許可されない。
それを無作法に、黙って出入りするのは、きっとかなただけ。
このドッキリをするためだけに、わためを引き剥がしたのかも。
「まあまあ、そんな事言わずに、ほら座って座って」
豪華なベッドに腰を下ろして、かなたは催促した。
「んなたんの部屋なのらけど――!」
もぅっ、と怒ったフリをして、ルーナは椅子に座り込んだ。
「それで? ただ遊びに来たってわけじゃないでしょ?」
「いやいや、ルーナに会いたくて来たんだって」
「絶対うそ! 分かるんだから、そんなの」
ルーナには見透かされている――と言うわけでもない。
隠す気もなく、ジョークとしてだ。
コレは挨拶がわりの茶番。
「ルーナは僕のこと好きだからね、会ってあげようと思って」
かなたは立ち上がり、微笑みながらルーナの席に歩み寄る。
「あーまーねーちゃ。誤魔化して――ないで」
一枚の手紙を渡された。
ラブレターのような封がされている。
「実はルーナに頼み事があってさ」
手紙を受け取ったが、それとは別の話題に入った。
「僕たちが今までの遠征で見つけたうち、2つの能力をこの国におきたくてさ」
「能力……? 何と何?」
「それは分かんないけど」
今は手元にないので、許可が降りれば至急船から移送する。
「一つはルーナにあげる」
「ルーナはもう能力者だけど」
「だから、あげたい人にあげて」
「んー……じゃあもう一つは?」
「それは保険。本当に緊急時の備蓄としてね」
「――?」
かなたの様子に違和感を覚える。
何やら妙なことに、手をつけ始めたのか……。
「ねえ、色々城とか見て回ってい?」
「え、あ、うん」
「じゃあ、しばらくしたら戻ってくるね」
かなたは早々に退室した。
「――――」
嵐のように来て、去って行った。
ルーナはキョロキョロと見回して、席に着くと「ラブレター」を開封した。
そこには、今回とそれまでの遠征の意味の全てが綴られていた。
『ごめんだけど様々な可能性を考慮して、これは手紙として記すよ』
『僕は数度の遠征で、4大能力に関する情報を集めて回ってた。これは、団長を含めて、誰も知らない本当の目的』
『改竄、記録、洗脳、魅惑。コレらが4大能力と称され、それぞれ、記憶の跡地、記しの島、従属半島、魅惑の火山島と大きな関係がある事が分かった』
『これら4つの能力は悪人に渡れば世界のバランスが崩れ兼ねない。だからその収集と能力者の保護を検討してる』
『改竄と魅惑は、現在、所在不明となっているらしい。だけど記録と洗脳は、何者かが既にその能力を得ている。今回特筆するのは、この記録と洗脳について』
『洗脳の能力は恐らく名前通りの能力。記録は、どんな能力かわからない』
『洗脳も記録も、それぞれがある組織を作っているらしいから、まずはそこから探ってみようと思う。けど、その能力で僕がどうなるかは分からない。だからもし、突然連絡が途絶えた場合は察してほしい。危険だけど、早めに動かないと、洗脳が幅を利かせて掌握されてしまうかもしれないから』
『保険としてこの情報を渡して、気休め程度だけど、能力も預けさせてほしい。僕はこの情報をあと1人、誰か最も信頼できる存在にのみ、伝えようと思うから、そっちも信頼できる人間だけにこの情報を共有して、協力してほしい』
『そして記録についてだけど、これは本当に情報が少ない。調べる中で一つ分かったことは、過去に記録の能力者がとある一味と衝突している事。もしその名を聞く事があれば「ゼロ海賊団」は、何か大きな情報を握っている可能性が高いから、十分注意して接触を図ってほしい』
『どれも不鮮明な情報でごめん。でも不鮮明だからこそ、1人じゃどうにもならなくて、頼ることにしたの。危険のない程度で助力を頼みたい』
『それと、この手紙は必要なくなれば燃やして、痕跡を消すように。僕に万が一があった時、この手紙は飛び火の種になってしまうから』
『もし、聞きたい事があれば、このことは文章にして、他人を経由せずに直接渡してね――S→T』
暗号化された宛先まで読み終えると、強く背凭れに体重を乗せた。
高級な椅子が、軽く軋んだ。
「なんとも……」
ぶっ飛んだ内容が長々と綴られていて、少々眩暈がした。
普段の書類の方が、分量は多いが、慣れた内容を扱っているため、幾分か負荷が軽い。
ただ、非常に飛躍したような文だが、一切の疑心を抱かない。
かなたからの伝言は、確実にルーナの元へと届いた。
わためとノエルを弾いたのも、一旦王室を後にしたのも、このためか。
手の込んだイタズラなら、有難いのに、まったく……。
互いの名前も明記せず、何処から何処宛であるかも、暗号化。
随分と用心深い。
用心深すぎるくらい。
「でも……」
そうだな、これは要検討。
かなたへの助力自体は検討の余地もなく決定事項とする。
問題は、情報を共有する仲間だ。
やはり、団長のわためか?
それとも……別の誰か。
「…………」
いや、そもそも、1人である必要はないし、逆に誰かに言う義務もない。
これに関しては、もう少し悩む時間がある。
今は何より、かなたへ聞くべきことを聞かねばならない。
かなたがここへ戻るまでに、とルーナは早急に紙とペンを取り、綴るべき言葉を綴った。