仮面をつけた1人の女性が、入り口に立つ。
トワを庇い、かなたは対峙している。
「貰いに来た? 誘拐って事だね」
「そうだけど……驚かないんだ」
「驚いてるよ、まさかこんな堂々と現れるなんて」
一体どんな術を使ったのか。
宴会中と言えど警備は数名いる。
緊急放送も鳴っていない。
「トワ、道を開けるからみんなを呼んできて」
「――でも」
「大丈夫。僕は簡単にやられたりしない」
「――――」
首肯した。
この声は敵にも届いているが、隙は作れる。
ダッ、と床を蹴り、かなたは敵へ猛進。
握力を込めて握った拳を振るう。
当たればラッキー、当たらずとも動かす。
「――⁉︎」
敵が両腕を上げる。
銃のように構え、両目を狙う。
ドドン、とネジが2本、飛んできた。
かなたの両目を貫通し、背後の壁に突き刺さる。
正面が見えないが、かなたは怯まず直感のまま拳を振るう。
「うぉりゃぁ!」
敵は飛び退けた。
高く跳躍し天井に手の平をつけると、身体がぶら下がる。
不思議な力だが、出入り口が開いた。
トワはすぐ戻ると伝え、宴会場へ走る。
飛び出した後の部屋から粉塵やネジなどが散る。
が、振り返らず、トワは一心不乱に騎士団を求めた。
敵は1人。
どんな能力者だろうと、数の暴力で勝てる。
それにこっちには、あやめがいる。
負ける理由がないと思った。
「――!」
階段と廊下を走る最中、数人の警備が倒れていた。
眠っているようだ。
不意打ちだろうか。
通りで警報も鳴らないわけだ。
段々食堂へと近づいてきた。
「――――っ」
近付くに連れ、胸がざわつく。
「……っ」
アレだけ騒がしかった大食堂が近いのに、声がしない。
本当に、誰の声も。
あんな騒々しい宴会が、まるで終宴を迎えたように……。
トワは焦燥の汗を何度も拭い、勢いよく食堂の扉を開いた。
「――――⁉︎」
信じられない光景に、視界と脳が澱む。
「は……? どう……なってんだ……」
全滅。
――。
間近に倒れる兵士の息を確認する。
酒で酔ったのか、寝ている。
その隣も……その隣も……。
「ノエル!」
倒れる一同の中からトワは団長の姿を探す。
いた――が、寝ている。
その隣でわためも。
「――――」
少し離れた位置にあやめとラミィも。
「おい、起きろ! おい! おいってば!」
耳元で体を揺さぶり叫ぶが、誰も目を覚さない。
すやすやと、心地良さそうな寝息を立てている。
「ふっざけんなっ! お前らこんな時に――酒で酔って寝てんじゃねぇ‼︎」
どれだけ罵声を浴びせても、懇願しても、起きない。
「クソがっ!」
トワは食堂を出て大至急、王室へ戻る。
街まで助けを呼びに行く暇はない。
トワとかなたで、あのたった1人を、潰せば良い。
最悪、自分がいくらでも囮になる。
その心持ちで、王室へ戻ったのだが……
「かなたっ!」
王室へ戻ると、かなたは倒れていた。
綺麗だった部屋に、ネジ、粉、水、血が飛散している。
なぜだ。
かなたに攻撃は効かないはずだ。
なのに何故……かなたが頭から血を流して倒れているんだ。
「おまっ! 何しやがったんだ!」
トワはかなたの下で膝をつき、倒れた上体を持ち上げた。
「コナコナの実の粉人間」
「――!」
「調査してきてるからね。基本的に攻撃がスカされるのは知ってたよ」
「――じゃあ、どうやって……!」
「ダイラタンシー効果」
「――? なんだよ、それ……」
知らない単語に眉を顰める。
「粉と水を混ぜ合わせると、一定の比率で発生する現象」
「――」
トワは聴きながら、かなたを連れて少しずつ出口へずれる。
「強い衝撃には個体、弱い衝撃には液体の性質を示す状態の事」
「……」
「少しずつ水をかけて攻撃を繰り返したの。攻撃が効くまでね」
粉に水をかけても、基本は流動体となり攻撃を受け流される結果は変わらない。
だが、この効果が発生すれば、攻撃時のみ個体の反応を示す。つまり、攻撃が命中する。
一定時間で水は捌けるだろうが、かなたの頭から流れた血で、既に顔面周囲は粉が固まっている。
「さて」
パタン!
「――!」
突如出入り口の扉が閉まった。
ガチャリと、鍵もかかる。
「っ……何のつもりだ」
「密室殺人未遂事件」
「――ぁ?」
「これは完全犯罪になる予定だった。でも、残念ながら失敗。犯人は捕まるのでした」
「何を言っ――――」
キィーーーん。
突如としてトワを襲う耳鳴り。
そして、金縛りにあったような全身。
まるで動かせない。
四肢も、首も、口も、体の全部位が、拘束された。
(な……んだ……これ!)
指一本、動かない。
かなたを掴んだ腕はそのままかなたを掴んでいるのに、その信号がいつまでも消えない。
「それじゃあ、あとはお願いね、トワちゃん」
(何、言って……!)
仮面の女は窓を開くと、ヘリに立ち、外へ。
窓を閉めて、月の方角へ飛び去っていった。
(身体がうごかねぇ……)
急いでかなたの手当てをしたいのに。
(…………)
何も出来ないからこそ、一瞬冷静になってみた。
すると、不可解すぎる謎が芽生えた。
あの女は、かなたを誘拐すると明言した。
だが、かなたどころか、何も持たずに去っていった。
ただかなたを負傷させ、逃げ去った。
そして、今の現場。
去り際の言葉から、この現場はトワに罪を被せようとしている。
だが、かなたが起きればそれが虚実だとバレる。
それに窓の鍵が空いていて、完全密室になっていない。
そもそも、トワが返り血を浴びていない時点で、成立しない。
散らばったネジこそ全て除去してあるが、所々の不備が目立つ。
アイツは結局、何がしたくて――――
(ぁ?)
おもむろに右腕を上げた。
が、トワの意図ではない。
でも、トワの腕が上がった。
(何だ……身体が……)
勝手に動く。
首の角度が変わり、正面に気絶したかなたの顔が。
べぢっ……。
「ん゛っ゛……」
(……は?)
べぢっ……。
べぢっ……べぢゃっ……べぢゃっ……びぢゃっ……。
殴る度に、意識の無いかなたが呻く。
殴る度に、出血が酷くなる。
殴る度に、トワに血が降り掛かる。
殴る度に、トワの腕が痛む。
殴る度に、かなたの顔が腫れる。
(おい、バカ……)
――――。
(バカ! やめろ!)
ドン、ドン!
(やめろ!)
ドン、ドン、ドン!
(頼む!)
ドン!
(頼む! やめてくれ……!)
ドン!
(イヤだぁ!)
ドン!
(お願い……しまず……)
ドン!
(もう゛……)
――――。
(もう゛……や゛め゛っ……!)
「かなたん⁉︎」
血飛沫の音に紛れ、扉越しに声がした。
扉をダンダンと叩き、ガチャガチャと鳴らす。
緊急事態と判断したのか、中々に硬い扉を、数名が体当たりでぶち破り、突入するとその先に――――――。
「――! なにやってんの⁉︎」
「っ……!」
ノエルたちの突入と同時に、トワに自由が戻る。
ずっと止めたかった腕を止められた。それと同時に、かなたから飛び退き、ノエルたちに視線を向けてしまう。
その一瞬の動作がまるで、見られてはいけない物を、見られてしまった、と物語るよう……。
「ぁ……ちが……」
「どいて!」
「っ……」
ノエルがトワを弾き飛ばして血塗れのかなたに寄り添う。
扉の付近では、他のメンバーも見ていた。
犯罪者を見るように――トワを。
「……どういう事」
「ぅ…………」
あやめがスッと刀を抜き、刀身を煌めかせてトワの首元へ突きつけた。
「ど、ぅ……って……それは、襲われたんだよ、かなたが」
首元から血の気が引いて行く。
気味の悪い寒さに身震いしながら、トワは答える。
「トワちゃんが、やったんじゃないの?」
「ち、違う!」
「「「…………」」」
視線がもう、信じていなかった。
「本当なんだよ! 仮面つけた女が入って来て……」
「でもここは密室状態。その仮面の人はどこへ逃げたのかな」
「窓の鍵があいて……」
血で汚れた右手を上げ、震えながら窓を指差した。
その窓を見て戦慄する。
鍵は、かかっていた。
「窓? 閉まってるけど」
(な、なんで……さっきまで、開いてただろ……)
「「「…………」」」
視線がトワを串刺しにする。
心から血が滲む。
「そもそも、窓が開いてたとしてもこの高さ。落ちたら死ぬ」
「浮いてたんだよ、そいつは!」
「あ、そ」
他者の視点では信憑性に欠ける。
トワ自身よく分かっている。
「じゃ、今かなたんを殴ってたの、トワちゃんだけど、それはどう説明するの?」
「トワじゃない! あれは違う! 身体が……勝手に――操られたみたいになって!」
「ふざけんとって!」
「――‼︎」
「窓が勝手に閉まった、浮いて逃げた、身体が操られた。この世界に能力があるにしても、そんな無茶苦茶な能力あり得ん!」
「あり得るんだよ! いたんだよ! 本当なんだ!」
もう周りに味方はいない。
トワの言葉を信じる人がいない。
信用失墜の早さを実感した。
いや……もともと、信頼されてなかったのかもな。
「お前らが……」
「「「――」」」
「お前らが寝てたからだろうが! 酒に酔って! こんな時に何で揃いも揃って寝てんだよ!」
「あんなに大勢が一気に寝るわけがない。トワちゃん、ほんとは能力者なんじゃないの」
「なら海につけて試してみろよ! 泳いでやるから! 証明してやるよ!」
「じゃあ共犯者がいるとかね」
「――ぃっ!」
腹が立った。
頭に血が昇った。
そんな事、あり得ないだろ。
「じゃあかなたに聞けやァ‼︎ 起きるまで待って、覚めたら聞けよ! かなた本人が証人だ!」
「……」
「それまでなら牢屋ん中でも我慢してやるからよォ! なぁ‼︎」
勢いに任せた発言。
正直もう、冷静になれるほど、心に余裕がない。
「……分かった。それでかなたんに聞いて審判する」
「……ああ、いいよ」
「但し、もし犯人がトワちゃんだったら、王族殺人未遂罪で、死刑だよ」
「――っ……あ、ああ! 望むところや!」
死刑、の単語に一瞬怯む。
でも、かなたが証人になれば、確実にトワの勝利。
寧ろ、冤罪かけられた分、慰謝料でも請求してやる。
こうして、かなたは医療室へ、トワは地下監獄へと送られた。
トワは寂しく牢獄で開放の時を待っていた。
その時間は5、6時間。
かなたの怪我も酷いため、1日2日は収監され続ける覚悟だった。
しかし、さらに事件は起こる。
深夜。
かなたの怪我の処置を終え、医療室にあやめが見張りとして付いていた時間だ。
当然、トワにはかなたの状況も、見張りの事も何一つ情報は回っていない。
こんな時間でも眠れず、ポツンと座って待っていたその時。
緊急警報が鳴った。
牢屋にも突き抜ける甲高い警報音。
その後、放送がかかる。わための声。
『緊急! 緊急! 医療室からかなたんの姿が消えた! 全兵、大至急捜索に当たって!』
「――――ぅぇ……? ぁ? はぁ?」
意味不明が頭で一杯になる。
そして直後に押し寄せる恐怖。死の恐怖だ。
この警報を聞いた瞬間、トワは自らの運命を悟った。
かなたが消えれば、トワの無罪が証明されない。
即ち――死刑が求刑される。
その放送から更に1時間ほど――。
絶望するトワの檻に4人の客人が。
ノエル、わため、あやめ、ラミィ。
客なんて、歓迎できるもんじゃあないか。
「どんな手を使ったの」
「は?」
開口一番、ノエルから放たれた言葉それだ。
何故この状況で、トワが疑われるのか。
もう、この4人が何かを企んでいるとしか、思えない。
「海辺で、かなたんを連れてたの、トワちゃんでしょ」
「ああ⁉︎ トワはずっとここにいたんやぞ」
「いや、声も姿も確認した。トワちゃんだった!」
「――おい待て! かなたを連れてたっつったか⁉︎ 逃したのか、ソイツ!」
「視界が急に粉まみれになって、晴れた時にはいなかった」
「粉? かなたの……」
つまり、かなたに攻撃されたのか?
それはつまり――!
「ってことは、やっぱり操られてんだ! トワとおんなじなんだよ!」
「――――」
「なんだよ……」
「操る能力があったとて、細かい指示を出すには、流石に状況を見てる必要があると思う。かなたんの方は、暗かったから、周囲に人がいても気づけなかった――けど、あの現場は違う」
あの現場……。
王室の事か?
「あの部屋で、密室で、あの状況。無罪証明どころか、有罪の状況証拠ばかり出てくる」
「お、おい待て!」
「かなたんがいなくなった以上、あなたを無罪にできないし、ここに残しておく方が危険」
「ちょっと待て! おかしいだろお前ら!」
「……じゃあ聞くけど、宴会の最中、かなたんが『トワと話があるから』って、2人で抜けてったね」
「あ、ああ……」
「何をしてたの?」
それが最後に提出できる証拠だ。
「それは――っ――――!」
開いた口が、声を出せない。
誰にも言うな、と、かなたの言葉を思い出したから。
洗脳の事も、暗証番号のことも、トワが目を掛けられたことも。
「何?」
「……は、話してた」
「…………」
4人は呆れ果て、嘆息した。
即座に視線で会話して、ラミィとあやめが出ていった。
「ロッカーの番号は?」
「な、なんで……」
「死んだら開けられないでしょ」
「――――おい」
「何番?」
「おい!」
ノエルは答えを待つ。
罰を受けるものに、拒否権はない。
「無茶苦茶じゃんか……」
「――――」
なんでコイツらは……心が痛まないんだ……。
「8181……」
「ん」
ノエルは通信機であやめに連絡した。
どうやら2人は、ロッカールームへ向かったようだ。
もう希望がなくなって、半ば諦めモード。
命を諦めるのは、案外楽だった。
でも多分、死刑直前には泣き喚くだろうな。
トワはジョーカーでもなんでもなかった。
こんな状況一つ、覆せない無能。
「……⁉︎」
なんだ?
ノエルが目を剥いて通信機と会話する。
そして、わためにこの場を預け、駆け出していった。
しばらくして戻ったかと思えば、一枚の紙をトワに突きつける。
よく分からない文書だ。
「何……これ」
「え……なんだよ?」
探るようなノエルの問いにトワは疑問符を浮かべて顔を顰めた。
『例え如何なる事態が発生しようと、常闇トワの罪状に関わらず、その刑は最大「島流し」とする。この文書は国家最大権力であることを証明し、一度のみ有効となる――天音かなた』
かなたが記し、サインして、ハンコまで押してある。
国内最大の効力を持つ一枚の紙が、突如舞い降りた。
「トワちゃんのロッカーから出て来たけど……書かせたの?」
「いや、しらねぇ! こんなの知らねえ」
ロッカーには……何も入れてなかったはずだ。
だから番号を教えた。意味がないと思ったから。
まさか……かなたが勝手に?
こんな事態を見越して……。
『ノエルちゃん。かなたんがいない以上これを呑むのは……』
通信機越しにあやめが無効を主張する、が。
「いや……どんな状況でも……これを無視はできない」
ノエルの歯軋りが聞こえる。
版も筆跡もかなたのものだ。
遺書と似ている。
居ないからと無視すれば、それこそ文書を残す意味がなくなる。
居ないからこそ、執行すべきである。
「――! 常闇トワの罪状は変わらず。減刑し、島流し、国外追放を求刑する」
ノエルはそう決断した。
*****
そのままトワは島から追放された。
感情がぐちゃぐちゃで、当時の気持ちは覚えてない。
ただ、深夜、海に放り出されて、夜空を見上げれば朧げな満月が浮かんでいた。
満月と酒は、あれ以来見たくなくなった。
かなたに教わった術で、島を巡り、月日を重ねて、キャンディータウンへ辿り着いた。
そこで、また、トワと似た境遇の人がいた。
その子を助けて……色々あって、今は宝鐘海賊団。
自分の正しさを信じて動いているが、あの事件以降、人を信じきれない。
そんなトワを、問答無用で信じるバカがいる。
トワが捕まってもなお、仲間が危険に晒されてもなお!
トワはあの人に、答えなければならない。
いや、応えたい。
自分が思ってるほど、信頼されてない。
それが、あの騎士団での現実だった。
それ以来懐疑的になった。仕方のない心境の変化だろう。
でも――だけど――。
信頼されたくば、自分が他人を信じなければ始まらないのだから。