ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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66話 満月の夜

 

 仮面をつけた1人の女性が、入り口に立つ。

 

 トワを庇い、かなたは対峙している。

 

「貰いに来た? 誘拐って事だね」

「そうだけど……驚かないんだ」

「驚いてるよ、まさかこんな堂々と現れるなんて」

 

 一体どんな術を使ったのか。

 宴会中と言えど警備は数名いる。

 緊急放送も鳴っていない。

 

「トワ、道を開けるからみんなを呼んできて」

「――でも」

「大丈夫。僕は簡単にやられたりしない」

「――――」

 

 首肯した。

 この声は敵にも届いているが、隙は作れる。

 

 ダッ、と床を蹴り、かなたは敵へ猛進。

 握力を込めて握った拳を振るう。

 当たればラッキー、当たらずとも動かす。

 

「――⁉︎」

 

 敵が両腕を上げる。

 銃のように構え、両目を狙う。

 ドドン、とネジが2本、飛んできた。

 かなたの両目を貫通し、背後の壁に突き刺さる。

 

 正面が見えないが、かなたは怯まず直感のまま拳を振るう。

 

「うぉりゃぁ!」

 

 敵は飛び退けた。

 高く跳躍し天井に手の平をつけると、身体がぶら下がる。

 

 不思議な力だが、出入り口が開いた。

 トワはすぐ戻ると伝え、宴会場へ走る。

 

 飛び出した後の部屋から粉塵やネジなどが散る。

 が、振り返らず、トワは一心不乱に騎士団を求めた。

 敵は1人。

 どんな能力者だろうと、数の暴力で勝てる。

 それにこっちには、あやめがいる。

 

 負ける理由がないと思った。

 

「――!」

 

 階段と廊下を走る最中、数人の警備が倒れていた。

 眠っているようだ。

 不意打ちだろうか。

 通りで警報も鳴らないわけだ。

 

 段々食堂へと近づいてきた。

 

「――――っ」

 

 近付くに連れ、胸がざわつく。

 

「……っ」

 

 アレだけ騒がしかった大食堂が近いのに、声がしない。

 本当に、誰の声も。

 

 あんな騒々しい宴会が、まるで終宴を迎えたように……。

 

 トワは焦燥の汗を何度も拭い、勢いよく食堂の扉を開いた。

 

「――――⁉︎」

 

 信じられない光景に、視界と脳が澱む。

 

「は……? どう……なってんだ……」

 

 全滅。

 ――。

 

 間近に倒れる兵士の息を確認する。

 酒で酔ったのか、寝ている。

 その隣も……その隣も……。

 

「ノエル!」

 

 倒れる一同の中からトワは団長の姿を探す。

 いた――が、寝ている。

 その隣でわためも。

 

「――――」

 

 少し離れた位置にあやめとラミィも。

 

「おい、起きろ! おい! おいってば!」

 

 耳元で体を揺さぶり叫ぶが、誰も目を覚さない。

 すやすやと、心地良さそうな寝息を立てている。

 

「ふっざけんなっ! お前らこんな時に――酒で酔って寝てんじゃねぇ‼︎」

 

 どれだけ罵声を浴びせても、懇願しても、起きない。

 

「クソがっ!」

 

 トワは食堂を出て大至急、王室へ戻る。

 街まで助けを呼びに行く暇はない。

 トワとかなたで、あのたった1人を、潰せば良い。

 最悪、自分がいくらでも囮になる。

 その心持ちで、王室へ戻ったのだが……

 

 

「かなたっ!」

 

 

 王室へ戻ると、かなたは倒れていた。

 綺麗だった部屋に、ネジ、粉、水、血が飛散している。

 なぜだ。

 かなたに攻撃は効かないはずだ。

 なのに何故……かなたが頭から血を流して倒れているんだ。

 

「おまっ! 何しやがったんだ!」

 

 トワはかなたの下で膝をつき、倒れた上体を持ち上げた。

 

「コナコナの実の粉人間」

「――!」

「調査してきてるからね。基本的に攻撃がスカされるのは知ってたよ」

「――じゃあ、どうやって……!」

「ダイラタンシー効果」

「――? なんだよ、それ……」

 

 知らない単語に眉を顰める。

 

「粉と水を混ぜ合わせると、一定の比率で発生する現象」

「――」

 

 トワは聴きながら、かなたを連れて少しずつ出口へずれる。

 

「強い衝撃には個体、弱い衝撃には液体の性質を示す状態の事」

「……」

「少しずつ水をかけて攻撃を繰り返したの。攻撃が効くまでね」

 

 粉に水をかけても、基本は流動体となり攻撃を受け流される結果は変わらない。

 だが、この効果が発生すれば、攻撃時のみ個体の反応を示す。つまり、攻撃が命中する。

 一定時間で水は捌けるだろうが、かなたの頭から流れた血で、既に顔面周囲は粉が固まっている。

 

「さて」

 

 パタン!

 

「――!」

 

 突如出入り口の扉が閉まった。

 ガチャリと、鍵もかかる。

 

「っ……何のつもりだ」

「密室殺人未遂事件」

「――ぁ?」

「これは完全犯罪になる予定だった。でも、残念ながら失敗。犯人は捕まるのでした」

「何を言っ――――」

 

 キィーーーん。

 

 突如としてトワを襲う耳鳴り。

 そして、金縛りにあったような全身。

 まるで動かせない。

 四肢も、首も、口も、体の全部位が、拘束された。

 

(な……んだ……これ!)

 

 指一本、動かない。

 かなたを掴んだ腕はそのままかなたを掴んでいるのに、その信号がいつまでも消えない。

 

「それじゃあ、あとはお願いね、トワちゃん」

(何、言って……!)

 

 仮面の女は窓を開くと、ヘリに立ち、外へ。

 窓を閉めて、月の方角へ飛び去っていった。

 

(身体がうごかねぇ……)

 

 急いでかなたの手当てをしたいのに。

 

(…………)

 

 何も出来ないからこそ、一瞬冷静になってみた。

 すると、不可解すぎる謎が芽生えた。

 

 あの女は、かなたを誘拐すると明言した。

 だが、かなたどころか、何も持たずに去っていった。

 ただかなたを負傷させ、逃げ去った。

 

 そして、今の現場。

 去り際の言葉から、この現場はトワに罪を被せようとしている。

 だが、かなたが起きればそれが虚実だとバレる。

 それに窓の鍵が空いていて、完全密室になっていない。

 そもそも、トワが返り血を浴びていない時点で、成立しない。

 散らばったネジこそ全て除去してあるが、所々の不備が目立つ。

 

 アイツは結局、何がしたくて――――

 

(ぁ?)

 

 おもむろに右腕を上げた。

 が、トワの意図ではない。

 でも、トワの腕が上がった。

 

(何だ……身体が……)

 

 勝手に動く。

 首の角度が変わり、正面に気絶したかなたの顔が。

 

 べぢっ……。

 

「ん゛っ゛……」

(……は?)

 

 べぢっ……。

 べぢっ……べぢゃっ……べぢゃっ……びぢゃっ……。

 

 殴る度に、意識の無いかなたが呻く。

 殴る度に、出血が酷くなる。

 殴る度に、トワに血が降り掛かる。

 殴る度に、トワの腕が痛む。

 殴る度に、かなたの顔が腫れる。

 

(おい、バカ……)

 

 ――――。

 

(バカ! やめろ!)

 

 ドン、ドン!

 

(やめろ!)

 

 ドン、ドン、ドン!

 

(頼む!)

 

 ドン!

 

(頼む! やめてくれ……!)

 

 ドン!

 

(イヤだぁ!)

 

 ドン!

 

(お願い……しまず……)

 

 ドン!

 

(もう゛……)

 

 ――――。

 

(もう゛……や゛め゛っ……!)

 

「かなたん⁉︎」

 

 血飛沫の音に紛れ、扉越しに声がした。

 扉をダンダンと叩き、ガチャガチャと鳴らす。

 緊急事態と判断したのか、中々に硬い扉を、数名が体当たりでぶち破り、突入するとその先に――――――。

 

 

 

 

 

「――! なにやってんの⁉︎」

「っ……!」

 

 ノエルたちの突入と同時に、トワに自由が戻る。

 ずっと止めたかった腕を止められた。それと同時に、かなたから飛び退き、ノエルたちに視線を向けてしまう。

 その一瞬の動作がまるで、見られてはいけない物を、見られてしまった、と物語るよう……。

 

「ぁ……ちが……」

「どいて!」

「っ……」

 

 ノエルがトワを弾き飛ばして血塗れのかなたに寄り添う。

 扉の付近では、他のメンバーも見ていた。

 犯罪者を見るように――トワを。

 

「……どういう事」

「ぅ…………」

 

 あやめがスッと刀を抜き、刀身を煌めかせてトワの首元へ突きつけた。

 

「ど、ぅ……って……それは、襲われたんだよ、かなたが」

 

 首元から血の気が引いて行く。

 気味の悪い寒さに身震いしながら、トワは答える。

 

「トワちゃんが、やったんじゃないの?」

「ち、違う!」

「「「…………」」」

 

 視線がもう、信じていなかった。

 

「本当なんだよ! 仮面つけた女が入って来て……」

「でもここは密室状態。その仮面の人はどこへ逃げたのかな」

「窓の鍵があいて……」

 

 血で汚れた右手を上げ、震えながら窓を指差した。

 その窓を見て戦慄する。

 

 鍵は、かかっていた。

 

「窓? 閉まってるけど」

(な、なんで……さっきまで、開いてただろ……)

「「「…………」」」

 

 視線がトワを串刺しにする。

 心から血が滲む。

 

「そもそも、窓が開いてたとしてもこの高さ。落ちたら死ぬ」

「浮いてたんだよ、そいつは!」

「あ、そ」

 

 他者の視点では信憑性に欠ける。

 トワ自身よく分かっている。

 

「じゃ、今かなたんを殴ってたの、トワちゃんだけど、それはどう説明するの?」

「トワじゃない! あれは違う! 身体が……勝手に――操られたみたいになって!」

「ふざけんとって!」

「――‼︎」

「窓が勝手に閉まった、浮いて逃げた、身体が操られた。この世界に能力があるにしても、そんな無茶苦茶な能力あり得ん!」

「あり得るんだよ! いたんだよ! 本当なんだ!」

 

 もう周りに味方はいない。

 トワの言葉を信じる人がいない。

 信用失墜の早さを実感した。

 いや……もともと、信頼されてなかったのかもな。

 

「お前らが……」

「「「――」」」

「お前らが寝てたからだろうが! 酒に酔って! こんな時に何で揃いも揃って寝てんだよ!」

「あんなに大勢が一気に寝るわけがない。トワちゃん、ほんとは能力者なんじゃないの」

「なら海につけて試してみろよ! 泳いでやるから! 証明してやるよ!」

「じゃあ共犯者がいるとかね」

「――ぃっ!」

 

 腹が立った。

 頭に血が昇った。

 そんな事、あり得ないだろ。

 

「じゃあかなたに聞けやァ‼︎ 起きるまで待って、覚めたら聞けよ! かなた本人が証人だ!」

「……」

「それまでなら牢屋ん中でも我慢してやるからよォ! なぁ‼︎」

 

 勢いに任せた発言。

 正直もう、冷静になれるほど、心に余裕がない。

 

「……分かった。それでかなたんに聞いて審判する」

「……ああ、いいよ」

「但し、もし犯人がトワちゃんだったら、王族殺人未遂罪で、死刑だよ」

「――っ……あ、ああ! 望むところや!」

 

 死刑、の単語に一瞬怯む。

 でも、かなたが証人になれば、確実にトワの勝利。

 寧ろ、冤罪かけられた分、慰謝料でも請求してやる。

 

 

 こうして、かなたは医療室へ、トワは地下監獄へと送られた。

 

 

 トワは寂しく牢獄で開放の時を待っていた。

 その時間は5、6時間。

 かなたの怪我も酷いため、1日2日は収監され続ける覚悟だった。

 しかし、さらに事件は起こる。

 

 

 深夜。

 かなたの怪我の処置を終え、医療室にあやめが見張りとして付いていた時間だ。

 当然、トワにはかなたの状況も、見張りの事も何一つ情報は回っていない。

 

 こんな時間でも眠れず、ポツンと座って待っていたその時。

 

 緊急警報が鳴った。

 牢屋にも突き抜ける甲高い警報音。

 その後、放送がかかる。わための声。

 

『緊急! 緊急! 医療室からかなたんの姿が消えた! 全兵、大至急捜索に当たって!』

「――――ぅぇ……? ぁ? はぁ?」

 

 意味不明が頭で一杯になる。

 そして直後に押し寄せる恐怖。死の恐怖だ。

 この警報を聞いた瞬間、トワは自らの運命を悟った。

 かなたが消えれば、トワの無罪が証明されない。

 即ち――死刑が求刑される。

 

 

 

 その放送から更に1時間ほど――。

 

 絶望するトワの檻に4人の客人が。

 ノエル、わため、あやめ、ラミィ。

 客なんて、歓迎できるもんじゃあないか。

 

「どんな手を使ったの」

「は?」

 

 開口一番、ノエルから放たれた言葉それだ。

 何故この状況で、トワが疑われるのか。

 もう、この4人が何かを企んでいるとしか、思えない。

 

「海辺で、かなたんを連れてたの、トワちゃんでしょ」

「ああ⁉︎ トワはずっとここにいたんやぞ」

「いや、声も姿も確認した。トワちゃんだった!」

「――おい待て! かなたを連れてたっつったか⁉︎ 逃したのか、ソイツ!」

「視界が急に粉まみれになって、晴れた時にはいなかった」

「粉? かなたの……」

 

 つまり、かなたに攻撃されたのか?

 それはつまり――!

 

「ってことは、やっぱり操られてんだ! トワとおんなじなんだよ!」

「――――」

「なんだよ……」

「操る能力があったとて、細かい指示を出すには、流石に状況を見てる必要があると思う。かなたんの方は、暗かったから、周囲に人がいても気づけなかった――けど、あの現場は違う」

 

 あの現場……。

 王室の事か?

 

「あの部屋で、密室で、あの状況。無罪証明どころか、有罪の状況証拠ばかり出てくる」

「お、おい待て!」

「かなたんがいなくなった以上、あなたを無罪にできないし、ここに残しておく方が危険」

「ちょっと待て! おかしいだろお前ら!」

「……じゃあ聞くけど、宴会の最中、かなたんが『トワと話があるから』って、2人で抜けてったね」

「あ、ああ……」

「何をしてたの?」

 

 それが最後に提出できる証拠だ。

 

「それは――っ――――!」

 

 開いた口が、声を出せない。

 

 誰にも言うな、と、かなたの言葉を思い出したから。

 洗脳の事も、暗証番号のことも、トワが目を掛けられたことも。

 

「何?」

「……は、話してた」

「…………」

 

 4人は呆れ果て、嘆息した。

 即座に視線で会話して、ラミィとあやめが出ていった。

 

「ロッカーの番号は?」

「な、なんで……」

「死んだら開けられないでしょ」

「――――おい」

「何番?」

「おい!」

 

 ノエルは答えを待つ。

 罰を受けるものに、拒否権はない。

 

「無茶苦茶じゃんか……」

「――――」

 

 なんでコイツらは……心が痛まないんだ……。

 

「8181……」

「ん」

 

 ノエルは通信機であやめに連絡した。

 どうやら2人は、ロッカールームへ向かったようだ。

 

 もう希望がなくなって、半ば諦めモード。

 命を諦めるのは、案外楽だった。

 でも多分、死刑直前には泣き喚くだろうな。

 

 トワはジョーカーでもなんでもなかった。

 こんな状況一つ、覆せない無能。

 

「……⁉︎」

 

 なんだ?

 ノエルが目を剥いて通信機と会話する。

 そして、わためにこの場を預け、駆け出していった。

 

 

 しばらくして戻ったかと思えば、一枚の紙をトワに突きつける。

 よく分からない文書だ。

 

「何……これ」

「え……なんだよ?」

 

 探るようなノエルの問いにトワは疑問符を浮かべて顔を顰めた。

 

『例え如何なる事態が発生しようと、常闇トワの罪状に関わらず、その刑は最大「島流し」とする。この文書は国家最大権力であることを証明し、一度のみ有効となる――天音かなた』

 

 かなたが記し、サインして、ハンコまで押してある。

 国内最大の効力を持つ一枚の紙が、突如舞い降りた。

 

「トワちゃんのロッカーから出て来たけど……書かせたの?」

「いや、しらねぇ! こんなの知らねえ」

 

 ロッカーには……何も入れてなかったはずだ。

 だから番号を教えた。意味がないと思ったから。

 まさか……かなたが勝手に?

 こんな事態を見越して……。

 

『ノエルちゃん。かなたんがいない以上これを呑むのは……』

 

 通信機越しにあやめが無効を主張する、が。

 

「いや……どんな状況でも……これを無視はできない」

 

 ノエルの歯軋りが聞こえる。

 版も筆跡もかなたのものだ。

 遺書と似ている。

 居ないからと無視すれば、それこそ文書を残す意味がなくなる。

 居ないからこそ、執行すべきである。

 

「――! 常闇トワの罪状は変わらず。減刑し、島流し、国外追放を求刑する」

 

 ノエルはそう決断した。

 

 

 

          *****

 

 

 

 そのままトワは島から追放された。

 

 感情がぐちゃぐちゃで、当時の気持ちは覚えてない。

 ただ、深夜、海に放り出されて、夜空を見上げれば朧げな満月が浮かんでいた。

 

 満月と酒は、あれ以来見たくなくなった。

 かなたに教わった術で、島を巡り、月日を重ねて、キャンディータウンへ辿り着いた。

 

 そこで、また、トワと似た境遇の人がいた。

 その子を助けて……色々あって、今は宝鐘海賊団。

 

 自分の正しさを信じて動いているが、あの事件以降、人を信じきれない。

 そんなトワを、問答無用で信じるバカがいる。

 トワが捕まってもなお、仲間が危険に晒されてもなお!

 

 トワはあの人に、答えなければならない。

 いや、応えたい。

 

 自分が思ってるほど、信頼されてない。

 それが、あの騎士団での現実だった。

 それ以来懐疑的になった。仕方のない心境の変化だろう。

 でも――だけど――。

 

 

 信頼されたくば、自分が他人を信じなければ始まらないのだから。

 

 

 

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