ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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69話 白上フブキ

 

 誰もいない浜に、トワとフブキとおかゆは逃げてきた。

 今日の朝方、船をつけた場所。

 船はまだあった。

 

「クッソ……! やりやがったな、アイツ!」

 

 息を落ち着けられたこのタイミングで、トワの口を突いて苦言が漏れた。

 トワには犯人が見えた。

 きっとフブキにも見えている。

 が、それどころじゃなかった。

 

「一回船に入ろう……」

「――――」

「――――」

 

 聞こえているのか、いないのか……2人とも微動だにしない。

 いや……フブキは少し震えている。

 

「おい、フブキ――」

「ひっ、ごめんなさい‼︎」

「あ? 何言ってんだバカ。今は一先ず――」

「ごめんなさい……ごめん、ごめん……」

 

 肩を掴むが、謝り倒して、何も聞いてやしない。

 

「フブキちゃ――」

「ごめんなさい‼︎‼︎」

 

 トワと同様におかゆが声をかけた途端、フブキが背を丸くして大きく謝罪した。

 先まで謝り倒していた時とは比べ物にならない勢いで。

 

「私ずっとおかゆんは自分より弱いと思ってて! 自分の弱さを認めたくなくて、それを隠すためにおかゆんを仲間に誘ったの!」

「――――」

「…………」

「自分は弱くないって見せつけたくて! 能力を否定したのもおかゆんが強くなったら私の居場所がなくなるからで、私はおかゆんを使って……自分を評価してたの!」

「――――――」

「………………」

「あんな事言ったのに……強さで人の価値を推し量ってたのは――‼︎……私なの」

 

 

「――本当にごめんなさい!」

 

 

 呵責の念に耐えきれず、全てを吐き出した。

 おかゆの事は好きだし、友達だと思っている。それでも、この感情だけがいつまでも止まないから――どうしても親友になれなかった。

 

 涙が止まらない。

 沈みゆく陽光に照らされて――。

 

「ヒドイよね……サイテーだよね……トモダチ、失格だよね……ゴメンね……ホントに……ゴメン……」

 

 大粒の涙が滴る、その音が。漣の音をかき分けて届く。

 ポタポタポタポタ……。

 

 何度も「ゴメン」と繰り返し、がくんと砂に膝を埋めた。

 右膝をうっすらと血が流れた。

 

 

 ザク、ザク、ザク……。

 

 

 蹲るフブキの前に、1人、座り込んだ。

 丁寧に足を畳んで、汚いのに、砂浜に正座した。

 

「知ってたよ」

「っ――」

 

 ビクッと肩が跳ねる。

 一瞬伸びかけた背中にたくさんの罪悪感がのし掛かり、丸く丸くなって行く。

 罪悪感がのしかかる衝撃を浴びる度、涙が勢いよく垂れてしまう。

 

 情け無くて……。

 

「ごめんね、知ってたのに、何も言わなくて」

「――ん、んー」

 

 おかゆは何一つ悪くない。

 そんな言葉がフブキに、更なる罪の意識を与える。

 

 やめてください……。

 ごめんなさい……。

 

 そんな言葉ばかりがフブキの頭でぐるぐると回って焼き切れそうになる。

 弱々しく頭を左右に振るうと、まだまだ涙が溢れてきて、砂に小さな穴を開ける。

 

「ごめんね……知ってたの、僕、フブキちゃんの気持ち」

 

 ブンブンと、激しく首を振る。

 髪が乱れていく。

 

「気付いてたのに……僕はずっと何も言わなかった。言いたくなかった」

「――っ」

「能力の事を相談した時、フブキちゃんに反対されて、僕は食べてやろうって思った」

「っ……ぇ……」

「自分の能力が強い方だって分かって、フブキちゃんを越えた気でいた」

「――――」

「フブキちゃんが悩んでる事を知っても、僕はずっと励まさなかった。僕が……僕が――! 僕がフブキちゃんより、強いんだって、そう思い込んで、嫉妬するフブキちゃんを見て――嬉しくなったの‼︎ ごめんね……」

 

 フブキと同じくらい声が震えていた。

 驚いた。

 驚いて、静かに、怯えるように顔を上げると……。

 

 

 鏡を見ているようだった。

 

 

「あんな事、言ってくれたのに、僕は結局――人を強さでしか見てなかった‼︎ 友達のはずなのに、貶めるみたいに、僕はずっと、フブキちゃんの感情を、見て見ぬふりしてた‼︎ 本当に、ごめん‼︎」

「そ……な。おかゆ、んは……悪くないよ……」

「そんな事ないの!」

「そんな事ある! だって、仲間に誘ったのも、海賊始めようって言ったのも、全部始まりは私で……私が、弱いくせに、なんでもやりたがるから――」

 

 ――――――。

 

「そう、なの」

「――――⁉︎」

「先頭はいつもフブキちゃんで、僕はいっつも最後尾――」

 

 いつだって、おかゆの前にはフブキがいる。

 フブキはいつでも、おかゆの前に立っている。

 

「僕が今まで、どんな思いでフブキちゃんの背中を見てきたか……」

「ぇ……?」

「フブキちゃんは、弱くなんてない」

「そんな事……私は弱いから……」

「やめてよ!」

「――ッ‼︎」

 

 

 はじめて……かも、しれない。

 フブキは、おかゆの怒りを初めて目の当たりにした気がする。

 怒号が耳よりも胸の奥に響いて、胸が痛む。

 

「否定しないでよ! 僕はずっと、僕の前に立つキミに憧れていたのに!」

 

 フブキの瞳に、色の異なる涙が滲み始める。

 

「島を探検しようって言ったのも、海に出ようって言ったのも、海賊やるなんて言い出したのも――仲間に誘ってくれたのだって、全部フブキちゃんだった!」

「そんな……の……」

「いつだって!怖い物なんて無いみたいに!皆の前に立って!突き進む背中がッ‼︎カッコいいって思ってた! キミみたいに『強い人』を僕は知らないから!僕はキミに憧れてるのに‼︎」

「んー――私は……本当に弱いの――」

 

 

「人の価値は――戦いの『強さ』で決まらない‼︎」

 

 

 いつかの言葉が、海へと拡がった。

 

「戦えなくたって――フブキちゃんは強い! 僕が、保証する!」

「――――ッ‼︎」

 

 ぐしゃぐしゃになった顔で、お互いを見つめる。

 やっぱり、自分を見てるみたい。

 

「保証……するからさァ……お願い、だから――弱いだなんて言わないでよォぅ……」

 

 堰き止めていたつもりの涙が、更に一層流れる。

 大声をあげて、目元を拭って、子どもみたいに泣くじゃくっている。

 

「お、おかゆ゛ん゛……ぅぐ――ごめ゛っね……」

 

 自分を慰めるような感覚で、フブキはおかゆを抱きしめた。

 

「ごめん……本当にごめんね……」

「うぅ……ごめん……僕も、ごめん……」

 

 おかゆも涙で濡れた腕を広げて、フブキに抱擁を返す。

 お互いに抱きしめあえた。

 

「弱いって言って、ごめん……見下してて、ごめん……」

「見て見ぬ振りして、ごめん……見下してて、ごめん……」

 

 涙がいつまでも止まらない。

 

 いつ以来だろう。

 こんなに泣いたのは――。

 

 喉も涙も枯れるまで泣いて……。

 

 

 時間も状況も忘れて、ただひたすらに泣いて……。

 

 

「ふぶきぢゃん……」

「ん……ぅ、なに……?」

 

 涙が枯れて、ようやく真面に会話ができる。

 でも、声が枯れて、変な声で、ちょっと恥ずかしい。

 

「これからも、僕に、たくさんの景色を見せてね」

「――うん!」

 

 フブキはいつでも、おかゆの前にいてほしい。

 それが、おかゆの願い。

 「弱い」事なんて知っている。

 「強い」事も知っている。

 

 1人で何でもできてしまったら、人生は退屈だ。

 

「おかゆん――」

「うん」

「これからも、よろしくね‼︎」

「うん! うん‼︎」

 

 目頭に最後の一滴を浮かべてはにかんだ。

 

 

 

 親友の存在は大切だ。

 長所と短所を認め合う事ができる。

 だけど普段はそれを口にしない。

 故にこんな時、すれ違いは起きるのだろう。

 その山場を乗り越えてこそ、真の親友だ。

 すれ違いも、嫉妬も、喧嘩もしない友達関係なんて、存在できない。

 もし存在して見えたなら、それはマヤカシ。

 

 親友とは、取り繕わずにいられる関係である。

 

 2人は、親友に、なれただろうか。

 

 

 ――お互い、心の底から笑えたのだから、きっとそうなのだろう。

 

 

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