目が覚めると、牢屋の中にいた。
何度目だろう、こんな檻の内に幽閉されるのは。
身体を持ち上げようとすると、両腕が引っ張れる感覚。
そしてカラン、と鋼鉄の音。
どうやら両腕が枷に繋がれているようだ。
「……」
柵越しに、人が見える。
あれは……すいせい?
と、シオン……と……。
「みこち、あくたん!」
牢屋の外に、みことあくあが寝かされていた。
その2人にシオンが何か術のような物を施している。
マリンの声に真っ先に反応し、すいせいが柵の間近まで歩み寄ってきた。
「アンタは一体、何がしたいわけ?」
「――それは、こっちのセリフですよ。洗脳なんかで勢力広げて、何する気ですか」
「アタシが先に聞いたんだけど」
「……」
ばちばちと視線が弾ける。
閃光のように眼力が衝突して、電撃が迸るよう。
「みんなは、無事なんでしょうね」
「……見てれば分かる」
すいせいは牢屋から離れた。
「治った?」
「傷はね。でも体力と血は戻らないよ」
「分かってる」
どうやらシオンは2人の傷の手当てをしていたようだ。
「……」
嫌な予感がする。
胸騒ぎが止まない。
頼むから、それだけは止めてくれ――!
マリンは虚しく切に懇願した。
「おい、そっちはどうなってんの」
すいせいが通信機に語りかけた。
相手の声は聞こえない。
でも多分、相手はAZKi。
マリンが様子を観察していると、新たに複数人が集まってきた。
ノエル、わため、ラミィ、スバル、ちょこ、かなた。
やはり洗脳にかかったのか――。
なら、みこと、あくあも…………。
「――――!!!!!!」
ポルカは、トワは、フブキは、おかゆは……。
無事だろうか。
泣きそうだ。
これ以上はもう、本当に心が保たない……。
でもダメだ。
敵の前で弱みを見せてはいけない。
我慢――我慢――!
マリンは必死に押し寄せる負の感情を堪えた。
そうこうしている内に刻々と時計の針は進む。
やがて、あの人も戻ってきた。
AZKiだ。
「ただいま、船長さんは?」
「そこいるでしょ」
「あ、ほんとだ」
到着早々、AZKiはマリンの投獄された檻の前へ進む。
「いやー、待たせてごめんね」
「別に待っちゃぁいませんけどね」
ボスとボスの対面。
AZKiの背後には大量の部下と洗脳兵がおり、マリンの背後に人はいない。
「裏切り者は見つかったのかな?」
「――何を言うかと思えばそんな事ですか」
「あれ? もしかしていないと思ってた?」
「…………ええ」
「――ん?」
若干開いた間をAZKiは見逃さない。
逡巡のように見えた。
「今の間は、何かなぁ」
「AZKi先輩の気にする事じゃないですよ。船長は、洗脳なんかに頼らずとも、仲間を信頼できるんで」
「へぇ……中々言うね」
クスッと笑う。
収録中なら可愛いと、褒めそやすところなのだが、もったいない。
「こっちおいで」
AZKiが1人を呼んだ。
マリンの死角に待機させていた1人。
2人の会話に割り込む、1人の陰。
マリンの前に現れたのは尾丸ポルカ。
腹部の傷は治っていた。今し方、視覚外で治癒してもらったのだろう。
「…………」
「ポルカちゃんだよ」
「……そのようですね」
「ほら、話してあげて」
AZKiの指示に従うように首肯すると、一歩檻へ近づく。
鎖で繋がれ、座り込むマリンの前に屈み込み、じっと目を合わせる。
「悪いな船長。ポルカは元々こっち側なんだよ」
「へぇ…………そうだったんですか」
「意外と驚かないんだな」
「そりゃあね」
「そっか。あ、そうそう、みこちとあくたんはもう洗脳にかかってる」
「――!」
「フブちゃんたちも、直ここへ来る。そうしたら、あの3人も洗脳にかけて、終わりだ」
淡々と告げるポルカを、マリンは軽く睨んだ。
が、あまり怖くはない。自覚はある。
「御託はいい。ポルカ、下がれ」
命令した。
マリンは知っている。
洗脳下にある人間は、洗脳中とそれ以外で記憶が隔絶される事を。
だから、ポルカが洗脳下にあれば、普通に考えてマリンたちの記憶はないはず。
でもポルカはマリンの事も、フブキたちの呼び方も、裏切りの事も知っている。
それが何を意味しているのか――鈍感な奴でも分かるだろう。
「――――はいはい」
辟易したように肩を竦め、ポルカは立ち上がって数歩退いた。
「どう? ガッカリした?」
「――うちのクルーを甘く見てもらっちゃぁ困りますね」
「…………」
「だめだめな船長にね、ここまでお供してきた奴らなんですよ」
「――――」
「何を企んでるか知りませんが、そんなやり方はうちのメンバーには効きません」
ギラギラと輝く瞳に、AZKiが初めて怯んだ。
強がりである事は察しがつく。
それでも、ここまで言える度胸と精神が、マリンには宿り続けている。
コイツは本当に、強敵だ。
「……ふ、まあ、いいや。みんな、直ぐにあの子達が来ると思うから準備して」
「「はい‼︎」」「へいへい」「はーい」
一部の統一感ある返事と、一部の間の抜けた返事が混ざり合う。
そして、反響する。
マリンは静かに目を閉じた。
涙は堪えろ。
まだだ、まだ泣く時じゃない。
泣いていいのは、全てを片付けてからだ。
AZKiもぺこらも取っ捕まえて、全てを白状させて、何もかも落ち着いてから、ようやく仲間に話を聞いてもらうんだ。
だから、それまでは我慢しろマリン。
(……トワ様、フブちゃん、おかゆ先輩。すみません。どうか、頼みますよ)
生き残りに全てを賭けた。
彼女たちがここまで来て、解放してくれたなら、マリンは仲間の期待に応えると誓う。
仲間の声に応えると誓う。
だから――――頼むぞ、宝鐘の一味よ。
*****
「準備できてるか?」
「「うん」」
城門前でトワ、フブキ、おかゆは再度気を引き締める。
全員心を切り替えて、マリン奪還に挑む。
作戦もバッチリ、鍵も持った。
「行くぞ」
トワを先頭に城門を開き玄関に侵入。
人はいない。
迷わず地下監獄への道を走る。
そして監獄入り口前。
見張りが1人いる。
たった1人。
だが、その1人が強すぎる。
「あやめちゃんか」
シエロソニードの最強が警備に当たっていた。
こっそりと影から確認する。
「見えたか?」
「うん、狭い場所。環境が悪いともっといい」
フブキが見たあやめの弱点。
あやめの能力値に隙がないため、環境で有利を取るしかない。
狭い場所は刀の軌道制限と能力の活用の幅の削減。
悪い環境はあやめの不運の誘発率を高める物。
勿論、あやめの能力であれば、狭い場所でも自由な戦闘がある程度可能であるし、下手をすれば壁や天井から圧迫を受けて即拘束、なんて事も。
弱点を見ても尚、勝算の低い相手。
彼女の強さを物語っている。
「おかゆ、頼むぞ」
「うん」
「気をつけてね」
トワとフブキは物陰に隠れる。
死角に潜り込んだ事を確認して、おかゆは堂々と正面から姿を現した。
あやめは神速で刀を構えた。
速すぎる。
そうだ、おかゆは別に、コイツと戦う必要はない。
大勢引きつける腹積りだったが、あやめ1人を動かせば、絶大な貢献になる。
「ヘドロバクダン!」
あやめとおかゆの丁度中間。
そこに大きなヘドロを放つ。
べぢゃっ、と汚い音を放ち床に落ちる――と、爆発して薄汚れた霧を発生させる。
あやめは顔を顰めた。
ほんの少し、その霧を吸う。
「――‼︎」
即座に駆け出す。
おかゆの方へ。
そう、この霧は微弱な毒を含む。
弱くとも大量に吸えば一時的に人体を麻痺させる威力がある。
コレを連発され、監獄の奥まで侵入されれば全滅する――可能性が百鬼にしもあやめ。
だから突撃。
おかゆをここから退散させる方向性で動いた。
超速。
おかゆは速くない足と瞬発力で距離を取り、場所を変える。
少しずつ監獄入り口から離れてゆく。
何度か斬撃を喰らうが、ロギアなので無効。
突然床が畝っても、焦らずスライムを泥化して束縛も免れる。
あやめの攻撃を上手くあしらいながら、1階まで逃げていった。
「……よし、行くぞ」
「うん」
おかゆのヘドロの霧も晴れ、2人も立ち退いた。
トワとフブキは監獄内へ侵入。
見張りはもういなかった。
「ま、あやめちゃんがいればな」
信頼が高いのは分かる。
だが、どうやらおかゆを甘く見たようだな。
広い通路に沿って走るが、身を隠す場所がない。
「――!」
人がいる。
薄暗いが見える。
AZKiだ。
「お、待ってたよー」
「「…………」」
AZKiしかいない。
「――船長!」
「フブちゃん、トワ様……」
牢屋内にマリンを発見し、フブキが大声で叫んだ。
少しやつれているが、負傷は見当たらないし、洗脳にはかかって無さそうだ。
しかし……。
「妙だぞ……」
見張りにあやめを立てておいて、中にはAZKiだけ?
有り得ない。
だが一先ず。
「フブちゃん、どうだ」
「うん、弱点は――――ぇ?」
弱点が浮かび上がる。
その弱点が不可思議極まりない。
そんな事あるのか?
弱点が……人?
しかもこの人……知っている。
「どうした、弱点は⁉︎」
「う、うん! 風真いろは」
「は⁉︎」
「――――‼︎」
トワは当然ながら、AZKiも瞳孔を大きく開いた。
弱点として飛び出る事が想定外だったのか。
「人質にしろってのか⁉︎」
「分かんないけど!」
弱点が人だからなのか、なぜか理由付けがない。
ただいろはが弱点であるとだけ。
「本当に、目を見張る能力」
AZKiは感嘆の声を上げた。
「2人とも気を付けてください! みこちとあくたんが洗脳にかかってます!」
「「――!」」
マリンからの警告。
2人は咄嗟に背中を合わせて周囲を一層警戒した。
あくあが敵に……つまり、見えない敵がいる。
――――。
「――!」
トワが危険信号を受信した。
咄嗟にフブキの腕を引いて壁際に飛び退くと、元いた場所付近を何かが通過した。
「……」
「あ、ありがと」
フブキのお礼に返答もせず、トワは益々神経を尖らせる。
危険信号を受けても、何が来るかは不明だし、回避できるかは別問題。
どう動くべきかは、自己判断や直感に頼るしかない。
トワは信号だけを頼りに警戒を続けつつ、ジリジリとマリンの檻から遠ざかる。
フブキも合わせて動く。
「――!」
また感知した。
直感で飛び退いたが、全身に斬撃を浴びてしまった。
陣風――みこの技だ。
フブキもトワも全身至る所に切り傷ができた。
「い゛っでぇ……」
接触して来ないあたり、トワの帯電や耐熱を警戒していると思われる。
しかも、見えない事をいい事に、フブキよりトワを優先して狙いやがる。
連続して信号が届くが、大きな回避モーションなんて入れられない。
軽く身を翻すと、脇腹に何かが掠った。
剣、か?
脇腹が切れた。
「野郎――!」
同士討ちを避けるために、攻撃を制限しているようだが、それでもジリ貧。
立て続けに攻撃が迫る。
否――攻撃ではなかった。
「――! 畜生!」
「な、何⁉︎」
周囲の檻の一部の鉄格子が細長く変形し、2人を縛り上げた。
遂に2人も拘束されてしまう。
なす術なく地に倒れ込む。
「さて……」
「――!」
バチッと、電気が弾けた。
誰かがトワに触れようとした証拠。
「切って」
一言命令を下すと、あくあの能力が解けた。1人分だけ。
トワの眼前に現れたのはポルカ。
「――‼︎ お前ッ‼︎」
「帯電やめろよ。触れねぇじゃん」
「……ぽるちゃん」
2人の僅かな期待を踏み躙るように、ポルカは睥睨する。
トワとフブキで瞳に乗せる感情が違った。
離れた位置でAZKiが不敵に笑う。
「仕方ない、先にフブちゃんから行くか」
「いや、ちょっ、と! やめて、ぽるちゃん!」
身動きの取れないフブキの腕を掴んで強引に引き摺る。
どこへ連れて行く気なのか見当もつかないが、目的は誰でも分かる。
洗脳だ。
「それじゃあ、トワちゃんは私が」
距離を置いていたAZKiがトワに迫る。
「――⁉︎」
忽然と、トワの能力が消えた。
力が、漲らない。
「ほら、行くよ」
フブキと同じようにトワの腕を掴んで、出口の方へ――
ガシャン――きぃー…………。
「「――――!!!!!!!」」
その音が、この場のすべての人間の耳を奪う。
「皆ごめん! こっちに1人――‼︎」
刹那遅れて、天井から1人の剣士がぬるっと現れた。
天井を軟化して潜ってきたのか。なんて便利な能力。
いや、剣士――あやめが覚醒しているからこそか。
「……ありがとうございます、みんな」
震える声で、目を伏せて……マリンが敵を前にして立つ。
涙は堪える。
まだ、その時じゃない。
「船長に賭けてくれて、ありがとう!」
宝鐘マリン――脱獄。