ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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71話 希望の雫

 

 目が覚めると、牢屋の中にいた。

 何度目だろう、こんな檻の内に幽閉されるのは。

 

 身体を持ち上げようとすると、両腕が引っ張れる感覚。

 そしてカラン、と鋼鉄の音。

 

 どうやら両腕が枷に繋がれているようだ。

 

「……」

 

 柵越しに、人が見える。

 あれは……すいせい?

 と、シオン……と……。

 

「みこち、あくたん!」

 

 牢屋の外に、みことあくあが寝かされていた。

 その2人にシオンが何か術のような物を施している。

 

 マリンの声に真っ先に反応し、すいせいが柵の間近まで歩み寄ってきた。

 

「アンタは一体、何がしたいわけ?」

「――それは、こっちのセリフですよ。洗脳なんかで勢力広げて、何する気ですか」

「アタシが先に聞いたんだけど」

「……」

 

 ばちばちと視線が弾ける。

 閃光のように眼力が衝突して、電撃が迸るよう。

 

「みんなは、無事なんでしょうね」

「……見てれば分かる」

 

 すいせいは牢屋から離れた。

 

「治った?」

「傷はね。でも体力と血は戻らないよ」

「分かってる」

 

 どうやらシオンは2人の傷の手当てをしていたようだ。

 

「……」

 

 嫌な予感がする。

 胸騒ぎが止まない。

 

 頼むから、それだけは止めてくれ――!

 

 マリンは虚しく切に懇願した。

 

「おい、そっちはどうなってんの」

 

 すいせいが通信機に語りかけた。

 相手の声は聞こえない。

 でも多分、相手はAZKi。

 

 マリンが様子を観察していると、新たに複数人が集まってきた。

 ノエル、わため、ラミィ、スバル、ちょこ、かなた。

 

 やはり洗脳にかかったのか――。

 なら、みこと、あくあも…………。

 

「――――!!!!!!」

 

 ポルカは、トワは、フブキは、おかゆは……。

 無事だろうか。

 

 泣きそうだ。

 これ以上はもう、本当に心が保たない……。

 でもダメだ。

 敵の前で弱みを見せてはいけない。

 我慢――我慢――!

 

 マリンは必死に押し寄せる負の感情を堪えた。

 

 そうこうしている内に刻々と時計の針は進む。

 

 やがて、あの人も戻ってきた。

 AZKiだ。

 

「ただいま、船長さんは?」

「そこいるでしょ」

「あ、ほんとだ」

 

 到着早々、AZKiはマリンの投獄された檻の前へ進む。

 

「いやー、待たせてごめんね」

「別に待っちゃぁいませんけどね」

 

 ボスとボスの対面。

 AZKiの背後には大量の部下と洗脳兵がおり、マリンの背後に人はいない。

 

「裏切り者は見つかったのかな?」

「――何を言うかと思えばそんな事ですか」

「あれ? もしかしていないと思ってた?」

「…………ええ」

「――ん?」

 

 若干開いた間をAZKiは見逃さない。

 逡巡のように見えた。

 

「今の間は、何かなぁ」

「AZKi先輩の気にする事じゃないですよ。船長は、洗脳なんかに頼らずとも、仲間を信頼できるんで」

「へぇ……中々言うね」

 

 クスッと笑う。

 収録中なら可愛いと、褒めそやすところなのだが、もったいない。

 

「こっちおいで」

 

 AZKiが1人を呼んだ。

 マリンの死角に待機させていた1人。

 

 2人の会話に割り込む、1人の陰。

 マリンの前に現れたのは尾丸ポルカ。

 腹部の傷は治っていた。今し方、視覚外で治癒してもらったのだろう。

 

「…………」

「ポルカちゃんだよ」

「……そのようですね」

「ほら、話してあげて」

 

 AZKiの指示に従うように首肯すると、一歩檻へ近づく。

 鎖で繋がれ、座り込むマリンの前に屈み込み、じっと目を合わせる。

 

「悪いな船長。ポルカは元々こっち側なんだよ」

「へぇ…………そうだったんですか」

「意外と驚かないんだな」

「そりゃあね」

「そっか。あ、そうそう、みこちとあくたんはもう洗脳にかかってる」

「――!」

「フブちゃんたちも、直ここへ来る。そうしたら、あの3人も洗脳にかけて、終わりだ」

 

 淡々と告げるポルカを、マリンは軽く睨んだ。

 が、あまり怖くはない。自覚はある。

 

「御託はいい。ポルカ、下がれ」

 

 命令した。

 

 マリンは知っている。

 洗脳下にある人間は、洗脳中とそれ以外で記憶が隔絶される事を。

 だから、ポルカが洗脳下にあれば、普通に考えてマリンたちの記憶はないはず。

 でもポルカはマリンの事も、フブキたちの呼び方も、裏切りの事も知っている。

 

 それが何を意味しているのか――鈍感な奴でも分かるだろう。

 

「――――はいはい」

 

 辟易したように肩を竦め、ポルカは立ち上がって数歩退いた。

 

「どう? ガッカリした?」

「――うちのクルーを甘く見てもらっちゃぁ困りますね」

「…………」

「だめだめな船長にね、ここまでお供してきた奴らなんですよ」

「――――」

「何を企んでるか知りませんが、そんなやり方はうちのメンバーには効きません」

 

 ギラギラと輝く瞳に、AZKiが初めて怯んだ。

 強がりである事は察しがつく。

 それでも、ここまで言える度胸と精神が、マリンには宿り続けている。

 

 コイツは本当に、強敵だ。

 

「……ふ、まあ、いいや。みんな、直ぐにあの子達が来ると思うから準備して」

「「はい‼︎」」「へいへい」「はーい」

 

 一部の統一感ある返事と、一部の間の抜けた返事が混ざり合う。

 そして、反響する。

 

 マリンは静かに目を閉じた。

 涙は堪えろ。

 まだだ、まだ泣く時じゃない。

 泣いていいのは、全てを片付けてからだ。

 AZKiもぺこらも取っ捕まえて、全てを白状させて、何もかも落ち着いてから、ようやく仲間に話を聞いてもらうんだ。

 だから、それまでは我慢しろマリン。

 

 

(……トワ様、フブちゃん、おかゆ先輩。すみません。どうか、頼みますよ)

 

 

 生き残りに全てを賭けた。

 彼女たちがここまで来て、解放してくれたなら、マリンは仲間の期待に応えると誓う。

 仲間の声に応えると誓う。

 

 だから――――頼むぞ、宝鐘の一味よ。

 

 

 

 

          *****

 

 

 

 

「準備できてるか?」

「「うん」」

 

 城門前でトワ、フブキ、おかゆは再度気を引き締める。

 全員心を切り替えて、マリン奪還に挑む。

 作戦もバッチリ、鍵も持った。

 

「行くぞ」

 

 トワを先頭に城門を開き玄関に侵入。

 人はいない。

 迷わず地下監獄への道を走る。

 

 そして監獄入り口前。

 見張りが1人いる。

 たった1人。

 だが、その1人が強すぎる。

 

「あやめちゃんか」

 

 シエロソニードの最強が警備に当たっていた。

 こっそりと影から確認する。

 

「見えたか?」

「うん、狭い場所。環境が悪いともっといい」

 

 フブキが見たあやめの弱点。

 あやめの能力値に隙がないため、環境で有利を取るしかない。

 狭い場所は刀の軌道制限と能力の活用の幅の削減。

 悪い環境はあやめの不運の誘発率を高める物。

 

 勿論、あやめの能力であれば、狭い場所でも自由な戦闘がある程度可能であるし、下手をすれば壁や天井から圧迫を受けて即拘束、なんて事も。

 弱点を見ても尚、勝算の低い相手。

 彼女の強さを物語っている。

 

「おかゆ、頼むぞ」

「うん」

「気をつけてね」

 

 トワとフブキは物陰に隠れる。

 死角に潜り込んだ事を確認して、おかゆは堂々と正面から姿を現した。

 

 あやめは神速で刀を構えた。

 速すぎる。

 

 そうだ、おかゆは別に、コイツと戦う必要はない。

 大勢引きつける腹積りだったが、あやめ1人を動かせば、絶大な貢献になる。

 

「ヘドロバクダン!」

 

 あやめとおかゆの丁度中間。

 そこに大きなヘドロを放つ。

 べぢゃっ、と汚い音を放ち床に落ちる――と、爆発して薄汚れた霧を発生させる。

 

 あやめは顔を顰めた。

 ほんの少し、その霧を吸う。

 

「――‼︎」

 

 即座に駆け出す。

 おかゆの方へ。

 

 そう、この霧は微弱な毒を含む。

 弱くとも大量に吸えば一時的に人体を麻痺させる威力がある。

 コレを連発され、監獄の奥まで侵入されれば全滅する――可能性が百鬼にしもあやめ。

 

 だから突撃。

 おかゆをここから退散させる方向性で動いた。

 

 超速。

 

 おかゆは速くない足と瞬発力で距離を取り、場所を変える。

 少しずつ監獄入り口から離れてゆく。

 何度か斬撃を喰らうが、ロギアなので無効。

 突然床が畝っても、焦らずスライムを泥化して束縛も免れる。

 あやめの攻撃を上手くあしらいながら、1階まで逃げていった。

 

 

「……よし、行くぞ」

「うん」

 

 おかゆのヘドロの霧も晴れ、2人も立ち退いた。

 トワとフブキは監獄内へ侵入。

 見張りはもういなかった。

 

「ま、あやめちゃんがいればな」

 

 信頼が高いのは分かる。

 だが、どうやらおかゆを甘く見たようだな。

 

 広い通路に沿って走るが、身を隠す場所がない。

 

「――!」

 

 人がいる。

 薄暗いが見える。

 AZKiだ。

 

「お、待ってたよー」

「「…………」」

 

 AZKiしかいない。

 

「――船長!」

「フブちゃん、トワ様……」

 

 牢屋内にマリンを発見し、フブキが大声で叫んだ。

 少しやつれているが、負傷は見当たらないし、洗脳にはかかって無さそうだ。

 しかし……。

 

「妙だぞ……」

 

 見張りにあやめを立てておいて、中にはAZKiだけ?

 有り得ない。

 

 だが一先ず。

 

「フブちゃん、どうだ」

「うん、弱点は――――ぇ?」

 

 弱点が浮かび上がる。

 その弱点が不可思議極まりない。

 そんな事あるのか?

 弱点が……人?

 しかもこの人……知っている。

 

「どうした、弱点は⁉︎」

「う、うん! 風真いろは」

「は⁉︎」

「――――‼︎」

 

 トワは当然ながら、AZKiも瞳孔を大きく開いた。

 弱点として飛び出る事が想定外だったのか。

 

「人質にしろってのか⁉︎」

「分かんないけど!」

 

 弱点が人だからなのか、なぜか理由付けがない。

 ただいろはが弱点であるとだけ。

 

「本当に、目を見張る能力」

 

 AZKiは感嘆の声を上げた。

 

「2人とも気を付けてください! みこちとあくたんが洗脳にかかってます!」

「「――!」」

 

 マリンからの警告。

 2人は咄嗟に背中を合わせて周囲を一層警戒した。

 あくあが敵に……つまり、見えない敵がいる。

 

 ――――。

 

「――!」

 

 トワが危険信号を受信した。

 咄嗟にフブキの腕を引いて壁際に飛び退くと、元いた場所付近を何かが通過した。

 

「……」

「あ、ありがと」

 

 フブキのお礼に返答もせず、トワは益々神経を尖らせる。

 危険信号を受けても、何が来るかは不明だし、回避できるかは別問題。

 どう動くべきかは、自己判断や直感に頼るしかない。

 

 トワは信号だけを頼りに警戒を続けつつ、ジリジリとマリンの檻から遠ざかる。

 フブキも合わせて動く。

 

「――!」

 

 また感知した。

 直感で飛び退いたが、全身に斬撃を浴びてしまった。

 陣風――みこの技だ。

 

 フブキもトワも全身至る所に切り傷ができた。

 

「い゛っでぇ……」

 

 接触して来ないあたり、トワの帯電や耐熱を警戒していると思われる。

 しかも、見えない事をいい事に、フブキよりトワを優先して狙いやがる。

 

 連続して信号が届くが、大きな回避モーションなんて入れられない。

 軽く身を翻すと、脇腹に何かが掠った。

 剣、か?

 脇腹が切れた。

 

「野郎――!」

 

 同士討ちを避けるために、攻撃を制限しているようだが、それでもジリ貧。

 

 立て続けに攻撃が迫る。

 否――攻撃ではなかった。

 

「――! 畜生!」

「な、何⁉︎」

 

 周囲の檻の一部の鉄格子が細長く変形し、2人を縛り上げた。

 遂に2人も拘束されてしまう。

 なす術なく地に倒れ込む。

 

「さて……」

「――!」

 

 バチッと、電気が弾けた。

 誰かがトワに触れようとした証拠。

 

「切って」

 

 一言命令を下すと、あくあの能力が解けた。1人分だけ。

 トワの眼前に現れたのはポルカ。

 

「――‼︎ お前ッ‼︎」

「帯電やめろよ。触れねぇじゃん」

「……ぽるちゃん」

 

 2人の僅かな期待を踏み躙るように、ポルカは睥睨する。

 トワとフブキで瞳に乗せる感情が違った。

 

 離れた位置でAZKiが不敵に笑う。

 

「仕方ない、先にフブちゃんから行くか」

「いや、ちょっ、と! やめて、ぽるちゃん!」

 

 身動きの取れないフブキの腕を掴んで強引に引き摺る。

 どこへ連れて行く気なのか見当もつかないが、目的は誰でも分かる。

 洗脳だ。

 

「それじゃあ、トワちゃんは私が」

 

 距離を置いていたAZKiがトワに迫る。

 

「――⁉︎」

 

 忽然と、トワの能力が消えた。

 力が、漲らない。

 

「ほら、行くよ」

 

 フブキと同じようにトワの腕を掴んで、出口の方へ――

 

 ガシャン――きぃー…………。

 

「「――――!!!!!!!」」

 

 

 その音が、この場のすべての人間の耳を奪う。

 

 

「皆ごめん! こっちに1人――‼︎」

 

 

 刹那遅れて、天井から1人の剣士がぬるっと現れた。

 天井を軟化して潜ってきたのか。なんて便利な能力。

 いや、剣士――あやめが覚醒しているからこそか。

 

「……ありがとうございます、みんな」

 

 震える声で、目を伏せて……マリンが敵を前にして立つ。

 涙は堪える。

 まだ、その時じゃない。

 

 

「船長に賭けてくれて、ありがとう!」

 

 

 宝鐘マリン――脱獄。

 

 

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