ちょことラプラスは不審船が停泊した浜へ到着した。
「……いない!」
浜には人っ子一人いなかった。
不審船すらもない。
全てなかったような光景を前にする2人を、波の音と木々の騒めき、そして砂のなる音が囃し立てる。
「何で⁉︎」
せめて負傷して倒れる2人はいると思った。
ところがどうだ……ねねもシオンも、仮面野郎もいないじゃないか。
気がおかしくなる。
涙が足りなくなって、怒りが代用品として込み上げてきた。
吐きそう。
「本当に、友達がここで!」
「信じるわよ、ほら……」
証明も困難な状況でラプラスは必死に訴えた。
ちょこは気付けば少し離れて、地面を見ていた。
その砂を指すとラプラスに見せた。
茂みから海へと繋がるように垂れた血の跡を。
「そんな……」
血痕は、1人の物でない。
約2人が、海へ引き込まれたような残り方。
つまり、
「多分、攫われたのね」
「何で⁉︎」
「……理由までは」
「くそっ!」
「あ、ちょっと!」
思いのまま駆け出した。
まだきっと、遠くへは行っていない。
恐らく、街へ向かった2人を回収しに回ったんだ。
なら、海岸沿いを走ればどこかにいる。
島のどこかの浜にいる。
「絶対に赦さねえ‼︎‼︎‼︎‼︎」
腑が煮え繰り返ると言える感情は初めて。
怒りはまるで殺意を込めていた。
感情が暴走してしまえば、容易く人を殺せそうなほど。
ラプラスの足が恐ろしいほど速い。
騎士たちの教官を務めるちょこが全く追いつけない速度。
「待ってろ、ねねさん! シオン!」
*****
城門、内側にて。
「正面切ってくるとは、飛んだ度胸の持ち主だな」
「そりゃどうも」
ハテナ仮面は小さくお辞儀して、またカメラを構えるポーズを取る。
「サーチスコープ」
「能力か!」
「おっと……」
枠内に収まっていたスバルは警戒して範囲から外れる。
「ま、雰囲気出すためだから、サーチは見るだけでいいんだけどね」
両手を広げてスバルを見つめ、仮面の下でニコッと笑う。
発動条件が視認とは極めて緩い。
ちょっとした揶揄いにも、スバルは動じずいつもの調子で対応する。
「でも……1人ってことは、やっぱりさっきの子が来たのかな?」
「ああ、2人が街へ向かったことも、能力者であることも聞いた」
能力者同士の対決に、一般兵士が介入する余地はない。
「要件が何であれ、不法侵入の時点で拘束だ」
スバルが軽く息を吸う。
両手で輪っかを作り、その息を吐いた。
敵2人へ向けて。
「あらら」
球型の空気に包まれ、2人を閉じ込める。
拘束完了。
迅速な対応と見事な手腕。
流石、騎士団を束ねる存在。
「ごめ、私じゃあの人無理だ」
「任せて」
コンコンと、壁を叩いて硬度を確認し、通常の腕力では破壊不能だと思い知る。
そこで、ハテナ仮面からハート仮面にバトンタッチ。
しかし、どちらも空気玉に拘束されており、とても動ける状況にない。
これを能力で、どうにか出来るのか……。
「あんまり強化は好きじゃないけど……」
ハート仮面の全身に力が篭る。
いろんな部位で血管が浮き、その力強さがひしひしと伝わる。
右手に拳を守る用のグローブをつけて、空気壁にストレートパンチ。
力技で壁をぶち壊した。
「マジかよ、ちょこ先的なパワー系か」
「そういうことでいいよ」
「違うのか……」
壁が破られたのはちょことの戦闘以外にない。
純粋な強化能力でないにしろ、応用的に力を上げたりはできる能力。
なら、戦い方を変えなければ。
先程の『サーチスコープ』とやらも気がかりだ。
何をサーチされたのか。
「リターン」
スバルは近接戦への移行に備え、右手に一つの球を取り出す。
一声上げれば、その球は忽ち剣へと姿を変える。
「そっか、丸める能力だね」
「マルマルの実だ」
「教えてくれるなんて優しい」
「ならお前らも教えろ」
明かされたスバルの能力名。
あらゆる物を丸くして固定する能力、マルマルの実。
元のサイズによって丸めた際の球の大きさも変化する。
思考を凝らして使う系統の能力。
予測が完璧に的中しているから、隠す意味もなく答えただけ。
安い口車に乗って答えるならラッキー程度。
「いいよ」
「っ…………」
ハテナ仮面が頷いたかと思えば、突然仮面を外して地面に捨てた。
ここにて突如、素顔を晒した。
その素顔、誰一人覚えちゃいないが、もしマリンが見たならば、驚愕したであろう。
なんせそれは、白上フブキ、その人だから。
「私は『スコスコの実』を食べたの」
「……?」
「この目で見た人の、好きな物、嫌いな物、得意、不得意、そして何より最も有効打となる弱点を知ることができる」
「……?」
あまり強くない、と直感した。
それが知れても、人はそう上手く対処できまい。
弱点を知れたとて、実行に移したり、物が必要だったりと、不都合に塗れている。
「そう、白上の能力は使い勝手が結構悪いんだよ」
「……」
「ひ、気抜いたね」
「しまっ……!」
フブキとの対話に気を取られ、気配を消したハート仮面に反応できなかった。
一瞬片腕を掴まれたが、すぐ振り解く。
距離を取って姿勢を正し、剣を構える。
動揺して脈拍が上が……らない。
呼吸が嫌なほど落ち着く。
全身の力が抜ける。
妙な感覚が全身を内側から襲う。
正面に駆け出して、敵を斬りつけたい。
なのに何故だ、走れない。
動揺して、焦っているのに何故だ、体が落ち着いている。
「まあまあ、落ち着いて寝ようね」
「がっ……」
スバルの足取りは徐々に覚束なくなり、眩暈が起きる。
その隙にフブキが正面から歩み寄り、背後へ回り、後頭部を打った。
気絶を堪えて踏ん張れるほどの力は出せなかった。
「忠実な部下は大事だよね」
スバルを放置して、2人は城の庭を通り、裏門へ回った。
「どう?」
「来てる」
ハート仮面は目を伏せて、何かを感じ取る。
接近する音、気配、その流れ。
誰かは分からないが、それは予測できる。
こんな非常時に裏口へ向かう計3名。
1人とそれを守るような2名。
ぎぃぃ……と開門し姿を表すルーナ姫。
「どうも〜、ひるこんです、お姫様」
「っ……」
ルーナは言葉を漏らせず、絶句した。
騎士2人が剣を構えて応戦を試みるが、勝てない。
取り纏め役のスバルが負けた相手に一般兵は敵わない。
「まあ、そう強張らず、リラックスリラックス」
フブキはルーナの緊張を解くように笑いつつ、ハート仮面に下がるよう合図した。
「……何が、したいのら」
「固いけど、話はわかるんだね」
「……」
この城を襲う目的が謎。
街への被害が無いあたり、滅ぼす気はないと読めるが。
「姫様が逃げるって事は、分かってるんじゃない?」
「回りくどいのら、ハッキリ言え」
「おっと、お口が悪いよお姫様」
最後に消え去る語尾をフブキが茶化す。
「要件は二つ。この国の王座引き渡しと、あなたの協力」
「……」
「私たちにその力を貸して」
「どこで情報を……」
「秘密」
「……断ったら」
「どうなるでしょう?」
「……」
言わずとも伝わるその先の言葉。
国民に殆ど手を上げていないのは、この時のため。
この国が民を思う事も、情報として既に得ていた。
それを盾にすれば、拒否の可能性はグッと下がる。
「これ以上、国民に手を出さないと……」
「おっけー、約束するよ。じゃあ決まりね」
予測された交換条件。
フブキは言葉を遮っての快諾。
能天気な進行でこの国の政権は交代した。
フブキとハート仮面に連れられて、ルーナは城の者たちに全てを話した。
国民たちの安全を保証する代わりに、政権の譲渡とルーナの協力。
さらに追加で、情報開示の禁止、反逆者への制裁のみ有効化。
ルーナは見切ってしまった。
この国の戦力は高くない。
無理矢理に力を上げても、その付け焼き刃では戦えない。
数的有利とは言え、能力者であればあまり数の有利は働かない。
このメンバーでは勝てないと、見切ったのだ。
姫としてどこかで培った計算して予測する力が、そう告げた。
国民には悪い事をした。
だが、今後の世界のため、ここでルーナは一度、潜り込む必要がある。
不満だらけの中、新たな王としてフブキが国の頂点へと立ってしまった。
*****
「見つけたぞ!」
「ちょっと……」
城から最短距離にある海辺に船は停泊していた。
隠密も意味をなさないため、ラプラスは正面から挑む。
梯子を登り、乗船。
即座に縛られたねねとシオンが目に飛び込む。
ねねは肩や足から血を流し、シオンは傷こそ目立たないが青ざめた顔で気絶していた。
「ねねさん! シオン!」
「あぶない!」
パキンっ。
無策で直進したラプラスをちょこが覆って庇った。
ちょこの体に何かが衝突して、甲高い金属音が響いた。
「硬い……」
撃った銃弾が服に弾かれ赤染仮面は見えない動揺をした。
ちょことこの仮面、相性がいい、有利だ。
「ラプラスちゃん、降りてなさい」
「でも……!」
「いいから」
ちょこは強引にラプラスを船から下ろす。
邪魔とは言わないが、1人が動きやすい。
「その子たち、返してもらうわよ」
ちょこに向けられる指先。
その先から、鉛、鉄、石、プラスチック、ガラスなど、バラエティに富んだ物たちが銃弾のように打ち出される。
しかし、その勢いも、ちょこの硬さの前には無力。
たまに服を破る弾もあったが、人体には傷一つつかない。
「簡易ピストル」
ちょこも片手に輪ゴムを銃のように引っ掛けて敵を狙い撃つ。
ゴムのように伸縮するが、その輪ゴムは鉄よりも硬い。
勢いのまま腕に直撃。
痛みに反射を起こし、動きが大きく崩れた。
「よいしょ!」
シオンとねねを担いで、ちょこは船から飛び降りる。
目的遂行。
ラプラスを連れて逃げよう。
「ちょこ先生さん、さっきのゴム鉄砲……」
「ん? あ、ちょこは『ガチガチの実』の能力者なのよ」
「能力者!」
「そう、ある程度の性質をそのままに何でも硬くする能力」
輪ゴムの伸縮性質をそのままに、硬さを与えた。
だから、簡易的なゴム鉄砲も大きなダメージになる。
「さあ、早く逃げるわよ」
「はい!」
全速力で街へ。
人混みに紛れて、身を隠す。
2人の怪我も、何とかしなければ。
キュン……とラプラスの右腕に石の弾丸が命中した。
「ぐっ……!」
「ラプラスちゃん!」
ヒュン……と、更に左脚も。
「ぐぅっ……!」
砂の上で崩れ、悶絶する。
涙が溢れる。
激痛が、止まない。
「3人は担げないわ」
ねねとシオンを担ぐだけで精一杯。
もう1人を抱えて走る力はない。
「あなたも、結構いい能力」
「……あなた」
能力に目がない。
能力者を集めているのか。
ちょこは2人を一度下ろして、交戦すべく降りて来た赤染仮面と向き合う。
背後に3人を庇いながら。
「ちょこ先生さん……! 2人を連れて逃げてください!」
「ダメよ、あなたを置いていけないもの」
「狙いは……ぐっ……能力者です……!」
「だからと言って、あなた1人を守る対象から外せない」
「……! 先生、後ろ!」
「っ! 仲間が……!」
ラプラスの傍を通り、ちょこの左腕をパシっと掴んだのは、ハート仮面。
相当な速度で、ラプラスの警告を挟んでも、対処が間に合わなかった。
反射的に腕を振り解き距離を取るが、途端ちょこの全身に違和感が走る。
全身に力が篭もらなくなった。
硬質化はできても、全力で体を動かせない。
何故か勝手にブレーキがかかる。
「索敵だけじゃないのか……!」
どんな能力を応用して、そうなるのか。
能力名すら不明で、憶測すら立てれない。
活動限界も、制御範囲も、持続時間も、効果さえ。
「……! 待ちなさい、その人たちは……!」
「なになに? 事件?」
更に城より、フブキが到着した。
先刻、国王の座に着いた者が。
「「誰だ……?」」
ちょこもラプラスも素顔を知らない。
敵か味方かの品定め。
「国民にはこれ以上手を出さない約束だよ」
鑑定終了、敵。
ぶっ飛ばす。
「この……!」
「おおっと、血気盛んだね」
ラプラスがフブキに弱々しい拳をぶつけた。
ダメージになっていない。
その間に、仮面2人がねねとシオンを船へ運ぶ。
「待て! 待てっ! ぐっそ……あ、しが……ぐっ……‼︎」
「これ以上、だから今こっちの手中にいるその2人は、貰っていくよ」
満足に動けないちょこ、体に鞭打つラプラス。
対するは、実力全開の能力者3人。
人質付き。
「2人を、返せ‼︎」
「強い能力はね、欲しいの」
フブキが微笑むと同時に、仮面の2人がねねとシオンを船へ運ぶ。
2人の体では、この近距離でも追い付けない。
「じゃあ2人とも、また今度」
仮面の2人は船を出し、フブキだけがこの地に残る。
ラプラスは流血する足を持ち上げ、根性で立ち上がる。
そして、無意味だと知りながら、海へ駆け込んだ。
海水が、傷口に触れ、更なる激痛が押し寄せる。
「ラプラスちゃん……!」
「待て、2人を返せ! 返せよ‼︎」
海を突き進み、胸元まで体が浸かっている。
ちょこも覚悟を決めて踏み込んだが、膝あたりまで浸かると、もう力が篭もらずまともに歩けない。
気付けばフブキは城へ帰っている。
「待て! 待てって‼︎ 待て……っ!」
もう、足が底から離れそう。
このまま進めば、確実に溺れる。
一心不乱に進んでも、人は船に追い付けない。
痛みで泳ぐことすらできない。
ラプラスの頭が波に埋もれていく。
「ラプラス、ちゃん……」
ちょこも、抜ける力を振り絞り、ヨタヨタと前へ、前へ。
腹まで浸かって、意識が揺らぎ始めた。
「ねねさん……シオン……」
傷口からの感覚が途絶え始め、意識が朦朧とする。
波に揉まれ、抵抗も虚しく、ラプラスの意識は彷徨い、いつかの波でぷつりと切れた。
その、薄れゆく怒りの中、泳いでいる人影を、見た気がした。
………………。
………………?
海の中を漂う自分がいた。
呼吸を止めて、海底へと沈んでゆく。
浮力も水圧もない。
これは……現実とは隔絶された世界。
口を開いても、呼吸をしても、苦しくない。
夢だ……。
「……!」
夢だと知って、覚醒した。
寝心地の悪い地面の微妙な弾力を背面から受け、上体を飛び起こした。
視界がギュンッと90度回り、晴天の空から蒼碧の海へと移りゆく。
海には何もなく、海だけだった。
「っ……て……」
泥酔したような意識で立ちあがろうとすると、片腕片足が悲鳴を上げた。
痛覚が叫ぶ辺りを見やれば、布が巻いてある。
応急処置がされている。
結び方は綺麗だが、止血の仕方は上手くない、と思う。
「起きたか」
後ろから、呆れた嘆息が聞こえた。
小さく肩を跳ねさせて、ゆっくりと首を回す。
太陽光を反射する眩しい海面から、ただの砂へ、そして、何か。
「その怪我で海入るとか、バカ?」
目の前に、胸があった。
あまり、大きくない。
「……」
少し、視線を上げた。
紫色の光を一眼見た。
「……! ねねさん、シオン!」
奇妙なタイミングで、駆け巡る記憶。
眼前の女性を無視して、海を見直した。
船なんて一隻も見当たらず。
小さく、魚が跳ねた……。
「ッッッッ‼︎‼︎」
酷い顔をしていたはずだ。
醜く、涙をこぼしたはずだ。
嗚咽に始まり、喉はやがて声を放つ。
「ヂくしょょぉぉぁぁぁぁッッッッ!」
両腕を痛むほど振り上げ、痛むほど拳を握り、痛いくらい砂に叩きつけた。
失くした。
失くしてしまった。
ついさっきまで、楽しかった、はずなのに。
ラプラスの目に、宿る。
憎悪、復讐、憤怒…………。
宿す色が混ざり合って、瞳が滲む。
「…………」
ラプラスを、そっと見つめている。
ラプラスを助けたのは、トワだ。
じっと見つめ、重ねる。
何となく助けた命。
コイツは……。
「ゼッダイニ"っ! ゼッダイニ"、助けに、いぐからなァァァ"!」
海に咆哮を。
「絶対にだァァァァァァァ!」
空へ誓いを。
己の心に復讐を。
この日ラプラスは、2人の親友を失い、一つの決意を心に灯した。
どうも皆様、作者です。
さて、今回で現国王の正体と3名の能力が判明しました。
スバル、ちょこ先生、フブちゃんですね。
他にもそれぞれ、アジアジ、シュバシュバ、スススス、チョコチョコ、ナゾナゾ、コンコン、なども考案してました。
存在する能力を与えるなら、スバルにはゴエゴエ、ちょこ先生にはチユチユ、フブちゃんにはイヌイヌの実幻獣種モデル九尾の狐ですかね。
とまあ、こんな所でまた次回。