5月11日、朝5時半。
マリンは一味の誰よりも早起きだった。
睡眠不足感は否めないが、イマイチ落ち着かず眠れなかった。
朝日は島で隠れて見えないが、それでも十分明るくなり始めている。
ノエルたちを待ちながら、出航準備を進めていると、トワが起床してきた。
「船長、おはよぉ」
「おはようございます」
目元を擦り、眠気を拭うトワにきゅんとトキメキながら挨拶を返す。
「……船長だけ?」
「はい。まだ誰も来てないですよ」
小さく首を回して、狭い範囲に人がいない事を確認した。
「船長に言い忘れてた事があって」
「言い忘れ? なんです?」
マリンは準備作業の手を止めた。
トワはまだ寝ぼけているのか、目が虚だ。
「トワの能力で考えてる事が分かるって話だったじゃん?」
「はい」
「あれ、実は誰にも話してない突破ほうがあって……」
「突破? 悟られないって意味?」
眠気眼でうんうんと頷くトワ。
トワの能力を突破するとはつまり、心を読まれない方法があると言う事か?
「トワの能力は、相手の頭に言葉として閊えてる物を脳波から読み取ってる訳だから、心を読める訳じゃないんだ」
「はあ……?」
「例えば船長が裏切り者だとしても、トワが頭ん中を見る時に、『自分は違う』って強く考えたら、トワにはそれが見えるんだよ」
「……隠すことも可能なのか」
意外と簡単にトワの能力を突破できる事が分かった。
だがこれは知らなければまず不可能だ。
トワの能力を前にして、本質を知らず、大方の実力だけを知る者なら特に。
なんせトワにバレると思い込むのだから、裏切り者がいれば気が気でない。
あの時、トワ以外にこの事実を知る者は居なかったはずだし、そこを杞憂する必要はなさそうだ。
「教えてくれて助かりました。今後は一応意識しときますね」
「ん、じゃぁそれだけ……寝てくる」
トワは部屋に戻り二度寝した。
「……あれでよく喋れたなぁ」
能力について深く踏み込んだ内容だったが、よく寝惚けて話せた物だ。
まさか後で「話す気はなかった」、なんて言わないよな?
「マリンさぁーん!」
「お――」
浜から少女の声がする。
クソガキの声だ。
「お前が1番とは意外だなぁ、ラプラス・ダークネス」
「意外で悪かったな。これでも朝練とか受け始めたんだよ」
梯子を伝って乗船し、ラプラスは少し自慢げに話す。
数日間で早起きの技能を身につけた所を見ると、相当なしごきを受けたか、若しくは純粋に叱られたか……そんな所か。
「みんな寝てるんで静かにしろよ?」
「なんだよまだ寝てんのか。だらしねぇな」
マリンの注意喚起を鼻で笑いつつ、ちゃっかり声は抑えて偉い。
「あのさ、ラプラスはどのくらい戦える?」
「吾輩? 普通くらいじゃね」
「普通ってどんくらいよ」
「えー……スバルさんくらいにはできると思うけど」
「うーん……ごめんけどその基準全く分からん」
スバルの強さをマリンは知らないので、評価が難しい。
マリンの認識の中では今、敵に2人の脅威がいる。
それがAZKiとあやめだ。
すいせいやアキロゼも相当格上だが、ノエルたちの評価やマリンの目算ではあの2人が超強敵。
AZKiは恐らく、ルーナの能力のせいで真っ向勝負だと誰1人敵わないが、策は練りやすい。
だがあやめはどうだろう?
ノエルの話す限り、身体能力抜群で、更に覚醒したスライムの能力者。
神速抜刀術、居合い、見切り、素の怪力、瞬発力。
身体能力だけでチート。その上スライム化で攻撃を受け流す。
今のメンバーの中に、勝てる人間が浮かばない。
ロギアであるおかゆなどが相手をしても、勝ちは取れないだろう。
ラプラスはマリンの思考を察し眉を寄せる。
「吾輩と違うなら、倒す手段はいくらでもありますよ」
「――?」
「AZKiはルーナさんの能力さえ攻略すれば道はあるし、あやめさんだってロギアじゃない。って事は、受け流すにはその行為に意識を割く必要がある」
「――――そうですね」
案外柔軟な思考と態度で苦笑してしまう。
いや……コイツは元々そんな奴だったな。
「おーい! 船長さーん!」
「おっ、ノエちゃんたちが来ましたね」
キリのいいタイミングで騎士団3人も到着した。
「1番乗り〜……じゃない」
わためが無駄な瞬間移動で甲板に立つが、残念ながら1番はラプラスだ。
クスクスと囃すように苦笑しつつ、ラミィも乗船。そしてノエルも。
「ありゃ? 仲間はおらんの?」
「みんな寝てます。なのでできれば声は抑えてもらって」
「ん」
「あいよ」
マリンは騎士団全員の乗船を指差し確認し、キョロキョロと誰かを探す。
「こよりは?」
「こより?て、誰?」
「昨日鷹嶺ルイが引っ張ってきた人」
「あーあいつか。さあな。鷹嶺ルイに任せたし」
「大丈夫それ?」
「アイツは中々に有能だから心配ねえだろ」
今更裏切らないとは思うが、野放しにするのも危険。
まあラプラスが言うならルイに任せるとしよう。
「あの3人は問題なさそうだった?」
「そうっすね。まあいつも通りでした」
「それは逆に心配だけどもね」
緊張感ゼロは逆に怖いな。
「じゃあ船出していいですか?」
「おっけっす」
「ん」
マリンは梯子と錨を上げて船を発進させ、船首へ向かう。
沖の方まで船を進めるとノエルがマリンの隣に立った。
「マリンさんは寝れた?」
「……ノエちゃん」
「ん? どした?」
「マリンって呼んで」
「んっ? 急にどしたん⁉︎」
過去にホロメンに頼んだ時とは比にならない程気が篭っていた。
本気でそう呼べと訴えている。
マリンのただならぬ空気感に気圧されるが、しばし風を受ける事で落ち着いた。
「あいよ――マリン、ね」
「ありがと」
ノエルの小さな微笑みが懐かしい。
釣られてマリンも少し苦笑した。
「そいで? なんかあったん?」
「そう、マリンはちゃんと寝れた?」
呼称にしか意識の飛んでいなかったマリンはもう一度聞き返す。
ノエルは見事にマリン呼びに適応して見せた。
包容力のある温和な声音と微笑で尋ねてくれる。
「あまりそんな気分になれなくて……」
「やっぱ、あんま寝てないんじゃね」
「まあ……」
ポルカたちは寧ろ何故寝ていられるのか。
マリンが他のメンバー以上に気負っているのは明白だが、こんな作戦前夜に眠るなんてできない。
目がギラギラで、寝れたかどうかも実は曖昧だ。
「んじゃぁ、ここはノエちゃんがやっとくけん、しばらく寝といで」
「えっ……いやでもさ、船長の能力で船を――」
「知っちょる。じゃけんノエちゃんがここおるって言っとんの」
「いやでも……あんま寝れんし」
「寝といで。寝れなくても、無理矢理に」
形だけ備わっていた操舵席にノエルが腰をかける。
遠征の際に身につけたのか、操舵技術があるらしい。
本作戦の肝でもあるマリンは、士気向上と本領発揮の為にしっかり寝るべきだ。
一味だってきっと、そうさせた。
「ノエちゃん」
「ん?」
「好きだわ」
「ありがと」
3期生の絆なんて無いはずなのに、小さな絆と信頼関係を感じた。
「……寝てくるね」
マリンは目元を隠して寝室へと駆け込んだ。
「…………」
操舵席に座り、ノエルは水平線を眺める。
朝の日差しが水面で輝いて眩い。
「ふっ……」
思わず笑った。
ノエルは絶対にかなたを助けて、これを報告しなければならない。
感謝でいっぱいだ。
「のえたーん」
「ん、おぉ、どしたん2人とも」
物思いに耽っていると、騎士団仲間の2人が寄ってきた。
2人の髪が朝日で光る。
「ずっと1人でここにいても暇でしょ?」
「話し相手になるよ」
「――ありがとう」
3人は他愛も無い話に花を咲かせた。
そしてマリン号は真っ直ぐに、確実に、ハングリー島への航路を進んだ。