ガン、ガンっ!
隆起した大地がちょこに襲いかかったが、涼しい顔で身を固め、弾いていた。
「それじゃあダメよ。大雑把に能力を使い過ぎてる」
「むむむ……だったら!」
能力での攻撃は無意味と諦めて、ラプラスは近接攻撃にシフトした。
ちょことの距離を急激に詰めて、拳を強く握る。
しかし、ちょこに通常の打撃は通らない。
だから軽く拳で意識を裂いて、その次は――
なんて画策していたが、そんな思惑は一撃目で潰える。
ガチンっ……。
「い゛っでぇぇ‼︎」
態と外そうとちょこの頰付近を狙った拳が、ちょこの顔面に直撃。
自ら顔を寄せてぶつけてきた。
硬質な顔に拳が衝突し、ラプラスの腕は鉄で撃たれたような痛みで赤らむ。
「それもダーメ。近接が得意な私にそんなお粗末な距離の詰め方じゃ、思う壺よ」
「うぐぐ……」
勇んで臨んだ初稽古。
ラプラスの出鼻は挫かれる。
それでも文句を垂れない。
悔しくないのではなく、敗北に慣れ過ぎているから。
能力を得て強くなったと思い込んでいたが、とんだ勘違いだった。
「くっそぉ!」
ムキになって能力を発動させた。
地面が隆起し、ちょこを天上に吹き飛ばす。
ガンっ、と勢い良く地面に転落するが硬質化でほぼダメージ無し。
ちょこはスッと立ち上がり、全身の土を払う。
「今のは惜しいんじゃない?」
「どこがですか!」
煽られたと錯覚する褒め方に、初めてラプラスが喚いた。
「ラプちゃん」
ちょこは水入りペットボトルを差し出した。
口先を曲げたままラプラスはそれを飲む。
一気に半分以上減った。
「貴方の能力はとても強いわ。そもそもロギアってだけで希少なのだから」
「吾輩もそう思ってましたよ」
だからこそ、まだ連敗記録が更新される事が腹立たしい。
「でも思い出して欲しいの。ルーナ姫がラプちゃんに見出した才能を」
「…………」
「分かるでしょ? 能力じゃないの」
ルーナがラプラスに目を付けた理由は、その身体能力の高さとその精神の強さ。
人並み以上の身体能力と決して折れない心を持つからこそ、ルーナは目を付けていた。
「でもちょこさんは、叩いても殴っても効かないし。能力も効かない。既に心が折れそうなんですけど」
不貞腐れてちょっと嫌味っぽく言ってしまった。
数秒遅れて後悔するも、ちょこは一切気に留めない。
「そうね。ちょこ相手にどう闘うか、それが命題ね」
「……」
「いいラプちゃん。貴方は騎士団に入ったのよ。騎士団は敵を倒す事が任務じゃない。敵から大切なモノを護り、救う事が任務なのよ」
「……分かってます」
意固地になって、そう答えた。
だって、もしちょこが敵として立ち塞がったなら、ラプラスはもう詰んでいる。と思っている。
「貴方は勝つ事を念頭に置いて戦っているけれど、敵に勝つ必要は無いの」
「……」
「どんな強敵が相手でもね、必ず隙はあるし弱点はある。まずはそれを探る」
「ちょこだって勝てない人は山ほどいるわよ? だからこそ、いざって時は逃げの一手も肝心。敵と自分の相性や実力差を考慮して、勝算が0なら撤退。あ、因みに勝算は、勝つ事じゃなく、護る事。護るべき人を護り、救うべき人を救える確率の事」
「――」
「でももし1%だけ可能性があって、それ以上勝率を上げられないのなら、腹を決めて闘うの」
「――当たり前です、そんなの」
「あら、そう?」
私情を捨て、護る事を優先する。
それが騎士団としての在り方。
ラプラスは既に認識していた。
「なら貴方はちょこにどう立ち向かうの?」
「――」
「貴方は身体能力が高く、能力は地形を操作できてしまう。フィールドの掌握が貴方には可能なのよ」
「――――」
「能力をぶつける、拳をぶつける。戦い方はそれだけかしら?」
「――――――」
「もっと有るはずよ。貴方はちょこより発想力があるし、能力の活用の幅も大きい。況してや優れた身体能力に、不屈の精神まで」
「――――――――」
「良いとこ山みたいにてんこ盛りなんだから」
そうだ……。
今学んでいるのは、ちょこを倒す手段ではない。
どのように分析して、どのようにあしらい、どうやって仲間を救うのか。
勝つ事が全てじゃない。
*****
マリンの解散指示の後、ポルカ、トワ、みこを除いた者たちは各々救うべき人の為に散らばり、奔走した。
広い施設で中央ホールから四方に通路が延びている為、特定の人間を探すことは困難だ。
それでも引き合わせられたのなら、やはり運命だろう。
散開後、ラプラス・ダークネスは2階東通路を駆けていた。
何故か全員異なる通路を選択した結果、ラプラスは間近の通路に飛び込んだ。
照明が少なく薄暗い通路を、ただ只管に走り続ける。
時折右折左折とあるが、大概的に直線だ。
走り走り、目に付く扉は全て開く。
片っ端から開け放して、敵を――友を探す。
そしてやがて、東の階段に到着した。
「階段は中央だけじゃ無いのか」
北側に階段が見当たらず不便な施設だと思ったが……。
階段は上にも下にも続いている。
ラプラスは一瞬下を見たが、首を大きく横に振ると上の階段に飛び込んだ。
その瞬間――眼前に敵――否、友が現れた。
「――ぁ!」
「っべ‼︎」
咄嗟に飛び退く事は出来なかったが、能力を発動させる事には成功。
床が山の様に盛り上がり、階段を破壊してラプラスを無理矢理通路へ突き飛ばした。
砕け散る瓦礫と共に床を転がり距離を開く。
ラプラスが強引に敵の前から離脱した理由、それは――相手がねねだから。
ねねは相手がロギア種だろうと何だろうと、1発K.O.の技を保有している。
だから彼女の一定範囲内に足は付けられない。
「シオンにマウント取りたかったが……ねねさんか」
求めた相手とは別だが、最も救いたいと願ったうちの1人と早々に遭遇できた事は幸運だ。
しかしねね相手では、ラプラスが得意とする地形操作のアドバンテージも、長けた身体能力の近接格闘も、上手く作用しない。
「思う様には行かねぇよな」
ねねは階段から飛び跳ねて、付近の天井に立っていた。
階段の崩落が止まり、静かになれば軽く跳躍して地面に降りる。
「でも……」
拳を強く握り、身を更に小さく屈める。
いつでもどの方位にでも動き出せる体勢。
分析、立案、実行。
この手順で。
「今ならねねさんにも負けないね」
不敵に笑って戦闘開始。
先手はラプラスから。
一直線にねねに立ち向かう。
「行くぞねねさん!」
敢えて一度宣言し、力一杯に大地を踏み付ける。
ごごご、と大地が唸り、揺らぎ出す。
そして床が突出し、天井に到達。ねねを挟むように二つの山が通路に出現した。
その山の中に潜り込み、内側へ侵入すると、ラプラスは天井付近から飛び出し、ねねに襲いかかる。
握った拳を力強く引き、渾身の一撃を。
それに合わせるようにねねも右手を引いて構えている。
拳が衝突すれば、勢いは相殺され、ラプラスの脚が地についてしまう。
大丈夫!
初撃から当たるなんて思っちゃいない。
ラプラスは敵の能力を知っていて、敵はラプラスの能力を知らない。
こんな優勢は滅多に無いんだ。焦る事はない。
「――ょ」
「――⁉︎」
ラプラスは拳衝突の直前に全身を土砂に切り替える。
当然、流動的な物質に拳は通らず、ねねの全身に僅かな土砂が降り掛かる。
咄嗟に両手で目を覆い、隙が生まれた。
ラプラスは土砂のまま床に散り散りになり、地面に潜る。
そして仕上げに中央――ねねの立つ床を山の様に突き出した。
「ッ――‼︎」
ねねはなす術なく天井に打ち上げられた――が、ねねだってフィールドを自在にかける少女。大半の人間が「頭上注意!」になるこの場面でも、見事に世界をひっくり返して、天井に着地――したが、半分失敗。
「ィ……!」
左脚がピキっと鳴った。
罅でも入ったのだろう。
じわじわと痛みが広がるが、無理をすれば動かせる。
「判断早え……」
あの速度で天井に飛ばされれば、ラプラスは間違いなく対処が間に合わない。
流石の判断速度だ。
ねねは3人の中で誰よりも勉強が得意だったから。
その産物かは不明だが、物事を判断する能力に長けている。
「
「――!」
口籠ったかのような声がし、ラプラスの生み出した山が激しく裂傷する。
次の瞬間、道を閉ざした山が爆ぜるように崩壊した。
今の声と技は……。
「何だよシオン。吾輩に会いに来たのか?」
「――?」
「生憎だが吾輩、以前の様に平坦な道に立っちゃいないんだ」
崩壊した山の奥より、紫咲シオンが顔を出す。
半年ぶりに見る顔だが、全く変化が無い。
「……まさかあのシオンが、2対1とはなぁ。しかもそれで負けるんだぞ? 情けねえなぁ」
軽く煽って感情に揺さぶりをかけるが、この程度で洗脳は靡かない。
「――なんか喋れよシオン。ねねさん」
「……ずっと1人で喋ってて怖ーい」
「誰だか知らないけどお山の大将気取りはその辺にしとけって。ズタズタにしてやるからさ」
不敵に笑うシオンの隣にねねが着地した。
とても華麗に。
シオンはラプラスを小馬鹿にしつつ、ねねの左足に触れた。
目に見える変化は無いが、恐らく脚の怪我を治したのだろう。
「無意識でそれかよ。マジで変わんねーな」
洗脳下にあるか否かの違いがラプラスには区別できなかった。
それほどシオンっぽく、ねねっぽい。
「ふ、まあどうでもいーか」
よく喋る。
1人でよく口が動く。
普段は余り、一方的に喋ったりしないが。
「構えろ。約束通り1年掛けずに、2人を超えてやるからよ」
漸く同じ土俵に立ったのだ。
もう負けたくない。
もう失いたくない。
だから――勝つ。
「――
シオンの得意技が空を切り裂きラプラスに迫る。
懐かしむ事もせず、ラプラスは顔面に攻撃を受けた、が土砂のように切り口が崩れ、再生する。
ねねとの相性は半々だが、シオンには優位を取れる。
傷、というロギアには無縁の能力だから。
「はっ、そよ風かよ!」
タタタタッ――。
颯爽と暗がりの通路を駆けるはラプラス。
中途半端に距離を詰めて右足を強く地面に突き立てる。
突出する地面がねねとシオンを高く持ち上げる。
ねねはシオンを抱えて天井に張り付いた。
一度で学習して警戒されてしまった。
ねねは天井を全力疾走。
「
かまいたちを模した雨が際限なく降り注ぎ、地面が叫び声を上げ始めた。
ピシピシ、ミシミシ、ガラガラ……。
「施設は大切にしろよ……!」
ラプラスは逸早く全身を流動化させる事で身を守る。
次の瞬間――土砂は崩壊する石の床と共に1階へと落下した。
「――!」
シオンがねねの手から離れて1階まで飛び降りる。
落下したラプラスを見つけたのだ。
かなりの高度だがお構いなしにシオンは右手を翳してラプラスへ一直線。
シオンの能力を侮ったラプラスはここで致命傷を負う事となる。
「お前の攻撃は効かねえよ!」
「――っりゃ!」
「――――⁉︎」
眼前に落下すると両腕をラプラスの腹に突き刺した。
当然体を貫通するが、無傷。
物理的な攻撃は無効なのだから。
しかし、その一撃に違和感を覚えた。
不審そうに顔を顰めて距離を開くと、腹の風穴が再生する。
その再生した腹に――。
「何だ、これ……」
魔法陣の様なマークが刻まれていた。
円の中に一つの星マーク。
そんな刻印が。
「
過去に見た事のない技に面食らう。
印を刻まれた部分に手を当てるが、何もない。
「その刻印は徐々に体力を奪う。10数分で、動けなくなるよ」
「……リミットかよ、つまんねえ真似しやがって」
しかも、体力を奪うと言う事は、時間が経つにつれラプラスは弱くなる。
早期決着に限るな。
「けど関係ねえな。10分で片付けてやればいい話だろ!」
猛々しい咆哮が鼓動を昂らせる。
騎士は勝つ事が仕事ではない。
そう習った。
だからこれは騎士としてではなく、個人的な理由で。
――2人に勝つ。
勝って、救う。
制限時間は10数分。
「行くぞ――!」
1階東通路、ラプラスvsシオねね――?