『ころねちゃん、他に人は来ない?』
「うん、誰も」
『そっか、なら見張りはもういいや。他の皆と同じ様に侵入者迎撃に回って』
「分かった」
ころねは北口の門番を離れ、間近の階段より上階へ。
そして敵を探し始めた。
*****
おかゆとあくあも、早々にマリンから離れてある人を捜索していた。
2人はあくあの能力で透明化し、ある人を見つけるまで全てを無視して駆け回る。
2階を巡り3階へ。
3階を巡り……北通路の階段間近。
その人は見つかった。
「あくあ、能力を解いて」
「うん」
その人の前に、2人は堂々と姿を見せた。
「……やあ、ころさん。久しぶり」
アルメンドラで対面していない2人。
おかゆの洗脳が解けて以降の初対面。おかゆの意識では1年ぶりになる。
突如姿を現した2人にころねは警戒していた。
「……あくあ、一緒に来てくれてありがと。でもここまででお願い」
「ぅ……」
冷たい態度に見えるが、決してそんな事はない。
おかゆは本当に、心底あくあに感謝している。
彼女がいなければ、道中にすれ違った数名と戦う羽目になっていた。
スムーズにころねと遭遇できたのは、
「僕はころさんと正面から向き合いたい。1対1で」
「でもおかゆ……」
「あくあ――お願い」
見つめる瞳が、幾度と見てきたおかゆの瞳以上に美しく、儚いから……あくあは諦める他に無かった。
「何かあったら呼んでね。必ず飛んでくるから」
「――ありがとう」
あくあは来た道を戻り、その場を退散した。
ころねとおかゆで、心境は違えどあくあを見送る。
足音の反響も消えた頃。
「ころさん。ずっと、会いたかったんだ」
「……そう」
ぶっきらぼうに答えて、ころねは構えた。
昔よく見たボクシングの構え。
その拳がおかゆに向いた事は、過去に一度も無い。
ころねは敵に回ると脅威だ。おかゆも重々承知している。
ここまで敵意を向けられても、ころねなら或いは、洗脳下にあってもおかゆを攻撃しないのではないか。そんな淡い期待が燻り続ける。
「ぉっ――ッら‼︎」
真正面からころねの正拳突きがおかゆの腹を穿つ。
びちゃっ、と泥が跳ねた。
「……」
「――!」
おかゆが距離を取らないので、右腕を掴もうとした。だが腕が崩壊して手に爪が刺さる。
爪には泥が詰まる。
「……」
「――」
おかゆの反撃を恐れて大きく後方へ飛び退くが、おかゆは微動だにしない。
「ころさん。僕だよ、分からない?」
「――?――?――?」
分かる。分かる。分かる。
分からない。分からない。分からない。
分かる?分からない?分かる?分からない?
――????????????
ころねの脳がバグる。
バグって混乱して、どちらの情報が正しいのか分からなくなる。
迷宮の如き脳内が騒がしく、体力が奪われる。
「ころさん……」
その葛藤が表面に滲み出ないので、おかゆは言葉の効果が実感できない。
お互い探り合う様に距離を開いているが、どちらもそんな意図は無く、混乱する者と、逡巡する者に割れるだけ。
数分程2人は己と葛藤していた。
「――ゥー! ぉらよ‼︎」
延々と答えの出ない思考を放棄して、ころねは特攻した。
力強いパンチ一発がおかゆの顎を撃ち抜くが、やはり無意味。
「っ、ころさん! 思い出してよ! いつも一緒に遊んでたでしょ!」
「――! ぉらよ!」
回し蹴りに、膝打ち、肘打ちとボクシングでは使わない技も多用し攻め立てるが、全ての威力は泥に呑まれる。
「ころさん、あくあの事気に食わないって、言ってたの覚えてない?」
「知らない!」
回想させるべく想い出を語ると、ころねは怒号と共に頭上から脳天を撃ち砕く。
脳天だけでなく全身を砕かれたおかゆが再生して、再び訴える。
「あくあの話を持ち出すといつも拗ねてたでしょ⁉︎」
「しらないよ!」
腹に一発。
「じゃあその能力、どうやって手に入れたか覚えてる?」
「元々持ってた!」
脇腹に一発。
「ゲームの大会で優勝して、貰ったんだよ!」
「ゲームなんかしない!」
脚が一瞬消えた。
「僕の事! 好きだって言ってくれたでしょ!」
「――!――?――!――?――記憶に無い!」
「僕はずっと好きだよ!」
「――⁉︎――⁉︎――⁉︎ ゥー! ぉ、らぁ!」
顔面が砕けた。
目の前が真っ暗になり、一瞬で元通り。
このロギアの感覚にも慣れたが、そんな事今はどうでも良い。
言葉にある程度の反応は示すが、想いが届いていない。
大半の事に関して、思考を投げている。
おかゆを敵と見做し、敵をただ排除するロボットの様に、無機質に拳を振い続けている。
おかゆはころねを傷付けられない。
友に、想い人に、そんな真似出来ない。
――――。
おかゆはピクリと眉を動かした。
「……」
そうか……そうだ……。
同じ土俵に立たぬ者の声が、どうして相手に届くだろうか。
安全圏から情に訴えて、どうして相手に響くだろうか。
ならばおかゆは、どうするべきなのか。
策ならある。
でもころねの攻撃はとても……。
「……」
ころねが歯軋りして距離を置いている。
ジロリと鋭い睨みを利かせて。
それでもその姿が、おかゆには愛おしい。
おかゆにとってころねとは何だ?
「――」
更に周囲の環境を確認して、ころねは一歩後退り。
先刻とは意図を変えて、おかゆは眉を寄せた。
「……」
「――!」
ころねがまた一歩後退し、この場を退散したいのだと直感できた。
そうだ、もうこれしかない。迷う余地なんてないんだ。
ころね的には、こんな不利しかない対敵は避けたい。これ以上ここで時間を無駄にしたくない。
おかゆとの交戦が無意味と知れば、当然離脱し他の仲間に戦場を譲る。
ころねを逃がさない為にも、腹を括るしかない。
「ころさん!」
「うっ――」
ころねにがっしりと抱き付いた。
力強く抱擁し、この場から決して逃さないと。
おかゆからの初アクションに戸惑いつつも、ころねは拳をぶつけた。
横腹の辺りに直撃――
「ゔッ……」
一撃で吐瀉物が飛散しそうだ。
これが今まで、間近で見ていたパワーなのか。
苦しい!
「――ぉら!」
攻撃が効くと分かるや否や、ころねは猛攻を開始した。
顔面だろうと腹だろうと、腕だろうと脚だろうと、容赦なく殴打しておかゆを苦しめる。
「ころさ――ッ」
同じ土俵に立って話す為に、自らロギアの力を切ったのだが、そこに付け込んでころねは攻撃の手を止めない。
だから想いを告げようにも、舌が回らない。
鼻血が止まらない。
唇も切れたし舌も噛んだ。
何度か嘔吐した。
朴は赤く腫れて、左の二の腕が青ざめている。
想い人にこれ程の仕打ちを受けた事はない。
痛いのは嫌だ。
でも、ころねがこのままなのはもっと嫌だ。
踏ん張れ、おかゆ!
「ころさん!――」
殴られ始めた頃は、何とか避けようとしたが、今ではもう全てを受け止める気構えでいた。
また腹部に重たい一撃が撃ち込まれ、胃の奥から何かが飛び出した。
「はら……じを……」
激痛にやられて意識と呂律が回らない。
鼻血で鼻が詰まって声が掠れる。
這いつくばって悶えていると、目の前にころねの足が現れた。
情け無い面を上げてその瞳で訴えるも、ころねの腕が非情に迫り来る。
パンチじゃあない。頸動脈に触れようと、手を伸ばし、
ぐじゅ、と泥を掴み取った瞬間――
「ぐ――ォっ!」
おかゆの全身が真横からの衝撃に耐え切れず壁へと吹き飛んだ。
一度床を跳ねて壁に衝突、激しい痛みに呼応する様に吐血し、床にみっともなく崩れた。
一瞬何が起こったのか……。脳が処理不全を起こしたようだ。
幸か不幸か、痛みを受けてその理由を知る。
脈を測らせて貰えないと気付いたころねが、全力で右足を振り抜いたのだ。
まるでサッカーボールの様に跳弾して、このザマ。
「ころ……ざっィ……」
立ち上がろうと必死に手を着くが、右腕の骨が折れていた。
バランスが崩れて倒れると、その右腕が下敷きになって痛みが増す。
無様な姿を見下しながらころねが歩み寄る。
こつこつと鳴る靴音が、死のカウントダウンのよう。
だがロギアの力は抑える。
ころねに恐怖なんて抱くもんか。
どんな時も、愛おしくて仕方がない。
折れた右腕を庇いながら、這いずって、ころねの顔を見上げた。
自分の顔は見えないが、史上最悪に醜い事はわかる。
だと言うのに……
「…………」
鋭い眼光を放つころねの腕が――今にも振り下ろされそうな腕が、小刻みに揺れているではないか。
全身何かが迸り、痛みを彼方へと忘れた。
「ころ、さん……」
久しぶりに口が回った。
名前を呼ぶとピクリと身を跳ねさせる。
――効いている。効果がある!
そう思い込めば堰を切ったように言葉が涙と共に溢れる。
「ころさん、僕だよ、おかゆ。思い出した? ほら、いつも僕の事守ってくれてたでしょ。みんなで探検した時も、知らない人に意地悪された時も」
「ぅ……っ……」
「そうだ指輪――! 指輪も作ったよ、探検して見つけた宝石で――! あくあに上げるって話したら、ころさん怒っちゃって……」
「ゥーッ!」
「ころさん、僕はまたころさんと一緒に過ごしたいよ。戻って来て――」
「ぅ、ぅぅ……ぅあっ――!」
おかゆの思い出話に錯乱し全身を振り乱す。
しかしどれも決定打にはならず、ころねの意識は戻らない。
いや、そもそも言葉巧みに洗脳を解除できるのか?
分からない。
ならどうする? ああそうだ、白雪姫だ。
毒を治す薬は、愛する人の接吻だ。
過去に一度も、キスをした事はない。
よくて抱擁や手繋ぎ。
でも、治す為なら、初めてだって惜しくない。
相手がころねなら、寧ろ本望!
想いよ、伝われ!
「ころさん――」
ぶっ壊れた身体に過激に鞭打って、立ち上がり、倒れ込む様にころねの口元に唇を寄せた。
初めてのキスの味――
「うあああ‼︎」
「――――ッッ‼︎」
おかゆの初めてのキスは、まだだった。
口の中に広がる血と石の味に吐き気を催し、溺れて、激しい痛みに意識を削がれていった……。
猫又おかゆは気絶した。
そして彼女の気絶後も、暫くころねは錯乱状態であった。