ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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85話 覚醒(めざ)めの声を待つ

 

『ころねちゃん、他に人は来ない?』

「うん、誰も」

『そっか、なら見張りはもういいや。他の皆と同じ様に侵入者迎撃に回って』

「分かった」

 

 ころねは北口の門番を離れ、間近の階段より上階へ。

 そして敵を探し始めた。

 

 

 

          *****

 

 

 

 おかゆとあくあも、早々にマリンから離れてある人を捜索していた。

 2人はあくあの能力で透明化し、ある人を見つけるまで全てを無視して駆け回る。

 

 2階を巡り3階へ。

 3階を巡り……北通路の階段間近。

 その人は見つかった。

 

「あくあ、能力を解いて」

「うん」

 

 その人の前に、2人は堂々と姿を見せた。

 

「……やあ、ころさん。久しぶり」

 

 アルメンドラで対面していない2人。

 おかゆの洗脳が解けて以降の初対面。おかゆの意識では1年ぶりになる。

 突如姿を現した2人にころねは警戒していた。

 

「……あくあ、一緒に来てくれてありがと。でもここまででお願い」

「ぅ……」

 

 冷たい態度に見えるが、決してそんな事はない。

 おかゆは本当に、心底あくあに感謝している。

 彼女がいなければ、道中にすれ違った数名と戦う羽目になっていた。

 スムーズにころねと遭遇できたのは、(ひとえ)にあくあのお陰。

 

「僕はころさんと正面から向き合いたい。1対1で」

「でもおかゆ……」

「あくあ――お願い」

 

 見つめる瞳が、幾度と見てきたおかゆの瞳以上に美しく、儚いから……あくあは諦める他に無かった。

 

「何かあったら呼んでね。必ず飛んでくるから」

「――ありがとう」

 

 あくあは来た道を戻り、その場を退散した。

 ころねとおかゆで、心境は違えどあくあを見送る。

 足音の反響も消えた頃。

 

「ころさん。ずっと、会いたかったんだ」

「……そう」

 

 ぶっきらぼうに答えて、ころねは構えた。

 昔よく見たボクシングの構え。

 その拳がおかゆに向いた事は、過去に一度も無い。

 ころねは敵に回ると脅威だ。おかゆも重々承知している。

 ここまで敵意を向けられても、ころねなら或いは、洗脳下にあってもおかゆを攻撃しないのではないか。そんな淡い期待が燻り続ける。

 

「ぉっ――ッら‼︎」

 

 真正面からころねの正拳突きがおかゆの腹を穿つ。

 びちゃっ、と泥が跳ねた。

 

「……」

「――!」

 

 おかゆが距離を取らないので、右腕を掴もうとした。だが腕が崩壊して手に爪が刺さる。

 爪には泥が詰まる。

 

「……」

「――」

 

 おかゆの反撃を恐れて大きく後方へ飛び退くが、おかゆは微動だにしない。

 

「ころさん。僕だよ、分からない?」

「――?――?――?」

 

 分かる。分かる。分かる。

 分からない。分からない。分からない。

 分かる?分からない?分かる?分からない?

 ――????????????

 

 ころねの脳がバグる。

 バグって混乱して、どちらの情報が正しいのか分からなくなる。

 迷宮の如き脳内が騒がしく、体力が奪われる。

 

「ころさん……」

 

 その葛藤が表面に滲み出ないので、おかゆは言葉の効果が実感できない。

 お互い探り合う様に距離を開いているが、どちらもそんな意図は無く、混乱する者と、逡巡する者に割れるだけ。

 

 数分程2人は己と葛藤していた。

 

「――ゥー! ぉらよ‼︎」

 

 延々と答えの出ない思考を放棄して、ころねは特攻した。

 力強いパンチ一発がおかゆの顎を撃ち抜くが、やはり無意味。

 

「っ、ころさん! 思い出してよ! いつも一緒に遊んでたでしょ!」

「――! ぉらよ!」

 

 回し蹴りに、膝打ち、肘打ちとボクシングでは使わない技も多用し攻め立てるが、全ての威力は泥に呑まれる。

 

「ころさん、あくあの事気に食わないって、言ってたの覚えてない?」

「知らない!」

 

 回想させるべく想い出を語ると、ころねは怒号と共に頭上から脳天を撃ち砕く。

 脳天だけでなく全身を砕かれたおかゆが再生して、再び訴える。

 

「あくあの話を持ち出すといつも拗ねてたでしょ⁉︎」

「しらないよ!」

 

 腹に一発。

 

「じゃあその能力、どうやって手に入れたか覚えてる?」

「元々持ってた!」

 

 脇腹に一発。

 

「ゲームの大会で優勝して、貰ったんだよ!」

「ゲームなんかしない!」

 

 脚が一瞬消えた。

 

「僕の事! 好きだって言ってくれたでしょ!」

「――!――?――!――?――記憶に無い!」

「僕はずっと好きだよ!」

「――⁉︎――⁉︎――⁉︎ ゥー! ぉ、らぁ!」

 

 顔面が砕けた。

 目の前が真っ暗になり、一瞬で元通り。

 このロギアの感覚にも慣れたが、そんな事今はどうでも良い。

 

 言葉にある程度の反応は示すが、想いが届いていない。

 大半の事に関して、思考を投げている。

 おかゆを敵と見做し、敵をただ排除するロボットの様に、無機質に拳を振い続けている。

 

 おかゆはころねを傷付けられない。

 友に、想い人に、そんな真似出来ない。

 ――――。

 

 おかゆはピクリと眉を動かした。

 

「……」

 

 そうか……そうだ……。

 同じ土俵に立たぬ者の声が、どうして相手に届くだろうか。

 安全圏から情に訴えて、どうして相手に響くだろうか。

 ならばおかゆは、どうするべきなのか。

 策ならある。

 でもころねの攻撃はとても……。

 

「……」

 

 ころねが歯軋りして距離を置いている。

 ジロリと鋭い睨みを利かせて。

 

 それでもその姿が、おかゆには愛おしい。

 おかゆにとってころねとは何だ?

 

「――」

 

 更に周囲の環境を確認して、ころねは一歩後退り。

 先刻とは意図を変えて、おかゆは眉を寄せた。

 

「……」

「――!」

 

 ころねがまた一歩後退し、この場を退散したいのだと直感できた。

 そうだ、もうこれしかない。迷う余地なんてないんだ。

 ころね的には、こんな不利しかない対敵は避けたい。これ以上ここで時間を無駄にしたくない。

 おかゆとの交戦が無意味と知れば、当然離脱し他の仲間に戦場を譲る。

 

 ころねを逃がさない為にも、腹を括るしかない。

 

「ころさん!」

「うっ――」

 

 ころねにがっしりと抱き付いた。

 力強く抱擁し、この場から決して逃さないと。

 おかゆからの初アクションに戸惑いつつも、ころねは拳をぶつけた。

 横腹の辺りに直撃――

 

「ゔッ……」

 

 一撃で吐瀉物が飛散しそうだ。

 これが今まで、間近で見ていたパワーなのか。

 苦しい!

 

「――ぉら!」

 

 攻撃が効くと分かるや否や、ころねは猛攻を開始した。

 顔面だろうと腹だろうと、腕だろうと脚だろうと、容赦なく殴打しておかゆを苦しめる。

 

「ころさ――ッ」

 

 同じ土俵に立って話す為に、自らロギアの力を切ったのだが、そこに付け込んでころねは攻撃の手を止めない。

 だから想いを告げようにも、舌が回らない。

 鼻血が止まらない。

 唇も切れたし舌も噛んだ。

 何度か嘔吐した。

 朴は赤く腫れて、左の二の腕が青ざめている。

 

 想い人にこれ程の仕打ちを受けた事はない。

 

 痛いのは嫌だ。

 でも、ころねがこのままなのはもっと嫌だ。

 踏ん張れ、おかゆ!

 

「ころさん!――」

 

 殴られ始めた頃は、何とか避けようとしたが、今ではもう全てを受け止める気構えでいた。

 また腹部に重たい一撃が撃ち込まれ、胃の奥から何かが飛び出した。

 

「はら……じを……」

 

 激痛にやられて意識と呂律が回らない。

 鼻血で鼻が詰まって声が掠れる。

 

 這いつくばって悶えていると、目の前にころねの足が現れた。

 情け無い面を上げてその瞳で訴えるも、ころねの腕が非情に迫り来る。

 パンチじゃあない。頸動脈に触れようと、手を伸ばし、

 

 ぐじゅ、と泥を掴み取った瞬間――

 

「ぐ――ォっ!」

 

 おかゆの全身が真横からの衝撃に耐え切れず壁へと吹き飛んだ。

 一度床を跳ねて壁に衝突、激しい痛みに呼応する様に吐血し、床にみっともなく崩れた。

 

 一瞬何が起こったのか……。脳が処理不全を起こしたようだ。

 幸か不幸か、痛みを受けてその理由を知る。

 

 脈を測らせて貰えないと気付いたころねが、全力で右足を振り抜いたのだ。

 まるでサッカーボールの様に跳弾して、このザマ。

 

「ころ……ざっィ……」

 

 立ち上がろうと必死に手を着くが、右腕の骨が折れていた。

 バランスが崩れて倒れると、その右腕が下敷きになって痛みが増す。

 

 無様な姿を見下しながらころねが歩み寄る。

 こつこつと鳴る靴音が、死のカウントダウンのよう。

 

 だがロギアの力は抑える。

 ころねに恐怖なんて抱くもんか。

 どんな時も、愛おしくて仕方がない。

 

 折れた右腕を庇いながら、這いずって、ころねの顔を見上げた。

 自分の顔は見えないが、史上最悪に醜い事はわかる。

 だと言うのに……

 

「…………」

 

 鋭い眼光を放つころねの腕が――今にも振り下ろされそうな腕が、小刻みに揺れているではないか。

 全身何かが迸り、痛みを彼方へと忘れた。

 

「ころ、さん……」

 

 久しぶりに口が回った。

 名前を呼ぶとピクリと身を跳ねさせる。

 ――効いている。効果がある!

 

 そう思い込めば堰を切ったように言葉が涙と共に溢れる。

 

「ころさん、僕だよ、おかゆ。思い出した? ほら、いつも僕の事守ってくれてたでしょ。みんなで探検した時も、知らない人に意地悪された時も」

「ぅ……っ……」

「そうだ指輪――! 指輪も作ったよ、探検して見つけた宝石で――! あくあに上げるって話したら、ころさん怒っちゃって……」

「ゥーッ!」

「ころさん、僕はまたころさんと一緒に過ごしたいよ。戻って来て――」

「ぅ、ぅぅ……ぅあっ――!」

 

 おかゆの思い出話に錯乱し全身を振り乱す。

 しかしどれも決定打にはならず、ころねの意識は戻らない。

 いや、そもそも言葉巧みに洗脳を解除できるのか?

 分からない。

 ならどうする? ああそうだ、白雪姫だ。

 毒を治す薬は、愛する人の接吻だ。

 

 過去に一度も、キスをした事はない。

 よくて抱擁や手繋ぎ。

 でも、治す為なら、初めてだって惜しくない。

 相手がころねなら、寧ろ本望!

 

 想いよ、伝われ!

 

「ころさん――」

 

 ぶっ壊れた身体に過激に鞭打って、立ち上がり、倒れ込む様にころねの口元に唇を寄せた。

 初めてのキスの味――

 

「うあああ‼︎」

「――――ッッ‼︎」

 

 おかゆの初めてのキスは、まだだった。

 口の中に広がる血と石の味に吐き気を催し、溺れて、激しい痛みに意識を削がれていった……。

 

 

 猫又おかゆは気絶した。

 

 

 そして彼女の気絶後も、暫くころねは錯乱状態であった。

 

 

 

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