2階の中央ホールで解散を指示した後、マリンは真っ先に最上階へ向かった。
理由は当然打倒ぺこらとAZKi。
他の仲間には選ぶべき道を選べと指示したのだが、マリンの周りには意外と人が多かった。
指示したポルカ、好意を寄せるみこは当然として、フブキ、トワも。
マリンが先頭を駆け、背後から護るように4人が追走する。
解散直後、一向は3階へ突入しそのまま迷わず更に上へ――向かおうとした。
しかし……。
「ぶぅえっきしゅ!」
みこの大きなくしゃみが火切だった。
皆の鼻をくすぐる粉塵が舞い、目も鼻も刺激に体液を噴出させる。
目と鼻がヒリつき、赤らみ痒くなる。
くしゃみの大連鎖。
「うげぇ……こ、ごののうどょくわ……」
マリンは過去に一度だけ体験した。
あの時は正体不明だったが、やはりコイツ。
「がなだ……!」
中央ホールにかなたが佇んでいた。
遠距離から粉で攻撃を仕掛けてくる卑劣さ。
握力あるならもっと正々堂々と戦え。
との思いは、マリンの心のうちに秘めておく。
「ぶでぃず・ぶだんだにぇーる」
鼻水ずびずびに加えて、元からの舌ったらず。
言語として認識できないが、詠唱などは飾りだ。
みこの能力で風が巻き起こり、粉を吹き飛ばした。
薄く白んだ視界が元の薄暗さに戻る。
「放ってはいげないっずよ」
ポルカも少し鼻水を垂らしている。
が、お構いなしに進言。
最低でも誰か1人を残す事になる。
「なだみごが――」
「トワが残る、先に行げ!」
他の案には耳も貸さず階段を飛び降り、かなたと正面から対峙する。
「まがぜまじだ!」
涙と鼻水を汚くも袖で拭って、マリンは迷わず上へと進んだ。
ずずずずーっ、と大きく鼻を啜って赤らんだ目を少し擦って――はい健康。
「なあかなた」
「――? なに?」
「……トワの事、覚えてねぇんだな?」
「……ん? 覚えてるよ」
「…………」
遠慮がちに問いかけたトワの質問を平然と肯定しやがる。
まさか、と混乱する脳を整理してもう一度、次は言葉を変えて――
「トワと過ごした記憶、覚えてねぇはずだよな?」
「覚えてるよ、全部」
言葉の綾で巧みにトワを翻弄しているのかと思えば違うらしい。
あり得ない話だ。
実はかなたは洗脳ではありませんでした、なんて。
馬鹿げている。
そう信じて能力を使用した。
「……ノエルたちに当たらんくて良かったよ」
かなたの思考を覗いて心底安心した。
やはりトワと過ごした記憶は無い。
トワの質問に起点を利かせて有利に運んだだけ。
つまり嘘だ。
実際はトワが何を言っているのか全く理解できていない。
やはり洗脳下でも、ある程度の才能や素質、クセは健在らしい。
良くも悪くも。
「――」
「――」
さて……。
トワは構えた。
無防備なかなたに懐かしき格闘術の構えを向ける。
かなたに接触攻撃は基本効かない。
だからかなたの攻撃に合わせて帯電し、気絶させることが最終目標。
その策に勘づかれぬ様立ち回る技術が、あるだろうか?
「行くぞ?」
「うん」
立ち合い稽古の様に軽く挨拶を交わす。
「――!」
石畳を蹴り込み前方へ飛び出した。
かなたとの距離が真っ直ぐに縮まる。
まずは敵の思考と動きを見るだけ。戦闘は分析から。
何気にかなたと戦うのは初めてだ。
「――⁉︎」
トワの不用心且つ不恰好な一撃を躱した。
想定外の動きと思考に怯むも、もう一撃放って動機の確認。
どうやら間違い無い。
が、その奥が見えない。
かなたは東の通路へ後退するように2撃とも回避。
思考を読み取ったところ、かなたは中央ホールで戦いたくないらしい。
相手のフィールドは歓迎するべきでないが、ここで見逃せばまたいずれ弊害となる。
思惑に乗る……しかない。
思考が読めても打破できない自分がもどかしい。
一味の大半がそうだが、皆能力に頼り過ぎている。
マリン、フブキ、おかゆ、みこ、あくあ。
トワとポルカはそこそこ身体能力が高いが、やはり歴戦の猛者に比べれば半歩以上劣る。
新規加入のノエルのみが能力に頼らない戦闘が可能と言う、薄氷の上を渡る様な航海。
一味の越えるべき壁や関門はまだまだあるな。
そんな私情はさておき、トワはかなたを追い詰める様に東通路へ進む。
敵の退路を断っている光景に見えるが、実は追い込まれていたなんて展開もあり得る。
少しずつ照明が弱くなるが、目を凝らして危険を見逃さぬ様努めよ。
そうこうする内に東通路の階段付近まで辿り着いてしまう。
階段を一瞥しトワは増援への危機感を募らせたが、かなたはそこで立ち止まって構えた。
場所を変えたと言う事は仕掛けがあるはず。
要注意――。
「ふぅーー……」
かなたが手のひらに息を吹きかけ粉を吹き飛ばす。
手の平から無限に粉が生まれ、視界を曇らせてゆく。
しかも、胡椒のように鼻や目を強く刺激して、涙と痒みがとめどなくトワを襲う。
「おいがなだ、やでぃ方が……卑怯やぞ」
涙と粉でぼやける視界。
その視界の奥でかなたが懐から何かを取り出す光景が……。
ぱちっと何かを擦る音、そして燃え上がる炎――。
「――バッ!」
反射的に逃げ出すトワ。
しかし無情にもその炎は舞う粉へと放られて……
ババババっ――!
と、小さな破裂音から始まり、一瞬で爆発は拡大。
トワの周囲が爆破した。
「ッッ――‼︎」
全身が爆発の熱と風に当てられ、激しいダメージを負う。
爆風で地面に転がり、その態勢のまま身を包めて守るべき部分を守った。
身体の正面は外傷が少ないが、背中は服がやけ、皮膚も焼け、飛んだ瓦礫が突き刺さったりと痛々しい傷ができた。
しかしそれでも、爆破の威力を意図した抑えたのだろう。
トワが生きていることがその証拠。
「クッソ……」
背中全体がズキズキと痛むが、トワは鞭打って立ち上が――
ガラガラ……
「ぇ……」
床が唸り声を上げた途端――抜けた。
地が崩壊し、足場を失ったトワが瓦礫と共に真っ逆さま。
「どぁあああ!」
絶叫が階下の闇へと消えて行く。
かなたはにっこりと笑ってトワを見送った。
落ちる落ちる。
3階から2階へ。下手に落ちても死にはしないが、確実に痛い。
最悪だ。
かなたの奴、中央ホールを崩落させないために移動したのか。
jokerなんて体よくトワを焚き付けておいて、自分がjokerを潰しては元も子もない。
「ぁあああ! ああ⁉︎」
落下中に下を見た。
既に血の気が引いているが、更に鳥肌が立ち、全身がブルっと震えた。
下階の床が無いのだ。
2階にあるべき床が無く、このままでは1階まで落ちる。
1階分は軽傷で済むかもしれない。だが2階分は痛いで済まない。
痛いを通り越して遺体になるかもしれない。
「あああああふ――」
全身を襲う浮遊感が忽然と消えた。
風圧が消えて人肌の温もりが、血の気の引いたトワの体を温める。
背中の傷に手が触れて痛みが響いても、露ほども気にならない。
「大丈夫すか⁉︎」
ズザーっと着地した少女の声がトワのほぼ耳元から聞こえる。
聞き覚えは当然あった。
何故だろうか、とても懐かしい。
「あ、ああ助かっぅわっ⁉︎」
爆上がりした心拍数が徐々に静まり始め、相手の顔を見上げかけたその時――トワを抱えてその人は大きく飛び退いた。
2人の元いた壁付近が破損し崩れる。
更に追撃に何者かの拳が床を砕く。
それも躱してトワを抱える少女は床を力一杯踏みつけた。
床が波のように盛り上がり、敵2人に押し寄せるので、どう回避しようとも距離を取る事となる。
その隙にトワを一度手元から下ろして状況を尋ねた。
「トワさん、どうしたんすか」
「すまん助かった。かなたに床ぶち抜かれたんだよ。お前は」
「吾輩は、アイツらと絶賛喧嘩中っす」
「その腹のマークは?」
「これは……まあ、軽い怪我みたいなもんです」
トワを助けた少女はラプラス・ダークネス。
つまり2人の前にいるのはねねとシオン。
ラプラスがその戦いの最中に受けた刻印を、彼女はテキトーに誤魔化した。
トワに余計な心配をかけたくなかったから。非常時で無ければ寧ろオーバーに悶絶でもして助けを乞うのだが、今は生憎そんな舞台ではない。
トワに軽く腹を触れられ頬を赤らめるが、本人もそれに気付かず話は進む。
「そうか、大丈夫そうだな。したら悪いけどトワは上へ戻る」
「はい、気を付けて」
ピチャっ……。
「……?」
トワの足元に雫?が垂れてきた。
水道管でも壊れたか? にしては放水の規模が小さすぎるな。
視界が悪いのでトワはその液体に触れてニオイを嗅ごうとしたが、触れただけで物質の正体は判明した。
一応匂いも嗅ぐがやはり。
「これは――」
トワは抜けた穴を見上げ、闇の中の3階を見つめた。
いるのか、そこに――。
「ラプラス、予定変更だ」
「え……?」
「お前に加勢する」
「ま、マジすか⁉︎」
「ああ……かなたは別の奴に今任せた」
トワの助力の申し出に有頂天になる。
しかしトワの怪我やラプラスに刻まれた印など、懸念点は多い。
「ならトワさん」
「ん?」
「5分で片付けてやりましょう」
「頑張るわ」
1階東通路――ラプトワvsシオねね。
3階東通路――???vsかなた。