ホロメンと悪魔の実   作:炎駒枸

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88話 インクと粉

 

 トワを爆発に巻き込み、階下へと落としたかなたは満足げに息をついて次の敵を探そうとした。

 

「……」

 

 しかし、妙な気配を感じて思い止まる。

 気配――?

 違うな。

 そんな超人的な感覚じゃない。ただ無音の中に響いた小さな音。

 それがかなたをここに留めた物だ。

 

 神経を研ぎ澄ませて聞こえるか否かの本当に微弱な振動。

 微かな物音に反応して、かなたはそちらを凝視する。

 

「――ブラックアウト」

 

 虚空から飛び出す黒の液体が、かなたの目を潰す。

 慌てて目を擦るが完全に手遅れ。視界は閉ざされて暗闇の中を彷徨う。

 かなたは身の危険を感じて、身体を粉へと変えて弾けた。

 

「っ!」

 

 追撃のために放った青いインクが床に飛び散り、数滴が下階に垂れた。

 

 弾けた粉が再び身体を形成する。

 

「ううぅっ!」

 

 目をゴシゴシと擦って黒インクを拭いとると、やっと敵の正体を目にできた。

 

「噂の消える人」

「あてぃし有名人?」

「有名だよ。パレパレの実のパレット人間さん」

 

 かなたにも情報は漏れている。

 ポルカの通信機を破壊するまでの会話は全て聴かれているのだから当然だ。

 

 だが、あくあは今まで本気を出したことがない。

 それは恐らく、ポルカとトワも同じだろう。

 だからあくあの奥の手は、例えおかゆでも知らない。

 

「かなたちゃん。コナコナの実の粉人間」

「うん、そうだよ」

 

 お互いに能力は把握済みで条件は同じ。

 しかし、かなたもあくあもどこか余裕を感じる。

 

「残念だけど、あなたはあてぃしに勝てないよ」

「そうかなぁ?」

 

 かなたは先手必勝とばかりに粉を充満させる。

 煙の様に粉が舞い、一面白い靄がかかった様。

 マッチを用意して準備完了。

 またしても粉塵爆発で片付ける算段だった。

 しかし――

 

「吸収の黒」

 

 あくあが壁に塗り込んだ黒い円。

 そこから微力ながら引力が発生する。

 弱風の程度で人間には何も影響のない引力だ。

 だが粉ならどうだろう?

 あれほど軽く小さく、風に影響を受けやすい物質なら、瞬く間に吸われてしまう。

 

「……」

「あなたの能力を聞いた時から、相性いいと思ってたの」

「これだけで?」

「まさか」

 

 技一つ封じた程度で気取られても困るとかなたは鼻を鳴らすが、あくあも負けじと言葉を返す。

 空間に粉をばら撒く戦法はもはや通用しない。

 既に十分な行動制限だが、他に何があるだろう?

 

「あてぃしって、力が一味の中では1番弱いの」

「うん。凄く弱そう」

 

 過去にノエル以外のパワー数値をポルカが算出した。

 あくあは9で最下位。続いてマリンの10、みこの11となっていた。

 

「でも力が無くても意外と、打撃って通るんだよね」

 

 あくあは右手に筆を現出した。

 丁度一本の棒として武器にできそうなサイズ。

 

「それで戦うの? 画家に怒られない?」

「皆いざって時は、持ち合わせのもので戦うでしょ。それに、そんなこと言ってられなくなるよ」

 

 敢えて武器を見せ、今から殴るぞと宣言する様にあくあは言う。

 こうしてかなたの対抗心を煽ってみるが、好都合にも余裕をかましている。

 きっと過去に一度も殴られた事がないのだと、あくあは誤認した。

 

 一撃は上手く狙えるだろう。

 

「顔を狙うよ。痛いのが嫌だったら避けてね」

「うん」

 

 かなたは笑って迎撃の拳を構える。

 粉末化して回避し、その流れのまま拳をお見舞いする腹積りだ。

 いや、下手すれば攻撃前に一撃もらう羽目になる。

 筆一本分のリーチを生かすんだ。

 

「――!」

 

 たっ、と駆け出し筆を振り被る。

 宣言通り狙うは顔。特に鼻先。

 あくあのパワーでは一撃で意識を落とせない。だが鼻先はどんな強敵でも反射で涙を流す位置。それが隙となる。

 

「やぁっ!」

 

 シュッ、と筆がかなたの鼻先前を通過した。

 そう、かなたはあれだけ挑発を受けても冷静に通常回避を選択した。

 顔面を狙っていると察知し、上半身を柔らかく曲げて一撃を避ける。

 直後迎撃に出た。

 回避に動揺したあくあの鳩尾に力強く握った拳が炸裂。

 柔らかいお腹に鉄球が減り込むような衝撃に一瞬意識が彼方へと飛んだ。

 

 どん、ずざーっと後方に弾き返され跳弾したので、腕や頰にも小さな擦り傷ができた。

 

「策にハマると思った? そこまでバカじゃないよ」

 

 粉末化するまでもない、と言った様相で転がるあくあを見下した。

 そしてあくあの様子とこの小さな間で確認した違和感の正体により、かなたは自身の異変とあくあの意図を理解した。

 

「インク。確かにこれは固まるね」

 

 ここへ来て真っ先に浴びせた黒インク。

 目にぶちまけた為顔周辺は未だに黒い。

 かなたは水を浴びても固まらず流動体となるが、インクは別物だ。

 インクは粉ごと固まりこびり着く。

 インクが付着する事でかなたは、その部分が粉末化出来なくなる。

 

「でも近接戦闘弱いでしょ、あくあちゃん」

 

 あくあは片腕片膝を付いて立ち上がる。

 流石に舐めすぎだったと反省し、次こそはと獲物を構え直した。

 

「――」

 

 あくあが飛び出すとかなたも迎え撃つように踏み込む。

 距離が縮まり間も無く衝突かと思われた時、一歩手前であくあは筆を振るった。いつの間にか筆の先端は青いインクを吸い込んでいる。

 そのインクをかなたへ撒き散らした。

 

「静寂の青!」

「そう来ると思ったよ!」

「ぇ⁉︎」

 

 あくあの行動を予知したような素早さで豪快に服を破ると、身代わりとしてインクを浴びせて突き進む。

 そして一枚の布切れ越しに強烈な拳を炸裂させた。

 

「うぐッ!」

 

 視界が塞がり狙いは逸れたが、かなたの一撃は相当に重い。

 パワーだけならノエルやあやめにも匹敵する。

 

 またしても跳弾し、今度は壁に激突した。

 衝撃で唾液と共に血液が飛び出る。

 刹那の脳震盪で視界がぼやけるが意識は手放さない。

 

 かなたの機転と行動力が想像を超えていた。

 今は服を脱ぎ捨ててシャツ一枚となっている。

 あくあが同じ局面に立たされたとしても、絶対に真似できない行為だ。

 あのシャツまで脱ぎ捨てれば、上はもう肌しか残らない。

 

「ぃっ!」

 

 破廉恥な展開を考えていると、顔面にかなたの足が迫っていた。

 咄嗟に横へと飛び退き回避。

 インク飛翔の危険も顧みず飛び込んで来るとは……度胸まで一級品。

 

 あくあは思考を切り替えた。

 かなたの攻撃は受ける物として切り込む。

 攻撃直後は誰しも一瞬無防備になる。

 あくあの能力のずるい所は、インクさえ浴びせて仕舞えば価値がほぼ確定する事。

 なんやかんやで、そんな能力ばかりなのだ。

 あくあ然り、ルーナ然り、マリン然り、ぺこら然り……ねねやころね、ラミィだってその一つ。

 その中で見れば、あくあはやや見劣りするが。

 

「……」

 

 視線を合わせて目を離さない。

 衝撃で痛めた腕と腰が喚くが、あくあは聞く耳を持たず強制的に動かした。

 

 再三筆を構え、青い筆先をかなたに向ける。

 

「――!」

 

 俊敏性などない動き。

 あくあは真正面から筆を振り被って積極的な姿勢を見せる。

 かなたは服を両手で持ってインクに多少の警戒心を見せながら、拳を打ち込む隙を窺っている様子だ。

 

 青い弧を引くように筆を回して攻撃するとインクの飛び方を予測したかなたが破いた服をまた盾にした。

 当然インクは服に飛び散りかなた本人に十分量のインクが付着しない。

 

 迎え撃つかなたの鉄拳は非常に重たい。

 喰らいたくはないが妥協しろ。根性は、一味の中でもトップクラスだ。

 

 かなたは顎を狙って拳を振るう。

 上手く入れば軽度の脳震盪を起こし数秒から数分、動けなくなる。

 

 バチん――。

 

「いっ――‼︎‼︎」

「――⁉︎」

 

 鉄拳は左掌で受け止められた。

 否――受け止めたのではない。かなたがそこを狙ったのだ。

 拳は顎では無く、強制的に左手を狙わされた。

 

「注目の黄色」

 

 かなたの拳で見えないが、掌には黄色い円を描いておいた。

 あらゆる攻撃を惹きつけるマーク。

 

 鉄拳の衝撃で左手首がじんじんと激しく痛む。捻挫しているのだろうが、ここで得意の根性を発揮だ。

 

「静寂の青」

 

 かなたの拳から手を伝わせて右腕を引き、かなたを引き寄せる。

 無防備に開いた側面からもう一度筆を振るってインクを撒いた。

 全身に青いインクを被ってしまった、その瞬間――

 

「…………」

 

 ぽかんと惚けた面をして立ち尽くす。

 非常に決まりが悪いが、なんとほぼ勝利である。

 

「……ええっと、このままじゃダメだよね」

 

 立ち尽くすかなたの背後に回って後頭部付近を見つめる。

 1日程度でインクは落ちないので、戦場に1人しかいないなら放置してもいいが、他の敵メンバーと鉢合わせてインクを落とされれば意味がない。

 しかし後頭部を殴って気絶、は全く現実的でない。

 これはあくあのパワーに限った話ではなく。

 

 パッと思い浮かんだのは首を絞めると言う過激な手段。

 危ないので却下。

 ぶんぶんぶんとかぶりを振った。

 

「うー……」

 

 勝ったはいいが、容易に場所移動出来ないことが難点。

 何か拘束できる物は無いだろうか?

 

 一先ず破壊されていない近場の部屋にかなたを連れ込み、座らせる。

 すると幸運にも側に紐状の物体があったので、それで腕を柱にくくり付けた。

 

「よし、これでしばらくは大丈夫!」

 

 のはず。

 と思い周囲を見回すと監視カメラを一台見つけた。

 

「あ……うん、仕方ない」

 

 だがこれ以上は成す術が浮かばないのであくあは透明化して場を離れる事とした。

 

 

 

 3階東通路の戦い、あくあ勝利……?

 

 

 

 …………勝利!

 

 

 

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